空が微かな音をさせて、乾いた地上に雫をもたらす。呪われた、始まりの城では久しく忘れられていた雨の匂いがたちこめる。
そして水気を含んだ優しい大気が、地上の子らに慈しみの手でふれる。
晴れることのなかった暗雲の中心を裂き、遙か遠く「蒼き空」が地表を見守っていた。

ずっと自分は  探していた。
この世界に、「泣いて欲しくない」、ただそれだけを願って。





「いけない    !!」
誰かが叫び、咄嗟に黒髪の少女を抱えて、きたる衝撃に身構えた。
変化の女神による衝撃に、もみ飛ばされる中で視界の端に光が横切る。
ほの紅い、僅かな光に引き寄せられるかのように、自然とこの手は伸びていた。

片手に大事な人を、そして右手に掴み取ったのはすでに砕かれ、ひび割れていた紅の石。邪神の宿った盗賊に踏み砕かれた、「額冠」の額部分。


     触れた瞬間、意識が弾け飛ぶ。

    っう!」
指先に雷撃のような痺れを受け、石からの波動が右手から全身へと突き抜けて熱を抱く。それは何かの約束された信号であったかのように、紅の石は色を変え、青く強く光り輝いた。
光り輝く    新たな真実の輪を手にした青い髪の王子は、抱えた娘と共に瓦礫の下にうずくまる。その場はひどく神聖な光に包まれ、むしろ柔らかささえも感じた。
そっと、穏やかな女神の両手に、二人は受け止められたかのように。
「どうして・・・。自分に反応するんだ・・・?まさか、貴女は『ここ』にいたのですか・・・」

封じられた神々の涙。
創造神の涙に封印され、または身を潜めた神々。
四つの精霊は姿を見せ、心の神、命の神と姿を現し、唯一所在の知れなかった最後の神の存在が光を放つ。
ルーサス・ディニアルが所持していた<真実の輪>。額冠に模された紅の宝玉には真実の神は不在だった。
所持者のルーサスでさえも、女神の声をこれまで聞いたことはなかったと言うのに・・・。

 僕 は、ずっと探していたんです。
ずっとあなたに会いたかった。



『あなたがしなければならないことは、「真実の名前」を知る事です』
そう言われてから、答えは今まで見つからずにいた。
この世の中で、『変わらない』ものとは一体なに?

僕は信じていた。信じようとしていた。
具体的に「何か」とは言えない。でも確かに在る仲間達との絆。繋がり。
それが「何か」。
人は誰も違うけれど、でも、とても実は良く似ているんだよ。
バラバラのようで、一つで、もろいようで強いんだ・・・。

この世に、真実などない。・・・違うよね。
違うんだ。

本当は、僕はずっと知っていたんだ。僕こそ持っていたんだ。
誰もが持っていたんだ。



「決着をつけなくちゃ・・・。行ってくるね」
「ユイジェス・・・」
傍に守られていた、黒髪の娘は腕を伸ばしかけ、けれど信じて見送った。
    それは、彼の額に光が視えたせい。
形を変えた新しい<真実の輪>が、彼の額で蒼い光を放っていたのが見えたから。



「ラギールさん・・。ルーサスが待っていますよ」
瓦礫の山が自ら道を開き、ミラマの王子が凱旋する通りを案内してくれる。
大きくクレーターをうがたれた城の敷地の中心に、女神に支配された男性が忌々しそうに迫る王子を視線で射抜く。
崩れた建物に弾ける雨粒の音が、申し訳なさそうに僅かに鳴いている。それ以外の言葉は何処にも見当たらない。世界が息を潜めて『彼』が来るのを待っていた。

待っていなかったのは、目の前の黒い影のみ。
盗賊のする指輪に棲む変化の神リモルフは、王子が近づくのを拒んで咆哮を噴出させた。男の背後に黒い影が狂気して揺れる。
影が憎む、王子は細身の風の剣をスルリと伸ばして軽く一閃     弧を描くと<指輪>は悲鳴を上げて空へと舞う。
弾かれた指輪は黒い影と重なり、判別不可能になり視界から喪失された。




「…!…其処にいたのか。妹よ」

王子は崩れ落ちる男を抱きとめ、空に揺れる黒い女神に親密ささえも込めて微笑む。
「そうです。真実の神は、ずっと僕と共に居た」
変化の神は黒く、髪は魔物のように逆立ち、顔も腕も何もかも漆黒に染まっている。陰影のない、ただ闇だけで形成されたような女神。

「久しいですね。姉様・・・」
四人の女神の中でも若い、おそらく末の真実の神は、ユイジェスの背にそっと現れると王子の肩に手をかけ、微笑む。
「何度も消えかけた私ですが、ユイジェス王子のおかげで消滅せずに済みました。彼が私を信じてくれたおかげです」

四つの精霊と四人の女神、
封じられた神々の涙、全ての石がここに揃う。

「変えられないものは、存在します。本当は世界の誰もが知っている。ようやく分かった・・・。分かったんです」
世界の瀬戸際、世界を変容させようという女神の前で、僕はあまりに嬉しくて笑う。

「在り得ない。またしても邪魔をするかトューレイ!消し去ってくれる!」

神の力にて、リモルフは眼前の敵を消し去ろうとする。リモルフが持つのは変容の力。すなわち、その存在の姿や在り様を変貌させる能力。膨張させるも、縮小させるも、破裂させるも、凍解させるも自由。

凄まじい変化の力が放出された。その場に存在する大地、大気ごと抹消させてしまうような力を、惜しげもなく炸裂させ、世界を形成している様々な存在が悲鳴をあげた。
土、石、砂、空気、水、火気、鉄、草木、命。
最前列に佇むこの僕が、とった行動は、ただ願い、尊重しただけ。

「なんだと・・・!馬鹿な・・・!」

ひとすじの風が吹きぬけた。
それ以外、目に見える光景は何ひとつ姿を変えてはいない。
ありえないことだった。

微かに首を傾けて微笑んだ王子に、狂気にかられてリモルフは何度も変化の波動を撃ちつける。
本来ならば、その息吹一つで山も砕けるはずなのだろう。
けれど何度撃っても震動が世界を鳴動させるばかりで、後には力の流れた先を追う、緩やかな風が過ぎるばかり。


    世界の声が、聞こえる。

誰も見守らぬ、終末を待っていた世界の、哀しみの声が。
終末しか待っていないのに、今生まれて、誕生を喜ぶ声が。
家族や愛する者に送る、優しい激励の声が。
過ぎ去った人の、祈りの言葉が。
出逢ったこともない、人々の明日を願う嘆きが。
それでも生きるしかない、世界に広がる自然たちのかすかな息吹が。
静かに見守る、精霊たちのさざめきが・・・。

「約束するよ。この世界を、みんなにあげる」
誰にでもなく、でも耳を潜める『世界』へと僕は語りかける。
悲しくも別れてしまったサエラと、風の精霊王にも約束したことを、もう一度確信を込めて宣言する。
世界は誰一人のものでもなく、けれど確かに一人一人のもの。
何処へ行くのか、どう生きるのか、どんな姿をとるのか、それも自由。
自分はそれを尊重し、守るだけ。


多くの存在が空を見上げていた。
遠くミラマの城で、自分の両親たちが。水の力を失いつつあった、ラマス神殿で神官たちが。聖地で娘を送り出した母親が。

気がつくと、自分の周囲には仲間たちが立ち上がり、その内の一人が気を失っている父親を迎えに来る。
「親父・・・。大丈夫、なのか・・・」
父親を引き受けて、不安を訴える息子ルーサスに、僕は場違いなほどあっさりと返事する。
「もう大丈夫だよ。これからはお父さんと仲良くね」

僕の余裕に変化の女神は怯み、次の手に戸惑い攻撃の手を潜めている。
緑の髪の魔法使いは、穏やかな父親の呼吸に感謝し、ただ無言でその身体を抱きしめた。すぐ傍には心の石を手にした娘が膝をつき、取り戻した父親の傷を回復させる祈りを捧げている。
遅れて、快活なショートカットの少女も駆けて来て、ルーサスにそっと寄り添った。

反対側には、命の杖を掲げた勇敢な娘がエルフの魔法使いと共に颯爽として立ち誇る。その隣にはもう一人の青い髪の王子が並んだ。

追い込まれた感に襲われて、再度<変化の神>は牙を剥き、その爪を尖らせ世界を屠る。僕は仲間たちを守りながら、リモルフの狂気を見守った。
大地をえぐって、城の壁を、装飾の数々を打ち砕いて消し去り、生息していた植物の全てを焼き捨て、跡に残るのは果てしない荒野のみ。

周囲に城の痕跡は殆ど無くなり、建物も、木の一本も視界に見えなくなると、終末の世界を歓迎して変化の神は壊れた哄笑を震撼させた。

「ユイジェス・・・!サラウージの大地が・・・!どうしよう!」
自分も仲間たちも負傷なく同じ場所にいたが、広がった世界にリカロが慌てた声をあげた。ひとまず故ロイジック城周辺は荒野と化された。
が、それは嘆く対象には値しない。
「いいんだ。この城が崩壊を望んでた。この地に宿っていた嘆きの数々も、還されることを願っていた。だからこれでいいんだ」

女神の哄笑は、ぷつりと途切れた。
何をしても揺るがない、自信に満ちた存在がそこに立っていたために。

「おのれ・・・!忌々しい・・・!」
黒い女神の影は触手を伸ばすように、邪魔な人間どもを貫こうと荒野を突き刺す。
槍の雨のような攻撃を繰り出しながら、怒りに震え女神は吼えた。

かわしながら     父親を抱えながらでは満足に動けなかったルーサスは、水神に対してひたすら祈り、その『印』を描いて変化の神にぶつけた。
「お前のせいで・・・!お前のために俺たちは苦しんできたんだ!もう終わりにしてやる!消えろ・・・!!」

たえずリカロはルーサスと一緒に父親の身体を支えていた。
大切な人の父親を支えながら、彼女も必死に祈った。
「お願いします!助けて下さい!・・・神様っ!どうかルーサスを助けて下さい・・・!」

杖を片手に奔放しながら、レーンも真摯な瞳で空を見上げ、女神に必死に祈りを捧げている。彼女の傍にはエルフの魔法使いサダが補佐に寄り添う。
「壊させるわけにはいかないのよ・・・!誰も、死なせない!この世界は終わらせない!」
そのために自分に何ができるのかは分からない。
自分が呼び出した命の神に祈ることぐらい?
神に委ねる、もしくはユイジェスを信じることぐらいしかできないのなら、それでもいい。
彼女は身が焦がれる程に、杖を両手に掲げ、命の神の名を叫んだ。
「命の神アリーズよ!この世界をお守り下さい!」


「・・・。ユイジェス王子・・・」
戦いを遠巻きに見つめていた、亡国の王女はミラマの第一王子に保護されていた。
弟を見守る兄の手にも<炎の石>を宿した槍が握られていたが、どうやら槍を振るう必要はなさそうであった。
むしろ、ここで槍を振るうことは弟の意思に反する。
それを兄は知っていたのか、ジッターラ王女の肩を支えたまま、彼は戦いを静観していた。兄は雨の終わりに気づき、空を見上げた。
そして静かに目を     伏せる。


仲間たちの想いが届く。それだけではなく、世界各地からの声が響く。
「ユイジェス・・・!すごいの、声が・・・。みんな叫んでる!」
「うん。聞こえる」
変化の神の黒き槍に微動だにせずに、弟王子は声をかけてきたシオルに答える。
ユイジェスに従う大地の精霊が彼と彼女を守護している。
そして頭上に浮かぶ真実の神が沈黙のまま、女神像そのままに祈りの姿をかたどり、二人の背上に浮かんでいた。
変化の神がどれだけ彼を貫こうとしても、全ての力は無効化されただの風と化す。

「私も・・・。祈るね。祈ります。あなたを信じて、祈ります」
心の神、自身の様な彼女は土の上に跪き、無心で祈りを捧げた。

祈りを受けたユイジェスは、一度深呼吸をすると、一歩変化の神へと踏み出した。





■雨は止まった。
それはきっと、僕の声を聞くために。世界の行く末を見定めるために。
重く立ち込めた雲は、徐々に口を開いてゆこうとしている。

一歩、<変化の神>へと踏み出した自分は、風の剣を両手で翳した。
「今までありがとう。でも、もう要らない。何処へでも好きなところへ行っていいよ」

ざわり。と周囲の風までざわめき立った。
剣は、訝る空気をもたらしたが、サラサラと風に砂塵となって溶けた。

「大地の王も、今までありがとうございます。もう僕はあなたの力を使いません」
手甲も外すと、大地に還した。

「ユイジェス王子!何を・・・!そんな事をしたら・・・!」
遠巻きに見ていたジッターラ王女が悲鳴を上げた。その隣にいた兄王子まで彼に習うと言い始め、彼女は更に混乱する。
「それでは、この炎の槍もだな」
せっかく従えた炎の精霊を解放すれば、また敵となり襲ってくるかも知れないというのに。しかしニュエズ王子に迷いはなかった。

解放された炎の精霊は沈黙する。
まずは不可解な王子の真意を計るかのように。

「水の精霊は元々、自由意志で・・・。彼女はルーサスの傍にこそ居たいようなので、それはそのままでいいです。僕は、誰のことも使役したくない」

「それで私に勝てるつもりか・・・!」
黒い影は敵を貫くために右腕を突き伸ばす。
自分に盾も剣も必要はない。ただ『この手』があればいい。
そっと差し伸べた人の手に攻撃を抑えられ、変化の神は驚愕に言葉を失う。

僕はリモルフの手を掴んだ。黒く染まった女神の冷たい手を強く握りしめる。

「・・・離せっ!貴様、何をする・・・!」

「リモルフ姉様。今度は決して離しません。父は私たち四姉妹にこの世界を託しました。お忘れですか、誰か一人でも欠ければ、この世界は保てなくなるのです」
末の女神はユイジェスが姉の手を取ると、深いまなざしを静かに開いた。

「私達は後悔してきました。姉様と解り合えなかったことを。そしてアイローンももう限界なのです」
繋がれた手を振り解こうと、変化の神は激しく暴れた。
ユイジェスはそれ程人外な力で握っていた訳でもないが、抵抗できない力が作用しているのか、どんなに女神が暴れようとも離れはしない。
黒い影は握られた右手から、焦げるような異臭を放って白く浄化してゆく。

「僕は、勝つつもりはありません。勝つ必要もない。僕は貴女に勝てないし、でも貴女も僕に勝てない。それは貴女も逃れられない<真実の軸>の中に居るからです」

「何だ・・・。それは・・・。離せ・・・。離せ・・・!」
リモルフの姿は白く薄れ、狂神じみた影は色を失くし、次第にただの女性のような、本来の姿が浮かび上がってくる。

「考えたんですよ。変わらないものって、何かって。ようやくその『名前』に気がついた。人も命も変わるし、心だって毎日変わってゆく。自然も毎日姿を変えてゆく」
変化の神は眩しさに目を細め、視線をこらした。
『彼』の額の光も、空もいつしか青一面に成り果ててしまった事に恐れ伏す。
まるで自分が彼のための舞台を用意してしまったかのようだった。荒野に青いカーテンを用意してしまっていた。
いつの間に雲は晴れたのだろう。
始めから彼を彩るためにあったように、自分が片付けた荒野に鮮やかな空が光を放つ。

「でも、変化の神でさえも、親子の絆は変えられなかった。そういうものがそうなのかなって、気がついた。・・・不思議ですね。気がついたら、変化の神だってちっとも怖くない」
心地好い風が吹く。
風が吹くということは、風の精霊が彼を受け入れている証。

「どうして、僕に真実の神が宿っていたんだろう・・・。特別なんかじゃないのに。・・・ううん。特別じゃないから、人より劣っていたから、だから僕の方が選ばれた」

だから、僕の方が力が強かったんだろうな。

「一人一人の想いは小さくても、いつでも人の心は一つになれる。本当は実はみんな一つだったんだ。誰かを想う気持ち、自由を願う気持ち。幸せになりたいと願う心、平和を求める心・・・。それは大事な、『夢』だから!」

僕が信じていたのは、『夢』です。
同じ夢を、僕らはずっと信じていた。


「変わらないでしょう?人も精霊も、どんなものでも存在していれば夢みてる。良くなりたいって夢みてる。変化の神だって夢みてる」

「・・・。何を・・・言う・・・!」

人も植物も、鉄も精霊も、存在した瞬間から夢みることから逃れられない。
変化すらも、存在が夢みてるから起こるもの。
変わろうとする存在は夢をみてる。

「バラバラに見える夢も、世界単位で見ればきっとみな同じ方向を向いている。それはきっと変わらない<軸>なんです。それが僕が見つけた。みんなが教えてくれた」

「真実です」





このひと言に、僕の祈りの全てを込めた。
つないだ手が、白く、うっすらと温かいものに変わる。
 泣いて欲しくない そう願うのは、手をつなぐ貴女でも同じです…。

「一人で変えようとするなんて寂しいですよ。皆で変わっていけばいいじゃないですか。世界を貴女にだってあげます」
親しい友人に約束するのと、口調はなにも変わりがなかった。

「貴女は自分のものにしたかったようですけれど、始めからきっと貴女のものでもあったんですよ。孤立しようとしなくていいのに。姉妹で仲良くして、もっと僕たちに愛されればいいんだ」
変化の神は、いつから人に疎まれるようになってしまったのだろう。
何処かで道を誤って、この女神は孤立し暴走してしまった。

「貴女の夢だって、このまま叶う。もっと良い世界になって、貴女も人に慕われる。僕は、貴女のことも敬愛してます」
変化の神は声もなく、純白の霧となって拡散した。
湖面に広がる波紋のように、そこから広がり、光は世界へと広がり薄れる。

光は温かかった。優しかった。
光が眩しくて、目を閉じたユイジェスは女神の手の温もりを失った。
自分の言葉にかすかに動揺し、震えて、感情を表すのを恥じたように逃げるように拡散して消えた。
女神は、何処へ     

探そうとしたが、それは光によって遮られる。変化の神を追い、命の神も、心の神も、真実の神も光の柱と化し、空へと昇っていった。

「ありがとうございます。ユイジェス王子・・・」
最後に消えた、末の女神の言葉だけを残して   


でも、世界でただ一人。僕だけは知っている。
変化の神も、同じように『夢みてた存在』だったこと。
本当は人が好きだったんだろうな。この世界を愛していた。

繋いだ手から伝わるものは、嘘をつかない。





■暫くして、空は思い出したように再び泣き始め、本格的な雨の帳を落とした。
仲間たちは時を忘れたように身動きせずに雨に濡れる。

変化の神は消えた。
どう受け止めたのかは解らない。     けれど、今ここに世界が確かに広がっている。それが答えだと思った。

「終わった・・・の?私達は、勝った、の・・・?」
「・・・きっと、勝ち負けとかじゃないんだよ。これから、また世界を守っていかないといけないんだろうな、女神たちは」
ようやく安堵を迎えて、表情を緩めたシオルをユイジェスは抱きとめた。
「良かった・・・。本当は、どうなるかと思って・・・。怖かった」
「うん。ごめんね。でも実は自分もドキドキしてたよ」

「やった!やったよルーサス!やった!これで終わりなんだ!皆幸せになれるんだ!」
「・・・そうだな。ようやく・・・」
リカロははしゃいで犬のように飛び回り、ルーサスは相変らず気絶した父親を支えて座っていた。怪我も回復して、父親の顔色はいい。

「まさか・・・。真実の神がユイジェスの中にいたなんてね・・・」
「そうですね。いえ、私はなんとなくは・・・。考えていたのですが・・・」
「じゃあ早く言いなさいよ。馬鹿ね」
「確定要素もないのに、そんな大それた事言えませんよ」
口喧嘩をしていたのはレーンとエルフの魔法使い。

戦いを終えて、仲間たちはそれぞれ集まろうとしていた。
弟の元へ向かおうとしたニュエズ王子は、後についてこない姫君を振り返った。

振り返った先、崩壊したこの城の王女は、土の間から何かを拾ってじっと見つめていた。
彼女は何かを握りしめ、一人場違いに、鬼気迫った顔で自分を抱きしめる。

「お姫様?顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
短い時間だが一緒に過ごしたリカロが駆け寄り、彼女にふれようとする。のをジッターラ王女は素早く避けた。
「・・・。終わり・・・。ですか?そんな・・・。そんな・・・。こんなことで・・・」
「お姫様・・・。あの・・・」
リカロは、彼女が握りしめているものに気づき、慌てて奪おうと手を伸ばす。それも王女は当然拒んだ。

「お姫様!駄目ですよ!その指輪はしちゃ駄目です!」
涙目で指輪を大事そうに握りしめる、事態に気づいた面々は戦慄して身構えた。
彼女が<変化の指輪>をはめたら、また同じことが繰り返すかも知れない。

「これが・・・。終わり、ですか・・・?その男が生きているのに、終わり、ですか・・・?城は失って、多くの人を失って・・・!」
彼女が殺意に満ちた視線で射抜くのは、盗賊ザガスの正体、ルーサスに支えられた父親の姿。
「お姫様、でも、ラギールさんは操られていただけで・・・!」
「分かっています!でも・・・!でも・・・!」

「・・・指輪をしても、変化の神はもうそこには居ないですから・・・。復讐するなら今のうちですよ。丁度気を失ってますし」
ユイジェスは携帯していた短剣を王女へと差し出した。
王女は短剣をおそるおそる受け取るが・・・。

「申し訳御座いませんでした。ジッターラ様。父に代わって謝罪致します」
息子が父親を抱いたまま頭を下げたために、ぽろりと剣を取り落とす。
彼女には不可能だった。そのままルーサスは動かないだろう。父親を刺したいのならば彼ごと貫かねばならなかった。

「あ・・・・!ううっ!うううっ・・・!」
両手で顔を覆って王女は泣き崩れ、ルーサスは何度も謝った。
「この先、ロイジック復興のために協力を惜しみません。父にも勿論働かせます。何度でも二人で謝りに参ります・・・」

強くなる雨足は、姫の嗚咽に比例していった。


「ジッターラ様・・・。今は辛いでしょうけれど、きっとこれで良かったと思える日が来ると思います。行きましょう・・・」
姫に差し出された手のひらは、変化の神に重なった同じ手のひら。
「今まで、憎しみのために、憎しみがあったからこそ、生きてきたのです。これから私はどう生きれば良いのでしょうか・・・!」

優しい手のひらは、迷う彼女の手を引き上げたら、「簡単ですよ」と笑った。
「あなたにもあるはずです。たくさんの夢が」





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