IPEN - PAN 2017年1月
2020年以降:なぜ SAICM は重要なのか
情報源:IPEN and Pesticide Action Network, January 2017
Beyond 2020: Why SAICM is important
http://ipen.org/sites/default/files/documents/Beyond%202020%20
Why%20SAICM%20is%20important%2024%20Jan%202017.pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2017年1月30日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/saicm/ipen/Beyond_2020/
Jan_2017_IPEN_Why_SAICM_is_important.html


はじめに

 国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)は、化学物質暴露により引き起こされる著しい健康及び環境への危害に目を向けており、これらの危害を最小にするために、化学物質が製造され使用される方法を改善することを世界の政治的約束とするものである。2002年、ヨハネスブルグにおける持続可能な開発に関する世界首脳会議において各国の首脳は SAICM の開発を求めた。その合意に法的拘束力はないが、その基本的な文言は、2006年2月にドバイで開催された第1回国際化学物質管理会議(ICCM1)に参加した100か国以上の政府の環境大臣、保健大臣、及びその他の代表の合意を表すものである。

 SAICM は、化学物質のライフサイクルに関連する既知の及び新たに発見されるあらゆる種類の健康と環境の懸念が特定され、評価され、対応される、唯一の世界的な公開討論の場(フォーラム)である。SAICM は、化学物質の安全を達成し、有害暴露の全ての源を最小にする又は廃絶するための多様な利害関係者や多様な分野の取組を促進し可能にする。それは、情報交換、知識の共有、及び化学物質管理に責任を持つ政府担当官への支援と激励を実現する。 SAICM は全ての開発レベルの国の化学物質管理者にとって有用であるが、開発途上国や移行経済国、特に後発開発途上国(LDCs)の管理者にとって重要である。

SAICM は化学物質関連条約によってカバーされない物質やその他の問題に対応する

 SAICM の広い対象範囲は現在の化学物質関連条約の枠組みに入らない多くの化学的暴露をカバーする。SAICM の重要性の特徴は、高いレベルの政治的是認、そして化学物質安全性を”持続可能な開発;資金調達;規制の基盤;施行;省庁間及び利害関係者を通じての調整の一貫性;知る権利、代替原則、汚染者負担原則、その他を含む主要な化学物質安全原則”に関連付ける多くの方法である。SAICM は、化学物質安全性への行動と持続可能な開発への関連付けにとって重要な駆動源である。SAICM 以外に世界の最も緊急な化学物質安全性の懸念の大部分に対応するための国際的な枠組みは存在しない。

開発途上国及び移行経済国にとっての重要性

  SAICM は、政府間化学物質安全性フォーラム(IFCS)に取って代わり;適切な化学物質管理イニシアティブにおける化学物質の適正管理のための機関間計画(IOMC)を構成する組織のより良い調整と積極的な関与を促進し;多様な分野、多様な利害関係者の関与と参加を推進するために、2006年に採択された。その採択以来 SAICM は成長、成熟を遂げ、化学物質安全性の目的を促進し推進するための非常に有用な国際的枠組みであることが立証された。SAICM は、全ての国にとって重要であるが、まだ法的、規制的、制度的、及び技術的な基盤が非常に弱く、有害な化学物質及び廃棄物への暴露に関連する危害から住民と環境を保護するための情報と能力が欠如している多くの低−中所得の国々とって特別に価値がある。開発途上世界における化学物質の使用と製造の急速な拡大の下では、適切な政策的優先とリソースに対応できる、もっと強力でもっと能力のある SAICM の必要性が増大している。

 SAICM に先立ち採択された残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約、及び SAICM 後に採択された水銀に関する水俣条約はともに、大気流又は海流に乗り長距離移動することができ、環境中及び生物組織中に蓄積する特定の有害汚染物質に目を向けている。これらの汚染物質は発生源から遠く離れた場所で人間の健康と環境に危害を引き起こす。このことが、世界的な法的拘束力のある化学物質規制条約を確立することの根拠を与える理由である。これはまた、高所得国の政府に対し、これらの条約に政治的、技術的、及び財政的支援を提供するための利己的理由を与える。

 一方 SAICM は、もっと広い対象範囲を持っている。それはストックホルム条約、水俣条約、モントリオール議定書、又はその他の条約でカバーされない有害化学物質暴露の事実上すべての源に対応する。多くの場合、これらの他の源により引き起こされる人の健康及び/又は環境への危害は、残留性有機汚染物質、オゾン層破壊物質及び/又は水銀によって引き起こされる危害と同様に深刻である。これらの有害化学物質の暴露源は、低−中所得国の人々と環境にしばしば不釣り合いに影響を及ぼす。しかし多くの場合、有害影響を受ける国の政府は、これらの有害暴露源についての情報が十分でなく、またしばしばそれらに適切に対応するために実施されるべき関連政策とプログラムなどについての情報も不足している。

 既存の化学物質及び廃棄物条約のどれにも[1]、包括的に対応されていない多くの有害化学物質の暴露源の中の二つの例、鉛中毒と農薬暴露を考えてください。(付属書1 を参照のこと)

 世界保健機関(WHO)によれば、鉛中毒は”完全に防止できる疾患”[2]である。高所得国では小児期の鉛暴露を最小にすることを目指すプログラムと政策の採択が増大しているので、鉛中毒は現在、主に低所得地域の疾患となっている。血液中の鉛レベルが高い全ての子どもたちの推定90%がが現在、低所得地域に住んでいる[3]。しかし鉛は一般的に環境中を長距離移動しないので、世界的な化学物質条約はこれらの暴露を低減し、最小とするために使用されてこなかった。

 低所得国の関連政府機関と産業は、小児期の鉛暴露に関連する厳しい危害についてしばしば情報不足であり、これらの危害を最小にする又は廃絶するために適切に実施されるべき政策、プログラム、及び技術についての情報が不足している。しかし SAICM はこれらの危害についての情報を共有するための、及びそれらに対応するために国際的な協力を促進するための場所を提供してきた。第2回国際化学物質管理会議(ICCM2)(訳注:2009 年5 月11−15 日ジュネーブ)は、新規の政策課題として塗料中の鉛を特定し、世界規模の多様な利害関係者パートナーシップ −鉛含有塗料の廃絶に取り組む国際活動 (GAELP)− の設立を鼓舞したが、これは国レベルで鉛含有塗料の廃絶を促進し、その進捗状況を ICCM の会合に報告することになっている。

 他の例は、農薬暴露に関連した健康と環境への危害である。ここでもまた、その危害は低−中所得国の人々と環境に不釣り合いに影響を与えている。これらの国々では人口の非常に大きな部分が農業に従事しており、農薬が高所得国より集中的に使用される農村地帯に住んでいる。低−中所得国の農薬管理法はしばしば欠如しているか又は弱く、むらがあり、監視と実施は不適切である。読み書きの能力はしばしば低く;小作農、小規模農民、及び土地のない農業労働者はしばしば重要な情報へのアクセスができず、多くの場合、高所得国ではでは禁止されているか制限されている有害性の高い農薬が広く使用され続けている。

 残留性及び/又は生物蓄積性があり、環境中で長距離を移動する農薬のあるものはストックホルム条約で禁止されている。ロッテルダム条約は、その他のある有害な農薬と農薬製剤の輸入者への情報の供給を可能にする。しかし、その他の全ての農薬−その多くは有害性が高い−は世界レベルで全く管理されていない。世界保健機関(WHO)によれば、農薬の世界的な健康影響を推定するために利用可能なデータは非常に限定されているが、農薬の製造、使用、散布及び不適切な取り扱いの影響は、重要な世界的健康問題であることは科学的文献から明らかである。サハラ以南のアフリカにおける小自作農の農薬使用による急性危害の累積健康コストは約970億ドル(約11兆2,5000億円)になる[4]。現在、農薬の世界の健康及び環境への影響のコスト見積りはない。

 これら及びその他の懸念に対応して、第4回国際化学物質管理会議(ICCM4)(訳注:2015年9月28日−10月2日 ジュネーブ) は、毒性が高い農薬(HHPs)は、多くの国、特に低−中所得国において有害な人の健康と環境への影響を引き起こすことを認め、 国連食糧農業機関(FAO)、国連環境計画(UNEP)及び世界保健機関(WHO)により開発されたこの問題に対応するための戦略を歓迎した。ICCM4 は、農業生態学に基づく代替の促進とリスク評価及びリスク管理を実施するための国家の規制能力強化を強調しつつ、地方、国家、地域及び国際レベルでこの戦略を実施するための協調した取り組みに取りかかるよう、利害関係者らを励ました[5]

 この問題は、どのような国際的な協力協定の中でも包括的な方法で対応されていない。そのような状況の中で SAICM は、政府、政府間機関、及び関連利害関係者がこの非常に重要な問題に対応するために協力することができる唯一の枠組みである。

SAICM は有害暴露源に対応するための多様な利害関係者及び多用な部門の取組を促進し可能にする

 鉛含有塗料の廃絶に取り組む国際活動(GAELP)及び毒性が高い農薬(HHPs)に関する第4回国際化学物質管理会議(ICCM4)の決議は、有害暴露源に対応するための多様な利害関係者や多様な分野の取組を SAICM がどの様に鼓舞し可能にするかを示す二つの例である。国際化学物質管理会議(ICCM))の決議もまた、その他の有害暴露源に対応することを目的とする国際的な活動を鼓舞している。それらの活動/暴露源には;製品中の化学物質についての情報へのアクセス;電気・電子機器の全ライフサイクルに関連する有害暴露;内分泌かく乱化学物質(EDCs);ナノテクノロジー及びナノ物質;環境に残留する医薬品汚染等がある。

 SAICM は、政府担当官、公益 NGOs、地域組織、国連機関、民間部門、医療部門、労働組合、その他の関係者が、適切な化学物質管理の目的を支持する中で、お互いに交流し協力することを促進するひとつの枠組みである。SAICM の枠組みがなければ、そのような協力はしばしば困難となり、時には実行が不可能とさえなる。SAICM の脈絡の中で、公益 NGOs 及びその他の利害関係者は、彼ら自身の化学物質安全のための新たな取組を、彼らの政府が認知し支援する国際的に承認された政策及び枠組と協調して実施することができる。

 SAICM が2010年に満了したら、これらの取組は終了することになり、また有害暴露源に対応するための他のどのような多様な利害関係者・分野の取組を促進するための今後の基盤はほとんどなくなることになる。

SAICM は化学物質管理に責任がある政府担当官に情報と支援を提供する

 SAICM は、適切な化学物質管理に関連する問題に関する対等な者同士の議論を可能とする地域会議のための枠組みを提供する。SAICM は、国の化学物質管理者が、対応を必要とする多くの異なる化学物質の危険性を管理するために他の国が使用しているアプローチをよりよく理解することを支援する。SAICM は、化学物質関連情報、専門性、及び政策ガイダンスを広げる。SAICM は、国の化学物質管理担当者をその省内又は機関内での名を高めるのに役立ち、また化学物質安全目的への支持を得るために、省内の調整と協調を活性化するのに役立つ。

”なぜ SAICM は重要か”の結論

  1. SAICM の多様な利害関係者及び多様な分野設計と実施が 2020年以降も維持される。
  2. 世界の最も緊急を要する化学物質の安全性の懸念の大部分に対応するための参加型の国際的な枠組みは他にはないので、SAICM の広い対象範囲が維持される。
  3. 現在の懸念への課題及び新規政策課題は2020年以降も実施され、さらに対応が深められる。
  4. 2020年以降のプロセスは、人の健康と環境への危害を防ぐために、化学物質の製造のされ方及び使用のされ方を改善することに向けて継続的で測定可能な進捗をもたらす。

付属書1 発展途上国及び移行経済国にとって重要な、既存の化学物質及び廃棄物条約のどれにも包括的に対応されていない課題の二つの例

 鉛及び農薬暴露は SAICM が対応するために追い求めてきた有害暴露源の多くの可能性ある例の中の単に二つである。世界の最も緊急を要する化学物質の安全性の懸念の大部分に対応するための参加型の国際的な枠組みは SAICM の他にはない。

鉛中毒

 世界保健機関(WHO)は、鉛中毒は改善可能な環境要素に起因する子どもの健康影響の上位10番のひとつであると見なしている[6]。鉛中毒は世界の総疾患の 0.6%を占める[7]。世界中で全ての子どもの16%が、血液中に1デシリットル当たり10マイクログラム以上の鉛を持っている。高い血中鉛レベルをもつ全ての子どもたちのうち、推定90%が低所得地域で暮らしている[8]。科学者及び公衆保健担当官は、子どもたちにとって鉛の安全レベルは存在しなということに合意している[9]

 大きな人間の犠牲に加えて、鉛暴露はまた、社会に対して莫大な経済的負担をかける。低−中所得国における国家経済に及ぼす子どもの鉛暴露の経済的影響を調査した最近のある研究は、合計累積的コスト負担は年間 9,770億国際ドルになると推定したる[10]。この額は、主要援助国政府により提供された低−中所得国への全ての援助の合計額より7倍多い[11]。世界保健機関(WHO)によれば、鉛中毒は、”完全に防止することができる疾患”である[12]

農薬暴露

 農薬暴露により引き起こされる人の健康と環境の世界のデータ及び権威ある見積りは、鉛暴露に関連するものより不完全である。WHO の科学者らは、有害農薬への慢性暴露に関連する疾患の世界的な負担は、それにより農薬が有害影響を及ぼす異なる作用機序に基づく見積りを実施することはまだ可能ではないという理由で、まだ不明であるということを示した[13]。  古いが権威あるひとつの研究は、毎年100万件の深刻な非意図的農薬中毒がおそらくあると見積もっており、さらに追加の200万の人々が農薬自殺をはかって病院に収容されているとしている。その著者は、これは真の問題のほんの一端を示すだけであると述べ、開発途上世界の2,5000万人程の農業労働者が毎年、職業的農薬中毒により何らかの被害を受けているが、ほとんどの事故は記録されておらず、ほとんどの患者は医学的な配慮を求めていないと見積もった[14]。中央アメリカで実施されたもっと最近の調査は、農薬中毒の過小報告が98%であるが、年間40万件の中毒があり、78%の事故が作業関連であるという地域の見積りがあることを示した[15]そして、もっと最近ではロッテルダム条約の援助の下でのブルキナファソでの国連食糧農業機関(FAO)の調査(2010)は、82%の農民が農薬中毒の症状を経験していることを示した[16]。  国連環境計画(UNEP)は、サハラ以南のアフリカにおける小自作農の農薬使用による急性中毒の累積健康コストは、2020年までに約970億ドル(約11兆円)に達するであろうと言及している[17]。サハラ以南のアフリカにおける小自作農への農薬暴露の控えめな見積りは、農薬中毒に関連するある特定のコスト−損失労働日、外来患者治療、及び入院患者治療−が2005年には44億ドル(約5,100億円)に達したと示唆している。これらの見積りは、人的被害又は損失した生計に関連するコストのようなその他のコストを含んでいない[18]。さらにデータと権威ある見積りは農薬暴露に関連する生態系への危害を定量化していない。農薬暴露に関連する全ての危害がもっとよく調査され、定量化されるようになれば、それらは鉛暴露に関連する危害と同様に大きく、あるいはもっと大きくなりそうである。

 鉛と同じように、農薬暴露に関連する危害は、低−中所得国に不釣り合いに影響を及ぼしている。これらの国々の農業従事者及び/又は農薬が集中的に使用される農村部に住む人々の人口に占める割合は、高所得国に比べてはるかに高い。低−中所得国における国家の農薬管理規制はしばしば全く不十分又は弱く、まばらで、監視と施行が不適切であり、農薬使用の通常の条件は、しばしば農民と生態系の健康に大きな脅威となる。

脚注
[1] Basel, Rotterdam, Stockholm, and Minamata Conventions
[2] World Health Organization, Childhood Lead Poisoning, 2010 page 8: http://www.who.int/ceh/publications/leadguidance.pdf
[3] Ibid, page 32
[4] UNEP (2013) Costs of Inaction on the Sound Management of Chemicals, Job Number: DTI/1551/GE
[5] http://www.saicm.org/index.php?option=com_content&view=article&id=550&Itemid=767
[6] Pruss-Ustun A, and C. Corvalan C (2006) World Health Organization, Preventing Disease Through Healthy Environments: Towards an estimate of the environmental burden of disease, 2006, page 12: http://www.who.int/quantifying_ehimpacts/publications/preventingdisease.pdf
[7] World Health Organization, Childhood Lead Poisoning, 2010 page 11: http://www.who.int/ceh/publications/leadguidance.pdf
[8] Ibid, page 32
[9] https://www.cdc.gov/nceh/lead/
[10] Attina TM, Trasande L (2013) Economic costs of childhood lead exposure in low- and middle-income countries, Environmental Health Perspectives 121: 1097-1102 http://ehp.niehs.nih.gov/1206424/
[11] In 2013, governments participating in the Development Assistance Committee (DAC) of the Organization of Economic Development and Cooperation (OECD) provided a total of USD$134.8 billion in net official development assistance. See: OECD; Aid to developing countries rebounds in 2013 to reach an all-time high; http://www.oecd.org/newsroom/aid-to-developing-countries-rebounds-in-2013-toreach-an-all-time-high.htm
[12] World Health Organization, Childhood Lead Poisoning, 2010 page 8: http://www.who.int/ceh/publications/leadguidance.pdf
[13] Pruss-Ustun A, Vickers C, Haefliger P, Bertollini R (2011) Knowns and unknowns on burden of disease due to chemicals: a systematic review; Environmental Health 10:9 http://www.ehjournal.net/content/10/1/9
[14] eyaratnam, J (1990) Acute pesticide poisoning: A major global health problem, World Health Stat Q43:139-44
[15] Murray D, Wesseling C, Keifer M, Corriols M, Henao S (2002) Surveillance of pesticide-related illness in the developing world: putting the data to work. International Journal of Occupational Environmental Health 8(3):243-8.
[16] http://www.pic.int/Implementation/SeverelyHazardousPesticideFormulations/SHPFKit/PesticidePoisoning/tabid/3 117/language/en-US/Default.aspx
[17] UNEP (2013) Costs of Inaction on the Sound Management of Chemicals, Job Number: DTI/1551/GE
[18] UNEP (2012) Global Chemicals Outlook/ Towards Sound Management of Chemicals: Synthesis Report for Decision-Makers; P 29


訳注:関連情報



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