月を見ていました。
あの方を想定させる、優しい、遠い輝きを。

あの方は、今は何処へ……。
温かい柔和な笑顔は、変わらずそこに在りますか?

交わした約束。届かない声。
私はずっと、ずっと……。


再会を胸に、      待っています









「満月」



 我が家の食卓に腰を落とすのは実に久しぶりの事だった。
 俺はいささか緊張し、母と居候の様子を窺う。

「丁度良かったわ。昼食の仕度をしていた所なの」
 心配される母の容態もすこぶる良く……。元気に台所を行ったり来たりして、手伝うジパング娘との談笑も明るい。

 反して黙する俺は、すでに入った時からこの家の空気の違いを感じ、チラチラ家の中を探っていた。
「………。少し前に、ニーズが来たって?」
 緊張の理由は、この家の正式な一人息子であるところの『ニーズ』。俺の片割れ。双子の兄のような存在であるニーズがこの家を訪ねたことに発端している。


 ランシール神殿で賢者の復活をはかる為、ジャルディーノが吟遊詩人シャルディナと一緒になって尽力していた。その間時間が余る俺達は傷の回復をはかったり、帰郷したりとさまざま自由に過ごす事に決めている。
 俺はリュドラルに「兄が帰った」との報告を受け、その原因がここにあると聞いて飛んで来た。数年戻らなかったニーズが戻った。それだけならまだしも、サイカの奴に励まされて戻る気になったと言うんだから………。
 一体全体コイツは何をしたって言うんだと    。ジト目で睨むと、当人は「そんなに見つめないで下さいませ〜!きゃっ!」と弾んでいた。

 どうしてこんな奴に心情を話した……。
 (BGM:呪いの音)

 

 母とサイカは顔を見合わせ、どう答えていいものか戸惑い、続く言葉を口の中で濁らせていた。どうせ黙秘を頼まれているんだろう。うんざりして俺は頬杖をつく。
「……いいよ。知ってるから。黙認しているようなもんだ。アイツも解ってる……。行方不明と聞いて心配していたんだ。アイツの話が聞きたい。一体何があったのか……」

 どうして俺に何も言ってくれないのか……。
 最後の疑問は頭の中だけに、いつまでもしぶとく消えない不満。

「そうですか。本当は内緒なのですけどね!」
 …おめぇ、ぜってー内緒にしないだろ?
 ワクワクと嬉しそうに俺の隣に腰掛けた、サイカに心中で毒を吐いた。話したくて話したくて堪らなかった、と言う顔だ。
「そうなのですよ!実は、兄上殿が来て下さったのですよ〜〜〜!私すぐに気づきまして、偉いですよね!さすが妻の鏡ですよね!そっくりな二人を見ても間違わないなんて、そんなに俺を愛してくれてるんだな、ありがとう…。だなんて〜!」
「言ってないから」

「本当にそっくりですよね……。並んだら私卒倒してしまいそうですよ♪更に『サイカちゃん可愛いね』なんて言って下さったりしたら〜!たらたらたら〜〜!♪」
「妄想はいいから早く話せ」
 イライラしながらテーブルを爪で叩いて急かした。両頬を押さえ、妄想に頭を振るサイカをギロリと睨みつける。母の手がゆっくりとパンを食卓に並べ始めた。

「アイツ、商人の町に現れたんだろ。そして、死神を庇った……。この辺はジャルから聞いたんだ。死神を愛してるって?アイツは騙されてるんだ。振られたと言っていたが……。もう、ワケ分かんねーよ。死神もアイツを愛してるとか言っていた。一体何が何だか……」
 イラ立ちにまくし立て、腹いせのようにパンを千切って口の中に放り込んだ。逆に何をそんなに怒っているのかと、悠長に母親はスープを並べ、サラダを出すと腰掛ける。

「騙されているのでしょうか……?私応援してしまいました」
「応援すんなよ。死神なんかと上手く行くわけないだろ。暫く一緒に暮らしていたから、情が移っただけだ。きっと利用されてるんだ」
「………………………」
 次々と死神を蹴落とす台詞を吐き出すと、呑気だったジパング娘の顔つきがじわじわと険しさを増してゆく。

「………。兄上殿は、真剣でしたよ。私応援します」
「おまえ………!何言ってんだ!」
 怒りに身体が持ち上がり、危うく本気で叩きかねない状況だった。けれど俺を映す紅い瞳の真摯さにギクリとして制止する。
「私は、兄上殿の気持ちを大事にしたいと思っています。二人の事など、お二人にしか分かりませんよ。ニーズ殿は【死神】としか見ていませんが、兄上殿は女性として見ているのです。どうして無下に反対されるのですか」

 何を言っているんだ。死神は『死神】に決まっているじゃないか。
 上目遣いに責められ、まるで俺に問題があるようで………。納得できずにわなわなと震えると、サイカは悲しそうに嘆息し、赤い瞳は静かに伏せる。

「だから兄上殿は悩んでいたのではないですか……。だから誰にも言えずに。だからニーズ殿にも相談できなかったのです」

「………………!」
 
 ………何だよ、それ………。



 野菜スープのいい匂いが空しく食卓を漂い、まだ始まらぬ食事に食材たちは寂しそうに息を潜めて待っていた。

 納得がいかないが、反論できずに小さくなって座り直した。
 できるわけないじゃないか。
 誰がアイツが破滅するのを笑って応援できるっていうんだ?

 『俺に相談できなかった』。反論できなかったんだ。
 サイカに諭され、     思い起こせば、《アイツが俺に悩み相談した事なんてない》という事実にの壁に辿り着く。
 弱みを見せる事を極端に嫌って、いつも自分の中で全部決めてしまっていたアイツが………。俺は自分が、相談に値しない存在だったのだと、今更ながらにその壁の高さに打ちのめされていた。


「兄上殿は、許して欲しかったのですよ。自分を責めてばかりいて、誰にも弱みを見せる事が出来なくて……」
「お前なら見せるって言うのかよ」
 それは反発。敗北感からくる嫉妬心。
「一体どんな手を使ったんだか……」
      偉そうに。
 怒りが増して他所を向きながら悪態をついた。すでにそれは八つ当たりだと解っていた。悔しかったんだ俺は……。
 全てにおいて避けられ、無視され、何も話してくれない事に。俺以外には会って話をすることに     


「………。あ、分かりました!」
 何が分かったのか、いきなり表情が輝きポンと手を打った。
「ニーズ殿、羨ましいのですね。うんうん、分かります、分かりますその気持ち。ほっぺスリスリしてあげますね。スリスリ〜♪間接スリスリ〜♪」
    はぁ!?まさかアイツにそんな事を……」
「はい!ほっぺスリスリ〜の、ぎゅうーの。いい子いい子、なでなでもして差し上げました」
 想像して青くなった。世界中探してもそんな事できる奴お前しかいねーよ。

「ニーズは、話すつもりはなかったのでしょう。サイカさんのペースに負けたのよ。あなたが劣っているのではないわ。サイカさんが強すぎたのよ」
 母がフォローしてくれるが、確かに、コイツが恐ろしいというのは合点がいく。コイツに凄んだ所で、このペースで崩されるんだ。
 俺だって何度も崩壊させられてきた……。

「あなただって、サイカさんには勝てないじゃない。そういう事よ。私だけだったら、きっと聞き出す事はできなかったわ」
「………………」

 褒められて(?)、横で最凶娘はニコニコと揺れている。

「あの子、オルテガの墓参りをしたのよ。私と一緒に……。オルテガを連れて来てくれると、約束してくれたわ」

「まさか!!!」
 
 信じられない。あり得ない事だった。アイツ自ら墓に行くなんて。花を供えるなんて。
 オルテガの生存よりも、アイツの墓参りの方に飛び上がる。

 横で最恐娘は両手ピースで踊っている。

「あなたと同じように、あの子もサイカさんによって変わっていくのよ。不思議な娘ね、サイカさんって」
「きゃ〜〜!そんな、神秘の美女だなんて〜!」
「言ってないから」

「すごいですよね〜♪たっくさん褒めても良いですよ〜♪」
「………………。〜〜〜〜〜〜〜」
 褒めて褒めてとすり寄り、にこにことしつこく褒美を要求された。こめかみがピクピク震えはしたが、仕方ない。確かにコイツの武勲なんだから………。
 
 背もたれにかけていた荷物を探り、小さな紙袋を取り出すと顔面に突きつけてやった。
「ほらよ」
「うぶっ!何ですか何ですか」
 包みを開けるのを横目に、顔を背けムスリとふくれた。
「ありがとな。全部お前のおかげだよ」
 半ば投げやりで。「あーあ」と腐りながら俺はパンをつまみ始める。

「きゃ〜〜!なんて可愛らしいおりぼん!それからこれは……、指輪!指輪ですよ!ゆゆゆゆゆ、ゆびわっ!ありがとうございますニーズ殿!」
 リュドラルから聞いた後、お礼を頼まれたのもあって、妹達に選んで貰った白いリボン、青い宝石の付いた指輪(ランシール流)。女二人がそれは和気あいあいと選んでくれたブツだった。

「白いレースですね!愛くるしい私にぴったりです!」
「俺が苦しいわ。くっつくなよ」
 首にしがみつくのを剥がしながらスープを啜る。
「指輪なんて……。……はぁ。ついに婚約ですね……」(うっとり)
「違うから。指入んないだろうに」
「じゃーん!入りました!左手の薬指!」
「なんで!          アイツら〜〜〜〜!!!」
 女二人の勝手な計らいに脳天まで沸騰して、弁解しながら指輪剥奪に二人で揉み合う。「返せよ!」「嫌ですよ〜!」と交戦していると、呆れて母が席を立った。

「まぁまぁ…。私はお邪魔ね。部屋で食べるわ」
「ちょっ!母さん!いいからっ!そこに居て」
「アツアツね……。ごゆっくり」
 茶化されて不本意にも茹で上がり、あっという間に母の姿が見えなくなった。一人いつまでも横の女は浮かれていて、このまま数時間は治まらないだろう。
「あー………。クソッ。勝手にしてくれ」
 黙々と昼飯をがっつく様は、もはや『やけ食い』に近かった。



「婚約指輪〜!嬉しいです。あ、でもそれならニーズ殿もしないとですね!私今度買いましょうか?あ、それとも一緒に買いに行きますか?きゃ〜!」

 横でうわ言を呟く女をふと振り返りながら、こんな風にアイツも絡まれたんだろうか?と思い至る。そうだよな………。コイツの妄想力には、アイツだって舌を巻くよなぁ………。

「アイツ、また来るって言ってた?」
 家の中に懐かしい匂いが溢れてる。それだけでも泣きたくなるのに。
「はい。来ると思いますよ」
 こんな風に、家族で談笑すること。アイツも入れて四人で、いつかそんな日が叶うだろうか………。俺もそこに居たいと願った。

 どうしようもなく寂しさの募った俺に気づいたのか、急にサイカは真顔になって肩を抱いた。どうして、こんなにバカに見えて、察しがいいんだろうかこの女は。
「大丈夫です。兄上殿もニーズ殿のこと大好きですから。『会えない』と口にした時、寂しそうでしたよ。すぐに会えますよ」

「そうならいいけど………」



 会いたいよ。アイツの話が聞きたい。
 この際死神との恋愛話でも構わないと渇望する。

 どんな風に死神と暮らしていたのか。
 俺とムオルで別れてから、何処でどんな風に過ごしてきた。
 ランシールで、地球のへそではどう思った……?
 町一つ秤にかけても、それでも死神を選ぶ程好きなのか。そうまでして追った死神に、拒否されてどれだけ傷心していたのか………。

「聞けるように、なっていないとな……」
 俺の脳裏にはムオルで再会した時の、穏やかで安定した笑顔が浮かぶ。きっと何も知らず、あの村で過ごした数年間が一番幸せな時期だった。

 そんな風に、ここで穏やかに暮らせること     ……




**




     ニーズさんっ!」
 叫ばれて我に返ると、視界がすでに下降してゆく寸前だった。うっかり回想にふけり、足元の注意を怠った。落下する俺の手を掴み引き戻す亡国の王子。そしてグラつく王子の身体を両手で掴み、力任せに戦士が引いた。
 勢いに乗ってそのまま後転し、戦士に乗り上げ山になる。

「いてててててっ……!大丈夫かみんな……」
 下敷きになったのは戦士アイザックで、上の王子と勇者がどけると痛みを訴えながら立ち上がった。足元が崩れ落ちかけた俺と、リュドラルとを引き上げて救ったのだからさすがというのか……。
「うん。大丈夫。ふぅ……。危なかったですねニーズさん。危うく落ちる所でした」
「助かった、リュドラル。と…、アイザック」
 ぼうっとしていたのは否めず、バツの悪さに口ごもる。

「嫌ですねぇ〜。きっと奥さんの事でも考えていたのでしょう。もう、ニーズさんったら♪」
 隊列の後方から聞こえよがしに賢者が茶化した。
「すでに落ちた奴に言われたくないんだが……。お前たちと一緒にするなよ」
 ノロケ話に夢中になって、最初に落盤で落ちたのは賢者と商人なのだった。


「聞いて下さいよ。チェスターさんったら、悔しそうにプルプル震えちゃいましてね〜。でもミュラーの選択に何も言えなくてですね。もう面白いったら無いんですよ」
「もう、ワグナスさんは〜。あんまり見せ付けちゃ可哀相ですよ。いちゃつくのは人の居ないところにしないと。………って、もう結構進んでるんですか?ボソボソボソ」

「ナルセスさんったら…、それは野暮と言うものですよ」(にこにこにこ)
「そんな〜。教えてくださいよぉー。いいなぁ、ミュラーさんナイスバディだもんなー」

「あっはっはっはっ♪って、ひゃー!」
「えっへっへっへっ♪って、おわー!」
 仲良く二人は下の階へと落下した。



「とにかく…、地殻変動によって地盤も緩んでますからね。皆さん気をつけて下さい。あまり強く壁を押しては駄目ですよ」
 赤毛の僧侶が注意するも、戦闘になれば壁に打ち付けられる事もある。そうして崩してきた岩壁も少なくはなかった。

 ここ、ネクロゴンド、高台のほこらへと続く唯一の道。山脈を昇る洞窟は、魔王バラモス出現の際に起こった地殻変動によって来る事が叶わなくなっていた。
 それをガイアの剣+一族の力によって火山噴火を引き起こし、無理やり地殻変動させてこじ開けた。大きな地震によって地盤や壁は不安定であり、時々足元や壁が崩れ地に飲まれる事態が起こる。一行は慎重に一歩一歩行軍している《ハズ》だった。

 洞窟の入り口は山脈の麓。目指すほこらは山脈の上部。洞窟は上へ上へと山を貫き、バラモス城の望める島を目前と控えた高地に出る。
     まぁ、目前に望めるだけで、湖によって阻まれてはいるのだが………。


 ほこらにはシルバーオーブを持って逃げた女騎士が居る筈だった。オーブが無事ならばこれで全てのオーブが揃う事になる。不死鳥ラーミアが甦り、バラモス城への空路が開く。

 仲間達は、賢者の灯す魔法の光(レミーラ)を頼りに隊列を決めて進んでいた。先頭は壁たるアイザック。この国の王子リュドラル。その後にシーヴァスとサリサの女二人。前方からの敵はほぼこの四人で片がつく。
 そこから俺、ジャル、ナルセスと続き、しんがりは賢者ワグナスと固めていた。後方の安全にも不安はなかった。


「ギャアアアアアアア」

 突然前方に魔物の咆哮が響き、戦闘が始まった事を告げていた。赤く、竜のようなごつい体をした亀の魔物で、炎を吐きいくつかの補助魔法も使う面倒な奴だ。数体で現れ炎を吐き、先頭のアイザックが喰らったが、ものともせずに駆け込んで行く。

「守備力を下げますね!」
 相手は反射の魔法も使うため、魔法をかけるなら迅速にしなければならなかった。シーヴァスは『星降る腕輪』の素早さを活かし、即座に亀の装甲を弱らす事に成功する。
「後ろにもいるよ!」
 エルフのように暗視に長ける、リュドラルが弓を引き絞り矢を撃った。先方、曲がり角に隠れていた亀が「ギャッ!」と転がり、光の矢によってその姿があらわとなる。隼の戦士の動きも早く、次の瞬間には頭上で剣を振り上げていた。
「おらああああああっ!」
 二回攻撃で切り刻む。さすがにこの辺の魔物は強く、反撃して鋭い牙を突き立てた。何度も斬りつけ、後ろではサリサも別の魔物に対抗してゾンビキラーでしのぎを削る。

「魔法が行くよ!伏せて」
 リュドラルの声に直接戦闘の二人は身を屈め、頭上を飛び越え火炎が魔物に炸裂した。熱に手を翳し、視界を掠め奔る光の矢。
 後方からの弓と火炎。エルフの魔法使いが杖を下ろすと、魔物達はすでに動かなくなっていた。


「大丈夫〜?回復するよ〜」
 いそいそと(出番が来て)嬉しそうに僧侶姿のナルセスが駆けていく。サリサ、アイザックと回復し、誇らしそうに胸を張った。
「いやぁ〜。役に立てるっていいなぁ〜」

「あんまり魔法力を無駄にするなよ」
 誰かが怪我する度に我先にと飛んで行くナルセスだったが、ジャルやワグナスほど許容量が高い訳じゃないだろうに。
 ここぞという時に残しておいて欲しいと言うのが本心だった。おそらく奴は、久しぶりの一緒の旅で浮かれているんだろう。そして自分の修行の成果を出せて嬉しいんだ。
 イシスで別れてから数ヶ月、ダーマ神殿での転職の成果は発揮されている。


 そんなナルセスが、
 まさか『自己犠牲の呪文』まで覚えているとは思わなかったが………。




      商人の町を襲った悲劇。

 厄介な『赤毛の僧侶』を石化させるため、奴らは町ひとつを媒介にと持ってきた。
 巨大な呪いを隠蔽せし「鍵」は親しき友人達であり、怪しい占い師の潔白は、商人ナルセスと親友ドエールが守ってしまったも同じ事    
 賢者や聖女達から魔物の匂いを、呪いの波動を隠していたのは親友二人だったんだ。
 
 事実に驚愕し、石化から友を救うため、二人は自己犠牲の呪文を唱え砕け散った。まさか、まさかの衝撃の展開    
 
 夢神が『時の砂』を持って現れなければ、二人は戻らず、町の人々も全滅していた。そしてラーの化身の石像が完成していたことだろう。



「ナルセスさんは商人の時だって、とても戦力になっていましたよ」
 俺に注意されてブーイングしている、ナルセスにフォローを入れる赤毛の僧侶が、その正体を語ったことも衝撃的だった。



「地上の人々を救うために、地上に降りたラーの意識、それが『僕』。この母の形見のペンダント、赤い石は『太陽の石』の欠片でした。僕は太陽神ラーだったんです。ようやく、僕は思い出すことが出来ました」

 随分と、以外な程に饒舌に、
 かつ穏やかに微笑みながら告白したジャルディーノは、そこに以前の気弱で、臆病だった少年の面影は微塵も残してはいなかった。

 もちろん人外魔境とは思っていたさ。ただの人間だったって言う方が嘘くさいが、まさか本当に《地上に降りたラー》だったとは………。


「僕は……、自分の力をずっと……。ニーズさんがサマンオサで言ったように、自分の力を誇りに思いたいと願っていたんです。自分を知って、僕はようやく辿り着くことができました。僕は、この地上に立ったことを誇りに思っています」

 これまで、自分を語る時、確かにジャルディーノは自虐的だっただろう。
 悲観していた。自分の出生、素性、力に絶えず抱えていた罪悪感。エジンベアにナルセスバーク、ここまで打ちのめされたのに、こんなに強い瞳で笑えるとは      

 明らかに異なる少年がそこに居た。


「………。随分強くなったじゃないか……」

 おぶった俺の背中を濡らした、過去の記憶がやたら遠く、懐かしく感じて苦笑を零した。運命に揉まれて強くなった戦友に、俺は口元を緩め吐息で笑う。

「そうか……。ジャルは、ラーだったのか……」
 しみじみと、俺に続いたのは黒髪の戦士のひとり言。
 仲間達は静かに動揺しているのが伝わってきた。
「………………」
      そういった壁や、畏怖や敬服、祀り上げられる事も決して望んでいないだろう。
「気にするな。しょせんジャルはジャルだ。何処まで行ってもジャルディーノだぞ」
 これまでの愚考を頭の端に、馬鹿にしてそんな空気を払いのける。当人は驚いた後、にこりと嬉しそうにいつもの笑顔を浮かべた故に………。

 ジャルディーノには心配はなかった。
 もう、あんな風に泣くこともあるまい。


 不意に思い出した俺は、奴の過去台詞を引用して睨みを効かせる。
「そうだ、ナルセス。言っておきたい事があるんだが……」
「はい?何でしょう?」
「もう金輪際、古今東西、何があろうとも、メガンテなんか使うんじゃねーぞ」
「……………。どこかで聞いたよーな台詞ですね……」
 奴自身、イシスでジャルディーノに禁止を訴えた台詞だった。あれだけ叫んでいたくせに、お前自身がやっちまってどうすんだよ。

 そして、同じように自己犠牲に至ったワグナスを心中でムカつきながら、もう一人の要注意人物にも釘を刺しておく事にする。
「サリサ、お前も絶対やるなよ。命令だ」
 猪突猛進、自分の安全は二の次娘に言い渡し、突然振られた当人は目をパチクリして飛び上がる。
「……え………!???は、はい…っ!分かりました……!」


    !……そうだぞ!もっとみんな自分を大事にしろよ!」
 厄介なことに、アイザックの『自分大事』講義が始まってしまった。ナルセスは身を小さくして前列で正座を強制されている。

「全く、ワグナスの奴も自分を犠牲にするし……。全くもってけしくりからん。いいか皆!俺達は全員揃ってアリアハンに帰るんだぞ!誰一人欠けても駄目なんだ!もっと自分を大事にしよう!」
「そうですね」
 手を合わせて相槌をうつエルフ娘。
「仲間の犠牲の元に得た勝利なんて、悲しいだけじゃないか。全員で勝ち取ってこそ意味があるんだ。そうだろう!」
「そうですね。」
 パチパチと感嘆の拍手。

「う〜〜〜。………はい。そうします……」
 平謝りのナルセス。汗をかいて小さくなるサリサ。ジャルはにっこり傍聴を決めていた。こういうのは長くなると分かっているので、俺はピシャリと席を立った。
「飯でも食うか」




「じゃあ…。回復は他の人に任せて、俺は攻撃に徹しますか」
「剣も巧くなったんですよね。攻撃魔法も覚えましたし……」
 修行してきた剣技には期待するにしても、攻撃魔法にはいささか不安が残る元商人。自己犠牲呪文による後遺症か何なのか、ナルセスの魔法には時々暴発が見られるようになっていた。
 回復呪文では起こらないらしいのだが……。
 特に攻撃呪文でその兆候は現れる。


 洞窟の交差道、隊列の中程を左手分かれ道から襲われた。素早く動くホロゴーストで、四体ほどの群れが飛び交い死の言葉を投げてくる。

 悪寒に襲われるのを堪え、赤毛の僧侶が杖を振り上げマホトーンで迎え撃った。俺の草薙の剣はゴーストに致命傷を与えられず、次にナルセスが呪文を放つ。
「真空の刃よ    !バギマ!」
 術者によって同じ魔法でも威力が違うが、それでもサリサに少し劣る程度の真空の嵐が吹き乱れ、つんざく悲鳴を上げてゴーストがのたうち乱れ飛ぶ。

 ナルセスが術を放って一息ついた瞬間に、まだ手の中でくすぶっていた魔力が暴れ、音を立てて破裂した。

 バチィッ         !!


 ナルセス本人と、傍にいた俺とジャルが大きな風の爪に引き裂かれ、数メートル吹っ飛び壁にめり込んだ。
 危機に賢者が滑り込み、弱ったゴーストを杖や火球の呪文で薙ぎ落とす。壁から這い出し回復したが、一番面食らっているのはナルセスで、すぐさま土にへばり付いて謝罪した。

「巧くいったと思ったのに……!ホントすみませんですっ!!すみません、すみません!ホントにすみませんっ!」
 謝罪を繰り返すナルセスと、気にしないでと念を押すジャルディーノとを交互に見ながら、賢者が腕を組んで呟いた。

「………。おそらく、根源が近いからなのでしょうね」
「根源?まさか……」
 賢者のヒントにハッとしたのか、思い至ったジャルディーノは続く言葉を飲み込んだ。


「僧侶の魔法は信仰する神より注ぐ奇跡です。ナルセスさんはメガンテによってラーの力を直接その身に通しましたしね。そして、魔法に使用する神の力が、すぐ横から届くとすれば、コントロールが難しいのも頷けると言うものです」

「………………。なるほど……」
「つまり、通常以上に神の力が流れ込んでいるのですよ」
 謎が解けて、納得の相槌を打ったナルセスは、隣で押し黙るジャルに気がつき慌てて笑う。
「大丈夫ですよ!すぐに慣れますから!ねっ!」
「………。そうですね、僕も気をつけます」
 今までなら悲観的になっていただろうジャルも、素早く気持ちを切り替え前向きに考えるようにした様だ。それだけでも、喜ばしい変化と言える。

「理由が分かれば改善されるのではないでしょうか。ナルセスさん、頑張って下さい」
「ありがとう!シーヴァスちゃん〜!」
「ドエールさんはどうなんですか?」
「余り戦いの場に出ないですから……」
 同じようにメガンテを受けたイシスの貴族は、今や仕官の方が忙しく、魔法を使う機会が余りないとジャルは話した。
 前向きなナルセスと談笑していたシーヴァスが隊列に戻り、アイザックの進行でまたパーティは進み始めた。
 一応ナルセスは攻撃呪文警戒中。
 実戦以外のところで経験を積んで欲しいもんである。



**


 
 洞窟の中で一回夜を越し、すでに二度目の夜を進む。

 ガサササササササッ ガサササササササッ
「くそっ!待ちやがれっ!」

 山脈を貫く洞窟は地下水脈にぶち当たり、人口の橋を越えつつ鬱陶しい魔物との戦闘に明け暮れた。
 宝石袋のような魔物に翻弄されながら、川に落ちては剣を振るった。素早いくせに魔法は効かず、剣で攻撃するしか手段がない。舌を出しては踊りを繰り返し、その度に魔法力が奪われ頭がぐらついた。

     ピオリム!挟み込みますよ!」
 ジャルの呪文で素早さを上げ、アイコンタクトを駆使して仲間と挟み撃つ。ナルセスはロングスピアで突きまわし、壁に追い込むと俺の剣が捕まえた。うるさい袋が静かになり、ようやく後方の獅子が討てる。

 前パーティは橋の先、道を塞ぐ地獄の騎士の大軍に足止めを喰らっていた。麻痺させる息を吐き、六本もある腕で戦士を斬り刻む骸骨の騎士。
 麻痺を回復できるサリサを要にしながらアイザックが盾になり、味方の隙間を縫って弓の攻撃が頭蓋を砕く。魔法使いのシーヴァスは主に支援の魔法で援護して、隙を見ては攻撃魔法を撃っていた。

 川の上空に飛び交う獅子は、三匹まとめて火炎の魔法を放射する。
「うぎゃあああああっ!ひい〜っ死ぬ〜〜!」
 橋の上、情けない悲鳴をあげてナルセスが転がった。濡れ鼠の俺はいくらか軽減されたが全身の熱に膝をつく。
「バギクロス!」
「マヒャド!」
 保護があるのか、さすがに立っている賢者とジャルが続けざまに魔法を撃ち、悲鳴すらなく獅子の魔物が墜ちてくる。翼も焼け焦げすでに息の根も止まっていた。


 その頃前方でも、いよいよ決着が着こうとしている。


「はああああああっ!!」
 
麻痺された仲間を回復するより攻撃する方が早いと判断したか、残った骸骨二体に特攻をかけた僧侶娘の髪が揺れた。不死の魔物に絶大な効果を持つ破邪の剣。ゾンビキラーを手に十字を切るように叩き斬る。
 骨は砕かれ、そこから更に浄化し、骨の灰さえ残さず消し去った。

「……すごいじゃないか、サリサ」
 肩で息するサリサに残党が襲わないとも限らない。自分に回復呪文をかけ、麻痺する戦士達を飛び越えて横につく。
「はい……。でも、聖女様の真似なんですけどね」
 聖女の必殺技「グランドクロス」を真似たと照れた。

 追撃がないようで、魔物が近くに居ないのを確かめると回復し、見張りを立てて休息を取る。二回目の睡眠。二回目の夜       
 追々はすぐに眠りに落ちていった。




「………。………あれ。見て、月が見える」




 土の上に横になり、荷物を枕にマントにくるまる浅い眠りの中、うっすらと見張りの会話に目が覚めた。
 最初の見張り、アイザックとリュドラルが小さな声で会話していたのを聞きつけ、目が覚めたてしまったらしい。
 すぐに目を閉じるのだが、会話は頭に流れ込む。

 魔法で薄く発光する洞窟の中、天井の割れ目に月が覗いているのを見つけた。月、といえばイメージするのは弓なのか、亡国の王子は無意識のうちに自分の弓を抱えて俯く。

「きっと、地表が近いんだね。もうじき出口だよ」
「そうだな。………。リュー?………。寒いのか?」

 察し力皆無の男、その名はアイザック。親友の不安も読み込めず、全く的外れな事を聞いていた。リュドラルは恐れているんだろうに……。オーブが見つかるのは嬉しい。けれどそれは同時に別れを意味するものだから。
 そして例の女騎士が無事かどうかも分からない。

「……寒いね。……ちょっと、怖いよ……」
「………………。そうだな」
 膝を抱える友の様子にようやく察して、けれど気の効いたことを言えない戦士は、短く肯定だけを相槌していた。
 仄かに射す月の姿は円に近く、おそらく明日辺りに満ちるだろう。
 ほこらの中で彼女は月を見てるだろうか。そして自分を待っている……?
 
 泣こうも喚こうと、おそらく明日には結果が出る。

 いつの間にかまた眠りに落ち、二人に起こされて俺は二番目の見張りについた。



**



 就寝中二回ほど襲撃に会い、幾分疲れも残っていたが俺達は移動を開始した。休むなら、もうじき現れる地表での方がいい。
 地下水脈の界隈を抜け、水音を後ろに洞窟を登りゆく。
 疲労により気がつけば、一行の口数はめっきり少なくなっていた。最初の頃の馬鹿騒ぎも記憶に遠く、誰の顔にも焦燥の色に染まっている。


 不意に、暗がりに射しこむ陽光     

 朝の光がうっすらと岩壁の隙間から手を伸ばした。誰かが「出口だ」と口にした。やがて三角に抉られた出口が見え、全員が朝霧に包まれた高原へと飛び出した。

 朝もやに煙る一面の草原。鼻につく朝の湿った匂い。
 山脈をくり抜いた湖の中央には暗雲を被った岩島が君臨していた。

 大陸の中央、大きな湖に浮かぶ二つの島。西が故ネクロゴンドの王城、現バラモス城。東が『ギアガの大穴』。
 数百年間封印された「闇を噴出す穴」だが………。
 噂ではここ十数年で拡がりつつあるらしい。
 故に、世界の魔物が凶悪化を始めている。

 噂に違わず、二つの島には黒いもやが覆い、恐ろしく不吉な気配が漂っていた。湖は深く、禍々しい魔物の蠢く毒の海。


「あそこだ。ほこらは………」
 昔は綺麗な場所だったのだろう。湖を優しく眺めるように小さなほこらが草原の先に待っていた。邪悪の鼻先に供えた一輪の花のように、ほこらは神聖さを放って鎮座している。

 朝露に濡れ、苔むした石段を三段昇り、約束を果たすために遂に王子はやって来た。まるで人気(ひとけ)のないほこら。両扉は重く、内側から固く鍵で閉ざされている。
 その鍵は、彼女たち兄妹が持って逃げた筈だった     

「………ミレッタ、居るの?僕だよ!リュドラルだよ!」
 冷たい扉を叩き、王子は騎士の名前を呼んだ。






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