「準備はいいか」
 黒き聖女ジードの声に私は力強く頷いた。永久のように感じた長い時間。
 私の魂はずっとこの時を待っていたのだから        





「月の道」




 数百年前、魔との戦いに敗れ地に墜ちた女神ラーミア。共に戦った竜族も滅びの道を進んだが、砕けた女神の魂を最期の力を振り絞って結晶化し、オーブは世界各地に散り飛んだ。
 六つのオーブはラーミアの神力の結晶。ここに全てのオーブが揃い、不死鳥ラーミアは甦る       



 『地球のへそ』から転移し、世界の南関、極寒の地レイアムランドに赴いた勇者一行は、氷洞の外で固唾を呑み、その時を静かに待っていた。
 レイアムランドはネクロゴンド大陸の遥か南、氷に閉ざされた不毛の大地。誰に知られる事もなく、永い時を待っていたラーミアの『卵』は、聖女が護り、私がちぎり落とした羽根を集め、わずかな神力を丸く固めた『その日のため』の装置でした。
 人に転生した私をオーブと共に完全に神化させ、天上へと還すための施設だけれど、私は天上には帰らない。人として生きるため、神化は一時的なもの     


 全てのオーブを身に宿し、私は聖女二人の見守る中、シンと静まり返る氷洞の床を踏み進む。等身大の力の塊   卵に触れ、武者震いを振り切って光の中へと飛び込んだ。

 幼い頃からずっと傍に居てくれた黒服の聖女、前夜手を取り合って祝福を捧げてくれた大切な友人は、私の選んだ道を心より応援してくれていた。
 空に還るという、遠かった夢がいま現実のものになろうとしている………。


「甦れラーミア!青空はお前のものだ!」
 
 ありがとうジード。彼女のかけ声に魂が震えた。
 そしてありがとう勇者たち。私の手を引いてくれた、『彼』の存在が今ひとたび熱く胸を焦がすから。
 体内で爆発する光。弾ける力。
 細胞の一つ一つが昇華して、私は神に生まれ変わる。


 氷洞の外まで光が溢れ、吹雪の中待っていた勇者たちが歓声を上げた。どこか人事のようで、感覚が覚束ないけれど。
 意識は天井を突き抜け、雪景色の空へと駆けていく。眼下に勇者たちの驚く顔。一面の銀世界。白い世界の中、始めに色が付いたのは『黒』だった。


「シャルディナ!?すげー!でっかいな!!」


 滞空する私の足元に、息を切らして奔り込んできだ彼。歓喜の顔に涙が出そうになっちゃうね。翼を慎重に操って、そっと雪上に降り立った。私の姿は大きな光り輝く神鳥と化している。
 人ならば数人は乗せて飛べる大きさかな……。体長としては、竜化したシーヴァスさんに匹敵するサイズ。
 黒髪の戦士が感動しながら頭や羽根の毛並みを撫でて、集まった勇者達も大喜びで撫でるので、それはそれはくすぐったかった。
「シャルディナさん、凄い!綺麗〜!超かわいい!」
「うお〜!ホントに鳥なんだ〜!ふかふか〜!」

 くすぐったさに一声鳴いて、喉を整えると小声で人の言葉を形成した。
『あの、二人にして貰っても……。いいかな……』
 仲間達はすぐに察してくれて、二人きりにしてくれた。寒いので皆は氷洞の中に帰り、私の前には黒髪の戦士だけがぽつりと残る。
 銀世界の中で、彼だけが引き立つのは、きっと色のせいではないよね。


「悪いな。俺だけ特別にしてもらって。テスト飛行してみるか!」
 彼の屈託ない笑顔が嬉しくて、照れる私は「こくり」とだけ頷いた。彼が背中に乗り、身支度するのをドキドキしながら待っている。
 上空は風が強いからマントをきつく締めて、首に巻いた手綱をしっかり握ってね。最初の飛行だから、ぐらぐら揺れてしまうかも知れないし……。
「OK!行こう!」
 合図を貰って、一気に私は飛翔した。


ビュオオオオオオ!


 雪雲を突きぬけ、風を切り、風のうねりを羽根に掴んで滑空する。眼下に広がった雲の海。地平線は丸く霞み、大地は遠く海は果てしなく碧かった。
 そして待っていたかのように歓迎の手を伸ばす太陽の光     

      私、知ってた。この景色を………。



 雲を抜ければ何処までも続く快晴に、気持ちよくて何度も鳴いた。風と融合して、それは世界を包む歌になる。
 竜の棲んでいた世界。今は人の住む世界。私この世界を愛してる………!





「うおおおおおおっ!すげーっ!!雲が下だ!山が川があんなに小さいっ!」


 ビュウビュウと風の音に紛れて聞こえる彼の咆哮。
 彼も見える景色一つ一つに大興奮で思わず笑った。

 サマンオサの街を彼を抱えて飛翔した。それも感動したけど今回は更に高い場所。この姿ならば、世界中の何処へでも彼を乗せて飛んでいける。
 東に飛び、島国ランシールをぐるりと眺めて、西に進路を変えてネクロゴンドへと流れて行った。感動に言葉もなく、いつしか二人無言の空。ただ美しい世界、それだけに心奪われ見つめている。




       ありがとう。

 ここまで来れたのは、きっと君のおかげです。







 少しスピードを緩め、人の居ないネクロゴンドの草原へと静かに下降して行った。神化を解いて有翼人の姿に戻り、大きな首の手綱を外すとぺたりと座って空を仰いだ。
 この空が自分のものだなんて、届いたなんて夢みたい。
 横にアイザックは大の字に寝転がって軽快に笑う。

「飛んだな〜!アハハハハッ!………。凄いなー、空を飛ぶって。世界ってこんなに広いんだ!知らなかったよ」
「……うん。そう!気持ち良かったね。私、空が大好きだった」
 隣に私も寝転がって、草の匂いに包まれながら一緒に笑った。手足を伸ばし、まるで大地と一つになったかのように心が解放されていく。

「綺麗だな……、空。あの雲の上に行ったんだもんな。信じられないよ」
「アイザックのおかげだよ。ありがとうね、本当に……」
 果たせた約束。二人で飛べた空。こんなに嬉しい事はない。夢って本当に叶うんだ。君が居なければきっとずっと知らなかった。

 そしてこの後、彼はあの日の言葉のままに、
 真に『勇者』になろうとしている……。



「私、信じてるよ。魔王に勝てるって。私は力を貸すことしかできないけど……」
 信じることすら怖かった、臆病な私はもう居なかった。戦地に彼を送り出すことにも不安はない。魔王バラモスを倒し、そしてその後に待つ真の闇にさえきっと………。

 二つの手のひらは重なり合って、彼の熱はそのまま気合を語るように燃えている。
「ああ!行くぞ!みんな強くなった。きっと負けない。シャルディナも一緒に頑張ろうな!」
「………。うん。一生懸命飛ぶね、私」
 力強い物言いは出会った時の彼のまま。横顔が少し大人びた彼は、あの頃よりもずっと逞しくて頼もしい。


          私は敢えて、跳ぶのを避けた遠くの空を垣間見ていた。
 魔王バラモスの居城付近。しかし混沌の闇が生まれいずるのは、更に東のギアガの大穴だということは………。

 彼らはまだ知らないこと。


++



ギュオオオオオオッ

 大気自身が壁をこしらえ、抵抗しているかのような障壁を感じていた。
「頑張れラーミア!負けるな!」
 懸命に羽ばたくラーミアは、強烈な闇の結界を浄化しつつゆっくりと飛行中。

 暗雲の中は貫くように雷鳴が迸り、叩きつける強風に晒され、仲間達は必死の思いで鞍にしがみ付いていた。風雨に目を開ける事もままならない状況に、激しい空気抵抗。雨に濡れた手綱は滑り、一瞬たりとも気は抜けない。
 滑り落ちれば奈落の底     

     クソッ!」
 忌々しい邪悪な結界に歯噛みして、佇む闇の壁をひた睨んだ。

 邪悪な結界、闇のとぐろは蛇のように城を囲み、生き物のように牙を剥いては襲ってきた。ラーミアは神気に覆われ俺たちを邪気から護ってくれている。口から光線を出しては撃退し、羽ばたきで叩き落しては活路を見つけて飛び続ける。
 年季の入った闇の壁は厚く、ラーミアの神気だけでは断ち切れない様子だった。魔法使いの補助魔法を存分にかけたラーミアでさえ苦戦するんだからな……。なんたる邪魔な闇なのか。
 だからこそ永久的に誰も近づけなかったバラモスの城。

       しかしラーミアは一人じゃない。



 聖女が用意してくれた鞍には六人の仲間が乗っていた。前から俺とリュドラル、サリサ、ナルセス、後ろにニーズとシーヴァスと。機敏性を重視して六人で挑む一便。ジャルとワグナスは二便、もう一人の勇者と同行してくる事になっていた。
 先発隊の俺たちは道を切り開く係。時間が長くなれば、それだけラーミアの消耗も激しくなる。なんとか早急にこの状況を打破したくて焦っていた。

 同じように打開策を探していた、隣の王子が腕を伸ばして声を上げた。
「あそこ!闇の薄い場所があるよ!」
      。何処だ!?」
 最悪の視界の中、常人には判らない壁の厚さを見分ける王子に敬服した。眼の良さは表彰もの。そして邪悪感知には定評のあるサリサが後ろから覗き込んで確認する。

「う〜ん。確かにそうかも!でも渦は動いてるよ!」
 流動的ゆえ狙うには難しいと含んで語った。強風により渦の動きは早い。けれどその時にはすでに王子は立ち上がり、足留めだけで体を支え、風にも負けず弓を引き絞り集中していた。彼が構えれば光の矢が発生する『月の弓』。嵐の中でも狙いは違わず、閃光のように発射し闇に突き刺さった。

「ヒューッ!お見事!♪」
 非常時でも呑気なナルセスが口笛を鳴らした。
「アイザックちょっと押さえてて!」
 意図を察して、安定させるために友の腰にしがみついた。鞍に足を引っかけるベルトと腰に命綱があるとは言え、両手離しで弓を構えることには危険が伴う。

 目印を頼りに、そこを目掛けてラーミアは突き進もうと加速した。


 親友を押さえたまま、ラーミアは衝撃を受け後転落下。後ろのサリサの悲鳴が絹を裂く。「キャアアアアアアッ!」
 俺はとにかく友人を落とさないように必死に抱きつき、鞍の上はそれは風に翻弄される麦のように大騒ぎになる。

 持ち応えて正常位に戻ると、目眩を振り切るように王子はひとたび頭を振った。連続で矢を撃ち続けると、それは黒い壁に立てた目印のように連なってゆく。
 さすがに弓だけでは破れないか。

「来た!さっきのはアレだ!」
 バラモス城を守っているのだろう、蛇型の竜が複数うねりながら包囲するのをニーズが叫んで知らせてくれた。突如渦から這い出したスノードラゴンに激突され、ラーミアはバランスを崩して落下したらしい。
 雑魚程度ラーミアの敵ではないのだが……。飛行を邪魔されるのが何より困った。
 俺たちを乗せているために、ラーミアは激しい攻撃体制を取ることができない。素早く動き回る竜を追い立て回し、俺たちを篩い落とすことを避けるために。

    ちっ!アイザックは迎撃、ナルセス押さえてやれ。あと回復。サリサはリューの補佐。後は魔法行くぞ」
「はい!お兄様!」
 後ろ二人は交互に火の魔法で迎撃。接近したものは隼の剣で叩き落す。前方遠くの敵はリュドラルが弓で狙い撃った。


「うらあああああああっ!」
 
 何せ自由に動けないのがもどかしい。無我夢中で剣を振るが、巧く標的が攻撃範囲にやって来ないのに腹が立つ。竜は吹雪を吐き、動きも素早く仕留めにくい強敵だった。弱点の炎もなかなか当てられない。
 スノードラゴンは俺たちと言うよりラーミアを標的にして、噛み付き吹雪を吐き、飛行を妨げ俺たちを篩い落とそうと執拗に狙ってくる。

『クエエエエエエッ!』
「うわーんっ!シャルディナちゃん大丈夫〜!?べホイミ〜!」
 ラーミアは俺たちの為に飛行を保つことを優先としていて、専ら回復はナルセス、攻撃は俺たち任せ。痛切な声を上げつつも旋回し、同じ高度をぐるぐる回る。

 やはりここに「賢者」と「ラーの化身」がいない事が辛かったか………。
 厳しい戦況に浮かんだのは二人の仲間。
 二人が居れば吹雪も呪文で緩和できたし、破邪の呪文で結界を緩和できたかも知れない。頼もしい神の力にすがる思いに気がついて、情けなさに自分で恥じた。



        なんて、情けないんだ。

 二便の方が人数が少ないのに。
 戦力ダウンは承知の上、二人に頼ってばかりじゃいけないとこのメンバーで来たんじゃないか………。瞬時にして首を振り、弱気思考を追い払う。

      そこで思い立った名案。
 俺の脳裏にかつてジャルがやってのけた《ある呪文》が甦り、ハッと顔を上げ、雨に塗れる目元を拭って凝視する。
 それを使えば届くじゃないか………!
 直接剣で撃ち込めば、亀裂が生まれる可能性が高い。更に隼の剣は二回攻撃が可能だった。     断ち切れるか?
 いや、断ち切ってみせる。

 ラーミアが何度か激突すれば穴は開くかもしれないが、なるべく負担をかける事は避けたかった。まだ彼女には二便もあるんだ。俺がやる。




「……サリサ、アレできないか。バシルーラ」
「はぁっ?何するの!?」
「俺があそこまで飛んでいく」
 大きな僧侶娘の目が、更に一際大きくなった。開いた口が塞がらず、表情だけで「無理だ」と首を振っている。
「私あの、ジャル君じゃないし、そんなにコントロール巧くないし。無理無理無理っ!絶対ムリっ!やだーーっ!」
 それしかないと解っているだろうに。最後には半泣きになって懇願している。

「俺やろうか?バッシー♪」
 面白い事になって来たと、乗り気なのはナルセスだったが、正直暴発を抱える者に頼みたくはない。
「いいからサリサやれ!命令だ!」
「えーーーーーっっ!」
 ニーズの鶴の一声に負けて、泣く泣く覚悟を決めたサリサは、キッと闇を睨みつけ構えに入った。

「アイザック、気をつけて!」
 危険だが、直接攻撃するのが最良に決まっていた。信じて声をかけてくれる長年の友。話を聞いていたラーミアも、にわかに緊張し一声鳴いた。すぐさま追いかけ、俺を咥えて飛び込まねばならないから。
「サリサ、大丈夫です!巧くいきます!」
 気負う僧侶に後ろのシーヴァスが肩を叩いて激励。それぞれ友の声に勇気を貰った。命綱を外し、ラーミアの背から離れ、宙に躍り出た俺の背に叩き付けられる風の衝撃。
    バシルーラッ!!」
「ピオリム!」
 追いかけてナルセスがラーミアの速度をアップ。何かあっても対応できるようにと願いを込めて。






「喰らえぇぇぇーーーーっ!!!」


 吹き飛びながら隼の剣を振りかざした。
 一等入魂。二度目はない。チャンスは唯の一度きり。

 ズバッ!ズバッ!隼の二回攻撃が闇を裂き、裂かれた口から零れだす眩い光の帯。闇に浮き上がった光は、まるで闇夜の月だった。
 暗闇に浮かぶ三日月は『道』。
 すぐに落下する俺のマントをラーミアのクチバシが引っかけた。そのまま行けるかと思ったが、勢いが付きすぎたか破けた布。すれ違い、風に揉まれ木の葉のように飛んで行く俺の体。
「アイザック!」
 慌ててリュドラルが飛び込むように俺の足を掴み取った。踏ん張ったが支えきれず友人の足まで宙に浮く。
「ひええええええっ!」
 咄嗟にナルセスが腰にしがみつく。そのナルセスもスポーンと足留めが抜けて宙に浮いてしまった。青くなったニーズ。咄嗟にナルセスを抱きとめ、三人もぶら下げたまま慌ててラーミアは下降してゆく。

「落ちる!落ちる〜!助けて〜っ!」
「動くなーーーっ!!」
「死ぬーーーっ!」
 闇の結界を突き抜けて、着地するまで一人でうるさい元商人。ニーズに女二人もしがみついて体を支え、なんとか誰一人怪我もなく着地できた。

 城門前にからくも着地して、草の中から這い出すと頭上にそびえる呪われた城。台風の目のように城周辺は落ち着いていたが、どんよりと厚い邪悪なオーラは隠せない。
 周囲はじっとりと重い霧に包まれていた。遠くに魔物の遠吠えが木霊している。

 バサリバサリ。すぐさま飛び立つラーミアを見上げ、アイコンタクトを果たすと目的のために背を向けた。剣を構え城門を叩き割る。俺たちは魔王バラモスの元へ、ラーミアはもう一人の勇者の元へと飛び立った。    月の道が消えぬ間に、辿り着けばたやすく突入できるだろう。
 
 城門を抜けるとすぐさま空から飛行魔物が襲ってきた。先ほど会ったスノードラゴンや、ライオンヘッドなどの凶悪な魔物たちを、逐一相手にしていては体力がなくなってしまう。
 適当にあしらいながら城へのアーチを駆け抜けた。入り口を両断し、一気に中へと雪崩れ込む。後ろでリュドラルが姉から貰った見取り図を広げ、確認しながら玉座を目指す。
 バラモスが何処にいるのか知らないが、狭い部屋にいるとも考えにくかった。めぼしい広い部屋に印を付け、回っていこうと計画は練ってある。

「………。うん。昔のままだね。こっちだよ」
 入り口で魔物を牽制していた後方魔法組を中へと誘う、王子が突如「ハッ」と目を見開いた。両脇並び立った石像たちが、いつの間にか動き出している。


++


「危な     っ!!」


ズシーーーーーーーーッッン!!


 震動に城が揺れ、激しく舞い上がった埃が視界を覆い隠した。仲間の安否を確認しようと踏み出すが、気づけば石像の影を背負い、すでに迫っていた攻撃の腕。息を呑み、頼りない腕で身構える僕の前に割り込んできた黒い影。
「はぁああああっ!」
 気合一閃、おたけびと共に腕を薙ぎ落とし、砕けた石は轟音を立てて落下した。
「ありがとうアイザック……!」
 すかさず立ち上がって背中を合わせた。
 城に入ってすぐの部屋    回廊には、左右正面と重苦しい表情の石像たちが無数に並び立っていた。それら全てが鈍い音を立てながらズシンズシンと取り囲む。
 
「シーヴァス!サリサ!無事かっ!」
 自身は攻撃を避け、入り口付近の二人に呼びかける勇者の声が強く響いた。石像の間を縫って入り口に辿り着き、妹を抱き上げて勇者は中央へと逃げて来る。
 『星降る腕輪』のかいあって、二人はなんとか回避していたけれど、友人を庇ったシーヴァスさんが脚を強打し流血していた。

 追って来たサリサちゃんが回復中、なんとか中央を死守する僕とアイザック、そしてナルセス君。しかし有効な攻撃が与えられずに舌を巻く。

「コイツらすんげー固い〜〜〜!(泣)しかも斬ってもまだ動いてるし……!何これ不死身なの〜〜〜!?」
 青ざめ浮き足だち、ナルセス君は口を開けば泣き言ばかり。石像は固く、攻撃しても石を削り取れればいい方で。僕の弓も突き刺さり、暫し動きを止めるだけしか効果がなかった。
 一撃で腕を叩き落せるアイザックは頼もしかったが、しかし手足を落としてもまたくっついて襲ってくるから堪らない。


「逃げるぞ!」
 妹を抱えたまま勇者は首で合図した。
 うん。それしか方法はないと思う。


 進みたいのは右手奥の昇り階段。後方城の入り口は魔法の氷によって蓋いだが、外の魔物が激突しているので急がなければ。
 道を塞ぐ石像をアイザックが連続攻撃で粉砕し、僕はニーズさんからシーヴァスさんを受け取り回避姿勢でやり過ごす。ニーズさんは魔法を飛ばすが、炎でも石の動きは鈍らなかった。
 僧侶組が真空や眠りの呪文をぶつけてみるも効果は薄い。
 破邪の呪文。幻影、バシルーラ。試してみるもどうにもこうにも効き目がない。

 先行するアイザックが階段の終わり、廊下から現れた敵に難儀し行軍が止まってしまった。どうやら魔法使いがいるようで、先に進みたくても進めない。
 石像はぐんぐん迫り、このままじゃ後ろから潰されてゆく     


「ええーーいっ!じゃあもうコレしかないよっ!あんまり使いたくないけど……。ザラキーーーー!!
 手札を失い、やけくそに放った『死の呪文』。
 成功率は低いが相手は即死する。
 
 普通僧侶は好んで使わぬ『禁忌呪文』に彼女は断罪する思いで見つめていたが、怒涛のように蠢いていた石像群がピタリと止まり、場に沈黙が訪れ、時が止まったかのような錯覚に陥った。
 支えを失い、ただの「人形」に戻ったかのようにグラリと傾き沈んでいくさま。重い落下音が積み重なり、石像の多くがただの石垣と変わってゆく。

「え………。な、何が起こったの……。もしかして効いた???」
「す、すんげー!サリサちゃん!ほらほらあっちも!まだちょっと残ってるからさ!」
 ナルセス君の喝采を受けて、納得しないまま呪文を唱える僧侶娘。おかげで後ろの危険は無くなった。

 先頭アイザックの方は階段の出口に骸骨騎士が群がり、騎士だけならそう強敵ではないのだが後方の魔法使いに苦戦していた。
 攻撃魔法だけならず回復魔法も使えるらしく、前の壁を倒そうにも回復しては復活する。友の後ろから視線を凝らして敵を探すが、相手は功名に隠れていた。

「もう、大丈夫、歩けます」
 回復呪文が効いてエルフ娘が参戦し、こそりと魔法反射の呪文をアイザックに施した。火球の魔法が術者に跳ね返り、悲鳴が上がって位置が分かる。
「そこか!」
 すかさず弓を放って命中。緑ローブの魔法使いがバタリと倒れて動かなくなる。
     ベギラゴン!」
 火炎魔法で骸骨騎士どもを灼きつくし、道が開くと即座にその場を後にした。



 見取り図を頼りに玉座への最短距離を突き進む。テラスや回廊が多く、複雑で広大な城だった。時折屋根の上の回廊を走るのだけれど、周囲はうっすらと不気味な霧に覆われ、髪にはじっとりと露が浮かんだ。
 空は昏い。昼なのに夜のように重たい雲に息が詰まる。城を護っていた嵐が嘘のように静かだったが、逆にそれが恐ろしくも感じていた。
        ラーミアの姿はまだ見えない。

 無事だといいけど………。



 二重のバリアを「トラマナ」の呪文によって無効化し、進んだ先の玉座は無人だった。
「ここにはいないのか……」
 もしかしたら玉座にふんぞり返っているのでは?誰かが話した疑問だった。どうやらそこまで馬鹿でもなかったらしい。ではバラモスは何処にいる。


「ん?      おりゃーーーーっ!!

「な、なになにナルセス君?!」
 周囲を見渡す僕たちの後方から突然の叫び。サリサちゃんが飛び上がって驚いていた。「ふう」と汗を拭う彼は、槍の先に奇妙な魔物を一匹ぶらさげ笑顔を見せる。
「なんか足元を走ってたから、思わず刺しちゃったよ」
 メタル金属    バブルスライム系の魔物だった。キュウと眼を回して伸びている。
「それは、はぐれメタルです。良く倒せましたねナルセスさん」
 博識なエルフが手を叩いた。

 チャララ ラッチャン チャーン♪
 チャララ ラッチャン チャーン♪

「………。なんか今レベルが上がった気がする!」(*゚д゚*)
「まぁ!………私もです!」
「あ、俺も」
 どうやらナルセス君、シーヴァスさん、アイザックのレベルが上がったみたいだった。良かったね。

「ナルセス、コレお前使えないか?」
 和んだ空気を読まず、玉座周辺を探っていたニーズさんが美しい槍を持って戻って来た。神聖な雰囲気漂う良品だった。
「わぁ!なんか一気にパワーアップ気分!ホーリーランスと名づけよう♪」

 玉座の周囲、部屋中をくまなく探したが、怪しい場所や手がかりを見つけることはできなかった。
 地図を広げ、他に居そうな場所を仲間達と相談する。眼を瞑り、感覚に訴えていたミトラの僧侶は、邪悪の気配をそっと指差し教えてくれた。
「あっちの方……。微かにだけど、テドンで感じた魔王の気配がするみたい……」
「あっちって………」



         まさか。



 見上げた僕の視界には、厚い壁があるのみだった。
 しかし通り過ぎて映る姿はあの日の『廃塔』。
 城に降りた時から心は郷愁に傾いている。緑美しく、寂しくも幸せな場所だったあの『塔』が、まさか………。

 僕の顔色が変わったことを心配したのか、親友が気を使って覗き込んだ。
「こっちには何があるんだ。別館?湖?……塔もあるな」
「………………」
「行ってみよう」
 思いつめた王子の肩を勇者がそっと圧しだした。……分かってる。僕が案内しなくてはならない事は。
 思い出の地へと。僕の過ごした場所へと      



 ドクン、ドクン。鼓動が逸り足が急いだ。

 ネクロゴンド王城、敷地内の最隅にその塔は隔離されて建っていた。
 見張り塔として建てられた一つに、僕は幽閉されて生きてきた。城壁の向こうには森と湖、そして山脈が広がり、廃塔とは言え美しい楽園だった。

 塔の足元、花畑は地面が腐り、毒の沼地に変貌してしまっていた。
 怒りに震える僕は、玉座を離れてからずっと口を開いていない。………許せなかった。蔑まれながらも、優しく生きていた姉を、可憐な騎士の少女を、不幸に追いやった元凶。
 大切にしていた思い出すらも僕たちから奪おうと言うのか。

 許せなかった。



          許せなかった!



 これまで、ここに来るまでこんなに冷静にいられたのに。
 怒りに囚われる事もなく、姉やミレッタの死も、別れも笑って受け入れて来たのに。

「待て!リュドラル!」
 誰かの制止の声が聞こえた。多分アイザック。でも悲しいかな僕は聞かず、慟哭のままに自ら矢となって突き抜けていく。
 何者かによって手折られた廃塔。崩壊の痕もそのままに。
 花などなく、毒の腐廃臭ばかりが覆う変貌した世界。


 現実でも、思い出の中でさえも愛する人々は壊された。






 誘うように地下への階段が毒の沼地、中央の島に口を開けていた。橋を渡り滑り込む。誰の声も聞こえなかった。
「リュドラル!止まれ!」

 中は暗く何も見えない。階段を転げ落ちると前方の気配に顔を上げた。あの時の魔物がそこに居る。

「ついに来たか…。最後の王子よ」

 くぐもった不気味な声が地の底から沸き起こり、相変わらず汚い音を鳴らして喋る。闇に目が慣れぬまま、気配だけを頼りに弓を撃ち放った。何本も何本も、蜂の巣にしてやる。
 しかし気迫は空回り、手応えは全く感じなかった。
 肩で息をして、闇の中眼を凝らす。

「ゲハハハハハッ!効かぬわっ!お前の弓なぞとっくに対策ずみよ」

 飛び道具の防御でもあるのか、勝ち誇った笑いが暗中に反響して耳が痛かった。ようやく目が慣れてきて、暗闇の先に緑の魔物の姿が見えた。後ろに仲間が雪崩れ込む足跡音。無視して僕は駆けた。
 矢の防御など知るもんか。近距離から叩き込むまで。暴走する王子は戦士に捕まり転がった。
「落ち着けリュー!一人で突っ込むな!」
 まさかそんな事をアイザックに言われる日が来るなんて……。怒りに任せて一人で突っ込むのなんて彼の専売特許だったのに。


 地上への出口が塞がる音がし、突如部屋が明るくなった。
 広い部屋を炎が囲む。完全に逃げ場を塞いだ仕組まれた罠。魔王バラモスは豪勢なマントを羽織り、大きな宝玉のネックレスを下げ、自分用の大きな玉座に座っていた。
 気がつくと、魔王の前に凛として勇者が立ちはだかっている。 


「待っていたぞ…。偽りの勇者よ」

 偽りと罵られても、勇者は眉一つ動かさなかった。戦士に抑えられ床に手をつく僕を庇うように前に立ち、スラリと草薙の剣を抜き突き出す。

「この大魔王バラモスさまに逆らう、身のほどをわきまえぬ者たちめ。ここに来たことを悔やむがよい。
再び生き返らぬよう、そなたらのハラワタを喰らいつくしてくれるわっ!」







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