「ワ………!」
彼女は声を震わせ、想い言葉にならず、しかと私に抱きついた。
切なく唱えた願い。離れて、冷たく背を向けてもまだ、彼女の口から零れた「会いたい」。
こみ上げる感情を噛み潰して、私はさらりと謝罪していた。
「………。すみません。少し遅すぎましたかね。でも、もう安心して下さい」
火口から脱出し、放物線を描いて火口の脇に着地した。立ち込む熱気、周囲を埋め尽くす黒煙。地響きは今この瞬間にも、崩れかねない燃ゆる火山。
「誰一人、死なせはしませんから」
因縁の魔法使いを空に見上げ、私にいつもの軽笑は浮かんでは来なかった。それもその筈、彼との戦いはこれで最後になる。そう予感ができていた為に。
何故ならば、お互いは、すでに知っていたからでした。
どちらもすでに満身創痍『道』は消えかかっている事を。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!
「大地炎上 2」
ファラの乗るライオンヘッドは、破れた胃より出血が激しく、使い物にならなくなった。舌打ちし、放棄した魔法使いは、苦虫を噛むように私の前に降って来る。
使い捨てのゴミの様に、火口に落ちてゆく獅子型の魔獣。断末魔の叫びは、醜悪を通り過ぎて憐れを誘い、彼は非情にも鼻で嗤った。
片手で海賊の姫を胸に保護し、片手には女神より授かった賢者の杖を携え、挑む。相手は武器と言える装備はなく、漆黒のローブが、やつれた身体を隠しているのみ。
しかし、幼い外見に惑わされる事はない。
『死神』の弟ファラ、恐るべき魔法の使い手であり、魔竜の生き残り。
「……。随分『希薄』になったじゃないか。商人の町で姉達にやられたか。頼みの夢の神も居ないようだしな。いい気味だ」
対峙しては、早速口から猛毒を吐いた。鮮血のような禍々しい瞳を歪め、積年の恨みを込めて賢者を侮蔑する。当然、私も負けては居ませんでした。竜族とは言え、十数年しか生きていない若輩者に、この私が口で負ける訳が無いのです。
「貴方も随分、首元が寂しいようですね。すでに二本再生不可能ですか。それもそうですよね、片や太陽神の破邪の炎、片やゾンビキラーの破邪の力ですから。今も貴方の中で絶えず浄化し続けている。色々失った能力もあるようで……。すっかり弱くなりましたね」
皮肉に笑顔を添えて放てば、見事なまでに、少年の顔は赤く怒りに震え始める。
相変わらず、挑発に弱い子供です。
反論できずに、口の中で苦渋を噛み締め、「その口黙らせてやる」と犬歯を剥き出し、姿勢を低く身構えた
「……。フン。残存魔力の少ない中でどこまでやれるか、見せて貰おうじゃないか。ここで息の根止めてやる!」
「それはコチラの台詞ですよ」
晒した殺意が火花を散らす。急がなければ……。
『時』は迫っていたのでした、この大地が炎上するまでの、僅かな猶予。
「ミュラー、私が『剣』を入れましょう。貴女は安全な場所で、噴火の操作を。私がバシルーラで飛ばします」
「なっ………!」
相手を見据えたまま、胸元の彼女に小声で諭した。彼女は唖然とし、黒衣の少年は眉を吊り上げ、飛び出して来る。
「させるかっ!」
岩をも断ち切る鋭い爪の斬撃。小さく二、三、ステップを踏んで回避し、足場が崩れ落ち、体制を崩して落下した。ミュラーもろとも数メートルを転落し、頭を振って起き上がる。すっかり黒く煤け、はまった窪地から見上げた空には、すでに花火の光線の跡。
ガイアの剣を投げ込めば、今にも世界は爆発しそうに燻っていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!
火口内では、今か今かと、マグマが起爆を待っている。
「ドラゴラム……!」
魔法使いは『竜化』の呪文を叫び上げ、黒いローブを引き裂き竜の首を現した。
……随分と早い。それだけ、唯の魔法戦闘に打ち込める程の魔力が残っていないと言う事か。
急いた行動でした。それだけ彼にも『後がない』という証明。
蛇のように長い竜の首は四本に広がり、うねっては各自、連携して襲って来る。四対一と明らかに不利な中、救いは過去の戦いで、すでに二本、首を失っていた事でした。これに更に二本増えていたならば、私に勝利は無かったかも分からない。
竜化には時間が要る。竜化の隙をついて、『ガイアの剣』を呪文で投げ入れ、作業の後で殺到する竜の首をかいくぐり跳ぶと、口の中で詠唱を繋げる。ミュラーを船へと戻す呪文、バシルーラの完成を。
「やめなさいよ!このボケ!」
ボガッ!
………。敵は自らの腕の中にも居たようでした。
「……。あのですね、今私、忙しいのですけど。ミュラー、殴らないでくれますか?」
抱き上げ保護する姫に殴られては、さすがに私も渋くなると言うものです。
「何よソレ!……私だって確かに剣は無いけど、もう一本短剣は持ってんのよ!アンタの補佐くらいできるでしょーがっ!下ろせボケ!アイツは私にとっても敵なのよ!」
「……。却下します。向こうの狙いは貴女ですから」
普段なら苦笑するところでしたが、生憎私は冷酷に言い放つ。いつもの漫才はできそうにない。……いいえ、戦況ではなく、きっと私の心理の上で。
「聞きわけて下さいね。私も穏便に行きたいので」
「………」
有無を言わさぬ気迫に押されて、暴れる姫も息を呑み、静かに為らざるを得なくなった。穏便に行かない場合は無理やりにでも、気絶させてでも、事を成すのが私だと知っている。本当の所は、彼女にも解っていたのでしょう。
ガイアの剣を持たない自分は、足手まといにしかならない事を。
「逃がさないぜ。その女だけは。逃がすわけには行かないんだ……!」
「………………!」
何やら事情ありげな低い声が大気を震わせ、思わず戦慄し身体が震えた。
すでに正体を晒した魔竜は、岩肌を踏み崩しながら、猪のように突進して来る。魔竜の行進と火山活動とで足場は揺れ動き、少しもじっとして居られない。火山灰にむせ込み、たまらず火口より後退してゆく。
切羽詰った魔竜は執拗にミュラーを狙い、庇う私も、杖一本では到底抑えきれず、何度も弾き飛ばされ宙を舞った。激しく牙を噛み合わせ、首は縦横無尽に追尾する。何度も掠め、千切られたマントに血の飛沫。
「くっ……!しつこいですね……!少し大人しくしてて下さい!」
冷気系最大呪文で、いささかの牽制を。炎属性の彼に堪える「マヒャド」の呪文。連呼しても、魔力が足りない為に、想像以上に効果が薄い。猛吹雪を炎で吐き飛ばす、つまり二人の力はこちらの方が劣ると言うこと。
なかなかミュラーを送れる程の距離が取れず、こちらは防戦一方のまま。
抱えられた海賊頭は、その身を賢者に任せて目を閉じ、意識を遥かなる『大地の御許』へ、奔らせるため手を組んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!
ガイアの娘の祈りは届いて、
かの英雄達の「約束」は辿り着き、
大地の熱き腕(かいな)は、祝福の宴を開くのです。
世界を震わせ、轟音を立てて山が吼えた。灼熱のマグマを轟々と噴き出して。
とにかく火口から、魔竜から距離を取るため、彼女を抱えて奔り、最高速で呪文を繋ぐ。噴火の中を飛ぶのだから、彼女を守る防御呪文を怠らない。
海賊船まで彼女が無事に辿り着くように!
「跳ばしますよミュラー!抵抗しないで下さいね!」
抵抗されれば、着地点がずれてしまうかも分からない。下手をすれば、命に関わる繊細な調整中、しかし彼女は、まくし立てる。
別れ際、目蓋を開けた彼女に、『私の姿』が移ってしまったからでしょう。
「!!ちょっと!アンタ!ほんとにドンドン薄くなってない!アタシや、勇者たちの力を使いなさいよ!アンタ遠慮して、サマンオサの時も使わなかったでしょ!」
「………………」
誰の目にも解るほどに、私の姿は薄く、希薄になっていたのです。
『悟りの書』に封印された私は、ミュラーのおかげで『書』から抜け出し、短時間なら塔から出る事もできるようになりました。
しかし封印を施した少年魔法使いは健在。根強く働く【封印】は、私を『書』に戻そうと呪い、解放しようとする力は延々と供給されなければならなかった。封印を解く者が多ければ多いほど、解放する力は強くなる。
ニーズさん達が『書』を開いてからと言うものは、それは楽になったものでした。
しかし、それは、彼らから【力】を奪い取ることで。
「封印された身」の私は、彼らから源力を養うことで魔法を行使し、存在を保つことが出来ていたのです。
苦しい状況にあったサマンオサ市街戦で、彼らから活力を奪うことは危険だと判断した。その為に代わりに使ったものは………。
「もう、やめたんですよ。チェスターさんに、怒られてしまいますからね」
いつもいつも、眉を吊上げて抗議していた彼女の幼なじみに、かと言って褒められる事も無いだろうけれど。
「そんなの、どうだっていいっでしょうが……!」
心優しい彼女は怒りに声を張り上げる。フッと、一瞬だけ、下げた視線には寂しさがよぎり、けれどそんな物には蓋を閉じて。
「風よ導きたまえ、バシルーラッ!」
愛しきガイアの娘を抱いて、神の風は目的地へと加速する。
「ワグナス………!」
今生の別れかも分からない。
いいえ。今生の別れになるのでしょう。……しなければ。
ここでファラを倒せば、もはや彼女との縁も切れる。
勇者をネクロゴンドへと導き、魔王バラモスを倒したらアレフガルドへと………。
この世界の遥か下、
朝の来なくなった、闇に覆われた世界が在る。
アレフガルド。精霊神ルビスの創りし小さな世界。
意識が遠く、遥か故郷、主たる女神の下へ飛んだ私は、
噴煙の最中(さなか)、矢のように伸びた黒い影に気づかなかった。
「グアアアアアアアッーーー!」
感極まった咆哮。それは獲物を捕らえた獣の叫び。
「しまった!」
なんという失態!火の点いた様に手を伸ばしたが届かなかった。飛行始めた彼女を奪われた。竜の首は天へと高く逃げて行く!
まさか、そんな、一瞬の不意をつかれるとは。
牙から滴り、尾を引くように地に注ぐ赤い鮮血。もはや自分は目の色を失っていた。
「聖上なる風よ刃と為りて、等しき裁きの十字架を齎したまえ!」
一国の猶予も無く、呪文は稲妻のように唇を走り、迸る。
「バギクロス!」
真空のかまいたちを密集させ円形の刃と化し、ぬめった太い首をキュウリの様に叩き落した。斜めに入った切り口からズルリとずれ、彼女を咥えたまま竜の首は墜ちてゆく。
杖を持ち替え、落下してくる彼女を抱きとめようと跳躍した。その身体を左右から竜が挟み、噛み砕き、溢れた鮮血。
「ぐあああああっ!」
全身を貫く激痛に、火を噴くように悲鳴を上げた。竜は憎悪の限りに、賢者を歯ぐきで噛み潰す。牙には毒が宿り、煙を噴き出して皮膚を焼く。
「ベホ………マ………!キアリー……!」
回復呪文を唱え、なんとか腕が動くようになると、杖を駆使し相手に刺し、必死に抜け出すとそのままグシャリと落下した。灰を舐めて彼女を探したが、
視界を広げ、周囲をくまなく探しても彼女の姿が見つからない。
それ所か、切断した筈の首さえ転がって居なかったなんて。
魔竜ファラも、この戦いに命を賭けている。
彼も何かを背負って、執念によって戦っていたのを侮っていた。
「。まさか!首ごと……!」
命潰える間際、最期の力をふり搾り、這い進んだ、首の目的地は「火口」。
身動きできない彼女を咥え、ズルズルと。
血の痕跡を辿る、自分の足は駆けているのに、とんでもなく世界は遅く廻っている。
まるで女神を封印された、あの日の悪夢のように、目の前がうっすらと幕降りて行くような、絶望の波。待ちなさい……!
声は涸れて、噴火劇の渦中、私の声など耳に届きはしなかった。
「ミュラーーーーーーッ!!」
マグマは這って来た竜の首をも巻き込んで、高熱のとぐろを巻きながら世界を侵食して流れてゆく。周囲に撒き散らす熱だけで汗が噴き出す、灼熱の大行進。
しかし私の背中を伝う汗は凍っていた。
「。………!」
絶望しかけた。
その場に膝を落とし、脳天から後ろに倒れて行きそうになる程に。
けれど、諦める訳にはいかなかった。
怒涛のマグマの中にでも、彼女を助ける為に飛び込んで行く……!
「行かせないって言ってるだろ!お前もここで死ぬんだ!」
奔る賢者の前に、ぶつかる邪魔な三つの首。
「マヒャド!!」
余りの鬱陶しさに吐き捨てて突き進んだ。マグマの川を辿り奔り、彼女の存在を見つけるまで。左手の先が見えなくなり、いよいよ自分も還る時が近づいている。しかし彼女だけは守らなければ……。
これまでと違い、威力の増した魔法に驚き、霜を纏った魔竜は、首を伸ばして行く手を塞いだ。どう考えても、魔力の産み場所など一つしか存在しない。
「自分の存在を魔力還元してるのか……!貴様消滅するぞ!」
消滅を願っているくせに、訳の分からない文句を喚く。彼の云うとおり、私は自分を形成している魔力を魔法に還元していたのです。
「私の存在など、彼女に比べれば塵のようなものですよ」
それはサマンオサの市街戦から。
『魔力』を世界樹の杖に込め、煩い竜の首を薙ぎ倒す。悪いことに、私に彼への同情はない。渾身の力を込めて、氷を宿した杖で切り裂く。けたたましい悲鳴と雨のような竜の血潮。浴びる私も牙や爪に侵されていたが、そんな物は『肉体』が受けるただの『傷み』。
時間がなくて、一瞬で竜を仕留められる呪文を探していたんです。
おそらくは、選択肢は二つ。どちらにしても、私という『道』はここで終焉。
私は望んでいたのでしょうね。いつからか……。
そうして、無に還ることを。
こんな薄れた姿でも、『 存在 』を懸けたならば、力は足りる。
この世界では使用できる者は居ない、
反射呪文さえ通り越す究極の攻撃呪文、『マダンテ』。
術者の全魔力を放出し、巨大な爆発を引き起こす。
「我が魔力よ、我に流れる全ての力よ集約せよ。大いなる破壊の焔、尽きるまで燃え上がれ……!!」
呪文に慄(おのの)き、『来るもの』を知った魔竜は、彼も最後の呪文に突入していた。せいぜい爆発系最高呪文でしょうが……。焔の前には紙の盾のような物。
集約した『魔力』を世界樹の杖に注ぎ、恐るべき破壊の『槌』と変える。跳躍し、空中で槌を翳した賢者は、怒りの限りに魔竜に運命(さだめ)を打ち込んだ。
「マダンテ」
膨張し、破裂する巨大な魔力の渦に潰され、残っていた三本の首も胴より千切れて灼け焦げる。魔竜の身体は水風船の如く弾け飛び、爆風に飛ばされ、痕跡すら微塵も残しはしなかった。
魔竜の足元、掘るように爆撃は燃やし続け、大地をえぐり、焦がし、溶けて蒸気は突風となって逃げ出した。
「……!」
最期に、魔竜が啼いたのは断末魔ではなく、哀しい嘆き。
その指先が求めたモノなど知る由も無い。
恐るべき魔力の爆撃。
火山の一角に穴を穿ち、その天井には雲を裂いて広がる青空。
久しく覗いた青空はそれは美しく、そして恐ろしく遠い………。
魔竜の死滅後、賢者の頬はふっと緩み、微笑んだように見えたのは幻。
優しい神の手が現れ、汚れをそっと拭くように、そこから魔力反応が消えてゆく。
賢者も魔竜も、姿を消した。
賢者の姿が消えてしまい、持ち主を失った杖は爆風によって飛ばされ、上空を暫しの間浮遊した後降下した。世界樹の意志か、転がる事はなく火山灰に突き刺さる。
遅れて上空より飛来する物があった。それは賢者たる証、女神より贈られた額冠。杖の凹凸に引っかかり、カラカラと音を立てて柄を伝い、大地に落ちると静止した。
美しい青い宝玉の輝く額冠……。
石の輝きは薄れ、火山灰の雨によって汚されてゆく。
==
獅子型の魔物を掃討した後、軽く応急手当をし、再び俺達は上に向かって斜面を登る。
上空、高台に明らかに魔法と思われる爆発が有り、崩れた崖の痕跡へと足を急がせ、崩壊した断崖の麓、名前を叫んで仲間を探した。
周囲に人の気配は見つからず、敵の影もすでに無い。
何度呼んでも、誰の声も返って来ない。
戦士アイザックと、二手に別れ周囲を探索。爆発に吹き飛び、随分遠くまで飛ばされたらしい、二人の仲間が見つかるまでに、どれだけの時間を要しただろうか。
埃っぽい崩れた岸壁の斜面を歩き、ようやく瓦礫の隙間に見つけた僧侶帽子に駆けつける。
「おいっ!しっかりしろ!スヴァル!サリサ!」
隙間から覗けた二人に声をかけ、慎重に瓦礫をどかして救出した。
黒服の美青年に、金髪の僧侶娘。お互いが庇い合いながら瓦礫の下に昏倒していた。全身、衣服も含め爆発にやられ、あちこち焼け焦げて、覗いた肌は黒く炭化しつつある。
あれだけの大爆発だ、生きているのも不思議な程。
サリサは先代聖女の法衣によって護られ、
スヴァルはガイア一族の耐性によって、寸での所で生き延びたと言う所か。
残った僅かな魔力で行う回復呪文。正直、とてもじゃないが回復量は足りなかった。二人の頬を叩いて見るが、どちらも意識は混濁していて、とても起き上がれそうに無い。それでも問うのはもう一人の仲間の事。
「おいっ!ミュラーはどうした!一人で上に行ったのかっ?」
俺がサリサ、スヴァルにはアイザックが付いて訊く。
「う……。ニーズさ……」
うっすらと僧侶娘が瞳を開き、俺に気づくとすがる様に胸を掴んだ。
「ファラ、が……。ミュラーさん、が……。連れて……。ううっ」
途切れかけた意識の中で、なんとか状況を伝え、ふっと意識を失ってゆく。
早く上級呪文を施した方がいい。
しかし俺にはもう、帰るルーラ分の魔力しか残っていない……。
「。最悪だな」
死神ファラにミュラーを拉致された。こんな二人を抱えては追う事も不可能で。
二人を完全に癒すほどの魔法力もすでに無く、
万事休す、どうするか?窮地に立たされ舌を打った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!
「おいっ!まずいぜ!噴火だ!噴火が始まった!」
そんな時に限って、窮地はますます加速するんだ。
当初より突き上げていた地響きが激しくなり、アイザックに煽られ、空を仰いだ。遥か頂上、破けたように噴き出す紅炎。時々岩をも弾き飛ばして、このままでは炎の雨に押し潰される事になる。
「………。ニーズは、二人を連れて船に帰れ。俺がミュラーを探しに行く!」
キメラの翼を手にアイザックが立ち上がった。手段はきっとそれしかなかった。
しかし、果たして行かせていいものか。アイザックの戦闘力や強さは信じているが、相手は魔法使いだ。しかも腐っても『竜』。
判断に迷う俺の脳裏に、
瞬間入り込んでくる柔らかい風のような声。
「大丈夫ですよ。ニーズさん」
お前は………!
突然聞こえるクセに、全く不快感もなく俺の心に流れ込む。
初めて聞くものでは無かった。『地球のへそ』でも確かに聞いた、少し落ち着いた、深みのある青年の囁き。
「後は僕達に任せて下さい。ミュラーさんには、ワグナスさんが向かっています」
僕「達」と話す、それは自分と賢者を指す言葉。
「。帰るぞ!」
説明もなしにアイザックを制止した。当然抗議する戦士に、根拠も無く断言している。
「大丈夫だ。奴がそう言うんだからな」
見えずとも、アイツの笑顔が想像できる。いつもひれ伏す奴の笑顔に、抗うだけ馬鹿馬鹿しいと言うものじゃないか。
詳しい説明は後にして、潔く最後の魔法を口にする。
ドサドサッ。ドサッ!
負傷したスヴァルとサリサをそれぞれ抱え、俺達は慌てふためく船の甲板へと降下した。残っていた船員達は噴火に泡を吹き、勇者達は、まだかまだかと、右往左往していた最中。
俺達が戻ると、ひとまず安堵していたが、そこに第二便がやって来た。
竜化を解いてシーヴァスが海賊達を連れて戻った。人数が多いため船ではなく、停泊した入り江の草原に雑巾の様になだれ落ち、誰一人身動きせずに不安をあおぐ。
残っていた海賊達がわらわらと手当てのために奮闘を始めた。俺達だって例外ではない。
「シーヴァス……!」
サリサの手当てはアイザックに任せ、一人海賊たちを護って戻った、妹を抱き起こすべく急いで船を駆け降りた。
大量輸送に限界を過ぎ、妹は精魂共に尽き果て、呼んでもピクリとも動かない。アチラには回復役もいなかったんだ。全身酷い怪我に覆われ、血も止まっていなかった。急いで、すでにボロボロな妹のマントを破き止血すると、抱き上げ船室へと走る。
なんとなく、すでに「そこに」居そうな気がしていた。
サリサを寝かしているらしき寝室に駆け込み、振り向いた奴とピタリと目が合う。
先ほどの『声』の主。
正確には『声』より幼いが、強い瞳や声に込もる深みや威厳は変わらない。
「後は僕に任せて下さい。ニーズさんは甲板へ」
可愛い顔に似合わず強く言い放った、イシスの誇る赤毛の僧侶は何故か俺を外へと追いやる。すでにベットに横たわるサリサは聖光に包まれ、顔色も幾分良くなっていた。
椅子から立ち上がり、シーヴァスに最高回復呪文を施した僧侶ジャルディーノは、いささか目蓋を細めて説明した。
「ミュラーさんが戻って来るはずです。怪我をしてると思いますから、ニーズさんが受け止めて下さい」
「………。分かった」
「スヴァルさんの所へ行って来ます」
指示すると、俺よりも先に部屋を出て行くジャル。汗も拭わず矢の様に駆け回り、瞬く間に全ての怪我人を救ってみせる事だろう。
大呪文をかけた後の細かい処置はアイザックや船員に任せて、俺もシーヴァスを寝かすと甲板へと急ぎ上がった。
すぐさま、呼ばれたかの様に上空を見上げた。
魔法に包まれた彗星が迫ってくる。
星はすぐさま人に姿を変えて、両手を伸ばして滑り込み、抱き抱えたまま数メートルを滑ってようやく落ち着いた。
「はぁーー……。危ねぇなぁ…」
かろうじて受け止めに間に合い、起き上がり嘆息すると、その姿を見て目を剥いた。
甲板に横たわる、ミュラーの負傷も尋常じゃない。腹部、背中に穿たれた穴無数、その穴も焼け焦げる程の全身大火傷。衣服は黒い炭と化して、ボロボロと崩れ落ちて、紫だった髪も黒く、チリチリに焼き焦げ、殆どが落ちている。
「コッ……!火口にでも落ちたのか………!?」
思わず俺でも目を覆う惨状。
腰を抜かし、胃物が浮上するのを感じてうずくまる。
情けない話だが、そのまま彼女に触れる事ができなくて、惨状に立ち尽くす駆けつけた船員同様、俺は呆然として、……もう、死んでいるような気がして。
確認の声すらも、干からび出ては来なかった。
「すいません!水と、シーツを!それから残っていれば包帯を下さい!」
凍りついた船上、人の合間を縫って、少年が一人彼女の元へと駆けて来た。横に膝をつくと両腕をまくり、額の汗を両の甲で素早く拭う。
回復呪文に取り掛かると、ようやく俺はハッとして、背中からマントを掴むとそっと彼女に被せてやった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!
ドーーーン!ズドーーーン!
数刻後。
沖合いに船を出した俺達は、遠く噴火の音だけを耳に。
波に揺られ、安全地帯で手当てに奮闘し、遅く帰路に着いていた。
ようやく休息に有りつけると食堂で水を飲み、同室のアイザックと二人、労い合って部屋で着替えた。危うくベットに沈没しそうだった所に、まだ働きつめている赤毛の僧侶がやって来る。
疲労のせい、と言うよりも、どこか別に理由の在りそうな、思いつめた顔をして。
「助けに来てくれてありがとうな、ジャル!おかげで助かったよ!」
おそらく一行中、最も元気な男、アイザック。陽気に片手を上げて挨拶し、神妙な僧侶を部屋に招き入れると、ベットに座らせ隣に座った。
「いいえ。一緒に来れずにすみませんでした。間に合って良かったです」
「……。それで、ワグナスはどうなってるんだ。知ってるんだろ?無事なのか」
そして余りにも単刀直入だった。顔つきから察してやれよ、と脳内でぼやく俺は、ジャルの正面のベットに座る。
「ワグナスさんは……」
帰りを待とうと、アイザックは言った。
それを船を出すように進めたのはジャルディーノ。
結末はもう解っているんだろう。
「ミュラーさんがマグマに呑み込まれてしまったんです。魔竜の首の一つと共に……。ワグナスさんは自らを形成する魔力も含め、全ての魔力を攻撃呪文に変えて、魔竜ファラを討ちました。……いいえ、正確には、バシルーラの呪文分だけ残して消滅したんです」
「消滅って……」
『死』とも異なる想定外の単語に、アイザックの顔つきも重くなる。
「呪文は彼女をマグマから押し出して、そのまま船へと飛ばしました。呪文発動と同時に、彼を為した魔力は全て消え……。杖と額冠は、何処かに残っていると思いますが……」
「「………………」」
戦士と二人、返す言葉も無く。
『消滅』という事態に対して、どう接していいのか、顔を見合わせ考えていた。
「死んだ、ってことか。それってつまり……。そう言う事だよな……」
沈黙の中、敢えて言わなくてもいい事を呟いた。戦士は惜しむように、悔やむように呟くと、涙は流さず悼んでいた。
==
火山が荒れ狂い、炎の海が南へと走り、 暴れる大地は激しくその形を変動してゆく。 そんな灼熱の火山活動を頂上付近にて悠々と見下ろし、女性は冷気すら身に纏って立っていた。 火山灰に染み付いた血痕。それはここで滅びし魔竜のモノ。 岩の一欠片を掴んでは、炎の海を背景にして恍惚と嗤う。 女性は岩を愛しんでは、ふと名案を思いついて口にした。 「そうですね、勿体ないですから、甦生して、ヒドラの王として、ゾーマの城を護って貰いましょうか。嬉しいでしょう?」 クスクス………。 女性の笑みは残虐で、死者を悼む素振りは何処にも見えなかった。 不意に笑いを遮断されて、彼女は足首に絡まった『異物』に視線をゆるりと落とした。女性が髪に結ぶリボン。同じ匂いのする血痕が黒く付着している。 それは魔竜が右腕に手当てとして巻いていた物……。 けれど彼には「包帯以上」の意味があったと知っていた。 それは、愚かにも彼が恋した、「人間の娘」が彼の腕に巻いたリボン。 竜化した際に破けて落ちて、運よく焼けずに転がっていたのだろう。 女性が口を小さく動かすと、リボンは小さく炎上して灰になった。 「あの子はあなたの事なんて忘れて、町で楽しく暮らしているわ。親切でしょう…?」 尚も活動する火山に一瞥くれると、女性は長い髪を翻して姿を消した。 短いゲームが終了して、存外つまらなかったわね、 とでも言いたげな面影を最後に残して………。 |
=====
噴火が鎮静し、マグマが冷えて固まる頃。
捜索の足は火山を登り、灰の積もった賢者の杖と額冠を見つけて戻って来た。
持ち主の身柄は、何処にも無く。