BAN 有害廃棄物ニュース 2006年8月8日
輸出した水銀が再びアメリカを悩ます
海外へ送られた有害物質もいずれは大気へ

ミカエル・ホーソルン(シカゴ・トリビューン)
情報源:
Toxic Trade News / 8 August 2006
Exported mercury returns to haunt U.S.
Recycled toxin goes overseas, but ends up in atmosphere
by Michael Hawthorne, Chicago Tribune
http://www.ban.org/ban_news/2006/060808_haunt_us.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年8月16日


 アメリカのリサイクル・プログラムからの数百トンの有害な水銀が毎年、規制のゆるい開発途上国に輸出され、そこでは有害な金属の多くが大気に放出される。
 科学者らは汚染された大気の一部はアメリカにも漂流して戻り、湖や川を汚染して、水銀を環境中からなくそうとする意欲的な取組の効果を弱める。
 連邦政府は米企業は昨年、少なくとも276トンの水銀を輸出したと見積もった。それは、政府の監視なしに操業しているあまり知られていない精製業者やブローカーのネットワークを経て、この銀色の金属が売られた先で何が起こるのかの疑問も提起されずに海外へ移動している。

 環境規制当局は、使用済みの自動車オイルやスクラップ・タイヤについてほど水銀の取引について知っていないが、その理由の一部は、水銀は商品であり有害廃棄物のように扱われたり法の規制を受けることがないためである。

 しかし政策立案者らは水銀暴露の危険性について、特に小さな子どもや妊娠可能年齢の女性にとって、もっと知るようになったので、彼らは水銀汚染の発生源を抑制することに関心を払い始めた。先月、米上院議員バラック・オバマ(民主党、イリノイ州)はアメリカの水銀輸出を禁ずる法案を提案した。

 ”これは、世界中で起きている大きな問題であるが、我々は違ったやり方で対処できる”−とオバマは述べた。

 アメリカが水銀輸出を禁止すれば、欧州連合の水銀輸出を阻止する提案と合わせて、水銀の世界的な供給を縮小し、コストを上昇させて代替物を促すことになるとオバマは述べている。

 水銀が大気中に一度入ると公衆の健康に対する深刻な恐れをもたらすという懸念の傾向が高まり、産業プロセスや製品中で水銀を使用するアメリカの会社の数は減少している。

 海、湖、そして川に降下した水銀はもっと危険な神経毒素に変換され魚から人への食物連鎖に入り込む。連邦政府は昨年、母親の体内の水銀レベルが高いので水銀中毒のリスクを持って生まれる赤ちゃんが毎年、410,000 人生まれると見積もっている。

 イリノイ州やその他の州では、温度計、学校の実験室、及び産業廃棄物から水銀をなくす法律により水銀を使わないようにすることを促進している。それらの州ではまた、水銀を含んだゴミが埋め立てされないようにするための措置をとりつつある。

 しかし、開発途上国には水銀に対する強い需要があり、そこでは小規模な金鉱の操業、温度計、及び化学プラントで使用されている。

 アメリカのリサイクリング・プログラムを通じて収集されたほとんどの水銀は安全な場所に保管されるのではなく、これらの需要を満たすために販売されている。「米地質調査」はアメリカの会社によって輸出される276トンの大部分はブラジル、メキシコ、ペルー、及びベトナムに向けられていると見積っている。

 アメリカの金属鉱業において、水銀については、金、銀、銅、鉛のように採掘された後にどのように処置されたかを報告することが求められないので、水銀の総輸出量はもっと多いはずであると地質調査のために水銀取引を追っているウイリアム・ブルックスは述べた。

 世界の市場は多くの水銀で直ぐにあふれるであろう。塩素を製造するために大量の水銀を使用する二つのアメリカの化学プラントは閉鎖されつつある。オバマは6つの他の塩素プラントを閉鎖するか水銀を使用しない技術に2012年までに切り替えることを求める第二の法案を提出しようとしている。

 これらのプラントは水銀の電極槽に海水をポンプでくみ上げて電気分解により、塩化ナトリウム(塩)を塩素と苛性ソーダに変える(訳注1)。米塩素工業協会よれば、この産業界は2005年末までに2,600 トン以上の水銀を保有している。

 環境団体と州当局者の連合は連邦政府に対し、水銀を他国に輸出することを許すのではなく安全に保管することを求めている。連邦政府はすでに国防総省が保有している約 4,400 トンの水銀を保管している。

 アメリカ環境保護局(EPA)は、国の商品グレードの水銀が市場から撤去されるべきかどうかを研究することだけについては合意した。

 ”一握りの人々を除いては、我々はこの国際的な取引に関する解決のために関与できていない”−と天然資源防衛協議会(Natural Resources Defense Council)の環境健康プログラム・ディレクター、リンダ・グリエールは述べた。我々は加害者であってはならず、問題解決に関与しなくてはならない。”

 最近、ブッシュ政権の政策は世界最大の人工の水銀排出源である石炭火力発電所からの水銀排出を制限することに目を向けている。国連環境計画(UNEP)によれば、石炭火力発電所は毎年大気に放出する水銀 3,000 トンの約半分を占める。(訳注2:世界の大勢に逆行するブッシュ政権の水銀政策

 石炭火力発電所の次に大量排出しているのは開発途上国の金鉱業であり、約1,000トン排出している。国連当局者は、鉱石から金を抽出するために使用される水銀の多くが、アメリカ及びヨーロッパから輸出されていると述べている。

 アメリカの鉱山ではかなり前に水銀を代替物質に切り替えた。しかし他の諸国では鉱石から金を抽出するのに金のかからない方法として未だに用いられている。

 金の価格上昇にひきつけられて、全世界で約1,500万の人々が小規模の鉱業に従事していると国連当局者は述べている。最も一般的な抽出プロセスは水銀の合金(アマルガム)と金鉱石を混合する方法である。混合物が金を分離するために加熱されると水銀は大気中に排出される。

 有害汚染物質のあるものは近くに降りてくる。しかし気象パターンと大気中の水銀の移動を研究している科学者らは水銀が発生源からはるか遠く離れた場所まで移動することを示した。

 もうひとつの主要な水銀排出源は塩素産業である。現在、アメリカのほとんどの塩素製造プラントは水銀を使用しない製法を採用しているが、水銀を使用しているところでは大気への平均排出量が石炭火力発電所の平均排出量の5倍である。

 オバマは、水銀に汚染された魚が及ぼす健康リスクについて報じた昨年のトリビューン・シリーズに対応して、水銀の輸出禁止と水銀使用の塩素製造プラントの閉鎖か他の製法への転換を求める法案を提案した。

 ”我々はコスト効果のある代替があることを知っている。それは我々が石炭火力発電所からの排出の重要な問題と取り組むための舞台を作るものであ”と彼は述べている。

 どちらの法案も今年中には通過しそうにない。オバマはこれらの法案を水銀関連問題にもっと注意を引き、EPAやその他の機関が行動を起こすよう圧力をかけるために提案したと述べた。

 彼は余剰水銀をどうするかについて疑問があることは認めている。すでに閉鎖されたか製法を変えた塩素プラントはそれらの余剰水銀を他の国の似たような装置に売り渡したが、それらの諸国には環境規制ないか、もしあっても非常に少ない。

 ”水銀のあるものは我々が海産物を得ている世界の同じ場所を汚染している”−とアメリカの企業に水銀を使用しない技術を採用するよう圧力をかけている環境団体 ”Oceana” のキャンペーン・ディレクターであるジャッキー・サビッツは述べた。

 リサイクル水銀市場のトップ供給者のひとつは静かな地域に低いレンガ造りの建物を構えるD.F. ゴールドスミス化学金属会社である。同社はスクラップ業者から水銀を入手して、それを産業基準に合うよう精製してから世界中に輸出している。

 同社のオーナーであるボブ・ゴールドスミスはインタビューで、同社が販売した水銀がその後どうなっているのか常に知っているわけではない。しかし、彼はその大部分が海外に送られているのだろうと推測している。

 5年前、同社は20トンの水銀をメイン州の閉鎖された塩素プラントからインドの同様なプラントに出荷しようとした。しかしインドで港湾労働者が積荷を降ろすことを拒否したので、船荷はアメリカに戻された。

 ゴールドスミスは、塩素会社はその水銀を持ち帰ったが、その後異なるルートを通じて国際市場で売却したと述べた。

 この事件は有害物質を市場から締め出すことの難しさを示しているとゴールドスミスは述べている。彼は、水銀を大量に保管して眠らせれば、他の世界で新たな水銀採掘を促すだけであると主張した。

 ”もし水銀問題の解決を試みようとしても、うまくいかなであろう”−とゴールド・スミスは述べた。”我々は彼らに余剰水銀のはけ口を与えるというサービスを行っている。明らかに我々は利益の上がるビジネスを行っているが、我々はコミュニティにサービスを提供していると考えたい。”


訳注1:水銀法
食塩水を電気分解して、苛政ソーダ(水酸化ナトリウム)、塩素、水素を製造する際に、陰極に水銀を使用した。日本では水俣病の公式認定(1968年)以後も使用量が増加して1970年がピーク、それ以後は隔膜法へと製法が変わり水銀の使用量は落ちた。現在は全てイオン交換幕法であるが、ガス拡散電極法も開発されている。

訳注2:世界の大勢に逆行するブッシュ政権の水銀政策
「さらに水銀を減らす努力」を月刊 『生活と環境』 03年4月号別処珠樹
 世界の大勢に逆行するアメリカ:2003年2月にナイロビで水銀規制の国際条約が討議された時、アメリカはひとりこれに反対し、拘束力のある規制が実現しなかった。 共同通信によれば、「欧州連合や中南米諸国は条約づくりを支持する姿勢で、米国と対立しそうだ。環境保護団体は 『水銀の発生源の一つである火力発電所を抱える産業界に配慮した』 とブッシュ政権の姿勢を批判している」

「科学技術政策研究所科学技術政策をめぐる米国の科学者たち/浦島 邦子」から抜粋
 2004年3月にはニューヨークタイムズ紙によって、ブッシュ政権の環境政策がエネルギー業界寄りに傾いていった過程をレポートした記事が掲載された。そして、4月には民主党のヒラリークリントン上院議員を含む7人の議員によって、現在懸案事項となっている水銀排出規制について、手引き上の不正に関する調査依頼書をEPA長官へ送っている。米国には約1,100基の石炭火力発電施設があり、燃やした石炭からの排ガス中には水銀が含有され、排出量は年間48トンと試算されている。これは、全排出水銀量の40%を占める。雨に混じって大地に降った水銀は、河川や湖、海に流れ込んで魚介類に蓄積する。最近では、呼吸によって直接水銀が体内に取り込まれ、特に母体内の胎児に影響を及ぼすことが懸念されている。この調査依頼書の内容は、水銀排出規制の決定に際して、特に健康影響評価を最小限にするため、ブッシュ政権が米国アカデミーの報告書などの原案から意図的に文言を除去しているという懸念を明確にすることを要求しているものである。この書簡に対して、EPA長官は次のような回答をした。
  • 水銀の削減スケジュールを決定したのは現政権が最初である。
  • 水銀排出の90%削減は、あくまでも試案。
  • 直ちに水銀除去装置を全米に配置するのは不可能。
訳注3:参考資料
水俣病からメチル水銀中毒へ(熊本大学附属図書館)



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