EU 環境委員バルストロームさんのスピーチ
REACH

第2回 US-EU 化学物質会議 アメリアカ・シャーロツビル 2004年4月26日

情報源:SPEECH/04/203 Margot Wallstrom
European Commissioner responsible for the Environment
REACH
2nd US-EU Chemicals Conference, Charlottesville 26 April 2004


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2004年5月10日


 紳士並びに淑女の皆さん、おはようございます。
 ヨーロッパからのご挨拶をもって始めさせていただきます。我がヨーロッパでは歴史的な変化が始まっています。今、ヨーロッパは非常に興奮の渦中にあります。

 欧州連合の拡大まで後 5日を残すのみとなりました。土曜日には、我々は現在の 15カ国の共同体に新たに 10カ国を迎え入れます。チェコ、キプロス、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、及び スロヴェニアの人々がこの 15年間で自分たちの経済と社会を再構築してきました。そのうち 8カ国はコミュニズムの遺産を克服せねばなりませんでした。彼らは全て今、我々欧州連合の戸口に立っています。

 我が欧州連合の拡大は鉄のカーテンが落ちた後、変わり行く世界の明確なサインの一つです。
 しかし土曜日の儀式での握手、署名、国歌、国旗、そして拡大 EU の祝賀をもって、一晩で経済と社会が一変するわけではありません。新たな加盟国は、現在の加盟国の繁栄のレベルに到達するにはこれから先、長い道のりがあります。

 拡大は持続可能な開発の原則がなぜ重要であるかを鮮明に示しています。それは人間の開発における経済的、社会的、及び環境的次元にとって、等しく重要です。経済成長が社会正義と環境への配慮と調和を保った時に、人間の幸福を持続することができるのです。

 E U標準に従って大気をきれいにするという公約に関する数値を挙げれば、気管支炎に患わされる人々の数は新たな加盟国において大幅に減少し、年間 34,000人の死を防ぐことができるでしょう。

 今日は、我々が提案する REACH という名前の新たな EU 化学物質政策によって、どのように持続可能な発展を求めていこうとしているのか、一つの例をお話したいと思います。

 化学産業はいくつかの要素により持続可能な開発のための EU の戦略の中心におかれています。化学産業が主要産業分野の一つであることはいうまでもありません。年間 5,000億ユーロ(約65兆円)、あるいは 6,000億ドル(約65兆円)の生産高があります。直接雇用者は 170万人います。それは雇用市場、貿易、及び経済成長に重要な影響を与えます。

 前世紀には我々の社会は経済的な革命を経験しました。それは世界の生産量が 1930年の 100万トンから今日の 4億トンに増大したことでも分かります。

 この革命は、生活の全てにそして消費者製品のほとんどに人工の物質を持ち込みました。実際、化学物質は身の回りいたるところにあります。
 しかし、化学の ”成功” はまた、我々の社会のアキレス腱でもあります。我々は化学物質に非常に強く依存するようになりました。しかし、今までのところは、化学物質の潜在的なリスクや長期的な影響に関する十分な知識が伴っておらず、我々はそのために高い対価を払っています。

 これはヨーロッパ諸国だけのことではありません。化学物質の安全性は世界中の心配ごとです。世界中の国々が化学物質の安全性への注意を欠いて高い対価を支払っています。

 例えばアスベストは、かつては価値があり用途の広い物質で建設現場で広範に使用されました。しかし、現在では毎年、アスベストに曝露したことが原因で多くの人々が死んでいます。先進国だけでも 10万人以上の人々が死ぬであろうと推定されています。建物や汚染した場所からアスベストを除去するために莫大なコストがかかっています。

 人工の化学物質は我々の体内に蓄積します。多くの労働者たちがアレルギー、呼吸器系疾患、がん、そして生殖問題を引き起こす化学物質に曝露しています。ヨーロッパでは職業的な皮膚疾患により毎年、300万労働日が失われています。これらの湿疹やその他の皮膚疾患は直接的に化学物質に関係しているということができます。

 これらのことはほとんどの産業で起きており、被害を被った労働者たちは仕事を変えざるを得ません。300万労働日の損失コストは年間、6億ユーロ(約780億円)と見積もられています。

 科学者たちはまた、ヨーロッパとアメリカの男性の精子の数が減少していることの懸念を指摘していますが、これは化学物質によってもたらされたものかもしれません。

 海では防汚塗料中で使用されている化学物質が軟体動物の性変化を引き起こしており、ある種を根絶やしにし、水産養殖の生産性に深刻な影響を与えています。

 オゾン層のホールは直接的に化学物質に関係しています。

 化学物質に関連する健康や環境の問題を挙げればもっともっと長く続きます・・・。

 これらのこと全てを照らしてみれば、化学物質が 2002年ヨハネスブルグの持続可能な発展に関する世界首脳会議で重要な議題であったことは偶然ではありません。

 南アフリカで、我々の国家と政府の首脳が化学物質の有害な影響を一世代以内、2020年までに最小にすることを約束しました。 REACH を提案することで欧州委員会は、ヨハネスブルグでの目標に向けて言葉から実行に移しました。

 REACH は我々がヨーロッパで必要とする情報と安全性を提供するよう設計されています。しかし我々は国際的な努力でそれを統合するようにしなくてはなりません。情報の伝達の便宜ために、我々は世界的に調和されたシステム (Globally Harmonised System) を実現しようとしており、これは危険な化学物質の分類及び表示に関する国連のシステムです。

 本日は他の講演者の方々が REACH についてもっと詳細にお話するでしょう。私はここでは、3つの ”しなくてはならない (MUSTs)” ことについてお話したいと思います。

 第一は、知識のギャップを埋めなくてはならない、

 第二は、立証責任を移行しなくてはならない、

 第三は、消費者と川下ユーザーにもっと情報を提供しなくてはならない、 です。

 最初のメッセージ、知識のギャップを埋めなくてはならない、から始めましょう。

 現在のヨーロッパの化学物質の安全性に対するシステムはアメリカのものに似ています。ヨーロッパでは新たな化学物質はテストし、その結果は当局に報告しなくてはなりません。しかし、これはすでに市場に出ている化学物質には適用されません。
 これらすでに市場に出ている化学物質は 20年以上前に記録された時には、100,000種ありました。従って、今日我々が使用しているほとんどの化学物質は ”既存の” 化学物質ということになります。これらの化学物質についてはほんのわずかな情報しかありません。

 多量製造化学物質の中で、わずか 5%のもにについてしか十分な情報がありません。現在までのところ、これら多量製造化学物質が最もよく分かっている化学物質なのです! もっと製造量の少ない化学物質については分かっていることがもっと少ないのです。

 アメリカの状況もよく似ています。アメリカでは 80,000種以上が使用のために登録されていますが、そのうち 1,400種が多量製造化学物質です。しかし、人間の曝露に関するデータはこれら多量製造化学物質のうちわずか 6%にしか存在しません。

 ヨーロッパでは、我々の知識の欠如は行政的な ”行き詰まり(catch 22)” のためです。当局は産業側界から提出された情報に基づいて既存の物質のリスク評価をすることが期待されています。我々はこの情報が適切でないことを知っています。しかし当局は、リスクがあると証明できる時にのみ、テストデータを要求することができるだけなのです。

 このシステムは、産業界にその物質が安全であるということを示すことに対する動機があればうまく機能したでしょう。しかし、EU の化学物質製造者に、彼らの既存の化学物質の環境及び健康に対するする影響を調べるための動機などあるはずがありません。

 この法的責任制度は現在の EU はアメリカよりも弱いものです。従って化学物質のリスクを顧客やユーザーに知らせる動機は最低限のもの以上ではあり得ません。

 競争相手が潜在的な危険性について口をつぐんでいることができるビジネス環境において、正直者が常に報われるというわけではありません。

 EU では当局が 1993年以来、最初に着手すべきものとして特定した 140種の潜在的に問題ある化学物質に取り組んできましたが、このように限定された数のものですら処理することが困難でした。現在までのところリスク管理措置が採られたのは、そのうち、わずかに 17種類だけです。

 現在の規制システムにおけ悪影響の一つは、EU では新たな安全な化学物質を開発することが不利になるということです。それは新たな物質を市場に出すよりもテストもされず潜在的に危険な既存の物質を新たな用途に向ける方が容易で安いからです。これは明らかに革新の妨げとなります。

 それでは二番目のメッセージ、立証責任を移行しなくてはならない、に移りましょう。

 規制システムは、全ての製造者から責任ある行為を求めることにより、責任あるビジネスを不利にするようなことは止めなくてはならないことは明らかです。

 我々は化学物質の安全性に対する責任を化学産業界に移行する必要があります。自分自身の製品に責任を持つことは、どこでもあたりまえのことなのに、なぜ、化学産業界だけが特別に扱われなければならないのでしょうか?

 化学産業界は自身の製品を評価し、その物質の用途に適した保護措置を考えるのに、最もよい立場にあります。

 最後は、消費者と川下ユーザーにもっと情報を提供しなくてはならない、です。

 化学物質については認識と信頼において大きな問題があります。市民はいつも化学物質について矛盾した情報を受けています。

 ある日、毎日使用する製品についての警告レポートが出されます。例えば、赤ちゃんが口に入れるおもちゃに使われているプラスチック可塑剤です。翌日、そのことはある科学者によって否定され、それを支持する人が出てきます。その結果が、欲求不満と消費者の不買で入り混じっても不思議ではありません。

 化学物質には曖昧なイメージがあり、”作り物”として一般的には信用ならないと見なされる奇跡的な解決 (抗菌運動靴、耐久芳香剤、防汚繊維、など) の需要があるように見えます。

 将来も、我々は化学物質を必要とするでしょうが、それに伴うリスクについて知ることを要求します。我々はまた、最も危険なものは廃して、より安全な代替物質にかえる代替を促進することを望みます。

 結論に至る前に、REACH が直面する最もよく受ける批判のいくつか、すなわち、準備において十分に協議がなされていない、貿易障壁となる、煩わしい、高くつく、などについて簡単に触れたいと思います。

協議

 我々の提案には 6年の歳月をかけて真剣な協議が行われました。関係者による多くの会議、ワーキング・グループ、そして書面による協議、それらの数は前例のないものでした。
 その極みは昨年の夏に行われたインターネット・コンサルテーションです。この期間に 6000通のコメントがあり、アメリカ政府からもありました。

 この開かれた透明なアプローチにより、一方で人間の健康と環境を高いレベルに保ちつつ、REACH をより機能的でコストのかからないものに改善することができました。

貿易摩擦

 初めから REACH は貿易規定と整合性があるように設計されており、我々自身もこの提案を WTO に知らせていました。 WTO 規定はもちろん、その加盟国に対し、その措置が他の加盟国に対し非差別的であり、その目的に釣り合っている限り、自国民の健康を守るために適切と考える措置を採ることを許しています。

 我々のシステムは釣り合いが取れています。さらに、EU 内で製造される化学物質とヨーロッパに輸入される化学物質とを差別していません。世界中のどこのからのデータでもその使用を許しています。

 WTO での整合性は重要です。しかし、WTO を怖がって、我々の健康と環境保護の基準を下げるようなことがあってはなりません。

煩雑さ

 だれも煩雑で複雑なシステムを好みません。我々は、非効率的なシステムを自分の重みで壊れてしまうようなものに取り替えることは望みません。

 我々の数々の協議、特に法的文書の草案に対するインターネット・コンサルテーションの主要な目的は、その機能性を検証することにありました。我々は如何に手続きと要求をを簡素化するかについての多くの提言を、環境と健康の目的を下げることなく、取り込みました。

 我々はまた、REACH が登録に対し多段階になっていることを思い浮かべるべきです。リスクの高い、及び/又は、多量に製造される物質は最初に登録されなくてはなりません。

コスト

 昨年実施された広範な影響評価から、REACH の便益は明らかにコストを上回ることが示されました。提案の直接コストは、11年間で 23億ユーロ(約2,990億円)であり、それは全ての化学物質を登録するのに要するコストです。

 これらは化学産業界がテストと登録を行うためににかかるコストであり、 EU 化学産業界の総売上高の 0.1%以下の金額です。これらのコストの大部分はテストに直接かかわるものであり、このことは、今日、いかに化学物質についての知識が欠落しているかということを示しています。

 化学産業及びその川下ユーザーにかかるコストを含む全コストの総計は、11年間で 28億ユーロ(約3,640億円)から 52億ユーロ(6,760億円)の間と見積もられています。この見積りに幅があるのは、将来の製造の採算性が合わないためになくなるかもしれないサプライチェーンや化学物質があることを見込んでのことです。

 しかし、健康の利益はこのコストをはるかにしのぎます。その利益は 30年間で 500億ユーロ(約6兆5,000億円)と見積もられています。そしてこれらは、化学物質関連の疾病で REACH によって削減するのはわずか 0.1%であるという非常に控えめな仮定に基づく見積りなのです。

 私の話の締めくくりとして、私が昨年行った私個人のテスト結果についてお話したいと思います。コスト、貿易障壁、官僚的等、語られる全ての中で、このテスト結果こそが体内の難分解性化学物質を一掃する緊急性を強調するものです。

 数年前、一人のイギリスの医者が、我々はそれぞれ、およそ 300〜400の人工化学物質を体内に持っているものだが、それは我々の祖父母の時代にはなかったことだと私に話してくれました。このことが私の興味を引きました。そこで私は私自身の体がどうなっているのか調べてもらうことにしました。

 昨年の夏、私は、臭素化難燃剤、PCB 類、及び有機塩素系殺虫剤という人工化学物質の 3つのグループについて限定したスクリーニング・テストを受けました。スクリーニングで探した 77物質のうち私の体には 28物質があり、その中には PCB と DDT が含まれておりましたが、それらはヨーロッパでは数十年前に禁止されているものでした。
 私のテスト結果は、テストを実施したグループの平均以下とのことでした。この結果は私を懸念させるものでしたが、それは特に私の体内の汚染物質のあるものは授乳を通じて私の子どもたちに伝わったと告げられたからです。そして人工化学物質などは、遺産として子どもたちに残したいようなものでは決してありません!

 この血液スクリーニング結果についてはヨーロッパでは人々が驚き、注目することがらです。私は、私の体内にあった化学物質についてたくさんの手紙や E-メールをヨーロッパ中からいただきました。このテスト結果が発表されてから 4ヶ月経った今日でも、通りで会う人々からこの血液検査のことを聞かれます。

 このことがまた、REACH は将来のために必要なものだと私を確信させます。

 消費者は、将来、今より製品についての情報を求めなくなるでしょうjか? 答は明確にノーです。

 REACH は市民の、消費者の、労働者の、そして産業界の必要に合うよう設計されています。私は、REACH がこの課題に十分に応えるもlのであると確信しています。

 ご静聴、ありがとうございました。



化学物質問題市民研究会
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