さようなら。弱い自分。
僕は光り、そして臨む。







「光りとなりて」



 寝返りをうち、悪い夢から覚めるように、意識はぼんやりと眠りから覚醒していった。
 うっすらと窓から朝日が差し込み、夜明けの訪れを僕は知る。

 ランシール神殿の自分の部屋    。余りにも世界は静かに、壁かけ時計の秒針のみが妙に耳に響きを残す。
 視線を動かすと、ベットにうつ伏せた、仲間のアドレスが静かに寝息を立てているのに気がついた。自分が倒れ、彼が付き添う、余りにも見慣れていた、いつもの形。
 違うのは       ・・・
 再度部屋を眺め、微かに漂う寂しい気配に唇を噛みしめた。

       いつもなら、そこには【もう1人】の存在が感じられるはずだった。


 ベット横のチェストの上に、『月の弓』の破片がポツリと置かれてあった。…それが、『彼』の死を夢ではなかったのだと、無情にも鮮明に告げている。
「リュドラル……」
 弓の欠片を手に握り、毛布にうずくまっては抱きしめ泣いた。



「元ニ………?」
 毛布が動いたことで、眠りが浅かったんだろう、竜の生き残りが頭を上げた。弓の欠片がない事に気づき、毛布に潜る僕を気づかって声をかけてくる。
「……泣いてるのか?………。お前のせいじゃない」
「………………」

 分かってるよ。
 でも、僕に対する【中てつけ】なのは確かだった。
 死神ユリウスは、僕を欲しいといつも言う。ただ殺すだけでは満足しない。僕を壊すことが目的なんだと解ってる。

 だから、友であるリュドラルは残酷に殺された。
 アドレスも僕の剣で殺される所だった。

 もうやめて欲しい。自分が何度も殺される方がよっぽどいい……。



「………………」
 思い立って、上体を起こして真摯にアドレスの顔を見つめた。炎のような赤い瞳と、夕焼けのような橙の髪。負傷はおそらく魔法によって癒えていたが、若干、顔色はまだ青かった。それもその筈。彼は僕の呪いを【肩代わり】している    

「アドレス、その呪いを、僕に戻してくれないか」
 反発を許さない、強い口調で彼に頼んだ。半ば命令にも近い、強い願いを瞳に込めて。
「断る」
 そんな言葉は予測していただろう、竜の戦士はすぐさまピシャリと跳ね除けた。

「君を犠牲にしながら戦えないよ。自分なら耐えられる。余計なことはしないで欲しい」
「戦え。それが使命だ」
 彼の覚悟、頑固さは身に染みて解っているつもりだった。敢えて辛らつな事を言っても、屈強な精神は微塵も揺るぎはしないことも。
 何度懇願し頭を下げても、怒り叫んでも、彼は同じことを言う気がするんだ。

「どうして、アドレス。君は……、死ぬのが怖くないの?」
「怖いさ。何もできずに死ぬのはな」

 彼は同胞の無念を晴らすため、勇者を守るべく戦っている。彼を残し全て滅びたアレフガルドの哀しき竜たち。その信じた勇者、僕も、竜の血を引く同胞であればこそ……。
 強いね、アドレスは。羨ましいよ。
 身体的な強さだけじゃない。心の強さに敬服している。


 どうしてそこまで、【僕】を信じてくれるんだろうか。



 強くなりたい。強くなりたい。
 蔑み続けた父親の、幻にすら、すがるような脆弱な自分を変えたいんだ。


 ……だからこそ。
 気持ちの切り替えが必要だった。



 逃避していた数ヶ月。
 追いかけた死神に拒絶され続け、それでも求め、商人の町の人々よりも彼女を選んだ愚かな勇者。馬鹿な想いに絶望し、帰れず、ただただ現実逃避に明け暮れた。
 孤独に耐えかねて、自宅に戻り弟の恋人に激励された。彼女もまた、とても『強い』人だったこと………。
 その『強さ』は、一体どこから来るものなのだろう……。
 

 考え込む僕と共に、アドレスも珍しく視線を下げて思考に暮れていた。窓からの朝日は、いよいよ急かすように強くなる。
 随分寝たような気がするけれど……。
 あれから、どれ位の時間が経過しているんだろうか。
 姿の見えない賢者ワグナスは何処にいる。
 先にアリアハンに帰ったニーズ達は、帰らない僕達を待って、心配しているんじゃないだろうか。


「なぁ、元ニ。こんなこと言うのは酷かも知れないが……」
 酷だろうが何だろうが、必要なことは真っ直ぐに口にするのが彼。
「リュドラルは後悔してないと思うぜ。お前を守って死んだんだ。悔いはない」
 慰めも、心に僅かな光も生まず、虚無感ばかり残して消える。僕には後悔ばかりだった。どれだけフォローされようとも、この悔恨は消える事は無いだろう。

「俺も、さすがに死ぬかと思った。…今回は。でも、お前が生き残っていれば、それでいいんだ。そこに希望は繋がるからな」
「………………」
「犠牲になるとか、なったとか、そういう事は考えるなよ。誰もお前を責めたりしねーから。全部終わった後にでも、ちょっと泣いてくれればいい」

「なんで、そんな……」

    『ちょっと』?『ちょっと』泣けば救われるなんて。


 君達の命はそんなに軽いものじゃない。




 泣き笑いに変わっていった。
 なんで、なんでそんなに一生懸命なんだよ。




 過去の自分は、生きることに無我夢中だった。
 「どうしてそんなになったのか」とフラウスに責められたのは記憶に新しい。いつしか僕は口ばっかりになっていたんだね。

 強くなるには、信念が必要だ。守るべきものがあれば、強くなる。
 自信を持つには、結果が要る。結果を出すには、行動しなければ始まらない。行動するには勇気が要る。勇気を振り絞るには、支えが必要……。

 僕には、すでに【支え】があるのに。


 分身たる、ニーズ。母。共に戦ってくれる仲間。
 サイカちゃん。そしてフラウスも……。

 「信じている」と言ってくれた。それは僕のための言葉。


 強くなりたい。
 地球のへそで、「生まれて良かった」と僕に笑ったニーズのように。再び『対等』となるために、立ち上がり、そして大事な人のために笑う……。


 これまでのような、人との境界線を生む笑顔ではなく、本心からの笑顔。
 それは決意。
 今は『泣いて』いられないなら。それが願いじゃないのなら。僕は『笑う』しかないってこと。哀しくて、悔しくて、情けなくて、でもだからこそ『笑う』んだ。



「分かった。なるべく最小限にして、終わらせるよ」
 強さへの願いを込めて、僕は覚悟を込めて微笑んだ。それが【友】の願いだから。

 もう逃げない。負けたくない。
 負けたくない。

 アドレスへの呪いの負荷を最小限に抑え、かつ有効的に戦う。魔法は1ミリすらも無駄撃ちはできない。そうして、彼の命を繋ぎとめつつ戦うことを心に決めた。
「…苦労をかけるね」
 竜の生き残りに改めて手を差し出し、固く握手で繋がった。
 僕には、果たさねばならない使命がある。


「必ず、ゾーマを倒してみせる!」




「信じてるぜ!元ニ!」
 アドレスは肩に腕を回して、嬉しそうに牙を見せた。


==


 真の敵はバラモスではない。
 弟達がバラモスと戦う間、僕達は城の外で守備につき、ギアガの大穴より【真の闇】の横槍が入ることを防いでいた。
 魔王バラモスを倒し、勝利にわき、一段落してから真実を話し弟達とアレフガルドへと向かう予定が脆くも崩れた。
 
 まさかのバラモスの復活……。からくも逃げ遂せた僕は二晩もの間昏睡を続け、その間に大魔王は世界に名乗りを挙げてしまった。魔物たちは大魔王の声に邪悪な力に覚醒し、凶暴性を増して民を襲っている。


「夢の神と賢者が【ギアガの大穴】の沈静化に力を注いでいる所だ。あそこから闇が噴出してるらしくてな。沈静化できれば、じきに興奮した魔物も落ち着いてくるって言うが……。どこもかしこも心配な状況だ。行けるか?」
「勿論」
 大魔王の声に凶暴化し、世界中の魔物が町を襲撃している今、ベッドで悠々と寝ている時間は無かった。ランシールではすでに聖女達が包囲網を作り、住居区への魔物の侵入を必死に阻んでいると聞く。
 夜通しの戦闘に各国の兵士が悲鳴をあげている。急がなければ被害はどんどん大きくなる。


 手短かに身支度を終え、最後に確認するように、「光の欠片」を手のひらに広げそっと握りしめた。儚く散った僕の【友人】、その魂の欠片を共に連れて行く。
「ごめんねリュドラル。もう少し待っていて……。必ず、君の魂を救い、大魔王を倒して来るから」



 ただの【光】にはなれない。なれなかった。
 そんな楽な道は始めから僕には在り得なかったと知っていた。この身、この手、この身体。この痛みを抱いてこその【光】なのだと自覚しよう。

 ただの存在としての光じゃない。
 持ち物としての光じゃないんだ。
 動詞としての『光り』として生まれ変わる。



 月の弓の破片を胸に、数刻後には勇者は町へと風切るように降り立った。この世界に名を馳せた蒼き勇者。青い宝玉の額冠、青紫のマントに白い旅装束。
 勇者ニーズが雷を以って民を救う。
 世界恐慌の最中、各城へと勇者ニーズはその姿を現した。
 ランシール、サマンオサ、ナルセスバーク。魔物の強いとされる国家より順に優先して姿を見せ、聖なる雷光を持って並み居る魔物たちを殲滅する。
 エジンベア、ポルトガ、バハラタ、ダーマ、イシスを回り、魔物が弱体化した後は的確な指示を出し、早々に次の国へと飛び発った。
 アッサラーム、カザーブ、ロマリア。
 聖なる雷は世界に希望を呼び戻すために降り注ぐ。


「大魔王ゾーマは必ず倒します。どうかそれまで持ち応えて頂きたい」
 ロマリア王に頭を下げると、勇者は毅然とした態度で踵を返し退室した。竜の生き残りと賢者ワグナスとが後を追い、玉座の前は無人と化す。
 ロマリア王は完全に圧倒され、呆然とその背中を見送るばかりだった。


「ごめんねアドレス、辛い?」
 城の廊下を渡りながら、勇者は従者の背をそっと撫で、労わるように小声で訊いた。勇者が魔法を使えば、彼の身体に激痛が走る。けれど戦場で僕は躊躇ったりはしなかった。
「気にすんな、ドンドン行こうぜ」
 気づかう勇者に、竜族の生き残りは牙を見せて気さくに笑う。
「次はアリアハン。最後ですね」
 常に飄々とした装いの賢者がにこりと笑い、城の外に出るとルーラの呪文の詠唱に移った。アリアハンは勇者の故郷であり、僕の片割れが待つ約束の場所。自分の帰りを今か今かときっと待っている事だろう。

「ルーラ!」


 懐かしい城下町に降り立ち、すぐさま戦況を見極めるために視線を巡らせた。
 盛大な祭りの痕跡は魔物によって蹂躙され、すでに町は戦いの傷痕ばかりに汚れていた。勇者一行が居るとはいえ、彼らとて魔王戦の直後、二晩戦い続けここまで守れたなら立派なものだ。

 瞬時に状況を判断し、賢者と飛竜とは三手に別れて駆け出した。僕は最も大きな正門へと人目を避けて駆けて行く。おそらくそこにニーズが居る。
 アドレスは小さな飛竜の姿に戻り、空から城下を見渡した。街中の被害に応じ、彼は各地に飛んで行く。
 賢者は正門以外を順に、時計回りに回って補佐をと指示を出した。途中で勇者の仲間を見つけ、彼らへの伝言も忘れずに。


 額冠を外し、青紫のマントを頭に被り、正体を知られぬ様にして脇道を抜けて正門に到着した。予想したとおりに青い人影を発見し、そのまま密かに近づいて行く。
 一部崩壊した門からはみ出す、紅いスライム等に火炎の呪文で応戦していた。この場に他の仲間の姿は見えなかった。交代で休んでいるか、別の場所を守って戦っているのだろう。
 数人の王城兵士は誰もが膝を付いて剣や槍に寄りかかり、まともに顔すら上げていなかった。これなら混乱は少ないだろう。表に飛び出して詠唱を始める。

「ニーズ!下がって!」
 呼びかけに力なく振り返り、奔り込む僕の姿に弟の目は眩み、交替するように膝折れてその場を明け渡す姿となった。
 腰を抜かして立ち上がれない弟に、声だけで自分と伝える。
「そのまま休んでていいよ。後は任せて」
 身構えて、吠えるように呪文を奔らせる。
    ライデイン!!」

 雷は迸り、天からの無数の槍が大地を撃った。魔物たちは悲鳴を上げ、炭と化してボロリと崩れて土に転がる。
 残照残る勇者の姿に魔物は怯み、落ちて尚くすぶる【光】に恐怖して、周囲の魔物たちはじりじりと後退して逃げ出した。
 【光りの玉】の光に怯え、それが結界となり、暫くは襲撃は無いだろう。


 座ったままのニーズの手を取り、物影へと移動した。人目のない所で、顔を明かして笑顔を見せる。
「お待たせ。もう安心していいよ。魔物もこれで落ち着くから」
 分身は愕然とし、わなわなと震えて縋りつくように倒れかかって抱きついた。そのまま押さえていなければ、ズルズルと地面に墜ちて行くほど体に力を感じない。
「………!?どうしたの?何かあったの?」
 明らかに様子がおかしくて、そのまま座って肩を押して顔を覗いた。

「ニーズ…。本当に、お前か…?もう、何処にも行くな。何処にも……」
 疲労というより憔悴して顔面蒼白で、泣き崩れてしがみつく。こんなニーズは、初めて見た気がした。
「何処にも行かないよ。もう、何処にも行かない。これからは一緒に戦う。大丈夫だから。どうしたの?そんなに不安だった?戻って来なくて……」

 バラモス城から僕らが還らず、大魔王が現れたことで、
 大魔王にやられてしまったと不安になった……?

 僕が死んだと思ったから、こんなに弱くなったのか?



 死神に殺されたと思った数年前、一体どれほどの衝撃を受け、絶望して泣いて、彼はどうやって日々を過ごして来たんだろうか。
 『僕』しか世界を知らなかった過去のニーズを思い出し、今更ながら謝る気持ちで強く抱き返す。
 耳元で知らされた情報は、全く想像していなかった悲報。
「……死神が、来たんだ。お前みたいに、サイカを連れてった……」



 目の前が真っ暗に変わるのを感じた。
 僅かにしか彼女に接していない僕でさえ。





 自宅に戻り、母の安全を確認すると二階の自室に弟を休ませた。
 母は最も恐れる死神の来訪にすっかり怯え、更に娘とも思っていたサイカちゃんを失い、悪夢にうなされ、薬が無ければ満足に眠る事もできない半狂乱の状態だった。
 
 過度の疲労と心労とで眠りに落ちていく弟の手を握り、僕は力の限りに宣言した。
「ゆっくり休んで。心配しないで大丈夫。僕はもう何処にも行かない」


 彼女を連れ去ったのは何故だろうか。
 僕が心を開いていたから……?
 死神の思惑は知れないけれど、絶対にもう屈しない固い決意がここに在る。



「彼女は、僕が助ける。
 大丈夫。絶対に生きてるよ!」



 例えその目的のために、
 恋した死神が立ち塞がったとしても。






 自宅を出て、勇者の足はまっすぐに王城へと直行した。
 鼓動が逸り、止まらない。感情と共に、流れ出す光の濁流を感じて奔る。

 誰の制止も呼び止めも聞かず、勇者は玉座すらもスルーしてバルコニーへと飛び出した。ここはアリアハンの城下が一望できる、最善の場所。
 背後で慌てるアリアハン王の声がする。しかし勇者の意識はそこには無かった。

 溢れる【光】をそのままに、両手を突き上げて咆哮した。

「我より出でて、天を裂き、大地に降り注げ!聖なる光よ!」

 天空に巨大な力が終結し、うねりを上げて雷雲が渦を巻く。弾ける光が空に亀裂を生み、訪れていた夜の帳に火花を散らして爆発した。
 
 聖なる雷の上級呪文。
 いまだ制御どころか、そこまでの力を【玉】より引き出すことができずに居た。
 大事な者を守りたい。もう誰も失いたくない。呼応するようにかつてない力が自身より溢れて暴れる。

「空を裂き、大地を貫け!竜と神との光の閃光よっ!
 闇を屠る嵐となれ!





      ギガデイン…!!!


 呪文は成った。
 アリアハン大陸を揺るがす程の轟音が轟き、降臨する光の濁流に国民全てが耳を覆い、目を見張った。光の竜がジグザグに魔を喰らいながら夜空を、大地を奔り抜ける。後には消し炭だけが塵と化して風に巻かれた。

 さながら雷の嵐。城下を包囲するように落雷は次々と突き刺さり、押し寄せていた魔物たちは跡形もなく焼失された。


 後方、アリアハン王は玉座から転がり落ちて、口も閉めずに畏怖にガタガタ震えていた。遥か過去に勇者オルテガも雷の呪文を使ったが、ここまでの威力は無かったと記憶している。父よりも母に似た細い印象の青年が、まるで【神】でもあるかのように天候を操り、魔を掃討するなんて     


 王の目前に勇者ニーズが佇んでいた。
「……っ!ひいっ!!」
 勇者に悲鳴を上げて後ずさり、王は玉座にぶつかり転倒した。腰の抜けたまま、立つ事もできない王に畏まり、息を整えた勇者は頭を下げて短く告げた。

「魔物はこれで落ち着くでしょう。私達は明日、下の世界、アレフガルドに旅立ちます。大魔王ゾーマを必ず倒し、今度こそ真の平和を取り戻して参ります」
「お、おお…っ。よ、よろしく頼む、ぞ……っ」

 そのまま立ち上がり、一礼すると勇者はカツカツと床を鳴らして退室した。
 城内ですれ違う兵士達から、街中でわざわざ窓を開けた市民達が、口を揃えて勇者を称えて歓声を上げていた。
 凄まじい雷の嵐が、『勇者の呪文』であったと知っての感嘆の声。

「勇者ニーズ、万歳!勇者ニーズ、万歳!!」


==


 雷の嵐が去った後、暫くして仲間達も勇者の自宅に集結した。
 一つだけ用事があったため、僕は一番最後の到着となる。

 狭い居間に腰かけは四人分、女子二人とニーズと賢者とが座り、他の仲間は床に腰かけ待っていた。賢者が席を空けて勧めたが、首を振って断った。入り口近くに居たアドレスの隣に移動し、一人立ったまま頭を下げて仲間達に謝罪する。

「遅くなってごめん。全ては僕が至らなかったせいだ……。みんな無事で本当に良かった。。良く持ち応えてくれた。本当にありがとう」
 頭を下げる僕に皆は戸惑い、「そんなことはない」と誰もが口々に否定をしてくれた。
「いいんだ。僕は二日も出遅れた。本当に申し訳なく思っているよ」

 それ以上は言わず、皆の疲労を思い、手短に話を進めた。

「ゾーマや、アレフガルドの話は賢者から聞いたかな?これからは僕らも一緒に行かせて貰う。明日もう一度世界を周って…。家族や大事な人に皆会いたいだろうから。準備ができたら【ギアガの大穴】から下の世界へ行こう」

「……。リュドラルは一緒じゃないのか?シャルディナみたいに負傷したとか……」
 この場に親友が不在なのを気にかけて、黒髪の戦士が発言した。死神に翼をもがれ、神としてだいぶ、弱体化してしまった彼女はランシールに帰還して療養中。同じように倒れただけなら、まだ良かったのだろうけど……。


 事実は僕が話すと決めていた。

「リュドラルは、バラモスとの再戦で亡くなった。助けることができなかった。申し訳ない」
「………………!」
 再び深く頭を下げる。求められれば、手を着いても構わないと思っていた。部屋の空気がざわりと揺れた。皆の動揺が手に取るように分かり、知っていた者達はただ祈るように目蓋を伏せた。


「なん……だって……」
 屈強な少年戦士が、重苦しくやっとの事で吐き出した。無理もなかった。
 重傷のリュドラルがアリアハンに辿り着いてからこれまで、二人は幼なじみであり、最も近しい友人。親友だった。
 …縁だったのか、女神ラーミアの守護者としても対だった二人。

 隠すことはせず、彼らが去った後起きてしまったバラモスの復活を話し、彼が復活の生贄にされてしまった悲劇を伝えた。
 亡骸もなく、魂すらも喰われてしまった事も……。


「彼の家族には知らせて来たんだ。彼の荷物なども、後日届ける予定だよ。彼の身柄は……。何一つ持ち帰ることができなかった」
 唯一残された、月の弓の破片。手のひらに収まるそんな小さな彼の息吹を、握りしめ彼へと差し出した。

「リュドラルは、君と戦うことを願っていた。バラモス城への突入は、君と一緒で喜んでいたよ。持ってて欲しいんだ。彼の分も、勇者を助けて欲しい」
「これだけ……」
「……うん。本当に、これだけなんだ……。ごめん……」

 わなわなと、力強い手が破片を受け取った。握りしめて、何か感じ取ったのか、目頭を押さえて彼はうな垂れ、うち震える。
 懸命に何かを堪えているようにその背は見えた。



 不意に戦士は立ち上がって、顔を伏せたまま退室を断った。
「……悪い。ちょっと頭を冷やしてくる。……朝には戻る」
 僕は無言で承諾して、足早に通り過ぎる彼を見送った。

「えっ!?ちょ、アイザック!」
 女の子二人が心配して腰を上げて、躊躇いながらもサリサちゃんが後を追おうと移動する。
「大丈夫だと思います」
 それを静かにジャルディーノ君が制止した。
「アイザックさんは、今は一人の方がいいと思います。きっと……、朝には元気に戻って来ますよ」
「………、う、うん……。そうだよね」



 重苦しい空気の中、話は終わり、仲間達は宿や自宅へと帰路に着いた。
 ここが自宅のニーズと、宿へ戻ろうとするエルフ娘を呼び止める。
「ニーズと……シーヴァスだけ、少し残って欲しいんだ。大事な話がある」




BACK NEXT