スヴァルxサリサ。テドン編後。



「視海」

「きゃああああっ!!…いっ、いやああああああっっ!」
 深夜、人影のない町並みを若い女の悲鳴が引き裂いた。
「あっ…、ああ…!あうあ、あ…!」
 悲鳴には狂気が混じり、女は発狂しかけていた。
 よほどの惨劇を見てしまったのだろう、そして、自らも重症を負って地べたに這いつくばり魔物から逃げようと努力している。

 声に反応し女を片手に抱え、俺は短剣を引き抜きひと振り、   焔を奔らせる。
 女の這った道に残した血痕、その途中には死体が二つ。俺のぶつけた炎によって襲っていた黒い影、アンデットモンスターたちは焼かれて消滅された。


「もう大丈夫だ。しっかりしろ」
 恐怖に怯えて、震えてしがみついた、女は怪我のせいですでに気絶していた。
 金の髪は鮮血で汚れ、少女の顔も汚れて色を失っていた。
 力を失い後ろに下がった首には、ミトラ神の十字架が揺れ、イシスでは珍しいミトラの僧侶であることを知る。

    後に知り合う、それがその僧侶娘との最初の出会いだった。



 その日、深夜砂漠の国イシスの町中に、俺は一人身を潜めていた。
 砂漠の王国イシスのアンデット事件の噂を聞きつけ、御頭より先に調査に訪れていた矢先、夜の見回りの一組が襲われた現場に立ち会った。
 傭兵の一組、三人一組の中、一人無事だった少女を本人が世話になっていると言う太陽神の神殿へと運び、治療を受けさせる。

 それでその僧侶との縁は終わるはずだった。


 翌日、俺は再び町に出る。アンデットが人を襲うイシスの城下を、一人静かに。
信じられないことに、仲間が二人、目の前で殺された僧侶娘は翌日も見回りに参加していたのだ。
 目を疑い、暫く僧侶に注目することになった。
 あの怯えようから、もう二度と外に出ないだろうと予測していたせいで。


「サリサちゃん、今日は休んでてもいいんだよ〜。昨日襲われて犠牲者が出たんだよね?無理しない方がいいよ」
「腰が引けていないか?そんな調子では足手まといになる」
「大丈夫です!…行きます!大丈夫ですからっ!」

 若い戦士と、僧侶の男との組で、僧侶娘は町の見回りに出発して行く。
 僧侶の聖衣を身につけ、長い髪は頭の後ろで高く結わいて揺れている。必死に虚勢を張っているようだったが、鉄の槍を握りしめる腕も足も震えていた。

 何をそこまで、何に自分を駆り立てているのかが疑問な娘だった。


 自分の調べ物の合間に、空いた時間でふと気になった彼女のいるラーの神殿を通り過ぎる。
 夜の見回りをしているために、朝方神殿に戻り、午前中は彼女はずっと眠っていた。
その姿は…。

 昼の間、開けた窓から垣間見た僧侶娘は、孤独の中に存在していた。
 部屋にこもり、ベットの上で膝を抱え、ずっと何かに耐えるように夜が来るのを待っている。俺が見る限りの、その娘の姿はただひたすらに痛々しいもの。

 まだ、歳も十五、六の少女。
 戦いに出るにはきっとその娘はまだ臆病すぎた。
 臆病さを隠すために、がむしゃらに戦うしかごまかす術を知らないように、自分を駆り立て、追い詰めてゆく。
 戦えば戦うほど、自分を傷めつけてゆく危うさに気を揉んだ。


 滞在期間を過ぎて、俺は少女の事を記憶に残しつつも、姉との待ち合わせにアッサラームへと移動する。
 後に、彼女が勇者ニーズの仲間に入ったと知った時は驚きもした。
 そして同時に、安堵も覚えた。仲間がいると言うのは、心強いものだ。

 勇者に関しての情報は大抵揃えていたために、新しく仲間に入ったその少女についても引き継いで俺は調べる。
 ランシールから家出をしてイシスへとやって来た。
 ここでも家族との付き合い方の下手さに俺は閉口していた。

 何から何まで幼い少女といえた。


 けれど、ランシールでの彼女のことも調べたが、周囲には嘲笑も反感も買うこともあったようだが、かなりの努力家との賞賛も受けていたようだ。

 聖女ラディナードに憧れ、彼女を目指し、国の僧侶の中でも彼女は特異な存在にあった。聖女には不可侵の暗黙の了解が国には存在する。
 絶対の存在聖女に教えを直接個人で求め、手合わせを申し出るのも彼女のみ。
 身分不相応だと諌める者も多かった。
 聖女自身は、彼女を無下にすることはなかったと言うが…。

 家出後、親には連絡なしの親不孝者でもあった。

 目指すものに頑なで、必死で、がむしゃら故に孤立する。
 崖っぷちで抗って、必死に飛ぼうとしている、小さな臆病者。
 俺の印象はそうだった。そしてそれは、嫌いではなかった。

++

 それから、ワグナスに促されて、俺はダーマの姉の元へと誘われた。
 姉さんが勇者の仲間のエルフのことで困っていると言い、「助け船になってあげたらどうですか」とはワグナスの台詞。

 ゴシップ好きのワグナスの言うこと、たいして問題視してはいなかったが、姉の様子を見にダーマの宿を訪ねた。
 黒い服装に、黒い帽子といつもの装いで姉の居た宿を訪ねれば、同席にエルフの魔法使いと僧侶娘が座っていた。

「確かに、困ってたけどね。アンタが来たってどうしょうもないでしょうよ」
 エルフ娘の恋、相手はルシヴァンで反対したくて困っていた姉、俺が突然来て驚いていたが、紹介される二人の娘も驚いていた。

「弟さんですか。ミュラーさん、弟がいたんですね」
 口にしたのは、僧侶。自己紹介しようと続く言葉を思案したのが見え、俺は遮った。
「いい。知っている」
「え…?知ってる…んですか?」
「調べる事が俺の仕事だからな」
「………」
 多分、当人が自己紹介する以上の事をすでに知っていた俺には不用だった。


「飯まだならあの野郎の取ったもの、勿体無いから食べてけば?アンタらも食べていいわよ、奢るから」
「え、それは、悪いですよ。ミュラーさん」

 姉の勧めにルシヴァンの居たであろう空いた席に座り、食事を切り分け、娘二人にも配る。
「スヴァル、帽子取りなさいって。私はアンタを手放しで紹介したいくらいよ」
 姉に帽子を取られて、顔をあらわにした俺は暫し手を止めていた。この場所では、ダーマでは問題がないかと判断して、そのまま食事を続ける事にする。

「まぁ……。帽子をしているのは勿体ないですね。スヴァルさん。こんなに綺麗な顔立ちなのに」
 エルフが横で言い、姉の自慢が始まる。

「そうなのよ!勿体ないでしょお!自慢の弟なのよ!!」

「かっこいいですね、弟さん…」
 僧侶もつられて言い始めて、内心で俺は困っていた。

「私は弟の方を薦めたいわよ、あんな奴よりも。愛想ないかも知れないし、喋らないけどいい奴よ。アイツより断然保障するわ。優しいしね、仕事は真面目だしね!」
 昔から、可愛がられて、それは嬉しいが、今は煙たくなり中断させる。
「姉さん、今はルシヴァンの話だ。事情はワグナスから聞いている」

「アンタはどうしてそうなのよっ!!この姉心をいっつもいっつもぉ〜!!」(怒)


 話の後で、エルフ娘はルシヴァンに会うために、宿一階の酒場を出て行く。
 僧侶娘は姉同様、ルシヴァンをこころよく思わずに、本当にこれでいいのかとしょんぼりと塞ぎこんでいた。
「……。心配するな、ルシヴァンはいい奴だ。エルフに危害は加えない。お似合いだと俺は思う」
「そう、ですか……?」

「……。スヴァル、ちょっとアンタこの娘送って行ってよ。よろしくね」
 姉に頼まれて、そのまま勇者達と泊まっている宿まで、僧侶を送って行く。その間中も、ずっと僧侶は仲間のエルフのことを心配していた。

「…あの、スヴァルさん。…本当に、うまくいくと思います…?あの人、本当にいい人なんですか…?」
「信じられないか?信じればいいじゃないか。お前の仲間はそこまで馬鹿じゃないだろう?」
「……。はい、馬鹿じゃない、ですけど…」
「お前の仲間は、いい「目」を持っているんだ。表面だけでなく、裏側も見て取れる「目」をな」
「………」
 初めて直に会話した印象は、やはり「小さく」、仲間思いだということ。



 また暫くの時が過ぎて、ポルトガの海水浴場で姉に嵌められ、僧侶と話す機会を持つ。初めて長い時間一緒にいたが、俺が相手でも楽しめたようで安心していた。
 だが、その寂しさが姉とワグナスのせいだったと言う事に憤る。

 無性に腹が立った、のは多分、やはりその僧侶が大事だったからだろう。
 波を沈めた海に歓喜した笑顔は、俺が見ていた分では最高のもの。
 弱く、傷だらけな彼女にとって尊い笑顔だった。
 自分が寂しさの原因になった事に腹が立つ。

 謝罪と、そして旅の無事や、加護を祈り、俺は自分の「一族の証」を彼女に渡す。
自分の居ない場所でも、ガイアの神が彼女を守るようにと。

++

 ポルトガからテドンへ向かう船旅の中、突如僧侶娘、サリサは海賊船へ奉仕に呼ばれて目の前に現れた。
「は〜い。じゃ、ここでうちの弟の手伝いしてね♪昼になったらまた呼びに来るわ。しっかりお手伝いすんのよ!じゃねっ!」
「は!はい!がが、頑張ります!!」

 出てくるくらいならまだいいが、姉の服を借りての登場に俺は面を食らう。チューブトップにショートパンツ、水着同然の格好でまたしても姉の策略に顔をしかめた。
呼ばれた事情を聞いても、ため息が零れる。

「……いい。船に帰れ。必要ない。姉さんの言う事に付き合うな。情報も今後は俺が教える」
「えっ。でも…。もう、情報聞いちゃいましたし…。あの、迷惑ですか?ちゃんと手伝いますよ!」
「サリサ…。悪いな。本当に、すまない。姉さんが迷惑をかける」

 謝る俺に、サリサは困り、帰るわけにも行かずに立ち尽くす。
 暫く考えた後で、俺は折れて手伝いを頼んでいた。

「…仕方ないな。それじゃあ、少し手伝って貰えるか。まずは、その格好をなんとかしてくれ。うちの連中も仕事ができなくなる」
 上着を貸して着せ、肌の露出を抑えてもらってから作業に入る。

「あ、すみません。微妙にサイズも合わなくて…。見苦しいですよね。ミュラーさんスタイル良すぎで……」
「そういう意味じゃない。お前の方がよっぽどうちの連中は好きだろう。可愛い女の子だからな。現に……」

 船内倉庫のドアを引き開けると、男どもが雪崩れ込んで倒れた。
 うちの若い奴らが揃って全員、サリサ目当てに扉の向こうで様子を伺っていたのがバレていた。
「わああああっ!お前が押すからっ!」
「ひゃあああっ!副親分かかか、勘弁を〜!だって可愛い女の子が薄着で……!」
「二人きりで羨ましいッス!オイラもお話したいッスー!!」
「ぬけがけするなよ!お、俺も……!」
 その数十数人。恥ずかしい程に揃ってサリサの気を引こうと愛想を振りまく。

「あ、ねえねえ!勇者の仲間の僧侶ちゃんだよね!お、オレッチファンッス!彼女募集中ッス!」
「は、はい…」(汗)
「あ、あのぉー…。お、お友達からぁー…」
「足綺麗だね。親分の服の貴女も素敵だ……!」

「お前らいいかげんにしろ。コイツにちょっかい出すな」
「なんですかなんですか〜!女の子は皆のアイドルですよぉ〜!エルフちゃんはルシヴァンの奴がいいらしいけど、僧侶ちゃんは……!」
「まさか、アニキとできてる……?」
「やっぱり顔がいい男がいいのか〜!うおおおおおおっ!」(嘆)

「ちょっ!何やってんのアンタらわああっ!」(怒)

「わあああああっ!親分だ〜!逃げろ〜!」
「お助け〜!!」
 御頭の登場に連中は逃げ足早く散る。またしても俺はサリサに謝罪し、サリサも苦笑していた。


 帳簿をサリサに持たせて、俺の言う積荷を記しつけて貰う役目を任せる。作業中、サリサは少し別なことを考えていたようだった。
「あの…、スヴァルさん。さっき…、可愛い女の子って言ってくれましたけど…。本当にそう思います…?子分の皆さんも、あんなに押し寄せてくれたけど…。私なんて、たいしたことない……」

「誰と比べてるんだ?うちの連中なら、全員が姉さんよりお前の方が可愛いと言う。別な意味で姉さんは全員に惚れられてるがな」
「……。シーヴァスとか、シャルディナさんとか…。綺麗な子ばかりで…」
 自信なく、小声で呟くのに、俺は積荷を数えながらさらりと返事する。
「お前の方が可愛いな。一生懸命なところに好感が持てる」

 バサリと音がして、振り向くと帳簿を取り落としてサリサが放心していた。慌てて拾い、それでもまだ呆然として視界が揺れる。
「お前は自分に自信を持った方がいい。お前は可愛い。魅力的だ」
 極力、感情を込めない口調で、積荷を積み返しながら当人を見ないで賛辞する。
 目を合わせたら感情が現れてしまいそうで、俺は避けていた。

「…………。そんなこと、言われたこと…。…でも、アイザックは…」
 サリサの声は震えて、今にも泣きそうに崩れかかる。
 泣かれたくなくて、さすがに傍に行って頭に軽く手を乗せる。
「あ、ごめんなさい。なんでもないです…。でも、びっくりして…」
「謝らなくていい。励ましが欲しければいつでも来い。いくらでも言ってやる」

 褒めてやるぐらい、簡単なこと。手伝って貰った仕事にしても、作った昼食も、お菓子にしても丁寧に礼を言い、お世辞は抜きにして褒めた。
 随分と、柔らかく嬉しそうに照れて笑う、サリサを見ていて俺も心が温かくなった。


 それから……。
 その日だけではなく、ちょくちょく船旅の合間にサリサは顔を見せるようになった。姉のせいもあったが、仲間のエルフ娘と一緒のせいで本人も進んで働きに船に来ていたようだ。
 服装は僧侶の聖衣で変更しなくなったが、仕事内容は見張り、掃除、裁縫と様々で、けれど姉の計らいで俺とサリサは常に一緒の場所におかれる。

 テドンの町を出た後も、サリサはシーヴァスと二人で海賊船に働きにやって来た。

「あの、今日はアップルパイを焼いてみました。好きですか?」
 お菓子作りを日課のように済ませて、ほくほく顔でサリサは俺の個室にお茶を持ってやって来る。
 聖衣にエプロンと三角巾を重ねて、すっかり海賊船に馴染んで案内した船員に手を振って礼を言った。

 俺はテーブルに拡げた海図と睨み合っていたのを中断して、前に腰掛けた、サリサからの皿を受け取る。
 料理の類の得意なサリサの、作るものはなんでも美味かった。
 それは今日も例外ではない。

「美味いな。本当に何を作っても美味くて感心する。向こうでは作ったりしないのか」
「お菓子なんて作るつもりなかったので、材料がないんです。あ、でも、一つは向こうにおみやげに持って帰りますけど」
「そうか。材料持って行ってもいいぞ。皆喜ぶだろう」
「………」

 向かいの席に座ったサリサは、菓子を持ってきたトレイも抱えたまま、何か聞きたそうに俺の顔をじっと見ていた。
「…何だ?」
「いえ、その…。スヴァルさんはどうして、そんなに私に優しいのかなと思って…」
 もじもじしながら訊いた、サリサを前に俺のカップを持つ手は途中で止まる。
「ごめんなさい。自惚れてるみたいで嫌なんですけど…。だって、男の人でここまで、私の事を大事に扱ってくれた人いなくて…。変なこと言ってごめんなさい」

「………。そのまま、お前が大事だからだ。優しくするのもそうだな。仲間達は優しくないのか」
 茶を飲む動作は再開し、ふと今まで聞いてみたかった質問をサリサに初めてぶつける。これまで、訊きたかった事柄のいくつかを    

「旅は辛くないのか。時々、故郷が恋しくなったりはしないか。家族には会いたくないか。途中、辛くて泣いたりしているのか。仲間とはうまくやっているのか」
「………」
「言いたくなければそれでいい」
 言葉に詰まった、躊躇いも動揺も合わせて見せたサリサに、間髪入れずに注訳を挟む。

「あ、違います。そうじゃなくて……。驚きました。どうして……」
 自分の分のカップに口を出さないまま、長い間、サリサは考え込んで俯いていた。手にしたままのトレイを盾のように身構えて、俺との距離をはかるように。

「なんで…大事、なんですか…。勇者の仲間だから……?辛くないです。家には…、帰りたくありません。会いたくないです。辛くて泣く事も、それは…ありますけど…。仲間とも、はい、皆仲良しです。とても好きです」
「そうか。それならいい」

「スヴァルさんって、保護者みたいですね。なんだか、うるさくないお父さんみたい…」
「はははは。…そうだな。心配で放っておけないんだ、お前は。頼りにして貰えれば嬉しい」
「そうですか?……。じゃあ、はい…。甘えます。はい」

 トレイを置き、飲物で喉を潤し、早速サリサは励ましが必要なのか、ぽそりと自分の寂しさを口にする。
「実は…。ちょっと訊いて欲しい事があって…。シーヴァスが、ルシヴァンさんとうまくいって…。すごく嬉しいです。嬉しいのに、でも、どこかで羨ましくって。寂しくて…。シーヴァスには言えないしこんなこと。すごく嫌なんです。幸せそうなシーヴァス見てるの、少し苦しくて…」
 素直に心のうちを語ったサリサには、またしても、俺は好感を抱く。

「当然だろう。お前の恋も叶うといいな。シーヴァスのように、お前は気持ちを伝えるつもりはないのか。それとももう言ったか」
「ランシールで、言おうと思っています。私、『地球のへそ』に挑むつもりなんです。帰って来れたら、その時に」
「そうか。うまくいくといいな。その時はいい返事を貰えなくても、そこから意識することもあるだろう。…『地球のへそ』か、…無理はするな。気迫だけで越せる場所でもないだろう。俺のやった大地神のペンダントをして行け、きっと守ってくれる」

「ありがとうございます。頑張ります」
 頬を紅潮させて、励ましが身に染みたように、サリサは深々と頭を下げてそして微笑んだ。
「今までは、ミトラ様の十字架をしていたんです。ポッケには入れてますけど。このガイアのペンダント、してると暖かいので気に入ってます。ありがとうございます」
「それは良かった」

 その笑顔が望むものは、俺ではない。
 残念だとは思うが、サリサが望むならそれでいいと思っていた。

++

 夜の海、船上の俺は黒い海原を眺めて、先行している勇者の船を目で追っていた。
 海を煽る風は凍るように冷たく、雨が近いのを湿りを帯びた空気が伝えている。

 マフラーを巻き直して、吐いた息は白く染まって風に流された。
 自然ならざる風が横に起こり、緑の髪の賢者が招きもしないのにふわりと降り立つ。いつも通りに飄々と喰えない笑顔を浮かべながら。

「こんばんわ。寒いですね。甲板に見えたので遊びに来てしまいました」
「何か用か。それとも、茶化しに着たか」
「あっはっはっ。察しがいいのですね。サリサさんが嬉しそうにしていましたよ。さながら、良きお兄さんですね。アイザックさんに宣戦布告とかしないんですか?」

「お前みたいに楽しむ気はないんでな。サリサの恋を邪魔する気もない」
「欲がないですよね…。本当は可愛くて仕方ないのでしょう?」
 寒さに震えながら、ワグナスはかじかむ手を擦りながら簡単に訊いてくれる。
 この賢者とも、もう六、七年の付き合いになるか。気の許せた不思議な友人(?)だった。

「…可愛いな。愛しくてたまらなくなる。あの戦士といる所を見れば嫉妬もする」
「おっ。今晩は素直に認めましたね」
 視線の先は常にあの僧侶のいる船。湿った潮風に雨粒が混じり始める。
「つられてお前も素直に、姉さんへの気持ちを吐いてくれれば嬉しいんだがな。好きで仕方がないだろう」

 単調に訊いたが、さすがにワグナスも苦笑、する前に一瞬の間があった。

「はっはっはっ。これは痛いところを突かれましたね」
「お前こそ欲が足りないんじゃないか。姉さんと一緒にいたいだろう。ルビス神に許しを貰って結ばれればいい」
「私とあなたとの立場は違いますよ。人は良いですね。誰を愛して生きようと自由です。素晴らしいですね。…羨ましいです」

「ワグナス。お前以上に姉さんにいいと思う奴はいないし、お前にも姉さん以上はいないだろう。素直に認めろ」
「スヴァルさんがサリサさんに気持ちを言うなら善処してもいいですよ」
 常套手段のように流して、ワグナスは含んで笑う。
「またお前はそういう……」

「楽しんでいるわけじゃないんですよ。ミュラーに比べて、あなたは無欲過ぎます。人はもっと我欲に我がままなものです。欲しい物は手にすればよろしい。ミュラー同様、私にはあなたも大事な存在。人本来の幸せに貪欲であって欲しいと願います」

「全ての人に、幸せが降ると良いですね。私はいつも願っています」
 時折、ワグナスは神々たる顔を見せてくれる。
 それは同時に俺たち『人』との境を生む悲しい定めではあった。


「………。欲、か」
 小雨がちらつき、それでも俺の視界に宿るのは、尊く笑う金髪の僧侶娘。
「サリサさんが傍に居てくれたら、幸せだとは思うでしょう?」
 言われた言葉に、想像した景色、アイツがいるだけで世界に花が咲くようだった。

「幸せだな。他に何もいらない」

 思いは募る、こんな感情は初めて知った。
 冷めた激情と、復讐しか俺の世界にはこれまで在りえなかった、なのに冷えた世界にも花は咲く。咲こうとしていた。

「…母親と、父親の仇。そして一族の仇。ずっと国を憎み続けて生きてきた。その復讐心すらも、風化し始めて、ずっと俺の世界は空虚だった。…不思議だな」

「私もそう思いますよ。どんな暗闇にも、砂漠にも、光も射します。花も咲きます。恵の雨は降る。私たちは…、出会えた時点で幸せですね」

 意味深に笑ったワグナス、俺も乗せられて笑う。
「全くだ」

「本降りになりそうなので帰りますね〜。それでは。ルーラ」

 雨足が強くなるまで、ずっと視界には勇者の船が収められていた。
 船室に降りてからも、その先も、
 俺の視界にはアイツだけが波のように揺れている。



BACK
50000HIT リクエスト 南野茄緒さまでした。
スヴァルがサリサを気にし始めたきっかけ、と言うリクエスト。疑問に答えるべく、スヴァル視点で書いてみました。(どきどきびくびく)
男キャラの片想いってあんまりない(そう言えば)なのでかなりどぎまぎしながら書きました。
さらりさらりとすごい事言ってますスヴァルさん。ついでにスヴァルはワグナスと親しいのでその辺も書きました。お互い信頼し合う、理解し合っている友みたいな二人です。
リクエストありがとうございました〜!(/>▽<)/ 


そしてこちらは
壱七ちゃんがPBBSで描いて下さったスヴァサリ絵。
色っぽくて素敵〜!
瞳がとても綺麗で上手です。

思わずこちらに
飾らせてもらいますv

こんな二人になるのか…。
どきどきv?