2012年9月
SAICMの新規課題としての内分泌かく乱物質:
IPENの見解と優先事項


情報源:IPEN, September 2012
Endocrine Disruptors as a SAICM Emerging Issue: IPEN Position & Priorities
http://ipen.org/iccm3/wp-content/uploads/2012/09/
IPEN-Position-on-EDCs-as-SAICM-Emerging-Issue-Final.pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2012年9月23日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/saicm/iccm3/IPEN/IPEN_position_EDC_ICCM3.html

 内分泌かく乱作用は世界の懸念として緊急の課題である。化学物質に対する世界的な行動は、ある化学物質が人の健康又は環境に不合理なリスクを引き起こす時、ある国の行為又は怠慢が危害のリスクを増大させるかもしれない時、そして国家が増大するリスクから自身を自分達だけで守ることが難しいと悟ったときに、正当化される。

 内分泌かく乱化学物質(EDCs)は、人の健康と環境に許容できないリスクを引き起こす。2002年に、世界保健機関(WHO)は内分泌かく乱物質(EDC)を、”内分泌系の機能を変更し、その結果、損なわれていない生物、又はその子孫、又は(部分)集団に有害な健康影響を引き起こす外因性物質又は混合物”として定義した[1]。ホルモン活動の阻害は、ある疾病にかかりやすくなることを含んで、人と野生生物の健康に直接的な及び間接的な有害影響をもたらす。WHOの定義の重要な問題点は、”有害健康影響”とは何かという疑問について明確にしておらず、したがって合意がないことである。

 内分泌かく乱特性を持つ化学物質への曝露に関連する有害影響には:不妊や精子の質と数の低下など生殖系への影響;乳がん、精巣がん、前立腺がん;2型糖尿病、肥満、心臓疾患;神経行動学的症状;甲状腺及び免疫系障害−などが含まれる。

 EDCs の最も悲劇的な面のひとつは、小さな子どもたち、特にまだ生まれていない胎児や新生児の発達途上の極めて感受性の高いウインドウにおける曝露への脆弱性である[2]。発達のクリティカル・ウィンドウ期間中の曝露は、後の人生で初めて明らかになる強力で不可逆的な影響を及ぼすことができる。多様なEDCsは一般に、妊婦を含んで人の体内で見出され、これは男性も女性も等しく曝露しているということである。それ自身では有害影響を引き起こすことが予測できないようなレベルでのいくつかの異なるEDCsへ曝露でも、有害影響をもたらすかもしれない。また、EDCsの低い用量の方が高い用量よりも強い影響を引き起こし、化学物質の混合物の”カクテル効果”によって影響が増幅されることを研究が示している[3]。

 先進工業国も発展途上国も危害を防止するためにEDCsに対して行動を起こさなくてはならない。地球環境ファシリティ(GEF)は、内分泌かく乱作用を発展途上国及び移行経済国が直面している上位6位の問題にランクしている[4]。不釣合いな化学物質の製造、使用、廃棄が先進工業国から発展途上国に拡大しているので、発展途上国におけるEDCsによる危害の可能性は今後数年間で劇的に増加することが見込まれている。発展途上世界におけるこれらの活動は、先進諸国より少なくとも2倍の速度で拡大し、現在経済移行中であると見なされている国を除けば、その成長はもっと速くなるであろうとOECDは予測している[5]。したがってこの傾向は、発展途上国の労働者、女性、子ども、その他の脆弱な集団が不釣合いに曝露する可能性があることを示している。

 諸国は単独でEDCsの危険から自身を守ることは不可能である。EDCsが疑われる物質は、食品、化粧品、建材、電子機器、家具、おもちゃ、そして子ども用製品中で一般的に見出される。これらの化学物質は、EDCsを含む製品や食品のバリュー・チェーンを通じて、また地球規模の貿易や、大気、水、野生生物を通じて、環境中で長距離移動をするので、一国の対策だけでは EDCs への曝露から人々を効果的に守ることはできない。いくつかの国は EDCs からの危害を低減するための取り組みを行っているが、発展途上国は彼等自身をEDCsから保護するための情報を入手したり利用するのに大きな困難に直面している。

 内分泌かく乱作用に対応することは、地球規模の行動を必要とする緊急の課題である。国際社会は、SAICM参加者らがEDCsをSAICM世界行動計画(訳注:環境省仮約)のあちこちにくり返し含めた2006年に、EDCsへの世界の行動の必要性を認めた。いくつかの作業がEDCsに関する様々なフォーラムで現在実施されているが、全ての国でEDCsの問題に対応するために既存の及び現在実施中の作業をてこ入れし、普及宣伝し、推進するための世界的な手段が必要である。SAICMは、EDCsの潜在的なハザードから全ての人々と環境を保護するために必要な広範な任務をもった化学物質管理に関する民主的参加型の多様な利害関係者による唯一のフォーラムである。国際化学物質管理第3回会合(ICCM3)は、EDCsをSAICMにおける新規政策課題として承認すべきである。下記がIPENの優先事項である。

新規政策課題としてのEDCsへの協働行動のための優先事項

 国際化学物質管理会議の機能のひとつは、”新規政策課題が生じたときに、それらに注力して適切な行動を求め、協働行動のための優先事項への合意をまとめること”である[6]。SAICMは、世界の懸念として新たに出現している課題が適切なメカニズムによって十分に対応されるべきことを求める[7]。

 IPENは、SAICMの下における新規政策課題としてのEDCsの推薦を完全に支持する。IPENは、SAICM利害関係者らがEDCsへの下記協働行動を優先事項とすることを確実にするよう勧告する。

潜在的な内分泌かく乱特性をもつ化学物質の世界的リストを確立すること

 現在、潜在的な内分泌かく乱特性をもつ化学物質の統合リストは存在しない。提案されるリストは、洗剤や化粧品からコンピュータやおもちゃ、そして農薬まで、現在世界中で使用されている製品中に含まれている内分泌かく乱化学物質を含むであろう。それは、全ての利害関係者のための情報交換に役立つものであり、定期的に更新されるべきである。そのリストは、潜在的な内分泌かく乱物質のTEDX リスト[8](訳注1)や、Sin List 2.0 [9](訳注2)のような、既に存在するリストを利用することができる。政府は、EDCsを特定するための基準の正確性をテストするために、これらのリストを使用しており、内分泌学会により記述された影響の特定を考慮すべきである。

 公衆が利用できるそのようなリストは、全てのEDCsが適切なメカニズムを用いて世界的に十分に対応されることを確実にするのに役に立つであろう。そのリストは、発展途上国や移行経済国が意思決定に必要な非常に費用のかかかる研究のコストを削減するのに役立つであろう。そのリストは、政府が最も脆弱な人々の健康を守るために、速やかにそして緊急に行動することを可能にするであろう。それはまた、産業界による予防的行動を可能にするであろう。そのリストは、化学物質の川下ユーザーには代替するのに役立つ化学物質のリストを提供し、進歩的な小売業者には回避すべき有害化学物質のリストを提供することになるであろう。そのようにすることで、化学物質製造者に対してEDCsを廃止する方向に舵を切らせることになるであろう。

環境・健康関連NGOsと科学的研究機関の参加を得ながら、広範な支援、情報交換、ラベル表示要求、及び能力構築のキャンペーンを通じて、EDCsの世界的な意識向上を図ること

 公衆の意識は、EDCsの影響を評価するためのデータを生成するのに役立てることができ、脆弱な集団の曝露を防止するために前進することを可能にし、人の健康又は環境への危害を防止するために適切なメカニズムが正しく用意されることを確実にすることができる。現在、世界における公衆の意識はツギハギだらけであり、一般的には英語でのみ利用可能である。公衆の意識を向上させるための情報を普及させ生成するために、世界及び国家のレベルで、広範な支援と能力構築のキャンペーンが必要であり、それは科学的研究機関と環境・健康関連NGOsの参加を含む。

 さらに、製品中のEDCsについての消費者の意識は、川上及び川下の両方において、より安全な製品のための市場を形成するための強い推進力となり得る。製品がEDCs又はEDCsの混合物を含む場合、ライフサイクルを通じてのEDCsの環境と健康に及ぼす有害性に関する基本的な情報を含むものは非常に少ない。EDC成分を含めて、化学物質の成分をもっと公表することは、産業界に対して製品からEDCsを除去することを促すことになる。EDCsの義務的なラベル表示が確立されるべきである。

EDCsに関する将来の全ての作業は、SAICMの多様な利害関係者の特性を保持し、内分泌学の専門家はもちろん、公益NGOs、労働組合、及び健康分野の代表を含めることを確実にすること

 内分泌学者は、特に環境と健康ハザード評価のために、EDCsの独自の特徴が十分に対応されていることを確実にするのに重要な役割を果たす。公益NGOsは、社会、利害関係者および政策策定者の間の貴重なつながりの役割を果たす。同様に労働組合と健康分野は、曝露の最小化に貴重な貢献をする。しかし、公益代表にとって資金調達がひとつの課題である。SAICMの構造は、2020年までに適切な化学物質管理を達成することへの全ての利害関係者の貴重な寄与を受け入れており、提供者は資金調達が公益代表を含んで全てのSAICM利害関係者の適切な関与に利用可能であることを確実にすべきである。

最も脆弱な集団、特に妊娠可能年齢の女性、まだ生まれていない胎児、及び子どもに影響を及ぼすEDCsを廃絶することを優先事項とすること

 内分泌かく乱作用は、曝露した個人だけでなく、彼等の子どもや次世代にも影響を及ぼすかもしれない。脆弱な発達中のまだ生まれていない胎児や新生児は、母親の体内に存在する化学物質を通じてEDCsに容易に曝露することをデータが示している。たとえ極めて低いレベルの曝露でも、もしそれが特に重要な発達時ウィウンドウの間に起これば、発達異常を引き起こすかもしれない。がんへのかかりやすさ、女性及び男性の生殖障害、及び行動障害の増大のような、EDCsによる発達影響が存在するなら、最も脆弱な集団、特に発達中の胎児のために、重要な曝露ウインドウに特別の注意が払われるべきである。


脚注
[1] WHO/IPCS, Global assessment of the state-of-the-science of endocrine disruptors (2002). Alternatively, world's oldest, largest, and most active organization devoted to research on hormones and the clinical practice of endocrinology defines an EDC as "an exogenous chemical, or mixture of chemicals, that can interfere with any aspect of hormone action." Zoeller et al. Endocrine-Disrupting Chemicals and Public Health Protection: A Statement of Principles from The Endocrine Society, ENDOCRINOLOGY (Sept. 1, 2012).

[2] Eighty-six leading scientists from around the world recently signed a statement on the vulnerability developing children to environmental chemical exposure (PPTOX III Statement). See Barouki et al., Developmental origins of non-communicable disease: Implications for research and publichealth ENVIRONMENTAL HEALTH, 11:42 (2012).

[3] Vandenberg et al., Hormones and Endocrine-Disrupting Chemicals: Low-Dose Effects and Non-monotonic Dose Responses, ENDOCRINE REVIEWS (March 14, 2012); and Diamanti-Kandarakis et al., Endocrine Disrupting Chemicals: An Endocrine Society Scientific Statement (2009).

[4] GEF, Guidance on Emerging Chemicals Management Issues (2012)

[5] OECD, Environmental Outlook to 2050 (2012).

[6] Paragraph 24 of the Overarching Policy Strategy of the Strategic Approach to International Chemicals Management, available at: http://www.saicm.org/documents/saicm%20texts/SAICM_publication_ENG.pdf (訳注:包括的方針戦略/環境省仮約

[7] Id. at Paragraphs 14 (g) and 15 (g) of the Overarching Policy Strategy.

[8] Every chemical on the TEDX List has one or more verified citations to published, accessible, primary scientific research demonstrating effects on the endocrine system. The list of over 870 chemicals is available at: http://www.endocrinedisruption.com/endocrine.TEDXList.overview.php

[9] The SIN List highlights substances that ChemSec has identified as Substances of Very High Concern in accordance with the criteria set up in REACH. Available at: http://www.chemsec.org/list/sin-list-20


訳注1:
TEDX (The Endocrine Disruption Exchange, Inc.)  潜在的な内分泌かく乱物質 TEDX リスト 概要

訳注2:
ケムセック(ChemSec) 2011年5月3日 SIN List Ver 2.0 新たに追加された内分泌かく乱性22物質


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