「残り灯」後、サイカVSシャンテ、三角関係のお話です。




「今夜月の見える丘に」


 サマンオサの復興祭、後夜祭ダンスパーティの後は花火が夜空を覆う。
 黒いカクテルドレスのジパング娘は『べすとぷれいす』へと俺の腕を引いていた。
 
 サマンオサ王城周囲の森を越え、小高い丘に丁度良く口を開けた小さな星空。木々の根元に御座を敷き、二人腰をおろすとタイミング良く開始を告げる打ち上げ花火が空に鳴った。

 誰にも邪魔をされないように。
 二人で静かに過ごすために、サイカはここを見つけて準備していたに違いない。


「こんばんは。良い月夜ね」
 しかし、それは叶わぬ願いとなるらしい。
 望まぬ客が足音もさせずにやって来た。御座の上に自然な動作で腰を下ろし、俺にしなだれかかるとジパング娘は飛び上がって目をむいた。
「な、なななっ……!あなたはいつぞやの泥棒猫っ……!!!」
 現れた女は、事情により夜にしか姿を具現化できない、故ネクロゴンドの王女シャンテ。長い髪に赤い布をかぶり、闇色のスカートで足首までを覆っている。長身でそれは息を飲む美貌の女盗賊。
  御座の上、俺をはさんで二人の女は火花を散らした。


「………。どうしたんだ。お前も花火見学か?」
 両腕をそれぞれの女に組まれながら、言葉では平静を装い訊いた。すでに一色触発の臨戦態勢。なるべくなら穏便に済ませたい。
「ええ。素敵な場所ね。私もここに居ていいでしょ?」
「駄目です!もうここは貸切ですよ!他所へお行きなさい!ええいっ!離れて下さいませ〜〜〜!!」

 案の定、俺の心中などおかまいなしに始まる口論。
「私も、ニーズと一緒に花火が見たいのよ。いいでしょうニーズ」
「お断りなのです!!」
 サイカの奴が耳元でギャンギャン騒ぎ立て、それには寝耳に水なシャンテの対応。頭にガンガン響いて迷惑なことこの上ない。

「………。断ったら、帰るのか?」
 ぐったり疲れながら一応聞いてみることにしよう。多分すぐ帰るなら始めから登場なんかしてないだろうが……。女盗賊は困る俺を見ているのがどうやら愉しいらしかった。
「ふふ。どうかしら」
「断って下さいませ、ニーズ殿!!」
 首がもげそうなぐらいに揺さぶられつつ、なんとか打開策を考える。

 ドーーーーーン……!
 パチパチパチ……!
 そんな俺を救済してくれるかの様に、二人の会話を遮る花火の破裂音。
 夜空に咲いた各色の花に息を飲み、暫し女の戦いも忘れて魅入った。


「綺麗ね……」
「そうですね……」
「……………」
 賑やかな空を見上げながら、俺はサイカに言葉では淡白に、瞳ではおそらく「頼んで」いた。
「別にいいだろう?花火を見るぐらい、人が増えても」
「……………」

 せっかく綺麗なものを見ているんだ。
 そんな下で言い争いもしたくない。
 俺の瞳は、シャンテを無理やり帰したくないと頼み込んでいた。


「わかりました………」
 ぶっくり膨れて、しぶしぶジパング娘は組む腕に力を込めて花火を見上げた。少しでも恋敵より密着しようと対抗心に燃えている。
 それに比べて、左に絡むシャンテの腕は添えるだけのもの。
 多分それは、己の腕が人の体温を持っていないがために。

**

「ニーズ殿、お酒とおつまみはいかがですか?」
 花火には時々休憩があり、最初の休憩、自前のふろしきを広げてサイカは勧めてきた。しっかりつまみは手作り弁当で、シャンテに自慢するように鼻を上げる。

「あら。私もお酒と肴を用意してあるのよ」
「んななななっ!なんですと………!」
 
 しまった…。どうやら差し入れ対決が始まってしまった。
 こうなると続く災難は予想できるので、思わずしかめ面になる。

「悪い。腹いっぱいなんだ。酒もいらん」(回避作戦)
「美味しい新発売のお酒なのですよ!飲んで下さいませ!ほら、ぐぐいと!」
「がぼ、がば、がほっ!」(作戦失敗)
「いやだわ。そんな乱暴に飲ませるなんて……。さ、お口直しに一杯どうぞ」
「……、悪いな。ブフーーーーっ!!」(←強かったらしい)
「あら。強すぎたかしら」
 強引に酒を飲まされたり、口直しに飲んだ酒が想像以上に強くて吹き出したり。そんな俺を見て女盗賊はクスクス笑う。

「おつまみはイカの塩辛、もずく、ところてん、チョコポッキーのぬか味噌かに味噌和えですよ!えいっ!きゃあ美味しいっ!」
「ギャーー!」

 完全に救済となる花火が数発。
 愉しむどころではなく、俺は夜の森で嘔吐していた。
 (見苦しい点が御座いますので暫くお待ち下さい。BY作者)



「ひどいおつまみね……。(クスッ)私のは生春巻きなの。中身は主に野菜だから、サッパリするわよ」
「た、助かるシャンテ……」
 気がつくと俺はシャンテの膝の上に寝転がっていた。気持ち悪さの中に清涼剤のような食べ物にありつき、飲み込んでからハッとする。

     ちょ………!!なに膝枕なんてしてるんですかっ!!」
「ふふ。誰かさんが毒を食べさせるからでしょう?」
「毒は貴女でしょう!ええいっ!この魔女め〜〜〜!」

 ド………ン。
 ドドン    ……

 もはや、花火が再開されようとも女の戦いは止まらない。
 火に油を注がぬよう、膝枕から即座に逃げたものの、もはや手遅れ。後の祭り。サイカは押し合いへし合い、とにかく邪魔者を退けようと必死になる。

「全く、色仕掛けなんて卑劣な!でもでも、このせくし〜はりけーん彩花には勝てませんよ!なんと言っても今日はドレスですから!スリットちらりです!生足ドッキリですよね、ニーズ殿」
「色仕掛けなんて……。人聞きの悪いこと言うのね。でも聞いたことなかったわ。ニーズは女性のどの部分が好きなのかしら。やはり胸?」
「おい、くっつくなよ……」
 片方は足を見せるし、片方は胸を腕に押し当ててくるし、とにかく困る。

「ムキーーー!!あなた、愛人希望だなんて言ってましたけど……!ニーズ殿は愛人なんて募集してないんです!帰って下さい!」
「あらあら……。あなた、何も知らないのね……」
「何も知らないって、なんですか!」
「あなたは家で待っているだけでしょう?彼が外で何をしてるかなんて、知らないのよね。可哀相な人」
「………。私はニーズ殿を信じています!」
 痛いところをつかれ、サイカの瞳に翳りがよぎった。
 俺自身あまりマメとは言えないため、どうしても連絡事項は後手後手になってしまう。口下手や面倒くさがりが仇になり、そのまま話すこと事態忘れてしまう事も多い。

 直そうとは思ってはいるんだが………。


「私の方が多分、ニーズのことを良く知っているでしょうね。ランシールのことも、サマンオサのことも。旅の概容をあなたはどれだけ知っているのかしら」
「………。わ、私だって………。貴女は、   そう、ニーズ殿のタンスの中とか知らないでしょうに!何段に何が入っているですとか………!旅の話はゆっくりたっぷり後で聞くので良いです!」
 サイカは苦し紛れに家のことを持ち出してブルブルと震えた。妻として、俺の知識において負けるわけにはいかない。

 妖艶の美女は口元を緩め、ふわりと髪をかき上げて引導を渡す。
「一番上の段に靴下、下着。ニ段目にシャツ。三段目にズボン。四段目に上着手袋類。本棚の内容も言った方がいいかしら?」
「な、………!」
 サイカの口が『0』の形に凝固した。

「なんでそんな事知ってるんだよ」
 代わりに呆れて俺が訊く。
「私は盗賊なのよ?標的はしっかり調査済みなの」
 まるで「知らないことなんて無い」と豪語して、美女の微笑みは小悪魔めく。

 ほぼ、知らないことなんてないだろう……。
 女盗賊には内情すら盗み見られてしまう気がする。


「おい……。あんまり苛めないでくれよ」
 サイカの不安を煽り、勝ち誇るシャンテをこづいて嗜めた。本心としては、俺のこともいじらないで貰いたい。
 本気でサイカが泣きそうになってきて、見かねてフォローに肩を揺すった。
「別に、お前が心配するようなことは何もないから」
「……。そうですよね。そうですとも……」

「旅のことも、話したいことがたまってるんだ。少しずつ話すよ」
「はい………」
 小さな娘はこくんと頷いて、ぎゅっと俺の胸元を掴むと寄りそった。



「だいたい、このような女子と一体何処で会ったのですか。ニーズ殿は……」

       しん、と静まり返った夜の森。
 花火も何度目かの休息を迎えて、息を潜めて答えを待っていた。

 騒然とした空気が一気に冷え、同じような闇夜に蘇る悲しき王女の悲しい微笑み。どうして女の微笑みはこんなに悲しく見えるんだろうか……。
 俺の口から語る前に、当人が花火を見上げ口を開いた。

「聞いてくれるかしらお嬢さん。私の身の上話を……」

**

「な、なんといふ事でしょう……。ぐすん……」
 ひとしきり身の上話を聞いた後、涙を拭ってジパング娘は鼻をかんだ。
「泣いてくれるのね。どうもありがとう」
 サイカにとっては不服なんだが、彼女の不幸を知っては無下にもできなくなる。ムスッとしながらも妥協して、彼女の礼に無言で応えた。

 花火がクライマックスを向かえ、それぞれの頬を派手に色づけては消えてゆく。最後に鳴り響く大輪の花を見上げながら、サイカの心中で決意は固まっていたのだろうか。
 サマンオサの夜空に平穏が戻ると、ぽつりとサイカが零した言葉。

「私、先に宿に帰ります故……。少し二人で居ても良いですよ」


「まぁ……。奥さんからお許しが出たみたいよ?どうするの」
 そんな状況を許すことに驚いて、躊躇する間に奴は振り向きもせずに駆け出した。泣いていたのかも解らない。

「サイカの奴……」
 アイツがそんなこと我慢できるはずが無い。シャンテの心情を思いやって、少しばかりの時間を猶予してくれたんだろうが……。
 馬鹿なくせに気を使いすぎだ。
 吹いた夜風が妙に冷たく、身震いして、数秒固唾を飲んだ後、膝に手をかけ立ち上がった。このまま放っておく気もしない。

「行かないで。少しの時間だけでいいの」
 冷たい指先が、腕が胸に絡みつき、俺は次の瞬間凍りついていた。反して切ない声色に早まっていく鼓動の音。
 走り去ったジパング娘に意識は流れる。
 けれどこちらの女を泣かすこともしたくない……。
 
 
「………。じゃあ……。少しだけ、な……」
「やはり優しいのね。ありがとう。……好きよ……」
 優しいんじゃない。きっと俺は優柔不断なのだろう。
 御座に座り直して、引き止めた女と近距離で見つめ合う。花火も完全に終了し、葉ずれの音だけがざわざわと耳をくすぐっていた。

 女の告白には何も言葉を返せない。その辺の事情は相手も解っているはずだった。なんで、俺なんかにそんな事を言うのだろう。優しくしてくれる男なら、他にいくらでもいる筈なのに。
 理由はいくら考えても解らなかったが、俺に触れる女の腕を撥ね付けないのはせめてもの慰めだった。

「シャンテ……。訊いてもいいか。もしかして、怖いのか。もうじきオーブが揃うことが……」
 恐らく彼女にとっての禁句。
 その時、ぎりぎりで繋がれた彼女の存在は天に還ってゆくのだから。強くしがみつく姿勢に彼女の不安を見て、俺はそっと肩に手を乗せ囁いた。

 残るオーブはあと二つ。
 行方知らずのイエローオーブと、騎士の少女が持って逃げたシルバーオーブ。
 不死鳥ラーミアが蘇る代わりに、王女シャンティスは死の旅に。

 遠くない未来、この女盗賊は消滅する。気丈を装ってはいるが、怖くない筈がないのだった。例え彼女が笑って否定したとしても……。

「欲が生まれるのよ。またあなたに会いたくなるの。もっと弟のことも見ていたい。私の時間は動かないけれど、動くあなた達を見ていたいのよ……」
「………。俺に、何ができると思う?」
 姿を維持するためにラーミアの復活を伸ばすことも不可能だった。それだけ魔王退治が後になるし、魔王を倒しテドンの呪いを解くことは彼女や愛弟の願いでもある。

「私のこと、覚えていてくれるかしら?それから、私の消えた後も、リュドラルの事を助けて欲しいの。それだけが願いよ……」
 肩に手をかけ、胸に甘えた。蒼白い月に照らされた紅き双眸。忘れようとしても、きっと深く俺の胸に根を張ると確信している。

「分かった。忘れない。リュドラルも大事な友人だ。ずっと力になる」
「ありがとうニーズ……」

**

 月下の丘で別れを告げ、返す足はサマンオサの宿へと駆けた。
 時間としては小一時間は経過していた。
 サイカは一人宿で泣き濡れているだろうか。逸る心知らず、なんとサイカは一階の酒場で酔い潰れていたじゃないか。

 テーブルに突っ伏しサイカの奴はむにゃむにゃと寝言を呟いていた。
 向かいに座っていたのはエルフ娘。妹シーヴァスは相方が潰れ、一人ちびちびと酒を飲んでいたらしい。
「お兄様のお部屋、アイザックとシャルディナさんがいい雰囲気ですので、別にお部屋を借りたのです。ジャルディーノさんは休んでいますよ」
「……そうか。サイカは……?」
「すごい勢いで走って来て……。私に気づいて、すごい勢いで何かを叫んで……。そのままお酒を飲んで寝てしまいました。何があったのですか?」
「いや、何でもない。お前はまだ起きてるのか?」
 ジパング娘を肩に担ぎ、密かに心配な妹を振り返ってみた。ここ数週間、妹の様子はどこか沈み、原因はあの盗賊しか考えられず口を酸っぱく聞いている。
 だが頑固にシーヴァスは口を割らない。

「もう少し、起きています。おやすみなさいです、お兄様……」
「……………」



 サイカは魔法でアリアハンの実家まで送る。
 家の前に飛んで来て、ギシギシ階段を軋ませ二階のサイカの部屋へと向かう。途中、振動に目を覚ましたサイカは寝言を呟いていた。
「ニーズ殿……?やっぱり私を愛しているのですね……。そおですよね。やはり最愛の妻なのです……。むにゃ……」
 夢の途中なんだろう。苦笑して付き合った。
「そうだ。ただいま。不安にさせて悪かったな……」
 
 ベットに寝かせて、毛布をかける。その手はぎゅうっと俺の手を握りしめて離さなかった。
「むにゃむにゃ……。愛は不滅なのですぅ〜……」
「………。そのままで聞いてくれるか。俺は、ランシールで兄貴に会ったんだ……」

「えっ!そうなのですか!?」
「やっぱり起きてたか」
 カマかけに成功すると、飛び起きたサイカは口を押さえて再び寝転んだ。
「もうバレてるっつーの。良ければ子守唄代わりに聞いててくれ。それでな……」
 ランシールで兄に会ったこと。地球のへそで間接的にサイカに助けられていたこと。サマンオサでの戦いや、仲間たちの話。
 酔いの中に溶けて、恥ずかしい事柄はぼやかしてくれるといい。

「………。なんで寝ないんだよ」
「あははっ♪寝れないですよ。せっかくニーズ殿がお喋りしてくれると言うのに。もっとお話してくださぁい。むにゃ」
 手を握られたまま喋り続けて、いつの間にか俺も眠りに誘われていた。
 眠りに堕ちる間際、俺を悲しげに見つめていたのは亡国の王女。
 朝日を浴びて、俺を叩き起こすのは居候のジパング娘。

 悲しい面影は月の丘に埋めてきた。



「ニーズ殿〜!!朝食食べていって下さいね。なんとっ!今朝獲れたばかりの越前クラゲ大量盛りですよ〜!」
 起きて早々、悪夢に出くわすことも、まだ知らない。






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■キリ番リクエスト JORKER様よりリクエスト頂きました。
「サイカVSシャンテのSS」
です。
シャンテが思いのほか意地悪になってます。(軽い悪戯ですけど)
女の戦いが勃発するとニーズは大変です。(笑)後半はシリアスに。タイトルは悩んだ末、B'Zの歌から頂きました。

満足頂けたでしょうか……?(ハラハラ) リクエストありがとうございました〜!

2006・7 UP