商人の町本編前の、クロードとビームのお話です。






「彼があなたの雇い主よ。私の出す試験は、ここでこの街のために働き、彼、ビームに認められること」

 無理難題を突きつけられてしまった僕は、
 現在商人の興した町、「ナルセスバーク」で暮らしている。




「愚者二人」


 一市民の提案によって、創られることになったと聞き及ぶ新しい町。
 町の輪郭は出来上がり、世界各地から人も物資も急速に集まり、賑わいは日々増していた。

 ランシール聖女親衛騎士団の騎士資格を剥奪され、この僕がこの雑多な町で過ごすようになってから数週間が過ぎようとしていた。
 宿舎に部屋を一つ借り、同宿舎の者達と台所、風呂、トイレを共用する。
 飾り気もなく貧相な部屋ではただ寝るだけに終わり、朝から晩まで毎日あの悪魔にしごかれる日々。

 炊事洗濯、部屋の掃除、食料の買出しまでも僕は自分でやらなければならなかった。当然今までの人生にそんな経験は無い。
 宿舎の者には馬鹿にされ、それでも仕方なく僕は教えを乞う。
 毎日の仕事も始めての作業ばかりで、その都度あの悪魔に嘲笑され嫌味を言われた。それでも僕は耐えなければならないのだった。

 町全体のゴミ拾い。土木作業。まき割り。漁の手伝い。漁師網の補正。子守。飲食店の厨房、食器洗い。トイレ掃除。畑仕事。草むしり。
 僕は不本意ながらも一生懸命に働いた。

 しかしそれでもあの『悪魔』には     誠意として受け取ってはもらえない。


 不満の捌け口を求め、僕は今日も同郷ランシールより派遣されたシスターの元を訪ね、愚痴ることにしていた。
 八割程は完成したミトラ神の教会で、顔見知りのシスターは何度も頷きながら僕の話を聞いてくれる。

「ひどい話なんですよ!聞いてみたら、同じ仕事なのに、僕だけ半分の給金なんだ!こんな横暴許せない!姉様に訴えてやりたい!」
「クロード様…。お気持ちは分かりますが…。ここは耐えて下さい」

 教会の礼拝堂は、後々多くの人が集まり神に祈りを捧げるのだろう。
 しかし今は不平を撒き散らす金髪の青年しか席に座っていない。たいてい僕が訪れるのは仕事の終わった夜、就寝の前の人のいない時間帯。

「あの悪魔、僕を過労死させる気満々なんだ。早く仕事が終われば次の仕事を押し付けるし、休みも無い。僕でストレス発散してるんだ。どれだけ僕を馬鹿にすれば…!」
 怒りに両のこぶしを握りしめ震える。
 僕を見つめる若いシスターの視線は、そっと、悲しそうに下がっていった。
「…クロード様、あの子のクロード様への仕打ちは確かに間違っていると思いますが…。彼を『悪魔』と呼ぶのはやめて下さいませ」

・・・・・どうして。いくら子どもとは言え…。とても許せるものじゃないはずです」
 不満を訴える僕に、シスターは薄いため息をこぼし、数歩教会の中を歩き始める。

 この町の会計を担う少年ビームを『悪魔』と罵る、
 僕には到底信憑性のない話だった。

「私の口から言うようなことではないのですが…、彼は、とても心優しい少年です。貴族や、不正を行う者にはひどく厳しいのですが、一般市民、特に弱き者にはとても優しく接しているのです」
「…そんな、まさか」
 鼻で笑い、シスターに更に悲しい顔をさせる。
「この間聞いたお話です。不慮の事故で怪我をした商人が、町会費を納められなくて困っていたそうです。彼は会費を免除してくれただけでなく、補助金まで渡して下さったそうですよ」

 礼拝堂の机に片肘をつき、僕は眉を潜めて思い出していた。
 町会費を誤魔化し、不正を働こうとした者を厳しく取り締まり、揉めているビームの姿を何度も見たことがある。
 子どもながらに大人に食ってかかり、それは生意気三昧なのだった。
「アイツが…?そんなまさか」

「町の人を守るための会費だから気にするな、   と、彼は補助金を置いていきました。それ以降も見舞いに顔を出しているそうです」
・・・・・・・

 とても信じることはできなかったけれど、シスターの手前それ以上文句を言えなくなり、大人しく僕は宿舎へと引き返して寝床についた。


++


「いいか。町の会報を全ての家に配って回るんだ。今日中にだぞ。とりあえず走らないと終わらないと思うから。じゃあね」
 軽く酷な仕事を押し付け、例の悪魔は今日もせせら笑って背中を向けた。

 詰まれた会報を二つ折りにし、ダンボールに詰め、カートにくくりつけると役場をとぼとぼと出かけてゆく。
 億劫過ぎて、足取りが重い。
 もうこんな生活はこりごりだ…。
 五つも年下の子どもに馬鹿にされ、奴隷のようにこき使われるばかりか、衣食住も満足にならない。少ない日当、初めての仕事に失敗ばかり起こし、それすらも削減され食事にありつけない日々も少なくない。

 そんな時、彼の兄グレイや同じ会計クレイモアの同情の施しを受け取ると、更に自分を惨めさが襲うのだった。

 ランシールを離れ、一体僕は何をしているのだろうか。
 こんな暮らしの中で、一体何を得ることができると言うのか。

 あの     アリアハンの戦士に会ってからというもの、僕はこうして堕ちて行くばかり。追いつきたいと思うのに、思いとは反面し僕の身柄は何処までも沈んで行くようだ。
 この町もいい町だとは思うのだが、町並みも、住民も、何ひとつ好意的に受け取る気持ちは湧いてこない。
 こんな町     僕にとってはどうでもいい。
 住民の顔も名前も覚えていない。覚える気が無い。

 町の地図を見ながら、僕はしぶしぶと町会報を各家のポストに投函してゆく。
 「ごくろうさま」と笑いかける人々にも気のない会釈だけを返した。
 町の空が青いことさえ、見てはいない。



 朝一番から作業を始め、昼に休憩を取り、午後も急ぎ足で活気ある町を行ったり来たり繰り返す。
 やがて日は傾き、一雨来るのか空気は湿り気を帯びてきた。
 配っているものは紙、雨が降れば支障をきたす。天候を恨みながら僕の足は急ぎ始め、呼吸は早く短く変わる。
 風がにわかに強くなり、空に重たい灰色の雲が密度を増やそうとしていた。

「ハァ、ハァ…。ここの通りも終わったな…」
 息を切らしながら、地図にチェックを入れ、別区画へと近道するために路地裏へとうな垂れながら侵入する。
 その重たい足先は、不意に届いた罵声によってぴたりと止められることになった。

「おいおい。あんまり生意気な口聞いてんじゃねえぞ!」
ボカッ!    バシッ!バキッ…!
 屈強な男達が小柄な人影を取り囲み乱暴を働いている。
     そう発覚した途端、僕の正義感は動いたのだが     

 男達の合間に見えた、忌々しそうに唾を吐いた少年、その姿を見た途端に体は麻痺を覚えた。
 まだ子どもだと言っていい、痩せた体と反抗するような冷めた瞳、濃い青い髪。
 彼こそはこの町の会計役の一人、そしてこの僕の憎き『悪魔』。

 まだそちらは自分に気がついてはいなかった。
 ほぼ無意識のうちに僕は壁により、会話に耳を傍立てた。
 最低な話だが…、もしや彼の方に非があったのではないかと勘ぐったのだ。


「…言っとくけど。こんな事したって俺は屈しない。お前らの雇い主に言っておけ。この町ではあこぎな商売はさせないってな。裏金だって受け取らない。暴力にも屈しない。この町だけは権力によって支配されちゃいけないんだ。この町は弱者のためにある町なんだ」
「なんだと!子どものくせに大層な口を聞くな!」
「親方様の商売の邪魔をするんじゃねえよ!」
「どこまでその減らず口が叩けることか。やっちまえ!」

 男達の乱暴に、助けに入るべき僕の反応は遅れた。
 さすがに、この状況を傍観しているわけにはいかない。
 止めに入ろうと身を乗り出した、その時すでに彼はナイフを片手に跳躍し、足元に群がった頭の幾つかを蹴り飛ばし、踏み台として更に上に跳んだ。
 路地裏、建物の屋根を掴み、壁を蹴って半回転し屋根の上に昇る。
 そのまま逃げれば良かったものを、彼はやられたらやりかえす性質なのか、すぐさま足蹴りと共に降下して来る。
 体格差のある男達の太い腕をかいくぐり、小柄な体はするすると滑らかに移動し、狭い場所の乱闘に手馴れたように一撃一撃に無駄がない。

 あまりに見事な身のこなしに息を飲み、完全に僕は傍観者と化す。
 あっという間に道端に男達の山ができた。

「…フン。動かぬ証拠を掴んで、この町から追い出してやる。見てろよ。各国に手を回して、何処でだって商売ができないようにしてやるからな…」

 ひとり言の途中で、少年は気配に気づき鋭くこちらに視線を流した。
 路地の先で蒼白としていた僕に微かに瞳を見開く。

「ビーム…、お前…」
・・・・・・。何見てんだよ。配達はどうしたんだよ。さっさと行けよ」

 元々、路地の向こうへ抜けたかった自分は、頬を腫らした少年の横を訝りながら過ぎてゆく。相変らず、気にくわない無粋な表情に視線を細めていた彼は、小さく僕にトゲを刺す。
「今見たこと、誰にも言うなよ。口にしたら、向こう数日間、何も喰えないと思え」
・・・・・・・
「特に兄貴には…、言ったらお前なんか海に流してやるからな!」


++


「アイツ…。ただ者じゃない。一体・・・・
 なんとか雨が降り出す前に配達終わり、日当を受け取った自分は夕食を詰め込むと、固いベットの上に棒のような足を投げ出し一人ごちた。

 疲れ果てているくせに、意識は眠りに堕ちていかない。そんな重苦しい夜に寂しげな雨音がシトシトと響き始める。
 本降りではない。マント一つあればしのげそうな弱い雨音。
 この鬱蒼とした気分を変えるために     僕は窓をそっと押し開き、つまらない夜の町を何気なく見下ろし息を吐いた。

 暫くの間、両手を置き外を見つめていたが、嫌になるほど思い浮かぶのはあの悪魔への疑心ばかり。
 明日、彼の兄に話を聞いてみようと決断し、いいシャンプーも使えずにバサバサする髪をかき上げながら、僕は窓を閉めようと手を伸ばした。


 小雨降る夜の町に、スッと動いた黒い影。
 視界の端のささいな変化に眉を潜め、注意深く窓ガラス越しに闇を凝視する。同じ場所で再び影は横に動く。先ほどよりも今度はいくらか小さい。

    何故か。
 黒いフード姿のその影の双眸が、僕には瞬間判別できたのだった。

 躊躇はなく、弾かれたように数秒後には僕も夜の町へと飛び出している。
 ボロイ皮マントを引っ張り、乱暴にかぶって彼を追う。どこか確信めいた予感が沸き、追いかける僕の口端はにわかに笑みの形に持ち上がる。

 気づかれないように、雨音に紛れ慎重に彼の後を追った。
 小柄な影は一商人の館に貼り付き、何やら中の様子を注意深く伺う。住居区の建物の中、殆どの民家に灯りは灯されていない。誰もが静かに眠りに落ちている時間、明らかに彼の行動は不審であった。

 更に事態は僕の予想通りになってゆくじゃないか。
 物影に潜み、商人の館を狙う彼の元に別な影が近付き、何か会話を交わすと離れて消えた。共謀者の登場だ。


 ずっと。
・・・・・・じっと。


 言い逃れできない、燦然たる証拠の行動を彼が起こすまで、数十分は経ったろうか。
 静かに場所を変え、彼はロープを取り出すと数回転させた後、塀に投げて引っかける。軽い動作でロープを伝い、彼は館への侵入を果たした。

「やっぱりアイツ!盗賊だったんだ!」
 離れた物陰から声を上げ、そう認識すると更に怒りが爆発し、全身が震えてくる。

 相手は、薄汚い盗賊風情。
 裁かれるべき犯罪者だったのだ。



 たいして時間はかからず、荷物を増やして奴はほぼ同じ場所に戻って来た。
 そこで待っていた正義の使徒の存在も知らずに。

「捕まえたぞ!ビーム!!」
 塀を越え、一息ついた瞬間を狙い、背後から押さえ込む。彼はぎょっとして暴れた。
もみくちゃになり、絡まって地面を数回二人で転がった後、明らかになった奴の顔は半ば青く血の気を引いていた。
「なんで、おま、え・・・・・!」
 転がった末に奴の荷物袋から盗んだ金品が転がり落ちる。宝石などの装飾品、そして書類の類いも入っているようだ。

「最近この町で盗賊騒ぎが起こっていた。お前だったんだな!何て奴だ!出るところへ出て、法の裁きを受けるといい!これでお前にこき使われる日々も終わりだ!清清するよ!」
 仁王立ちし、口上した僕を見上げて少年は開いた口が塞がらない。

・・・・・・ちょっと、待て。…違う。俺は犯人を捕まえようとしていたんだ。これがその証拠だ。全部盗品だ。持ち主も分かってる!」
 冷たい雨に頬を撃たれ、我に返った少年は咄嗟に見苦しい言い逃れをまくし立てる。
「お前の言葉なんか信じられるか。この悪党が。共犯もいたな、あれはグレイさんか?兄弟揃って盗賊家業か。全く卑しいことだ」

 盗賊少年に火がつき、僕の頬は張り飛ばされ、足は宙に浮いた。

     ズサッ・・・・・・
 濡れた地面に投げ出され、遅れてぶたれた頬が痛みに腫れてくる。

「取り消せ!兄貴は関係ない!取り消せ!!
 狂犬は吠え、僕はようやく気がついた。僕は殴られたのだ。こんな子どもに。一般市民以下の堕ちた犯罪者に。

「殴った…。僕を、殴った…。貴様…!」
「取り消せ。何も知らないくせに。取り消せ…!」
 雨の粒が煙る程に、二人の間に怒りの炎が噴き上げる。


「…どうした!?ビーム…!」
 おそらく先程の共犯者が彼の背後に現れ、揉め事を察して小声で問い正す。声や体格からして兄グレイではない、この盗賊も少年のようだった。
「悪い。お前一人でコレ、持ち主のトコへ返して来てくれないか」
「…それはいいけどよ…」
 盗賊の仲間らしく、短い会話で意思の疎通を果たす。
「持ち逃げする気か!逃がさないぞ!」

 噛み付く僕に、雨に打たれる幼い瞳は冷め切っている。
「明日それぞれの被害者に聞いてみるといい。俺達は盗品を取り返しただけだ。そしてこの書類を証拠にアイツラの不正を暴き、この町から追い出す」
「信じられないと言っているだろう」

 噛み合わない討論に付き合う気はなく、仲間の盗賊は無言で盗品袋を担ぐと逃げて行った。
「クロード。お前は『部外者』だ。俺達はこうしてこの町を守ってる。口出しするな」
 すでに濡れきった髪にフードを被り、何事も無かったかのように少年は水たまりを踏み帰路につく。

 犯行現場から早く逃げたいのだろう、少年の足は急ぎ雨水を弾く。
 すでに無意味に近いが僕もマントをかぶり直すと、すぐ後ろを追いかけ、小さな背中に判決を言い渡した。

「…守ってる?笑わせるな、偽善者め。盗品を取り返したのだとしても、同じく「盗む」という方法を取ったのならそれは犯罪だ。世の中には善か悪かそれしかないんだ。お前は悪だ」
 罪人の足は止まりかけた。…逃げるのではないかと警戒を強めた。


 見上げたことに、少年の足は再び、自らの家へと向かって動き始める。

「これからまず、お前の兄に会いに行く。共犯、黙認していたのかも知れないからな。これまでの余罪、盗みの全て、全て調べ出してやる」
・・・・・・・
 雨足が強まり、住居区を進む小さな足は道の真ん中で不意に止まった。

 肩が上がり、震え、背中は悲痛を訴える    ように見えた。
「兄貴は、何も知らない。聞いたって、何も出てこない」
「何度も言わせるな。お前の言葉に信憑性はない」

「俺は・・・・・・『悪』、なのか。確かに、…盗みは悪いことだと分かってる…」

 罪の意識に苛まれるのか、かつてない程に彼の声は弱弱しい。
     責める本人は全く気がついてなく、
 苛まれていた僕は、復讐を果たすこの瞬間にきっと酔いしれていたんだ。

「この町の人達に同情するよ。こんな子どもに騙されていたなんて。グレイさんは無関係だったとしても…。こんな子供の頃から悪事に手を染めて。恥ずかしいったらないよ。こんな弟のために苦労して…?本当に、いいお荷物だよね」

ザアアアアアアアア


 いつの間に、こんなに雨は強くなった?
 鬱憤を晴らし、いい気になった僕は強くなった雨にひどく遅く気がつき、今更のように空を仰いで舌を打つ。

「…なんで、お前にそこまで言われなくちゃならないんだ…」
 空を恨み、再び視線を戻すと振り返ったその者と視線が重なる。
 彼と真摯に見つめ合うのはこれが初めて。

「…分かっていたよ。兄貴は俺がいない方が楽に生きられたんだ。俺が負担だったことなんて分かってた。でも兄貴は一回だって俺に当たった事なんてなかったから…。魔が差したんだ。盗んで喰い繋いで、兄貴の食べる分を少しでも増やそうとした」

      雨、だ。
 これは雨なんだ。

「それから、間違いだと知りつつも、やめる事はできなかった。知ってたさ。どんなに正当化しようとも、例え誰かのためでも、ひたすら喰うだけのためだったとしても、犯罪でしかないことは、分かってた。だから兄貴には言えなかった…」

 悪魔は、胸に痛い涙を流したりはしない。
 前髪から額を伝い、頬を流れて落ちるのは空からの雫。

「でも、一つだけ教えてくれ。法で決めたことなら、貴族はいくらでも俺たちから金を搾り取っていいのか。それで豪遊しても、正義か。税を払えずに虐げられたとしても、俺達は無抵抗でいるしかなかったのか。それが正義か」

 不当な扱いを受け、不満を募らせていたのは自分だったはず。
 しかし受けてきた迫害の規模が違うと悟された。蓄積され、こびりついた深い嘆きの瞳の色というものを、煙る雨の中に初めて見つける。

「俺達なんて、貴族の家畜なんだろう。それでもいい…。それでも良かった。俺は、ただ兄貴と普通に生きていければ、それだけで良かったんだ…。でも、あの国じゃそんなことも叶わなかった」
 整備された道に、唐突に、彼は膝を着いた。

 気が抜けて、膝が折れたわけではなかった。彼は自らの意思で、水たまりの中に膝を埋め、両の手を地面に着けた。

「…お願いが、あります。私自身は、…どんな罰でも受けます。だから…」

 予想外のことが起こった。
 少年の額はそのまま泥に埋まり、言葉は願う。

「兄貴には、言わないで下さい。お願いです…。このままランシールへ連行するでも、海に流すでも構いません。兄に伝えずに、済まして下さい。お願いします…!」

ザアアアアアア

 雨粒に容赦なく撃たれ、小さな子どもが泥に額をこすり付ける。
 ランシールでは、有り得ない、想像した事もない、狂気の光景だ。

「どうして、そこまで…。そんなに知られるのが嫌なのか」
 後ずさり、声が妙に喉に詰まった。
 子どもにそんな行動をさせる、させた    ?自分に目眩がしてくるんだ。

「兄貴は、馬鹿だから…。きっと自分を責めます。俺が一人で勝手にしたことです。兄には関係ありません。どうか…!」

「そんなに、あの人のことが大切なんだ」
「兄貴は、これから、この町で幸せになっていくんだ。だから…!俺が勝手に何処かへ行ったことにでもして、兄貴には何も伝えず、終わらせてくれないか。頼む…!」


 返答に、悩む時間は短く済んだ。
・・・・・断る。法は法。悪は悪。自業自得だ」
 見上げた少年は、    雷に撃たれたような衝撃に硬直し、
思い出したように殺意の視線で僕を射た。

「…やっぱり、お前は貴族なんだな。殺したいほど憎い奴らに、頭を下げなきゃならない俺たちの気持ちなんて、一生分からない!」



 「殺してやりたい」と、言われたも同然。

 諦めたビームは、連行ではなく、自分の足で兄に会う事を選んだ。
 夜の雨の中を半ばフラフラと進み、小さな家の戸を叩いて兄が起きてくるのを待つ。


++


「あれっ!?どうしたんだビーム、ずぶ濡れで!…クロード君も!」
 人のいい兄は目をこすって戸口に現れ、すぐにタオルを持って来ようと慌てる。
「…いい。兄貴…。ごめん…。俺…」
「ビーム?」

 年の離れた兄の前では、素直に泣いてしまうらしい。彼の両目からボロボロと涙が落ち、兄も僕も困惑を見せた。
「泣いてるだけじゃ分からないだろう…?何があったか知らないけど…。すぐに拭いて、着替えよう。なっ」
 タオルでぐずぐずと鼻をすする弟の顔を拭き、兄の視線は「一体何があったの?」と自分に及ぶ。

「えっと・・・・・・
     おかしいな。
 僕は、言うはずだった言葉の数々を忘れ、どうしても兄弟を引き離すことができなかった。

「…ビームが、迷子で…」
「迷子!?ビームが?!」
 つくならもっと現実味のある嘘をつくべきだった。
「…送ってくれたのかな?ありがとうクロード君。君も温かくして休んだ方がいい。明日は休みでいいよ。ビームも休ませるから。…いつもごめんね」
 毒気を抜かれるような笑顔で言われ、更に僕は言葉をもごもごと噛みしめた。

「…すみません。また明日来ます」
 逃げるように兄弟の前から失礼し、雨の中を駆けた。




「聞いて下さいシスター。僕は…分からなくなったんです」
 翌日休みの間、僕は鼻をすすりながらもじっとしてはいなかった。
 昨日の盗品の持ち主を訪ね、いつの間にか盗品が帰って来たとの報告を確かめた。エジンベアより移住してきた人々を訪ね、国の生活の詳細を聞いた。

「エジンベア貴族の行い、とても許せるものではありません。しかし騎士ですらない今の僕には、何もできはしない…。姉様たちに委ねるしか、ない…」
「そんなことは御座いませんよ。クロード様」
 今夜のシスターは、ひどく嬉しそうににこにこと微笑む。

「新しく満たされた生活を作り出そうとする、この町の皆様の生活を守ることはできるではありませんか」
「この町の人々を・・・・・、守る・・・・・

 神の御前にして、果てしなく自分は悔いた。
 多勢に無勢で乱暴されようとする子どもを、助けることができなかった自分を。殴られた子どもに労わりの手さえ伸びなかった自分を。
 子どもに土下座までさせてしまった自分を。

「騎士も、国家も、民を守るために本来存在するものです。僕は…、大切なことを忘れてしまっていました。深くここに、反省致します…」

 教会を去る間際、僕はシスターに真顔で相談を持ちかけてみた。
 押した扉の向こうに広がる夜空は、今夜は星で埋め尽くされている。
「彼のことを、悪魔と呼ぶのはもうやめます。…もう、呼べなくなりました。かと言って、ではどう認識すればいいのか、まだ解っていないのですが…」

「まぁ…!…ふふふ、そうですか…」
 シスターの提案は      こう。

「彼もこの町の住民の一人、守るべき者にはなりませんか・・・・?」


++



ここに二枚の、愚者のカード。
彼らは『始まり』を知る存在。




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後書き
好きなんですよ、この二人の関係。二人とも、それぞれが「愚者」といえます。
自分が愚か者だと知る時って、人は確かにスタート地点に立っていますね。
ビーム君、実は盗賊でした。結構場数も踏んでます。実は兄のグレイより戦闘も強い。
でも兄の前では決して見せない。(本当に危機に窮しない限り) うい奴です。
盗賊仲間は数人いて、全員いわゆる義賊ですね。皆十代の若者で、ビームがリーダー。

クロードも、ようやく自分が愚か者だと知ることができた。ビームに対しての感情は・・・。商人の町/エジンベア編でごろうじろ♪