Ensia 2014年6月9日
ヨーロッパでは禁止、アメリカでは安全 化学物質が安全かどうかを誰が決めているのか? なぜ政府によって異なる答が出るのか? エリザベス・グロスマン 情報源:Ensia, June 9, 2014 Banned in Europe, Safe in the U.S. Who determines whether chemicals are safe ? and why do different governments come up with such different answers? By Elizabeth Grossman http://ensia.com/features/banned-in-europe-safe-in-the-u-s/ 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) 掲載日:2014年6月17日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/articles/Ensia_140609_Banned_in_Europe_Safe_in_the_U.S..html アメリカの子どもたちは、赤色40号で着色した果物ジュースを飲み、黄色5号や黄色6号で着色したマカロニやチーズを食べることができる。ところがイギリスではこれらの人工着色されたものは健康への懸念のために市場から撤去されており、一方ヨーロッパの残りの国ではこれらの着色料を含む製品には、”子どもの注意力と行動に有害影響を及ぼす可能性がある”と警告するラベル表示をしなくてはならない。 米・環境保護局によればアメリカで最も多用されている除草剤であると推定されるアトラジンは、ヨーロッパでは、いたるところで水を汚染していたことによる懸念のために2003年に禁止された。またアメリカの農民により広範に使用されているいくつかのネオニコチノイド系農薬は、欧州委員会によればミツバチに”高い急性リスク”を及ぼしており、二年間の一次的禁止措置が取られている。アメリカで栽培されているトウモロコシの約90%が処理されているこれらの農薬は、数多くの科学的研究でミツバチに毒性があり、これら極めて重要な花粉媒介者の驚くべき世界的減少に寄与しているらしいと考えられている。 米・食品医薬品局(FDA)は、化粧品やパーソナルケア用品中でのホルムアルデヒド又はホルムアルデヒド放出成分(訳注:防腐剤)の使用をなんら制限していない。しかし日本及びスウェーデンでは、ホルムアルデヒド放出剤はこれらの製品での使用が禁止されており、一方、ホルムアルデヒド放出成分のレベル及びホルムアルデヒドのレベルはヨーロッパの他のどこの国でも制限されている。アメリカでは、ミネソタ州が、この化学物質を含む子ども用パーソナルケア製品の州内での販売を禁止した。 鉛を含む内装用塗料は、フランス、ベルギー、オーストリアでは1909年に禁止された。ヨーロッパの多くの国が1940年以前にこの先例に従った。アメリカでは、専門家は数十年間、急性で、死にいたることさえあり、また不可逆的な鉛暴露の有害性を認めていたにもかかわらず、1978年まで行動を起こさなかった。 しかし、これらは、他の諸国では環境又は人の健康に許容できない有害リスクを引き起こす化学物質製品の禁止を既に決定していたが、アメリカではそれらをある程度使用することが許されていたいくつかの例に過ぎない。どうしてこのようなことが起きたのか? アメリカの製品は他国の製品より安全でないのか? アメリカ人は、例えばヨーロッパ人より有害化学物質への暴露のリスクが高いのか?
予防が勝る 欧州連合の化学物質管理及び環境保護政策の重要な要素であり、EUのアプローチと米連邦政府のそれとの明確な相違のひとつは、予防原則と呼ばれるものである。 この原則は、欧州委員会によれば、”予防的な意思決定を通じて、より高いレベルの環境保護を確実にすることを目指す”。言い換えれば、人の又は環境の健康に対する危険の本質的な説得力のある証拠があるときには、科学的な不確実性があっても、予防的行動がとられるべきであるということである。 対照的に、米連邦政府の化学物質管理へのアプローチは、規制的行動がとられる前に危害の証拠が実証されなくてはならず、そのために非常に高いバーを設定している。 これは、アメリカで商業的に使用される化学物質を規制する連邦法である有害物質規制法(TSCA)に当てはまる。REACH(化学物質の登録、評価、認可及び制限)と呼ばれる商業化学物質を規制するヨーロッパの法は、ある化学物質の使用が承認される前に、欧州化学物質庁に毒性データ一式を提出することを製造者に求める。米連邦政府の法はそのような情報は新規化学物質について提出することを求めるが、既に使用されている既存化学物質については環境及び健康への影響についての知識に大きなギャップを残したままである。化粧品、又は食品添加物、又は農薬は他の米国法により規制されるが、これらの法律もまた、危害の立証に重い負担をかけ、TSCAと同様に予防的アプローチを導入していない。 同じ研究で異なる結果 実際問題としてこれは何を意味するのか? 赤色40号、黄色5号及び黄色6号の場合には、それは同じ証拠−人工的に着色された食品を食べた子どもたちに多動症が増加するように見えたとするイギリスの研究者らによる2007年の二重盲検調査−を検討した結果、ヨーロッパとアメリカの規制当局は異なる結論に達したということを意味する。イギリスでは、この調査は英当局にこれらの着色料の使用を禁じさせた。EUは、それらを含む製品上に警告表示をすることを求める選択をした結果、その使用が大いに低減し、ワシントン D.C. の非営利組織 CSPI (公益科学センター)の上席科学者リサ・レファーツによれば、この調査は CSPI が多くの食品着色料について食品医薬品局(FDA)に請願することを促した。しかし 2011年に発表されたこれらの着色料のレビューの中で、FDA は、イギリスの調査は個別の着色料よりむしろ着色料の混合物の影響を見たという理由で、この調査は決定的ではないと結論付け、したがってこれらの着色料は使用が許された。 FDAの承認が食品添加物には必要であるが、FDAは、製造する化学物質の承認を求める会社、又は食品添加物の安全性を決定する時に使用したいと望む会社によって実施された調査に依存していると、天然資源防衛協議会(NRDC)上席科学者マリセル・マフィニ及び NRDC の上席弁護士トム・ネルトナーは2014年の報告書 Generally Recognized as Secret (広く知られた秘密)の中で記している。”私が知っている他の先進国の中で、食品中に直接入れる化学物質の安全性を会社が決定することができるというシステムを持つ国はアメリカ以外にない”と、マフィニは述べている。これらの物質をカバーする古くからの法律−1958年 食品医薬品化粧品法への食品添加物追加修正−は、”TSCAにおけるよりもっと重い化学物質のテストを求めている”とネルトナー述べている。
意思決定は自分自身で 自主的措置への信頼は、化学物質規制に対するアメリカのアプローチの品質優良証明である。多くの場合、それがアメリカの消費者製品から有害化学物質を除去するという時には、製造者や小売業者自身の方針−しばしば消費者の要求、又は米国以外の国の又は州や地方レベルの規制により駆り立てられる−が米連邦政府の政策より早く動いている。 6月3日、カリフォルニアに拠点を置く医療保険会社カイザーパーマネンテ(Kaiser Permanente)は、年間3,000万ドル(約30億円)ほどの費用がかかる全ての新規家具の購入は、化学的難燃剤を使用しないものとすると発表した。同日、パネラブレッド(Panera Bread)は、同社の1,800のベーカリーカフェ で提供する食品は 2016年末までに人工添加物の使用を止めると発表した。米連邦法では制限しない化学物質を、自社製品では禁止する方針を持つ大きな製造会社や小売業者はいくらでもある。少し例を挙げると、Nike, Walmart, Target, Walgreens, Apple そして HP などである。 これはまた多くの化粧品成分−たとえば、マニキュア液で使用されている化学物質−についても真実である。潜在的な内分泌かく乱作用及びその他の有害健康影響を懸念して、EU が2004年にマニキュア液からフタル酸ジプチル(DBP)と呼ばれる可塑剤を禁止した後、多くの世界的なブランドが彼らの成分を変更した。従って、FDA はその使用に関する規制を発していないが、DBP は現在アメリカで売られているマニキュア液からはほとんど見い出されない。実際、FDA は、その毒性のために特定の少数の成分だけを化粧品から禁止している。
警告、助言、自主的な廃止 また、食品及び化粧品中での化学物質使用を規制するアメリカの法律は、最初は、有害性への視点からというより、むしろ混ぜ物をして品質を落とされた、不正に表示された、又は不正直に市場に出された製品が販売されることから米国消費者を保護するために開発された(この二つの目標はしばしば一致する)。 この法律はこのようにして機能してきた。たとえば、あるヘアケア用品がホルムアルデヒド又はホルムアルデヒド放出剤を美容院の従業員に健康問題を引き起こすレベルで含んでいることが発見されたときに、FDA は、その製品の潜在的な健康への有害性については適切な警告を製品の容器上又は会社のウェブサイト上に表示すべきであると述べる警告を発した。しかし、その結果は、ホルムアルデヒド暴露の呼吸器系への有害な健康影響について、及びホルムアルデヒドは皮膚刺激物であり潜在的な職業性発がん物質であることについて多くの科学的証拠があるにもかかわらず、これらのヘアケア用品はアメリカでは販売され続けた。 TSCA の下で化学物質の使用を制限するプロセスはまた、長い年月がかかることがあり、実際今までに、わずか一握りの化学物質しか TSCA の下で禁止されていない。FDA が、製品、又は化粧品又はパーソナルケア用品の化学成分を制限するのに、一般的に長いプロセスが必要となる。しばしば FDA が行うことは、多くの石けんで使用されている抗菌成分トリクロサンで最近なされたように、助言を発することである。一方、健康と環境への有害な影響についての科学的証拠の増大及び、トリクロサンは手洗いをもっと効果的にすることにならないかもしれないという意見に基づき、Johnson & Johnson や Procter & Gamble など、多くの製造者がこの成分を彼らの製品から除去することに決めた。今春、ミネソタ州は法的にトリクロサンの使用を制限する最初の州となった。 TSCA の下で化学物質の使用を制限するプロセスもまた長い年月がかかることがあり、実際今までに、わずか一握りの化学物質しか TSCA の下で制限されていない。その代り、TSCA を所管する環境保護庁(EPA)はポリ臭化ジフェニルエーテル類(PBDEs)と呼ばれる難燃剤で行ったように、しばしば会社とともに自主的な廃止プログラムを共同で実施するが、これもまた完了するのに数年かかる。 一方、電子機器から事務用品、スポーツ用品、自動車部品、流行の衣類などを製造するアメリカの会社は、国際的な規制、国内政策、及び消費者の要求とともに、新たに出現している科学をフォローし、よく報告されている有害性をもつ化学物質の使用を排除する方針を立てて、製品を開発している。これらの自主的な取り組みは、懸念ある化学物質の含有が少ない製品を製造するようになるが、一方で、それらには限界がある。そのひとつは透明性である。会社はそのような方針の詳細を常に完全に開示するわけではないということである。もうひとつは、そのような方針は市場にある全ての製品をカバーしているわけではなく、低価格で購入する多くの消費者には同等の保護がないという状態をもたらす。 政府の解決よりもむしろ市場に従うというアメリカ人の好みであるとして、”それは精神的な何かである”とワーナー・バブコック・グリーンケミ. ストリー研究所(Warner Babcock. Institute for Green Chemistry)の所長ジョーン・ワーナーは述べている。 選択肢と解決 消費者の要求と懸念は、それはしばしば、子どもの健康に及ぼすある化学物質の影響について懸念する母親からのものであるが、効果的に圧力をかけて、ビスフェノールAで作られた赤ちゃんのほ乳瓶のようなある製品を市場からなくした。そのような行動が農薬に影響を与えることは容易ではないが、大衆の抗議はDDTやその他のそのような化学物質の使用をアメリカが止めることに役立った。現在は、ネオニコチノイドのミツバチへの有害影響の公衆の意識が、花粉媒介者(ミツバチ)健康提唱キャンペーン(pollinator health advocacy campaigns)により劇的に向上した。実際に農業市場からこれらの製品をなくすことはもっと難しい仕事である。EU は予防原則を用いて政策を公布し、これらの使用のあるものを暫定的に停止することを求め、一方、EPA はこれらの製品のレビューをゆっくりと続けており、同時にミツバチに有害な新たな農薬を承認している。
消費者製品中の化学物質の安全性を決定するに当たり、現在のアプローチには基本的な欠陥があるとワーナーは考えている。アメリカ、EU そしてその他の国の規制、そしてほとんどの会社の方針に示される有害化学物質の制限は、懸念ある化学物質のリストに基づいている。これらのリストに焦点を当てることにより、我々はリストされていない化学物質を検討することができない、すなわち、しばしば残念な代替と言われる結果をもたらすプロセスということになると、ワーナーは説明する。そうではなくて、ワーナーは、完成品全体をテストしそれらを健康影響について点数をつけることを提案する。その製品は発がん性を示すか? それは神経毒素であるか? それは出生障害又は有害ホルモン影響を引き起こさないか? これらの疑問に答えることが、我々の現状のシステムよりもっと安全な製品をもっと効率的に、もっと効果的に生み出し、客観的に使用することのできるデータを生み出すであろうと、ワーナーは述べた。
それでは最終結果はなんであろうか? やはりそれは複雑である。それがコンピュータや化粧品のように製造された製品なら、世界市場は、ひとつの法律のより厳格な基準を産業界の基準に変える大きな役割を演じている。それは、異なる市場のために同じ製品を異なる仕様で作ると、しばしば高いコストになるからである。同様に、連邦レベルで同等に規制されるのではなく、州毎に化学物質を制限する各州の政策は、会社に対し全米どこでも販売できる新たな仕様もって対応する動機を与えた。同時に、(産業界の仕様が)アメリカの化学物質規制システムに組み込まれることは、産業界に対する大きな敬意である。現在のアメリカの政策の中核は、市場に出すための安全性の証明よりむしろ有害性の立証のために非常に高い障壁をもった費用対便益分析(cost-benefit analyses)である。自主的な措置は、多くの安全ではない製品を店の棚から撤去し使用を中止させたが、有害性の立証への我々の要求と、アメリカの歴史的な予防に対する嫌悪は、我々は行動するために、しばしば他の諸国よりはるかに長く待つことを意味する。 政策を変えること、特にワーナーが唱えるような方法は、おそらくよりゆっくりした提案である。しかし、スタンシー・マルカンが指摘するように、安全な製品を求める消費者の要求はすぐに消えてしまうわけではない。 |