言いましたよね。私…。

嫉妬してしまうと。




 銀髪の娘が背後で薄く微笑んでいた。
 昏くなる世界。視界は隅からじわじわと赤一色に染まってゆく。

 痛みで意識が遠のき、
 指一つも動かせず、最後の願いだけに僕の武器が呼応する。
 どうか、彼を     

 あの人の悲痛な叫びが、僕の最後の記憶と変わる。






「月の欠片」



 故ネクロゴンドの王城を冷たい雨が濡らしていた。

 魔王バラモスが倒れ、残った王子は城内を黙祷して回っていた。僕達は彼の心中を思い、口は堅く歩みは静かに、重たい空気を噛み締めながら後に従う。
 魔王が倒され、逃げ出したのか魔物の姿は一切見ることがなかった。
 静けさだけが棲まう城。何処へ行っても哀しさばかりが募り、胸が軋んで痛みを誘う。

「もういいの?リュドラル」
「はい。……この塔で、終わりです」
 城の郊外、古い塔を仰ぎ訊ねた。微笑む王子の声には深い感傷の色が染み込んでいる。雨避けに被っていたマントの露を払いながら、廃塔の中で雨宿りに落ち着いた。


「しっかし寒いなここは……。早く帰って旨いモンでも喰おうぜ!」
 竜の生き残りが両腕を擦りながら訴えた。寒さが苦手な彼だから無理もない。
「アリアハンでパーティがありますよ。皆さん今頃準備中でしょう」
 アドレスと賢者ワグナスは呑気に笑い、何を食べて誰と踊ろうかと談笑を交わしていた。そんな楽しそうなパーティにも、僕は参加しないだろうけど……。


 一階に僕ら三人は留まり、塔に昇ったリュドラルの帰還を静かに待った。
 ここは彼が幼少時代過ごしたという、思い出の塔………。


 今は廃塔と化し、内部には埃とクモの巣が遠慮なく張り詰め、壊れた壁の破片が床にまだらな模様を刻んでいた。周囲は干からびた毒の沼地。太陽神の攻撃によって涸れた沼に魔王バラモスが骨と化して眠っている。
 壊れた窓から覗いてみても、さすがに沼底の骨まで覗うことはできなかった。



「………。なんだか、嫌な臭いがするな」
 アドレスが声を低めて鼻を鳴らした。バラモスの方を視線で示し、賢者がそれに続いて見やる。
「………。そうですね。嫌な感じがします」
 勇者ニーズが勝利に沸いた、その時には感じなかった不穏な感覚。
「まさか。復活するとか……」
 最悪の結末を思い浮かべ、眉根を寄せて二人に訊いた。腐っても魔王だ。在り得ない話じゃない。
 王子が戻ると事情を話し、慎重に近づくことに誰もが同意し、塔を出た。



 冷たい雨の中横たわる【骨】は、異様に恐怖心をかき立てた。
 城内を回る前はこんな悪寒、微塵も感じなかったのに………。
 「早く始末しなければ」、全身が警戒を発して緊張に息を呑む。


「完全に消し去りましょう。死後【何か起きる術】をしているかも知れません」
「分かりました」
 賢者の指示に頷き、慎重に間合いを取り、遠く穴の上、十字に広がり構えを決めた。地表から魔法や火炎、弓で各々狙い討つ。集中攻撃に【骨】は跡形も無くなるかと期待していた。

 賢者の火球、僕の雷、竜の火炎と炸裂した。はね返る衝撃、熱に手を翳して防御する。凄まじい攻撃だった。轟音に耳を塞ぎたくなるほどに。
 決まったと思いきや、右手側、矢の閃光がなかった事に気がついた。

 賢者の呪文により焔を上げる炎の壁。照らされて真紅に染まるリュドラルの胸に尖った氷が覗いていた。光の矢は放たれることは無く、主は氷の刃に貫かれ、そのまま声もなくどっと倒れた。
 その背後に銀の人影。
 炎に照らされなお紅く染まった双眸。氷の刃と変えた右手から血を滴らせ、無邪気にめくる唇の奥には剥き出しの殺意     

「追いかけっこ、まだ途中でしたね」
 いつだか僕に宣告した【遊び】。捕まればきっと僕の命が終わりを迎える。
 壮絶な微笑みに、身も心も凍りついて動けなかった。


==


「リュドラルさん!」
 異変に気づき、すぐさま緑の賢者が駆けて来た。救出すべく手を伸ばし、すれ違いざま奪い去ろうとするが死神の剣が弧を描く。
「ぐわあああっ!」
 杖でガードした賢者は吹き飛ばされて塔の壁へ。軽く振るったように見えたが、恐ろしい威力だった。振り上げた剣の下を縫うように滑り込んだオレンジのコート。アドレスは潜った死神の懐で力の限りにパンチを撃った。

     なっ!」
 手応えはあった、なのに細い女の体は微動だにせず、撃った自分の拳がピキピキと音を立てて凍り始めて目を剥いた。
 鼻で嗤った、死神が「フウ」と息を吹く。ガードした両手を凍らせながら竜の生き残りが吹き飛んだ。城壁に叩きつけられ、ガラガラと音を立てて瓦礫が積もる。
 尋常じゃない強さに背筋がゾッとした。

 じんわりと、確かめるように【勇者】へと視線を流した死神は、銀髪を雨で濡らし、それは恐ろしい美しさで佇んでいた。
 今までだって彼女は恐怖の対象だった。
 しかし、今見る死神は、これまでの比にならない程に死を感じさせて後じ去る。
     本気で僕を殺す。遂にその日がやって来たのか。


 魔王バラモスが倒れたことで遊びの時間は終わったのか。銀髪が逆立ち、赤い舌をチラつかせて歩み寄る。
 足元に転がる亡国の王子を蹴り落とし、その衝撃にやっと弾かれた様に身体が反応し動き出す。
    リュドラル!」
 斜面を転がる友を追い、足がもつれ、自分も転がり落ちて魔王バラモスの骨の前へと転がった。



「リュドラル!しっかり!しっかり………!」
 抱き上げた少年の顔に血の気は無く、貫かれた胸から絶えず赤い滝がゴボゴボと音を立てて噴き出した。絶望が、ゆらりと首をもたげて絡みつく。
      僕じゃ、助けられない。ベホイミじゃ間に合わない     
 無駄と思いつつも、傷口を破いたマントで塞いで止血した。悲鳴のように回復呪文を繰り返す。
「ベホイミ!……ベ、ホイミ……!」

 傷の度合いからすれば、すでに神の奇跡が必要な領域だった。僕は蘇生呪文は扱えない。それでもかけずにはいられない。唱える声が震え、指先が恐怖にけいれんしている。
 視界が真っ暗に変わっていった。避けられない結果がすぐそこにチラついて……。

 頭上に、何かの影が覆い被さる。


      そうだ。何故気づかなかったのだろう。
 そんな巨体の移動にすら。激しい震動も、腐臭も咆哮も、回復していた僕には王子しか見えていなかったんだ。




「グオオオオオオオォ……!」

 
 魔王バラモスの肉体が再生し、両手を掲げて襲いかかるその様を。
「うわあああああっ!」

 この国の王子の血を吸い上げ、それを力としたのか、ぶくぶくと泡を吹きながら再生するバラモスの肉体。しかし追いつかないのか肉体はドロドロと溶けて落ち、ボトボトと音を立てて頭上に降った。
 凄まじい腐臭を立てて毒を吐き、鋭い爪で殴りつける。王子を抱えて横に転がり、打撃は避けたが被った毒に悲鳴を上げた。
「ぐっ、ああああっ!」
 浴びた傍から煙を上げて皮膚が腐る猛毒。絶えずバラモスの口から滝のように流れ落ちる。激痛に耐えながら王子を抱え距離を取ろうと這い逃げた。

「ぐっ……!このっ……!」
 再生の泡を上げつつ追う足を、爪を、吹雪の剣で牽制しながら後退して行く。目の前に開かれた口蓋に剣を噛まれ抜けない。
         !イオラ……!」
 力勝負では勝ち目が無い。爆発呪文で牙をこじ開け、怒号を上げるその隙にリュドラルを抱えてひた逃げた。それでも、稼げたのは僅かな距離。


「ああっ!あああああああっ!」


 元沼の窪地の頭上、尋常でない悲痛な叫びに顎を浮かせた。
 見上げれば、頭一つだけを下ろして斜面に向かい、アドレスが死神に踏まれ苦痛に喘ぐ。竜の生き残りを踏みしだきながらもなお、銀の死神の視線はまっすぐに眼下の『勇者』だけを見据えて嗤った。
「魔法を撃たない方がいいですよ。この竜が苦しみます」
「………!?」
 何のことか解らなかった。
 ユリウスと繋がるアドレスの身体が、渦巻く邪悪な波動に覆われ、脈動している……。

「けなげな従者ですね……。貴方の呪いを肩代わりして。貴方の苦痛を自分に転換しているのです」
「……!聞くなっ!元ニっ!」



 ま さ か ………!


 【嘘】だとは思わなかった。
 残虐な瞳から。アドレスの必死の叫びから。
 
 瞬時に思い当たったのは、ランシールで彼が施した竜の術。直後、信じられないくらい体が軽くなり、思うように動け、戦いができるように変わっていた。呪文を使っても苦痛を感じなくなり、勇者として戦えるようになった僕は、どれだけ自信を持ったことだろう。

 自分の行動を思い出し、血の気がサァ…ッと引いていった。
 調子に乗った僕は、どれだけ魔法を使ってきた?その度にその分の苦痛を、アドレスが背負っていたと言うのなら    



「ギャオオオオオオオッ!」


 愕然と、全身の力が抜けていた。
 真っ暗な視界のまま、首だけを動かすと目前で噛み合わされた毒の牙。何度も、噛み合わす度に滲む血しぶき。

「あ……!ダメだ!ダメだ   !」
 咆哮を上げ、抱え逃げてきた王子の足に喰らいつく魔王のゾンビは、凄まじい力で噛み砕き、喉の奥へと彼をズルズルと呑み込んでいこうとする。必死に友の身体にすがりつくが、毒の牙がバキリボキリと音を立てては僕の腕も砕いて裂いた。

 両腕の骨が砕け、剥ぎ取られた肉。毒が回り視界がぼやけ、全身がただれて焼けそうだった。自分まで巻き込み、呑まれそうな所を何かが光ってずるりと落下した。
 地面に仰向けに倒れて気づく、王子の握りしめた光の弓が、眩く光りゾンビの口内を攻撃したのだと理解する。
 そんな弓も牙に砕かれ、ハラハラと破片が花びらのように舞い散った。
 儚く落ちた破片は僕の上に、まるで守るかのように降り注ぐ。

「……ドラル。リュドラル………!」
 弓の破片を握りしめ、声の限りに泣き叫んだ。


 「僕もまた、勇者を守る光のひとすじになれる」


 最期の力で【勇者】を守ってくれたのか。
 そんな優しさに辛すぎて涙が止まらなかった。


 アドレスも、リュドラルも、みんな僕を庇いすぎだ!
 弓の欠片を握りしめ、自分でも判別できない嗚咽を叫んだ。

「返せ!返せ………!!」

 おそらくそんな事を繰り返していたと思う。





 出会いはアリアハン。背中の傷を魔法で癒したのが僕だった。
 記憶を失った少年。僕は心を閉ざしていた。

 僕を探して奔った海辺。
 共に戦うと口にしてくれた。
 僕の友達になりたいと………。


 視界の端に、賢者の呪文が炸裂している。その火球をやり過ごすもう一人の死神の姿が懐かしかった。『彼女』もいるのか。本気で僕を消すために。

 飛竜に戻り、アドレスはユリウスの足から逃れ高速で飛び交う。僕達を助けに向かおうとするのを氷柱が貫き、地面に挿された。矢のように氷柱が降り注ぎ、横たわる僕の頭上、周囲へと楔を打ち立て包囲する。
 呪いの根源に力を増幅され、すっかり苦痛に捕われた竜の生き残りは、もはや飛ぶ力も失っていた。
 飛竜も墜ちた。賢者も抑えられていた。
 僕には絶望しか見えていなかった。


 冷たい雨も蒸発するほどに体中が沸騰し、自分でも怒りと哀しみで制御が効かない。無我夢中で呪文を形成し『光』を召んでいた。

「天を裂き、大地に降り注げ……!」
 
 暴走していたのは、僕か、【光の玉】か。冷ややかに高みから見下ろしていた死神は、さも満足そうにゆっくりと口の端を上げていた。
「魔法を使うと、竜の子が死にますよ」

 聞かない    
 どうせこのままじゃ皆死ぬんだ。
 空が裂ける。全身が爆発するように輝き、天より光の竜が迸る。地上の全てを焼き尽くし、魔王の蘇生を阻止してみせる。
 僕の身体が共に果てても構わなかった。


「………。悪い子ですね」
    うっ、がっ!」
 突如目の前にユリウスが現れ、喉を掴み上げ雨に向かって晒された。
「少し、大人しく見ていて下さい」
 中途半端に途切れた呪文。集まった聖気が制御を失って拡散していく。あと少し、あと少しで放てるのに。

「貴方はただ、大事な友人がバラモスの血肉になるのを泣いて見ていれば良いのですよ。すぐに終わりますから」
「………っ!うっ!くぅう……っ!!」
 息が、できない。ぎりぎりと締め上げられ、死神の手に爪を立てて必死に抗う。しかしそんな抵抗すらも彼女の悦に嵌り、彼女が恍惚に嗤うのを止められない。

「元ニーズさん!!」
 賢者が駆けて来た。その首にも銀の大鎌が滑り光る。かなりの重傷にあちこち流血し、背後の死神に斬首されるのを後方に飛んでからくも避ける。
「動かないで下さい」
 可憐な少女の姿はなく、そこに居るのはただもう一人の死神だった。煌々と紅い瞳が殺意に輝き、賢者を強く威嚇している。
「すっかり毒されたようですね。残念ですよフラウスさん!」
 追尾する鎌に激しく打ち防ぐ賢者の杖。戦況は圧倒的に不利だと見えた。このままじゃ賢者も鎌に喰われ、打ち付けられる………。



 空気を貪り抗う間に、変色したバラモスがユリウスの背後に控えるように移動した。
 再生を終えたバラモスは緑がかった体色が蒼に変色し、更に禍々しい瘴気を上げて呼吸している。その眼も牙も、数倍恐ろしく血の気色に淀んでいた。

「さすがですね。王子は供物として上級でしたわ」
「………………!!」
 ………なんていうことだ。悔しさの余り、握った拳に爪が食い込み血が滲む。
「ごめんなさいね。私、悔しくて…。貴方と彼らがとても仲が良いようでしたから」

 こんなに、この女を殺意を込めて睨んだ事はない。
 許さない!許さない………!!

「ついつい、バラモスの栄養にしてしまいました」
 子供の悪戯のように冷笑した。魂が爆発して光の呪文に変わればいいと切に願った。

「竜の子は、とても忠実ですから……」
 その願いを知ってか知らずか、封じるためなのか、突き上げた腕をいくらか下ろし、僕の足が地面に触れる。しかし解放など在り得ないのは承知のこと。
 絞める首から拡がる氷。首から下の氷像に変え、手には吹雪の剣を握らせ固定した。

「貴方になら、喜んで殺されるかも知れないですね」
 いつの間に、小さな竜を抱きかかえて、剣の前に立っている。


「なっ!    やめろっ!やめろ……っ!!」
 アドレスを僕に殺させる気だった。動かない身体に熱が奔る。

「愛しています。ニーズさん…」
 甘い声で囁いて、暴れる頭を片手で掴み口内に舌を潜らせた。…やめてくれ!僕に触れるな!侵入するな!左手では抱いた竜の子が刃に悲鳴を上げている。

 どうすれば………!


 口付けは光の玉への意識を殺ぎ、僕を内部から凍らせていく。
 外の感覚に意識が破裂しそうだった。
 気持ち悪い愛撫。激痛。血の臭い。腐臭。悲鳴。剣の食い込む感覚。壊れる自我。僕が、汚染されてゆく     

 助けを求め、脳裏にニーズの姿が浮かんで見えた。
 助けて………。

 青き勇者と、彼の仲間。頼りになるラーの化身。彼なら………。






 外部とは反して、沈黙した意識の底で。
 絶望という最下の果てで。

 ……どうして。

 どうして………。



 ありえない者の肖像が滲み出てきたんだろう。

 どんなに願おうと。金を積もうと。命を捧げようと来る筈がない。
 過去の勇者の姿など     





 黒髪の屈強な戦士。余りに馬鹿馬鹿しくて涙が落ちた。
 このまま全て零れ落ちて、肉体は消え去り、後に【玉】だけ残ればいい。

 後に【玉】だけ残ればいい。





==





 遠く、遠く。

 不似合いに美しい旋律が意識の合間を縫って流れた。
 
 それは果てしなく優しく、柔らかく、慈愛に満ちた祈りの音色。混沌とした意識の底から呼び覚まされて、重たく開いたまぶたの先に移ったのは一人の神の姿だった。

「ワグナス!勇者を連れて逃げなさい!」
 横笛から微かに唇を離し、凛として言い放つ。吟遊詩人のような装いの神は、見たこともない美しい横笛を携えて空中に飛来した。

 違う旋律を奏で、その音色は生きているかのように賢者らを包み込んで瞬いた。
 複数を同時に回復する旋律。中世的な男性の笛の音色に眉根を寄せ、珍しくユリウスの顔が醜く憎悪に歪んでゆく。

「妖精の笛ですか。準備ができたのですね」
 夢の世界の神は応えず、空に浮遊したまま新たな曲を披露し始める。復活したバラモス、死神二人が苦しみ始め、初めてユリウスが手を地に着くさまを見た。
 呪縛していた氷が解け、がくりと膝折れて倒れこむ。傍に落ちた飛竜に手を伸ばし、まだ息があるのを知ってまた泣いた。


「行きますよ!しっかりアドレスさんを抱いていて下さいね!」
 僕と飛竜の元にいくらか回復した賢者が飛んでくる。小さな竜を抱いて、ルーラの呪文で賢者が飛翔する垣間……。
 僕の片手は居るはずのない、「もう一人」を求めて伸びていた。



 死神が、バラモスの巨体が眼下に小さく離れていく。笛の音が遠のき、強風のうねりに耳を奪われ、やがて何も聞こえなくなった。
 ネクロゴンドの王城が見えなくなる。
 城の東、大きな闇が台風のように渦を巻いていた。


 魔物がやって来たと云われる、ギアガの大穴。
 闇が渦巻き、世界を呑み込まんと舌が伸びる……。

 賢者は穴に吸い込まれるのに抵抗しながら、どこまでも続く青い地平を逃げて飛んだ。



「助けて下さい…!ニーズさん!僕は王子としてこの国を救いたい!」

 手を付きこの国の解放を願った。

「勇者が万能で屈強な戦士であるなど、空想物語だと思うわ」
 

 何も、できなかった……。
 彼が望んだこの国の救済も、彼の幸せだけを願ったシャンテ王女や騎士の少女の願いすらも。
 本当に、本当にいい人達だったのに。助けられたのに………。

 悔しい。
 悔しい     
 落ちる涙も闇に吸い込まれて消えていく。
 
 自分の不甲斐なさに反吐が出た。



 咄嗟に伸ばした手のひらに納まった、淡く光る弓の欠片。
 その光が消えるのが早いか遅いか、僕の意識が途切れて消えた。


 もう、目覚めたくない。
 そんな絶望にひれ伏しながら。





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