欧州化学物質局(ECB)REACH Implementation Projects (RIPs)
新たなEU化学物質政策 REACH の評価ツール
情報源:Assessment Tools under the New European Union Chemicals Policy
Frans M. Christensen and Jack H.M. de Bruijn / European Commission, Italy
Bjorn G. Hansen / European Commission, Belgium
Sharon J. Munn, Birgit Sokull-Kluttgen and Finn Pedersen / European Commission, Italy

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2005年5月20日

内容


はじめに
1 REACH システムの概要
1.1 登録:REACH
1.2 評価:REACH
1.3 認可:REACH
1.4 制限:REA(R)CH(Restrictions のRが抜けている)
2 REACHに導入される新しいツール
2.1 安全な製造と使用:化学物質安全評価
2.2 暴露シナリオ
2.3 化学物質安全性報告書(CSR):当局への情報伝達
2.4 拡張安全データシート(SDSs):川下ユーザーへの情報伝達
3 展望
3.1 リスク評価:新たな概念と一般的開発
3.1.1 混合物のリスク評価
3.1.2 比較リスク評価:代替
3.2 他の手法:ライフサイクル・アセスメント
3.3 動物テストの代替
4 国際的次元
5 結論
参照


はじめに

 新たなEU化学物質政策の主要な目標は、当局が化学物質のリスクを特定することから、産業側が化学物質の安全な製造、使用、及び処分を証明する、すなわち、立証責任を移行することである。このペーパーでは、著者らはこの新たな戦略を実施するために必要な主要なツール、特に化学物質のライフサイクルを通じての安全な使用のために必要なリスク管理措置の記述を加えて従来のリスク評価要素を統合する化学物質安全性報告書(chemical safety report)を提示する。化学物質の製造者又は輸入者は、化学物質の安全な製造と使用が立証されるまで評価を繰り返して行うリスク評価アプローチを通じて、この化学物質安全性報告書を展開すべきである。暴露シナリオは、化学物質が安全に製造し使用することができる条件の技術的な記述を行うことで化学物質安全性報告書の基礎を形成する。このペーパーでは、これらのシナリオが、新たな政策を実施するために必要なサプライチェーンを通じての情報伝達のための中心的ツールとして説明され例示される。暴露シナリオは安全データシート(safety data sheet)の付属書類として伝達されるであろう。最後に、安全及びリスク評価ツールと将来開発される他の手法との統合に関する展望が示される。

キーワード:
Chemicalregulation 化学物質規制、Risk assessment リスク評価、Safety assessment 安全評価、REACH リーチ、Chemicals policy 化学物質政策、Exposure scenario 暴露シナリオ、Chemicals safety report (CSR) 化学物質安全性報告書
 2003年10月、欧州委員会は新たなEU化学物質政策を実施するための法案を採択し、現在、欧州理事会と欧州議会に検討のために提出されている。注1
 REACH (化学物質の登録、評価、認可) として知られるこの新たな規制システムは、本質的に4つの手続きからなる。
  • 化学物質の登録:リスクが適切に管理されていることを示す文書
  • 登録書類の評価:主に提案されたにテスト手法のを検討
  • 非常に高い懸念のある物質の認可
  • 産業側の措置が十分でない時に、欧州委員会レベルにおいて物質を制限

 REACHは、現在の規制における、下記に示すいくつかの主要な問題を解決するために、白書:将来の化学物質政策のための戦略(CEC 2001)(The White Paper on a strategy for a future chemicals policy / Brussels, 27.2.2001 COM(2001) 88 final)の中で規定されている目標を実施するものである。
  • 特にいわゆる”既存化学物質”と呼ばれる1981年9月以前にEU市場に出されていた化学物質の固有の特性(すなわち、危険性)に関するデータが欠如している。これら既存物質はEU市場にある物質の総量の99%以上を占めると推定される(CEC 2001)。
  • 化学物質が川下ユーザーによってどのように使用されているかについての知識が欠如している。
  • 企業は化学物質の安全な製造と使用に対し一般的な責任を有し、レスポンシブル・ケア・プログラムを展開していいるにもかかわらず、化学物質の特性と使用に関する知見が欠如している。そのために、これらの化学物質を正しく分類し表示すること、及び、適切にリスク管理措置を実施することが妨げられている。
  • EU加盟国当局は、物質の危険性の特定及びリスク評価を実施する責任があるが、そのために必要な十分な情報と資源がなく、その結果、非常に少数の物質しか評価できていない。
 したがって、REACHは産業側に対し、化学物質の製造、使用、及び処分の安全性を確保し、それを立証する責任を求める。注2 このことは、リスク管理措置を導入する基礎として、化学物質の使用に関するリスクを示す責任は当局にあるとする現在のシステムから、その責任を産業側に移行するということを意味する。この新たなシステムは化学物質サプライチェーンにおける関係者間の協力に依存する。化学物質の製造者と輸入者は、彼らの直接の管理の下に物質のライフサイクルを通じて存在するリスクを管理することだけでなく、川下ユーザーの使用のために物質の安全な取り扱いと使用に関する指針を提供することを求められる。この後者のためには、川下ユーザーがその物質を実際にどのように使用するのかについての知識が必要である。したがって、製造者及び輸入者が最も適切なリスク管理措置を勧告できるよう、川下ユーザーがその物質の意図する用途を供給者に知らせるための動機(インセンティブ)が川下ユーザーに与えられなくてはならない。

 このペーパーでは、REACHの下で予測される化学物質のリスク評価とリスク管理のための新たなツールを示す。化学物質安全性報告書(CSRs)注3 は、当局に対し安全な使用を立証するための中心的なツールとなり、一方、安全データシート(SDSs)は、製造者及び輸入者から川下ユーザーへの安全性に関する情報伝達のための主要なツールとなる。化学物質安全性報告書(CSR)作成の正式な要求は年間10トン以上製造又は輸入される物質だけに求められる。特定された用途のためのプロセスとリスク管理措置を記述する暴露シナリオは、リスクと安全性評価のための主要なツールとして使用するために開発されなくてはならない。欧州委員会の提案(CEC 2003b)は、依然として理事会及び議会の手続きにより変更される可能性がある。下記の議論は、欧州委員会の提案と欧州化学物質局(European Chemicals Bureau (ECB))の補足的な作業に基づいている。


注1:新たなEU化学物質政策に関する最新のニュースは下記欧州委員会のウェブサイトから入手可能である。
  環境総局のウェブサイト http://www.europa.eu.int/comm/environment/index_en.htm
  企業総局のウェブサイト http://www.europa.eu.int/comm/enterprise/index_en.htm

注2:”化学物質(chemicals)”という用語には物質(substances)と調剤(reparations)を含む。物質は化学分子とその化合物である。調剤は意図的な物質の混合物及び溶液である。一般的に、REACHは、調剤や成形品(例えば繊維やプリンターカートリッジなど)に含まれる物質そのものを対象とする。

注3:本ペーパー中で使用される略語CSRは、企業社会責任(corporate social responsibility)の略語と同じなので混乱しないようにすべきである。


1 REACH システムの概要

1.1 登録REACH

 EUの化学物質の製造者と輸入者は、年間1トン以上製造又は市場に出す物質を登録しなくてはならない。注4 導入期間が約30,000種の既存化学物質について提案されており、年間1,000トン以上製造又は輸入される物質が最初に登録され、続いて年間100トンと1トンの物質となる。”製造・輸入量ベース”はまた、提出されるべき物質の(環境)毒性データ量又は情報量を決定するためにも適用される。製造・輸入量ベースの背後にある一般的な仮定は、平均して、製造・輸入量が多くなれば潜在的な暴露も大きくなり、したがって潜在的リスクもそれだけ高くなるであろうということである。”製造・輸入量ベース”の長所は、それが、容易に実施することができる単純で透明性のある手法であるということである。短所は、危険物質のリスクは実際にはその用途とその暴露の結果であるということである。
 全ての製造者と輸入者はこのシステムに登録する必要があるので、ひとつの物質に対しひとつ以上の登録があるかもしれない。同一物質に多重のテストをすることを避けるために、REACHは産業界にコンソーシアムを形成し、データを共有し、共同で登録することを推奨している。このことは必要とするテスト動物の数だけでなく、管理業務のコスト及び作業量も削減する。
 登録要求の一部は、当該物質に関する下記情報を含む技術書類からなる。
  • 製造者又は輸入者の特定
  • 物質の特定
  • 物質の製造と意図する用途に関する情報
  • 物質の提案される分類と表示
  • 物質の安全使用に関する指針
  • さらにテストが必要ならそのテストに関する提案
 年間10トン以上製造又は輸入される物質に対しては、登録書類として、サプライチェーンを通じてその物質の安全な使用を示す化学物質安全性報告書(CSR)が要求される(2.3節)。

注4:
 簡単に言えば、REACHは他の特定の法によって規制されている物質、例えば、放射性物質、食品添加物、医薬品中の活性成分、植物防疫用品、及び、殺生物剤を除く化学物質に広く適用される。さらに、中間体及びポリマーの登録に対し、多くの免除が行われる。


1.2 評価:REACH

 加盟国当局は、年間100トン以上製造又は輸入される全ての物質について提案されたテスト方法の評価(書類評価)、及び必要とみなされるその他の優先物質についての評価(物質評価)、を実施する。書類評価の主な目的は、動物テストを制限するために、技術書類の一部として提出されたテスト提案の必要性を決定することにある。
 書類評価及び物質評価は登録要求への適合性の一般的チェックとして機能する。物質評価に関しては、加盟国のうちの一国でも当該物質のある特性又は使用に懸念があるとした場合には更なるチェックをすることができる。そのような評価の場合には追加のデータと評価が求められることがある。ある場合には、評価の結果、認可又は制限手続きの対象になることがある。

1.3 認可:REACH

 認可手続きは非常に高い懸念のある物質に適用される(しかし、登録時に認可手続きに対する多くの免除が適用される)。これらには、発がん性、変異原性又は生殖毒性としてカテゴリー1及び2に分類される物質(CMR物質)注5、高い環境毒性を持つ難分解性及び生体蓄積性を有する物質(PBT物質:表1参照)、又は、非常に高い難分解性と生体蓄積性を有する物質(vPvB 物質:表1参照)が含まれる。最後に、同等レベルの懸念を生じさせるその他の物質(例えば、内分泌かく乱物質)もケース・バイ・ケースで認可の対象となる。
 認可対象となる物質は、危害を引き起こす固有の潜在的能力を有するために、一般的に好ましくない物質であると考えられる。固有の特性に基づきこれらの物質を規制するという根本原理は、これらの物質の排出による長期間の影響(及び暴露影響)を評価し、予測し、管理することが困難であるためである。
 物質の安全な使用が立証されたなら(例えば、通常は暴露がない、又は非常に低い)、その物質のひとつ又はそれ以上の特定の用途に対し認可が与えられる。安全な使用が立証できなかった場合でも、もし社会経済的分析(SEA)により、その物質の社会的便益がリスクを上回るということを示したなら、認可が与えられるかもしれない。

注5:
 そのような物質の分類基準は、現在、危険物質の分類、包装、及び表示に関する理事会指令(Council Directive 67/548/EEC) EEC、及びその修正条項の中で規定されている。


表1 難分解性性・生体蓄積性・有毒性(PBT物質)の基準
非常に高残留性・高生体蓄積性(vPvB物質)の基準

出典:CEC 2003b: Annex XII
基準PBT基準vPvB基準
難分解性(半減期間、日)(少なくとも下記のうちひとつ)
海水中> 60> 60
淡水又は河口中> 40> 60
海底沈殿物中> 180> 180
淡水又は河口沈殿物中> 120> 180
土壌中> 120> 180
生体蓄積性(生物濃縮係数)> 2,000> 5,000
有毒性(少なくとも下記のうちひとつ)
水生生物慢性無影響濃度(mg/l)< 0.01 N.A.
人間への健康影響CMR
Chronic
toxicity*
N.A.
* Classified as T; R48 or Xn; R48
1.4 制限:REA(R)CH
(Restrictions のRが抜けている)


 制限は、EU加盟国及び/又は欧州委員会がREACHシステムの他の部分では適切に管理できないリスクに目を向けることをできるようにするための”安全ネット”とみなすことができる。例えば、多重登録の総量が個々の安全評価では予測されなかった懸念を引き起こす場合、又は、特定物質の特定用途のリスク削減を加速しなくてはならない場合、などの状況である。
 制限提案は、有効性、実行可能性、及び提案された制限の監視の容易さの評価とともに、特定な正当性(すなわち、物質のある用途に関連するリスク評価)を含む書類形式で提出されなくてはならない。
 制限提案は、提案された制限の社会経済的側面もまた分析される。全ての利害関係者は提案された制限及びその基礎となるリスクと社会経済的影響の評価に関するコメントと情報を提供する機会を与えられる。法的実施に関する決定は、社会経済的分析(SEA)とともにリスク評価に基づいて行われる。


2 REACHに導入される新しいツール

2.1 安全な製造と使用:化学物質安全評価

 原則として、リスク評価のために現在用いられている基本的な手法(CEC 2003a)が、提案される危険物質の安全評価の根幹をなす。安全評価の重要な側面は、産業側のリスク評価の結果がリスクは適切に管理されているということを示さなくてはならない−ことである。もちろん、リスク評価の結果はそれが実施されるまでは決定することはできない。このことは実際問題として、安全評価はリスク評価の繰り返しからなり、結果が安全な製造と使用を示すまで繰り返し続けられることを意味する(図1)。繰り返しは主に、改善されたデータ修正を通じて暴露評価を精密にすること、又はリスク管理措置を変更すること(例えば、プロセスと排出管理、適切な取り扱いと貯蔵、良好な労働衛生、又は個人防護装置などに関連)からなる。注6 しかし、リスク評価は、物質の特性に関する更なる調査に基づいた、より精密なハザードの決定を通じて精度を上げることができる。図1において、”分類と表示”から”暴露シナリオ構築”への矢印は、いかに物質の分類と表示がリスク管理措置に関係するかを表している
 安全な製造の文書は、多くの諸国の国家法とともに、EUの産業汚染防止管理(IPPC)指令(Council Directive 98/24/EC)で要求されているので、ほとんどの場合、製造者にはなじみ深いものである。しかし、製造者又は輸入者には、化学物質が安全に川下ユーザーに適用されるということを示す義務があるということはあまり知られておらず、特にこの目的のために、暴露シナリオが強力なツールとなる。

図1 化学物質安全評価における繰り返し性

注6:
 職業上の暴露に関連して、職場における暴露を削減するために下記の一般的な優先順位を常に守るようにすべきである(Council Directive 98/24/EC)。(1)危険な化学物質の排出を避ける又は最小にするための適切な作業プロセスの設計及び適切な装置と材料の使用、(2)リスクの発生源における適切な防護装置の適用、(3)個人防護措置の適用


2.2 暴露シナリオ

 暴露シナリオは、ひとつの物質が関わるひとつあるいはそれ以上のプロセスを記述する一式の情報又は仮定である。それは、プロセスと作業者の仕事の記述であり、暴露の期間と頻度、及び適切なリスク管理措置を含む。ひとつの物質のための個々の暴露シナリオは範囲の広いもの又は特定なものの、どちらでもよいが、その物質の全ライフサイクルを通じての全ての特定された使用をカバーしていなくてはならない。特に、暴露シナリオは、関連する場合には、下記の記述(CEC 2003b: Annex I)を含む:
  • 製造者による製造に関わるプロセス及び、もし関連があれば、その物質が製造される、処理される、及び/又は使用される物理的形態を含む製造者又は輸入者による更なる処理及び使用
  • その物質が処理される、及び/又は使用される物理的形態を含む製造者又は輸入者により予見される物質の特定される使用に関わるプロセス
  • 物質に対する人間(労働者及び消費者を含む)と環境の暴露を削減又は回避するために製造者又は輸入者によって実施されるリスク管理措置
  • 物質に対する人間(労働者及び消費者を含む)と環境の暴露を削減又は回避するために川下ユーザによって実施されるよう製造者又は輸入者が勧告するリスク管理措置
  • 物質の廃棄、処分、及び/又は回収の期間の人間と環境の暴露を削減又は回避するために製造者又は輸入者によって実施される廃棄管理措置、及び、川下ユーザー又は消費者によって実施されるよう推奨される措置
  • プロセスに関連する作業者の行為、及び物質への彼らの暴露の期間と頻度
  • 消費者の行為、及び物質への彼らの暴露の期間と頻度
  • 異なる環境区分及び下水処理システムへの物質の排出の期間と頻度、及び環境区分の希釈ファクター
 暴露シナリオの開発は、いくつかのタイプのプロセスと用途に対して最近始まったばかりなので、その様式はまだ開発されていない。若干の特定用途をカバーするいくつかの一般的な暴露シナリオを開発することと、多くの特定暴露シナリオを開発することの適切なバランスを見つけるべきである。化学物質の製造者と輸入者は多分、広範囲な特定用途の一般的暴露シナリオを開発することを好むであろう。この方がシナリオの開発、リスク評価の繰り返しの実施、及び安全な使用の文書化における作業を容易にするからである。しかし、暴露シナリオが広範な用途をカバーするなら、記述されるリスク管理措置はこれらの用途の全てをカバーしなくてはならない。そのような場合、人間と環境に対する最大の暴露を引き起こす特定用途が、必要な防護のレベルを確立するであろう。その結果、リスク管理措置は時には一般的暴露シナリオによってカバーされる個別の用途に対して、暴露とリスクの適切な管理に必要とされるものよりも厳格になるかもしれない。したがって、川下ユーザーは彼らの特定の用途が、彼らの供給者によって示される暴露シナリオの中で考慮されることを望むであろう。もし彼らに勧告されたリスク管理措置が彼らの用途に合わせて作られているなら、不必要に厳しすぎる管理によって引き起こされる製造コストの増大は避けられるであろう。

 暴露シナリオの概念は、リスク評価に関する技術指針文書(CEC 2003a: Part 1)の中で、及び殺生物剤製品の取り扱いに関連する人間の暴露の評価のための指針文書(CEC 2002)の中で、職業暴露評価のためにすでに導入されている。しかし、これらの指針文書は典型的にリスク管理措置が適切である場合の結果としての使用、排出、及び暴露に目を向けている。REACHは、リスク管理措置を暴露シナリオ中に構築し、暴露が安全であるとみなされるまで繰り返すことにより、さらに一歩進んだ概念を採用している。

 全体として、個々の暴露シナリオの概念と詳細レベルは今後数年の間に、多数の利害関係者との対話を通じて、さらに開発されなくてはならない。当初、このプロセスは、製造者と輸入者が川下ユーザーから物質の用途についての情報を入手することを求め、最終的にはREACHの下で評価を支援するために暴露シナリオの原則と例が指針文書に含められるべきである。

 仮定の暴露シナリオを説明するために、塗料中のある物質の川下での使用の例が表2に示されている。暴露シナリオは、いかにある物質が安全に使用されるかに関して川下ユーザーに指針を与えるということに留意する必要がある。いかに塗料が使用されるかに関する制限及び処分に必要な方法が明確に規定されている。

表2 屋内用塗料中の物質Xの使用のための理論的暴露シナリオ
暴露シナリオ:屋内用塗料
成分物質Xの濃度 < 10%、有機溶剤なし
使用特性噴霧塗装
期間と頻度8時間/日、200日/年
洗浄器具は温水と洗剤で洗浄できる
リスク管理措置 使用中はマスクと手袋を着用
部屋を換気、換気率:1/時間
容器その他は危険廃棄物扱い、回収システムへ
特別の処理要求がなければ、洗浄水を含む排水は下水へ
(ただし下水が廃水処理設備に接続している場合)
そうでなければ、危険排水として処理

 この例は多くの塗料調剤中に含まれる物質Xに適用できる。さらに、この暴露シナリオは、刷毛塗装や浸漬塗装など幅広い塗装方法に拡張することができる。しかし、そのような拡張シナリオは、噴霧塗装に比べてリスクが少ない刷毛塗装や浸漬塗装には過大なリスク管理になることがある。この例は、特定の暴露シナリオと一般化した暴露シナリオの間で適正なバランスを探す必要があることを示している。
 リスク管理措置と暴露シナリオの関連についてのいくつかの例をさらに表3示す。

表3 意図された用途に対するリスク管理措置との関連についての例
暴露の設定リスク管理措置との関連
調剤中の化学物質の職業的使用
物質Y:金属加工用液体
最大濃度10%の調剤中で、5日/週、7時間/日、全ての金属加工工程で使用
適切な遮蔽を設けて直接のはねかけを避けること
一般換気は少なくとも1/時間で行うこと
作業者は金属加工用液体及び処理中のワークピースを取り扱う時には手袋を着用すること
病院の治療に用いる物品
静脈用カーテル
連続使用のために物品の母体に接続可能。1週間、4週間/年 静脈に適用
環境に潜在的な影響を与える製造プロセス
揮発性物質を含む塗料調剤
調剤プロセスは密閉装置で行われること
最初の容器(ドラム)からプロセス機器への物質の移送時及びプロセス容器の保守時に発生する蒸気は換気装置で捕集し、年間の取扱量が2,000kgを超える場合には熱処理で分解すること
そのような蒸発は技術的に可能な限り削減すること

2.3 化学物質安全性報告書(CSR):当局への情報伝達

 化学物質安全性報告書(CSR)は、全ての特定された用途に対する化学物質安全評価の結果を当局に報告するツールとして用いられる。CSRの内容は Box1 に示される。
 CSRの特徴は、下記を統合していることである:
  • リスク評価の従来からの要素(ハザードの特定/データ収集、ハザード評価、暴露評価、リスク特性化)
  • 分類と表示
  • 安全な使用のための処方と文書、すなわち、現場で実施される又は川下ユーザーに勧告されるリスク管理措置の下でリスクは適切に管理されるということを示す製造及び特定された用途のためのリスクの特性化
 これらの要素の統合は図1で述べられ図解された繰り返しプロセスを容易にする。

Box 1 化学物質安全性報告書の内容
出典:CEC 2003b: Annex I

  • パートA:
    • リスク管理措置の概要
    • リスク管理措置は現場で実施されることの宣言
    • リスク管理措置は川下ユーザーに伝達されることの宣言

  • パートB:
    • 物質及びその物理的、化学的特性の特定
    • 分類と表示
    • 環境的運命の特性

  • パートC:
    • 人間の健康ハザード評価
    • 物理化学的特性の人間の健康評価
    • 環境ハザード評価
    • PBT(難分解性、生体蓄積性、有毒性)及びvPvB(非常に難分解性、非常に生体蓄積性)特性の評価
    • 暴露評価
    • 全ての暴露シナリオに対し安全な使用を示すリスク特性化
      (すなわち、リスクは特定の用途に対し適切に管理されていることを示す)

2.4 拡張安全データシート(SDSs):川下ユーザーへの情報伝達

 Box 1 から分かるとおり、製造者又は輸入者は、適切なリスク管理措置が現場で実施されることを宣言するだけでなく、適切なリスク管理措置が特定された用途について川下ユーザーへ伝達されたことを宣言しなくてはならない。すでに現在の法規制で求められている安全指示の伝達は、安全データシート(SDSs)の付属書類を通じて行われなくてはならない。
 次に、川下ユーザーは、化学物質供給者から安全データシート(SDS)を通じて勧告されたリスク管理措置を実施することによって、彼らの一般注意義務(general duty of care)を履行してもよい。もし、用途又は勧告されたリスク管理措置が川下ユーザーに適合しないなら、川下ユーザーは供給者に関連する暴露シナリオを用意し、安全データシート(SDS)の中に含めるよう要求することができる。
 そうしない場合には、川下ユーザーは、自身の用途をカバーする安全評価を自身で実施しなくてはならない。この場合、川下ユーザーは、自身の異なる用途を記述した、いわゆる”はがき(postcard)”登録を当局に提出しなくてはならない。彼らの特定の川下用途を製造者/輸入者の化学物質安全性報告書(CSR)によってカバーさせるために、REACHは、川下ユーザーが用途を製造者又は輸入者に伝達するよう動機(インセンティブ)を与えている。現状の要求に比べて改善された化学物質サプライチェーンにおける伝達は図2に示されている。


図2 化学物質サプライチェーンにおける安全データシートを通じた現状の伝達と
川下ユーザーからの情報に基づく暴露シナリオを結合した拡張安全データシートを通じた将来の伝達の比較


3 展望

3.1 リスク評価:新たな概念と一般的開発

3.1.1 混合物のリスク評価

 現在のリスク評価は個々の物質に目を向けている。しかし、ほとんどの暴露状況において、人間と環境はいくつかの物質(混合物)に同時に暴露している。複雑な混合物のリスク評価は新たな研究分野であるが(例えば、Groten et al. 2001; OSPAR 2001 参照)、新たな規制の枠組みの下で当然のアプローチ(default approach)となるほどには十分に開発されていない。それにもかかわらず、いかに化学物質調剤に取り組むかに関する指針を作成する試みがなされている((CEC 2003b: Annex Ib)。

3.1.2 比較リスク評価:代替

 EU政策の主要な目的は有害な物質を有害性の少ない物質に代替することを推進することである(CEC 2001)。社会経済的分析(SEA)の公式な導入によって、ある状況においては社会経済的分析(SEA)は2つの物質のコストと便益を評価することを必要とするので、REACHは間接的に比較リスク評価の必要性を推進している。そのような比較においては、ひとつの物質の絶対リスク(又は安全)に焦点を当て通常は相対評価のためのリスク評価を提示しない現在のリスク評価手法をそのまま使用するわけにはいかない。
 さらに、多くの可能性ある代替が物質レベルにおいてよりも、むしろ製品レベルにおいて行われるであろう。例えば、ある塗料からひとつの添加剤が取り除かれるなら、当初の製品と同様な技術的特性を得るために完全に新しい塗料を開発する必要があるかもしれない。この状況において、比較リスク評価は物質レベルよりもむしろ製品レベルで行われるべきである。そのような評価は現在のリスク評価手法の中では不可能である。代替に関するより詳細な議論は Lohse et al. によってなされている。

3.2 他の手法:ライフサイクル・アセスメント

 REACHの支援として、社会経済的分析(SEA)指針は、経済学、システム分析、環境及び社会科学のような多くの異なる領域の手法と評価結果を統合するよう展開することが必要である。欧州化学物質局が現在注目する領域は、社会経済的分析(SEA)へのインプットとしてライフサイクル・アセスメント(LCA)の使用の可能性である。LCAは、製品のライフサイクルにわたる全ての環境影響(単に生態毒性学だけでなく)を検証する全体論的アプローチである。注7 リスク評価とLCAのさらなる比較は、Wegener Sleeswijk et al 及びOlsenet al. (2001)によってなされており、EU化学物質規制におけるLCAの使用の可能性についてはChristensen と Olsen によって検証されている(近刊)。

3.3 動物テストの代替

 REACHは物質固有の特性に関する膨大なデータを生成するであろう。同時に、REACHは動物(脊椎動物)テストの制限を目指しており、したがって、生体条件(in vitro)動物テストの代替を開発する必要がある。代替は、組織又は細胞系(in vitro)での物質のテストと定量的構造活性相関(QSARs)などの情報技術(IT)の適用をカバーする。定量的構造活性相関(QSARs)は、固有分子記述子の使用によりテスト数の少ない物質の特性を予言するために用いることができる(例えば、Jaworska et al. 2003)。しかし、これらの代替アプローチの手法はある種の確認(validation)プロセスが求められる。欧州代替テスト手法確認センター(European Centre for the Validation of Alternative Testing Methods (ECVAM))注8 が生体条件下(in vitro)におけるテスト手法に関するヨーロッパの確認手順を確立した。同様に、共同研究センター(Joint Research Centre)が現在、QSAR確認手順を調査中である。注9 全体として、これらの手法は、動物実験の数を減らし、そのような実験を精密にするためにを生体条件(in vitro)及び及びコンピュータ用いた(in silico)適用を含む、REACHのでの”知的テスト戦略”を開発するために、専門家の判断を仰ぎながら用いられるべきである。

注7: 製品ライフサイクル(個々の製品に関し、最初の原料抽出から製造、使用と輸送、最終廃棄まで)は化学物質ライフサイクル(化学物質から出発して、全ての川下調剤、製品、廃棄にいたるまで)とは異なることに留意すること。(参照:Christensen and Olsen (近刊))

注8: http://ecvam.jrc.it

注9: http://ecb.jrc.it/QSAR


4 国際的次元

 新たな政策は、可能な部分については、他の国際的な取り組みに統合されるべきであり、不必要な貿易障壁を作り出すべきではない(CEC 2001)。したがって、REACHの下で生成されるデータは、国際標準に適合することが重要である。物質の固有特性のためのテストデータについては、国際的に合意されている経済協力開発機構(OECD)のテスト・ガイドライン注10 とGLP基準注11 がすでに存在する。REACHの下でのテスト実施は、可能な場合には、国際的に受け入れられている指針に従うべきである。
 使用、排出及び暴露に関連する経験と情報の共有に関連して、最近始められた化学物質製品政策(Chemical Product Policy (CPP))注12 のようなOECD傘下の取り組みもある。CPPは、OECDの出版物 Environmental Outlook for the Chemicals Industry (OECD 2001) の中での主要な結論のひとつの結果として取り組まれており、化学物質の安全性に対してもっと全体論的(holistic)なアプローチ(例えば、ライフサイクルの考慮)が必要であると指摘している。2002年に東京で開催されたワークショップで多くのCPP活動が提案された(OECD 2002)。これらのうち最初のものは化学物質サプライチェーンにおける情報の流れに対する障害を調査することであった。この作業の結果は、このペーパーで示された考え方の更なる展開に特に関連するであろう。


5 結論


 新たなEU化学物質政策は、化学物質の安全な製造、使用、及び処分を確実にし文書化するために、産業界に対しより大きな責任を与えることになる。構想される評価は、主に既存の手法を適用して行われるであろうが、いくつかの新しいツールが、サプライチェーン全体に対し物質の安全な製造と使用を確実にするために導入されるであろう。最も注目に値する前進は、化学物質を安全に製造し使用することができる条件の技術的な記述を可能とする暴露シナリオの使用である。暴露シナリオは、化学物質安全性報告書(CSRs)の一部を形成しており、それは、リスクと安全評価の従来要素、物質の分類と表示、及び化学物質の安全に必要なリスク管理措置を合わせたものである。暴露シナリオは、現在の法規制ですでに要求されている安全データシートへの付属書類として、川下ユーザーに伝達されるものである。REACHの中で、そしてREACHの外での更なる展開が期待される。それらには、社会経済的分析(SEA)指針文書の開発の中にライフサイクル・アセスメント(LCA)及びその他の手法を含めることとともに、リスク評価手法の改善とデータ生成ツールが含まれる。


注10: http://www.oecd.org/findDocument/0,2350,en_2649_34377_1_1_1_1_37407,00.html

注11: http://www.oecd.org/topic/0,2686,en_2649_34381_1_1_1_1_37407,00.html

注12: http://www.oecd.org/document/56/0,2340,en_2649_201185_1959096_1_1_1_1,00.html


参照


CEC (Commission of the European Communities) (2001) White Paper: Strategy for a Future Chemicals Policy (COM[2001]88 Final, 27 February 2001; Luxembourg: Office for Official Publications of the European Communities).
--(2002) Technical Notes for Guidance. Human Exposure to Biocidal Products: Guidance on Exposure Estimation (Parts I-IV; available from the European Chemicals Bureau web page, http://ecb.jrc.it).
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化学物質問題市民研究会
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