「予感」



 決戦前夜、ランシールで聖女が開いてくれた内輪だけのパーティ。明日は祝杯を挙げるのだと皆で楽しく踊り明かした。
 戦いは勝利に終わり、宣言通り僕達は今夜も祝賀会に参加する。

 今夜の会場は勇者の故郷、アリアハンの王城。魔王撃破の報せに沸き立ち、新聞の号外が出ると共に、勇者の家にはどっと民衆が押し寄せました。
 急いでパーティの準備が進められ、夜会には国外の来賓も到着する。世界を挙げての盛大なパーティが始まろうとしていたのでした。 


 魔王バラモスを倒した後     



 ネクロゴンドの王子が一人、遅れて帰ると口にした。
 彼は心の底から歓喜することができず、喜びに震える仲間達に水を差したくなかったのでしょう。遅れて到着した賢者たちと城を回り、黙祷を捧げた後、ルーラの呪文で帰ってくるとその場に残って手を振った。
 それから数時間、まだ彼らの帰還はない。

 僕はと言えば     アリアハンに戻り少し休息を取った後、姫の到着を聞き慌てて出迎えに駆けつけた。力を使った疲労はまだ消えてはいなかった。けれど彼女のために足は急ぐ。
 魔王を倒した祝賀と聞けば来ないはずもなく、従者にマイスさんを連れて夕刻には姿を見せたイシスの王女。働きを労い、褒められつつも、僕の心象は厳しいものでした。晴れ晴れしい表情に輝く王女に向けた微笑み、目の奥では笑っていなかったに違いない。

 それはまだ言えない段階だったからでした。
 彼女も僕の家族も望んでいる、【たったひと言の挨拶】を。



 勇者ニーズは仲間と共にアリアハン王へ報告を終えると、城前広場で押し寄せる民衆達に手を振った。新聞や雑誌の取材に応じて、パーティの準備と休む暇も全くない。
 のんびり家族と話す時間も持てないまま……。そのまま祝いの中心部で揉まれる運命なのですね。
 
 夕方前に勇者を先頭に町を回って、戻った城で国賓と共に食事とダンス。疲労と共にようやく中心から離れた後、僕は意中の人を探していた。

 すでに月は煌々と輝き、夜の帳が辺境の国を支配していた。
 疲れたのかイシス王女は客室に戻り、じっと外の喧騒に耳を塞ぐようにベットに横になって休んでいました。 
 ドアの前に控えていた従兄弟の兄に頭を下げて、入室許可を得て戸を叩いた。


「疲れましたか?…僕も疲れてしまいました。一緒にお茶しませんか?」
 会場から持って来た飲み物や食事をワゴンからテーブルに移しながら、努めて軽快に会話に誘った。温かいスープに紅茶のいい香り。瑞々しい果物の香りも食欲をそそってくれる。
 王女は向かいのソファーに腰をかけ、至極残念そうに吐息を零した。

「ジャルディーノは……。また何処かへ行ってしまうのですか」
「………………」
 なぜ、それを     
 一瞬息を呑み、ごまかすように紅茶を口元にそっと運んだ。予期せぬ言葉に軽く動揺を覚えたけれど、じっと真摯に姫の綺麗な顔を見つめてみる。
 探るような赤紫の瞳。問い詰めるように唇はとがり、指先は腹部でぐっと強く握られていた。

「すみません。あともう少し……。数ヶ月待ってくれますか?まだ行く所があるのです」
「魔王を倒したのに、まだ行く所があると言うのですか」
「………。はい」
 詳細は、語るか迷う。そこは余りに「遠い」から。



     彼女は、知ったらどうするだろう。
 今度ばかりは、魔法ですぐに帰って来れる場所じゃない。別れて最後、終わるまで音沙汰なしの可能性だって無くはないんだ。

 隠しても仕方がないことだけど……。
 それは決して避けられぬ『道』。むしろ今までの方が寄り道だったと言ってもいいくらいなのに    

 彼女に心配させないように、いたって簡単なことのように微笑んだ。
「大丈夫です。必ず帰って来ますから」

 考えに没頭しすぎて、姫の変化に気づくのに遅れた。いつの間に彼女は泣いていたんだろうか。ぐっと唇を噛んで、声を殺して泣いている。
「姫様………!」
 ……どうしよう。
 慌ててカップを置いて紅茶をこぼし、急いで布巾を被せて左右に拭きとった。テーブルを回り、彼女の足元に膝をつく。彼女を見上げ必死に謝るけれど、一行に涙は止まる気配がない。
「あの…。泣かないで下さい。大丈夫です。すぐに戻りますから…」
 優しく諭すのに、姫は指の隙間から盗むようにねめつけて。

「本当ですか?本当にすぐ?ニ、三日で戻ってきますか?来ないでしょう」
 悔しそうに呟いて、両手で顔を隠してしまう。
「……それは……。はい……」
 二、三日で戻るなんて。ニ、三ヶ月で片が付けば早い方だと思うのに。とてもじゃないがあからさまな嘘に逃げることは出来なくて苦虫を噛んだ。


 そんなに、寂しかった?
 珍しく寂しさを訴える姫に正直驚きを隠せなかった。
 事件の後は暫くイシスに滞在して毎日通った。それでも足りない?確かにランシールに居た期間もあったけれど……。
 どんなに姫が泣こうとも、自分は勇者と共に戦う。それは姫のためでもある事だから。
 歯がゆさに何も言えなくて、ただ自分は押し黙るばかりで胸が苦しい。

「ジャルディーノなんて、嫌いですわ。大嫌いです。もう二度と帰って来なくて良いです」
 狼狽に更に追い討ちをかけて、姫は話を終わらせようと立ち上がった。
 このままじゃいけない。


「解りました。本当のことを言います」

 皆が喜び勇む中、一人神妙にしていたのを見抜かれていたんだ、きっと……。
 姫も何かを感じ取って不安になった。
 不安にさせたくない。だからきちんと、本当の事を話しておこう。

「驚かないで、聞いて下さいね」 

 姫は腰を浮かせたまま、じっと僕の話を聞いていた。
 これからの行き先。目的。予測される事態……。
 酷なことだが、耐えてくれると信じて話す。小さな肩はわなわなと震え、話す度に眉根は深く寄せられていった。


 ソファーから離れて立つ、彼女の前に回り両手を取ると願いを立てた。
「行かせて下さい。二つの世界のためです」
 痺れるように打ち震える少女は、暫し視線を彷徨わせた後。全く関係ない文句で答えを濁してしまった。
「触らないで下さい」
「……。すみません。失礼しました」
 無礼を詫びて離すと、全く逆のお叱りが飛んできた。
「何故離すのですか。この大馬鹿者」

 ………。言ってることが滅茶苦茶です。

 困る僕を見ても、姫の恨み言は止まずに続いた。
「ずるいですわ、ジャルディーノは……。そんな事言われて、止められる訳がないのに。私ばかり、苦しくて。こんなに苦しくさせて。ずっと傍に居て欲しいのに……すぐ何処かへ行ってしまうし」
「………………」
 傍に居る時も、外出を告げる時も、そんな事は言わなかったのに。
 いつも胸の中に押し込んでいたのか、今日の姫は饒舌に感情を押し流す。
「ドキドキするのは、いつも私ばかり。今日も…、報せを聞いてとても嬉しかったのに。あなたはうわの空で…。ダンスにも誘ってくれないし」

「……。すみません。気が回らなくて……。でも、僕もドキドキしてますよ。姫様とっても綺麗ですから」
「………。そんな事言っても、許しませんわ」
 照れたのかプクッと膨れて下を向いた。

 少し怒った姫が可愛くて、懐かしくて     
 以前のような他愛ないやり取りがどんなに貴重だったのか。今更ながらに身に染みて苦笑した。



「姫様、そのままで聞いて下さいね。僕は…、確かに数ヶ月姫を一人にしてしまいますが、ちゃんと役目を果たして帰ってきたその後は、ずっとイシスで暮らします」
 大馬鹿者と言われないように、両手をしっかりと握りしめ持ち上げた。追って、上がった視線の目の前に僕の視線。
 決意の言葉を、後押しするように窓の向こうの木々が揺れる。

「姫様と婚約することを、女王様にお願いするつもりです」
「……………!」
 綺麗に着飾った姫の肩がビクリと震えて、身体が強張り腰が引いた。明らかに緊張して目を逸らし、今にも逃げそうな警戒心をむき出しにする。
「嫌ですか?」

「い、嫌だなんて……」
 真っ赤になって口ごもった。それが悔しいらしく、乱暴に手を振りほどいて声を上げる。
「わ、私は、もう休みます!下がりなさい!」
「………………」
 緊迫した空気が流れた。威嚇する姫に、昔の僕なら即負けしていたと思う。
 でも今は解るんです。ここで退散するのは、【大馬鹿者】だと言うことぐらいは。

 僕だって怖い。だからこそ知って貰おう。
 僕だって苦しいことも。怖いことも。
 触れる時は鼓動が逸ることだって。


 ゆっくりと近づいて、怯える姫君を捕まえた。
 以前よりも肩を細く感じた。いつの間にか僕が大きくなっていたのかな。

 イシス王女はこわごわとしつつも抵抗はせずに、でも背中に腕を回しはしなかった。まだ怖いのも、信じられないのも、赦せないのも無理はない。
 いつまでも、怖がって、大事に扱っているだけじゃきっと何も変わらないんだ。だから、時にはこうして踏み込んで行かなければ……。

 強引に抱きしめた僕にこわごわと、姫は疑いの言葉で責めてみる。
「本当に、本心でそんな事を……。ジャルディーノは責任を感じて、私の傍にいるだけでしょう。好きでもないのに」
「違います。僕は姫様を愛しています」
「………………っ!」
 そこだけは、断固として言い放った。
 信じて貰えるまで、いつでも何度でも口にする覚悟はある。


「姫様、信じていて下さい。僕は必ず戻ります。姫様のことが大好きだから」
 抱き寄せた腕を少し緩めて、にこりといつものように微笑んで見せた。強張った姫の表情が緩み、口元が柔らかく解けかかる。
 僕もほっとして気持ちが緩んだ。






 その時だった。


     そんなっ!もう来るなんてっ!」
 急に全身が総毛立った。
 世界をまるごと下から掴み取られたような、闇の触手に呑み込まれる悪寒。
 それは決して気のせいではない。

 来るべき闇の猛襲が、まさかこんなに速いなんて     


==


 サマンオサの国賓が会場に姿を見せ、注目を集め私も心中で歓迎の拍手を送った。王と側近、その中にはガイアの姉弟の姿も見える。付け毛を使ってドレスアップしたミュラーさんと、弟のスヴァルさん。彼はいつもの黒服で。
 彼が現れると会場の女性陣が密かにざわめく。それも当然なんだよね。彼は絶世の美男子だったから。

 嫉妬心でにわかにザワザワする胸を抑えて、私はずっと話しかけるチャンスをシーヴァスと共に窺っていた。

 けれどそんな心配は無用だったようで……。
 集まる女性陣を振り切って、彼はすぐに私達に祝辞を述べにやって来た。

「魔王撃破、遂にやったな。おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
 暫く魔王との決戦に会話を咲かせ、折を見てシーヴァスが気を利かせて離れて行った。彼女には、もう自分の気持ちは話してあるから。

「あ、あの……。少し話したい事があるのですが…。いいですか?」
「ああ。俺もある」

 え……?何だろう……?
 彼の話とは一体?自分の話は棚に上げて、その内容がとても気になった。


 祝賀会の喧騒を避けて、星空仰ぐバルコニーへと連れられて歩み出た。ほろ酔いの頬に外の空気がひんやりと気持ちいい。先客はなくバルコニーは無人。
 慣れないドレスとハイヒールによって私の歩みは遅く、背中を見つめながら息を呑んだ。振り向き、隣に誘う横顔はいつも以上に眩しく思う。

 胸が、ドキドキする………。
 なぜなら私は、魔王を倒せたら、告白しようと決めていたから………。




 決戦前夜、ランシールで聖女様が私達のために小パーティを開いてくれた。その中にはアドレス君も居て…。ダンスにも誘われたし、終始私に気を注ぎ、常に好意を表す彼。
 だからこそ、私は言わなければならなかったんです。
 自分の気持ちを。彼への謝罪を。

 断られた彼は、それは残念そうにふてくされて。
 でもすぐにあっけらかんと笑ってみせた。

「お前がそう言うなら仕方ないな。でも俺は、お前が誰を好きであろうと関係ないから」
 そういう芯の強い所が、魅力的な竜の生き残り。
「気が変わったらいつでも言ってくれ。俺が死ぬまで有効だ」
 そんなこと誓っちゃっていいのかなって思いつつも、通しそうな気がする彼ならば。恋も、魔王戦もしっかりと後押しされて旅立った。

 私の恐れも、迷いも笑い飛ばしてくれたから……。



 パーティ中、恋人同士が寄り添う姿を何度も視界の端に見送った。
 魔王が倒されて平和になったんだもの。盛り上がるのも無理ないよね。この波に乗ればいいんだ。乗ってしまおう……。

 例え砕けても、自分はまた歩き出せる。
 魔王バラモスも倒せたんだ、何も恐れることはない。
 ずっと心の中で自分を勇気付けていた。
 後悔だけはしないようにと      


 月が雲に隠れ、朧となって暫し揺れる。
 人気のない庭を見下ろし、縁に腕組む彼はいつもよりも無口だった。私も、どう切り出していいか分からずに、隣で俯くばかりで……。
 樹木が夜風にザワザワと震えると、思わず腕を抱えて小さくなった。
「少し寒いか。悪いな」
「大丈夫です。このくらい」
 少し開いた襟口にマフラーをかけて、彼は真剣に私の事を見つめていた。

「どうかしましたか?スヴァルさん」
 いつもと様子が違う?問いかけると忍ぶように目蓋を伏せて視線を流した。…なんだろう。何か釈然としない態度に疑問が残る。

 冷静沈着、いつも思うことははっきりと口にする人なのにな…。違和感を覚えてまじまじと見上げた。気づいた彼は帽子の唾で顔を隠す。
 そのまま背中を向けて棒立ちする私に訊ねた。

「アレフガルドの事は、もう聞いたのか」
「アレフガルド……?いえ、何も」
「………。そうか」

 重い沈黙が過ぎてゆく。
 え?なんで………。なんでこんなに空気が重いんだろう。

 それは精霊神ルビス様の創造した世界。賢者ワグナスさんにしてみれば故郷。
     そうだ。ルビス様は確か封印されていて……。私達に手助けして欲しいとワグナスさんが言っていたような……。
 でも、それが何か……。それほどまでに困難が伴うことなのか。
 もう魔王バラモスは居ないと言うのに。


 やっぱり、今日のスヴァルさんはおかしかった。だいたい、いつも顔を隠すのは私の方なのに。何かを隠している気がして口調が荒くなる。
「アレフガルドがどうかしたんですか?はっきり言って下さい」
 問い詰めても返答がなく、ちょっと膨れてこちらを向かせる。
「スヴァルさん……!」

 見つめたら、音もなく彼は動いて    。次の瞬間私は彼の腕の中へと包まれていた。全くもって何が起こったのか解らなかった。
 強く、強く……。
 抱き寄せる彼が酷く辛そうで、私は胸を掴まれたように切なくなる。

「…何か、あったんですか、スヴァルさん…。私……。私で良ければ、話聞きますよ」
 きっと何かあったんだ。アレフガルドに何かあるんだ。確信して肩を揺さぶる。腕を少し緩めた海賊は、耳元で細く囁いた。


「ワグナスがお前達を連れて行くだろう。下の世界へと」
「………。え?わ、私達を……?」
    混乱。抱擁と、言葉とに。そんな話聞いてない。

「行ったら、いつ帰って来れるか分からない。更に強大な敵がお前達の前に立ちはだかるだろう。バラモスよりも強大な……」
「………………」
 感覚が、寒さのせいじゃなく麻痺してゆく。
 そんな?どうして?魔王を倒して喜んでいたのに。まだ敵が居ると言うの……。

 彼、というより賢者に親しい海賊頭は聞いていたのでしょう。
 アレフガルドの実情を。賢者ワグナスの真の目的が何処にあったのかを。そして勇者が導かれることも     


 浸透するまでに時間が必要でした。パーティ会場での笑顔はさよなら、唇を噛みしめ視界がじんわりぼやけていく。
 私は、どうして泣いているのかな?
 魔王撃破がぬか喜びに終わったから?
 未知の世界に躊躇するから。暫くこの人に会えなくなるから………。


「………泣くな、サリサ。怖いか」
 腕の中で小さな子供のように素直に頷いた。未知の世界の敵も、あなたに会えなくなる事もとても怖い。
「そうだな。無理はない……」
 心配して気を揉んでいてくれていたんだ。それがとても嬉しかった。でも、でも、離れることは寂しいよ。いつでも会える場所に居たい。

「すまない。力になれなくて……。けれど忘れないでいて欲しい。どんな時でも、俺はお前の味方だと。お前の無事と成功を祈っている」
「…………」
 その言葉、期待してしまいます……。
 だって、『特別』だと言ってくれている様で。   ううん。違っても良かった。その気持ちがとても嬉しかったから。
 そこからはみ出して、少しでも恋愛対象に変わって欲しいからと……。

「好きです。スヴァルさん」
 聞こえただろうか。胸元に手を添えて寄り添いながら、呟いた決死の告白を……。

 …ああ、どうしよう。
 魔王を倒した強さを持って、笑顔で言う筈だったのに。別れの予感に揉み砕かれて、考えていた文章もめちゃくちゃに剥がれてポロポロ落ちる。
「私、お祝いにデートして貰おうと思っていたのに……。アリアハンとか、ランシールの町並みを……。一緒にお菓子も食べたかったのに……」

「………。竜の生き残りの事はいいのか」
 ぼやきを聞いているのか、いないのか、俯く私を抱き直して彼は訊いた。
「はい。彼にはきちんと言いました」

「まさか、こんな日が来るなんて……」
 彼の心中は分からない。ドキドキしながら返事を待った。腕の中で指を組んで祈りを捧げた。どうか、ささやかなこの願いだけでも叶えて欲しい    

 呼吸を整える息遣いが、頭の上から気配で伝わる。
 彼は優しく髪を撫でて、感極まったように、心底嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう。俺もお前を愛してる」



               
 囁きに時間が止まった。

 しん、じ、られ、ない………。


 
 視線に撃たれたように凍り付いて、慌てて思い返して問い返した。
「え、え?スヴァルさん、好きな人がいるんじゃ……?」
「………。お前のことだ」
 真顔で言われて火がついた。…嘘。そんな馬鹿なっ。全身痺れて、何処でもいいから隠れたい。
 嘘っ。嘘だよっ。そんな。こんなカッコイイ人が……。
 私なんて好きなワケないじゃない。

 顔を見上げ硬直する私に、彼は自虐的に苦笑した。悩殺されるような「かっこよさ」に目が回る。
「信じられないか。…そんなに驚かないでくれ」
「驚きますよ!!」
 うっかり突っ込んで、慌ててバタバタして謝った。とにかく顔が熱くて、汗をかく。とんでもなく舞い上がってて恥ずかしい。

「時間があったら、出かけよう。俺にできることは、何でもする」
「………。え、あの、本当に……?……一体どこが良くて、信じられません」
 
「そうだな。お前は知らないと思うが……。イシスでお前を助けた後から気にしていた」
「イシス?」

 なんて事だろう…。イシスでアンデットに襲われ気を失った、私を助けてくれたのがスヴァルさんだったなんて     
 あの頃の私はギリギリで、孤独で、とにかく荒んでいたのを覚えている。とにかく嫌な奴だった。火照った顔がサーッと音を立てて青冷めていく。

 せっかく助けてくれたのに「優しくしないで」と突っぱねたり…。一体この人にはどれだけ醜態を見られて来たのだろう。考えるとすっかりがくりと肩が下がる。

「それでなんで私が好きなんでしょう…。さっぱり分からないんですけど」
「……。お前には、俺にはない克己心があったからな」
「………………」
「お前こそ、あの竜と居た方が楽しいだろうに。理解できない」
「そんなっ。そんな事ないですよ」

 お互い、信じられない者同士で。暫くあれやこれやと言い合った。案外、自分の良さって分からないものなのかな。スヴァルさんはこんなに素敵なのに。
 視線一つで恋心炎上させるぐらいに………。



 談笑が楽しくて。
 せめてまた旅立つまでは、この時間が続けばいいと願って笑った。
 デートして、手を繋いで……。手作りお菓子を食べて貰ったりして。別れるまでは何度だって抱きしめて貰いたい。抱きつきたいよ。

 雲の中から月も帰った。幸せな恋人達を見下ろし輝く美しい光が、まさか途切れる未来なんて予測せずに     

「スヴァルさん、大好きです」
 もう一回言おうと腕を組んだ、私の言葉は闇に呑まれた。




 突然、世界が闇に蹂躙された。
 月が消え、会場の灯りが全て落ちて視界を失う。
 背筋が凍る、その【闇】は意識を持つ者。世界全てを覆い尽くし、遥か彼方【地の底】から響く声。




わが名は ゾーマ 闇の世界を 支配する者。



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