サマンオサ編後、アドレスxサリサのデート話です。ニーサイも少し。 |
「お願いします!ニーズさん!どうか、一緒にWデートして下さい!」 気乗りしない勇者の両手を握り、深く深く、一生懸命に頭を下げていた。 この人が「そんな話」に喜んで乗って来るはずも無い。でも頼めるのは彼しか居なかった。シーヴァスは体調が優れないと言うし、アイザックは見当たらないし……。 アドレス君とのデートにしりごみする私は、なるべくなら二人きりになりたくない。誰か他に居てくれればと、すがるように勇者の腕にしがみ付いた。 「なんでデートなんかするんだよ。嫌なら断ればいいだろ」 「そうなんですけど、でも彼に恩もあって、断れなくて……。まだお互い良く知らないから、一緒に出かける位いいだろうって。それなのに断るのも変だし……」 なかば青ざめる私に、終始下ろされる青い視線は神妙なもの。 「私に渡す物もあるって言うし……。上手く言えないんですけど、その、私ちょっと彼が苦手で……。どうかお願いします、ニーズさん…。サイカさんも喜ぶと思うし、駄目ですか……?」 「………」 考えるところがあったのか、ニーズさんは伏し目がちに溜息をついた。 「ふう……。分かった。少しだけな……」 「……え!?本当ですか!?」 意外な返事に瞬きをして飛び上がる。どう考えても、きっと願いは却下されると思っていたから。 「ああ。連れてくるから待ってろ」 ニーズさんはルーラの呪文で恋人を迎えに行き、私は宿の入り口で待つ彼の元へ。ほっと胸を撫で下ろして、Wデートの説明をする。 |
「道を変える者」 |
「Wデートか、まぁ、それでもいいか」 竜族の生き残りの少年はあっさりと承諾してくれた。相手が『ニーズさん』という事にも興味があったようで、心なしか彼の瞳が鋭さを生んだ気がする。 アドレス君はまだニーズさんとまともに会話した事がないし、興味はあって当然だと思う。 最初の出会いはアリアハンの王城。勇者ニーズの誕生祝賀会で彼に「ナンパ」されたと勘違いして逃げ出した。思えば最初から強引な人だった。 次に会ったのはサマンオサで忍び込んだ王城。(実は『地球のへそ』でふにゅうちゃんな彼とは会っていたんだけど) 危ない所を助けてくれて、本当に感謝している。彼が居なければあの少年魔法使いに、私もシャルディナさんも殺されていたかも知れなかった。 以降、遠慮なく近づいてくる彼。 ……ううん。すでに近いどころか、前フリもなく「眼前」にいて私を誘う人。 地球のへそに永いこと眠っていた竜族の生き残り。シャルディナさんやリュドラル君などと一緒に、ランシール神殿で過ごしていると聞いている。 つまり、私たちと同様、彼も『戦っている』存在なんだ……。 漠然と彼の向こうに「もう一人の勇者」の姿が浮かび上がり、私はまだ見ぬ勇者に思いを馳せていた。 一族を滅ぼした魔王を倒すために彼も戦っているのかな。 もう一人のニーズさんと……。 覇気に満ちた、彼の精悍な横顔を真摯に見つめる。私は余りに彼がパワフルなので気づかなかった、「孤独」に少し胸がチクリと痛んだ。 彼はいつも活力に溢れているし、暗い顔なんて見たことがない。弱い部分なんて在るのかすらも疑わしい豪胆な人。けれど彼の同族はもう居なくて……。 人の中に暮らして疎外感に襲われたり、差別を受けたりすることはないのかな。 エルフであり、竜族でもあるシーヴァスは常に種族の違いに悩み苦しんでいた。それを思うと彼のことも心配になってくる。 「お誘い有難う御座いますなのです!初めての『だぶるでぇと』!感激なのです!」 いつの間にかしんみりしてしまった私を、引き戻すような明るい声が空より降りて来た。アリアハンから呼ばれたニーズさんの恋人(奥さん?)、サイカさんはお洒落したのか、白いワンピースでふんわりと登場。 「こちらがサリサ嬢の彼氏殿でございますか?お初にお目にかかります。私ニーズ殿の妻のサイカと申します。以後お見知りおきを」 ワンピースの裾を掴んでダンスの申し込みさながら。私は慌てて訂正してしまった。 「あ、違うんです!友達です友達!その、彼氏ではなくて……っ!」 「まぁ、今のとこな。…ふーん。こっちのニーズには妻がいるのか」 「………」 こっちの、という物言いに密かにニーズさんの眉が寄った。 「なるほど。分かりました。友達以上恋人未満なのですね。まずは友達からですよね!それから交換日記などを経て、おいおい深い関係に育ってゆくのです。いいですねニーズ殿。まるで昔の私たちを見ているようです♪」 「いや、全然似てねーよ」 相変わらずニーズさんは冷静なツッコミを入れている。 「何処へ行くつもりなんだ?復興中のサマンオサでデートもないだろうし。希望するなら呪文で何処かへ行ってもいいが」 ニーズさんが切り出すと、事の発端の彼に視線が及んだ。橙色の髪を揺らして、竜の生き残りは牙を見せて「にかり」と笑う。 「行き先はランシールだ。神殿に用事もあるしな。じゃあせっかくだから、ニーズの呪文で行こうか」 すでにニーズさんを呼び捨て。恐れもなく肩を掴むアドレス君。 やはりこの人は遠慮がない……。 ニーズさんは虚をつかれ、暫く黙り込んでいたのですが、おもむろにルーラの呪文を口にした。 * ランシールは言わずと知れた私の故郷。知り合いに会わないように願いながら、サイカさんの観光も兼ねたWデートが始まった。 実は私は、昨日一年ぶりに家族と再会したばかり。 シーヴァスと二人で一泊して、朝方サマンオサに戻ったばかりだったのに、不本意にもトンボ帰りの羽目に会う。 家族に会うのはなんだか恥ずかしいな……。 しかも家族はアドレス君を推してるし(お父さん以外)。こんな所を見られたら何を言われるか分かったものじゃないよね。 一人こそこそしながら故郷の町並みを歩いてゆく。サイカさんはスキップしていて、アドレス君もうきうきとして楽しそう。ニーズさんは適当に相槌を打ちながら、時々眠そうにあくびして目を擦ってばかりいた。 「綺麗な町並みですね〜。白亜の神殿が美しいのです」 「そうだな」 「そんなっ。私の方が美しいなんてっ!」 「言ってねーよ」 遠巻きに望めるランシール神殿を見上げの一言。サイカさんはしっかりと想い人の腕を掴んで「あれはこれは」と質問攻め。 「仲いいんだな。さすが妻。妻って結婚してるってことだろ?」 「そおなのです〜〜!!! どうしましょうニーズ殿!アツアツラブラブ、世界は二人のものだそうですよ!」 「だから言ってないし」 仲睦まじい二人を見て、アドレス君は感心したように頷いていた。二人のやり取りに破顔して大口を開く。 「アハハハハ!面白ぇ!」 「………」 仲のいい二人の後に続くアドレス君と私。控えめに後方でランシール案内を語って、アドレス君とはあまり会話も覚束ない。 「なぁサリサ。アイツらみたいに腕を絡めないか?もしくは手を繋ぐ」 「だっ、駄目!友達はそんなことしないの!」 急に振られてドキリとして、私は激しく首を振って断った。 「………。サリサは俺の目を見ないな。なんでだ?」 「そ、それは………」 紅い瞳に負けそうになっちゃうからだよ。 彼に覗き込まれて、うっすら汗が浮かび上がる。 怖いんだ。見つめ合うことが………。 そうだよね。失礼だよね。人の目を見て話さないなんて。 解っているのに、恥ずかしくて逃げ出してしまう自分がいる。その瞳に映ることが恥ずかしい。 だって。灼けるような、熱い眼差しがそこにあるから 「………。まぁ、いいか。ん?あれ何だ?」 硬直した私に追及を止めて、先行く二人に彼の注意が戻って行った。サイカさんが両手にソフトクリームを手にして、ニーズさんに勧めている。 「ランシール名物、清き恋人ソフトですよ。是非とも頂きましょうニーズ殿♪」 「って、聞く前に買ってるし。喰うしかないじゃねーかよ」 「ソフトクリーム、美味しいよ?あ、でも、アドレス君冷たいの苦手じゃなかったけ…?」 名前がランシールなだけで、普通のバニラ味のソフトクリーム。しかし属性が火である彼には酷な代物。 「げっ!冷たい食い物か!パスだな!」 「じゃあ、私たちはアレにしようか。地球のへそ焼き(たこ焼きチーズ版)。中にブルーオーブ(ブルーベリー)が入ってると幸運なんだよ」 「へ〜。よし、狙おうぜ!」 お昼時にもなると、デートは食べ歩き行軍となる。 サイカさんはお土産に「引き返せ饅頭」などを買っていた。(壁の顔が焼きついている饅頭)ニーズさんのお母さんにあげるんだそうで。 「きゃああ!」 海岸に近づいて来て、潮風にサイカさんのワンピースの裾がちょっと揺れた。海岸線を歩こうとして、岩場の前でサイカさんは何故か嬉しそうに恋人の頬をはたく。 「ニーズ殿の助平〜!」(ぱし〜ん) 「なんで俺がめくった事になってるんだよ。風だろ。しかも見えてないし。見たくないし」 叩かれ損なニーズさんは憮然顔。 それを見ていたアドレス君が、思い出したように私の僧衣スカートをめくっていた。 「………!」 隣にいる私の、後方からひょいっと軽く……。 「白。これは何だ。…模様だな」 「………………!!!」 真っ赤になってスカートを押さえて離れた。言葉にできない怒りと恥ずかしさを噛みしめて、ふるふるワナワナと震える。 「な!何するの………!!!」 事故じゃないよ。明らかに故意だったよ!許せるものじゃないんだから! 「ラルクにスカートめくれって言われてたんだよな。女はみな喜ぶって」 「喜ぶわけないでしょ!!!」 あっけらかんとした言いぶりにヒステリーになって眉を跳ね上げる。引っぱたく寸前で堪える右手。更に彼はのたまった。 「こっちの妻は喜びそうだけど。めくって欲しそうじゃん」 「サイカさんと私は違うの!!!」 「私をめくって良いのはニーズ殿だけですよ〜〜!」 一食触発の私たちの向こうで、困ったように小さく注釈を入れているサイカさん。 「……。じゃあこれも嫌なのか?スキンシップって聞いたんだけどな」 全く悪びれない彼。私の胸を指先でめくるようにして揺らしたじゃないか。 「ーーーーーー!!!」 胸を押さえて、全身を縮める。彼は感触に驚いて紅い瞳をぱちくりと見開いていた。怒りを通り越して、思い切り涙ぐんで走り去る。 こんな事されたの初めてだよ! 「アドレス君の馬鹿っ……!大嫌い!最低!!」 * 「おいっ!待てってばサリサ!悪かった!謝るから!そんなに嫌だとは知らなかったんだ!」 ニーズさん達を置いて何処へともなく駆け出した。悔しくて、怒って、恥ずかしくて、彼が追って来れなさそうな海へとバシャバシャ入って行く。 普通に逃げたって追いつかれるのは知ってるから。彼が水に弱いのは知ってるし、泳げないのだって知ってるんだ。海に胸まで浸かって、「これでどうだ」と言わんばかりに砂浜を振り返る。 「………。ちぃ……っ。そこを動くなよサリサ」 案の定波打ち際で彼は往生していた。波を越えるのに邪魔になりそうなコートを放り捨てて、死地にでも挑むかのように慎重に足を海に入れてゆく。 苦手な水に身体を埋めてゆくなんて、どんな感覚なんだろう? 私だって急速に身体が冷えてゆく。 彼の場合は尋常じゃない負荷を負うのに 「や……、やめなよ!そんな無理しなくたっていいじゃない!アドレス君ってば!」 怒りは体温低下とともに消え、不安がもたげて慌てて彼を制止した。 波を乗り越えて近づいてくる竜の少年。竜になって、飛んで来れば済む話なのに、それをしないのは何故なんだろう。 波が来る度にジャンプする、そんな常識も知らない彼は水を飲んでは苦虫を噛む。心配になって戻る途中、しっかりとお互いはお互いを捕まえていた。 「………。あんまり侮ってくれるなよ。サリサ」 波に揺られ抱き合いながら、私は茫然自失として。 抱擁に抵抗することもすっかり忘れて浮いている。 「お前だって根性見せてくれただろ?これ位の事、俺にできない訳がない……」 『地球のへそでの自分』を見ていてくれた彼。少しぐったりとしながらも、強気の瞳で「へへっ」と笑う。 「悪かった。お前が嫌がることは、もうしない。この通りだ。許してくれ……」 顔色も悪くて、別な感情でまた涙が滲んでしまった。 「………。うん。分かった……。ごめんね、こんなに身体冷えちゃった……。アドレス君は知らなかったんだもんね。仕方ないよね」 ちゃんと説明して、解ってくれればそれでいい。私も意地悪をしてしまった。 些細な意地悪が起こす災難。 彼を支えながら砂浜に戻る、その途中で私は奇妙な寒気に出遭い、辿り着いた結論に困窮を始めていた。 「アドレス君?どうしたの?具合悪いの!?」 感じた悪寒は的中して、浜に辿り着いた途端血の気を失って彼は転倒。彼の身体にけいれんが起こり、身体は凍りつくように冷たいのに全身を脂汗が覆い尽くす。 激痛を必死に堪える彼は胸を掴み嗚咽して、吐いた物には赤い血痕も浮いていた。 「鎮まれ……!鎮まりやがれ………!!」 胸に飼う激痛を調教するかのように吼え、何度も砂の上に寝返りを打つ。 嫌な予感を振り切るように、効果は知れないけれど何度も回復呪文で胸を抑えた。全身で呼吸を整える姿に唇を噛んで、少し強引に彼の衣服を引き上げる。 「アドレス君……。これ、一体どうしたの!?」 やはり………!自分は彼の中に邪悪な波動を見つけてしまった。 彼の胸に見たことのない文様を見つけ、憔悴した彼を見下ろし問い質す。 「強力な呪い……、だよ……?すっごく嫌な感じするもの!早くなんとかしなきゃ!聖女様でも治らなかったの?あ、ジャルディーノ君ならなんとかなるかも!」 「………。いや、あのラーの僧侶でも、無理だろうな」 肩で息する彼の言葉は、どこか人事のように。 「そ、そうなの?じゃ、じゃあ………!」 「……サリサ、落ち着け。大丈夫だ……。すぐに、ゴホッ。治まる……。慣れない海に入ったせいで、いくらか力が弱まっただけだ……。悪いな、忘れてくれ」 「忘れるわけないよ!…ねえ、あの、本当に方法ないの?あ、シャルディナさんのオーブの力とか……!」 今まで多種多様な「邪悪」に触れたことがある。 イシスのピラミッドや、テドンの呪い。サマンオサを包んでいた腐臭……。 けれどその中でも最高に嫌な感じがしたんだ。文様に触れるだけで生気が根こそぎ奪われてゆくような……。 とても忘れられるような軽い『もの』ではない 「もういい、気にするな。俺が好き好んでやってる事だ。……この事、誰にも言うなよ。特に勇者にはな」 「そんな……。アドレス君……!」 納得できないまま、濡れた服を着替えるために、神殿に戻ろうと話題は強引に変えられた。 「丁度、お前にあげたい物は服だったんだよ。俺も着替えたいから、このまま神殿に行こう……」 * 久しぶりに訪れたランシール神殿では、聖女ラディナード様が特別に時間を割いてくれて、なんと私に特別製の法衣が献上されることになっていた。 十字架の入った青い法衣に、白いチュニック。チュニックの肩にも青い十字架が刻まれ、手にしただけで清廉とした気持ちになってくる。 「これは先代の聖女アローマ様の着用していた法衣。アドレスに言われて貴女用に修復しておいたの。ミトラ神の加護によって、攻撃呪文や炎、冷気によるダメージを大幅に減らしてくれるわ。サイズもピッタリ合うはずよ」 「そ、そんな。大事な法衣を、私が頂いても良いのでしょうか……」 ゾンビキラーに引き続き法衣まで、何から何まで先代聖女の遺品を私なんかが使っても……。 恐れ多さに遠慮した私に、聖女様はタオルをかけ「貴女にこそ必要でしょう」と微笑んでくれた。 着替えるために借りた客室。 カーテンを閉めて法衣に腕を通し、しっくりと馴染んだ布地に改めて敬服する。まるで私で良いと許してくれたように感じて。 「良く似合うわ、サリサ」 「あの、ラディナード様。アドレス君の呪いのこと、ご存知ですか?」 誰にも言うなと言われたのに、気になりすぎて早速禁を破ってしまう私だった。自室に着替えに行って不在なうちに、できれば確認しておきたかった。 聖女様は声をひそめ、誰にも聞こえぬように私の耳元に言葉を乗せる。 「彼は勇者の呪いを肩代わりしているの。確実に命は蝕まれているわ。けれど、それも勇者のため。彼は勇者を進ませるために、自分を犠牲にしているのよ」 「そ、そんな。でも……」 「彼は言うのよ。勇者に勝る優先順位はないと」 「…………」 呆れた根性でした。見上げた根性でした。 そんな彼が、海ごときにひれ伏すはずがない 着替えて海辺にニーズさん達を探しに行って。 その間中、やはり彼は呪いの事など何もなかったような顔をして。 彼の気持ちも解るけれど、私は心配で頬が膨れがちでした。 「何処へ行ったんだろうな。ニーズ達。先に帰ることはねーと思うけど」 「………」(ムスッ) 「何、まだ怒ってるのかサリサ」 厚着してきた彼は、「また何かやったかな?」と本気で首を傾げて考え込んでいた。 海辺には夕刻を前にしてカップルの姿も多い。岩場や砂浜で寄り添い合う恋人たちの影を見て、ふと彼の顔が上がった。 「そうだ。あれだな。俺がキスしたことだ。地球のへそで俺が勝手にキスしたこと、あれを怒ってるんだろう?違うか?」 「………。え、勝手に………?」 危うくキスされそうになったのはアリアハンでのこと。地球のへそでなんて、聞いてない。目が合って、身体がカッっと熱くなる。 慌てて視線を逸らし唇を噛んで震えた。 怒りたいのか、泣きたいのか、自分の感情がぐちゃぐちゃで良く解らない。 もう、どうしてこの人は次から次へと、私の心を忙しくするんだろう……。 やめて欲しい……。 顔を見れなくて、海岸線、遠くの雲の動きを追った。 「悪かったな。言っただろ?その時お前に心打たれたんだって。だから俺は止められなかったんだ。だけどお前が泣くほど嫌だって言うんなら、もうしないことにするさ」 「………。ん………。もう、勝手にそんなことしちゃ駄目だよ。正直に話したから、許してあげる……」 困る。とにかく困るよ。困りっぱなしでどうしていいか分からないよ。 過ぎたことは仕方ないし、怒ってまた同じことを繰り返しても無意味だし……。 「そうか。やっぱりサリサは可愛いな」 人の気も知らず、竜の生き残りは調子のいい笑顔。 顔に火がついて、ごまかすためにニーズさん達を探しに急いだ。 ニーズさん達も私達を探していたらしく、何度かのすれ違いがあって私たちは夕方ようやく合流。神殿前でなんとか会って、ルーラの呪文で帰路に着いた。 ニーズさんはサイカさんを送っているので、宿の廊下でアドレス君と二人きり。 別れ際俯き、囁くお礼はたどたどしい。 「法衣とか、他にも、色々ありがとうね、アドレス君……。それから、あんまり無茶しないでね……」 「………。サリサもな。じゃあな。また来る」 手を振って廊下の奥、階段を下りて橙色の後姿は見えなくなった。部屋に入って一人、逸る胸を抑えるようにベットの上にドサリと落ちて顔を埋める。 キスしたの?一体どんな風に? 今更ながら気になってきたりして……。 次、会う時どんな顔したらいいんだろう………。 早まる鼓動。今日知った彼の新たな一面はグルグル回って私を惑わす。知る度に私の中に、強引に面積を増やしてゆくような人だった。 緩んだ緊張と疲れとで、そのまま静かな眠りの世界へ |
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宿の一階に降りると、妻を送り終えた勇者の姿が近づいていた。 階段の下でバタリと会って数秒、お互い視線を絡ませるとこちらから誘ってやる。 「言いたいことがありそうだな。だから今日一緒に来たんだろ?ケンカなら買うぜ?」 「そういう訳じゃない」 ニーズは顎で促し、宿の外に俺を誘った。裏口に回ると人気はないし、無表情な勇者は抑揚のない声で俺を咎める。 「あんまりサリサを困らせるな。押せばいいってものじゃない。もうちょっと手加減してやってくれ」 「へえ……。優しいんだなニーズ。口調はサバサバしてるくせして」 俺は宿の壁にラフに寄りかかりながら、意外な言葉にむしろ喜んで声が弾んだ。宿の裏、積まれた荷物の影に勇者の瞳は斜に光る。 「………。それだけ言いたかっただけだ。似たような境遇にいるから、アイツの気持ちが少し解る。今日も困って助けを求めていた」 奴なりにサリサを気遣っていたんだろう。俺は悪者というわけだ。多少声に怒りを含めた勇者は、不敵な俺をじっと見据える。 「……。なるほどね」 好意を余すところなくぶつけてくる女の存在。 自分も押されて戸惑っているという事だ。 しかしそれが嬉しいんだろうに……。 「覚えておくさ。お前はいい奴だな。笑わないが、迷いはないし、生き方に嘘がない。口では嘘を言うが、行動は正直だ。期待してるぜ、もう一人の勇者」 短時間だが、相手を知るには充分な時間だったと思っている。大体匂いや気質を見れば人となりは知れるからな。 「………。お前はアイツと一緒にいるんだな」 ニーズは聞きたかったのだろう。元ニのことを。 リクエストに答えて、俺なりの評価を語る。 「そうだ。俺はアイツを守るために戦っている。アイツは良く笑うけれど、迷っているし、嘘つきだ。おかげで光が鈍り始めてる。けれど優しい奴だな」 自分からすれば、「何をそんなに迷うんだ」と問いたくなるような生き方をしていた。自分を苦しめる嘘ばかりつくし、悲しみの迷路で無い出口を探している。 とは言っても、それが愚かだと思っているわけでもない。 「………。それだけ解ってるなら、それでいい。アイツを助けてやってくれ」 「おう。アンタもしっかりな」 勇者に激励を送り、別れるとコートの中にキメラの翼を探していた。ランシールに戻るつもりで、目の前を通り過ぎた黒い影に手を止める。 そう言えば「夕方宿を訪ねる」とか言っていたか。 呼び止めるかどうかに珍しく躊躇し、結果ガイアの男は宿の中へと消えて行く。男とサリサがどんな話をするのか……。やばいな。嫉妬心から気になって仕方がなかった。 外から二人の居る部屋を見上げ、暫くもやもやしていると、すぐに男が宿を出てきた。ものの十分程度だっただろうか。男の表情は黒い帽子のつばに隠れ、会話内容は読み取れない。 海賊の副頭領、大地神ガイアの一族の男。大いに興味を引かれ俺はあからさまに後を追った。 追跡者を男は誘導し、足はそのまま夜の酒場街へと流れ込む。 復興中のサマンオサだが、国の気質なのか酒場は多いに盛り上がっているようだった。昼間働き、夜は大いに飲んで騒ぐというところか。 各酒場からは陽気な笑い声が絶えずこぼれ、歌も音楽も止めどない。 黒服の男は不意に、小さな酒場の前で足を止めて振り返った。後者の俺に驚きも戸惑いもせずになんと中に誘うじゃないか。 「何か用か。長い話なら立ち話もないだろう」 「いいねぇ。当然アンタの驕りだな」 「別に構わない。いい店だ。ゆっくりしていけばいい」 まさか酒に誘われるとは……。 意外な展開だったが、美味そうな匂いに気分を良くして席につく。 復興中のサマンオサの中において、被害の少なかった古い酒場。修復の跡が見られず、古い樹木の匂いと酒の匂いが巧い調和を演出している。店内は薄暗くランプの灯りが煌々と揺れていた。他所とは違い客層は男一人が主。静かで落ち着きのある店は、どうやら男の馴染みのようだった。 男は主人に挨拶してカウンターに座る。俺もその右隣に軽快に座り、メニューを手にざっと数点料理を頼んだ。 「単刀直入に聞くぜ。アンタ、サリサが好きなんだろ。どういう関係なんだ。好きって言ってあるのか」 カウンターに片肘立てて、回り道せず本題に入った。 「……今のところ、口にはしていない。口にするかも解らないな。サリサは俺の恩人だ。お前が気に病むような関係じゃない。安心しろ」 男の場合は注文しなくても酒が出てきた。酒は頼んでないが、主人の勧めの地酒を出されて、俺も喉を潤しながら会話する。 「口にしない?どうしてだ。自信がないのか?まさかな」 金髪の男は人で言うところの美男子。放っておいてもモテモテの毎日だ。 そんな男が気持ちを口にしないと言うことに、違和感を訴えて答えを迫る。 「俺とお前とは違うと言うことだ」 男の視線はこちらにはなく。カウンターも越えてもっと先へと伸びている。 確かに違うが……。 俺が聞きたいのはそんな大まかな答えじゃない。 「想うが故に、何もできないこともある」 突き詰めようとして、男はもっと不可解なことを言い始めた。 「お前はサリサの、『道を変えてゆく者』なんだろう……」 「……………」 料理が届きがっついていた腕を止め、不本意にも男の横顔に釘付けにされてしまった。 「俺はアイツの道に口を挟むつもりはない。アイツのやりたいように進むことを、影で見守り、支えるだけだ。立ち止まった時に背中を押す、そんな位置を望んでいる」 淡々とした言葉に、確かにサリサへの想いが見て取れて……。 氷を微かに鳴らしながら飲み干した、グラスを置いて指を組む。男は「ふっ」と口元を緩めて俺を褒めた。 「お前は違うんだろう。手を引き、引っ張り回して、障害も叩き壊して新たな道を提示してやるような、力強い先導役。随分掻き回しているようだ」 「………。確かに俺はそんな感じだ。性分だからな。随分控えめなんだな、ガイアの民ともあろう者が。灯にも色々あるってことか」 決して嫌味や皮肉ではなかった。おそらくはお互いに。 男の言葉は鋭さを持ってはいるが、人に害為す刃ではないのだと感じる。 『道を変える者』か、巧いことを言う。 「……そうだ。燃え滾る劫火もあれば、仄かに道を照らす篝火もある」 お互いは如実に『炎』に例えることができる。男は結論を告げるかのように付け足した。 「手にする炎は、彼女が選ぶ」 「……そうだな。言っとくぜスヴァル。俺は負けない」 敬意を持って、宣戦布告しておこう。おそらく今は相手の方がサリサの心に宿っているから。 「アイツ以外には惹かれないんだ。だから全力で求めてる。アイツの隙間は俺が全て埋めると言った。アイツの心も身体も俺が守る」 「…………」 男はこちらをわずかに驚いた瞳で見つめた。 ぶつかる視線が火花を散らすかと思ったが、男は瞼を伏せて自虐的な吐息を吐いたに納まった。 何か言おうにも、何も言えなかったと横顔で答えた。 戦いの狼煙(のろし)も上げないが、応援の旗も、白旗も揚げない。おそらくは、自分には「自分のやり方がある」と主張していたのだろう。 |
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ガイアの男とは、それ以降は世間話だけに終わった。 腹も膨らみ、酔いも回った。日が変わらぬうちに酒場を立ち、ランシール神殿の自室に帰ると酔いもあってすぐさま眠りの旅につく。 常に首につけたチョーカーをいじり、思い巡るのは僧侶娘の温もり。 普段ならこのまま恋に焦がれて眠るところ。 しかし今夜は胸の呪いが阻むようにジクジクと疼きだす。 「クソッ……!最近やたらと疼きやがる………!」 酒の酔いとは明らかに違う眩暈が襲い、世界が縦横境なくグルグルと廻る。ベットの上でもんどり打ち、歯軋りしては吐血を拭いた。 部屋は頼んで元ニとは遠い。 こうして『闇』が暴れても気づかれる事のないように。 苦しみを漏らすことは極力避け、気迫で呪いを抑え込むが、鎮まる頃にはベットに染みるほどに全身から汗が滴り落ち、シーツも血糊で汚していた。 「最近闇が騒ぎやがる……。元ニの影響かも知れないな」 最近の勇者の状態を憂い、荒い息を整えながら雑に額の汗を拭う。 呪いは本来、勇者ニーズが背負うもの。俺はその苦痛を転送させているだけで、どんなに俺が屈強になろうが呪いの抵抗力とは関係がない。 元ニが脆くなれば、俺の負う痛みが増える。元ニが混迷しているうちは、きっとずっと毎晩のように苦悶にのたうつ事だろう。 「アイツ、迷っているからな。ずっと……」 例えば、ラーの鏡に自分が映らないことを知ってから。 妹の竜変化や、雷の呪文を目の当たりにしてからも。 誰にも語らない憎しみも……。 「あんまり無茶しないでね……」 心配そうなサリサの顔を思い出すと、心がふっと安らいでくる。 「アイツにもいればいいのにな。そんな存在が……」 俺にとって最も大事な二人の幸福を願いながら、いつの間にか意識は眠りに喰われていった。 道を変える。そんな位置を俺は望む。 |
アドレスとサリサのデート風景は書いておきたかったのですよね。 おまけにニーサイも少し入れてみました。 アドレスを書く時はどうしてもサリサと元ニーズが関わってきます。 スヴァルとの飲み会(?)なかなか楽しかったです。 2006・6 |