ニーズxサイカ。「盟主誕生」の後にどうぞ。




「…以上」

「はいはい〜。ニーズさんこちらの料理にコメントをどうぞ」
 この日の俺はとっくの昔に腐っていた。
 ナルセスに建設中の町に呼ばれ、いい宣伝文句として振り回されていたせいで。

 開店したばかりの定食屋に料理を出され、コメントを求められたので応えれば…。
「いまいち」
「舌がとろけるようだそうです。ここのメニューに書いておきましょう。勇者ニーズ、感動のあまり涙したと…」
「コラ!!嘘を書くな!訴えるぞ!」

 どこまでも俺の意見は全くの無視で腹が立った。

 それからはノーコメントを決め込んで黙々と料理を食べ続ける。不味くはないのだから、食べる事には苦痛は無い。
 多分、まだ、この状態の方が疲れなかっただろうな。ナルセスに振り回されていただけの方が楽だったに違いなかった。


 食事を終えて店を出ると、バタバタと音を鳴らして飛び込んできた赤い着物の娘に遭遇する。
 そう、望まない遭遇という奴だ。
 俺は口を開けて呆気に取られたが、勢い余って抱きつかれたまま後ろに倒れる。

「お久しぶりなのです!ニーズ殿〜〜!!」
 ハートマークをいっぱい散らして、現れた女は遠慮なく俺の胸に頬ずりして離れない。なつき過ぎるネコの仕草にも良く似ている。

「なっ。なんでお前がここにいるんだ」
「ナルセス殿が町を作るというので、私も協力しているのですよ〜。ジパング人は私一人なので珍しいのです♪時々ルーラなどで連れて来て貰うのですよー」
「そうか。じゃあ、頑張ってくれ」

 そそくさと俺はサイカから離れて、その場から逃げようとする。
「お待ちくださいませ〜〜〜!!つれないのです!!!」
「離れろよー!うっとうしい!」
 まとわりつく小動物を追い払うのはなかなか困難で、イライラは最高潮に達しそうになる。

「あ、ニーズさんはじゃあ、サイカちゃんとデートしてていいですよ♪せっかく久し振りなんだろうし。サイカちゃんニーズさんを案内してあげなよ。この町の見所案内ってところで」
「そうします!ありがとうございますナルセス殿っ!」
「コラ!勝手に決めるな!!」

 吠えると、仲間達は揃って知ったような口を聞く。
「照れるなよ…。二人でいればいいじゃん」(アイザック)
「そうですよ。楽しそうですし、新しい変わったお店もいっぱいで。仲良くして下さいね」(ジャルディーノ)
「後は私たちで働きますから…。ニーズさんはサイカさんとゆっくりしてて下さい」(サリサ)
「お兄様、素直が一番だと思います」(シーヴァス)
「今晩はこの町に泊まりますから。帰って来るのは明日の朝で良いですよ(にっこり)」(ワグナス)

ドカバキッ。

 とりあえずワグナスは殴っておいて、腕を掴んで離さないサイカに負けて、俺は仲間たちから外れて町へ消えて行く。

**

「ニーズ殿はこの町は初めてですか?」
「ああ。今日始めて来た」
「面白いのですよ〜♪特にここ!ここ最高なんです!」
 手を引かれてとある店に入ると、俺は店の入り口で真横に直角に倒れる。

 店に入ってまず目に付いたのが、

等身大勇者ニーズ人形。(食い倒れ人形のようなものをご想像下さい)
 
 確かにナルセスが言っていたような気がするが…。
 「勇者ニーズまんじゅう」とか、「これで君も勇者ニーズになれる!額冠&マントセット」とか、ワケの分からない商品が候補にあるとか…。

「大丈夫ですかニーズ殿!こちら、建て付け悪いのでしょうか?あのですね、ここは勇者グッズ専門店なんですよ!まだ試作品ですが、もう、レアグッズがいっぱいなのです!!!」

ばこっっ。

「イタイ!痛いです!妻に手を上げる夫、最低です!家庭崩壊の第一歩です!」
「うるさい黙れ!!」(怒)

 やっとの事で立ち上がって、すっかりうなだれた気持ちをなんとか支えようとするんだが…。その勇者グッズ販売店の店内を見てしまうと、本気で真剣に気分が滅入った。

 客もわりといて、家族連れやら、女性客やら、男性客も見えた。
 ところ狭しとコスプレグッズやブロマイド、食べ物などが置いてある。
 うっかり、俺はガキの一人と目が合ってしまった。
「あっ!あっ!本物の勇者ニーズだっ!!」
「えっ!勇者ニーズ様!?」
「あっ!勇者様だ!わあああっ!すげー!かっこいいー!!」

しまったーーーー!!!
 すぐさま俺はガキに囲まれて、身動きができなくなってしまう。
 俺はガキは苦手なんだ!

「はいはいはいはい〜〜!!触らないで触らないでね少年少女たち!!触った子は罰金ですよ!触ってよいのは私だけなのです!!」
 助けてくれるのはいいんだが、どさくさに紛れてサイカは勝手なことをほざいていたが、それ所ではない。

「きゃー!勇者様!私ファンなんです!!すごいお逢いできて嬉しいです!」
「きゃわっ」
 若い女がサイカを突き飛ばして、俺の前に割り込んでくる。

「あっ、先ほどサイン頂きました!ありがとうございました!今グッズもいっぱい買いました!それからそれから…!」
 ガキがしぶしぶ引き下がったかと思うと、今度は若い女数名がキャーキャー言いながら俺を取り囲む。
 …ガキの群れより苦手だった。

 女たちはそれぞれ俺の手を取り合い、壊れた鳥のようにうるさく鳴きわめく。
「私なんて、ブロマイド全品制覇しているんですよ。見て下さいコレ。今度アリアハンにも生家観光に行くつもりなんですv…あ、勇者様あの、勇者様は…、あの、恋人はいらっしゃるのですか…?」(もじもじ)
「ちょっとアンタ抜け駆けしないでよ!それは私が聞こうと思ったのに!」
「いいじゃない早い者勝ちよ」

「恋人いますっっ!!いますっ!妻ですっっ!!」
 女たちの後ろでサイカが頑張って手を上げて主張しているのだが、女たちは全く聞き耳を持たない。

「きゃあ!ちょっと押さないでっ!」(抱きっ)
「誰も押してないわよ!何抱きついてるのよっ!ああっ、勇者様私も…!」
「ずっるーい!もうこうなったら…!勇者様!好きです!付き合って下さい!」
「キャーーー!何よブス!アンタなんか相手にされないっつの!」

「いやですぅぅぅぅぅーーー!!」

 ついに悲鳴を上げたのはサイカだった。
 半泣きで女達を強行突破で突き飛ばして、ぐすぐすしながら俺にしがみつく。

「ちょっとアンタ何よさっきから!邪魔なのよ!」
「勇者様が困っています。離れて下さい」
「私はニーズ殿の妻です!最愛の妻です!だから誰も触らないで下さい!」
「はん?」

 店内は険悪な雰囲気で、店員もそれはおどおどとうろたえていた。
 女たちは信じようとはしないし、サイカは怒っているのか泣いているのかどちらか分からない。
「言ってやって下さい」と訴える目で俺を見上げるサイカに暫く思案する。

「サイカ、さっき突き飛ばされたろ。大丈夫か」
 考えたのち、俺は優しくサイカを気遣う。
「悪いな。応援とかは嬉しいんだが…。実際に付き合うとかは無理だから。…コイツ以外は」
「ニー……!!」
 嬉しそうにサイカの瞳は輝き、見せ付けるかのように俺の腰に腕を絡ませる。

「店員、お願いがあるんだがいいかな」
「は、ははははいっ!なんでしょう」
 俺は売り物のブロマイドを見て、裏のプロフィールに注意事項を加えるように頼んだ。
「そうだな。女に興味なし。決まった相手がいるって書いておいてくれ」
「ええと、それですと売り上げが下がりますので勇者様…」
「店燃やすぞ」
「かしこまりました」
 深々と頭を下げた店の親父に念を押し、ため息ついて俺はサイカと店を出て行く。
 
 …なんだかいきなり疲れたな…。

「ううう…。ニーズ殿は私だけの人です。ううう…」
「もうこの町には来たくないな。俺は…」
「人気が出るのは嬉しいのですが、若い女子は勘弁ですね。かと言ってマダムも嫌ですが、年配者でも…」(ぶつぶつ)
「何言ってんだ?しかし、参るな…。あんなにグッズこしらえて…」

「あ、私もニーズ殿のは全商品買いました!発売日に全て買ってます!」
 再び、俺はグラリと倒れそうになった。
「じゃ〜〜〜ん♪見て下さいこちら!きゃあ〜ニーズ殿いい男〜!」
「一体いつの間にこんな…」
 ブロマイド全二十枚、中には寝顔やラフな格好のものまで…。

「えっと、撮影は特殊カメラマン『W』、だそうです」
「あのヤロウ」

「えっと、じゃ〜〜ん!見て下さい!もちろんこれも持ってます!」
 背負っていた鞄からガサゴソと…。
 取り出したのは「これで君も勇者になれる!額冠&マントセット」。
「面白いんですよこれ。鏡の前でいつもポーズ決めて遊んでます」
「遊ぶな」

「お、お母上も喜んでいるのに〜〜〜〜!」
「…………」
 だんだん頭が痛くなってくる。

 暫く、俺たちは手を繋いで(女除け)、新しくできる町並みをアテもなく見学していた。ナルセスの奴が頑張っているらしく、町並みは明るく個性的に見えた。
 中央の噴水と三つの教会はまだ建設途中だが、見事なものができそうに期待できる。

 歩き疲れて、その中央の噴水広場でベンチに腰かけて、暫くぼうっと働く人々を眺めていた。
 途中の露天で飲物とポップコーンを買って、ポリポリと齧っている。

「母さん、変わりないか?」
「はい。お元気ですよ。そう言えば、こないだ暴露本の取材を受けてました」
「…は?」
「なんでも、アリアハンでニーズ殿のドキュメント本を作ろうとかで…」
「……」
 頭を押さえて、俺は長い長いため息をつく。

「ほっといてくれ、もう…」
「御母上も、反対したのですよ。取材は拒否してました」
「へぇ…」
 それには、母さんに感謝を覚えた。俺の事を気遣ってくれたような気がして。

「あのですね!その代わりといいますか、グラビア出すのですよ!写真集!」
「…誰の?」
「妹殿とサリサ嬢ですよ〜〜〜!」

ブーーーーーーッッ!
 噴出したジュースは思い切りサイカの顔に拡がる。
「いや〜っ!ひどいですっ!」
 ハンカチで拭きながらサイカは抗議するが無視。
「写真…。おい、妙な本じゃないだろうな」
「あのですねv実は…。私もげすとで参加するのですよ。うふっ」

「そんな事はどーでもいい。質問に答えろ」
「大胆な水着も着てしまおうかと…。きゃ〜!」
「売り上げ下がるだろう、それは」

「きっと『べすとせら〜』ですねv美女三名の写真集」
「誰もお前のページなんか見ねえよ」

「もうっ。ニーズ殿はぁ〜…。妹殿は美人ですけど、私の方が美人ですよね?」
「ふざけるな。シーヴァスに決まってる。比べるのもはなはだしい」
「……。サリサ嬢と私なら私ですよね?」
「サリサだな」
「………。お母上と私なら私の方が若くて美しいですよね??」
「母さんだな。今でも充分綺麗だよ」
「……。え、えっと…。あ、あそこの女性よりは私ですよねっ!??」
 指差して、見れば小太りの中年女性、サイカは苦し紛れでわなわな震えていた。
「どっちもどっち」

「ふぐぐぐぐ…」
 頬を膨らませて、真っ赤な顔で怒るサイカをよそに、俺は飄々と未完成の噴水を眺めていた。

 ふと、人の集まりが向こう側に見れて、立ち上がって目を凝らす。
「何か人が集まってるな。知ってるか?」

「もうううう、ニーズ殿はああああっ!人の気も知らないでっ!」
 膨れたまま立ち上がったサイカは、人垣の中にいる人物の姿に一転して、手を叩いて浮かれ飛ぶ。

「今話題の占い師さんですよ!行きましょうニーズ殿!」
 サイカは期待に満ちた笑顔で手を引っ張り、広場を半周して人垣の中に入り込んで行く。
 一人の娘が占い師らしく、深くフードを被った衣装で人々の未来を暗示していた。
 ふわふわと軽そうな、波打つ銀髪の娘、歳は俺と同じくらい。
 片手に乗る程度の黒い宝珠に手を差し伸べ、人の合間から顔を出した俺に視線が動いた。

 それはほんの些細な一瞬。
 何事も見なかったかのように占い師の視線は黒い宝珠に戻って行く。

**

「じゃあ、次は私を。新しいこの町で成功するかどうか、是非…」
「私は、あの、恋愛運を…」
「すみません。姉は少し疲れているようなので、今日は少し休ませて貰えませんか。明日またこの場所に来ますから」

 並みいる客に、頭を下げる少年が見えた   占い師の弟か、が今日の占いをすでに断っていた場面に俺たちは顔を出す。
 髪の色は姉弟全く似てはいなく、弟は黒髪に赤みのある黒い瞳をしていた。少し長めの髪を縛り、表情は穏やかで明るい。
 客は残念そうに離れて行き、俺たちも仕方なく同様に離れて行こうと思った。

「残念ですね…。二人の未来を占ってもらおうと思いましたのに…。まぁ、いつも混んでいて占って貰えた事はないのですけれど…」
 離れて行く俺たちに、弟が声をかけた。
「あの、勇者ニーズ様ですよね?姉上が是非お話したいと言っているのですが」

「な、こ、交際の申し込みは駄目ですよっ!」
「何言ってんだ」
「あははははっ。違いますよ。姉も占い師のはしくれ、是非勇者様の未来を占いたいと言っているんです。もちろんお題は要りません。そちらの彼女もご一緒に…」

「嫌ですわっ!彼女だなんてっ!」
 得意の「どーん」が出たのだが、黒髪の弟はいつ動いたのか解らない、瞬きの間に避けてにこにこと笑っていた。
 標的がいなくて石畳に突っ伏したサイカに手を差し伸べて、紳士的に姉の元にエスコートする。

 何か引っかかる弟だった。個人的にいつもにこにこしている奴は嫌いだった。
 姉は占いのために布を張ったテーブルから立ち上がり、恭しく俺にお辞儀をする。
「お初に御目にかかります、勇者ニーズ様。私はニース。占いをしながら旅をしている者です」

「ニース…?」
「どうぞ、おかけ下さい」
 促されて、俺はサイカと並んで女とテーブルを挟んで向かい合う。珍しい名前でもないが、どうにも『銀髪の女』と言うのに疑いが消せなかった。

 顔を凝視するが、あの死神二人とは別人だった。瞳の色は弟と同じく赤みのある黒。髪はおそらく天然のウェーブで、そのまま背中に流していた。
 被るフードと着ているものは黒。占い師としてはまぁ珍しくもない。
 弟は普通に町人の装い、姉の後ろで占いを見守る。

「あの、あのですね。私たちの将来を見て頂きたいのですが…」
「……。探してる奴がいるんだが、そう言うのは分かるか?」
「どちらから占いましょうか」
「二人の相性ですとか、子供は何人ですとか。式の日取りはいつがいいですとか…」(どきどき)
「当然俺で」
 馬鹿はほっといて占いを頼む。

「どなたをお探しですか」
「…俺の、兄のような存在だ」

「………。もうじき、会えるでしょう。場所は、…ランシール…」
 黒い宝珠に両手をかざし、占い師はすぐに答えた。
「良かったですねニーズ殿!兄上に会えるそうですよ!!」
 返答できないくらいに激しく揺さぶられて、思わず乱暴にサイカをどける。
 それが本当なら嬉しいが、ますます疑心が深まった。

「お二人の未来ですが…」
 顔色変えず、占い師は続けてサイカの注文に答える。瞳は酷く冷めている氷のように感情に乏しく、ぽつぽつと語る声にも抑揚がなかった。

「……。『別れ』、が見えます」

 俺もサイカもさすがに、その答えには動揺し言葉を失った。
「サイカさんには、待っている別な方がいるようです。近いうちに…、迎えが来るとの暗示があります」
「………」
 どう反応していいか解らずに、サイカは俺を横目に見やり、弁解しようと占い師に身を乗り出す。

「あ、あの…。えっと…。ち、違いますよね」
「勇者様は、…今のままですと、大事な人を失う…でしょう」

 背筋がゾクリと冷たくなった。俺を見上げた占い師の目を見た瞬間に。
 女は臆しもせずに、抜け抜けと忠告する。
「あなたにとって、大事なものとは何なのでしょう…。先ほど聞いた兄でしょうか。家族、友人、恋人…。あなたは、今のままではこれを奪われるでしょう」

「いいえ、奪いは、必須…」
「貴様!」
 机を叩き、椅子から立ち上がった俺は女の胸元を掴みフードを引き剥がす。

「貴様、あの死神だろう!?正体を見せろ!怪しいんだよ!」
「やっ、止めて下さい!」
 弟が慌てて止めに入るが、睨みつける姉の瞳は挑戦的に光っていた。
「私を殴っても、未来は変わりません。お守り下さい。あなたの大事な人を…」

「ニーズ殿…」
「………」
「私が、占いした方に配っているお守りがあります。良ければお持ち下さい」
 もやもやは消えないまま、女から手を離すと、俺の憤りなど全く何処吹く風で女はお守りと称した「メダリオン」を差し出す。

「黒いメダル…。変わってますね」
 サイカは手に取り、珍しそうに裏表とを交互に見つめる。
「この町で配られる予定の記念メダルですよ。それに、私がこの宝珠の力を込めています。災いを吸収し、持ち主を守ってくれます」

「へええ〜!良いですね。頂きます!」
「持つな」
 喜んだサイカの手からメダルを奪い、女に叩きつける。俺はマントを引き寄せて無言で背中を向けた。
 戸惑うサイカを無視して腕を引き、一刻も早くこの占い師から離れたかった。

 もともと占いなど信じる性質ではなかったにしても、アレは最悪過ぎた。
 不吉な胸騒ぎと、イライラとで胃が痛くなりそうで歯噛みする。広場を足早に通り過ぎ、俺は頑なに振り返ることもしなかった。

**

 仲間たちと泊まる予定の宿に引き返し、時間は流れて日は傾いていた。
 占い師の言葉が頭に回り、サイカの励ましも右から左へ抜けていく。

 ベットの上、毛布の上に横になり、天井を見つめながらずっと自問自答は続いた。
「……。何を考えているのですか…?ニーズ殿…」

 仲間達はまだナルセスにこき使われているのか、宿には戻っていない。サイカは俺の横でベットの上に正座して、つまらなそうにしゅんとしていた。

「…ニーズ殿の兄上の…、ことですか?」
 問いかける、サイカは何処か寂しそうに、捨て猫が鳴いたさまに似る。

 俺の一番大事なもの…。それは言わずと知れた「ニーズ」。
 思い返せば、「ニーズ」を守れと、あの占い師は言わなかったか?

「あの…。ニーズ殿。聞いても良いですか。やはり、一番大事な人は兄上殿なのでしょうか…」
「………。そうだな」
「…ニーズ殿にとって、兄上殿とは、どんな方なのでしょうか…」

「俺の生まれた理由。俺の生きてゆく理由」
 決まりきっていた返答。

「私って、何番目くらいなのでしょうか…」

 質問は、サイカにしてみれば当然の疑問だと実は知っていた。
 多分、女なら、恋した相手の一番になりたいんだろうなと…。

 いつか、兄以上に大事な人間ができるだろうか。自分に聞きたいよ。
 いつか、ニーズ以上に愛する奴なんて…。
 できてはいけないんだと思っていた。
 あいつを裏切るような気が今もしている。

 あいつのために生まれてきた俺が、どうして自由になれるんだろうかと…。


 サイカの問いかけには答えが見つからずに、ずっと天井を睨んでいた。
 ニーズ、母さん、シーヴァス、仲間たち、サイカ。
 順番をどうつけていいのか迷う。



「ありがとう。でも、僕のために生きるのはやめて。お願いだよ」
 ムオルであいつに突き放された、その時の言葉が頭に響いてくる。

「もう、君は自由だよ。自分のために生きていいんだ。僕のために何もしなくていいんだ」
 知っているんだろうか。「自由」と言う影に、孤独が潜んでいる事を。
 あいつのために生きなくなったら、生きる目的を見失いそうになる。

「僕には、君よりも、大事なものができたよ」
 
 …哀しかった。それが何なのか聞くのも恐ろしいぐらいに。
 立ち直れなくなる恐れが拭えない。




 いつ壊れてもおかしくないと思うんだ。何もかもが。
 あの占い師の言ったように。
 サイカがいることも。
 仲間がそばにいることも。俺が勇者であることも。

 そう思いながら、大事にできない自分が、時々どうしようもなく嫌になる。
 当たり前のことなんてどこにもないんだと知りながら。
 わずらわしくも飽きない日常と、疲れるぐらいの会話の渦と。腹立つぐらいの自分への好意と。

 どう感謝を示していいのか、解らなくて時々困る。

「…すみません。困らせてしまいましたか。返事はいらないです」
 ますますしょんぼりとして、声も小さくなったサイカに俺は体を起こして、謝るしかなかった。
「悪い…。本当に。もし、あの占い通りに、もっとちゃんと、お前を一番に想う奴が出てきたなら、すぐに行ってくれていいから…」

「なっ、なんですか。行きませぬ!私は…!ニーズ殿から離れませぬ!絶対です!あんな占い当たらないです!」
 サイカはムキになって全面否定する。
 俺は約束なんてしなくていいと思っていた。

「私は…。何番でもいいです。最後でもいいです。ふえ…っ」
「泣くなよ。…俺が悪かった。もう言わない」
 とうとう泣き始めたので観念して、子供みたいなサイカを抱き寄せて慰める。

 この温かさも愛しいし。
 生きているだけで嬉しい気持ちも変わっていない。
 幸せになって欲しい願いも何一つ変わっていない。
 むしろ、あの時「以上」なのかとさえ思う。

 泣くサイカを傍に感じながら、時々コイツを傍に置く事を怖いと思うんだ。
 これ以上、想ってしまうことが怖い。


 それなのに自分はまた、矛盾して、繋ぎとめようとするんだ。
 口では「行っていいよ」と言った。
 どうしたって言えるわけがないが、サイカが誰かに奪われるなんて本当は我慢できない。自分は壊れるかも知れない。

 本当に自分が嫌いだった。自分で自分の感情が思い通りになってくれない。
 何度も口付けて、逃がさないように、逃げないように、卑怯な俺はサイカを縛るように腕を離さなかった。

「ニーズ殿…。私は何処にも行かないです。ずっとあなただけです。ずっと、あなただけを愛しております…」

 仲間たちが宿に戻って来るまで、二人はずっと離れられずに、
 チラつく「別れ」という言葉に怯えるように抱き合っていた。

**

 その晩、この町の名所でもある露天風呂に皆で出かけ、特に女たちはごきげんで宿に帰って来た。
「ニーズ殿、覗いたりしてないですよね?」
「してねーよ」
「いつか混浴入りたいですね♪」
「いらん」

「えっと、じゃあ、さっきの続きを…」(ごにょごにょ)
「続きって何ですか?お兄様」
「それは聞いてはいけないですよシーヴァスさん。あ、ニーズさん達、お二人で別な部屋を取られても良いですよ♪」

ガツッ。

 無論、二人で部屋を取ったりなんてしなかった。
 けれど、その晩、どうしても俺は眠る事ができなくて何度も寝返りを打った。
 不安で、仕方なくて。

 今度会う時には、すでに横には別な男がいるかも知れない。想像だけで息苦しくて胸が詰まる。
 わずかな期待を寄せて、俺は一人部屋を借りていたサイカの部屋の戸を叩いた。
 起きていたらしく扉はすぐに開き、それは滑稽な程にうろたえるサイカに出会える。
「に、ニーズ殿…!ま、まままままままま、まさか夜這い!きゃーーー!!」
「静かにしろよ馬鹿」

 口を押さえて後ろ手に扉を閉める。サイカの緊張と興奮が俺にまで伝わるぐらい、奴の早い鼓動は本人からはみ出して聞こえる。

「ええええ、え、えと、ど、どう、さ、され、ま、まし…」
 カーテンを閉めた暗い部屋の中でも、相手の顔は真っ赤なのがまる分かりで、なんだか少し緊張が伝染してくる。
「…………。特に用はない、んだけど…」
「や、やはり、夜這い…!あ、あの、大丈夫です!今日は勝負ぱんつですから!」

 ぎくしゃくした動きで、寝巻き姿のサイカはベットに潜っていく。
「…何処でそーゆー言葉覚えてくるんだお前は…」
「えっと、ですね、アリアハンで売ってる、女性誌とか…です」(もごもご)

 会話は途切れがちで、しかし、ここまで来て帰るにも帰れない自分は、葛藤に捕われてずっと立ち尽くしていた。
「ニーズ殿…?どうしましたか…?」
 不安になり、サイカはベットから出て俯いたままの俺の頬にそっと触れる。
「不安…なんですか…。そんな、辛そうに…。私は、ずっといますよ。ニーズ殿とずっと一緒にいます。信じて下さい」

 何も言えなくて、ただ、俺は折れるぐらいに抱きしめた。
「ニーズ殿は…、どうして、言わないんでしょうか。言えないのですか?それはどうして…?口にすればいいのです。私、答えますのに。何処にも行くなと…。俺だけを見てろと…」

 凍りついたように俺の口は動かずに、静かに首を振る。
「普段わがままに見えますけれど…。嫌なことは言うのに、して欲しい望みは言わないですね。御母上も良く嘆いていますよ」
「………」
「…眠れなかったんでしょうか。…私もでした。一緒なら、眠れるかも知れないですね。私もニーズ殿に横にいて欲しかったのです」
 にこりとして、サイカは俺の手を引っ張っていく。

 ただ、横にいてくれるだけで安心できた。

 いつか、許されるんだろうか…。
 兄と、サイカと、あの占い師の言葉が顔が、ずっとぐるぐる回転していた。

**

 翌朝、俺は考えなしの自分の行動にいささか後悔を覚える事になる。
 朝寝坊な俺が起きた頃には時遅く、サイカの個室に寝ていた事は周知の事実になってしまっていた。

「おはようございますニーズさん。昨夜はお楽しみで……」
「草薙の剣!!」(ズバッシュ)

「ニーズ殿ったら、私と離れたくないと言って…!きゃああっ」
「……。早くランシールに行こう」
 浮かれてる奴はほうっておいて、俺は出発の身支度を整える。

「大人ですね、ニーズさん…」(ジャルディーノ)
「………。こ、恋人同士なら、うん…」(アイザック)
「お兄様…。おめでとうございます」(シーヴァス)
「え、……あ、あの、お幸せに…///」(サリサ)

違うから!!!!!!さっさと行くぞ、もう!!」
「ニーズ殿顔が赤いです。照・れ・屋・さん♪」
「殴るぞ馬鹿!」
「……。いってきますのきすは…?」

「あ、俺たち先に行ってるよ。後でなニーズ…」
 恥ずかしがって仲間たちはそそくさと宿から出て行く。

 じっと待って見つめてるサイカは、顎を上げてまぶたを伏せる。磁石みたいに引きつけられてしまう、自分はもう病気だと思った。
 
 言葉にはできないけれど、どうか…、と願わずにはいられない。

 今日も、明日も、その先も、
 どうか、許されるなら    

 ずっと、ずっと、俺のことだけ見ていて下さい。





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■後書き■ こちらは60000HITキリ番リクエスト 陽南様より
ニーズxサイカ(絵かSS)と言うことで書かせて頂きました。
確かサイカに幸せを、とリクされた気がするのですが、なんだか切ない系で途中から実は焦りました。前半はいつも通りドタバタ、中盤に謎めいて、後半シリアス…と贅沢な内容にはできたかな…とも思います。

占い師、書くの楽しかったです(笑)

キス絵もキリ番リクエストでした。修正&縮小して再UP。

そうそう、DQ4でブロマイドが出てくるのでDQ界には低機能のカメラがあるということで。