■賢者ワグナス■

『緑の髪の魔法使い。
その瞳に待ち望むものは、唯一つの光』



■ニーズ■


 地図にも記されない小さな村に、私は一人侵入してゆく。
 いよいよアリアハンの勇者が旅立つ、この良き日に是非とも会っておきたい人物がいたのです。

 私は肌寒いこの北の村に降り立ち、そっとマントを引き寄せた。
 彼を捜せば都合よく一人、外に出ているじゃありませんか。おそらく水汲みに行くのでしょう。早速片手を上げて、私は軽快な足取りで近づいてゆきます。

「こんばんわ。月の綺麗な夜ですね」
「………。はい……」
 空の桶を手に、戸惑いながらも返事を返した彼。黒い髪に青い瞳、穏やかな雰囲気を持つ青年でした。

「水汲みですか。私が持ちましょう」
「え……、あの、・・・・・・・・
「まあまあ、無理はいけませんよ。お大事にしなくては」

 親切に桶を持ち、彼に先行して村端の小川へと歩いていく。彼は小走りで追いかけて来ると、不思議そうに私の横顔を見つめ問う。
「あの、どこかでお会いしましたか。僕の事を知っているんですか」
「ええ。生まれた時から」
・・・・・・・・・・・・!?」
 目を見張って、彼は立ち止まる。

     と、言うのは冗談ですけどね」
「じょ、冗談?」
 いい具合に、どうやら困ってきた様子です。楽しいですね。


「でも、知っていますよ。ニーズさん」
 川辺に立ち、月を背に私は親愛に微笑んでみせた。彼は真剣な面持ちに変わり、私の正体を訊ねてくる。
「貴方は…エルフですか。その髪の色は、エルフ族専用のものとばかり思っていました。何処から来たのですか」
「なかなかいい着眼点ですね……。でも、私はエルフじゃありません。耳も尖っていないですしね」
 にっこりと、確認に耳を見せてあげます。彼が何か更に聞いてこようとすると、私は意地悪く遮ることに。

「あの娘、フラウスさんとは何処までいっているんですか」
「どっ……!」
 聞こうとしていた事も忘れて赤くなる彼。いやはや、若い。

「からかっているんですか」
 動揺したのが心外なのか、小刻みに震えて強い口調に変わっていく。
「はい♪」
 私は、満面の笑顔。


 言葉が出ない様子で、彼は息を飲み、数秒後にはむくれて睨む。
「帰ります」
 桶を取り返して水を汲み、背を向けて彼は帰路に急いだ。


「今日、なかなか眠れないんじゃありませんか?」
 月を見上げながら、私はひとり言に深い深い意味を含める。
 図星なのか、また彼は振り返ってしまった。

「……やっぱり、貴方は何者なんですか。僕のことを知っているなら・・・・!」
「おっと」
 詰め寄ってくる彼を私はやんわりと制し、後方から訪れる人影に顎を向け、促した。
「お迎えですよ」
 こちらに向ってくる人影、可愛らしい少女銀髪の娘。見つめた彼の耳に、私は心の底から忠告しておく事にしましょう。

「女の子を泣かせては駄目ですよ?ニーズさん」
 彼が怒って振り返った時、もうすでに私の姿は消えていました。



「誰と話していたのですか」
 上着を持って走ってきた、娘はとても可愛らしく、美しい。銀の髪は長く、後ろで一つに編みこまれ、北国の風にそっと揺れるとリボンが踊った。
 彼の肩に上着を被せると、その声はまるで鈴のように澄みわたる。
「わからない……」
「わからない……?」
 幻を見たかの様に、誰もいない場所を彼は見つめるしか方法がない。

「でも、僕を知っていたみたいだった」
 貰った上着を着て、青年は心配そうな彼女の視線に気がつき、安心させるために微笑する。
「ごめん。心配したの?ちょっと、眠れなかったんだ」
「はい。私も……」
「フラウスも?……ごめん。うつったのかな」
 彼女を気遣いながら、彼は再度帰路へ着く。

「……ニーズさん」
「うん」
 少女は彼を見上げ、でもすぐに俯いた。
「いえ、何でも、ありません・・・・・
 彼女はきっと泣きそうになるのを堪え、必死に平気なフリをしているのでしょう。

「眠れるように、何か温かいものでも入れますね」
 やはり、予想通り彼女は無理に笑う。
「ありがとう」
 その彼女に潜む不安の全てを、知るはずもない青年。


……ふぅ。いけませんね・・・・・
「君が居ればいい」ぐらいは言っていただかないと。そして、「君以上に温かいものなんてない」と抱きしめて。彼女は泣き崩れ、言うでしょう。
「嬉しい……。ニーズさん……」


 戻って行った二人を見て、私は大いに不満でした。
 さて、仕方なく私は自分の場所へと戻ります。
 明日から、勇者が旅立つと言う事で私も非常に楽しみなのです。一体どんな愉快なことが待っているのか。

 早く、私の元に来て欲しいものです。



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