「決戦」



「黙れ。死ぬのはお前だ!」
 すでに誰の胸にも怒りの劫火が立ち昇る。魔王のふざけた物言いを遮断した   自分の怒号が突撃の合図と変わり、決戦は始まった。

「バイキルト!」
 エルフの詠唱が響き、それは俺の力となりて膨れ上がる。力の膨張の勢いに乗り、切り込み【草薙の剣】を振る。魔王は玉座にふんぞり返ったまま、鼻先で嘲笑うと大口を開けて炎を吐いた。
「ぐわっ     !」
 まるで砲台。玉座から後方の階段まで吹き飛び、部屋を囲む炎の壁に転がり落ちた。火だるまになって床を転がり、マントを脱ぎ捨てようやく消火する。
「ニーズさん!」
 すぐさまサリサが駆けつけ回復呪文に入ってくれた。
 どうやら普通の炎ではないらしい……。なかなか消えず、温度が高い。炎で取り囲まれた部屋の温度は一気に上がり、喉が涸れて息苦しさを感じていた。奴は俺らを蒸し焼きにするつもりだ。

 自身の豪勢なマントは焦げ一つなく、バラモスはうるさそうに乱舞する矢を指で突き落とし、汚く唇を舐めていた。悔しさに歯噛みする王子を抑えて、隼の戦士が奔り抜けて行く。
「ピオリム!」
「スクルト!」
 ナルセスや妹が補助魔法を打てるだけ撃ち、戦士の連続攻撃を援助する。魔王も腰を浮かせて迎撃に入った。飛び道具を含めバリアがあるようだが、『はやぶさの剣』に叩かれれば火花を上げて悲鳴を上げた。剣戟を止める、腕や指から飛び散る火花。

「マヒャド!」
 戦士の攻撃を裂いて吹雪の呪文が炸裂した。玉座周辺を氷山と化し、凄まじい威力にナルセスが口笛を吹いて歓喜する。その笑顔が次の瞬間にはひび割れて、両手を挙げて逃げ出す嵌めになろうとも知らず。

「ゲハハハハッ!効かぬなっ!」

「マジーーー!?」ヽ(;゚Д゚)ノ

「愚か者め。消し飛べ!イオナズン……!」


     地下室を包む大爆発!
 全員が衝撃に弾け飛び、燃える地下室の壁に焼きゴテのように貼りついた。衝撃が去るまで声も上げられず、重力で墜ちると炎の壁に蒸気を上げた。

「くそ……っ!なんて呪文だ!」
 這い出して、余りの威力に歯茎を見せる。衝撃と火傷にダメージを負い、すぐには起き上がれない者も多かった。
 体力自慢の戦士は一人起き上がり、呪文を使わせないためにも突撃してゆく。
「うおおおおおおっ!」
 果敢に攻撃を続けるアイザック。呪文の動きを阻んでも、火炎を喰らい時折転がる。起き上がりに容赦なく迸る無情の呪文。

「バシルーラ!煩いハエめっ!」

「なっ     !?」
 戦士の姿がいきなり消えた。最も遠い壁に叩きつけられ、その威力が終わるまで壁に干されてズリ落ちる。
 俺も魔法や剣で牽制していたが、神の剣ほどの効果は得られず眉根を寄せていた。呪文の動作が目に入り、必死に剣を振り下ろしたが間に合わない。

「イオナズン……!」

 耳が変調をきたす程の爆音。衝撃。壊れた人形のように軋む体。
 炎に墜ちて、焼かれるままに意識が暗くなってゆく……。


    駄目だ。このままじゃ持たない………!」
 頭を振ってなんとか意識を取り戻した。
 こんな所で死ぬわけにはいかない。

 垂れ下がった体に似合わずバラモスの動きは早かった。反撃の暇(いとま)もない。回復も間に合わない。
 このままじゃ全員確実に死ぬ。
 どうしたらいい     
 

 傍に倒れていたサリサが放った、魔封じの呪文もまるで効果が見られなかった。
「ううっ。すみません……。気持ち悪い……」
「気持ち悪い……?」
 マホトーンが効かずに謝るサリサは、気づけば今にも吐きそうにな顔色に変わっていた。

「ここ、気持ち、悪くて……。ずっとこの城気持ち悪いんですけど、ここはホント酷くて……。頭痛い……」
 サリサを庇いながら、何度目かのイオナズンに意識が飛びかけた。
 妹は魔法反射の呪文で大打撃を避けてはいたが、その範囲も狭く、ぎりぎりナルセスが背中に張り付いて恩恵を得ているのが確認できた。
 
    あれか。確かに何かしら結界とかあるみたいだが……」
 こういう時、サリサは何かの邪悪な気配を察していることが多かった。イシスのピラミッドでもサマンオサでもそうだったように。



 俺達が来ることは分かっていたんだろう。
 俺達は誘われたんだ。奴にとって有利な場所に。

 視界の端に戦士と庇い合う【この国の王子】の姿を盗み見た。リュドラルが暴走しなければ、もう少し慎重に進めたならば、この窮地は回避できたかも知れないのに。

 王子の同行も承知の上、
 王子の逆鱗に触れる事も作戦の内だったなら……。




「イオナズン……!」

 地下室にばらけた仲間達、こちら側に腕を向けられ、背筋が凍った。


「アストロン!」
 耐えられる気がせず、サリサと二人で鋼鉄変化の呪文に逃げた。身動きはできないが、敵の攻撃を防いでくれる。
 バラモスは鋼鉄化した勇者に興ざめしたのか眉根を寄せて、「フン」と鼻を鳴らすと初めて玉座から移動を始めた。

「つまらない奴らだ。粉々に握りつぶしてくれようか」

 ゆっくりとこちらに歩み寄る魔王が起こす振動。二人がかりで鋼鉄化したため解除するには少し時間が必要だった。
「させるか!」
 戦士と王子の二人が前に立ちはだかり、時間を稼ごうと攻撃する。しかし二人ともすでに虫の息だった。腕の打撃と火炎放射に排除され、負けじと比較的元気なナルセスが命名ホーリーランスで突撃してくる。
「俺だってーーー!」
 健闘空しく、パンチに吹っ飛び見えなくなった。

 後方に吹き飛ぶ仲間達に焦りながら、ようやく解除の兆しが感じられて安堵を覚えた。ふと、視界を遮った黒いマントに目を見張ると、決死の呪文を唱える竜の娘がそこに居る。

 『ドラゴラム』の呪文を叫び、竜の血が爆発してゆく細い身体。この厄介な地下室ごと巨大化に伴い破壊しようと考えているのか。
 この上は毒の沼地。天井をことごとく破れば泳いで地上に出られるか     

「竜化はできぬわっ!ゲハハハハッ!」

 膨張するかと思った身体は奇異の力に捻じ伏せられ、気づくと妹は魔王の手の中持ち上げられていた。
「シーヴァス!」
 ようやく動けるようになった。同時にサリサも友を救おうとゾンビキラーで腕を斬りつける。
「あううっ!ああああああっ!!」
 ダメージは与えられず、聞こえたのは妹の悲鳴と骨の砕ける鈍い音。俺の中で何かがブッ飛んで、無心で何度も剣を撃ちつけた。空しく飛び散るのは火花のみ。

「予告通りハラワタを啜ってやるわ…」

 蒼白で見上げると、気絶した妹がまるで、もがれたブドウのように口へ運ばれようとしていた。声が涸れたのは熱さのせいだけでは無かった。
 頭から妹が喰われると総毛立った瞬間    


++


 絶望間際の視界を、突然の恐慌が襲った。
 赤い舌が妹を味わう前に、上から襲い来た突然の重圧。それは見えない手で俺達を床に圧し付け、しかし不思議と懐かしい感覚   
 そう、それは仲間の到着を告げるもの。

「ぐ、………ぐぐぐぐぐ……!」

 魔王は重心を下げて踏ん張り、苦しそうに重圧に耐えていた。竜の娘を投げ出し、両手を付いて這うのを拒み、憎憎しげに上に向かって咆哮を上げる。

「邪魔をするな堕神め……!おのれ!結界を解く気かぁっ……!」




「正々堂々、戦いましょう」

 地上にて、相手は静かに微笑むのみ。
 重圧は聖気を纏い、鎮まった後、俺達は空へと引き上げられて行くのが解った。これは僧侶の竜巻の呪文か?
 地下室の天井が崩壊し、風の渦に巻かれ空へと舞い踊る。仲間も魔王もぐるぐる回転しながら地上へと浮遊した。

 毒の沼地は空になり、水の姿は何処にも見えず。赤毛の僧侶が眼下で一人、風を操り杖を振っていた。意思を持つかのように風は仲間たちを優しく下ろし、魔王だけがドシンと落とされ尻餅をつく。
 戻った地下室は天井が剥がされ、壁も削られ炎の囲いも無くなっていた。それだけで、どれだけ展開が楽になるか解らない。



「大丈夫ですか?今、回復しますね」
 地表で呪文の操作を終え、僧侶は地下室へと軽い動作で飛び降りた。勇者一行は負傷激しく身動きは鈍い。知って今度は回復呪文の動作に移る。
 後ろでバラモスも体制を立て直し、僧侶に向けて何かしようと動作していた。背中を見せる無用心な赤毛の少年。慌てて声を上げて制止した。
「おいっ!後ろ   っ!」

「バシルーラ!!」

 相手を吹き飛ばす呪文が放たれた。突風に背を打たれ、しかし僧侶は眉一つ動かしはしなかった。突風はジャルから分かれて無効化し、俺達の髪を凪いだだけ。
「ベホマラー」
 全体回復呪文を決め、次に保護呪文を速やかに行った。

「ぐぬぬぬ……!メダパニ!メダパニぃ〜!!」

 魔法が効かず連発する魔王。明らかに動揺して憤怒で顔が歪んでいた。
 ユラリと立ち上がり、魔王へと振り返るラーの化身は、よほど威厳に満ちて灼熱のオーラを炎上させる。

「【後方】からの支援も来ない。ここからはただ『勇者と魔王』が戦うのみ。余計な小細工はするな」

 珍しい威嚇。口調も怒気が混じっていた。恐れおののく魔王を尻目に、赤毛の僧侶はバラモスから距離を取り、集まった仲間達にエールを送った。



「遅くなってすみませんでした。もう大丈夫です。思い切り戦えますよ」
 いつも通りの穏やかな笑顔に、弾かれた様に熱狂的信者がジャルにしがみつく。
「待ってましたよぉ〜!ジャルディーノさぁーん!」
 
「……他の仲間はどうした?ラーミアは    !?」
 ジャルディーノは第二便、賢者ワグナスや(元)ニーズ、アドレスと一緒に居るはずだった。彼らを背に乗せ飛んだラーミアの姿が見えず、アイザックが不安に問いただす。
「皆さん無事です。城に魔物が集まって来るのを阻止しています」
「………。そうか、分かった!」
 共に戦えないのは寂しい所だが、皆それぞれに役割があるという事だ。ここは自分達でやるしかない。
 戦士の目に決意が点り、かくして第二ラウンドが始まった。


 竜巻によって開けた視界。霧も風で薄まった。仲間達はそれぞれ持ち場を決めて攻撃を繋げていく。
      ポツポツと、頭上の暗雲からは雨の気配。降り出す前に決めてやる。
 息巻く仲間達とは裏腹に、廃塔はどこまでも静かに地上を見下ろしていた。

 魔王の前にはアリアハンの野菜戦士。素早い動きで奔り回り、放つ一撃は確実に魔王の体力を奪う。苛立つ魔王を攪乱させるのは矢の仕事。
 亡国の王子は階段を昇り、地表から弓で狙いを定めていた。相棒戦士の攻撃の隙を縫い、見事に矢は滑り込む。

 後方に下がった僧侶ジャルは火炎防御にフバーハの呪文と、回復と補助に徹底した。後方支援にはもう一人、エルフの魔法使いが攻撃呪文で応戦する。
 魔王の後ろには僧侶ナルセス。左右は俺と僧侶娘が交差した。広く展開しているため、全体ダメージも受け難く、戦闘は有利に進んでいく。


「ベホマ……!」

 次々と攻撃が決まった所に、回復呪文の登場に驚愕し唖然とした。しかも回復系最強の『ベホマ』。みるみるうちに傷が塞がり、魔王の生気が溢れてくる。

「回復なんてしやがって……」
 魔法は封じられない。
 回復する間を与えず、一気に仕留めなければ     


「………アレやりましょうか。きっと出来るはずです!」
 毒を吐いた俺に気がつき、横でサリサが耳打ちしてきた。サマンオサで彼女らが決めた大技再び。シーヴァスのいかずちの杖を軸に、皆で特攻をかけようと持ちかけた。
     あの時は、拙い落雷の操作をゾンビキラーとラーミアの力で補った。二回目となり幾分コントロールはましになると期待したい。

 ラーミアの分はジャルディーノがいる。神の剣もゾンビキラーと隼の剣と二本振り。光の弓も加われば、攻撃力は絶大なものになるだろう。

 戦いの合間を縫って作戦伝達。
 仲間の意志は固まった。


 ポツリ。ポツリ。冷たい雨が頬を打つ。
 一人、後方で長いこと竜の娘は意識を集中させていた。
    行きます!」
 竜が嘶く杖を突き上げ、天に叫び『光』を呼んだ。竜の力の最高峰、全てを貫く天の雷(いかずち)。聖女から託された杖を軸にして、雲がうねり火花が奔る。

 余裕しゃくしゃくだったバラモスは、『光』の気配にギョッと目をひん剥いた。そんなものを喰らいたくはない。忌々しいエルフに向けて呪文を穿つ。

「イオナズン!!」

「マジックバリア」
 そんな行動は承知済み。シーヴァスにはラーの化身が前に立ち、魔法防御を上げてしっかりとガード。直接攻撃だって勿論届かせはしない。仲間達が邪魔になり、魔王は満足に前に進む事もできなかった。
 熱量を集結し、落雷が迸るのを確認した。
「任せろ!」
 一番手は当然の如くアイザック。落下位置を見極め、なんとバラモスを踏み台にして高く跳躍した。

「うおおおおおお!」
 
 剣で受け止め、全身が光に痺れた。呼応するかのように瞬く隼の剣。スッと後方、ジャルが理力の杖を掲げた。戦士にかかる負荷を軽減させてゆく。
 魔王は空中のアイザックに狙いを定め、唾まみれの口を開いた。呪文か火炎放射か。いずれにしても全力で止める。
 構えたバラモスを斜めに斬りつけ、反対からサリサも横なぎに突っ切った。

「ぎゃああああっ!!」

 頭上から電光石火の光が落ちる。戦士の渾身の一撃に声もなく、着地し、返した二撃で魔王の巨体は後ろに倒れた。

「もう一本行きます!」
 続けざまにもう一本の落雷。すでにアイザックは腕を焦がして剣を握れなくなっていた。転がり退避し、踏まれないようにするのが精一杯。落下位置には僧侶娘が駆けて行く。

 しかし二本目。疲労のためか稲妻は遠く、軌道をそれて逃げ出した。サリサの足じゃ追いつけない。術を終えてフラリと倒れたシーヴァスを抱きとめ、瞬時に判断したラーの化身が呪文を叫ぶ。
「バシルーラ!」
     きゃあっ!」

 突然飛翔したサリサ。一直線に稲妻に飛んで行き、慌ててゾンビキラーで受け止める。そこから魔王に向けてもう一度バシルーラ。ゾンビキラーをしかと構えて空を裂き、逃げる魔王の脇を掠めて落下した。
 豪勢なマントが破れ落ち、脇から噴き出す緑の体液。肉が焼け焦げ体液が散らばり、異臭に鼻が曲がりかけた。

 いかずちの後には雨が降った。王子の連射した光の矢は    まるで国の涙のように悲しく光る。魔王に回復の間を与えず、よろめくその背にナルセスが突進。
「これでどうだぁっ!」
 ホーリーランスを突き立てて、相手を思い切り蹴飛ばした。魔王は前のめりに倒れ、しかし不気味に身体は蠢く。

「………………」
 草薙の剣は蒼く、仄かに発光を見せていた。
 俺に呼応してくれるのか、魔王の前に佇む勇者に蒼い焔。本当にコイツは俺のしたい事が良く解る。

「残念だったな。俺達の勝ちだ」
 起き上がることは叶わず     バラモスの首は地に墜ちた。

「ぎゅあおっ。ぎゅあうおおお………!」

「……コイツ、まだ生きてやがる!」
 落とした頭がしぶとく何事か喚き、振り向く俺は呆れを通り越して戦慄していた。
「ベギラマ!」
 くすぶるバラモスへ火炎を浴びせて、油断せずに何度も焼き尽くすまで呪文を浴びせた。。微塵も動かなくなるまで、焼き尽くさねば到底安心できそうにない。
 赤毛の僧侶が仲間を回復して回っていた。終わる頃には、肉が焼け落ち、骨だけがボロリと残った残骸だけがそこに在る。
 巻き起こった風が止み、仰いだ空には微かな光。暗雲が薄まったようで青空が覗き、ささやかに俺達に祝福の光を注いでいた。



 光が差したのは一瞬のこと。
 空は閉じ、忘れていた雨の冷たさにハッと我に返った。

「………。やりましたね、皆さん。バラモスを倒しました!」
 雨足が強まる中、呆ける一行にジャルディーノが手を合わせて笑顔を見せた。
「………………」
 信じられずにいた仲間達が、教えられてようやく気がつく。目の前の魔王は完全に消し炭に変わっていた。
「そ、そうだな。やった!やった!遂に魔王を倒したんだ!!」
「いやっほーー!!」
 手を取り合って喜び合う仲間たち。アイザックはガッツポーズ。ナルセスは両手を挙げて飛び上がる。
「本当に………?うっ。ううっ」
 感極まって涙したサリサ。妹も涙目で飛びついて来た。
「やりましたね!お兄様!」

「………。そうだな」
 歓喜の渦に巻き込まれ、あれよあれよと勇者の胴上げが始まった。
「おいっ、コラ、やめろって………っ!」
 胴上げに困りながら、一人この輪に入らぬ寂しい人影を発見した。



 寂しく俺達を見下ろす地表のリュドラルが、
 笑ってはいたが、哀しく泣いているようで………。


++


 勇者一行は勝利を告げに、一足先にアリアハンへとラーミアの背に乗り帰って行った。今夜はきっと盛大な祝いとなるだろう。
 
 もう少しこの場に居たいと残った王子は城を巡り、廃塔に登っては黙祷を捧げていた。彼に付き添い、勇者も賢者も、竜の生き残りも残留している。

 ネクロゴンド城を涙雨が包み、黒焦げた魔王の骨を濡らしてゆく。






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