月を見ていました。 あの方を想定させる、優しい、遠い輝きを。 あの方は、今は何処へ……。 温かい柔和な笑顔は、変わらずそこに在りますか? 交わした約束。届かない声。 私はずっと、ずっと……。 再会を胸に、 |
「満月」 |
我が家の食卓に腰を落とすのは、実に久しぶりの事だった。 俺はいささか緊張し、母と居候の様子を窺う。 「丁度良かったわ。昼食の仕度をしていた所なの」 心配される母の容態もすこぶる良く……。元気に台所を行ったり来たりして、手伝うジパング娘との談笑も明るい。 反して黙する俺は、すでに入った時から、この家の空気の違いを感じ、チラチラ家の中を探っていた。 「………。少し前に、ニーズが来たって?」 緊張の理由は、この家の正式な一人息子であるところの『ニーズ』。俺の片割れ。双子の兄のような存在であるニーズが、この家を訪ねたことに発端している。 ランシール神殿で賢者の復活をはかる為、ジャルディーノが吟遊詩人シャルディナと一緒になって尽力していた。その間、時間が余る俺達は傷の回復をはかったり、帰郷したりとさまざま自由に過ごす事に決めている。 俺はリュドラルに「兄が帰った」との報告を受け、その原因がここにあると聞いて飛んで来た。数年戻らなかったニーズが戻った。 それだけならまだしも、サイカの奴に励まされて、戻る気になったと言うんだから……。 一体全体コイツは何をしたって言うんだと ジト目で睨むと、当人は 「そんなに見つめないで下さいませ〜!きゃっ!」と弾んでいた。 どうしてこんな奴に心情を話した……。 (BGM:呪いの音) 母とサイカは顔を見合わせ、どう答えていいものか戸惑い、続く言葉を口の中で濁らせていた。どうせ黙秘を頼まれているんだろう。うんざりして俺は頬杖をつく。 「……いいよ。知ってるから。黙認しているようなもんだ。アイツも解ってる……。行方不明と聞いて心配していたんだ。アイツの話が聞きたい。一体何があったのか……」 どうして俺に、何も言ってくれないのか……。 最後の疑問は頭の中だけに、いつまでも、しぶとく消えない不満。 「そうですか。本当は内緒なのですけどね!」 …おめぇ、ぜってー内緒にしないだろ? ワクワクと嬉しそうに俺の隣に腰掛けた、サイカに心中で毒を吐いた。 話したくて話したくて堪らなかった、と言う顔だ。 「そうなのですよ!実は、兄上殿が来て下さったのですよ〜〜〜!私すぐに気づきまして、偉いですよね!さすが妻の鏡ですよね!そっくりな二人を見ても、間違わないなんて、そんなに俺を愛してくれてるんだな、ありがとう…。だなんて〜!」 「言ってないから」 「本当にそっくりですよね……。並んだら私、卒倒してしまいそうですよ♪更に『サイカちゃん可愛いね』なんて、言って下さったりしたら〜!たらたらたら〜〜!♪」 「妄想はいいから早く話せ」 イライラしながらテーブルを爪で叩いて急かした。両頬を押さえ、妄想に頭を振るサイカをギロリと睨みつける。母の手がゆっくりとパンを食卓に並べ始めた。 「アイツ、商人の町に現れたんだろ。そして、死神を庇った……。この辺はジャルから聞いたんだ。死神を愛してるって?アイツは騙されてるんだ。振られたと言っていたが……。もう、ワケ分かんねーよ。死神もアイツを愛してるとか言っていた。一体何が何だか……」 イラ立ちにまくし立て、腹いせのようにパンを千切って口の中に放り込んだ。 逆に何をそんなに怒っているのかと、 悠長に母親はスープを並べ、サラダを出すと腰掛ける。 「騙されているのでしょうか……?私応援してしまいました」 「応援すんなよ。死神なんかと上手く行くわけないだろ。暫く一緒に暮らしていたから、情が移っただけだ。きっと利用されてるんだ」 「…………………」 次々と死神を蹴落とす台詞を吐き出すと、呑気だったジパング娘の顔つきが、じわじわと険しさを増してゆく。 「……。兄上殿は、真剣でしたよ。私応援します」 「おまえ……!何言ってんだ!」 怒りに身体が持ち上がり、危うく本気で叩きかねない状況だった。けれど俺を映す、紅い瞳の真摯さにギクリとして制止する。 「私は、兄上殿の気持ちを大事にしたいと思っています。二人の事など、お二人にしか分かりませんよ。ニーズ殿は【死神】としか見ていませんが、兄上殿は女性として見ているのです。どうして無下に反対されるのですか」 何を言っているんだ。死神は『死神】に決まっているじゃないか。 上目遣いに責められ、まるで俺に問題があるようで……。納得できずにわなわなと震えると、サイカは悲しそうに嘆息し、赤い瞳は静かに伏せる。 「だから兄上殿は悩んでいたのではないですか……。だから誰にも言えずに。だからニーズ殿にも、相談できなかったのです」 「………………!」 ……何だよ、それ………。 野菜スープのいい匂いが空しく食卓を漂い、まだ始まらぬ食事に、食材たちは寂しそうに息を潜めて待っていた。 納得がいかないが、反論できずに小さくなって座り直した。 できるわけないじゃないか。 誰がアイツが破滅するのを、笑って応援できるっていうんだ? 『俺に相談できなかった』。 反論できなかったんだ。 サイカに諭され、 弱みを見せる事を極端に嫌って、いつも自分の中で、全部決めてしまっていたアイツが……。俺は自分が、相談に値しない存在だったのだと、今更ながらに、その壁の高さに打ちのめされていた。 「兄上殿は、許して欲しかったのですよ。自分を責めてばかりいて、誰にも弱みを見せる事が出来なくて……」 「お前なら、見せるって言うのかよ」 それは反発。敗北感からくる嫉妬心。 「一体どんな手を使ったんだか……」 怒りが増して、他所を向きながら悪態をついた。 すでにそれは、八つ当たりだと解っていた。悔しかったんだ俺は……。 全てにおいて避けられ、無視され、何も話してくれない事に。 俺以外には会って、話をすることに 「……。あ、分かりました!」 何が分かったのか、いきなり表情が輝き、ポンと手を打った。 「ニーズ殿、羨ましいのですね。うんうん、分かります、分かりますその気持ち。ほっぺスリスリしてあげますね。スリスリ〜♪間接スリスリ〜♪」 「 「はい!ほっぺスリスリ〜の、ぎゅうーの。なでなでもして差し上げました」 想像して青くなった。世界中探しても、そんな事できる奴お前しかいねーよ。 「ニーズは、話すつもりはなかったのでしょう。サイカさんのペースに負けたのよ。あなたが劣っているのではないわ。サイカさんが強すぎたのよ」 母がフォローしてくれるが、確かに、コイツが恐ろしいというのは合点がいく。コイツに凄んだ所で、このペースで崩されるんだ。 俺だって何度も、崩壊させられてきた……。 「あなただって、サイカさんには勝てないじゃない。そういう事よ。私だけだったら、きっと聞き出す事はできなかったわ」 「………………」 褒められて(?)、横で最凶娘はニコニコと揺れている。 「あの子、オルテガの墓参りをしたのよ。私と一緒に……。オルテガを連れて来てくれると、約束してくれたわ」 「まさか!!!」 信じられない。あり得ない事だった。アイツ自ら墓に行くなんて。花を供えるなんて。 オルテガの生存よりも、アイツの墓参りの方に飛び上がる。 横で最恐娘は、両手ピースで踊っている。 「あなたと同じように、あの子もサイカさんによって変わっていくのよ。不思議な娘ね、サイカさんって」 「きゃ〜〜!そんな、神秘の美女だなんて〜!」 「言ってないから」 「すごいですよね〜♪たっくさん褒めても良いですよ〜♪」 「………………。〜〜〜〜〜〜〜」 褒めて褒めてとすり寄り、にこにこと、しつこく褒美を要求された。こめかみがピクピク震えはしたが、仕方ない。確かにコイツの武勲なんだから……。 背もたれにかけていた荷物を探り、小さな紙袋を取り出すと顔面に突きつけてやった。 「ほらよ」 「うぶっ!何ですか何ですか」 包みを開けるのを横目に、顔を背けムスリとふくれた。 「ありがとな。全部お前のおかげだよ」 半ば投げやりで。「あーあ」と腐りながら、俺はパンをつまみ始める。 「きゃ〜〜!なんて可愛らしいおりぼん!それからこれは……、指輪!指輪ですよ!ゆゆゆゆゆ、ゆびわっ!ありがとうございますニーズ殿!」 リュドラルから聞いた後、お礼を頼まれたのもあって、妹達に選んで貰った白いリボン、青い宝石の付いた指輪(ランシール流)。 女二人が、それは和気あいあいと選んでくれたブツだった。 「白いレースですね!愛くるしい私にぴったりです!」 「俺が苦しいわ。くっつくなよ」 首にしがみつくのを剥がしながら、スープを啜る。 「指輪なんて……。……はぁ。ついに婚約ですね……」(うっとり) 「違うから。指入んないだろうに」 「じゃーん!入りました!左手の薬指!」 「なんで! 女二人の勝手な計らいに脳天まで沸騰して、弁解しながら指輪剥奪に二人で揉み合う。 「返せよ!」「嫌ですよ〜!」と交戦していると、呆れて母が席を立った。 「まぁまぁ…。私はお邪魔ね。部屋で食べるわ」 「ちょっ!母さん!いいからっ!そこに居て」 「アツアツね……。ごゆっくり」 茶化されて不本意にも茹で上がり、あっという間に母の姿が見えなくなった。一人いつまでも横の女は浮かれていて、このまま数時間は治まらないだろう。 「あー………。クソッ。勝手にしてくれ」 黙々と昼飯をがっつく様は、もはや『やけ食い』に近かった。 「婚約指輪〜!嬉しいです。あ、でもそれなら、ニーズ殿もしないとですね!私今度買いましょうか?あ、それとも一緒に買いに行きますか?きゃ〜!」 横でうわ言を呟く女をふと振り返りながら、こんな風にアイツも絡まれたんだろうか?と思い至る。そうだよな……。コイツの妄想力には、アイツだって舌を巻くよなぁ……。 「アイツ、また来るって言ってた?」 家の中に懐かしい匂いが溢れてる。それだけでも泣きたくなるのに。 「はい。来ると思いますよ」 こんな風に、家族で談笑すること。アイツも入れて四人で、いつかそんな日が叶うだろうか……。俺もそこに居たいと願った。 どうしようもなく、寂しさの募った俺に気づいたのか、急にサイカは真顔になって肩を抱いた。どうして、こんなにバカに見えて、察しがいいんだろうか、この女は。 「大丈夫です。兄上殿もニーズ殿のこと大好きですから。『会えない』と口にした時、寂しそうでしたよ。すぐに会えますよ」 「そうならいいけど……」 会いたいよ。アイツの話が聞きたい。 この際、死神との恋愛話でも構わないと渇望する。 どんな風に死神と暮らしていたのか。 俺とムオルで別れてから、何処でどんな風に過ごしてきた。 ランシールで、地球のへそでは、どう思った……? 町一つ秤にかけても、それでも死神を選ぶ程好きなのか。そうまでして追った死神に、拒否されて、どれだけ傷心していたのか……。 「聞けるように、なっていないとな……」 俺の脳裏にはムオルで再会した時の、穏やかで安定した笑顔が浮かぶ。きっと何も知らず、あの村で過ごした数年間が、一番幸せな時期だった。 そんな風に、ここで穏やかに暮らせること |
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「 叫ばれて我に返ると、視界がすでに、下降してゆく寸前だった。うっかり回想にふけり、足元の注意を怠った。落下する俺の手を掴み、引き戻す亡国の王子。そしてグラつく王子の身体を両手で掴み、力任せに戦士が引いた。 勢いに乗ってそのまま後転し、戦士に乗り上げ山になる。 「いてててててっ……!大丈夫かみんな……」 下敷きになったのは戦士アイザックで、上の王子と勇者がどけると、痛みを訴えながら立ち上がった。足元が崩れ、落ちかけた俺と、リュドラルとを引き上げて救ったのだから、さすがというのか……。 「うん。大丈夫。ふぅ……。危なかったですねニーズさん。危うく落ちる所でした」 「助かった、リュドラル。と…、アイザック」 ぼうっとしていたのは否めず、バツの悪さに口ごもる。 「嫌ですねぇ〜。きっと奥さんの事でも考えていたのでしょう。もう、ニーズさんったら♪」 隊列の後方から、聞こえよがしに賢者が茶化した。 「すでに落ちた奴に言われたくないんだが……。お前たちと一緒にするなよ」 ノロケ話に夢中になって、最初に落盤で落ちたのは賢者と商人なのだった。 「聞いて下さいよ。チェスターさんったら、悔しそうにプルプル震えちゃいましてね〜。でもミュラーの選択に何も言えなくてですね。もう面白いったら無いんですよ」 「もう、ワグナスさんは〜。あんまり見せ付けちゃ可哀相ですよ。いちゃつくのは人の居ないところにしないと。……って、もう結構進んでるんですか?ボソボソボソ」 「ナルセスさんったら…、それは野暮と言うものですよ」(にこにこにこ) 「そんな〜。教えてくださいよぉー。いいなぁ、ミュラーさんナイスバディだもんなー」 「あっはっはっはっ♪って、ひゃー!」 「えっへっへっへっ♪って、おわー!」 仲良く二人は下の階へと落下した。 「とにかく…、地殻変動によって地盤も緩んでますからね。皆さん気をつけて下さい。あまり強く壁を押しては駄目ですよ」 赤毛の僧侶が注意するも、戦闘になれば、壁に打ち付けられる事もある。そうして崩してきた岩壁も少なくはなかった。 ここ、ネクロゴンド、高台のほこらへと続く唯一の道。 山脈を昇る洞窟は、魔王バラモス出現の際に起こった地殻変動によって、入口に来る事が叶わなくなっていた。 それをガイアの剣+一族の力によって火山噴火を引き起こし、無理やり地殻変動させてこじ開けた。大きな地震によって地盤や壁は不安定であり、時々足元や壁が崩れ、地に飲まれる事態が起こる。一行は慎重に一歩一歩行軍している《ハズ》だった。 洞窟の入り口は山脈の麓。目指すほこらは山脈の上部。洞窟は上へ上へと山を貫き、バラモス城の望める島を目前と控えた高地に出る。 ほこらには、シルバーオーブを持って逃げた女騎士が居る筈だった。オーブが無事ならばこれで全てのオーブが揃う事になる。不死鳥ラーミアが甦り、バラモス城への空路が開く。 仲間達は、賢者の灯す魔法の光(レミーラ)を頼りに、隊列を決めて進んでいた。先頭は壁たるアイザック。この国の王子リュドラル。その後にシーヴァスとサリサの女二人。前方からの敵は、ほぼこの四人で片がつく。 そこから俺、ジャル、ナルセスと続き、しんがりは賢者ワグナスと固めていた。後方の安全にも不安はなかった。 「ギャオアアアアアア」 突然前方に魔物の咆哮が響き、戦闘が始まった事を告げていた。赤く、竜のようなごつい体をした亀の魔物で、炎を吐き、いくつかの補助魔法も使う面倒な奴だ。数体で現れ炎を吐き、先頭のアイザックが喰らったが、ものともせずに駆け込んで行く。 「守備力を下げますね!」 相手は反射の魔法も使うため、魔法をかけるなら迅速にしなければならなかった。シーヴァスは『星降る腕輪』の素早さを活かし、即座に亀の装甲を弱らす事に成功する。 「後ろにもいるよ!」 エルフのように暗視に長ける、リュドラルが弓を引き絞り矢を撃った。先方、曲がり角に隠れていた亀が「ギャッ!」と転がり、光の矢によってその姿があらわとなる。隼の戦士の動きも早く、次の瞬間には頭上で剣を振り上げていた。 「おらああああああっ!」 二回攻撃で切り刻む。さすがにこの辺の魔物は強く、反撃して鋭い牙を突き立てた。何度も斬りつけ、後ろではサリサも別の魔物に対抗して、ゾンビキラーでしのぎを削る。 「魔法が行くよ!伏せて」 リュドラルの声に直接戦闘の二人は身を屈め、頭上を飛び越え火炎が魔物に炸裂した。熱に手を翳し、視界を掠め奔る光の矢。 後方からの弓と火炎。エルフの魔法使いが杖を下ろすと、魔物達はすでに動かなくなっていた。 「大丈夫〜?回復するよ〜」 いそいそと(出番が来て)嬉しそうに、僧侶姿のナルセスが駆けていく。サリサ、アイザックと回復し、誇らしそうに胸を張った。 「いやぁ〜。役に立てるっていいなぁ〜」 「あんまり魔法力を無駄にするなよ」 誰かが怪我する度に、我先にと飛んで行くナルセスだったが、ジャルやワグナスほど許容量が高い訳じゃないだろうに。 ここぞという時に、残しておいて欲しいと言うのが本心だった。おそらく奴は、久しぶりの一緒の旅で浮かれているんだろう。そして、自分の修行の成果を出せて嬉しいんだ。 イシスで別れてから数ヶ月、ダーマ神殿での転職の成果は発揮されている。 そんなナルセスが、 まさか『自己犠牲の呪文』まで覚えているとは思わなかったが……。 厄介な『赤毛の僧侶』を石化させるため、奴らは町ひとつを媒介にと持ってきた。 巨大な呪いを隠蔽せし、「鍵」は親しき友人達であり、怪しい占い師の潔白は、商人ナルセスと親友ドエールが守ってしまったも同じ事 賢者や聖女達から魔物の匂いを、呪いの波動を隠していたのは親友二人だったんだ。 事実に驚愕し、石化から友を救うため、二人は自己犠牲の呪文を唱え砕け散った。まさか、まさかの衝撃の展開 夢神が『時の砂』を持って現れなければ、二人は戻らず、町の人々も全滅していた。そしてラーの化身の石像が完成していたことだろう。 「ナルセスさんは商人の時だって、とても戦力になっていましたよ」 俺に注意されてブーイングしている、ナルセスにフォローを入れる赤毛の僧侶が、その正体を語ったことも衝撃的だった。 「地上の人々を救うために、地上に降りたラーの意識、それが『僕』。この母の形見のペンダント、赤い石は『太陽の石』の欠片でした。僕は太陽神ラーだったんです。ようやく、僕は思い出すことが出来ました」 随分と、以外な程に饒舌に、 かつ穏やかに微笑みながら告白したジャルディーノは、そこに以前の気弱で、臆病だった少年の面影は、微塵も残してはいなかった。 もちろん人外魔境とは思っていたさ。 ただの人間だったって言う方が嘘くさいが、 まさか本当に《地上に降りたラー》だったとは……。 「僕は…、自分の力をずっと……。ニーズさんがサマンオサで言ったように、自分の力を誇りに思いたいと願っていたんです。自分を知って、僕はようやく辿り着くことができました。僕は、この地上に立ったことを誇りに思っています」 これまで、自分を語る時、確かにジャルディーノは自虐的だっただろう。 悲観していた。自分の出生、素性、力に絶えず抱えていた罪悪感。エジンベアにナルセスバーク、ここまで打ちのめされたのに、こんなに強い瞳で笑えるとは 明らかに、異なる少年がそこに居た。 おぶった俺の背中を濡らした、過去の記憶がやたら遠く、懐かしく感じて苦笑を零した。運命に揉まれて強くなった戦友に、俺は口元を緩め吐息で笑う。 「そうか…。ジャルは、ラーだったのか……」 しみじみと、俺に続いたのは黒髪の戦士のひとり言。 仲間達は静かに動揺しているのが伝わってきた。 「………………」 「気にするな。しょせんジャルはジャルだ。何処まで行ってもジャルディーノだぞ」 これまでの愚行を頭の端に、馬鹿にして、そんな空気を払いのける。当人は驚いた後、にこりと嬉しそうに、いつもの笑顔を浮かべた故に……。 ジャルディーノには心配はなかった。 もう、あんな風に泣くこともあるまい。 不意に思い出した俺は、奴の過去台詞を引用して睨みを効かせる。 「そうだ、ナルセス。言っておきたい事があるんだが……」 「はい?何でしょう?」 「もう金輪際、古今東西、何があろうとも、メガンテなんか使うんじゃねーぞ」 「…………。どこかで聞いたよーな台詞ですね……」 奴自身、イシスでジャルディーノに禁止を訴えた台詞だった。あれだけ叫んでいたくせに、お前自身がやっちまってどうすんだよ。 そして、同じように自己犠牲に至ったワグナスを心中でムカつきながら、もう一人の要注意人物にも釘を刺しておく事にする。 「サリサ、お前も絶対やるなよ。命令だ」 猪突猛進、自分の安全は二の次娘に言い渡し、突然振られた当人は、目をパチクリして飛び上がる。 「……え……!???は、はい…っ!分かりました……!」 「 厄介なことに、アイザックの『自分大事』講義が始まってしまった。ナルセスは身を小さくして、前列で正座を強制されている。 「全く、ワグナスの奴も自分を犠牲にするし……。全くもって、けしくりからん。いいか皆!俺達は全員揃ってアリアハンに帰るんだぞ!誰一人欠けても駄目なんだ!もっと自分を大事にしよう!」 「そうですね」 手を合わせて、相槌をうつエルフ娘。 「仲間の犠牲の元に得た勝利なんて、悲しいだけじゃないか。全員で勝ち取ってこそ意味があるんだ。そうだろう!」 「そうですね」 パチパチと感嘆の拍手。 「う〜〜〜。……はい。そうします……」 平謝りのナルセス。汗をかいて小さくなるサリサ。ジャルはにっこり傍聴を決めていた。こういうのは長くなると分かっているので、俺はピシャリと席を立った。 「飯でも食うか」 「じゃあ…。回復は他の人に任せて、俺は攻撃に徹しますか」 「剣も巧くなったんですよね。攻撃魔法も覚えましたし……」 修行してきた剣技には期待するにしても、攻撃魔法には、いささか不安が残る元商人。自己犠牲呪文による後遺症か何なのか、ナルセスの魔法には時々暴発が見られるようになっていた。 回復呪文では起こらないらしいのだが……。 特に攻撃呪文でその兆候は現れる。 洞窟の交差道、隊列の中程を左手分かれ道から襲われた。素早く動くホロゴーストで、四体ほどの群れが飛び交い死の言葉を投げてくる。 悪寒に襲われるのを堪え、赤毛の僧侶が杖を振り上げマホトーンで迎え撃った。俺の草薙の剣はゴーストに致命傷を与えられず、次にナルセスが呪文を放つ。 「真空の刃よ 術者によって同じ魔法でも威力が違うが、それでもサリサに少し劣る程度の、真空の嵐が吹き乱れ、つんざく悲鳴を上げてゴーストがのたうち乱れ飛ぶ。 ナルセスが術を放って一息ついた瞬間に、まだ手の中でくすぶっていた魔力が暴れ、音を立てて破裂した。 バチィッ ナルセス本人と、傍にいた俺とジャルが大きな風の爪に引き裂かれ、数メートル吹っ飛び壁にめり込んだ。 危機に賢者が滑り込み、弱ったゴーストを杖や火球の呪文で薙ぎ落とす。壁から這い出し回復したが、一番面食らっているのはナルセスで、すぐさま土にへばり付いて謝罪した。 「巧くいったと思ったのに……!ホントすみませんですっ!!すみません、すみません!ホントにすみませんっ!」 謝罪を繰り返すナルセスと、気にしないでと念を押すジャルディーノとを交互に見ながら、賢者が腕を組んで呟いた。 「………。おそらく、根源が近いからなのでしょうね」 「根源?まさか……」 賢者のヒントにハッとしたのか、思い至ったジャルディーノは続く言葉を飲み込んだ。 「僧侶の魔法は信仰する神より注ぐ奇跡です。ナルセスさんはメガンテによって、ラーの力を直接その身に通しましたしね。そして、魔法に使用する神の力が、すぐ横から届くとすれば、コントロールが難しいのも頷けると言うものです」 「………………。なるほど……」 「つまり、通常以上に神の力が流れ込んでいるのですよ」 謎が解けて、納得の相槌を打ったナルセスは、隣で押し黙るジャルに気がつき慌てて笑う。 「大丈夫ですよ!すぐに慣れますから!ねっ!」 「………。そうですね、僕も気をつけます」 今までなら悲観的になっていただろうジャルも、素早く気持ちを切り替え前向きに考えるようにした様だ。それだけでも、喜ばしい変化と言える。 「理由が分かれば改善されるのではないでしょうか。ナルセスさん、頑張って下さい」 「ありがとう!シーヴァスちゃん〜!」 「ドエールさんはどうなんですか?」 「余り戦いの場に出ないですから……」 同じようにメガンテを受けたイシスの貴族は、今や仕官の方が忙しく、魔法を使う機会が余りないとジャルは話した。 前向きなナルセスと談笑していたシーヴァスが隊列に戻り、アイザックの進行でまたパーティは進み始めた。 一応ナルセスは攻撃呪文警戒中。 実戦以外のところで、経験を積んで欲しいもんである。 |
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洞窟の中で一回夜を越し、すでに二度目の夜を進む。 ガサササササササッ ガサササササササッ 「くそっ!待ちやがれっ!」 山脈を貫く洞窟は地下水脈にぶち当たり、人口の橋を越えつつ、鬱陶しい魔物との戦闘に明け暮れた。 宝石袋のような魔物に翻弄されながら、川に落ちては剣を振るった。素早いくせに魔法は効かず、剣で攻撃するしか手段がない。舌を出しては踊りを繰り返し、その度に魔法力が奪われ頭がぐらついた。 「 ジャルの呪文で素早さを上げ、アイコンタクトを駆使して、仲間と挟み撃つ。ナルセスはロングスピアで突きまわし、壁に追い込むと俺の剣が捕まえた。うるさい袋が静かになり、ようやく後方の獅子が討てる。 前パーティは橋の先、道を塞ぐ、地獄の騎士の大軍に足止めを喰らっていた。麻痺させる息を吐き、六本もある腕で戦士を斬り刻む骸骨の騎士。 麻痺を回復できるサリサを要にしながらアイザックが盾になり、味方の隙間を縫って、弓の攻撃が頭蓋を砕く。魔法使いのシーヴァスは主に支援の魔法で援護して、隙を見ては攻撃魔法を撃っていた。 川の上空に飛び交う獅子は、三匹まとめて火炎の魔法を放射する。 「うぎゃあああああっ!ひい〜っ死ぬ〜〜!」 橋の上、情けない悲鳴をあげてナルセスが転がった。濡れ鼠の俺は、いくらか軽減されたが全身の熱に膝をつく。 「バギクロス!」 「マヒャド!」 保護があるのか、さすがに立っている賢者とジャルが続けざまに魔法を撃ち、悲鳴すらなく獅子の魔物が墜ちてくる。翼も焼け焦げ、すでに息の根も止まっていた。 その頃、前方でも、いよいよ決着が着こうとしている。 「はああああああっ!!」 麻痺された仲間を回復するより、攻撃する方が早いと判断したか、残った骸骨二体に特攻をかけた僧侶娘の髪が揺れた。不死の魔物に絶大な効果を持つ破邪の剣。ゾンビキラーを手に十字を切るように叩き斬る。 骨は砕かれ、そこから更に浄化し、骨の灰さえ残さず消し去った。 「……すごいじゃないか、サリサ」 肩で息するサリサに残党が襲わないとも限らない。自分に回復呪文をかけ、麻痺する戦士達を飛び越えて横につく。 「はい……。でも、聖女様の真似なんですけどね」 聖女の必殺技「グランドクロス」を真似たと照れた。 追撃がないようで、魔物が近くに居ないのを確かめると回復し、見張りを立てて休息を取る。二回目の睡眠。二回目の夜 追々はすぐに眠りに落ちていった。 「………。………あれ。見て、月が見える」 土の上に横になり、荷物を枕にマントにくるまる浅い眠りの中、うっすらと見張りの会話に目が覚めた。 最初の見張り、アイザックとリュドラルが小さな声で会話していたのを聞きつけ、目が覚めたしまったらしい。 すぐに目を閉じるのだが、会話は頭に流れ込む。 魔法で薄く発光する洞窟の中、天井の割れ目に月が覗いているのを見つけた。月、といえばイメージするのは弓なのか、亡国の王子は無意識のうちに自分の弓を抱えて俯く。 「きっと、地表が近いんだね。もうじき出口だよ」 「そうだな。………。リュー?………。寒いのか?」 察し力皆無の男、その名はアイザック。親友の不安も読み込めず、全く的外れな事を聞いていた。リュドラルは恐れているんだろうに……。オーブが見つかるのは嬉しい。けれどそれは同時に、別れを意味するものだからだ。 そして例の女騎士が、無事かどうかも分からない。 「……寒いね。……ちょっと、怖いよ……」 「………………。そうだな」 膝を抱える友の様子に、ようやく察して、けれど気の効いたことを言えない戦士は、短く肯定だけを相槌していた。 仄かに射す月の姿は円に近く、おそらく明日辺りに満ちるだろう。 ほこらの中で彼女は月を見てるだろうか。そして自分を待っている……? 泣こうも喚こうと、おそらく明日には結果が出る。 いつの間にかまた眠りに落ち、二人に起こされて、俺は二番目の見張りについた。 |
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就寝中二回ほど襲撃に会い、幾分疲れも残っていたが、俺達は移動を開始した。休むなら、もうじき現れる地表での方がいい。 地下水脈の界隈を抜け、水音を後ろに洞窟を登りゆく。 疲労により、気がつけば、一行の口数はめっきり少なくなっていた。最初の頃の馬鹿騒ぎも記憶に遠く、誰の顔も焦燥の色に染まっている。 不意に、暗がりに射しこむ陽光 朝の光が、うっすらと岩壁の隙間から手を伸ばした。誰かが「出口だ」と口にした。やがて三角に抉られた出口が見え、全員が朝霧に包まれた高原へと飛び出した。 朝もやに煙る一面の草原。鼻につく朝の湿った匂い。 山脈をくり抜いた湖の中央には、暗雲を被った岩島が君臨していた。 大陸の中央、大きな湖に浮かぶ二つの島。西が故ネクロゴンドの王城、現バラモス城。東が『ギアガの大穴』。 数年間封印された「闇を噴出す穴」だが……。 噂では近年で拡がりつつあるらしい。 故に、世界の魔物が凶悪化を始めている。 噂に違わず、二つの島には黒いもやが覆い、恐ろしく不吉な気配が漂っていた。湖は深く、禍々しい魔物の蠢く毒の海。 「あそこだ。ほこらは………」 昔は綺麗な場所だったのだろう。湖を優しく眺めるように、小さなほこらが草原の先に待っていた。邪悪の鼻先に供えた一輪の花のように、ほこらは神聖さを放って鎮座している。 朝露に濡れ、苔むした石段を三段昇り、約束を果たすために遂に王子はやって来た。まるで人気(ひとけ)のないほこら。両扉は重く、内側から固く鍵で閉ざされている。 その鍵は、彼女たち兄妹が持って逃げた筈だった 「……ミレッタ、居るの?僕だよ!リュドラルだよ!」 冷たい扉を叩き、王子は騎士の名前を呼んだ。 |