追伸 「祈りの丘」




丘はつねに優しい風に見守られていた。
風はその娘を愛していたから。





「あんまり走ると、危ないよ」
父親が後ろで注意する言葉も、幼い少女には届かない様子で、少女はそのままベットに飛び込むのと同じ仕草で花畑に飛び込む。

「今年も綺麗に咲いたね。お父様」
「そうだね」
草原は一面背丈の低い花で埋め尽くされている。少女は毎年この場所に来るのを楽しみにしていた。

花畑は、少女の特別な場所。
ここには誰も寄り付かないし、ここには母親もあまり顔を出さないようにしている。大好きな父親と長い時間二人きりで遊べる特別な空間。

「お父様にかんむりを編んであげるね。待っててね。お母様に教えてもらったの。きっとお父様に似合うよ」
「じゃあ、僕は何を作ろうかなぁ」
「作るのは私なの。そうだ、お父様は歌って?歌がききたい」
「え・・・。歌・・・?あんまり上手くないって、こないだ笑ったのにききたいの?」
「だから上手になるように練習するの。きいててあげるから。はいっ」
「・・・参るなぁ・・・」

しぶしぶ父親は歌わされていたが、それは花かんむりが完成するまで続いた。かんむりが出来上がると少女は満足そうに微笑み、両手で父親に差し出す。
「はいっ。お父様」
「うん。ありがとう」
「・・・・。やっぱり、かっこいい。似合うね!」
「そ、そうかな・・・」
同系色の花のために、あんまり似合うとも本人は思わなかった。茎や葉の色がなければ髪の色に溶け込んでしまう。

「お父さまぁ・・・。大好き」
不意に娘は甘えて、かんむりをかぶった父親の首にしがみつく。
「僕も大好きだよ」
「もっとお父様と一緒に遊びたいな・・・。お仕事ばかりじゃつまらない」
「・・・ごめんね・・・。今日はのんびりしようね」
背中まで伸びた、長い髪を父親は撫でてあやした。

父親も、母親も、風も少女のことを大切にしていた。
彼女はかけがえのない、大切な宝。

もう二度と、凍えて泣くことのないように。
何度も優しい腕に抱きしめてもらえるように。
多くの人に愛され、愛することができるように。

そして素敵な夢が叶いますように。

日も暮れる頃、母親が迎えに来るまで少女は終始楽しげに笑っていた。
母親にも彼女は嬉しそうに駆けて行く。
「お母様、見て。私が作ったの」
「上手にできたわね」
「お父様は不器用なの。歌も練習していたの」
母親はくすくす笑い、帰り道少女は父親におんぶをねだった。
丘に揺れた花たちは、そよそよと祈りの歌を唄う。


彼女が幸せでありますように。




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