「嬉しいよ。君たちに出逢えていた事が」

「そして、共に僕も戦える事が」



「月の(たもと)で君を待つ」


-RYUDRAL-

 廃墟と変わり、数年の年月を重ねたテドンの町の教会、女神ラーミアの女神像を崇めていたと言われる、数少ない教会の一つへ僕の足は駆けていた。

 そこには朽ちた教会しか残っていない。
 砕けた十字架や、崩れ落ちた女神像の破片が乱雑に周囲に放置されていしまっている。教会自体も壁が破れて雨風に侵食され、過去の美しさのかけらすらも失い、朝方の光に寂しく佇んで僕を待つ。
 すぐ裏手に同じく放置された、墓地が朝の光の中に掠れて見えていた。

 「リーラ」と名の刻まれた墓を僕は探している。
 …毒の沼地と変貌してしまった墓地の中、足は迷うことなく一つの墓に辿り着く。
    
呼んでいたのはどちらだったのだろう。
 お母さんと、…月の弓と。

「トラマナ」
 後方、毒の沼地に入るのに、毒の影響を受けないように詠唱した賢者の声が耳に届く。沼地は浅くて膝にも届かないが、それでも発する毒気を吸う事で体力が蝕まれてしまう。「トラマナ」の呪文はそれを障壁によって断ってくれる。
 賢者ワグナスとニーズさんも遅れて墓地の沼地に入り、準備良く、ワグナスさんがスコップを手に微笑む。

「お母様のお墓はそちらですか?早速掘ってみましょう」
「姉さんは?」
「また夜になったら会いに来るよ」

 ワグナスさんがかけたラナルータ、昼夜逆転の呪文は教会墓地にまでは範囲が届いていないので、この場所の時間は朝。
 なので姿のない姉さんを心配した僕に、ニーズさんはにこりと応えてくれる。

「では、失礼致します」
 一礼して、ワグナスさんは静かに墓の前を掘ってゆく。
 墓標、記された名前はリーラ。ここの墓も周囲と同様、半分以上が欠けて何処かへ消えてしまっていた。
 スコップの先が棺に当たり、ワグナスさんは棺を掘り返す。
 さすがに開けるのには、…暫しの躊躇いがあった。

「やはり開くのはリュドラルさんが筋でしょうね。我々はあちらを向いていますから、どうぞお母さんと対面されて下さい」


「……。はい」
 重い、鉄のフタをずらして、僕は棺の中をそっと覗き込む。
 見ているのは僕だけ、一緒にいる二人は背中を向けていた。
 胸の前で手を組んだ女性の骨。そして弓が納められたと思われる肩掛け、矢筒が足元に置かれている。
「お母さん…」
 組まれた指の骨には十字架のペンダント=ロザリオがしっかりと握られ、そこに光が反射して一瞬閃光を刎ね返す。
 眩しさに目を閉じて、薄く再び瞳を開いた。
 僕にふわりと、女性の姿がかぶさる    幻が見えた。

「…っ、えっ!?」
 金の髪の女性だった。僕にそっと両手を差し伸べて…。
 驚いて、強く開いた瞳はもう女性の姿を見失い、思わずきょろきょろと墓地を見渡す。けれど何処にも、もうその姿を見つけることはできなかった。

「……。お母さん…」
 ようやっと会えた。何処にいるんだろうと、考えなかったわけがない母親に。
 王族だった父親の姿もはっきりしていない。
 きっと僕には隠されていたし、父親も会いに来なかった。

 このテドンの僧侶だったというお母さん…。
「……。これ、貰っていくね。お母さん」
 母親が握っていたロザリオを僕は持って行くことにする。十字架にそって翼在る女神=ラーミアの姿が象られているペンダントを。

 十字架を首に下げると、足元の矢筒と肩掛けを持ち上げ、棺の蓋を閉める。
 矢筒の中身を確かめ腰にくくりつけ、弓の入った肩掛けを開き、銀の弓を引き上げる。見たこともない美しい弓だった。
 ラーミアを守護していた戦士が用いたと称される神の弓、クレセントアロー。

 三日月に似たしなやかなラインの弓、銀製で美しい彫りが惜しみなく、弦を弾くと楽器のような神聖な音が鳴る。
「……。すごい弓だ……!」
 構えて、無意識に僕は矢筒から矢を抜いて、近くの灌木に照準を当てていた。

 ふと、その構えた右手に痛みが奔る。
 僕と…、弓と、右手とが強く銀の光を発して、光は僕の右手の甲に文字を浮かび上がらせる。
 ネクロゴンド王家の紋章…、いや、少し形が異なる、
 主神ミトラを乗せて羽ばたく神の鳥、翼在る女神ラーミアの紋章だった。


「……。もう、いいですよ。お待たせしました」
「何か光っていましたね。…おや、それが継承者の証、聖痕なのですね」
「そうでしょうね。…いい弓です。すごく良く分かります。それから…。ずっと、僕を待っていてくれたみたいです。弓も、お母さんも…」

 目の端に涙が溜まるのを感じながら、僕は待たせていた二人に旅立ちを告げる。
もう一度、棺をお墓に埋めて、手を組んで祈りを捧げる。
 また、花でも持って墓参りに来ようと誓った。

「僕、アイザックに会いに行って来ます。皆心配してるだろうし。旅に出ることも話したいので」
「わかった。…僕は先にランシールへ戻っているよ」
 本当は皆と会わせたい、ニーズさんは割り切って先に帰ると手を振った。



 僕がワグナスさん、ジャルディーノさんと廃墟に足を踏み入れたのは昼間、一晩明けてその朝、僕はアイザックたちの元へと帰って行く。

 アイザックたちは町の近くの小さな湖の傍で野営していた。
 場所を知っていたので覗くと、案の定まだそこに彼らは居て、丁度朝食の終わった後片付けをしていた。

「アイザック〜!ただいま!!」
「!!!…リュー!お前、無事だったんだなっ!!」
 声をかけるまで、付き合いの長い友達の顔は神妙として暗く沈んでいた。片付けもそのままにダッシュで駆けて来て、僕の両肩を掴み安否の確認をする。
「うんっ?どこも怪我してないか!?バラモスはっ!バラモスは何処へ行ったんだ!お前本当にリュドラルかっ!?」

 全身ざっと見て無事を確認したアイザックは、僕の後ろに控えていたワグナスさんに気づき、途端に難しい顔になってしまう。
「………。ワグナス、お前…」

「まあまあ、まあまあ。こうしてリュドラルさんも無事ですし!良いじゃないですか!男は細かい事は気にしないものですよ!」(にっこり)
「……。リュー、コイツな、お前をバラモスに売…」
「おっほん。それに見て下さいこちら!素敵な弓でしょう〜!神の弓、三日月の弓、クレセントアローですよ〜」

 ワグナスさんはジト目のアイザックに必死に笑顔をふりまき、僕の無事に皆も集まって和やかムードに包まれる。アイザックは黙ったままで不服そうにはしていたが、僕が笑っていたので時期に笑顔も見せた。

「私が、助けを呼んでいたのですよ〜。ナイス判断ですよね〜」
「そうだったのですか。リュドラルさん無事で良かったです」
 ワグナスさんの説明に、ジャルディーノ君他、皆が無事を喜び僕を囲む。

「助け?……。朝方、落雷があったみたいだけど」
 一人マジ顔で真剣に問い詰める、…それは多分怒り心頭していたニーズさんで、僕は圧倒されて戸惑う。
 この顔は、もちろん誰が居たのかを解って問いただしていた。もはや瞳には気迫すら立ち込めて、背中には暗いオーラも渦巻いていた。

「…そうだよ、テドンに雷が落ちたみたいだったんだよ。確認はできなかったんだけどな、振動があったんだ」
「さあ?どこかで落ちたんでしょうかね。危ないですね」
 アイザックが続いたのに、あっけらかんと答えるのは勿論賢者様。


 …僕がバラモスの作った呪い、時間の歪みの中に捕われてから…。
 テドンの町、外側はまた夜が来て同じ夜が始まり、僕を探したアイザックたちは疲れてここで野営していた。
 ニーズさんは夜、町へ行っていたようだけれど。

 そして朝方、僕は(元)ニーズさんのライデインによって助けられる。
 バラモスの作った歪みの中で放たれた雷、外では光は見えないけれど、大地を刺した震動だけは伝わっていたらしい。
 しかし、ワグナスさんは平然と笑って嘘をつくので、横で思わず呆れて見つめる。
 慣れていたんだろうな、(元)ニーズさんの事を隠す事にも。


「それで、聞いて。あのね、僕もね、旅に出るんだ。君たちみたいに」
 僕はクレセントアローを見せて、誇らしく、そう、
「同じ志を持つもの」として、強い覚悟を秘めて笑う。

「僕はネクロゴンドの生き残りの王子。…正確には、僕は裏切り者じゃなかったよ。君たちの敵じゃなくて良かった。そして、国に伝わった神の弓の継承者。これがその弓だよ。昔ラーミアを守っていた神の戦士の使っていた弓。これは隼の剣と対の神の武器なんだ」
「隼の剣と?…対…」
「まさか、これも縁かなぁ。こっちでも相方としてよろしくね、アイザック!」
 僕が照れ笑いするのに、暫くアイザックは呆然としていた。

 裏切り者にされた経緯、僕の素性、王家が僕にしたこと、国が世界を裏切ろうとした事、話す度に皆の口数は減り、納得と、おそらく憤りがこみ上げる。
「姉さんがいたんだ。さっき会えたんだ。あと、お母さんにも。もう、過去に亡くなった二人だけど、会えた。きっと、これからも傍にいてくれる」

 僕は首に下げた十字架を見せて、頬を上げる。

「………。そうか。…良かったな、リュー。ネクロゴンドの事は許せないけど…。それでも、この国の呪いは解かないといけない。…お前も、そうなんだ。神の戦士、だったって事なんだ」
 自分の中で、答えを見出したんだろう。
 黒い瞳に何かの確信めいた光をちらつかせて、アイザックは両手を握り締める。

「スゴイな!!…そうか!お前もそうなんだ…!よろしくな!もちろん大歓迎だ!やったな!…ああ、それならますます本気で、正式に隼の剣に認められて来ないとな…。待ってろよ!必ず一緒に並ぶから!」
 アイザックは大喜びで、ガッツポーズを繰り返し、隼の剣の鞘を持って見つめ、新たな決意を固める。
 僕も友達の姿を見てとても嬉しかった。

「……。僕は別の道を行くんだ。僕にも助けたい人がいるんだ。だから、ニーズさんはアイザックが助けてあげて」
「え…。一緒に?一緒に行くんじゃないのかよ?」
「もう一つ、道があるんだよ。僕はそっちへ行く。でも、目指すところは一緒だよ。バラモス城で会おうよ。その時は一緒に戦うから」

「……。分かった。バラモス城で。必ず!」
 出された右手に、握手を交わす。



 間は、あった。
 僕の出した右手にアイザックの手が重なるまでに。

 僕の道、彼の道。道は違うけれど、目指すところはでも一つ。
 二つの武器、二人の勇者。
 全部言わなくても、きっと相棒は察してくれるはずだった。言葉は要らなくて、合わせた右手に力を込めて、お互い「ニイッ」と笑い合う。

「ひとまず、ランシールに僕は行くんだ。アイザックたちも行くんだよね。良かったら訊ねて来てよ。神殿にいるから、聖女様に言えば会わせて貰えるみたいだから」

「……。なぁ。お前が助けたい相手ってさ…。いや、あれだよな。言わなくても分かる。なんで、一緒に居ないんだ?出てこないんだ?もしかして避けられてるのか俺たちって。もしくはニーズが?」
 当のニーズさんに聞こえないように、耳元でアイザックが尋ねる。
 僕はなんとも言えずに苦笑するしかない。

「……。今は…。でも、きっと会えるよ。もう少し待っててあげて。本当は会いたいって思ってるんだよ。でも会えないんだ、今は」
「うん…。まぁ、待ってるけどさ…。そっか。残念だな…。しっかりな、リュー!」

 僕の旅立ち、そしてそれに伴う別れ、様々な感情がそれぞれに胸よぎるけれど、一人ニーズさんの瞳だけが冷たく研ぎ澄まされていた。
 怒りとも、悲しみとも判断できない冷えた色で。

+NEEZ+

 …なんとなく、予感はしていた。
 俺では助けられないと、「『光』もないのに!」とシャンテに罵られてから、リュドラルがアイツに助けられるだろう事を。

 ネクロゴンドの王子、そして神の弓、まさかそこまでは予想しなかったけれど…。ワグナスはリュドラルを見殺しにしないだろう事も予想していた。
 多分、そこまで極悪人じゃないだろう。(あくまで多分)

 ネクロゴンドのオーブの所在は、僕に任せてとリューは告げた。
 時を見て、オーブは持って来ると。
 リュドラルはランシールへと旅立つ。おそらくは、うちの兄貴と戦う(?)ために。


 どうして……。
 ここまで、俺は無視されているんだろう。リューとは会って、俺とは会わない。
 人の気も知らないで。だんだん殴りたい気持ちが襲ってくる。

 すっかり俺はふてくされていた。勝手にしろよと思っていた。
 多分、リュドラルに嫉妬していた。
 なんで、今まで一緒に居た俺が傍に居られないのに、リューの奴なら居られるんだ?
 昔から、確かに二人は繋がる部分があったけれど…。

 リュドラルの過去は解った。記憶も戻ったようだし。そして向こうはオーブの在り処も解っているようだし。目的を果たした俺たちはテドンの町を後にする。

 まだ呪いは解けていないし、同じ夜は繰り返す。
 そしてあの女もまた夜の町に現れる。
 俺の胸で二度泣いたシャンテ、すでに五年も前に死んでいた悲しい女。できることなら、生き返らせてやりたい女だった。あまりにも哀しすぎて…。

 ジャルディーノに聞くと、蘇生の奇跡はいくらかの条件が揃っていないと叶わないらしい。遺体のいくつかが残っている事(多ければ多いほど成功しやすい)、死から時間が経っていない事(早ければ早いほどいい)、すでに蘇生された魂ではない事。

 何度でも蘇生できるわけではないという事だ。
 だから死体の在り処も定まらない。(混ざっていてどれが彼女のかが判別できない)そして時間が経ち過ぎたシャンテの場合はジャルディーノでもおそらくは不可能だと言われてしまった。
 夜、深夜、女は「ありがとう」と言って姿を消した。
 自分は夜にしか姿を現せないと告げて。


 テドンを離れようとすると、シーヴァスが居残りを言い始める。
 共に町にやって来た海賊一行の行方が気になると言い出して。ミュラーから情報を貰っていたので、逆に自分たちが知った事も報告しようと言うのが妹の提案。

     と言うのは建前。

 本心ではあのいけ好かない盗賊に会いたいだけだったんだろうが。
「……。そうですね、せっかく一緒にここまで来たんですし、帰りも一緒がいいですよね。ミュラー達と合流しましょう♪」
 ぽんと手を打ってワグナスは同意する。当然のように誰もその意見に逆らわなかった。本当に仲間に対して、人当たりのいい集まりだと思う。

「俺は…」
 こんな廃墟、さっさとおさらばしたかった。兄のことでムカムカしていたし。
 けれど、心残りが一つだけ残っている。あの悲しい女のこと。
「……。もう一日くらい、うろうろしていてもいいかな」

 テドンとリュドラルの傍にしか出て来れないと言っていた、リュドラルがランシールへ行った今、テドンを出れば亡霊といえども彼女とは会えなくなる。
 俺は夜を待っていた。
 特に、何をしたいためでもなく。

+SIEVAS+

 お兄様に許しを頂いて、私達は暫しこのテドン跡に残ります。
 短い滞在でしたけれど、リュドラルさんの記憶も戻り、彼は神の弓を手に旅立ち、アイザックも決起して剣の素振りなどをしていました。

 悲しいネクロゴンド王国、呪いの解けるのは魔王を倒した後のことになるようです。
 リュドラルさんの過去も悲しい話でした。
 けれど弓を手に旅立った彼の笑顔は明るく希望に満ちて、悲しい話も吹き飛ばすようでした。

 探していた二つのオーブの行方は、どうやらネクロゴンドの王子であるリュドラルさんが握っています。おそらくは彼にしか手にできないのかも知れません。
 然るべき時に、オーブを手に馳せ参じると彼は約束を残して…。

 テドンに残った理由は勿論、朝の町の異変に慌しく別れてしまった、彼の事が気がかりだったからでした。
 夢が醒めたように、真実の姿をさらけ出したテドンの様に、あの夜の事も夢だったような気がして、不安になっていたのです。


 呪いのために町に入ると気分が悪くなる、サリサは外で留守番になるために、私はルシヴァンとの事を野営場所で彼女にこっそりと話していました。
 酒場で会い、お酒を飲む勝負に勝ち、そして彼を宿に送ったこと。
 そして、彼が話した女性や、私に甘えてくれたことを……。

 湖で水を汲みながら、話した私の瞳を見つめ返し、暫くサリサはまばたきだけを繰り返す。
「…嘘…。言うわけないか、シーヴァスが…」
「嘘ではないです。でも…、夢だったかも知れません。なので会って確かめたくて。お兄様にわがままを言ってしまいました」
「……。シーヴァス…」

 サリサは不安を隠さなかった私の両手を取って、ひとたび祈り、祝福をくれる。
「大丈夫だよ。きっと夢じゃないよ。…遊びでもないよ。良かったね。きっとシーヴァスが一生懸命想っていたから届いたんだよ。良かったね。おめでとう」
 額を擦るほど近くで、お互いの喜びのように感動し合う。

「きっと、シーヴァスは解っていたんだよね。本当は優しい人だとか、前にダーマでスヴァルさんが言っていたんだ。シーヴァスは「いい「目」を持っているんだ」って。表面だけでなく、裏側も見て取れる「目」を…。シーヴァスの事を信じなさいって、言われたの」
 金の髪をポニーテールにした少女は、今心から神聖さに輝いて見えた。

「いつかは反対とかしていてごめんね。私シーヴァスが好きになった人はきっと素敵な人だって思うから。信じてるよ、二人は幸せになれるって。これからもっと近くにいられるといいね!おめでとう!」

「ありがとう…。私、本当に嬉しかったです。抱き合えて。彼が私に自分を見せてくれて。それだけで…。ありがとう…」

 同時に、この友達にも深く感謝をします。まだ数ヶ月の付き合いだけれど、いつも強くて可愛くて、大好きな女友達。
 きっと、サリサにも必ず幸せが訪れるから。
 私もそう強く願い、二人届いた想いに浸って抱き合った。
 人に想いが届くというのは、本当に幸せなことです。


 サリサ達を野営地に残し、私はワグナスさんと二人でテドンの廃墟を彷徨う。
 海賊の部下達に導かれ、すぐに御頭のミュラーさんを見つけることができた。
 テドンの地図を手に、弟のスヴァルさんと何かの打ち合わせ中の腰を折って、ワグナスさんが海賊頭に耳打ちしていました。

「…はああ?美女に宿ってたぁ?なんだそりゃあ!」
「いえいえ、だからですね。ごにょごにょ」
「なにー!?しかも王子限定!…はぁ。ちっ。それじゃ手が出せないわね。撤収!撤収よアンタら!!!」

「アイアイサ〜!」
「アイアイサ〜!撤収命令〜!」
 ミュラーさんの仕切りに子分たちは散って伝達に向かいます。


 今回解ったことをミュラーさんに報告する間、海賊頭は難しい顔で、少しイライラしたのか髪を掻いていました。
「…な〜るほどねぇ…。亡国の王子様。そしてラーミア信仰、神の弓。情報提供ありがとう。なに?うちはエルフ娘にルシヴァンでも差し出せばいいのかしら」
「え……」
「ああ、それはいいですねぇ。ねっ、シーヴァスさん」

「姉さん。そうやって人を使うのはやめて欲しい」
 予想以上に私は恥ずかしくなり俯き、弟さんは真顔で姉に注意しています。
「物々交換、需要と供給がそうさせるのよ。ほら、そこの子分@、ルシヴァンの野郎を連れてきな。エルフ娘のご指名だよ!」
「アイアイサ〜!!!がってん承知でアイサッサ〜!」

 彼を待つ間、不安で胸が鳴り、私はワグナスさんのマントをぐっと掴んで隠れていました。夢が終わって、またそっけない彼が現れるような気がして怖くて。
 また冷たくあしらわれてしまったら、私はどうしたらいいのか分からない。

「シーヴァスさん?どうしました?何か不安なのですか?…大丈夫ですよ」
 ワグナスさんは頭を撫でてくれ、彼が現れたと教えて私を促す。

「ルッシー連れてきました〜!ちえっ。いいなぁ、こんなエルフ美人のご指名…。あ、あの、次回はこのオレっちも…」
「エルフは面食いなんだってよ。残念だったな」
 名乗り上げた子分@を軽く蹴飛ばして、呼ばれたルシヴァンは変わらぬ調子で、賢者から私を受け取る。

「俺にまた用事か?あれから、別に他所の女にちょっかいは出してねえぜ?」
 冗談に笑って、でも、恥ずかしくて私は目を合わせられず、彼は肩を抱き寄せて片手で離脱を告げる。
「じゃあ、俺はちょっと抜けるから。後でな」


 海賊たちの集まりから離れて、ルシヴァンは私の肩を抱いたまま歩き、比較的景色の綺麗な場所に案内する。
 河川沿いの都市、高台で町を見下ろせる陸上の橋の上。眼下に広がるのは廃墟だけれど、遠く見える山間のつらなみはとても壮大で美しかった。
 その対差が逆に美しさを際立てるように見えて、私は瞳を奪われています。
「朝帰り、お兄様に叱られなかったか?それどころじゃなかったか」
「……。お兄様も、宿に帰っていなくて…。美人にやりこまれてしまったとかで」
「なるほど。それは運が良かったな」


 ミュラーさんにも話した、今回のテドンでの話を彼にも伝え、オーブの行方もリュドラルさんだけのものと報告する。
「まぁ、山彦の笛でも所在が掴めなかったからな。大体の予想はしていたさ。オーブも本に載っていたその姿を見たが、どうにもいくらでも姿を変えるらしくてな」

 ジパングで実際にパープルオーブを手にした、私たちも見ましたが、オーブは掌に乗るほどの宝珠で、その下に竜の施しがされて飾っておける造りになっています。
 宝珠を竜が背負っているような、オーブはそんな形態をしていました。

「だいたい、おかしいだろう?何故ラーミアの砕けた魂の姿に、『竜』なんだ?とかよ。不死鳥ラーミアと竜族は関係がない。まぁ、何処かで竜が関係してるのかも知れねーがな」
「そう、ですね。気づきませんでした」

「スヴァルの奴が言っていたが、六つのオーブにはそれぞれ力があるらしい。パープルは再生。グリーンは守護。シルバーは…、確か浄化」
 指折り数え、六つまでオーブの力を読み上げる。
 私はしっかりと記憶に記していた。
「イエローは幸運、祝福。ブルーは鎮静。レッドは煉炎。パープルはお前らが見つけて、シャルディナとかって女が預かっているんだろ?」
「はい。ランシールで」

「これから、シルバーオーブも探しに行こうかって話してはいたんだ。だが、もう見込みねえかもな。どうにも、その祠に行ける手段がないし。持って逃げた騎士も死んだみたいだしな」

 ルシヴァンが語ったのは、もう一つのオーブの行方。
 王子とは別方向に逃げた見習い騎士は、今は道が塞がれた王城南の祠に逃げ込んだと噂されている。
 祠間近で深手を負わされ、逃げ込んだ祠内でおそらく息絶えているだろうと、足取りはそこまでで終わっていた。

 祠には誰も入れない結界が張られ、魔物も人も断絶。
彼女も中から一歩も出てきてはいなかった。
 祠に着くには深く長い洞窟を越えねばならないけれど、今はその洞窟の入り口への道も地形の変化によって塞がれている。

 近付く術はない、自然という敵が前にそびえている以上は……。


 ひとしきり話終えて、私は今日のルシヴァンに戸惑いながら声をかける。
「ルシヴァン…」
 人が変わったように、私への態度が柔和に変わっていた。優しくされているのを感じて、私は陸橋の上で真摯に見つめています。
「何処かで、信じられない私がいます。一緒に居た夜は夢のことだったように思えて。あれは、現実だったのでしょうか。ルシヴァンは、私を可愛いと…」

「酒飲みで負けたことは、夢にして欲しいなぁ…。あはは」
 本当に今日の彼は良く笑う、それが少年のように屈託なくて、その度に私は胸が痺れる。
「俺も、だな。あんな風に、ただ女を可愛いと思ったことは多分なかった。初めてだな。無心で、あんなことしながらも、救われた気になったのは」

 廃墟には勿論、人通りは見当たらない。
 陽光と風だけが二人の傍を行き交い、固唾を呑んで、彼の言葉に耳をすませる。

「…ありがとな。俺といる事を選んでくれて。おかげで色々な苦しみが晴れた錯覚がしたよ。優しさに抱かれたんだろうな、あーゆーのを、きっとそう言うんだろう。…なんてな」
 陸橋の縁に手を添えて、彼は涙が出るような嬉しい言葉を伝えてくれた。
 小さな私は背中に寄り添って、確かな感触をぎゅっと抱きしめる。腰に腕を回して、彼の背中に思い切り顔を埋めて少しばかりの涙を零した。

「また、船にも遊びに来ればいいじゃん。いつでも歓迎するぜ?」
「はい…。嬉しいです。会いに行きます」
「お前の兄貴にどやされるかも知れないけどな」
「……。きっと、解ってくれます。お兄様は」
「あと、もう、他の女にちょっかい出さない。約束してやるよ」

「……。あの、…私だけだと。思っても良いのですか…」
 今彼にとって、私とはどんな存在なのか、尋ねるのには怖さが伴いました。

 銀髪の盗賊は振り向き、余裕の表情で私をあしらう。
「お前が約束してくれるならな。待たない事と、後を追わないこと。それから、一途はやめてくれ。飽きたら捨てればいい。人生に一人なんて美徳は要らない。俺にこだわらず、何回でも恋して、何人とでも結ばれればいい。ずっと一つの恋だけに捕われて、寂しさに泣いて欲しくない。俺もお前も、自由だから」

 恋した人は、伏し目がちに冷めたように物言う。
 けれどそこにはしっかりと彼の優しさも宿っていて、私は微笑み返す。

「約束します。私は待ちません。自分で歩いて行けます。あなたが先に逝っても、後も追いません。自分の心のままに、自由に想いを選びます」
「いい答えだ」
 指先で私を招き寄せて、彼は私の頬に唇を当てる。

「まさか、こんな事になるとは思ってなかったな…。あの日のエルフがここまで押してくるとはね。…なんでこんな男がいいんだか。後悔するぜ」
「しないです。…そうですね、不思議ですね。…でも、好きです。ルシヴァンが大好きです」

「お前だけだろうな。そんなに純粋に俺にそんな事を言うのは。…いいよ。お前だけにしてやる」
 時間が許すまで、私と彼とは、ずっと寄り添っていました。

+NEEZ+

 やがて、待っていた夜は訪れ、一人俺は繰り返す夜の中へ混ざってゆく。

 シャンテと会った教会は夜の中では普通に建ち、女神像も健在だった。
 待ち合わせたように、また同じ場所に長身の女は立っていた。
「なんでかしら、来てくれる気がしたわ」
 にこりとして俺を迎える、波打つ髪から覗けた双眸は今日も美しい。

「明日からは、会えないな。会っておこうと思った」
 隣に並び、せっかくシャンテが笑ったのに、相変らず自分は笑いもしないで抑揚ない返事を返す。

「どうしましょうか。少しお酒に付き合ってくれない?好きなお店があるのよ」
「酒……?」
 あんまり飲まない口で、眉根を寄せたが「まぁいいか」と同行させてもらう。

 静かな落ち着いた雰囲気の酒場で、吟遊詩人が綺麗な歌を披露していた。
 店内は暗く、ランプの明りが仄かに揺れる。客層も品が良く、いわゆる酔っ払いの類は見当たらない。好きな感じの店だった。
 シャンテはカウンターに座り、ワインを注文する。促されて隣に座り、適当に主人に酒を作ってもらう。

「リュドラルに会えたわ。おかげさまで。嬉しかったわ…」
 紅いワインを目で楽しみながら、嬉しそうにシャンテは報告する。俺と別れた後で、朝方弟との再会を果たしたと、そして勿論、弟も再会を喜んでくれたと。

「良かったな。これからは会えるんだろ?」
「そうね。ラーミアが復活するまではね」
「……。どういうことだ?」
 ワインを口に含み、随分意味深に言う、…ので問い返した俺に、シャンテは持ち前の妖艶な微笑で俺を捕らえた。

「私は亡霊なのよ。それでも自由に動けるのは、私がオーブと在るせいなの。つまりはね、私はオーブに同化して存在しているの。ラーミアが復活する時、私はオーブから離れて、還らなくてはいけないわ。死者の国へ」

「………」
 どこかで、ずっといるものだと思い込んでいた俺は、うっかりと黙り込む。
「……。せっかく、会えたのにな。リュドラルにも…」
「そうね。でも、少しは一緒に居られるわ。あなたともね」

 オーブを集めることは空への希望のはずなのに、その時確実に別れがあるのだと知る。随分と切ない別れだと思った。リュドラルにも、多分俺にも。

 …本当に、間に合わなかったんだな。
 この女には。今更何をしても、後の祭り。

「時々、あなたにも会いに行ってもいいかしら。会える場所に居た時は」
「ああ。それは、いい。いつでも」
 後何回会えるんだろう?考えながら俺は弱いながらも出されたカクテルを飲み干す。


 店が閉まる頃には、すっかり俺は酔いつぶれてクラクラしていた。
 酔うと眠くてたまらなくなるのが常だった、今回も例外じゃない。

「弱いのね勇者さまは。まだまだ子供なのかしら」
「子ども扱いするなよ」
 店を出るにも俺を支えて、面白いのかシャンテは笑い続けていた。
「眠い…」
「まぁ。やっぱりお子様じゃない。可愛いわ」
「あのな…」
 からかうのに赤くなって(酔って元から赤いが)、反論しようとした俺に、シャンテは人通り消えた通りの中、不意打ちで頬に挨拶のようにキスしてくる。
「ばっ…!馬鹿や……!!」

 紅がかった、瞳は魔性の力を持つようで、視線一発で俺は黙らされてしまう。
 大抵の男が魅せられる美貌に、潤みを帯びた瞳、吐息のような声もぞくぞくするような艶を持っていた。
 女の武器を巧妙に使いこなし、男の心を絡め取るような、手腕がビリビリと指先から震動してくる。スローモーションまで操るようで、ひどく長い間を、焦らしてシャンテの唇は俺に重なった。

「………」
「……。あら…?」
 目を閉じて強張った、その反応に不満を覚えたのか、シャンテは首を傾げる。
「まさか、初めて…じゃないわよね」
「初めてじゃない…」

 やばい位に動悸が逸る、のをごまかすのに必死だった。
「あなたは喜ばないのね。男の人は皆喜んでくれるのに」
「………」
「…ああ、分かったわ。あなた好きな娘でもいるのね。そうでしょう」
「………」
 見抜いたのか、シャンテは少し離れて、帰り道に足を踏み出す。

 勿論、忘れていたわけじゃない。アリアハンにいる、馬鹿なジパング娘のことは。こんな場面を見られたら、とんでもない大騒ぎにきっと発展する。
 複雑な思いに何も口にできずに、帰るシャンテにゆっくりと足がつながってゆく。
 もちろんシャンテは帰る必要はないので、野営地に戻る俺への帰り道。

 俯き歩く、シャンテの表情は髪で隠されて見えなかった。

 空には蒼い月、町の外への出口で、シャンテは立ち止まり、夜風に波打つ髪を揺らして振り向いた。
「聞いてもいいかしら。どんな娘なの」
「……。どんな、って…。ただ、馬鹿としか…」
 視線は合わせずに、口を尖らせて俺の口調はひねくれる。

「ふふ。でも、可愛いのねきっと。羨ましいわ」
「………」
 どこまで真意なのか図りかねて、俺は戸惑いを隠せないでいる。キスにしても、ただの挨拶みたいに、どこの男にでもシャンテならしてしまう気もして…。
 動揺するのも馬鹿な、幼稚な証明になるんだろうかと…。

「残念ね。私じゃ、その娘のライバルにもなれないのね」
 心を揺らさない、でいるのを不可能にする台詞が夜に響く。

「生きていたのなら、あなたは迷ってくれたのかしら。私が本気で愛したら」

 今の時点で、グラグラしているとは言えないで、
    間を置いて、俺の口は嘘を呟く。
「迷っただろうな。お前の方が勝ったかも知れない」

 勝手だなと、思っていた。本当に自分は勝手な奴だと。
 選べないのを解ってて、敢えて女を喜ばせるようなことを口走った。

「……。ありがとう。嬉しいわ。でも、もう言わない方がいいわね。生きてる彼女には未来があるのだもの。守るべき未来が。そっちの方が大事でしょう?」
 髪をかき上げて、夜の中でこそ彼女は綺麗に映える。

「今夜はありがとう。不器用で優しい、勇者さま。…おやすみなさい」

 儚くも綺麗な微笑みを残して、迷いを断ち切るかのように、潔くシャンテは姿を闇に溶け込ませる。小さく微かに手を振って。
 俺は暫く、その場でじっと目を伏せて立ち尽くしていた。

+RYUDRAL+

「姉さん。待ってたよ」
 初めてランシール神殿で過ごす夜、シャンテ姉さんはそっと姿を現してくれた。
 特定の許された人しか入ることができない、ミトラの神殿の奥、別殿、その中の一室を僕は貸してもらっていた。
 隣には(元)ニーズさんがいて、その更に奥には、聖女の自室、そして   

「リュー、私も、あなたを守るわ。できることも限られているけれど、それでも何かできることもあるはず。盗賊としての技術もね。あなたが戦うなら、私も勇者のために戦うわ」
「いいの?姉さん…」
「ええ。消える日まで、私も戦いたくなったの。生きていた証明のように、戦いたくなったのよ」
「…うん…。ありがとう、本当に、全部…。ありがとう…」
 部屋の中央でまた僕らは軽く抱き合って、今までのことなどをお互い話しあう。

 アリアハンでの暮らし、いい人に養子にして貰っていたこと。
 アイザックや二人のニーズさんのこと。

「ミレッタにも、会えるかな。もう、生きてはいないかも知れないけど…」

 部屋の中には生活に必要なものは何でも揃っていて、タンスも机も、ベットもテーブルも。僕と姉さんはベットに並んで、別れた一人の女の子の事を思い出す。

「待っているわ、確実に。あなたを待ってるでしょうね。真面目な娘だったもの。きっとあなたのことを好きだったでしょうね」
「えっ…」
「でなければ、王家に忠実だった、騎士の家を裏切って逃げたりしないわ」

「…そうか…。悪いことしたのかな、僕は…」
「あの娘は後悔しないわよ。早く会いに行ってあげたいわね」
「うん…」
 僕を待っている懐かしい女の子がいる。姉さんも待ってくれていた。



 そして翌日、僕は『彼女』に紹介される。
「あ、あなたは……!」
「君は…」

「リュドラル様、こちらはシャルディナ様です。ラーミアの…」
 聖女ラディナードによって引き会わされた綺麗な女の子、説明されなくても弓を持つ僕には解ってしまった。
 そしてそれは、出逢った彼女にも言えたこと。

「月の弓…、まだ、在ってくれたのですね。また、会えるとは思っていませんでした。そして…、戦士のあなたにも」

「…シャルディナ様。遅くなりましたが、あなたのためにも僕は戦います。ラーミアを守る神の戦士として」
 僕は膝を付き、彼女にうやうやしく頭を下げた。

「…ありがとうございます。会えただけで嬉しいです。私に力を貸して下さい、リュドラルさん…」
「はい。勿論です。この聖なる弓に誓って」


 ランシール神殿では、もう一人の勇者の到着を待たずにして、光を持つ勇者の戦いは始まろうとしていた。
 それは、地球のへそに埋もれたブルーオーブへの道。

 (元)ニーズさんはすでに何回も『地球のへそ』、そう呼ばれるランシール島中央の大きな地下神殿へと挑戦開始している。
 計り知れない闇の底、進んでは戻り、また進んでは戻りで、蒼い宝珠の光を探し続ける。この先、僕もその挑戦へと加わる。



「僕もまた、勇者を守る 光のひとすじになれる」

「君が勇者を守る 剣のひとすじであるように」

「僕はずっと待っていた。 きっとこの時を」




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