■翌日、『大地の精霊』がいると言う、『大地の霊山』に四人は向かっていた。
午前中のうちに首都から出る乗合馬車に乗りこむ。霊山は観光に行く者も多く、馬車は満員御礼だった。
ユイジェスも何度も連れて行かれたことがある、国の神聖な場所。
あそこに行くといつも気持ちが引き締まる思いがした。さすがに本当に、山には<大地の精霊王ダイルーン>が居るのかも知れない。

民間の、馬車に乗ったことはない。うるさくて、せまくて、あまり居心地は良くなかったけれど、これが「外」というものなら、それも悪くないと思った。
馬車の中でも、帽子を被りながらユイジェスは一人ごちる。
ルーサスに、「兄」の話を聞きたい気もした・・・でも、聞けない・・・。
家庭教師兼、世話役のサダが自分を連れ戻そうとしたらしいが、兄が止めたという。
帽子を手にした自分を、ルーサスは何か言いたそうに見ていた。確実に文句だと思うけれど。

今まで見てきたはずの景色が、何故かまったく違うものに見えた。
隣のリカロが色々話しかけてくる。
「山までの途中、何かいいところある?せっかくのミラマだもんね!」
「うーん・・・詳しくないけど・・・でも、山は本当に綺麗だよ。緑が綺麗でさ。土のにおいがすごいんだ。祠も大きいしね」
「そっかー。楽しみだね」

途中何度か休憩に馬車は停まる。小さな街角でユイジェスは誰かの視線を感じていた。振り返っても、誰も居ない。リカロとシオルの買い物に付き合いながら、やはり常に感じる。

(貴方が『伝説の王子』なの)

ふいに頭の中に声が響いた。背筋がぞくりとするような冷たい女の声だった。
「誰!」
「ユイジェスどうしたの?」
みやげ屋でお菓子などを買っていたリカロが心配そうに覗いてくる。
「・・・こっちか!」
ユイジェスは返事もせずに気配を追いかけ、露天街を駆け出していた。
路地裏に入れば、また声がせせり笑う。
(早く<剣>を持ってきて。それが必要なの)
(早くここから出たいわ・・・)

「<剣>!?アレか!<風の石>の封印を解いた奴だな!」
(そうよ。早く塔に来て・・・)
足元から風が吹き上げてくる。思わず突風に目を瞑れば、誰かがユイジェスの頬を愛でて行った。
風の行方を追えば、一羽のカラスが一度だけ旋回し、南へ飛んで行った。
(使い魔?)
遅れて二人の少女が駆けてくる。
「シオル、今『風』の封印を解いた奴に会ったんだ!声だけだけど」
「!!」
シオルの顔が青ざめる。
「畜生・・・使い魔で見てたんだ。<剣>を持って来いなんて」
怒りに拳を握れば、シオルがぐっと目を伏せるのが見えた。何かに怯えているようだ。
「・・・・大丈夫。あんな奴、絶対負けないよ!必ず妹さん助けるから!」
シオルの肩を掴んで力強く言い放つ。
彼女は俯いて、静かに頷いた。
「・・・・使い魔か・・・なんか嫌な感じ・・・・」
リカロは唸って眉間を押さえた。確か使い魔ってかなり嫌なものだった気がする・・・。
後でルーサスに話そう、そう思った。


霊山まで、馬車で三日程かかる。
初日の夜、宿でこっそりリカロはルーサスに聞いてみていた。
「・・・・おいおい。魔族がらみかよ」
心底嫌そうに、ルーサスはうなだれた。
「使い魔ってのは邪法なんだよ。死体に生贄の魂を埋め込んで生み出す、魔法生命体。やっかいだな・・・確かにそんな奴に<石>は渡しておけない」
「うわ・・・やっぱり魔族だったんだ・・・」
嫌な予感的中。
魔族とは言っても、自分たちと変わらない人間。魔物に魂を売った者を「魔族」と呼ぶ。魂を明け渡してしまっている以上、まっとうな人間とは言えないのだけれど・・・。

「まあいいさ。まずは『大地』だ。今更魔族ごとき・・・最初から俺達の敵は<神>だ。<神々>の力だ・・・」
「うん。そうだね」
不安はある。いつでも尽きないくらい・・・。
でも、信じている。何よりルーサスが迷っていないのに、自分が迷っちゃいけない。
誰にも、<神>にも、ルーサスは負けないわ。
だからいつでも笑う。

また、翌日彼らは馬車上の人となって『山』へと向かった。


■景色は徐々に山合いになってきたが、逆にそれが恨めしい。
せっかく買った馬も敢え無く潰され、深い森の中を隠蔽しつつ進まなきゃならないなんて・・・。
さすがに息切れして、生い茂る森の中少し休む。
人の手の入っていない森は荒れていて、あちこち切り傷だらけで舌をうつ。
盗賊は厭らしく何処からか情報を掴んだのか、王女である自分を追ってくる。
(<杖>のことまで知ってるなんて!)
遠くから、男達の声がする。
(いけない!もう追ってきたわ)
なるべく音を立てないように盗賊から逃げる。が、突然戦慄する。
(囲まれてる!?)
盗賊にもピンきりだ。気配を感じさせない熟練の者もいる。
自分は決して殺されはしない。しかし人質にされるくらいなら死んだ方がましだった。剣を抜いて出方を待つ。どこかに抜けられる道はないかと、精神を研ぎ澄まさせて。


乗合馬車は突然急停止して、道の先で事件が起こっている事を乗客に伝えた。
「何だ?」と頭を窓から出して伺えば、道の先で金髪の娘が一人盗賊に襲われている。
「ちょっと待ってろ!」
いの一番にルーサスは馬車の外へ飛び出していた。御者の制止も構わず、娘の手助けに入る。手馴れた風に氷の嵐で盗賊たちを一閃。

「なんだか知らないが大丈夫かアンタ。手助けするぜ」
金髪青い瞳の、皮鎧を着た女戦士はしたたかに負傷し、地面に肩膝をついていた。気丈な様子だが、しかし疲労は隠せない。
「誰だか知らないけど感謝するわ・・・」
「王女様が大人しくついて来てくれてれば良かったんだぜ。ったく強情な小娘だ」
盗賊たちが悪態をついて再び囲んでくる。
「誰がむざむざ人質になるためについて行くもんですかっ!<杖>は誰にも渡さない!」
「<杖>・・・?」
ルーサスの視線が鋭くなる。こうなったらこいつ等に容赦はしない。再起不能なまでに叩きのめしてやる。遅れてリカロとユイジェスも助けにやってくる。
その王女と目の合うユイジェス・・・。

「あああーー!!なんでお前がこんなとこにいるんだよ!!」
「こっちこそ嫌な顔見ちゃったわよ!」 
お互いはお互いが嫌がった婚約話の相手だ。海を隔てた隣国ジュスオースの王女レーンだ。
構わず襲ってくる盗賊たちにとりあえず応戦。
レーンは自分で自分に白魔法をかけていた。盗賊の頭のいい奴らは数人逃亡したようだったが、ルーサスの魔法に数秒後には盗賊たちの山ができていた。
御者が連絡したその内治安隊が来て、連行して行くだろう。暫く馬車は身動きが出来なくなった。

「なんで王女様は狙われてたわけ」
ブスッとした顔でユイジェス。同様にレーンも嫌悪を剥き出しにして睨みつけていた。
「私が<杖>を持とうとしていたからよ。まだもらっていないけど。必ず手にするわ。盗賊たちも<杖>が欲しいみたいで、私を人質にして<杖>を奪おうと思ったんでしょ」
「王女様なら<命の杖>を持てるの?」
レーンの手当てをしながらリカロは期待に胸を弾ませていた。
<命の石>を宿す杖は民衆にも良く知られているが、厳重に封印されていた。それにおそらくは神殿内の者以外に手渡されるはずもない。
<杖>は聖地にあるだけあって、ザガスも手を出せないと思えた。
だから後回しにしてあったのだ。

「・・・できるわよ」
「ええ!すごい!お願い一緒に来て!」
「ちょっとリカロ!!」
慌ててユイジェスは止める。そんなこと冗談じゃない!!ごねるリカロと口論して、レーンは眉根を寄せて不可解を極めていた。

一緒に手当てをしていたシオルも困り顔。
深くため息をつき、改めて魔術師に礼を言おうと見上げたレーン王女は、彼の装飾品に目を見張った。
「・・・待って!あなた達も<神々の涙>を探しているの・・・?いえ、すでに持っているのね!」
<真実の石>はもう人の手に渡っている、それは知っていた。そう、信仰の国ラマスの最高神殿に<石>はあった。
それが彼だとすぐに見抜く。
でも、ならば何故彼がユイジェスなどと一緒にいる・・・?

「なんで、アンタがここにいるの?あの馬車から来たわよね。まさか『霊山』へ行くつもり?」
言葉には棘がある。
「そうだよ」
ぶすっと返事する。
「何のために・・・?アンタが行ったってしょうがないでしょ。今更忍びで観光?まさか」
おかしいのか、鼻で笑う。ますますユイジェスは不機嫌になった。
「精霊に会いに行くんだよ。笑いたければ笑ってろ」
「・・・なんですって」
いきなり多くの考えが回って・・・レーンはユイジェスと、その仲間らしき同行人たちを見つめた。
ユイジェスは、背中に回した<剣>を彼女の前に突き出した。
彼女の言いたいことは良くわかる。
自分じゃふさわしくないと言っている。

「選ばれたのは俺なんだ。兄さんじゃない!」 

「そんな馬鹿な」
<真実の輪>が光る。魔術師は嘘はつかない。
「そんなことって・・・・嘘よ・・・」
王女は全身の力が消えてなくなる気がした。
この世の全てを否定されたかのような気がした。
そう、彼女の信じる者を否定された・・・。





■<封じられた神々の涙>それを持つ者はニュエズ様のもとに集まる。
ずっとそう信じて疑わなかった。
ニュエズ様が『伝説の青い髪の王子』ずっと信じていた。

ずっと憧れていた。自分の誇りのように。
それが何故、今、彼を選ばない・・・。

「悪かったな。俺で」
愕然とするレーンに何故かうろたえて、ユイジェスは申し訳なさそうに言った。
「偽物でしょ・・・その剣・・・」
「・・・おいおい、俺のこと知っててそんなこと言うのか?レーン王女」
ルーサスが現実を指摘する。レーンの肩が震えた。
「悪いが・・・・まあ、誰もがそう思っていても不思議はないが・・・でも、事実はこうだ」
「城へ帰れよ。兄さんのとこでも何処でも行けばいいじゃん」
ユイジェスは吐き捨てたが、レーンが泣くのを正直初めて見た。
戸惑いが隠せない・・・。

「泣かれても、さ・・・困るよ」
「何よ・・・私がどんな気持ちでいるか・・・いいえ、何よりニュエズ様がそんなこと知ったらどんな気持ちになるか・・・!」
「・・・王子は知ってたぜ。おたくより何年も前に。ユイジェスが旅立つのも解ってた」
「何ですって・・・」
ルーサスは冷たく告げる。
「おたくマジで<杖>を受けられるのか?それなら話は聞きたいが。多分虚勢だろ?お前の母親最高司祭でさえどうかな?って話だ。また狙われるのがオチだ、さっさと帰った方がいいんじゃないか?」
レーンは無言。

ルーサスは馬車の方に戻っていった。捕らえた盗賊たちから情報を聞き出そうとしたりしている。
「兄さんは、知ってた・・・そうなのかな」
「そんな、知ってて、全部背負っていたなんて」
レーンは立ち上がって、キッとユイジェスを睨みつける。そして強引にユイジェスを森の方へと引っ張っていった。

「私はニュエズ様に憧れていたわ。他にもそんな人はたくさんいる。皆期待して。憧れて、ある意味崇拝していたわ。彼は羨望の的だったわ」
「・・・知ってるよ」
「・・・それが違うこと知っていたなんて、一体どんな気持ちだったのか・・・」
悔しそうに唇を噛む。
「何も知らず、きっと辛い思いをさせてしまったわ。アンタはいい気味だと思ってるの・・・?ニュエズ様を出し抜けて。その座を奪って。勝ち誇っているの」
射抜くような鋭い視線。そのまま討たれそうだ。

「何もしないでのうのうと生きてきたアンタが彼より<神>に愛されるなんて、どういう事よ!今まで一体何のために・・・!」
「・・そんなこと思ってない・・」
強く言い返せない。レーンは代表だ。きっとそう思う人は掃いて捨てるほどいる。
耐えなくてはいけない気がした。彼女の放つ責めに。
「アンタなんかますますもって大嫌いよ!前からいけ好かなかったけど、この世界で一番嫌いよ!」
嫌われていると、知ってはいても言われたことはない。
全身にグサリと突き刺さる。
「ニュエズ様がどれだけアンタのこと大事に思ってるのか知りもしないくせに!いつもいつもふてくされて!私がどんなに悪く言おうと、決してニュエズ様は同意なんかしなかったわ。知らないくせに!アンタに対する優しさも!何もかも!」
「ごめん・・・」
平手打ちが炸裂し、高い音を放った。王女の力いっぱいの打撃。
「何を謝ったのよ、今。私じゃないわ、彼に謝ってよ!」
ユイジェスは無言で、再度平手打ちの痛みに撃たれた。
森のざわめきに激しい音が連発してこだまする。


離れた場所では、リカロとシオルがハラハラと様子を見守っていた。
「ああっ、また叩かれてるよ。どうしよう・・・」
シオルも口に手を当てて不安になる。彼女が責め立てているのが予想つく・・・。
止めに入ろうかどうしようか迷っていた。
走り出して止めたい思いで我慢できなくなってくる。

「本当に分かってないのね・・・最低よ」
レーンは吐き捨てて踵を返した。冷酷な態度で、荷物を持って立ち去る。

途中の二人に気がついて、一度だけ立ち止まり、彼女たちには優しい顔を見せてくれた。
「手当てありがとう。助かったわ。あの魔術師の彼にも、よろしく」
何も言わせない勢いで、彼女は振り返りもせず去って行った。盗賊を連行しにきた治安隊に便乗してすぐに見えなくなる。


■ミラマの王城に着いたレーンは危うく第一王子とすれ違いになるところだった。
彼は外出しようと旅支度を終え、まさに出ようとしているところだった。
馬舎で彼を捕まえる。

彼はレーンが旅立ったことを知っていたし、その理由も聞いていた。
そんな兄王子は、彼女に「弟を助けてくれ」と願う・・・。
レーンは胸がいっぱいで、言葉も見つからずに立ち尽くすばかりだった。


「私は・・・ニュエズ様が最高の王子だと思っています」
やっとのことでそれを伝える。
「・・・ありがとう。私もレーンが最高の王女だと思っているよ」
(嘘・・・)
泣きたくなるような笑顔で嘘を言う。貴方にとって最高の王女は違うのでしょう。
今から彼女を助けに行くところなのに。
「私は今ユイジェスの助けが出来ない。彼女を助けないといけないからね」
「はい・・・」
盗賊にシャボールの王女が攫われたと言う。
そう、これはきっと私が狙われたのと同じように、どこかできっと悪しき意識が操作していること。悲しくもただ見送って、レーンは客室で黄昏ていた。

そんなレーンに尋ね人が一人訪れていた。
ミラマの宮廷魔術師サダ・ローイだ。エルフの魔術師で、王子二人の家庭教師や世話役もしてるらしい。第一王子とは無二の友人だ。

「・・・もちろんアンタも知ってたわよね。アイツが選ばれるなんて」
「・・・いえ。分かりませんでしたよ。その時時期じゃなかったのかも知れない。その時がくれば二人共が抜けるのかも知れないなどと、想像はいくらでもできました」
お茶を入れながら、「らしくないですね」と一言。
「そうね・・・らしくないわよね」
彼が王子でもないただの凡人に成り下がったとしても、自分は好きだ。
ユイジェスだろうが誰だろうが、この世界を救ってくれる者なら、自分はついて行くべきだった。相手が誰でも、世界を守りたい気持ちは変わらない筈だったのに。
アイローンが携えて戦った<風の剣>、それがユイジェスを選んだと言うなら。

何かに、第一王子を馬鹿にされた気がして、ユイジェスなんかに彼が侮辱された気になって、ショックと、怒りに任せて背を向けてしまった・・・。
激しく今後悔している。
「ニュエズ様は・・・本当にアイツが大事よね」
羨ましさ、諦めを込めてぼやく。
「大事ですね」
「やっぱりユイジェスのところへ行くわ。悔しいけど・・・」
「そうですか。私も行きましょうかね」
少し冗談を含んだ物言いで、エルフの魔術師は軽く続く。

「駄目よ。アンタはここにいなきゃ。城を守っていてよ。アンタはニュエズ様の事ここで待ってて。お願いよ。傍にいてて欲しいの・・・」
またいつもらしくなく、どこか儚い頼みにサダは驚いた。
「貴方は良く解っているし・・・ニュエズ様も安心するわ。きっと辛いはずだもの・・・」
第一王子のために頼む。
そんなレーンはいつもより儚く頼りなく見えただろう。
「解りました・・・でも、レーン王女、くれぐれも無茶はしないで下さいね。いいですか、くれぐれもですよ!貴女の事も王子は大事に思っています」
「そうよね、きっとね」

直後彼女は再び『大地の霊山』へ向かった。
馬を一頭あてがって貰って思い切り飛ばす。あれから数日が経った。でも、まだ山にいる予感がする。何故ならユイジェスはきっと自分の言葉に酷く傷ついた・・・。
そんな心で精霊に会えるだろうか?

精霊に会って、会ったとしても何が起こるのかは解らない。何か試練や問いかけがあったとしたら、あいつに何ができると言うのだろう。

馬を潰す勢いで、ジュスオースの王女は北へ向かっていた。
遠くからでも、空には山の頂が見える。
ミラマで最も高い山である。


■『大地の精霊』の居るという山脈地帯はミラマの北の大半を占める。
急な勾配の坂を何度も抜け、馬車の終点に着いてからもう数日が過ぎた。

祠は頂へ登る途中に置かれている。祈りを捧げ身を清め、頂上にある巨大な一枚岩を人々は目指し登っていく。頂上までは歩いて数時間はかかる。
豊作を祈る者やその恩恵を授かろうとする者、皆ここだけの特別な装束を着て頂を目指し、帰って行く。ユイジェス達も到着してからすぐに山を登った。

岩には自由に手を触れていい。かけらや、祠から先の道の石や土は勝手に持ち帰ってはいけないが。ユイジェスは岩の傍で、山にいられるぎりぎりの時間まで一人精霊王に呼びかけ続けた。
そんな日が続いている。

ルーサス達は、初日だけ山に登ったが、とくに何の手がかり、手ごたえもなく、後はユイジェスに任せている。どうにもあれから奴は塞ぎ込んでいて、このままじゃいつまでも何も起こりそうにない気がしてくるが・・・。

こちらはこちらで情報収集。
『霊山』の祭司達はユイジェスの事はもちろん知っていたし、ルーサスの事を知れば協力は惜しみなくしてくれた。
「精霊王は・・・あの岩に居るとも、この山全体が彼なのだとも、言われています」
「<大地の石>はどういった物なんです?<石>はそれぞれ剣であったり、杖にされていたりしますが」
若い神官長と共に文献をあさるルーサス。
「それは・・・こちら。<盾>と伝えられていますよ。『大地』はアイローンの<盾>となりて戦った、と・・・しかし、<真実の輪>などの様に、人の目に触れたことは無いようですが・・・」
古い書物をあちこち引っ張り出しながら、要文を説明してくれる。
「我々は、<盾>は護ってはいないのです。この<山>を護ってきました」
「・・・・」
ルーサスは大きく息を吐いて書物の山に埋もれた。
(所在の知られてる<石>は少ないな・・・仕方ないか)
自分の持つ<真実の輪>これはラマス神殿にあった。<命の杖>は聖地ライラツにある。あとは<水の腕輪>がシャボールの砂漠のどこかにあると言うが・・・。

シオルの話から、<風>は廃塔にあると言う。
そこで<石>を見つけて、<剣>に嵌め込むことになるだろう。<大地>はここに必ずあるとは思う。ここ以外には考えられない。

(そして<変化の石>な・・・)
残る二つは、まったく伝承も見つからない。
しかし、必ず八つの<石>はある。
<封じられた神々の涙>神々は小さな石の中に封じられている。

ユイジェスの事がふいに心配になった。
あの王女の言葉に手痛いダメージを受けて、あれからろくに喋りもしない。
「人の言う事なんか気にしてたら、何もできないって言うのに」
それでも、逃げずに毎日山に登っているが、まだまだ弱い・・・。

今日戻ってきたら、少し話をしよう。
そんな気持ちになって、ルーサスはその日は早く宿に戻った。


■もう、日が暮れてきて、山を降りなければならない時間になっていた。
もう、岩の側にいるのは自分しかいない。

でも、ここから動きたくない衝動でいっぱいだった。
今は一人で居る方が楽なんだ。皆の顔を見るのが辛い。シオルの妹も助けなきゃいけないのに。こんなところでつまづいてる場合じゃないのに     

それでも、どうしても迷う。
<剣>を兄さんに返すべきなんじゃないかと。
『大地』の待つのは兄さんなんじゃないかと・・・。

(伝説の王子って何なんだ)
ミラマの建国王アイローンの事だ。青い髪の若者。
一体彼が何をしたって言うんだ・・・?どうして神々は封印された?
誰に封印されたんだ?

その昔神々を交えた争いがあったと言う。その中でこの世界から去って行った神もいた。残った神は八人。四つの精霊王を含む。
ザガスは確かに止めなければならない。
それには対抗できる力が必要だ。それが自分の役目・・・?

いつの間にか辺りは暗くなり、もう夜の帳が下りようとしていた。
叱られるだろうな、と思いながらもどうでもいい気にもなっていた。
しかし、下への道から明かりが見えて驚く。誰か迎えに来たのかもしれない。

身構えながら待てば、一人の人影がユイジェスの目の前に立った。
「・・・・随分頑張ってるんじゃない」
「!!」
ユイジェスは声も出せずに驚いた。大地の装束を着たレーンだ。
「隣座るわよ」
その横顔を見つめる。暗くて良く見えないが髪を下ろした彼女だ。ささやかすぎる明かりを置いて、こちらを見つめ返してくる。
「ニュエズ様に、アンタの事を頼まれたの」
微かな声で、そして前を向き暗い眼下を見つめる。
「なんて顔してるのよ。情けない。アンタには・・・強くなってもらわなきゃいけないのよ」

何も言えない。何故ならそうだ、自分には自信が無いから・・・。

「アンタの事なんて認めてないわ。そう、今までのアンタは。だからこれからが見たいのよ。泣き言なんて聞きたくないわ。その度にまたいくらでも殴る。これからアンタは、ニュエズ様を超えていくのよ・・・。いいえ、きっと、ニュエズ様の事なんて見てる暇はないわ・・・。
<神々>は目覚める時が来たの・・・」

彼女の言葉に反応するように、星がぽつりぽつりと姿を現していった。

「神のいないこの世界、<変化の神>だけがその姿を見せた・・・。このままこの世界を飲み込もうとしているわ。他の<神々>は貴方を待っている・・・」

「貴方は知らなくちゃいけない。ニュエズ様の事もそうだけど・・・。この世界の悲しみを・・・。どうして、封じられた神々の、<涙>なんて言われるか知っている?
世界は泣いているの。<神々>は泣いているのよ」 

前を見て、レーンの声だけをずっと聞いていた。
(どうして?)

もう真っ暗で、ほとんど何も見えなくなる。
(泣いているの?世界が?神々が・・・どうして)
目を閉じてみれば、レーンの微かな息と風の音。
周りには木々もなく葉ずれの音も無い。
泣いたシオルやレーンの顔が浮かぶ。
兄さんも泣いていたの?みんな泣いているの?

俺は、知らない。確かに知らない。
そんなに強く悲しんだ事も無い。大きな悲しみも知らない。何不自由なく、恵まれて育ってきたのが自分。本当に悲しい事なんて何も無い。

それでも、こんなことでも泣けてくるんだ・・・。
何が出来るの・・・   
何がしたいの・・・
何を祈るの・・・

悲しみは感じるよ。誰にでもある。どこにでもある。
きりがなく転がっているよ。
静かな世界。こんな静寂の中、悲しみの声は聞こえなくてもいいから・・・。
言ってもいいかな。
つまらない言葉を・・・



「泣いて欲しくない・・・」 

誰一人、泣かないで。そう、思えるよ。涙が出る・・・。
泣けるんだ、自分は。知らない悲しみのことで。見えないどこかの悲しみを想って。
会う事もないような誰かのことを想って。
こんな自分、嫌いじゃない・・・。





「そのために、私も戦いたいのよ・・・」
静かに、静かに風に乗るレーンの声。
「でも、忘れないで、何も全部貴方がやるわけじゃない。一人で何かするわけじゃないの。私にも、何かさせてね・・・」
肩に手を置いて、多分少し笑った。


「今日はもう帰らない?やっぱり少し寒いわ」
両肩を押さえて少しこすっている。
「貴方を迎えに行くってことで通してもらったのよ。私までお叱りを受けてしまうわ」
「あ・・・ごめんね」
確かに寒い。息も白いくらいだから。ユイジェスは立ち上がって上着をレーンにかけた。
「やだ。何かっこつけてるのよ。・・・まあ、でも借りておくわ」
明かりを持って、ユイジェスは歩き出した。視界が悪いから、レーンに手を出す。
「・・・ちょっと、だから、格好つけないでってば」
差し出された手を無視してレーンは山を降りていった。

「格好つけてる訳じゃないってば。危ないよ」
その内レーンも折れて、二人で歩き出していた。寒いと文句を言いながらユイジェスで風除けする。
「あ・・・ユイジェス、そのままで聞いて」
「うん」
「酷いこと言って、ごめんなさいね・・・。頭に血が上ってたのよ」
ユイジェスは首を振った。見せてないが顔は笑っている。
「いいよ。俺が、悪かったんだから」

数時間後すっかり冷え切って、祠に二人は帰ってきた。
不安になっていた司祭達や、もちろん心配してる仲間達が業を切らして待っていた。
王女が一足先に迎えに行ったと言うから、ルーサス達はここで待たされるはめになっていた。
相手が王女なだけにかなり心配だった。
けちょんけちょんに責め立てられて、再起不能なまでにへこんで帰ってくるんじゃないかと。
思ったのに、意外なまでに二人は仲良さ気に戻ってきた。
すぐに宿に行って温泉に入り、とことん温まって。
レーン王女は怪訝そうな三人に対して、意気揚々と宣言したのだった。
「私も<石>を追うから、これからよろしくね」


第一話 五つの心の出会い 終わり



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第一話 後書き

ちょっとにんまりしてます。いい感じに書けたから。
レーンとかいい動きしてくれましたvイラストも白黒で楽しいです♪♪
でも最近描いてないから描けなくなってますね。ブランクが・・・うう。
元作品とは大きく書き直されました。まさに大きく。やっぱり好きですね、この子達。
ユイジェスはとくにひいき。その笑顔にやられそうよ、お母さん(=_=;

第二話もお楽しみにvv
ちょこっと感想なんかBBSとかにもらえちゃうと嬉しいですvv

2002 4/10 UP