ネクロゴンド編第一話です。商人の町編後お読み下さい。

「さようなら。ニーズさん………」
一体何度告げられれば振り切れるのだろう。


「僕は、勇者になるんだ。光の玉は誰にも渡さない」
そう口では強がったものの、
僕には、もう行く場所が残されていなかった……。



「供え花」


 銀の死神に「死の宣告」のような別れを言い残され、残された僕の行方は冷たい雨の中で途絶え、誰にも分からなくなった。
 拠点にしていたランシールにも戻らず、何の便りも出さずに、どれ程仲間達は怒っていることだろう。それとも、もう呆れてしまっただろうか……。

 行き場を求め、足は野山を彷徨った。
 この世界、何処の国に行こうとも、もはや『勇者ニーズ』の名前、顔は知られていることだろう。そう思うと気が滅入る。その名声が指す者が僕自身ではないとしても……。



 商人の町から西に流れ、未開のスー地方に留まり、幸運にも小さな集落の民は『勇者ニーズ』の名を知らず、そこで暫く一人で過ごした。

 占い師に憑した死神フラウスの言葉。
 商人の町での自分の口上。ジャルディーノ君にした愚かな願い。
 あげく説得も叶わず、最終宣告は下され、独り、『進む道』を失った。



 僕は、勇者失格だ     


==

「………………」
 扉の前で、長い、長い沈黙が続いていた。月の無い夜、誰一人出歩かない時間帯を選んで懐かしい扉の前に立ちすくむ。
 
 『あの日』以来、この家の敷地を踏まないまま    
 もう三年もの年月が過ぎてしまった。十九歳の誕生日に偶然母に町で出遭った。その日からも音沙汰は無い…。

 今更     一体どんな顔で戻れると言うんだろうか……。
 家を前にして葛藤が巡り、声を出すことも、戸を叩くことも、動き事もできやしない。偶然中から人が出てくるような時間帯でもなく。全ては僕が決める事……。


「ニーズ殿…、ですか?」
 シンと静まり返った夜の町に、突然響いた高い声。思わず飛び上がり、目を見開いて顎を上げる。
        !」
 いつの間に開けたのか、自宅の玄関がうっすらと開き、女の子が目を擦って不審な旅人を見上げていた。
 僕は目深にフードを被っていたし、一目では誰だか判らない。彼女に覗き込まれて固まっていると、大きな瞳は不思議そうに数回瞬き、「?」と首は傾いた。

「随分遅くのお帰りなのですね。…どうされたのですか?上がらないのでしょうか?」
「………。あ…。うん。ただいま……」
 思いもかけず促されて、僕の足は数年ぶりに自宅の敷居を越えていく。
 家に身を置けば胸に懐かしさが溢れ…、ふっと安堵の笑みが口元に広がった。
 けれど確かに『変わっている』。それはきっと、「彼女」がこの家にもたらしている物なんだろう……。


 厚い外套を脱いで食卓の椅子にかけ、暫しの間呆然と途方に暮れていた。
 余りに長い時間が過ぎて、この家は変わってしまったのだから。母さんも変わった。ニーズも変わった。僕だけが独り、取り残された感が拭えない。

     ふと、そんな僕を彼女が深刻げに見つめていたのに気がついた。
 異国の服装(寝巻きかな?)の彼女は明らかに様子の違う恋人の帰還に戸惑っているようで、自室に戻ることもせず、神妙に僕の動向を窺っている。

「…ごめん。疲れてるから、一人にしてくれる?……。母さんは…?」
 悪いけど、彼女と関わり合う気はなかったので、やんわりと退室を願う。『ニーズ』と違うと勘ぐられるのも面倒だった。
「お部屋でご就寝です。実は今しがた寝付いた所でして…。今日はちょっと、具合が悪かったのです…」
「…そう………」
「あっ。でも大丈夫ですよ!きちんとお薬を貰って来ましたから。どうぞ良い妻と褒め称えて、熱い抱擁して下さいなのです」
「………。ありがとう」
 多分弟は「そんな事はしないだろう」と踏んで、軽く微笑んで受け流した。

 その後の反応は見ず、彼女を避けるためにも僕の足は母の自室へと進んで行く。



「母さん………」
 部屋は静かに、母親の寝息だけが同じリズムで流れている。
 久しぶりに眺める母の顔は、月日の流れを感じさせ、幾分しわが増えたように思った。僕の身代わりを生み出す為に払った代償     病魔は確実に母の命を削っているように見える。丸椅子に腰掛け零れ落ちたため息。それは自分への「嘆息」だったろうか……。

「何をしてるんだ。僕は……。ごめん、ごめん母さん………」

 父を踏み倒すと、魔王を蹴散らすと、殊勝な誓いに燃えていたあの頃。
 僕には怖いものは何もなくて。いいや、怖いものなんて何も無いと虚勢を張って生きてきた。僕は己がどんなに『弱い』のかを知った……。


 穏やかに寝息を立てる母の手を握り、壊れそうな僕は掠れた声で呟いた。

「………。母さん、オルテガが生きてるって………」
 憎しみ、恨み続けた父親が何処かで生きている。母の手に祈るようにすがり、頭を振って思いは吐き零れた。
「どうする………。どうしたらいい………?」

「僕は一体、どうすれば………!」


==


      ギシ。ギシ……。

 ひとしきり母の手にすがった後、せっかくなので懐かしい自分の部屋へと階段を昇った。この家も大概古くなって、階段も踏みしめる度に軋んだ音を立ててゆく。数年ぶりに帰った自分の部屋は模様替え等の変更はなく、綺麗に整理整頓されていた。
 
「……。ニーズらしいな…」
 極力自分の物は入れないように配慮されている。相変わらず遠慮深いというのか…。水臭いと言うのか。思わずくすりと笑ってベットに座った。
 夜更けの暗室、窓の薄明かりだけに照らされて、虚空を見つめる瞳は苦渋の記憶に細められてゆく。


    コンコン。
「ニーズ殿?起きてますか?」
「………………」

 招かない客がやって来た。
 ……まぁ、執着質な彼女の性格は一応知っているので、彼女も恋人と戯れたいんだろうと察するが……。でも生憎僕は当人じゃない。寝たふりをしてやり過ごそうかと黙っていると、予想外な言葉がドアの向こうから響いて来た    


「ニーズ殿の『兄上』なのでしょう……。違いますか?」


「………………」
 僕の存在を知っている。
 驚愕に息を呑んで、ドアを見つめた。

 彼女にはそこまで話しているんだと、二人の絆に面食らう。いつもケンカばかりしてる風に見えたけど、信頼し合っているんだなと……、正直羨ましいと舌を巻いた。

「僕が来たこと、誰にも言わないでくれる?弟にも」
 敬意を払って、そっとドアを開けてお願いする。
「………。はい…。では、そうします……」
 彼女は少し考えた後、素直に頷いてくれた。彼女の手には小さな土鍋の乗った盆がある。
「あの、お夜食を作ったのですがいかがですか?食べればイチコロ、活力精力みなぎる事間違いなしのスッポン雑炊なのですが……」

「いや、お腹空いてないから、いいよ」
「そうですか?えーっと、ではマッサージはいかがでしょう?コリをほぐしてたっぷり安眠できますよ。足裏、腰から背中まで、首、肩までも面倒見ますが」
「……。いいから。もう遅いからサイカちゃんも寝た方がいいよ。おやすみ」

 ドアを閉めようとすると、ますます彼女の売り込みは激しくなる。
「あのぅ!兄上殿だけに特別に!歌!歌です!おやすみの子守唄なんていかがでしょう?私の、えあ琴付きですよ!」
「いや、だからね、サイカちゃん……」
「はっ!そうです!良く眠れるように温かいお飲み物でも…!ほっとみるく、梅こぶ茶ブレンドなどお持ち致しましょうか?」
「………………」

「気持ちは嬉しいけど……。一人になりたいんだ。遠慮して?」
「………………」
 熱烈な売り込みに苦笑して、でも僕は頑なに彼女を遠ざける。テンションの急激に下がった彼女は、瞳を潤ませて唇を噛んでいた。

「どうして。どうしてですか?どうして御二人共一人になりたがるのですか…?兄上殿は落ち込んでおられます。人の助けを必要としているのです!鍵閉めても駄目ですよ!私合鍵持ってますから!!」
「………………」
 困ったな。どうしたらいいんだろう……。
 冷たく突き放した所で、泣くのか、鍵をかけて押しかけて来るのか……。



「………。サイカちゃんといると、暗くなってる暇もないね」
 散々考えた後諦めて、折れた僕は何度目かの苦笑に長く吐息する。
「そうです。貴方の素敵な笑顔にときめきドキュンなのです。笑って欲しいです」
 話が噛みあってないし……。
「弟が、どうして君と付き合ってるのか分かった気がするよ……」
「まぁ、そんな……!私が可愛くて器量良しだなんて嬉しいです!兄上にも公認ということですね!」
「じゃあ、温かい飲み物でも貰おうかな。何もブレンドしなくていいからね」
 少し、彼女との付き合い方が分かった気がする。



 一階の台所に降り、ホットミルクの入ったマグカップを二つ手にして、彼女は部屋に戻って来た。
 雑談でもしようと思って招き入れる。…まぁ、弟の時にいつでも入室自由なんだろうけど、自分にとってこの部屋に女の子がいるのは珍しい事だった。

「本当に何も入れなくて良いですか?砂糖にはちみつに、こぶ茶に粉ちぃずに色々ございますけれど」
「うん。何も入れなくていい」
 仏頂面で答えてマグカップを受け取った。勝手に余計な物を入れられないうちに。

 部屋に客をもてなすテーブルはないので、カップを手に床に腰を下ろし、彼女にはクッションを差し出した。ジパング人の風潮なのか、きちんと彼女は正座して、マグカップも湯飲みのように手に乗せて飲んでいる。
「兄上殿は……。どうして旅をされているのですか?家族に行方も知らせず…。勇者として戦っているのですか?ニーズ殿と同じように……?」
「………………」
「兄上殿の事、心配されてますよニーズ殿は。とても大切に思っているのです。まだ帰って来る事は出来ないのでしょうか……。ここに来られた事は内緒にしますけれども……」

         
 どう答えていいか分からなくて。ただただ僕の口は飲み物を啜るばかりだった。


「………。お父上の事と、関係があるのでしょうか……」
         
 彼女は信じられない勢いで、僕の心の地雷という地雷を踏みまくるようだ。こんな相手は今までいなかった。目を見開いて驚く僕を物ともせず、彼女は平然と笑うのだから果てしない。

「お父上、生きておられたのですね。良かったです…」
「………。聞いて、たの」
 目を細め、盗み聞きされたことに不快を示す。
「私、実は分かっていたんです。始め見た時から……、貴方が「兄上」であることは。ニーズ殿が決して外さない、カフスをしていませんでしたから」
「………………」
 僕との「違い」をつけるために、弟が身につけている銀のカフス。誕生日に僕が贈ったプレゼントの事を知っていた。思ったよりも彼女は鋭い。侮れない。

「何か困った事でもあったのですか。お父上が生きていた事は嬉しくないのでしょうか…?お母上も、オルテガ殿の話題は避けていますし……」
「あんまり、聞いてほしくないね………」
 半ばふくれた様にして僕の口元は膠着し、彼女に話せる訳もなく、僕は拒否を主張している。触れて欲しくなくて、毎度のように壁を作る。


 気まずい沈黙が漂い。時計の針の音ばかりがうるさく響く。

 カチリ。カチリ………。



     帰れない。それは賢者との約束だった。
 賢者に言われたことも破ってここに来て    

 ………おかしいな………。

 ずっと会いたくて仕方なかった筈なのに、
 今となっては、会いたくない気持ちの方が強くなっているなんて。
 会いたくないんだ。会えないんだ。成功ばかりしているニーズに会えば、自分の無能さを思い知るから。だって、彼の方が『真に』勇者になっているじゃないか………。


「ニーズ殿は、ランシールで兄上に会えて、とても嬉しかったと話していました。それを話す時のニーズ殿がとても幸せそうでしたので、私も嬉しくなったのですが……。そんな兄上殿が酷く辛そうに現れて……。私は気になって仕方がないのです。私の兄上になる方なのですから」
 そんな事言われても……。僕にとっては「ニーズの彼女」としか面識のない他人。


 あの時のニーズは涙を落としながら僕に謝り続けていた。

「お前と…、同じように、『勇者』になってもいいかな…」
「お前と、…『対等な者』に…、なりたい…」




 馬鹿だね。もう対等どころか、遠く追い抜いてしまっているのに。僕は『勇者』どころか人としても最低な事をした。
 ニーズは「生まれてきて良かった」と笑った。見たこともないような笑顔で……。

「僕は、弟に会えないよ。会えない…。最低なんだ、僕は。勇者としても、人としても…」
「何を言ってるのですか!兄上殿は最高人種!ちょっと影ある瞳がそそってますよ!私たいぷです!」
 僕の重苦しい独白    だったのにいきなり始まる彼女の暴走。

「…って同じ顔ですから当たり前なのですけれども!二人並んだら最高素敵勇者ゆにっと完成です!私絶対ふぁんくらぶ入りますよ!」
「……えっと……」
 困っていると、思い切りぐぐいと彼女の顔が覗き込んでくる。

「………。もしかして兄上殿、照れてますか?」
「だからね、サイカちゃん……」
「いやあああああんっ!兄上殿ったらかーわいーい〜〜♪ほっぺスリスリですぅ〜!」
「や、やめ……」
「いい子いい子。なでなでして差し上げますね。可愛い妹の愛の抱擁フォーユーです!元気出して下さい兄上殿。ぎゅーー!」

 猛烈スキンシップに湯気が立って、ものすごく恥ずかしくて。
 怒るでもなく、しまいには涙を滲ませて笑っていた。

「やめてって。離れてってば。ニーズが見たら怒るよ」
「怒りませんよ。きっと混じって兄上殿愛撫に加わるに決まってるのです」
「……もう。参るよ。誰もそんなこと言わないよ…」
 目じりを拭きながら、でも、何故か拭いても拭いても目元は乾いてはくれなかった。

「兄上殿…。何があったか知りませんが、あまり自分を追い詰めないで下さいませ。私、兄上殿の味方です!」
「……。僕が、敵の魔物を愛していても?」
 さらりと口にした。こんな事話してしまったのは、彼女の魔法なんだろう。

「な、なななな、なんですとーーーー!!!」

「敵!勇者の敵の魔物と言えばアレですね!魔王バラモス!兄上殿と魔王バラモスの許されない恋!きゃあ萌えますーーー!!」

 ぽかっ。
 初めて女の子を叩いた気がする。



「……はっ。そうなのですか。人型の魔物がいるのですね。それは失礼致しました。でもでも素敵☆恋浪漫ですね……。大丈夫です兄上殿!私応援します!」
「いや、もう…。振られてるんだ何度も。両想いなんだけど」
「きゃ〜!ますます切ない展開っ!そうですね、とても大きな障害です。でもでも、大丈夫ですよ!愛は世界を救います!押して駄目なら引いてみろ!嫌よ嫌よも好きのうち。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。兄上殿の恋が叶うように毎日毎日お祈りします!」
「………。う、うん…。どうも……」
 圧倒されて生返事。彼女は僕の両手を取って奇妙なお経で祈祷を始める。多分効果ないと思うけど。

「色即是空、色即是空。ポーツマスポーツマス。はっぴーはっぴー☆はっぴっぴー。赤信号、皆で渡れば怖くない。恋愛成就、安産祈願。仏の顔も三度まで…。    はい!これで絶対おっけいばっちぐーですよ!」

「そうかな」
 絶対効果ないと思う。まぁ、気持ちだけ貰っておこう。

「………。ありがとう」
 礼を言うと、暫く彼女はブルブル震えて、飛び上がるとジタバタ暴れた。
「あ、兄上殿………!きゅーーーーとです!はにかみ笑顔が素敵です!そんな顔されたら私どきどきです〜!「ありがとう」だなんてー!」
「もう僕、寝ていいかな」

「駄目ですっ!問題解決は計画的に!」
 ベットに逃げようと背中を向けた。襟首を掴まれ彼女の網に引き戻される。まるで蜘蛛の巣、もしくは蟻地獄のような抜けられない彼女の罠。
「ちゃんと解決しませんと…。どうして最低なのですか?勇者としても、人としても。何かあらぬ罪でも犯してしまったのですか…?死神を愛してると言うだけですか?」
「………………」
「言わないとほっぺにチュウチュウ攻撃ですよ」
 脅しに負けて、僕は口を割る。この際この豪胆(ある意味)な彼女がどんな反応をするのか見たくもあったしね……。
 なんか弱いな。僕はこの子に一生勝てる気がしないよ。




      。まぁ……。兄上殿は、とても真面目な方なのですね…」
 ナルセスバークでの経緯を簡単に説明した後、彼女は妙に感心したように呟いた。
「確かに、人として許される事ではありません。ですが……。誰しも愛する者を秤にかけたら、同じ選択をしてしまうのではないでしょうか。私だって、ニーズ殿を攻撃するなんてできませぬ。敵と解っていても、助けに入ると思います……」

「勿論、できればそんな事態は回避したいですけれど」
     そうだね。僕ももっと回避のために積極的に動けば良かった。
 後悔ばかりが溢れ出る。

「人として許されない行動ですが…。人だからこそ取った行動とも言えますよね……。町は助かったのですから良いではないですか。罪の意識があるのですから、最低な人ではないと思います。頑張って下さい兄上殿。私応援しております」


「……ありがとう。ホットミルク、美味しかった」
 優しく応援されてしまって、なんだかすっかりほだされてしまって……。
 また「可愛い」とか言われるのが嫌なのでカップを返してベットに潜る。
「ありがとう。少し話して楽になった気がするよ。聞いてくれてありがとうね。もう大丈夫。もう寝るよ。サイカちゃんもおやすみ」
「はい。お役に立てて良かったです。おやすみなさい兄上殿」

 いちいち彼女はオーバーリアクションで圧倒される。けれど、そんな賑やかさのおかげか僕の心は軽くなり、久しぶりに緩やかな気持ちで眠りに堕ちることが出来た。


==


 翌朝。張り切った彼女が作った朝食に、僕が脱力したのは言うまでもない。

 ハート型に固めたご飯の上に桜でんぶ(お寿司に乗せるのピンクのやつ)。更にイチゴジャムで『LOVE』の文字。夜食に食べなかったスッポン雑炊。なまずの活け作り。納豆&マンゴージュース。見てるだけで吐き気が襲った。

兄上殿のために頑張りました〜!残さず食べて下さいねっ!」


 しかも思い切りバラしてるし。


「兄上って……。やっぱり、ニーズだったのね……」
 ごまかす気力も失せて、母との数年ぶりの再会を果たすことになる。
「うん。何も連絡できなくてごめん……」

 無難な部分だけをちびちび食べつつ母と会話して、早々に食卓からは撤退。
 温かい午前の木漏れ日の中、僕と母は連れ立って外に出た。



 この場所に、自ら勧んで訪れる日が来るなんて、誰が予想していた事だろう。アリアハンの誇る勇者オルテガの墓前、無人の墓に母子立ち並ぶ。
 僕の手には道端で摘んだ花が一輪、ささやかながらそよ風に吹かれ揺れていた。

 身を屈めて供えると、母も隣に膝を折り、祈りのポーズに固まってゆく。

「オルテガが生きてると聞いたら、母さんはどうする……」
 祈り人の驚きは、伏せたまぶたが一度上がっただけの事。
「そう……。生きているのね……」

「今度会ったなら、冷静に話ができるかも知れないわね……。どうしてこんな事になったのか、きちんと話し合いたいわ……」

「分かった。連れてくるよ。約束する」




      ランシールに戻ろう。
 僕の決意は固まっていた。全て話して、僕の過ちも、僕の愚かな恋も、父への憎しみも、僕を信じてくれる二人の友に吐き出してしまおう……。

 こんな僕の友達になりたいと言ってくれたネクロゴンドの王子に。
 こんな僕と共に戦い、必ず守ると誓ってくれた竜の生き残りに。
 受け入れて貰えないかも知れない。その時はその時考えよう。もう、独りでいるのは嫌だった。もうこれ以上彼らを、裏切り、ないがしろにしている自分に見切りをつけて変わりたかった。


 墓参りを終え、彼女が恐ろしい昼食を用意する前に出発する。お弁当を作ると彼女は言い出したが、断固としてそれは拒否させて頂いた。そんな爆弾、聖地に持ち込みたくないし。(アドレスなら食べるかも知れないけど)

「そうですか〜。ではこれだけは持って行って下さいね。兄上殿を守るお守りです」
「何、これ?」
「通販で買いました、奇跡の開運蛇皮アミュレットです」
「それって金運じゃ……。まあいいか。貰っておくよ」

「またいつでも、いらして下さいませ〜!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます。……また来るね」

 思えば、「行って来ます」と伝えないまま始まっていた旅路。
 『勇者』としての旅は、今ようやく始まるような、

      そんな気がして、僕は笑って手を振った。


==



 手を振り、見送るジパング娘を視界に絡み捕り、
 吐きこぼす『影』がいた事など勿論二人は知らなかった。

「邪魔な子……。せっかく二人で居られたのに……」
 
 口元が笑みを造り、影は彼女を見逃して背を向けた。
 長くたなびく、髪の色はまばゆい銀。
 時折刃物のように閃き揺れる、身震いするような色だった。




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