In These Times 2015年11月2日
アメリカはなぜ、有害な化学物質を
市場に出したままにしているのか?

バレリー・ブラウン、エリザベス・グロスマン

情報源:In These Times, November 2, 2015
Why the United States Leaves Deadly Chemicals on the Market
BY Valerie Brown and Elizabeth Grossman
http://inthesetimes.com/article/18504/epa_government_scientists_
and_chemical_industry_links_influence_regulations


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2015年12月14日
更新日:2015年12月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/articles/
151102_Why_US_Leaves_Deadly_Chemicals_on_the_Market.html


 6か月にわたる調査により、政府と化学産業界とをつなぐ回転ドアが、 EPA の容易に操作できる研究への依存をもたらしていたことが判明した。その結果は? 有害物質が日用品の中に残ったままである。
内容
導入

科学者らは一般的に行動主義を敬遠するが、化学物質規制に関しては策謀と慣性でパンチを食らわせるために行動が必要であると多くが信じている。
 科学者らは自身を合理的に表現するよう訓練されている。彼らは意見が合わなくても個人攻撃を避ける。しかし、ある科学的な論争は非常に分極化して喧嘩になることがある。怒鳴りあうことすらあるかもしれない。

 そのような状況が二つの科学者のグループの間に見られる。健康影響研究者と規制毒性学者である。両方のグループは人の化学物質暴露の影響を調査する。両方のグループは、他者の仕事を述べる時に、”的はずれな”、”恣意的な”、”根拠のない”、”蓄積された生理学的理解に反して”というような表現を公然と使用してきた。非公開では、”似非科学、”宗教”、そして”いかさま”と、言葉はもっとどぎつくなる。

 意見の相違は、化学物質への暴露の健康影響を測定するための最良の方法ということの周辺に集中する。規制側の毒性学者らは一般的に”生理学的薬物動態(PBPK)”モデル(訳注1)と呼ばれるコンピュータ・シミュレーションに依存する。健康影響研究者−中でも内分泌学者、発達生物学者、及び疫学者−らは、化学物質が実際に生体にどのように影響を与えるかについての直接的な観察から結論を引き出す。

 論争は難解に聞こえるかもしれないが、その結果は直接あなたの健康に影響するかもしれない。それは、政府機関が現在に至るまでの数十年間、どのように化学物質を規制しているのか、どのように有害廃棄物を浄化しているのか、どのように農薬は規制されているのか、どのように労働者は有害暴露から保護されているのか、そしてどのような化学物質が家庭用品中での使用が許されているのか−ということを具体化している。これらの決定は、公衆の健康:がん、糖尿病、肥満、不妊、そして注意力欠陥症や低IQ のような神経系の障害の罹患率に大いに影響を及ぼすであろう。

 ある化学物質とこれらの健康影響の関連性は真実である。今年の初めに発表されたある論文の中で、先導的な内分泌学者のあるグループが、ホルモンかく乱化学物質への環境的暴露は健康問題を引き起こすということを99%の確度をもって結論付けた。彼らは、これは欧州連合健康管理システムに1,750億ユーロ(約23兆円)の負担をかけると見積もっている(訳注2)。

 国内に目を向ければ、アメリカ人は日常的にその健康影響が長らく知られている有害化学物質により病気にさせられている。ひとつの悪名高い例を挙げれば、ハリケーン”カトリーナ”後に、米国緊急事態管理庁(FEMA)の避難用トレーラー・ハウスの中で発がん性が知られているホルムアルデヒドに暴露した人々は、頭痛、鼻血、及び呼吸困難の健康障害を被った(訳注3)。数十人の発がん症例が後に報告された。そして職場での暴露があり、連邦政府は年間、2万人ものがん死亡と数十万人もの疾病との関連を推定している。

   ”我々は、テストされておらず、安全ではない化学物質の世界にどっぽり浸かって溺死しそうになっており、我々の生殖健康という観点で支払っている金額に深刻な懸念を持っている”と、2015年10月1日に発表された声明の中で国際産婦人科連合(FIGO)は述べた(訳注4)。

 いまだにアメリカの化学物質規制の進捗はゆっくりである。そして企業の利益が規制の中心にある。

 化学産業が政治的影響を及ぼしているということはよく報告されていることである。我々の調査が明らかにしたことは、30 年前、企業権益は政治的プロセスだけでなく、科学自体をもをコントロールし始めたということである。産業は、知られている環境的健康ハザードに疑いを向けるための研究に資金を提供しただけでなく、有害化学物質のリスクを軽視するために科学の全分野に影響を及ぼした。

 我々の調査は、1970年代と198年代に国防総省(DOD)で働いていた科学者らのグループ−生理学的薬物動態(PBPK)の開拓者ら−に影響を及ぼすために仕組まれたたくらみを追跡した。この種のモデリングは化学物質リスクの見かけを最小にするよう操作できることがすぐに明確になった。その後、生理学的薬物動態(PBPK)手法は、当初の国防総省グループから産業界、政府機関、及び産業が支援する研究グループの間をしばしば不透明性をもって移動した多くの研究者を含んで、少なくとも二世代の研究者らによって推進された。

 その結果は、人の健康に有害であると知られている化学物質の大部分がアメリカでは規制されないままにおかれ、しばしば大変な結果をもたらした。一般的なプラスチックの成分であるビスフェノールA(BPA)やその他の内分泌かく乱物質のようなその有害性がやっと認められ始めた化学物質にとって、この規制の欠如は、連邦政府の化学物質見直しプロセスがもっと透明性を持ち、生理学的薬物動態(PBPK)モデリングへの過度な依存をなくさない限り、続きそうに見える。

 我々はここに、役者、対決の典型、そし悪くなる高リスク健康影響について示す。

生理学的薬物動態(PBPK)シミュレーションの黎明

 1970年代と1980年代は環境規制の殺到を見た。スーパーファンド及び地域の知る権利プログラムを確立した法律に加ええて、大気浄化法、水質浄化法、有害物質規制法は、化学物質を使用し製造している会社と軍に対して、環境と健康影響に責任を持つことを初めて求めた。これは、労働安全衛生庁(OSHA)と環境保護庁(EPA)が職場での暴露の安全基準と環境浄化のための安全基準を確立し始めていたので、化学物質リスク評価のためのより大きな要求を意味した。

 1980年代、オハイオ州デイトンにあるライト・パターソン空軍基地の旧有害ハザード研究ユニットは軍により使用された化学物質の毒性と健康影響を調査していた。特に国防総省にとっての懸念は、航空機、車両及びその他の機械類を建設し、利用し、維持するために、軍により使用された多くの化合物、燃料と燃料添加物、溶剤、コーティング、及び接着剤であった。軍は、現在リストされているスーパーファンド・サイト約 1,300 のうち、約900に責任があり、その多くが数十年間、これらの化学物質によって汚染されてきた。

 1980年代に、ライト・パターソン空軍基地の有害ハザード研究ユニットの科学者らは、化学物質が体を通してどのように移動するかを追跡するために、生理学的薬物動態(PBPK)を用い始めた。インシリコ(in silico)モデルとして知られるコンピュータを用いるこの手法は、生きた動物を用いる生体内(in vivo)又は試験管を用いる生体外(in vitro)手法による化学物質のテストの代替手法である。生理学的薬物動態(PBPK) 手法は、科学者らが特定の臓器又は組織にたどり着く化学物質(又はその分解物質)の濃度がどのくらいか、及びがそれらが体外に排出されるのにどのくらい時間がかかるかを推定することを可能にする。その情報は、暴露限界を設定するために、又はしないために、実験データと比較検討することができる。

 生理学的薬物動態(PBPK)シミュレーションは、テストを迅速に、そして安価にすることができたので、産業側及び規制側にとって魅力のある手法であった。しかしこの生理学的薬物動態(PBPK)は欠点をもっている。”それは、影響について何も伝えない”と、国立環境健康科学研究所(NIEHS)及び米国国家毒性計画(NTP)の両方のディレクターであるリンダ・バーンバウムは述べている。一方、観察研究とラボ実験は、化学物質が生物学的プロセスにどのように影響を及ぼすかを発見するために設計されている。

 生理学的薬物動態(PBPK)を支持する規制毒性学者でさえ、その限界を認めている。[PBPK モデル]は、入力データの品質によって常に制限を受けがちである”と、1980 年代に NPT と EPA で働き、現在はコンサルタント会社 Exponent の上席科学者であるジェームス・ラム(訳注5)は述べた。

 故人となった(訳注:2015年8月6日没)健康影響研究者、サウスカロライナ医科大学教授、そしてフロリダ州のワニへの DDT によるホルモンかく乱影響の研究で有名なルイス・ジレットはもっとぞんざいに述べた。”PBPKモデル? 私の即答は、Junk in, junk out だ(訳注:本質を理解しないお粗末な入力データなら、得られる結果もまた、お粗末である)。そこで得られることは、モデルのほとんどはシステムの複雑さをあなたが理解するのに役に立つということだけだ”。

 多くの生物学者らは、PBPK ベースのリスク評価は、非常にせまい仮定から始まり、従ってしばしば、化学物質暴露がどのように健康に影響を及ぼすことができるのかの全体像を得ることができないと言う。例えば、リッチモンドにあるパシフィック・ノースウェスト国立研究所の毒性学者ジャスティン・ティーガーデンと同僚らによる一連の PBPK 研究、及びレビューは、BPA は有害性のより小さい化合物に分解し、体外に迅速に排出されるので、本質的に有害性がないと示唆した。彼らの研究はある仮定の下に始まった。すなわち、BPA はエストロゲンを弱く擬態するだけであり、それは体のエストロゲン系に影響を及ぼすだけであり、BPA 暴露の90%は食品と飲料の摂取によるものであるという仮定である。しかし、健康影響研究は、BPA はエストロゲンをきっちりと擬態し、体のアンドロゲンと甲状腺ホルモン系にも影響を及ぼすことができ、皮膚や口の組織のような経路を通しても体に入り込むことができることを示している。PBPK モデルがこの証拠を含めていないなら、それらはリスクを過小評価する傾向にある。

 どのようなデータが含まれているかに依存するので、PBPK モデルは望ましい結果を生成するよう故意に操作することができる。あるいは、ノートルダム大学の生物学者で、人の健康リスク評価を専門とするクリスティン・シュレーダー=フレチェットが言うように、”モデルは実際の実験に由来する結論を回避する手段を提供することができる”。言い換えれば、産業側に有利となるような結果を提供できるように、PBPK モデルを作ることができるということである。

 それは、PBPK 自身のせいであると非難しているわけではない。”大事なものを無用なものといっしょに捨てないように”と、ニューヨーク大学の環境医学及び健康政策准教授レオ・トラサンデは述べている。”しかし、生物学上、モデルに基本的な欠陥があることがわかったなら、それはパラダイムシフト(訳注6)のための説得力のある理由になる”。

産業側に役立つツール

 PBPK による研究が化学物質をより安全であるように見せるために使用できるということは現在と同様に1980年代に明確であった。この新たな技術を推奨する1988年の論文の中で、ライト・パターソンの科学者らは、彼らのモデルが EPA に対して、軍にとって大きな懸念であった化学物質、塩化メチレンの規制プロセスをどのようにして停止させたかについて説明していた。

 塩化メチレンは、プラスチック、医薬品、農薬、そしてその他の工業製品を作るときに溶剤や成分として広く使用されている。1990年代までに米軍は、アメリカ国内で2番目に大きな塩化メチレンのユーザーであった。塩化メチレン−そしてその残留物−は、その発がん性と神経毒性のために有害な大気汚染物質として大気浄化法の下に規制された。

 1985 年から1986 年の間に、国立労働安全衛生研究所は、年間約100万人の労働者が塩化メチレンに暴露したと推定し、EPA はこの化合物を ”おそらくヒト発がん性がある物質(probable human carcinogens)” として分類した(訳注7:発がん性分類)。全米自動車労働組合及び全米鉄鋼労働組合を含む多くの労働組合もまた、職場での塩化メチレンへの暴露を制限するよう労働安全衛生庁(OSHA)に請願した。

 1986年、OSHA は職業暴露制限の設定プロセスに着手した。利害関係者らはパブリックコメントを提出するよう求められた。

 提出された資料の中には、当時ライト・パターソンで働いていた Melvin Andersen 及び Harvey Clewell 、及び、塩化メチレン製造者であるダウ・ケミカルに雇われていた二人を含む何人かの他の科学者らによるよるある PBPK 研究があった。1987年に発表されたこの研究は、”従来のリスク分析は [塩化メチレンに] 低濃度で暴露した人間のリスクを著しく過大評価する”と結論付けた。

 同年遅くに EPA は、そのライト・パターソン研究を引用して同化学物質は以前に推定されていたよりリスクが 9 倍小さかったと結論付け、塩化メチレンの以前の健康評価を修正した。EPA は我々の研究に基づき、塩化メチレンに関する規則制定を中止したと、1988年にライト・パターソンの研究者らは書いた。

 OSHA もまた、塩化メチレン評価においてそのライト・パターソン研究を考慮し、その規制制定は、同庁が最終的に同化学物質への暴露を制限するまでの10年間、遅延した。

 PBPK モデルの産業界にとっての有用性は、ライト・パターソンの研究者らを逃がさなかった。 Andersen、 Clewell 及び彼らの同僚らは1988年に次のように書いた。”潜在的な影響は広範囲に及び、塩化メチレンだけに限られるものではない”。暴露制限を設定するために PBPK モデルを使用することは、”不必要に高価な規制”をもたらし、”重要な産業プロセスを束縛”することになる”過度に保守的な”−すなわち保護的な−制限を設定することを回避するのに役立つ。言い換えれば、PBPK モデルは、甘い環境健康基準を設定するために用いることができ、産業側の出費を抑えることができる。

 現在までのところ、彼らの言うことは正しいことが証明されている。ライト・パターソンでなされた仕事は、その後30年以上、現在に至るまでのお膳立てをした。PBPK モデルを用いて得られた結果−特に産業側が資金調達し、しばしば元ライト・パターソンの科学者らにより実施された研究−は、リスクを軽視し、広く使用されており商業的に儲かる化学物質の規制を遅らせた。これらには、ホルムアルデヒド、スチレン、トリクロロエチレン、BPA、そして農薬クロルピリホスなどがある。多くのそのような化学物質について PBPK 研究は、実際の生物学的実験が結論付けることと矛盾する。それにもかかわらず、規制当局はしばしば PBPK 研究に従う。

広範な影響の網の目

 PBPK モデルが開発されていた当時、産業界は公衆のイメージと闘っていた。インドのボパールの大惨事−数千の人々を殺し傷つけたメチルシアネートの放出−が1984年に起きた(訳注8)。翌年、ウェストバージニアのユニオン・カーバイド工場での有毒ガス放出で135人が病院に運ばれた。

 これらの事故に対応して、新たな連邦政府規制は会社に対して有害化学物質の保管、使用、及び放出についての説明責任を求めるようになった。1988年5月の化学製造者協会(CMA)の会議議事録は産業界が圧力を感じていたことを示している。連邦政府の調査と増大するテスト要求に留意して、化学製造者協会(CMA)は、産業が”暴露データを開発”し、”要求されるテストを必要とされることに制限するための革新的な方法を探査する”ことを支援するよう勧告した。

 産業界は、非営利の毒性学研究所である化学工業毒性学研究所(CIIT)(言語学的浄化(linguistic detoxification)(訳注9)の下に2007年にハムナー研究所(Hamner Institutes)と改名)のような多くの研究所を設立することにより、このことをすでに開始していた。この時期にはまた、産業界がその後数十年間、友好的に提携している Environ (1982), Gradient (1985), ChemRisk (1985) 及び K.S. Crump and Company (1986) のような営利のコンサルタント会社の設立があった。

 ”我々の目標は、EPA とその他の機関が政策を立案するのを助ける科学を行うことであった”と、ハムナー研究所の所長でありCEOであるウイリアム・グリンリーはあるビジネス関連ウェブサイトのためのインタビューで説明した。実際に過去30年にわたり、ハムナーとこれらのコンサルタント会社は、しばしば化学会社や業界団体の支援を受けて、数百の PBPK 研究を実施した。これらの研究は、圧倒的に化学物質の健康影響について軽視し又は疑いをかけ、規制を遅らせた。

 ”私は、ハムナー研究所からの科学者らがいかに注意深く物語を作り出し又は支配するやり方で情報を提供するかを見てきた”と、マサチューセッツ大学アマースト校の環境健康科学准教授ローラ・バンデンバーグは述べている。彼女は、ハムナーの科学者らはしばしば、彼らのモデルに一致しない情報は拒否しつつ、狭い時間枠(time windows)を使用し、あるいは限定された脈絡の中でデータを提示すると説明する。”これらは、疑いを作り出すために用いられる典型的な戦術である”と彼女は言う。

 これらの産業界とつながった研究団体により生成された研究の著者らをよく見ると、ライト・パターソンにたどり着く広範な影響の網の目(クモの巣)が明らかになる(このチャートを参照のこと)。1980年代にライト・パターソンに雇われた又は契約した少なくとも10人以上の研究者らが CITT/ハムナー、営利目的コンサルタント会社、または EPA で毒性学の仕事を続けた。現在、ハムナーの首席科学担当者であるメルビン・アンダーソン、及び現在、ハマーの首席調査官であり、コンサルタント会社エンバイロンの首席科学者であるハーベイ・クレウェル等、多くの初期ライト・パターソン PBPK 研究の共著者を含んで、約半数がハムナーで重要な地位を占めている。 ”私は多分、 PBPK を毒性学及びリスク評価に持ち込んだ人物として信頼を得ている”と、アンダーソンは In These Times に述べた。

 これらの産業界とつながりのあるグループと連邦政府規制当局との回転ドアーはまた、動き始めていた。12人を超える研究者らがEPAからこれらの営利目的コンサルタント会社に移籍し、また同様な数の研究者らが逆方向に向かい、EPA や他の連邦政府機関への道をたどった。

 さらに官民の境界をあいまいにして、 CITT/ハムナーは、産業界及び納税者の金、数百万ドル(数億円)を受け取っていた。同グループは2007年にそのウェブサイトで、年間運営予算2,150万ドル(約26億円)のうち1,800万ドル(約22億円)は”化学産業及び医薬産業から来た”と述べた。資金提供者についての情報に関してそれ以上の詳細はそこにはないが、ハムナーは以前に顧客及び支援者として、米国化学工業協会(ACC)(以前の化学製造者協会(CMA)であり、化学物質規制に対する最も強力なロビー団体のひとつ)、アメリカ石油協会、 BASF 、バイエル クロップサイエンス、ダウ、エクソンモービル、シェブロン、及びホルムアルデヒド協議会をリストした。同時に CITT/ハムナーは過去30年にわたり、 米 EPA、米国防総省(DOD)、及び米保健福祉省から1億6,000万ドル(約200億円)近くの助成金と契約を得ていた。要するに、1980年代以来これらの連邦政府機関は、ハムナーのような産業界と密接な関係にある研究所に、数億ドルの助成金を与えていたということである。

   しかし連邦政府の、産業界とつながる研究者らへの依存はさらに拡大している。2000年以来、EPA は、米国化学工業協会(ACC) 及び CIIT/ ハムナーとの多くの企業研究合意書に署名した。そのすべては、 PBPK モデルを含む化学的毒性研究にかかわっている。そして2014年に、ハムナーは、EPAの次世代の化学物質テスト−ToxCast と Tox21 プログラムのために実施しようとしている追加の研究の概要を示した。過去5年間にわたり、ハムナーは 米国化学工業協会(ACC) 及び Dow から同じ研究のための助成金を受けていた。

 一方、EPA は、リスク評価を実施し、ピアレビュー委員会を組織し、化学物質評価で用いられる科学的文献を選択するために、営利目的のコンサルタント会社と恒常的に契約を結んでいた。このことは、化学物質製造者との結びつきについての透明性がほとんどない状態で、これらの民間団体が意思決定プロセスにおいてかなりの影響力を及ぼすということを示している。結論:化学物質規制を監督するために選ばれた専門家らは、しばしば産業側の考え方を大幅に取り込む。

 これらの居心地のよい関係は気づかれないままに続くわけではなかった。EPA は、自身の監察総監室(OIG)及び米国会計検査院(GAO)の両方によって是正を求められた。”これらの段取りは、 米国化学工業協会(ACC) またはその会員がさらなる規制の意思決定に用いられるかもしれない科学的結果に潜在的に影響を及ぼす、又は影響を及ぼすように見えるという懸念を提起している”と、2005年報告書に GAO は書いた。

   In These Times にコメントを求められて、EPA はこれらの協力関係は利益相反となるものではないと述べた。

数十年間の致命的な遅れ

 PBPK 研究は多くの化学物質の規制を引き延ばした。どの場合でも、産業界に支援された研究により開発された範囲の狭いモデルは、リスクは以前に推定されていたより低い、又はありそうな暴露レベルでは懸念がないと、結論付けた。

 例えば、塩化メチレン(methylene chloride)をとれば、ライト・パターソンンの科学者が自慢した1987年の論文の主題は、EPAの規制プロセスを止めた。国連・国際がん研究機関(IARC)により ”おそらくヒト発がん性がある”(訳注7)、米国国家毒性計画(NTP)により ”ヒト発がん性であることが合理的に予想される”(訳注7)、そして米労働安全衛生局(OSHA)により”職業発的がん物質”(訳注7)と特定された化学物質であるにもかかわらず、EPA はいまだにその使用を制限していない。ライト・パターソンの科学者らによる1987年 PBPK モデルは現在でも同庁のリスク評価のための基礎をなしていると今年、EPA の研究者らは言及した。

 今日、塩化メチレンは、電子機器、農薬、プラスチック、及び合成繊維を製造するため、また塗料やワニス剥離に使用されている。米国消費者製品安全委員会(CPSC)、米国労働安全衛生局(OSHA)及び国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は健康警告を出し、米国食品医薬品局(FDA)は化粧品での塩化メチレンの使用を禁止しているが、米国 EPA はこの化学物質を全面的に禁止していない。EPA は、毎年、約23万の労働者が直接暴露していると推定している。米国労働安全衛生局(OSHA)によれば、2000年から2012年の間に、アメリカでは浴槽修理に塩化メチレン含有製品を使用した後、少なくとも修理工14人が窒息又は心不全で死亡した(訳注10)。センター・フォー・パブリック・インテグリティ (CPI)は、2008年から2013年の間に米国の中毒情報センターに塩化メチレン暴露に関する 2,700件以上の緊急電話連絡があったと報告している。

 産業側に支援された PBPK 研究の影響のもうひとつの例はホルムアルデヒドである。この化学物質は、アレルギー反応及び皮膚刺激はもとより、鼻がん及び白血病に関連するよく知られた呼吸系及び神経系有毒物質であるにもかかわらず、アメリカではほとんど規制されていない。EPAのホルムアルデヒドの毒性学的レビューは1990年に始まったが未完であり、それは少なからず、白血病との関連に疑問を呈する CIIT/ハムナーにより実施された PBPK モデルを含む研究の導入による遅延のためである。

 もしその関連性が弱い又は不確実であるとみなされるなら、そのことはホルムアルデヒド又は病気になった労働者を雇う会社はその病気に責任がないことを意味する。化学産業は、”鼻腫瘍より白血病の人の方が多い”ことをよく知っていると、最近退職した米国国立環境健康科学研究所(NIEHS)の毒性学者ジェームス・ハフは延べている。

 この CIIT/ハムナー研究のあるものは200年から2005年の間にEPAから助成金1,875万ドル(約22億5,000万円) を得て実施された。2010年、ハムナーは、 PBPK モデルを含んで毒性研究のためにホルムアルデヒド製品製造者であるダウから500万ドル(約6億円)を受け取っていた。ホルムアルデヒドの規制に反対している米国化学工業協会(ACC)もまた、この研究を支援した。

 その結果、わずかな州の規制、及び合板のような合成木材製品からのホルムアルデヒド放出を規制するための未決のEPA 提案は別として、会社は米国緊急事態管理庁(FEMA)の避難用トレーラー・ハウスのように、この化学物質をいまだに使用することができる。

 化粧品と身体手入れ用品もまた、ホルムアルデヒドの暴露源であり得る。ブラジリアンブローアウトと呼ばれるスムージング剤をヘアーサロンの従業員が使用した後、吐き気、のどの痛み、発疹、慢性副鼻腔感染症、ぜんそく様症状、鼻血、めまい、その他の神経的影響などの症状が出たことが2011年に大きく報道された。”それを見ることはできない。・・・しかしそれを目の中で感じ、それは高揚感を与える”とサロンの所有者でヘアースタイリストのコートネイ・タナーは In These Times に述べた。”美容学校では誰もこの物質について教えてくれず、スタイリストにこれらの製品について、又は換気扇を付けることすら、誰も忠告してくれなかった”と、彼女は述べた。

 米国労働安全衛生局(OSHA)はこれらの製品について危険警告を発している。米国食品医薬品局(FDA)もまた複数の警告を出しており、最も新しいものは9月に出されたが、法規制は連邦政府機関が店の棚からこれらの製品を撤去するのを妨げており、塩化メチレンを含む塗料剥離剤の場合のように、暴露は続く。

BPA が警鐘を鳴らす

 消費者暴露について、現在最も熱い論争にある化学物質は BPA である。BPA は、 食品缶詰の内面ライニング、現金レジや ATMs での感熱紙の表面処理等、数えきれない用途で使用されている。環境中の BPA の典型的なレベルでの有害健康影響の科学的証拠は数多くあり、多くの製造者や小売業者は公衆の懸念に対応してその製品を代替物質に替えているが、連邦政府規制当局はいまだにこの化学物質の使用制限に抵抗している。

 BPA は美容師が経験するようなホルムアルデヒド暴露(訳注11)又は機械工の塩化メチレン暴露(訳注10)のように即座の急性影響を引き起こすわけではない。しかし、実験室での動物テストで、BPA は内分泌かく乱物質であることが知られている。構造的に天然ホルモンに似ている内分泌かく乱物質は、正常な細胞プロセスを阻害し、異常な生化学反応を起こすことができる。これらは、がん、不妊、及び代謝系と神経系障害を含む多くの健康問題を引き起こすことができる。BPA はまた、心循環系疾患、糖尿病、そして肥満のリスク増大と関連している。

 BPA は安全であるという考えを推進するために、産業側は日常的に政策決定者にロビー活動をし、消費者を”教育”している。しかし、広く議論されていないことは、BPA の環境的に典型的なレベルからのリスクを示す研究を軽んじる PBPK 研究を産業側がいかに支持しているかということである。これらの疑義を生じさせる研究の多くは、その経歴をライト・パターソンでなされた PBPK 研究に関連づけることができる研究者らによってなされている。発表された批判の中で健康影響研究者ら−それらの中でも Gail Prins 及び Wade Welshons −は、これらの PBPK モデルが正確に BPA 暴露を反映しない多くの方法を詳細に示した。

PBPK と内分泌かく乱

 我々の体の化学物質への反応についての理解の進展は、過去数十年間にわたり、PBPK モデルに織り込まれたものを含んで、従来の毒性学の仮定に異議を唱えてきた。このことは内分泌かく乱物質について特に真実である。

 内分泌かく乱物質と健康問題との因果関係を正確に指摘することは難しい。我々は現在、早期の−胎児期であっても−内分泌かく乱物質への暴露は成人になってからの病気の原因となり得ることを知っている。さらに加えて妊婦の暴露は彼女の子どもだけでなく、孫にまで影響を及ぼすかもしれない。これらの世代間の影響は動物実験で報告されている。古典的な人間の証拠は、1940年代、1950年代、及び1960年代に流産防止のために処方された薬である DES の被害者からのものである。この内分泌かく乱物質を取り込んだ女性の娘は生殖器がんになったが、また予備的研究は、彼女らの娘はがんとその他の生殖問題に大きなリスクを持つかもしれないことを示唆している。

 ”世代間の作用は途方もないことである”と、オースチンにあるテキサス大学薬理学部で Vacek Chair を持ち、また影響力のあるジャーナル『Endocrinology』を編集するアンドレア・ゴアは述べている。”それは、あなたが今、暴露しているものではない。それはあなたの祖先が暴露したものである”。

 さらに PBPK モデルを複雑にするのは、まさにホルモンのように作用するホルモン擬態化学物質は一兆分率(ppt)という低濃度で生物学的影響を持つことができるということである。さらに、環境暴露はのほとんどは、しばしば単独ではなく、混合物として起きる。そして、個人はそれぞれ違った反応をするかもしれないということである。

 ”PBPK は内分泌かく乱の現実をとらえていない”。モデル製作者らは”いまだにひとつの化学物質暴露はひとつの暴露経路をもつということについて質問しているのだから”と、最近亡くなった発達生物学者ルイス・ジレットは In These Times に述べた。健康影響研究者ですら、混合物の影響は幼少時代に出ると理解している者がいる。

 内分泌かく乱がどのように PBPK モデルで表現できるかということについての論争は、規制毒性学者らと健康影響研究者らとの間の不安を強めた。その緊張は特に、いくつかのジャーナル編集者がいかに産業側の見解に特権を与えているかを明らかにした最近の一連の出来事によって、よく示されている。

きわめて重大な論争

 2012年、世界保健機構(WHO)と国連環境計画(UNEP)は、規制を全世界に伝えることを意図してひとつの報告書を発表した(訳注12)。その著者らは、内分泌かく乱研究の長い経験をもつ健康影響研究者らの国際的なグループであった。

 ”[内分泌かく乱物質]が重要な役割を果たしているように見える病気が世界中で増加しており、将来の世代もまた影響を受けるかもしれない”とし、その報告書はさらに続けて、これらの病気は人間にも野生生物にも見られ、男性と女性(オスとメス)の生殖障害、男と女の赤ちゃんの出生数の変化、甲状腺と副腎障害、ホルモン関連のがん、及び神経発達障害を含むと、述べている。

 毒性学者らからの反発が直ぐにあった。その後数か月にわたり、EU が内分泌かく乱物質に関する規制上の意思決定をする準備をしていた時に、14人の毒性学ジャーナルの編集者らは、 WHO/UNEP の結論を激しく批判する同じ論評をそれぞれが発表した。

 その論評は、EU が内分泌かく乱の枠組みを採択しないよう求める70人以上の毒性学者からの書簡を含んでいた。その書簡は、 WHO/UNEP 報告書は、その科学は”全ての蓄積された生理学的理解に反する”ものであるから、 WHO/UNEP 報告書は方針を伝えることを許されることはできなかったはずだと述べた。

 この論評の後に、さらなる攻撃が行われた。ジャーナル『Critical Reviews in Toxicology』に発表された一つの批判は、米国化学工業協会(ACC)により資金提供され点検されていた。

 これらの論評は、健康影響研究者らを激怒させた。20人の内分泌ジャーナルの編集者、28人の副編集者、及び56人のその他の科学者ら−何人かの WHO/UNEP 報告書の著者らを含む−は、”それは内分泌系がどのように作用するか、及び化学物質がその正常な機能をどのように阻害することができるかの基本的な原則に基づいていないので、・・・と述べる内分泌科学への拒絶的アプローチは根拠がない”と述べ、『Endocrinology』中の声明に署名した(訳注13:健康影響研究者らの反証関連情報)。

 『Endocrinology』の編集者アンドレア・ゴアは、 In These Times に彼女と他の健康影響研究者らは科学的に示された内分泌かく乱物質の危険性は議論の対象であるとは思わないと述べた。”規制毒性学者と、私が内分泌科学を理解していると言及した人々との間には、基本的な相違がある”。

 この議論の結果と、アメリカ及びヨーロッパの将来の規制のための毒性テストの構造はまだ明確ではない。EPA は内分泌かく乱を PBPK モデルに導入しようと試みているように見えるが、そのモデルの限界と内分泌影響の複雑さのために、多くの科学者らはそのプロセスが信頼性ある結果をもたらすということに懐疑的である。

科学から行動へ

 複雑な言葉で述べられているが、これらの論争は学究的なものではなく、公衆の健康にとって重大な影響を持つ。代謝系、生殖系、発達系及び神経系の問題を含む内分泌かく乱物質への暴露に関連した障害や疾病は、広範に及び増加している。アメリカの成人の約20%がメタボリック症候群の5つの指標である肥満、糖尿病、高血圧、高コレストロール、及び心臓疾患のうちの少なくとも3つをもっている。子どもの行動障害及び学習障害を含んで、神経系問題は、パーキンソン病とともに、急速に増加している。男性と女性の両方とも出生率は減少している。世界的に平均精子数は過去50年間に50%減少している。

 科学者らは一般的に行動主義を敬遠するが、化学物質規制に関しては策謀と慣性でパンチを食らわせるために行動が必要であると多くが信じている。マウントサイナイ(医科大学)予防医学、産婦人科、生殖医学教授のシャーナ・スワンは、化学物質暴露における最大の削減のいくつかは産業と政治家の両方への消費者の圧力によって生じたと述べている。または、カリフォルニア大学のブルース・ブルームバーグは、”我々は戦いを仕掛ける必要があると思う”と述べている。

 内分泌学会は、2015年9月28日に発表された声明の中で、これらの公衆健康影響に目を向けることの緊急性を強調した(訳注14)。驚くべきことではないが、産業側はこの科学を”根拠がなく”、”まだ証明されていない”と呼んで、同意しなかった。

 一方、PBPK 研究は、内分泌かく乱物質の有害な健康影響について疑わせる種を撒くことに成功を続けている。彼らの極めて狭い焦点は、規制を行う前にもっと多くの研究を求める結果をしばしばもたらす狭い結論に導く。規制の決定において、”仮定とは、もし我々が何かを知らなくても、その仮定は我々を害することがないというものである”とマサチューセッツ大学アマースト校の生物学教授 R. Thomas Zoeller は述べている。言い換えれば、有害性を証明する立証責任は健康影響研究者にあり、安全性証明する立証責任は産業側にはなく、有害性を証明することは、特に他の科学者らが疑いの種をまいた時には難しい。

 しかし、時計は回っている。ワシントン州立大学の遺伝学者 Pat Hunt は In These Times に、”もし我々が[規制を決定するために]無理やり人間のデータという形で”証明を待つなら、生物種としての我々にとって遅すぎるかもしれない”と述べた。

 この調査は、Leonard C. Goodman Institute for Investigative Reporting による支援を受けた。

Valerie Brown and Elizabeth Grossman
 バレリ・ブラウンは、環境健康、気候変動、及び微生物学を専門とするジャーナリストである。2009年、彼女は環境ジャーナリスト協会からエピジェネティックスに関する彼女の著作で栄誉を受けた。エリザベス・グロスマンは、科学と環境問題を専門とする栄誉受賞のジャーナリストである。彼女は、”Chasing Molecules”,”High Tech Trash” その他の本の著者である。


訳注1
訳注2
内分泌学会 プレスリリース 2015年3月5日 内分泌かく乱化学物質の推定費用 EU で年間 1,500億ユーロを越える

訳注3
C&EN 2008年7月9日 ホルムアルデヒド 合板に関連トレーラーハウス中で通常の家庭より最高11倍の濃度

訳注4
国際産婦人科連合(FIGO) 2015年10月1日 世界の産科婦人科団体は有害化学物質への暴露を防止するためにさらなる努力をするよう促す

訳注5:James C. Lamb IV
UNEP/WHO 報告書書”内分泌かく乱化学物質の科学の現状への批判論文の主著者
参照:Regulatory Toxicology and Pharmacology 2015年7月31日 内分泌かく乱物質の科学についての疑念を作り出す:UNEP/WHO 報告書 ”内分泌かく乱化学物質の科学の現状 2012年版”に対する産業側の後援を受けた批判的コメントへの反証

訳注6パラダイムシフト - Wikipedia
その時代や分野において当然のことと考え られていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化すること を言う。パラダイムチェンジとも言う。 科学史家トーマス・クーンが科学革命で提唱した ...。

訳注7
世界の発がん性分類 (IARC、NTP、EPA、EU)

訳注8
ボパール化学工場事故/ウィキペディア

訳注9: linguistic detoxification
RACHEL'S HAZARDOUS WASTE NEWS #147

訳注10
浴槽修理工における塩化メチレンへの致死的曝露−アメリカ、2000〜2011年

訳注11
アメリカ OSHA、ホルムアルデヒドを発散する整髪製品/中央労働災害防止協会

訳注12
訳注13:健康影響研究者らの反証関連情報
訳注14 内分泌学会プレスリリース 2015年9月28日 化学物質への曝露は糖尿病と肥満のリスク上昇に関連する−内分泌かく乱化学物質に関する科学的声明(EDC-2)



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る