■魔法使いシーヴァス■

『紫がかった不思議な髪のハーフエルフ。
「勇者」を待っていた、人に憧れる少女』



 どうしてでしょう。今日は胸騒ぎがします     

 いつもと変らない朝。動かない石像の人間達。
 私以外、誰も動かない人間の村……。

 エルフの女王の怒りに触れ、この村の人々は皆深い眠りに落とされている。
 その後更に人々は石に姿を変えられ、何人にも侵せない永遠に時の止まった村と変わる。

 私はここ、ノアニールの村で一人暮らす。理由はただ一つ。他に居る場所がなかったが為に。
 この場所も、いつしか呪いが解けて村人が生活し始めたなら、私は出て行かなければならないでしょう。私は人ではない、森の種族エルフの娘なのですから……。


 冷たい風に揺れる葉擦りの音。
 深い森の中に時の止まった村。けれど、確かに時は流れている。寂しいノアニールの村を私は一人、彫像のように眺めていました。
 時間というものに置き去りにされた人間達。事の発端は人とエルフとの不和にありましたが………。私達は決して解り合う事はないのでしょうか。
 ……いいえ。解り合えることを私は知っています。


 お母様は、人を愛した。

 このノアニールの村は、同じように人を愛したエルフの女王の娘、アンの恋人の暮らしていた場所。
 二人は共にこの世を去ったと言うけれど、その数年後、再びエルフと人は出会った。お母様とお父様。私の存在も里では認められない。もちろん、人の元でも認められない。けれど、私達は幸せでした。家族を愛していました。両親と、お兄様を。

 ………けれど、今、私は一人きりでした。
 お父様は旅立ち、お兄様は人に攫われた。お母様は兄を捜しに外へ出た。

 私は待っているのです。
 ずっと。家族を    ……



 この村では、時間が止まっているかの様な錯覚を覚えます。またふっと、父が戻ってくるかも知れない。母が兄と戻ってくるかも知れない。
 呪われているのも私。ここから動くことができないのです。

 時々、私も考えてしまうのです。
 私も、   置き去られた者なのかも知れないと・・・・・



 時に、人がこの村に迷い込む。
 石になった人の姿に恐れを抱いて、誰もが逃げていくけれど。

 近くにある人の村を、こそりと見に行った事もありました。
 黒い髪の女性を見ると、息が詰まります。
 母は話していたのです。兄を攫った人間の女性。黒い髪で恐ろしい魔女であったと。母はもう、彼女に会い・・・・・


       いけない。
 首を振って私は歩き出しました。土ぼこりに汚れる村人の石像を掃除するために。
 きっと必ずこの村は生き返る、その日のために私はほこりを払って回る。私の日々の仕事でした。

 胸騒ぎは止まらない。
 何故か村の入り口から、誰かがやって来る予感に襲われ、立ち止まり静かな風の音を聞いた。


     誰かが、村の外を通り過ぎるのにハッと息を潜めました。
 人間・・・・   の姿はしていました。
 けれど不思議なのです。この辺り一帯は、呪いにより人間は通過が出来ない。眠気が襲い、寝てしまったら最期、本人も知らぬままに石となり、二度と目覚める事はないのです。

 見かけない大きな武器を手に歩いて行く、銀の髪を背中で三つ編みにした人間の娘。村には入らず、その先の洞窟へ向かうようでした。
 気になって私は追いかけてしまい、彼女は緩やかに武器を構えた。
 何と言えば良いのでしょうか。彼女は繊細な容姿に不釣合いに、大きな鎌を装備していたのです。

「すみません。危害を加えるつもりはないのです。人が来るのは珍しいので、つい追いかけてしまいました。驚かせたのなら謝ります」
 私が姿を見せ謝ると、人の娘は鎌を納めて静かに安堵の息を吐く。

「いえ。こちらこそ……。私はこの先の洞窟に用があるだけです」
「けれど、人は・・・・。もう、進めません……」
 エルフのかけた呪い故に。しかし娘は戸惑いながらも微笑み返した。

「いえ、私は平気なのです。どうか心配なされずに。[水]を貰ったら帰りますから」
「聖なる泉の水ですか?もう、涸れています」
 あの洞窟の奥には聖なる泉があった。    もう、過去の話。

「まだ少しだけ、少しずつ水は沸いているんです。必要なんです。どうしても……。時々ここへ来ますが、どうか気にしないで下さい」

 彼女は、そうして洞窟へ向おうと踵を返した。
 今気付いたのですが、彼女はエルフを恐れません。警戒もない様子なのです。初めてなのです。その様な人は……。

 私は杖を持って追いかけていました。
 呪いだけではなく、森や洞窟には魔物もいますから。それに、彼女は非常に不思議な匂いがしていた。

 彼女は「気にせずに」と何度も言いましたが、帰らない私に小さく溜め息をつき、同行を黙認する。魔物は何故か今日は大人しく、全く襲う気配を見せない。
 本当に不思議な気持ちでした。


 枯れた泉の僅かに残った雫を集め、彼女はそれを小さな瓶に詰めていました。誰か体の悪い方に飲ますのでしょう。この泉の水は強力な癒しの力があったそうですから。

 帰り際、彼女は私に申し訳なさそうに訊ねてきた。
「どうして、この村に居るのですか」
「……家族を、待っているのです」
 時の止まった村に独りいることに、疑問が浮かぶのは自然なこと。

「家族、ですか・・・・
 次の言葉は、酷く私を動揺させてくれました。



「会えるといいですね・・・・



 彼女の去った後、私は一人立ち尽くしていました。
 笑っていたけれど、「きっと会える」とは思っていない。どこか私を哀れんだ、そんな気に目の前が闇に覆われる     

 会えると、いい、なんて・・・・・
 「いい」なんて想いではないのに。どうしても会いたいのに。
 お父様。お母様。お兄様。何処に居るのですか。

 会いたいです……。
 私の思いは森の中に消え、やがては忘れ去られる……。



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