「準備はいいか」
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「月の道」 |
数百年前、魔との戦いに敗れ、地に墜ちた女神ラーミア。共に戦った竜族も滅びの道を進んだが、砕けた女神の魂を最期の力を振り絞って結晶化し、オーブは世界各地に散り飛んだ。 六つのオーブはラーミアの神力の結晶。 ここに全てのオーブが揃い、不死鳥ラーミアは甦る 『地球のへそ』から転移し、世界の南関、極寒の地、レイアムランドに赴いた勇者一行は、氷洞の外で固唾を呑み、その時を静かに待っていた。 レイアムランドはネクロゴンド大陸の遥か南、氷に閉ざされた不毛の大地。誰に知られる事もなく、永い時を待っていたラーミアの『卵』は、聖女が護り、私がちぎり落とした羽根を集め、わずかな神力を丸く固めた『その日のため』の装置でした。 人に転生した私をオーブと共に完全に神化させ、天上へと還すための施設だけれど、私は天上には帰らない。 人として生きるため、神化は一時的なもの 全てのオーブを身に宿し、私は聖女二人の見守る中、シンと静まり返る氷洞の床を踏み進む。等身大の力の塊 幼い頃から、ずっと傍に居てくれた黒服の聖女、前夜、手を取り合って祝福を捧げてくれた大切な友人は、私の選んだ道を心より応援してくれていた。 空に還るという、遠かった夢が、いま現実のものになろうとしている……。 「甦れラーミア!青空はお前のものだ!」 ありがとうジード。彼女のかけ声に魂が震えた。 そしてありがとう勇者たち。私の手を引いてくれた、『彼』の存在が、今ひとたび熱く胸を焦がすから。 体内で爆発する光。弾ける力。 細胞の一つ一つが昇華して、私は神に生まれ変わる。 氷洞の外まで光が溢れ、吹雪の中待っていた勇者たちが歓声を上げた。どこか人事のようで、感覚が覚束ないけれど。 意識は天井を突き抜け、雪景色の空へと駆けていく。眼下に勇者たちの驚く顔。一面の銀世界。白い世界の中、始めに色が付いたのは『黒』だった。 「シャルディナ!?すげー!でっかいな!!」 滞空する私の足元に、息を切らして奔り込んできだ彼。 歓喜の顔に涙が出そうになっちゃうね。翼を慎重に操って、そっと雪上に降り立った。私の姿は、大きな光り輝く神鳥と化している。 人ならば、数人は乗せて飛べる大きさかな……。 体長としては、竜化したシーヴァスさんに匹敵するサイズ。 黒髪の戦士が感動しながら、頭や羽根の毛並みを撫でて、集まった勇者達も大喜びで撫でるので、それはそれはくすぐったかった。 「シャルディナさん、凄い!綺麗〜!超かわいい!」 「うお〜!ホントに鳥なんだ〜!ふかふか〜!」 くすぐったさに一声鳴いて、喉を整えると、小声で人の言葉を形成した。 『あの、二人にして貰っても……。いいかな……』 仲間達はすぐに察してくれて、二人きりにしてくれた。寒いので皆は氷洞の中に帰り、私の前には黒髪の戦士だけが、ぽつりと残る。 銀世界の中で、彼だけが引き立つのは、きっと色のせいではないよね。 「悪いな。俺だけ特別にしてもらって。テスト飛行してみるか!」 彼の屈託ない笑顔が嬉しくて、照れる私は「こくり」とだけ頷いた。彼が背中に乗り、身支度するのをドキドキしながら待っている。 上空は風が強いからマントをきつく締めて、首に巻いた手綱をしっかり握ってね。最初の飛行だから、ぐらぐら揺れてしまうかも知れないし……。 「OK!行こう!」 合図を貰って、一気に私は飛翔した。 ビュオオオオオオ! 雪雲を突きぬけ、風を切り、風のうねりを羽根に掴んで滑空する。眼下に広がった雲の海。地平線は丸く霞み、大地は遠く、海は果てしなく碧かった。 そして待っていたかのように、歓迎の手を伸ばす太陽の光 雲を抜ければ何処までも続く快晴に、気持ちよくて何度も鳴いた。風と融合して、それは世界を包む歌になる。 竜の棲んでいた世界。今は人の住む世界。私、この世界を愛してる……! 「うおおおおおおっ!すげーっ!!雲が下だ!山が川があんなに小さいっ!」 ビュウビュウと風の音に紛れて、聞こえる彼の咆哮。 彼も見える景色、一つ一つに大興奮で思わず笑った。 サマンオサの街を彼を抱えて飛翔した。それも感動したけど、今回は更に高い場所。この姿ならば、世界中の何処へでも彼を乗せて飛んでいける。 東に飛び、島国ランシールをぐるりと眺めて、西に進路を変えてネクロゴンドへと流れて行った。感動に言葉もなく、いつしか二人無言の空。 ただ美しい世界、それだけに心奪われ見つめている。 ここまで来れたのは、きっと君のおかげです。 少しスピードを緩め、人の居ないネクロゴンドの草原へと静かに下降して行った。神化を解いて有翼人の姿に戻り、大きな首の手綱を外すと、ぺたりと座って空を仰いだ。 この空が自分のものだなんて、届いたなんて夢みたい。 横にアイザックは大の字に寝転がって、軽快に笑う。 「飛んだな〜!アハハハハッ!………。凄いなー、空を飛ぶって。世界ってこんなに広いんだ!知らなかったよ」 「……うん。そう!気持ち良かったね。私、空が大好きだった」 隣に私も寝転がって、草の匂いに包まれながら一緒に笑った。手足を伸ばし、まるで大地と一つになったかのように、心が解放されていく。 「綺麗だな……、空。あの雲の上に行ったんだもんな。信じられないよ」 「アイザックのおかげだよ。ありがとうね、本当に……」 果たせた約束。二人で飛べた空。こんなに嬉しい事はない。夢って本当に叶うんだ。君が居なければ、きっとずっと知らなかった。 そしてこの後、彼はあの日の言葉のままに、 真に『勇者』になろうとしている……。 「私、信じてるよ。魔王に勝てるって。私は力を貸すことしかできないけど……」 信じることすら怖かった、臆病な私はもう居なかった。戦地に彼を送り出すことにも不安はない。魔王バラモスを倒し、そしてその後に待つ、真の闇にさえ、きっと………。 二つの手のひらは重なり合って、彼の熱はそのまま気合を語るように燃えている。 「ああ!行くぞ!みんな強くなった。きっと負けない。シャルディナも一緒に頑張ろうな!」 「………。うん。一生懸命飛ぶね、私」 力強い物言いは出会った時の彼のまま。横顔が少し大人びた彼は、あの頃よりもずっと逞しくて頼もしい。 魔王バラモスの居城付近。しかし混沌の闇が生まれいずるのは、更に東のギアガの大穴だということは………。 彼らはまだ、知らないこと。 |
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ギュオオオオオオッ 大気自身が壁をこしらえ、抵抗しているかのような障壁を感じていた。 「頑張れラーミア!負けるな!」 懸命に羽ばたくラーミアは、強烈な闇の結界を浄化しつつ、ゆっくりと飛行中。 暗雲の中は貫くように雷鳴が迸り、叩きつける強風に晒され、仲間達は必死の思いで鞍にしがみ付いていた。風雨に目を開ける事もままならない状況に、激しい空気抵抗。雨に濡れた手綱は滑り、一瞬たりとも気は抜けない。 滑り落ちれば奈落の底 「 忌々しい邪悪な結界に歯噛みして、佇む闇の壁をひた睨んだ。 邪悪な結界、闇のとぐろは蛇のように城を囲み、生き物のように牙を剥いては襲ってきた。ラーミアは神気に覆われ、俺たちを邪気から護ってくれている。口から光線を出しては撃退し、羽ばたきで叩き落しては活路を見つけて飛び続ける。 年季の入った闇の壁は厚く、ラーミアの神気だけでは断ち切れない様子だった。魔法使いの補助魔法を、存分にかけたラーミアでさえ苦戦するんだからな……。なんたる邪魔な闇なのか。 だからこそ、永久的に誰も近づけなかったバラモスの城。 聖女が用意してくれた鞍には六人の仲間が乗っていた。 前から俺とリュドラル、サリサ、ナルセス、後ろにニーズとシーヴァスと。機敏性を重視して六人で挑む一便。ジャルとワグナスは二便、もう一人の勇者と同行してくる事になっていた。 先発隊の俺たちは、道を切り開く係。時間が長くなれば、それだけラーミアの消耗も激しくなる。なんとか早急に、この状況を打破したくて焦っていた。 同じように打開策を探していた、隣の王子が腕を伸ばして声を上げた。 「あそこ!闇の薄い場所があるよ!」 「 最悪の視界の中、常人には判らない、壁の厚さを見分ける王子に敬服した。眼の良さは表彰もの。そして邪悪感知には、定評のあるサリサが後ろから覗き込んで確認する。 「う〜ん。確かにそうかも!でも渦は動いてるよ!」 流動的ゆえ、狙うには難しいと含んで語った。強風により渦の動きは早い。けれどその時にはすでに王子は立ち上がり、足留めだけで体を支え、風にも負けず弓を引き絞り集中していた。彼が構えれば、光の矢が発生する『月の弓』。 嵐の中でも狙いは違わず、閃光のように発射し闇に突き刺さった。 「ヒューッ!お見事!♪」 非常時でも呑気なナルセスが口笛を鳴らした。 「アイザック、ちょっと押さえてて!」 意図を察して、安定させるために友の腰にしがみついた。鞍に足を引っかけるベルトと、腰に命綱があるとは言え、両手で弓を構えることには危険が伴う。 目印を頼りに、そこを目掛けてラーミアは突き進もうと加速した。 親友を押さえたまま、ラーミアは衝撃を受け、後転落下。後ろのサリサの悲鳴が絹を裂く。 俺はとにかく友人を落とさないように必死に抱きつき、鞍の上は、それは風に翻弄される麦のように大騒ぎになる。 持ち応えて正常位に戻ると、目眩を振り切るように、王子はひとたび頭を振った。連続で矢を撃ち続けると、それは黒い壁に立てた目印のように連なってゆく。 さすがに弓だけでは破れないか。 「来た!さっきのはアレだ!」 バラモス城を守っているのだろう、蛇型の竜が、複数うねりながら包囲するのをニーズが叫んで知らせてくれた。突如、渦から這い出したスノードラゴンに激突され、ラーミアはバランスを崩して落下したらしい。 雑魚程度ラーミアの敵ではないのだが……。飛行を邪魔されるのが何より困った。 俺たちを乗せているために、ラーミアは激しい攻撃体制を取ることができない。素早く動き回る竜を追い立て回し、俺たちを篩い落とすことを避けるために。 「 「はい!お兄様!」 後ろ二人は、交互に火の魔法で迎撃。接近したものは隼の剣で叩き落す。前方遠くの敵は、リュドラルが弓で狙い撃った。 「うらあああああああっ!」 何せ、自由に動けないのがもどかしい。無我夢中で剣を振るが、巧く標的が攻撃範囲にやって来ないのに腹が立つ。竜は吹雪を吐き、動きも素早く仕留めにくい強敵だった。弱点の炎もなかなか当てられない。 スノードラゴンは俺たちと言うより、ラーミアを標的にして、噛み付き吹雪を吐き、飛行を妨げ俺たちを篩い落とそうと執拗に狙ってくる。 『クエエエエエエッ!』 「うわーんっ!シャルディナちゃん大丈夫〜!?べホイミ〜!」 ラーミアは俺たちの為に、飛行を保つことを優先としていて、専ら回復はナルセス、攻撃は俺たち任せ。痛切な声を上げつつも旋回し、同じ高度をぐるぐる回る。 やはりここに「賢者」と、「ラーの化身」がいない事が辛かったか……。 厳しい戦況に浮かんだのは二人の仲間。 二人が居れば吹雪も呪文で緩和できたし、破邪の呪文で結界を緩和できたかも知れない。頼もしい神の力にすがる思いに気がついて、情けなさに自分で恥じた。 二便の方が人数が少ないのに。 戦力ダウンは承知の上、二人に頼ってばかりじゃいけないと、このメンバーで来たんじゃないか……。瞬時にして首を振り、弱気思考を追い払う。 俺の脳裏にかつて、ジャルがやってのけた《ある呪文》が甦り、ハッと顔を上げ、雨にぬれる目元を拭って凝視する。 それを使えば届くじゃないか………! 直接剣で撃ち込めば、亀裂が生まれる可能性が高い。更に隼の剣は二回攻撃が可能だった。 いや、断ち切ってみせる。 ラーミアが何度か激突すれば、穴は開くかもしれないが、なるべく負担をかける事は避けたかった。まだ彼女には二便もあるんだ。俺がやる。 「……サリサ、アレできないか。バシルーラ」 「はぁっ?何するの!?」 「俺があそこまで飛んでいく」 大きな僧侶娘の目が、更に一際大きくなった。開いた口が塞がらず、表情だけで「無理だ」と首を振っている。 「私あの、ジャル君じゃないし、そんなにコントロール巧くないし。無理無理無理っ!絶対ムリっ!やだーーっ!」 それしかないと解っているだろうに。最後には半泣きになって懇願している。 「俺やろうか?バッシー♪」 面白い事になって来たと、乗り気なのはナルセスだったが、正直暴発を抱える者に頼みたくはない。 「いいからサリサやれ!命令だ!」 「えーーーーーっっ!」 ニーズの鶴の一声に負けて、泣く泣く覚悟を決めたサリサは、キッと闇を睨みつけ、構えに入った。 「アイザック、気をつけて!」 危険だが、直接攻撃するのが最良に決まっていた。信じて声をかけてくれる長年の友。話を聞いていたラーミアも、にわかに緊張し一声鳴いた。すぐさま追いかけ、俺を咥えて飛び込まねばならないから。 「サリサ、大丈夫です!巧くいきます!」 気負う僧侶に、後ろのシーヴァスが肩を叩いて激励。それぞれ友の声に勇気を貰った。命綱を外し、ラーミアの背から離れ、宙に躍り出た俺の背に、叩き付けられる風の衝撃。 「 「ピオリム!」 追いかけてナルセスがラーミアの速度をアップ。何かあっても、対応できるようにと願いを込めて。 「喰らえぇぇぇーーーーっ!!!」 吹き飛びながら隼の剣を振りかざした。 一等入魂。二度目はない。チャンスは唯の一度きり。 ズバッ!ズバッ!隼の二回攻撃が闇を裂き、裂かれた口から零れだす眩い光の帯。闇に浮き上がった光は、まるで闇夜の月だった。 暗闇に浮かぶ三日月は『道』。 すぐに落下する、俺のマントをラーミアのクチバシが引っかけた。そのまま行けるかと思ったが、勢いが付きすぎたか破けた布。すれ違い、風に揉まれ、木の葉のように飛んで行く俺の体。 「アイザック!」 慌ててリュドラルが、飛び込むように俺の足を掴み取った。踏ん張ったが支えきれず、友人の足まで宙に浮く。 「ひええええええっ!」 咄嗟にナルセスが腰にしがみつく。そのナルセスも、スポーンと足留めが抜けて、宙に浮いてしまった。青くなったニーズ。咄嗟にナルセスを抱きとめ、三人もぶら下げたまま、慌ててラーミアは下降してゆく。 「落ちる!落ちる〜!助けて〜っ!」 「動くなーーーっ!!」 「死ぬーーーっ!」 闇の結界を突き抜けて、着地するまで一人でうるさい元商人。ニーズに女二人も、しがみついて体を支え、なんとか誰一人怪我もなく着地できた。 城門前にからくも着地して、草の中から這い出すと、頭上にそびえる呪われた城。台風の目のように城周辺は落ち着いていたが、どんよりと厚い邪悪なオーラは隠せない。 周囲はじっとりと重い霧に包まれていた。遠くに魔物の遠吠えが木霊している。 バサリバサリ。すぐさま飛び立つラーミアを見上げ、アイコンタクトを果たすと目的のために背を向けた。剣を構え城門を叩き割る。俺たちは魔王バラモスの元へ、ラーミアはもう一人の勇者の元へと飛び立った。 城門を抜けると、すぐさま空から飛行魔物が襲ってきた。 先ほど会ったスノードラゴンや、ライオンヘッドなどの凶悪な魔物たちを、逐一相手にしていては体力がなくなってしまう。 適当にあしらいながら、城へのアーチを駆け抜けた。入り口を両断し、一気に中へと雪崩れ込む。後ろでリュドラルが姉から貰った見取り図を広げ、確認しながら玉座を目指す。 バラモスが何処にいるのか知らないが、狭い部屋にいるとも考えにくかった。めぼしい広い部屋に印を付け、回っていこうと計画は練ってある。 「……。うん。昔のままだね。こっちだよ」 入り口で魔物を牽制していた、後方魔法組を中へと誘う、王子が突如「ハッ」と目を見開いた。両脇並び立った石像たちが、いつの間にか動き出している。 |
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「危な ズシーーーーーーーーッッン!! 震動に城が揺れ、激しく舞い上がった埃が視界を覆い隠した。仲間の安否を確認しようと踏み出すが、気づけば石像の影を背負い、すでに迫っていた攻撃の腕。息を呑み、頼りない腕で身構える僕の前に割り込んできた黒い影。 「はぁああああっ!」 気合一閃、おたけびと共に腕を薙ぎ落とし、砕けた石は轟音を立てて落下した。 「ありがとうアイザック……!」 すかさず立ち上がって、背中を合わせた。 城に入ってすぐの部屋 「シーヴァス!サリサ!無事かっ!」 自身は攻撃を避け、入り口付近の二人に、呼びかける勇者の声が強く響いた。石像の間を縫って入り口に辿り着き、妹を抱き上げて勇者は中央へと逃げて来る。 『星降る腕輪』のかいあって、二人はなんとか回避していたけれど、友人を庇ったシーヴァスさんが脚を強打し流血していた。 追って来たサリサちゃんが回復中、なんとか中央を死守する僕とアイザック、そしてナルセス君。しかし有効な攻撃が与えられずに舌を巻く。 「コイツらすんげー固い〜〜〜!(泣)しかも斬ってもまだ動いてるし……!何これ不死身なの〜〜〜!?」 青ざめ浮き足だち、ナルセス君は口を開けば泣き言ばかり。石像は固く、攻撃しても石を削り取れればいい方で。僕の弓も突き刺さり、暫し動きを止めるだけしか効果がなかった。 一撃で腕を叩き落せるアイザックは頼もしかったが、しかし手足を落としても、またくっついて襲ってくるから堪らない。 「逃げるぞ!」 妹を抱えたまま、勇者は首で合図した。 うん。それしか方法はないと思う。 進みたいのは、右手奥の昇り階段。後方、城の入り口は魔法の氷によって蓋いだが、外の魔物が激突しているので急がなければ。 道を塞ぐ石像をアイザックが連続攻撃で粉砕し、僕はニーズさんからシーヴァスさんを受け取り回避姿勢でやり過ごす。ニーズさんは魔法を飛ばすが、炎でも石の動きは鈍らなかった。 僧侶組が、真空や眠りの呪文をぶつけてみるも効果は薄い。 破邪の呪文。幻影、バシルーラ。試してみるも、どうにもこうにも効き目がない。 先行するアイザックが階段の終わり、廊下から現れた敵に難儀し、行軍が止まってしまった。どうやら魔法使いがいるようで、先に進みたくても進めない。 石像はぐんぐん迫り、このままじゃ後ろから潰されてゆく 「ええーーいっ!じゃあもうコレしかないよっ!あんまり使いたくないけど……。ザラキーーーー!!」 手札を失い、やけくそに放った『死の呪文』。 成功率は低いが、相手は即死する。 普通僧侶は好んで使わぬ『禁忌呪文』に、彼女は断罪する思いで見つめていたが、怒涛のように蠢いていた石像群がピタリと止まり、場に沈黙が訪れ、時が止まったかのような錯覚に陥った。 支えを失い、ただの「人形」に戻ったかのように、グラリと傾き沈んでいくさま。重い落下音が積み重なり、石像の多くがただの石垣と変わってゆく。 「え………。な、何が起こったの……。もしかして効いた???」 「す、すんげー!サリサちゃん!ほらほらあっちも!まだちょっと残ってるからさ!」 ナルセス君の喝采を受けて、納得しないまま呪文を唱える僧侶娘。おかげで後ろの危険は無くなった。 先頭アイザックの方は、階段の出口に骸骨騎士が群がり、騎士だけならそう強敵ではないのだが、後方の魔法使いに苦戦していた。 攻撃魔法だけならず回復魔法も使えるらしく、前の壁を倒そうにも回復しては復活する。友の後ろから視線を凝らして敵を探すが、相手は功名に隠れていた。 「もう、大丈夫、歩けます」 回復呪文が効いてエルフ娘が参戦し、こそりと魔法反射の呪文をアイザックに施した。火球の魔法が術者に跳ね返り、悲鳴が上がって位置が分かる。 「そこか!」 すかさず弓を放って命中。緑ローブの魔法使いが、バタリと倒れて動かなくなる。 「 火炎魔法で骸骨騎士どもを灼きつくし、道が開くと即座にその場を後にした。 見取り図を頼りに、玉座への最短距離を突き進む。テラスや回廊が多く、複雑で広大な城だった。時折屋根の上の回廊を走るのだけれど、周囲はうっすらと不気味な霧に覆われ、髪にはじっとりと露が浮かんだ。 空は昏い。昼なのに夜のように重たい雲に息が詰まる。城を護っていた嵐が、嘘のように静かだったが、逆にそれが恐ろしくも感じていた。 無事だといいけど………。 二重のバリアを「トラマナ」の呪文によって無効化し、進んだ先の玉座は無人だった。 「ここには、いないのか……」 もしかしたら玉座にふんぞり返っているのでは?誰かが話した疑問だった。どうやらそこまで馬鹿でもなかったらしい。ではバラモスは何処にいる。 「ん? 「な、なになにナルセス君?!」 周囲を見渡す、僕たちの後方から突然の叫び。 サリサちゃんが飛び上がって驚いていた。 「ふう」と汗を拭う彼は、槍の先に奇妙な魔物を一匹ぶらさげ笑顔を見せる。 「なんか足元を走ってたから、思わず刺しちゃったよ」 メタル金属 「それは、はぐれメタルです。良く倒せましたねナルセスさん」 博識なエルフが手を叩いた。 チャララ ラッチャン チャーン♪ チャララ ラッチャン チャーン♪ 「………。なんか今レベルが上がった気がする!」(*゚д゚*) 「まぁ!………私もです!」 「あ、俺も」 どうやらナルセス君、シーヴァスさん、アイザックのレベルが上がったみたいだった。 良かったね。 「ナルセス、コレお前使えないか?」 和んだ空気を読まず、玉座周辺を探っていたニーズさんが美しい槍を持って戻って来た。神聖な雰囲気漂う良品だった。 「わぁ!なんか一気にパワーアップ気分!ホーリーランスと名づけよう♪」 玉座の周囲、部屋中をくまなく探したが、怪しい場所や手がかりを見つけることはできなかった。 地図を広げ、他に居そうな場所を仲間達と相談する。 眼を瞑り、感覚に訴えていたミトラの僧侶は、邪悪の気配をそっと指差し教えてくれた。 「あっちの方……。微かにだけど、テドンで感じた魔王の気配がするみたい……」 「あっちって………」 見上げた僕の視界には、厚い壁があるのみだった。 しかし通り過ぎて映る姿は、あの日の『廃塔』。 城に降りた時から、心は郷愁に傾いている。緑美しく、寂しくも幸せな場所だったあの『塔』が、まさか……。 僕の顔色が変わったことを心配したのか、親友が気を使って覗き込んだ。 「こっちには何があるんだ。別館?湖?……塔もあるな」 「………………」 「行ってみよう」 思いつめた王子の肩を勇者がそっと圧しだした。……分かってる。僕が案内しなくてはならない事は。 思い出の地へと。僕の過ごした場所へと ドクン、ドクン。鼓動が逸り、足が急いだ。 ネクロゴンド王城、敷地内の最隅に、その塔は隔離されて建っていた。 見張り塔として建てられた一つに、僕は幽閉されて生きてきた。城壁の向こうには森と湖、そして山脈が広がり、廃塔とは言え、美しい楽園だった。 塔の足元、花畑は地面が腐り、毒の沼地に変貌してしまっていた。 怒りに震える僕は、玉座を離れてから、ずっと口を開いていない。……許せなかった。蔑まれながらも、優しく生きていた姉を、可憐な騎士の少女を、不幸に追いやった元凶。 大切にしていた思い出すらも、僕たちから奪おうと言うのか。 許せなかった。 これまで、ここに来るまで、こんなに冷静にいられたのに。 怒りに囚われる事もなく、姉やミレッタの死も、別れも笑って受け入れて来たのに。 「待て!リュドラル!」 誰かの制止の声が聞こえた。多分アイザック。でも悲しいかな僕は聞かず、慟哭のままに自ら矢となって突き抜けていく。 何者かによって手折られた廃塔。崩壊の痕もそのままに。 花などなく、毒の腐廃臭ばかりが覆う変貌した世界。 現実でも、思い出の中でさえも、愛する人々は壊された。 誘うように地下への階段が毒の沼地、中央の島に口を開けていた。 橋を渡り滑り込む。誰の声も聞こえなかった。 「リュドラル!止まれ!」 中は暗く何も見えない。階段を転げ落ちると、前方の気配に顔を上げた。あの時の魔物がそこに居る。 「ついに来たか…。最後の王子よ」 くぐもった不気味な声が、地の底から沸き起こり、相変わらず汚い音を鳴らして喋る。闇に目が慣れぬまま、気配だけを頼りに弓を撃ち放った。何本も何本も、蜂の巣にしてやる。 しかし気迫は空回り、手応えは全く感じなかった。 肩で息をして、闇の中、眼を凝らす。 「ゲハハハハハッ!効かぬわっ!お前の弓なぞとっくに対策ずみよ」 飛び道具の防御でもあるのか、勝ち誇った笑いが暗中に反響して耳が痛かった。ようやく目が慣れてきて、暗闇の先に、緑の魔物の姿が見えた。後ろに仲間が雪崩れ込む足跡音。無視して僕は駆けた。 矢の防御など知るもんか。近距離から叩き込むまで。暴走する王子は戦士に捕まり転がった。 「落ち着けリュー!一人で突っ込むな!」 まさかそんな事を、アイザックに言われる日が来るなんて……。怒りに任せて一人で突っ込むのなんて、彼の専売特許だったのに。 地上への出口が塞がる音がし、突如部屋が明るくなった。 広い部屋を炎が囲む。完全に逃げ場を塞いだ仕組まれた罠。魔王バラモスは豪勢なマントを羽織り、大きな宝玉のネックレスを下げ、自分用の大きな玉座に座っていた。 気がつくと、魔王の前に凛として勇者が立ちはだかっている。 「待っていたぞ…。偽りの勇者よ」 偽りと罵られても、勇者は眉一つ動かさなかった。戦士に抑えられ床に手をつく、僕を庇うように前に立ち、スラリと草薙の剣を抜き突き出す。 「この大魔王バラモスさまに逆らう、身のほどをわきまえぬ者たちめ。ここに来たことを悔やむがよい。 再び生き返らぬよう、そなたらのハラワタを喰らいつくしてくれるわっ!」 |