■久し振りに訪れた聖地ライラツ、元水神の司祭フィオーラに案内された場所は島の中央、四人の女神と四つの精霊が創造神を中心に輪を為す、石像達の眼前。

心の神パルティアの女神像の前    、ユイジェス王子は固唾を呑んで女神像と対峙している。
女神像の中に飲み込まれたというサエリア王女、共に旅していた間はシオルと名乗っていた、彼女へと逢うために、ユイジェスの心境は複雑に強張っていた。

「因縁を感じるな・・・。心の神の『心』、人になった神の娘がサエリア王女で・・・。やはり何処かで因果があって、俺たちも出会っていたのかもな」
ユイジェスの後ろには、額に<封じられた神々の涙>の一つ、真実の石を嵌め込んだサークレットを輝かせる、ルーサス・ディニアルの姿がある。
聖地にそよぐ柔らかな風に鮮やかな緑の髪をなびかせて、しかし、その瞳はどこか皮肉めいて揺れていた。

「ユイジェス、どうなるのか分からないけれど・・・。シオルのこと、助けてあげてね」
ルーサス・ディニアルの隣には、この聖地を領地に治める王国の王女が微笑んで見送る。長い金髪をポニーテールにした凛とした印象の娘、レーン王女にユイジェスはぎこちなく笑みを返す。
「うん、・・・大丈夫。待っていて、必ずサエリア王女を連れてくるから」


王子の仲間の二人は、蒼い彼の姿が女神像の中に吸い込まれた後で、顔を見合わせて小さく嘆息かわしていた。
「サエリア王女なんて言ってる間は、きっと無理なんだろうな」
「フィオーラさん、心の神は、今どんな状況にあるのですか?こんな所に閉じこもった女神は・・・」

「厳しいですね。今、サエリア王女と、心の神は消えかかっています。存在が消えた瞬間、この世界から『心』と言う概念は消滅します」
「・・・・・・」
「責任重大だな、ユイジェス」

険しい表情で不安を見せたレーンの横で、ルーサスの表情もつられて憂いを帯びて見えた。
「失くされちゃ困るわよ。私の心は私だけのものだもの」
「・・・同感だ」


■湿った闇、光のない闇の中、女神像の中に飲み込まれた、ユイジェスの身体はひたすら闇の中を降下してゆく。

「うわ・・・っ。・・・寒い・・・。なんだこれ・・・」
落下にともなう空気の流れに身体は冷え、思わずユイジェスは肩を抱き、身を丸くしてそのまま落ちてゆく。


    オギャア、オギャア!

赤ん坊の泣き声が何処かから反響して繰り返す。
ただのぐずった泣き声ではなかった、赤ん坊は死にそうに泣きわめいていた。
「殺される!殺される!殺される!」と悲鳴に泣いている。

「双子の娘だ・・・。なんて恐ろしい。王家に風の王の呪いが降り注ぐことになる。王家にかかる呪いは国を滅ぼしかねん・・・。この娘は殺してしまうべきだ」

なに?今のは・・・。
ぼそぼそと、人の話し声が聞こえる。それは上から。下から、左右からこだました。

「やめて・・・。殺さないで・・・。死ぬのは私でよかったのに・・・」

「私はお前が憎いの。その体を頂戴」

「サエラ・・・。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」

「シオル!?サエラ・・・!」
たくさんの話し声の中に、二人の声を聞き分けて、ユイジェスは落下しつつも声を張り上げた。
「シオルいるの?サエラも!?何処にいるの・・・!?」



ばしゃん・・・。
ユイジェスは冷たい水の上に音を立てて放り込まれる。
浅い湖に腰まで浸かり立ち、冷水は何処までも波紋を広げていった。

「ユイジェス王子・・・。嬉しい。また逢えたのね・・・」
闇しか映らなかった湖面から、音もなく黒髪の娘は伸び上がり、濡れた肌のままで愛しい王子に身を寄せた。
闇の中ではおぼろげにしか姿は捉えられないが、現れたのは双子の妹姫、シャボールの風の塔にて姿を消したサエラの裸身。
一糸まとわぬ姿で、その肌の冷たさにも一瞬ユイジェスは怯んだ。

「サエラ・・・。えと・・・。大丈夫?」
元々美しい双子ではあったけれど、更に怪しくも美しい姿に中てられて、戸惑ったユイジェスは自分の外套を外して冷えた彼女を包もうと腕を動かした。
「いらないわ。ありのままの私であなたに逢いたいの」

「・・・・・・」
彼女の視線に、射抜かれ、どんな返事もできないとユイジェスの動きは固まる。
「好きです。あなたに愛して貰いたい。『私を』連れて帰って下さい。このまま・・・」



ぴしゃり。

・・・ぴしゃり・・・。

どこかで雫が水面に落ちている音が響いている。
狭い暗い世界でだからこそ、やっと聞こえる程度の微かな音色。

裸のサエラは、じっと全身で愛を訴えて抱きついていた。
抱き返すこともできないで、じっと頭の中で思考が回転していた。

「サエラ・・・。ごめん・・・。シオ・・・、サエリア王女は何処にいるの」

一言返事を返すのに、気が遠くなるような時間が過ぎていた。
白い両肩をそっと離して、強引にユイジェスはその体を脱いだマントで包み込む。

「居ないわ・・・。あんな泣いてばかりの女。消えて、私がその体を貰うの」
「・・・何を言って・・・」
「あの女が自分から消えたいと願ったのよ。けれど完全に全てが消えてしまったら、この世界から『心』が消え去る。そんなの冗談じゃないわ。せっかく掴みかけた温かいもの、勝手に消されては困るのよ。あなたへの想いも」

「サエラ・・・」
彼女の瞳は真剣で、想いは嬉しいと思った。
でも・・・。
「彼女」が消えてしまう?そしてその代わりにサエラが生きるという。
サエラは救いたいと確かに願った。連れて帰ってあげたい。でも・・・!

その代償が「彼女」だと言うのなら、
サエラには恨まれても、自分には選択できない・・・!

「・・・ごめん。何処にいるの?シオル、出てきて。サエリア・・・!」

パシ   ン。
唐突に暗闇の世界はひび割れる。
ガラスが砕けるように亀裂を発して、破片がボトボトと飛沫を上げて水面に落ちる。

ピシッ。ピシッ。ビシッ   !!
それは闇に包まれた、女神の「心」が壊れるのを暗示していた。
嘆く女神が心に浮かぶ。嘆くシオルの姿をはっきりと思い出した。
壊れゆく世界の中で、俺が名前を呼んだ人物は。


    どうして、消えようとするの?
どうして、いつも何も言わないで、姿を消すの?
本当はいっぱい泣いていたんじゃないの?
せめて何も言えないなら、自分の胸で泣いて欲しかったのに。
兄を選ぶのなら、それでも良かったのに。

兄と君、大事な二人が幸せなら・・・。受け入れられると思ったのに。


    シオル!出てきてっ!消えないで・・・!!」



「許して・・・」
彼女の声がか細く、耳元に囁く。姿は見えてはこない。
佇むサエラは、気が付くと涙で頬を塗らしていた。
「あなたも・・・。姉を選ぶのね・・・。私は、誰にも、必要とされない、そんな存在でしかない・・・」
「ごめんサエラ・・・!本当にごめんね!勝手だと思うよね!ごめん!恨んでもいいよ、でも、ごめん、駄目なんだ・・・。シオルは誰にもかえられないんだ・・・!」

ああ、泣かないで。
子供のように、大粒の涙を零したサエラが悲しくて、また目の前で消えていこうとする、悲劇の妹が目に染みて、ユイジェスは精一杯の想いを込めて彼女を抱きしめて叫んだ。
「サエラも好きだよ!大切だよ!助けてあげたい!気持ちしかないんだ!何もできなくてごめん・・・!!」

「ユイジェス、王子・・・」

白い指先で、サエラは同じように濡れたユイジェスの頬に触れて、愛しさの限りをこめて口付けた。
「青い花を、下さい。それだけで・・・」
消える刹那、微笑んだサエラは、花びらが舞い散るように姿を拡散させていった。



「許して・・・。ああ・・・。サエラ・・・。ごめんなさい・・・」

もぬけの空になってしまったマントを握り締め、ユイジェスは湖面を駆けて懺悔を繰り返す声の主を探した。

「どうして、私は、こんなにも・・・。人を傷つけてしまうのだろう・・・」

「誰かの犠牲なくして、生きられないんだろう・・・」

「どうして、生きてきたの・・・?何のために・・・?何がしたいの・・・?」

「どうして・・・」

「サエラの願いも断って・・・。私は、生きるのをやめられないのだろう・・・」

「どうして、私は、捨てられないのだろう・・・。自分を・・・」




「私が生まれ、世界に心が生まれた」

「けれど、それから、命は悲しみを知ってしまった」

「私の存在は許されるのか。私は悩み続けてきたのです。自分自身の許されない想いとともに」



「どうして、私達には心が残っているのだろう・・・」
細い嘆きは落ちる雫の音とともに、深遠なる湖に波紋を呼ぶ。

「私は、泣きたくないのに。痛いのはもう、いやなのに」

「ユイジェス、こないで・・・。それができないなら、この心が消えるまで、もう少し待って欲しい。私が、あなたを、忘れるまで・・・」
静かにしたたり続けた雫の音は、君が泣いていた涙が湖面に弾けた響き。



「見つけた。・・・シオル」
ミラマ王国の第二王子は、走り続けた湖の淵に、そう呟き両手を伸ばして、冷たい肩に指を触れさせる。

「・・・隠れても、わかるよ。シオルも、俺の事待っていてくれたんだね。・・・知らなかったよ・・・」

「・・・もう、やめようよ。こんなこと。一人で考えるのやめて?こっちも辛いから」

「消えないで欲しいんだ。・・・怒ってるよ。でも、許すよ。君が好きだから」

冷たい湖から、ずぶ濡れた娘は王子に抱き上げられ、
魂の全てが求めた、彼の抱擁に声の限りに哭いて震えた。


■哭き叫んだ言葉のうち、どれ程が聞き取り可能な言葉であったのか。
ユイジェスに理解できたのは、彼女が必死で謝っていたことぐらい。

「ご・・・め、な・・・さい・・・。ユイ、ジェ、ス・・・。っめん・・・な、さ・・・」
「もう、いいよ。会いたかったよ、シオル・・・」

濡れた体をユイジェスはマントで拭い、そのまま包み込んで頭を撫でる。シオルも妹と同じように、裸で湖に漂っていたようだった。
「私ね・・・。シャボールの、王女だったの・・・。言えなくて、ごめんなさい・・・」
「うん・・・」
「ニュエズ様の、婚約者、だったの・・・」
「そうだね・・・。辛かったよ。きっと、シオルも、兄さんも辛かったんだね」

「そして・・・、私は・・・」
黒髪の姫は、蒼い瞳に王子を映して、一度言葉を飲み込んで、再び俯く。
言うべき言葉を何度も口にしようとして、そして何度も躊躇って俯いた。

「私は・・・、許される、の・・・?ニュエズ様を愛していたのは本当だったの。とても好きだったのに、それでも・・・、今は、ううん・・・。ユイジェスに会ってからは、自分の気持ちが分からなくなって・・・」

「俺にしても・・・。兄さんを苦しめたくないよ。兄さんから、君を奪いたくなかった。でも、シオルが俺を好きだと言ってくれるのなら。そんな風に泣くのがそのせいなら、一緒に兄さんと話し合おうよ。きっと分かってくれるから」

「ごめんなさい・・・。私、どうしても、どうしても、あなたの事が好きで苦しいの・・・。どんな願いでも叶えてあげたいと思う、サエラの願いすらも私は聞きとれなくて・・・!本当にわがままで仕方がないの。どうしたらいいのかわからないの・・・!」

手を取り合った、二人はお互いに同じ罪を背負う。
二人一緒に居るためには、お互い大事な人を堕とさなければならなかった。

「・・・。サエラ、最後に笑ったから・・・。いつまでも泣いてちゃいけないと思う。シオルはお姉さんだしさ・・・。きっと、兄さんも、笑ってくれると思うよ。そう信じられる」
ユイジェスは震えるシオルに額を合わせて優しく言い訊かせていた。

「帰ろう。一緒に。サエラの分も、大事にするから」
「ユイジェス・・・」
「ごめんね。苦しんでいる事、気づいてあげられなくて。これからはずっと一緒にいよう。ずっと守るよ。君が好きだよ・・・」



「許して・・・。ああ・・・。サエラ・・・。ごめんなさい・・・」
どんなに頼まれても、私は想いを捨てられなかったこと。ユイジェスに抱きしめられる幸せを、捨て去ることができなかったこと。

     妹は、笑ったの・・・?
それはユイジェスだから?いつか私にも笑ってくれますか。
許してくれるの?

「どうして、私は、こんなにも・・・。人を傷つけてしまうのだろう・・・」
それでも生きていこうとする、私は傲慢の塊りなのでしょうか。

「誰かの犠牲なくして、生きられないんだろう・・・」
命ある者が、永遠に悩み続ける答えなき問いかけ。

「どうして、生きてきたの・・・?何のために・・・?何がしたいの・・・?」
妹は口にしました。国も親もいらない。ただ彼に愛されたいと・・・。

「どうして・・・」

「どうして、私は、捨てられないのだろう・・・。自分を・・・」

知っていました。それは彼との永遠の別れを覚悟できなかったせいです。


「私が生まれ、世界に心が生まれた」

それは、とても喜ばしい事だったはず。

「けれど、それから、命は悲しみを知ってしまった」

知ったのは、悲しみだけではないでしょう・・・?

「私の存在は許されるのか。私は悩み続けてきたのです。自分自身の許されない想いとともに」


「どうして、私達には心が残っているのだろう・・・」

私は愚かでした。生まれた想いはとても自然で、尊いものであったのに。



伝えてもよいのですか。
永い間、女神だった頃からずっと、秘めていた恋心を。
その瞬間、「私」は「私」でいられる。
私自身が呪縛を解いて、世界に拡がってゆくのです。

「好きでした・・・。ずっと、想っていました。あなたを愛しています。それが私の、生きる目的そのものです・・・!」


    女神様。
聞こえますか。あなたの想いはようやっと彼に届きました。

自分を責めて、否定して、自ら封印されたに堕ちた心の神様。
答えは、自分の中に埋ずまっていました。
自分の心はひどく弱くて、迷いがちで、臆病で、とても自慢できるものでもないと思います。
けれど、私には「心」を失う事は、死ぬ事にも重なると思いました。

では、「命」とは、どんなものなのでしょうか。
命はそのもので尊いですが、心無い命の歩いた跡には、一体どんな意味が残されているのでしょうか。

「心」は、「命」に、私が生きてゆく道に、意味を与えてくれるものですね。

ほら・・・。
今、蒼い優しさが私を抱きしめてくれました。
幸せです。私は生きたいです・・・。私は愛したいです・・・。
二つの言葉は同じ意味です。



女神の心の中、それとも私の心の中。
漆黒の闇に覆われていた世界にちらほらと光の粒子が輝き始めて、私は蛍のように揺れる柔らかい光に手を伸ばす。

「心は、残された宝ね・・・。人にだけでなく、命に全て在るべきなんだわ・・・。きっと、最後の真実なの・・・」
「シオル・・・?」
ユイジェスは今更ながら、抱きしめる姫が、心の神の化身であることを思い出していた。小さな光は彼女の手の平に集まり、ほんのひとかけら、涙のつぶのような、水晶に姿を変える。

「ユイジェス、私、もう、迷わない・・・。これは心の神が宿る石」
水晶には銀の鎖が繋がれており、黒髪の王女はするりと首に鎖を通す。
「心の神パルティア、私はもう、自分を否定しません。この世界の全ての心たちに祝福を贈ります」


声が聴こえる・・・。
この世界に悩み苦しみ生きる、温かい感情たちの。
もう誰にも、変化の神にさえも、誰の心も侵害させてはならない。

いくつもの、無限とも思えるほどの、温かい心の営みを感じて、娘は一心に祈りを捧げている。
その誰もが全て、悲しみに、喜びに、怒りに、楽しさに、
光り輝いて生きていました。


■心の神の石像が光り始め、中に消えた二人の帰りを待っていた、ルーサスとレーンの心は逸った。
女神像の光は優しく、温かく、そっと世界に染み渡るかのように光を拡散させていった。二人の横に控えていた元水神の神官フィオーラ・ミサの瞳も光の行方を追いかけ、安堵したように口元が優しく緩む。

誰も口を開かないうちに、女神像から二人の人影がすうっと浮き出して降り立つ。
ユイジェスのマントに素肌を隠したサエリア王女と、彼女を優しく抱き支えて立つミラマの王子。
「シオル・・・!」
駆け寄った、久し振りに出会う友の姿にシオルは驚いたけれど、すぐに顔を上げて笑顔を向ける。
「レーン・・・。会いたかった・・・。ごめんなさい・・・」

「・・・・。そうね・・・。私も、会いたかったわ。いろいろとね・・・」
「ごめんなさい・・・。ニュエズ様の婚約者であったこと、レーンに話す事ができなかったの。ずっと、迷っていて・・・。ごめんなさい・・・」
レーンは微かにはにかんで、何も言わずに、シオルと呼んでいた仲間の頭を抱き寄せると苦笑した。

「本当よね・・・。悔しかったわ・・・。もう、色んな事があったから、何から話していいのかわからないくらいよ」
女二人が再会を喜ぶ中で、ユイジェスとルーサスの男二人は目で無事を喜び合う。

ユイジェスが女神像の中に吸い込まれてから、時間が数時間過ぎ、青かった空も紅く染まり始めていた。

「レーン・・・。でも、私ね、やっぱり・・・。ユイジェスが好きなの。ニュエズ様とは、話をして、婚約は解消してもらうわ」
「・・そう。・・・やっぱりね」
説明されるまでもないとレーンは思っていた。
ふと見やる、心の神の石像は光を失い、いつもと変わらない姿を夕焼けに映えさせる。けれど、女神の表情は微笑めいている気がした。

この女神像、こんないい顔していたかしら・・・?今まで。
何度もここに訪れていたレーンでさえも、今日の女神像は別人の笑顔に見えてくる。優しく世界を見つめ、祈る乙女の姿に重なる。

祈っていた娘、サエリア王女は仲間の顔を確認し、一人、不在の少女の名前に唇を動かせる。
「リカロは・・・?ここには着ていないの?」

再会に安堵したのも束の間、シオルはさらわれた仲間のことを知らされ、戦いの地に赴く決意を固める。


■盗賊ザガスにさらわれたリカロが心配なために、彼らの行動は迅速を要していた。
シオルは急いで旅立ちの準備を始め、レーンはそんな最中に母親からの呼び出しに聖地の<命の神>の祭壇へと姿を現す。

「・・・お母様・・・!」
祭壇を背に、娘を迎えた母親の手にはしっかりと神具が納められ、娘は珍しく驚いてうろたえた言葉をあげる。
神殿の奥、命の神アリーズの像が抱きしめて誰にも渡さなかったはずの<命の杖>、母親の手に美しい白い姿を晒し、今レーンの手に預けられようとしていた。

「時が、来たようです。持ってお行きなさい。レーン」
「・・・。良いのですか、お母様・・・」
「ええ。ただ、女神が姿を見せるのはおそらくたったの一度。心の神、真実の神と共に、きっと一度だけでしょう。変化の神と相まみえる、ただその一度」

「心の神は、ともかく・・・。まだ、真実の神は、・・・。ルーサスが石を持ってはいるけれど、真実の神も、その時だけに姿を見せるの・・・?」
「恐れはしません。ユイジェス王子を、信じなさい。真実は、彼と共にあります」


「嬉しい・・・。ありがとう、お母様」
白き、女神の杖を受け取り、ずっと渇望していたその手触りに娘は涙を滲ませて、杖の先の宝石を確認する。
命の神が宿る石が、杖の先端に白銀の輝きを放つ。

「これで、私も戦えます。必ず、ザガスを止め、変化の神を止め、この世界を守って見せます」
「ええ、信じていますよ。レーン・・・」


「サラウージ大陸、ロイジック城には、ディホル王国の港から船を出します。すでにディホルでニュエズ王子が動いているでしょう。そちらに向かって、共に行きなさい」
「解ったわ。必ず帰ります!」
威勢良く娘は駆け出し、殊勝に微笑んで、母親の前から決戦へと旅立つ。


<封じられた神々の涙>の全てが、全ての始まった場所、ロイジック城に集まろうとしていた。
真実の輪を、ラマス神殿から旅立った魔法使い、ルーサス・ディニアルが。
その相棒リカロが、水の腕輪を。(これはザガスの手に渡っていたが)

今レーンが命の杖を握り締め、
サエリア王女=シオルが心の石を首に下げて祈る。

伝説の青い髪の王子、ユイジェス・マラハーンは風の剣と、大地の手甲=盾の二つを所持して挑もうとしていた。

変化の石、そして新たに炎の槍を破滅に用いようとする、
大盗賊ザガス。
男の占領した、悲しき亡国    ロイジックの城へ。



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