サマンオサ編後、スヴァサリ番外編



「ある程度物資や復興ができて来たら、祭りをやって。派手にね。
 サマンオサ再建の祭りよ」

 海賊頭、そしてガイアの民であるミュラーさんの提案によって激しい市街戦から数ヶ月、ようやく念願の復興祭は開催された。
 サマンオサの民、海賊たちだけではなく復興に協力した世界各国からの招待客。国家開放の立役者アリアハンの勇者ニーズ一行などの姿も見え、彩られた城下町は盛大なダンスパーティ会場と化した。

 数年の間幽閉されていた国王自ら進んで民と踊り、民とお酒を交わし、国の解放を祝い未来を語り合った。
 昼間はパレード、他国から駆けつけた楽団の演奏、勇者たちの紹介などに盛り上がり、勇者の仲間である私自身も大いにはしゃいだ。

 昼間はしゃぎ過ぎてクタクタになって……。
 だからきっと後夜祭で羽目を外し過ぎてしまったんだと思う。

 本当は…。本当に、あんなに酔っ払う気はなかったんです…。





「残り灯」



 お城に借りた水色のドレスに私はご機嫌で、何度か姿を見せに彼の元へと足を運んだ。
「…サリサ?また早いですね。また女の方でいっぱいだったのですか?」
「…うん。やっと離れたかな〜と思ったら、なんか告白されてた。なんか、もう疲れちゃったよ…」
 昼間の間から声をかけようとうろうろしているのだけれど、彼は常に女性に大人気なので話しかける機会が作れずに私は憮然と膨れていた。

「もういいっ。後は飲んで食べて楽しむんだ!もう勇者一行の務めもないし!」
「…そうですね。飲みましょう。今夜は飲み明かしましょう」
 立食パーティのテーブルに戻り、カクテルを煽った私に珍しくエルフの魔法使いは気合の入った賛同を見せて乾杯してくる。

 彼女もドレス姿なのだけれど、一番見て貰いたい人に見て貰えていない。私たちはお互い不満が募っていたのだった。


 暫く女二人で盛り上がっていると、疲労困憊の様子で助けを求めるように勇者ニーズさんが帰って来て肩を下ろした。
 勇者人気に翻弄されまくり、更にお祝いに駆けつけていた奥さんからも(別に逃げなくていいのに)逃げ回り、すっかりくたびれてニーズさんは愚痴をこぼす。
「はぁ…。疲れたな…。暫く匿ってくれ」
「ニーズ殿ぉぉぉぉ〜〜〜〜!!」
「ぶはっ!もう着やがった!!」

 冷たい紅茶を吹き出し、慌てて拭う勇者様の腕にジパング娘がしっかりと絡みつく。彼女は私の知る限りでも三度は衣装を変えていた。
 最初はジパングの着物。次は可愛いミニスカートの紅いドレス。今は大人っぽい黒のカクテルドレス。
「どうして逃げるのですかっ!もうじき花火が始まるのですよ!せっかく べすとぷれいす を用意してありますのにっ!」
「いや、いいって。ここで見るから」
 明らかに面倒臭そうに、絡みつく腕を離そうとニーズさんは抵抗している。

「駄目です!愛する妻と手を繋いでむ〜どたっぷりの花火を見るのです!その後二人の顔は自然に近づいて…。きゃああ〜!なんですっ!」
「なんだそりゃ」

「……。ニーズさん、せっかくサイカさんが来てるのに、冷たいですよ。ちゃんとサイカさんとダンス踊ったんですか?」
「いや…」
 いつも通りのやり取りにムッとして、ジト目で私はニーズさんに説教を始めた。
「酷いじゃないですか。サイカさん頑張って三回も衣装変えてるのに。ちゃんと褒めてるんですか?ニーズさんに綺麗って言われたいからじゃないですか!」

 ドン!(グラスを置いた音)

「…そんなこと言われてもな…。衣装変えはコイツの趣味みたいなもんだし。いちいち褒めてたらまた着替えてくるじゃないか。迷惑なんだよ」
「違います!衣装が私を呼ぶのです!」
「またワケの分からんことを…」
「ニーズさん!本当はサイカさんが大好きなくせに!」
 お酒の勢いで声が大きくなると、ぎょっとしてニーズさんは周囲の目を気にし始めた。

「そおですよ!愛していると言って下さい!このサマンオサの中心で!」
「サリサお前、酔ってるんだろっ!」
「酔ってません!皆さーんっ!聞いて下さい。勇者ニーズさんはサイカさんが大好きです。もう激愛です。毎日ラブラブです!」
「そおでーーすっ。毎日ニーズ殿は私にメロメロでれでれ萌え萌えでーーーすっ!」

「やめんかっ!!!」
 赤面してニーズさんは怒鳴りつけ、そこに絶妙なタイミングで妹がにっこりと囁いた。
「二人きりで花火を見た方が恥ずかしくないかも知れないですね。お兄様」

 かくして、不服そうにしながらもニーズさんはサイカさんと仲睦まじく花火を見に星夜に消えて行く。(めでたしめでたし。いいことしたな)


 その次に、私たちの餌食になるのはどうやら野菜大好き堅物戦士のようだった。
「なんだ、二人してこんなとこに居たのか。うっ!もしかしてかなり飲んでる!?」
 私たち同様着飾ったシャルディナさんと二人で現れた彼は、テーブル上のグラスや瓶の数に鼻を押さえてうろたえる。 
「はい。アイザックも一杯」
「俺は酒は飲まない主義なんだってば」
「なんですってぇ〜〜!私の注いだお酒が飲めないって言うの〜〜!シャルディナさんは飲むよね?はいどうぞ♪」
「あ、じゃあ…。少しだけ…」
 断れない雰囲気を察したか、押しの弱いシャルディナさんはなみなみ注がれたグラスに控えめに口を寄せた。

「彼女が飲んでるのに彼氏がジュースオンリーなんて、カッコ悪〜〜い。ねっ、シーヴァス」
「そうですね。アイザックは付き合いが悪いと思います」
「なっ……!」(汗)

「分かった!シャルディナさんの前でばったんきゅ〜しちゃうのが怖いんだ。かっこ悪いもんね。そうだそうだ〜」
 からかわれて、「そんなわけあるか」と彼は怒り始める。彼のプライドをちくちく刺激して、なんと頑固な真面目戦士に始めてお酒を飲ますことに成功した。

「お兄さんいい飲みっぷりだね〜!もう一杯!」
「…っく!…なんでも来い!くそったれ!」(ぐびぐび)
「更にもう一杯!」
「あ、あの。程ほどに…。初めてなんでしょう…?」
 おろおろする彼女を全く気にも止めずに、私は「一気!一気!」と手を叩く。周囲から拍手が起こり、思わず私も便乗。

「よーし!次は僧侶サリサ、一気飲み行きます!」(ぐびぐび)
「勇者たちが一気飲みしてるぞ〜!いいぞいいぞ〜!」
「……。では私も」(こくこく)
 パーティの観客に囃されてシーヴァスも品良く続いた。
「さあさあ、アイザックももう一丁!」
「……任せろっ!」(ぐびぐび)

 かくして、アイザックは余りに一気に飲み過ぎて、その内顔を真っ赤にして後ろにぶっ倒れる事になったのだった。

「シャルディナさん、しっかり介抱してあげてね〜」
「は、はい……っ」
「うううっ。野菜が、目の前で回ってる……」


 更に犠牲者はやって来た。骨付き肉を半ば骨ごと齧りながら、ひょいと私の後ろ肩越しに顔を出す。
「サーリサ、良かったら一緒に踊ろうぜ」
 頭髪、コートと暖かそうな橙色の竜族の少年が私を誘う。強いお酒の匂いに驚いて、彼は一度目をぱちくりとさせた。
「なんだ。相当飲んでるな。…大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ふにゅうちゃんになってくれたら、踊ってあげる」
「はぁ〜?何だよそれ。カッコつかないだろ?」
「ふにゅうちゃんの方が可愛いもん」
「…………」
 アドレス君は多少憮然として、そこへ立食パーティ会場に一際大きな歓声が上がった。

 夜の街を回っていた国王様が王城前広場に戻って来た。その左右にはガイアの姉弟が守るように控えている。 
 この日ばかりは海賊頭ミュラーさんも着飾っていて、それはセクシーでかっこいいドレス姿で男性の注目を浴びていた。弟のスヴァルさんもいつにも増して王子様のように素敵にかっこいい。
 そんな彼は女性の嘆息、歓声の的。

「………。やっぱりふにゅうちゃんでも踊らない」
 飲みかけのグラスを乱暴に飲み干して、ムスッとして私は彼に当たる。
「なんだって?何怒ってんだよサリサ」
「怒ってないもん。アドレス君の馬鹿!嫌い!アドレス君なんかこうしてあげる!」
 竜族の彼の弱点は冷気。テーブルにあった氷を彼の背中にドバドバと流し込むとたちまち悲鳴が轟いた。
「ぎゃあああああっっ!! 冷てっ!冷てってっ!」

「ふーんだっ!べーっ!」
 そのまま駆け足で王城広場から逃げて行く。

 広場の歓声からなるべく離れたくて。多分あの人を見ていたくなくて。
 定まらない足でフラフラと夜のサマンオサ城下を壁伝いに歩き回り、路地裏でヒールを引っかけて転ぶと、何故か泣きたい気持ちに襲われた。


**


「…痛い…」
 泣くほどの痛みでもないのに、転んだせいにして少しの時間石床の上でいじけた。
「う〜…。気持ち悪い…。クラクラする〜…」

 暫く一人路地裏にふて寝していると、男性の大きな手が抱き起こしてドレスの埃をそっと払った。
「大丈夫か?…少し飲み過ぎだ」
 言わずと知れた、ガイアの民の美青年。憎いくらいの容貌で優しく手を差し伸べてくる。一瞬感動しかけて、慌てて気持ちを切り替えて口を尖らせた。
「スヴァルさんなんて、全然全くかっこよくないですから。かっこつけないで下さい」
「……。ヒールが折れてるな。ちょっと足を見せてみろ」
「やです」
「そうか」
 子供みたいに反抗的な、私を軽く抱き上げてスヴァルさんは歩き出した。 

「やですっ!やです…!下ろして下さい!下ろして〜!」
「暴れるな。…悪かったな。今日は話ができなくて」
 私が何度も会いに行った事に気づいていたようで、謝罪されると私もシンと大人しくなってしまった。心地よく腕に揺られながら、けれど口を突くのは悪態ばかり。

「別に…。話すことなんてなかったです」
「そのドレスも良く似合ってる。綺麗だった。遠くから見ていたよ」

     !…そっ、そんなこと言ったって、…だ、誰でもぽーっとなると思ったら大間違いなんですから!」
 ぼっ!と赤面してしまって、慌てて私は早口になった。

「だいたい、スヴァルさんはちょっとカッコイイからって鼻の下伸ばして……。いい気になり過ぎなんですよ。何処に行っても女の人はべらせちゃって、最悪です」
「………」
 ぶつぶつ小言を言う私に彼は無言で、彼の返事の代わりに不意に空に花火が開いた。後夜祭の最後に数発上げられる花火に足を止めて、私を下ろすと彼は全く関係の無い礼に空を見上げる。

「こうして祭りができるのもお前たちのおかげだ。ありがとう」
「…………」
 
 ポン。ポン。…と、赤や白の花火が可愛く空に花開く。
 一人プリプリしていた自分が恥ずかしくなって、スヴァルさんの袖を掴むと微かな声で謝っていた。
「ごめんなさい…」

「何を謝る」
「…だって…」
 
 なんだろう。とても自分が小さく思えて、子供に思えて、気持ちはどんどん萎んでいった。いつも私の感情なんて手に取るように分かっているみたいだし。
 あっという間にほだされてしまう。

「…お前から見ると、俺は女に囲まれていい気になってるように見えるのかも知れないが…」
「あ…。嘘です。そんなこと…、思ってないです。ごめんなさい…」
「…いいんだ。反省した。これからは好きな女がいるとはっきり言うことにする」


 初耳でした。
 言い寄られて、断る場面を見たことはあっても、確かにその断り方はただ「すまない」と言うだけであって…。別に想う女性がいるだなんて初めて聞いた。

「…なんだ。スヴァルさんたら、好きな人いたんですね…。だったら、あんまり女の人に囲まれてたら駄目ですよ。誤解されちゃいます、きっと…」
 声は加速するように小さくなって、何故か自分の視界まで夜の闇に包まれて狭くなってゆく。
 なんだ。好きな人、いるんだ。

「サリサ、俺は……」

 眠くなってきた私は俯いて、そっともたれる様に彼の腕に甘えてゆく。
 花火の音が遠くなって。頭がクラクラして意識が遠のいて……。

 彼の腕が、落ちないように私の体をぎゅっと抱きしめた。


**


 翌朝、ガンガン響く頭を押さえながら起床した。
 宿屋のベットに横になり、お酒に強いシーヴァスがすでにきびきびと活動しているのを横目にうめく。
「頭いた〜〜…」
「スヴァルさんが送ってくれたんですね。私が来るまで見ていてくれたようです」
「そっか…。そうだよね…」
 彼女の報告を聞きながら、ぼんやりと昨夜のことを思い出しては不安がよぎった。ニーズさんはともかく(怒ってるかも知れないけど)、アイザックやアドレス君はどうしただろう…?

「えっと…。ニーズさん怒ってる?アイザックは…?アドレス君あれからどうしたの?怒ってた……?」
「誰も怒ってないですよ。アイザックはうなされてましたが、シャルディナさんが看ていましたし、逆になんだか邪魔できないような雰囲気で羨ましかったです。アドレスさんは風邪を引いてるかも知れないですから、お見舞いに行くといいと思います」
「うん。そうだよね。そうする……」

 ベットの中で枕に突っ伏しながら、妙に考えるのはスヴァルさんの告白だった。

「スヴァルさんさ、好きな人いるんだって」
「…そうなのですか。どんな方なのでしょうね」
「……うん。どんな人なんだろう……」
 
 常に優しくしてくれた彼の想い人、一体どんな女性なんだろう。
 いつの間にか自分が『特別』なような勘違いをしていたことに気がついた。彼は誰にでも優しい人だから。私だけ特別大事というわけじゃなかったんだ……。


「…残念、ですか、サリサ。その人が誰かは聞いていないのですか?もしかしたらサリサかも知れないですよ?」
「…………………」

 寝ぼけと酔いの残る頭に、彼女の言葉の意味が浸透するのに軽く数分がかかったかも知れない。
「……ま、さか……。何言ってるの?シーヴァス……」
 そんなことあるわけない。笑い話にもならなくて、思わず大きなため息を吐いた。
「昨夜も、すぐに探しに行きましたし…。常に気にかけている気がします」

「…やだ。やめてよ…。絶対違うよ……。絶対違う。絶対違う」
 もぞもぞと再び私は毛布の中に埋もれていく。思いがけず頬が熱くなってしまって。
 昨晩眠ってしまう前に、強く抱きしめられたことを覚えてる。それはきっと私が眠って倒れそうになったからであって、深い意味は無いのに。

 直前の彼の綺麗な双眸を思い出して、胸が熱くなってしまう。
 ……これはただ単に、お酒が残ってるだけだから……。

 頭が痛い。胸がドキドキする。
 飲み過ぎた酔いの残りが醒めるまで、私はずっとベットの上でごろごろと寝返りを打っていた。
 同時に、どこか寂しさを覚えてしまった、彼への独占欲を消し去るために。

 そんな私の心情も知らず、シーヴァスは嬉しそうに言うのだった。
「私はスヴァルさんでも、アドレスさんでも、サリサが幸せなら良いと思います。ゆっくりと、考えてみて下さい」

 さまざまな感情がちりちりと僅かな炎を残していました。
 寂しさも、頬の熱も…。
 まるでまだ花火がくすぶって空に残っているように。



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南野茄緒様 「酒に酔ったサリサが回りに迷惑をかける」絵かSS、スヴァサリつき
 でした。
ちょっと絡んでみたり、一気飲みしてみたりと迷惑かけてみました。(笑)
徐々に意識し合ってるのに、すれ違ってる二人ですね・・・。もどかしい・・・。

リクエストありがとうございましたv (そして大変お待たせしました<(_ _)>)
2005・12