■辺りに盗賊たちの下卑た笑いがこだましているのを、その王女は雨音でも聞くかのように無感動に聞いていた。
雪の様に白い肌。そして腰まである栗色の髪は、無造作に背中に流れ、いくらか顔の前に落ちていた。藍色の瞳は、どこか焦点が合わない。

「ほらよ。お姫様。水とパンだ」
一人の男が、部屋に食事を運んできた。
王女のいる部屋は造りは豪勢だが、掃除のされていない荒れた一室だった。
汚れたベットの上に裸で無表情で座っていた王女の、周りから男達が笑いながら離れて行った。

「俺たちも飯にするかぁ」
「へへへ。たまんねーな。いい暮らしだぜ」
「お頭にばれるとまずいぞ。早く出ろ」
「俺たちだって、お姫様と仲良くしたいよなぁ。うはは」
小さなテーブルに食事は置かれ、男達は部屋からいなくなった。
王女は、ねじが外れたかのように、ベットに後ろに倒れて沈んだ。

彼女は今は失われた、サラウージ大陸の北の国、ロイジックの王女だった。手足を縛られているわけでもない、けれど彼女は逃げる気力をもう失っていた。
けれど、涙だけはどうしても枯れる事は無い。
声もなく、彼女は泣きむせいでいた。

彼女の名はジッターラ。
唯一人残された、ロイジック王国の王女。
言わば、人質だった。


四年前に、ロイジックは盗賊ザガスによって占領され、城は堕ちた。
ここは気高く美しい王城だった。今はその名残もない。
南の信仰の国、ラマスもいずれはこの国のように荒廃するだろう。
王女は絶望に捕われていた。
ザガスは海を渡ったディホル王国に<炎の石>を求めて旅立った。
世界の終わりが近い。

世界の終わりを思うとき、決まって、王女は一人の少年のことを思い出すのだった。
ロイジック城が占拠された忘れもしないあの日、ラマス神殿の女司祭が単身ザガスを説得しにやって来た。美しい女性だった。艶やかな緑の髪を風に舞わせて。

母親である女司祭を追って、まだ幼い少年が一人、遅れてこの城に駆けつけて来た。
その時には、母親はもう、水の中に浮かんでいた。
ザガスが女司祭をこの城の中庭、泉にて溺死させたのを、自分も彼も見た。少年は激しい復讐の炎を燃やして、怒声と共にザガスに斬りかかっていった。
その少年は、今でもザガスと戦っていると、盗賊たちの噂に聞く。


    少年の名は、ルーサス・ディニアル。
ラマス神殿、最高司祭サーミリア・ディニアルの息子。
母親を殺したザガスを憎む、あの少年は・・・。
彼は、またここにきっと来る。

ジッターラは、その日をいつからか待つように生きてきた。
絶望に沈みそうになる時、彼の存在だけが自分の希望となる。
彼に、会いたい。
ベットに裸で仰向けになったまま、彼女は激しくしゃくり泣く。
同じようにザガスを憎んでいるだろう、彼に。
同じ苦しみを、きっと共有できる彼を前に・・・。自分はくず折れてしまいたい。

彼はきっと戦っている。
今日も何処かで。いつか私も救われる。
王女は、穢れた自分の体を抱きしめながら、彼を思って寒さに震えた。


■この世界の中央に浮かぶ孤島、聖地ライラツから、北の大陸ジュスオースに渡り、そのまま西へ進めば、やがてディホルへと辿り着く。
レーンの国、ジュスオースを早馬で駆けながら、一路ユイジェス達は西を目指していた。聖地の最高司祭、レーンの母親に示唆された、<炎の石>の在り処をディホルに求めて。

すでに、ザガスがディホルに渡っていると言う話も聞く。
ユイジェス達の気も焦っていた。

焦りに拍車をかけるのが、旅の最中に聞かされる不吉な噂たちの存在だった。
少し前から、こちらの大陸は地震が頻発するようになったと言う。
まれに大地が揺れると、人は不安になる。大地の怒りだと、世界の終わりが近いと、集団心理も重なり、不安は増長されていた。
事実、一週間に一度は、地震が起こってユイジェス達も不安にされた。

山脈の連なるディホル王国では、地形の変動もあると言う。
変化の神の起こす、世界の異変が音を立てて姿を見せ始めていた。


自然の異常には、サラウージ大陸南の国、ラマスでも深刻な問題となっていた。
北のロイジックと合わせ、こちらは水不足に悩まされている。
雨が降らなくなり、農作物も育たない。深刻な食糧不足に、干からび死んでゆく村も多かった。

水神を信仰するラマスは水豊かな地方で、数年前からは考えられない枯れに到底対応できずにいた。失われていく水の力を、ラマス神殿は結界を張って守っているが、それも国全土に及ぶものでもなかった。

「世界は崩れかかっています。これから、気候の変化、自然災害、世界は悲鳴を上げ出すでしょう。変化の波が襲ってくるのです」
レーンの母親の宣告が、胸に鳴り響く。
ユイジェスは、「真実の名」、それをずっと考えていたのだった。


■数週間、馬を走らせ、一行はディホル王国への国境を越す。
<炎の石>の在り処が、はっきりわかっているわけではなかった。この国にある、そのぐらいの情報しか持っていないのだが、まずは、先に国に入っているザガスの情報から集めることにしていた。

ザガス、と言うより、盗賊たちの話はすぐに国境でも聞くことができた。
一月前ぐらいから、国に盗賊団が現れ、次々と村、町を襲っているのだという。

「随分派手にやってるらしいな。まるで祭りだ」
国境の町で聞き込みをしながら、ルーサスは吐き捨てていた。
「・・・・。炎の石、探してるみたいだね」
聞き込みは男二人と、女二人とに別れて行っていた。ルーサスの苛立つ様子に、ユイジェスは不安を覚えた。日に日に、気が重くなっていってしまう。

あれから、ろくに心晴れた日がないんだ。
それを悲しく思う。
今一緒にいる仲間は三人。一人、女の子がいなくなった。
それだけで、息が苦しくなる。

「炎の石か、盗賊の足跡を追おう。何処かで捕まる」
「そうだね」
盗賊の現れた場所を追って、ユイジェス達は国境から、王国の山間部へと流れて行った。
もちろん、旅の間中、<炎の石>についての情報収集も欠かさなかった。
封じられた神々の涙、所在の知れない石の一つ。
炎の精霊王の住む、炎の石。それがどんな形状の物なのか、それすらもわからないが。

<炎の精霊王>は変化の神リモルフに味方した側にあたる。
話をして、こちらに協力してくれるのか?それもおおいに不安だった。

盗賊の足取りを追いかけ、山間の小さな村に自分達は宿を取った。
今日も聞き込みを終え、四人は疲れを取るために休息する。

「なかなか、情報ないね・・・。ザガスも、見つけてないようだけど・・・」
「そうね。どこかに人知れず封印されてるのでしょうね」
宿に取った女部屋、リカロのぼやきに、レーンはため息をついて答えた。
「正直、こたえるわね・・・。情報もない。おまけに仲間達は重苦しいし。・・・しょうがないけど。リカロだけが救いよ」
「・・・・・。そ、そうかな」
荷解きをしながら、リカロは照れて笑った。
シオルのことで、ユイジェスもレーンも心が晴れない。楽しかった仲間たちとの旅も、シャボールを出てからいつもなんだかぎこちなかった。
リカロの明るさだけが救いだとレーンは言う。

「大丈夫だよ。私、そう思う。きっと、またみんなで笑えるよ」
自分にも、言い聞かせるようにして、リカロは明るく大げさなしぐさで笑った。
「あ、しまった。忘れ物してきちゃった。レーン、ちょっと私、取りに行ってくるね」
「いってらっしゃい」
手を振ったレーンに、リカロは手を振り返して、慌てて部屋を出て行く。

買い物をした時に、その店で袋に入れ忘れた品物があったのを思い出したのだ。
自分のミスにふくれながら宿から出る。
走り去る彼女の背中を、ゆらりと動く影が見つめた。

「すいません。忘れちゃって・・・。ごめんなさいでした」
「いいえ。ありがとうございました」
道具屋の主人に挨拶し、リカロは店の外に出る。
早く戻って、これから仲間との夕食になる。こんなドジをルーサスに知られたらまた怒られてしまうから、リカロは急いで戻ろうと思っていた。
「おい」
「うわっ!!」
呼び止められてリカロは跳ねた。
「な、なな、何でルーサス、ここにいるの?」
その時に、気づけば良かったのかも知れない。現れたルーサスの違いに。

「いいから。ちょと<水の腕輪>を貸せ」
「えっ?えっ?何言ってるの?」
問答無用に、ルーサスはリカロが腕にはめる、<水の腕輪>に手を伸ばす。
「む、無理だよ!外せないもん!私でも、外せないのに・・・!」

バチリと、腕輪はルーサスの手を弾いた。
「・・・。そうか、なら、斬り落とすか」
「・・・・えっ!!」

「あっ!」と声を上げる間も無いまま。
ルーサスは腰から剣を抜き、リカロの肩に剣を撃ちつける。実に鮮やかな体の動きだった。突然のことに、周りを歩く村人達も事態に反応するのが遅い。

「きゃああっ!!」
    バチイィイイイッ!!!

リカロも、ルーサスも、腕輪の衝撃に弾けて倒れる。
剣先に抵抗し、リカロの腕は斬り落されずにまだ付いていた。

「ふん」
ルーサスはすぐに起き上がり、慌てて追って立とうとしていた、少女の鼻先に剣を突きつける。
「・・・・・・・!!」
見上げた、先に立つのは確かにルーサスに間違いなかった。
しかし、リカロはハッと青ざめる。
必ず、ルーサスがしているはずの<真実の輪>が額に無い!
ルーサスじゃない!

相手が誰なのか、想像したリカロは身震いするのを感じた。
余りに遅くに、周りが騒ぎ出した。
「ア、アンタ!お前、何やってるんだ!!」
「おい、俺と同じ姿をした魔法使いに知らせろ」
リカロには、その男の背後に、昏く揺れる黒い影を垣間見れた。
ざわざわと恐怖が押し寄せてくる。男の背負う、邪神の影。

「石を持ってロイジック城へ来い、とな」


「ひいいっ!」
伝言を言いつけられた、村人は恐怖に腰を抜かして尻餅をついた。男の目配せに路地から盗賊たちが集まり、私をあっという間に縛り上げる。
「<水の石>はもらって行く。行くぞ」
「ううっ!う〜!」
さるぐつわを噛まされた私は、盗賊数人に担がれ、何処かへ運び去られようとしていた。
「盗賊だ!だ、誰か!誰か〜!!」
「女の子が攫われていくぞ!やめろっ!」
止めようとした、男性が一人、無残にもみせつけに切り殺される。
人々はわらわらと逃げ出し、私はじたばたと暴れた。

いや!助けて!行きたくないよ!
ルーサス助けて〜!!!

私の声は届かない。
騒ぎを見た村人から、彼には残された伝言が届けられただけ。


「石を持って、ロイジック城に来い」

盗賊の消えた後、知らせを聞いたルーサスが、一体どんな顔でそれを聞いたのか。
私は知る由もなかった。
変化の石で姿を変えた、盗賊ザガスの伝言を。


■この世界を創造した<大いなる創造神>は姿を消した。

創造神の四人の娘と、四つの精霊。
神の流した涙の元に、八つの神は封印された。
変化の神は、この世界を変えようと思っている。そのためにこの世界は滅びる。

沈黙を守るのは真実の神。命の神。心の神。
変化の神リモルフと同じく創造神の娘達。
大地の精霊王、風の精霊王は青の王子ユイジェス・マラハーンの元に。
水の精霊王、水神と崇められた彼女はサーミリア・ディニアルと共にリカロの腕輪に。

炎の精霊王は、黙してザガスの手元に・・・?


「<炎の宿命>・・・・。そうですか、私には、そんな使命があったのですね・・・」
その時、聖地ライラツでは、もう一人の青の王子、ニュエズ・マラハーンが自分の運命と向き合っていた。
「そうです。貴方失くしては、世界の未来もないでしょう・・・」
「光栄です。私にも、意味があった。それだけで、私は歩く事ができるでしょう」

聖地の最高司祭は、もう一人、自分の元に呼び寄せた人物があった。
ニュエズ王子を下げ、変わりにその娘と真摯に向き合う。

「お待ちしておりました。サエリア王女」
「はい・・・。お久し振りに御座います」
シャボールの王女は深々と頭を下げた。長い黒髪がするすると下に流れてくる。
白魔法の使える王女は、この最高司祭に教えを授かった。
それ以来の深き付き合いにあった。

「・・・・」
司祭は、以前より尚儚く見える、この王女に酷な宣告をしなければならなかった。
それは、何百年もの間、神の娘が悩み苦しんできた、迷いに答えを出せと告げるもの。
「サエリア王女、貴女は・・・」
この世界の心たちが、彼女の答えを待つことになる。


第三話 真実の心 終わり



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後書き

随分、書くのに時間がかかりました。更新遅くてごめんなさい。
でも、第三話は、真相わかって、いいですね。(鬼)
三角関係も、いったいこれからどうするの?的状況で、みな本当に幸せになれるの?
なんて指摘もいただいてしまった程ですが、次でお話は完結します。大丈夫v(笑)
書いていて、自分も苦しいです。

ユイジェスがどんな答えを出すのか、ちょっとだけ期待して、できましたら最後までお付き合い下さいね。
読んで下さって、ありがとうございました!

2003・6