「大地炎上」



 ネクロゴンド火山帯、かつての勇者達が落ち合うはずだった【約束の地】。

 海賊団『暁の牙』、ガイアを先行にして勇者一行の足並みは火山頂上へと向かい猛進していた。彼らは分断されていた「ガイアの剣」を一振りにまとめ、大地と炎の神ガイアの力を持って地中のマグマを操り、地形をまるごと動かすという途方もない覚悟を決めている。

 俺たちに「それ以外」の手段は無く     



 ネクロゴンド一帯は魔王バラモス来襲、神々と魔王との戦いの折、地殻変動によって閉鎖、隔離されて永かった。だからこそ、かの英雄達も【そんな約束】を交わし待ち合わせていたのだからな。
 入り組んだ大陸を縫うように北上し、連なる山脈を引き裂くように河川を数キロ南下する。狭い地域だが開けた荒野があり、一堂は船を着けネクロゴンドに上陸していた。そこから俺達とガイア姉弟、海賊団の一部が火山へと登りゆく。


「暑いですね、お兄様」
 火山地方だけにあり、火山灰が漂い視界は悪く、気温は軒並み上昇を始めていた。ハンカチで口を押さえ、ゴツゴツした岩肌を登りながら、時折足の裏に蠢くマグマの震動を覚えてゾッとなる。今現在は噴火期にはないようだが    それでも早々に立ち去りたい場所なのは確か。
 俺は妹シーヴァスの手を引きながら、汗を拭うと遠い空に不在の仲間を仰ぎ見ていた。

       地理的にそう遠くはない。
 火山から西へ向かえば、あっという間にそこは砂漠。イシスで僧侶ジャルディーノとナルセスが療養中で、正直言えば同行して欲しかった。

 ………どうしても不安が消えないせいで………。
 このままどいつもコイツも俺の前から消えて行きそうで。
 奪い去られてしまいそうで      



 頼りの【最強僧侶】は身動きできずに苦虫を噛んだものだった。
 自分が傷つけたイシス王女の傍に、ギリギリまで居たいのだと俺に頼む。商人の町での攻防後、衰えた心身を療養するのもあるのだが、それ位ならジャルの奴も悩まない。よほど彼女を守りたいらしく、さすがに俺も承諾せざるを得なかった。

 ナルセスの奴も、とんでもない【大魔法】を使った後遺症で体が不安定らしく、戻るのはジャルと一緒になるらしい。
 賢者ワグナスもサマンオサ市街戦以降、全く姿を見せないまま……。
 いよいよ敵本拠地へ侵出するというのに。全っく持って心許なさを感じずにはいられなかった。



「実は、ニーズさんも戻らないんです……。行き先も告げないで……」

 アイツはまだ戻らないのだろうか。
 最大の不安要素は「俺の片割れ」。


==

     バタバタバタッ!バサバサバサッ!
「ケケケケケッ!ケケケケケッ!」
 火山の八合目にさしかかった頃だろうか。けたたましい数の羽音が灰煙の中から鳴り響き、総員武器を構え配置を固めた。戦闘開始のかけ声に、威勢よくミュラーが吼える。

「来たわよ!皆気合入れなっ!」
 先頭の海賊頭から檄が飛び、上空からの攻撃に備え防御魔法の呪文が始まる。素早さや守備力を上げる呪文、敵を眠りに誘う呪文。冷気や炎の防御魔法はワグナスかジャルしか扱えず、かなり戦況は不利にあるが、そんな泣き言も言っていられない。

「ケケケケッ!来たぞ!やっちまえ!」
 大きなフォークのような槍を持った、ミニデーモンの大群が羽音を掻き鳴らしながら舌を出す。メラミの呪文と吹雪を吐き、かなりな強敵と言えた。上空を覆い、いっせいに吹雪を吐きつけて攻撃して来る。
「べギラマ!」
「バギマ!」
 エルフの魔法使いと僧侶娘の魔法が炸裂し、渦巻く吹雪を牽制しては何体かが傷ついて落下した。それをすかさず打撃組が叩き落し、なぎ払う。

「あっちからも来たぞ!フロストギズモだ!」
 噴煙に紛れて、進行方向右より雲型魔物が接近していた。生命を与えらた冷気の塊は動きが素早く、攻撃が当たり辛い。十数体群れて現れ、一斉に飛び交い襲い来る。
「任せて下さい。灼熱の炎よ!     ベギラゴン!

 炎の魔法が良く効く魔物だ。魔法使いの火炎魔法に右往左往し、そこを各個撃破していけばいずれは終わると思われた。しかしそうは問屋が卸さないらしく、新手が下方より現れるのに舌打ちしていた。
 明らかに地震とは違う、巨体が踏みしめる大地の震動にげんなりする。
 思い出したくもない「巨人」    トロール族が棘のついた鉄の棍棒を振り回しながら咆哮し、追って来る。俺達の退路を塞ぐべく囲うように山を登り、上空と後方から挟まれた一行はにわかに浮き足立つのを否めなかった。

「ちっ!まずいな。こっちは魔法要員が少ない……」
 とにかく敵の数が多かった。飛行する魔物には打撃攻撃が当たりにくく、トロル族は傷の治癒能力が高く非常に厄介な種族。
 いざここで決着と言わんばかりに怒涛の勢いで攻めてくる。俺やサリサの魔法力は回復のために残して置くとするならば、魔法攻撃はシーヴァス一人の負荷となる。
 ガイアの剣によるミュラーの炎攻撃もあるが、彼女の消耗も避けたい所……。

「わあああああっ!

「やああああああっ!」


 飛び交う叫び。武器のぶつかり合う金属音。とにかく上を目指し、切り開きながら進んでゆくしか術はない。元々歩行用の道もない火山、足場も悪く、崩れやすい。魔物の咆哮。悲鳴。仲間の声に叱咤激励し合いながら、飛び交う火の粉を斬り捨て切り捨て一歩でも多く踏み昇る。

 敵は無尽蔵に現れ、酷い消耗戦を強いてきた。仲間達の体力はみるみる削られ、傷つき倒れる者の数も増えてくる。回復役も足りない現状で、長期戦は避けなければ……。

 どうするべきか     。進退極まった所で、すでに限界近いだろう海賊達から無謀とも思える申し出が叫ばれた。

    お頭!ここはオイラ達に任せて先へ行って下さいッス!なんとか持ちこたえてみせまス〜〜!」

 目的は火山の火口にガイアの剣を投げ入れること。
 ミュラーさえ辿り着けば目的は果たされる。ならば他の者は、道を造るべきだろう。

 力の操作に【集中】するため、彼女を保護する者が必要になるが、その役目は弟スヴァルが担う手筈に決まっていた。姉弟にサリサでもつけて行かそうと考えたが、
「………。すぐに戻るわっ!それまで死ぬんじゃないわよっ!」
 心中同じだったらしく、ミュラーは弟を連れて魔物の群れを飛び出して行く。

「サリサ!お前も行け!」
「………!はいっ!」
 自分の役目はいざという時の回復役、認識して僧侶娘も二人の後を追って走った。まず雑魚では負けない三人だとは思うしな。

 居残り組み(俺、アイザック、シーヴァス)+海賊団で攻撃を食い止めようと振り返ると、ゆったりした口調で肩を押さえた者がいた。

「お兄様。私がここに残ります。上に向かって大丈夫ですよ」
 それは妹の白い指
「……何を言っているんだ。お前一人で……」
 やぶから棒な申し出に反論しかけたが、妹は場に似合わずにこりとしていた。その瞳はすでに『決意』している光。穏やかなようで、実は煌々たる使命に燃える熱いもの。

「私、竜になって、壁になります。敵に炎に弱い者が多いですから…。炎を吐けば上空にも届きます」
「………………」
 上からでも彼女の安否は確認しやすいし、竜化は非常に有効な手段だ。
 躊躇している時間は無い。

    分かった!無茶するなよ!」
 心配なら、とっとと片付けて戻って来ればいいだけの事。

 妹から離れ、「ドラゴラム」の詠唱を見守り     。竜の雄叫びを鼓膜に受けると、怯んだ魔物の渦を抜け、そのまま火口目指して駈けてゆく。
 上に向かった三人の後を追う、俺の後には隼の剣を携えた戦士が一人だけ。当然フロストギズモ、ミニデーモンは上空から後を追うが、容赦なく銀竜に火炎を吹っかけられ灰の中で霧散していた。

「邪魔だーーーーっ!」

 それでもしつこく魔物の姿は途切れなかった。戦士の怒号を浴びてなお襲いかかり、立ち向かう剣の二回攻撃が弧を描く。跳躍した戦士が戻れば、悲鳴と魔物の死骸が雨のように降るのは道理。
 相変わらずおたけび激しい男だな…。生涯「切り込み隊長」野菜戦士に先行させ、俺は悠々と着いて行く。


 鳴動続ける火山灰の傾斜を登り、時に落石を回避しながらひたすら高みを目指して駆けた。山の気候は気まぐれに雲を広げて視界を奪い、ちらつく雨は全身に灰を塗りたくる。灰色の雨粒が額に垂れて、それはそれは不愉快で何度も拭いていた。
 不意に聞こえた魔物の遠吠え。戦闘の剣戟を頼りに二人の足は斜面を翔んだ。


 マグマの眠る火口に近づき、いよいよ大気はじっとりと風呂のように蒸してくる。
 煙る火口はあと僅か。雨雲の中で魔物と揉み合うミュラー達を見つけ、予告なしに乱入してゆく。

「だりゃあああああああっ!助太刀するぜ!」
 踏み込んだ白銀の影。まるで唐突に、そして閃光のように剣戟は迸る。敵は素早く身を翻し、傷も浅く空へと逃げた。火山灰に紛れてはっきりとは見えないが、どうやらライオンのような姿をしていた。そして飛行能力も持っているらしい。

    ちっ!逃がしたか!何処だ!出て来いっ!」
 ミュラーを左に保護すると、戦士はまるで狼のように威嚇に咆える。魔物は数体いるようで、静かに包囲し、警戒しているのかこちらの様子を窺うようだ。
 先行した三人はすでに負傷し、特に弟スヴァルが重傷だ。心配そうにサリサが横に付いていて、俺の足は二人の補佐へ。

「平気か、サリサ」
「すみませんニーズさん。私…、魔法を封じられているんです。スヴァルさんを回復して下さい!」
「…なるほど、マホトーンを使う敵なんだな」
 なんとも厄介な魔物だ。煩わしい。サリサの説明を横に、俺の手は黒服の上に。傷の状態を確認すると中級呪文を見舞ってやる。

「悪いな、勇者ニーズ…。もう平気だ」
 ちっとも平気じゃないんだが。自己犠牲心の強い男は、牙や爪で抉られた身体を隠しながら身を起こす。おそらく大体の傷も二人を庇って受けたものに違いない。
 弟スヴァルもこれまでなら分割されていたガイアの剣の一振りを持つ、神の武器の所持者、常人ならぬ戦闘力の盗賊だった。
 しかし今、その武器は姉の元へ   
 弟の攻撃力は下がり、炎を扱う能力も弱体化しているのは否めない。新調したサーベルも普通の出回り品だしな。その身で無茶は「やめとけ」と言うものだ。
 しかしそんな忠告も、この男はするだけ無駄に違いない。 

 よろめき立ち上がろうとした黒い海賊は傷を押さえて、突然の縦揺れに耐え切れず再び手を地に着けてしまった。その手から何を掴み取っただろう。顔色が白くなり、慌てて姉の姿を求める。
「………!姉さん、急いだ方がいい!ガイアの剣に感化されて、山が興奮しているんだ。この地の炎は、ずっと『剣』を待っていた。このままだと弾け飛ぶ!」

「………!」
 想像してゾッと背筋が冷たくなった。弾け飛ぶ、それは噴火を意味する言葉だ。
 ずっと感じている地震、徐々に規模が大きくなるのは気のせいじゃない
 魔法で帰れるとは言え、使用者は俺とシーヴァスの二人。キメラの翼も何枚かあるがそう上手くいくとも限らない。一刻の猶予もなく、空を仰いだミュラーは俺達二人を振り返り、目で頼む。

「勿論任せてくれよ!なっ!ニーズ!」
「勝手に決めるなよ」
 返事も待たずに、返事も言わずに、剣を手に奔り出すミュラーを、また弟とサリサも追った。言わずとも、それぞれ己の役割は知っていると言うことだ。

「気張れよ、ニーズ、強敵だぞ!」
「…お前もな。各個撃破と行こう」
 馴染みの背中に背中を合わせて、目を凝らして敵影を捜す。灰の混じった黒雨の中、おそらく魔物の数は五匹ほど。突然参入した俺達の存在に警戒し、息を潜めて様子を窺っていた様子だが、飽きたのか一斉に仕かけて来る。

「ガアアアアアッ!」
 三体が上空から猛襲、アイザックは円形に剣を回し凄まじき腕力で吹き飛ばす。後方俺側より魔法の攻撃。
「喰らうかよ」
 魔封じの呪文を抵抗して、用意していた呪文を見舞う。
「ベギラマ!」
 アイザックに弾かれた三体になぞるように喰らわし、悶えた所を追撃する。初めにアイザックが二撃、踏み込んだ草薙の剣が首を剥ぐ。

 左、別の奴から火炎の魔法が炸裂し、二人は転がり火を消した。上を見るとすでにボタリボタリと涎の滝。転がって避けたが、危うく耳を喰われる所で肝を冷やした。身を起こす前にライオンは覆い被さり、頭を庇った腕を根こそぎ噛み砕く。
 剣の柄で殴り、逆手に持ち替え眉間に何度も突き立てた。大量の返り血を浴び、砕かれた腕の痛みに歯軋りしながら腹を蹴り、立てる爪を切断続ける。先に動かなくなったのは魔物の方で助かった。

 下敷きから這い出すと、同様に襲われていた戦士が『隼』状態に覚醒し、光放つ『隼の剣』で魔物の体がクロスに裂かれて崩壊してゆく様を見た。
 どちらからでも無く歩み寄り、眼前で振り返ると、迫る魔物を両断する。珍しく声は無く、気迫だけが振り抜けて飛んでゆく。
 重く沈んだ最後の魔物に息をつき、二人肩を下ろしたのはほぼ同時。
 気を抜いて座り込んだのも全く同じで、血まみれ顔で野菜戦士は笑っていた。





「ご苦労だったね。死ね」

 丁度その頃、嘲笑されていたのも知らず。

==

 火口を目指した、その矢先。
 断崖に阻まれ、弟の投げたロープに掴まりよじ上った。

「ご苦労だったね。死ね」

 上り詰めたその先に、見慣れた魔法使いの黒い声。すでに開かれていた掌の矛先、振り返った時にはすでに遅かった。
「力よ集まれ。そして全てを破壊する爆発を。     イオナズン

     スヴァル!サリサ………!」
 標的は私じゃなく、    ロープの下に居る弟と僧侶娘。
 叫べど届かず、爆発系最高呪文の元に二人の姿は見えなくなった。断崖ごと粉砕し、破片は塵のように周囲に漂い風に溶ける。悲鳴も掻き消す大音量に、耳がおかしくなり、音が暫し聞けなくなる。もはや叫ぶ自分の声も判別できない。

「スヴァル!スヴァルーーー!!」
 狂ったように弟の名前を繰り返した。アイツは死んじゃ駄目だ。殺させない!

 二人を探すべく乗り出した体は抉られた断崖を滑り、しかしその手は誰も、何も掴めずに体はふわりと上昇する。魔法使いファラはライオンに小さな羽根のついた化け物、ライオンヘッドに跨り私が来るのを待っていたんだ。ライオンヘッドに私を咥えさせ、一気に飛行し火口を目指す。喰いこんだ牙に血を滲ませながら、殺意に燃えて牙を剥く。

「今すぐ下ろせ!そしたら半殺しで許してやるよ!」
「………へぇ。半殺しなんだ。変わってるね」
「………。アンタをサリサが許したがってんのよ。アンタが土下座して謝るなら許してやってもいいわ。早く私を弟の所に返しな!」
 僧侶娘や勇者妹など、無視してブッタ斬りたい衝動のギリギリ。火山の前に自分が怒りで噴火しそうだ。

「………。とんだお笑い草だね。もう二人とも死んだと思うけど」
 交渉は決裂。ひと言、声をかけただけでも私は自分を褒めてやるよ。


「どうやら火口へ向かってるみたいだけど、どういうつもり?私にとっては楽でいいんだけどさ」
「ガイアの剣なんて、ここで無くなった方がいいからね。……いや、どうせならオルテガが死んだ火山で皆死ぬってのもいいかなと思ってさ。剣が落ちて、お前が死ねば火山は暴発して荒れ狂う。下の奴らも皆死ぬし、ネクロゴンドもますます焦土になっていいじゃないか」

 つまりは私は始末されるということだ。……どうするか……。
 すでに眼下が判別できず、落下すれば助かるかどうかも分からない高度を飛行中。

「そんな事、アタシがさせるとでも思ってんの……?」
 思わず本音が零れ落ちる。
「ほざくな。お前はここで死ね」

      どうするか。火山を下に見ながら巡る思考。
 例え足場ができたとしても、立ち向かうにはちとキツイ。コイツがかなり弱体化しているのは知っているが……。
 剣は火口に投げなければならない。しかも迅速に。
 しかし剣失くしてコイツの攻撃など防げない。

 何をどうすれば最も良いのか。
 誰にも言わなかったけれど、こうなる可能性は知っていたんだよね。
 ガイアの剣を投げ入れ噴火が起こったとしても、遠隔で操作が出来るかどうかは大きな博打。できなかった場合は、私は剣と共に在らねばならない     



 大きな口を開けたマグマ溜まり、ぐつぐつとして今にも噴出しそうに暴れている。
 火口の上で滞空しながら、じっとり滲んだ汗を拭う、ファラの口調はいつにも増して嫌味で反吐が出る。
「ライオンヘッド、女の腹を噛み千切れ」
 今まではギリギリ死なない程度に噛んでいた牙を、全力で食い縛ったのなら私の腹などすぐ裂ける。私は事切れ、手から『剣』はスルリと落ちる。
 それが黒い魔法使いのシナリオ。


「ギィヤアアアアアッ!」
 叫んだのは私ではない。大事に抱えていた剣を握り返し、体を捻ってライオンの腹に突き立てた。そこから横に裂き、破裂する胃袋と共に牙が外れて私の体は落下してゆく。
    何を!?死ぬ気か!」
 暴れるライオンヘッドは飛行が乱れ、たまらず魔法使いは制御に戸惑う。私の不敵な微笑に焦ったか、暴れるライオンヘッドを駆使して自らの魔法で私を討とうと手を出した。

「残念。ここじゃアンタは私には勝てないのよ」
 私の手にはガイアの剣。ここはガイアの御許。マグマが私の味方なの。音も無くマグマは新芽の様に伸び上がり、伸びては獲物を撃とうとうねる。無数に伸びたマグマに尻尾を巻いて逃げ、当たらない魔法を延々と遠くから吐くばかり。


 マグマは味方と言いつつも、さすがに落ちては死ぬだろうな。
 剣を抱きしめ、落下する私は意識を『神』へと向かわせている。

 身体は朽ちても意志は残る。ガイア神に全てを委ね、私は祈って落ちてゆこう。

 信じていた。自分の信仰する神を。
 剣を抱き、両目を瞑り、自らの灯を大地に還す。
 私は元居た場所に還る、それだけだ。

 怖くはない。恐れもない。
 海賊団はどうなるかな。スヴァルは絶対生きているはず。
 このまま海賊団が潰れても惜しくはなかった。

 親父、手伝ってね。私もそこに往くから………。





 怖くもなく、恐れてもいなかったのに、閉じた目蓋からは涙が溢れて。
 だから私は、思い出してしまったんだ。最期に、






 あの馬鹿の事を。








「ワグナス………!!!」


 いまだに何処にも感じられないアイツの存在。
 苦しくて、哀しくて、声の限りに叫び呼んだ。


「ワグナス……!ワグナス……!」

 ああ、駄目だ。
 止まらないよ。子供みたいに泣けてくる。
 思い出したくもないのに、数々の場面が恐ろしく早く脳裏を駆けて。あの時もあの時も、ずっと出遭った時から私はアンタしか見てなかったんだよ。

「どうして、助けに来てくれないの……!いつだって、呼ばなくても必ず来てくれたのに。どうして、なんで……?」
 助けて欲しいなんて、泣き言なんて言ったことがない。
 でも、最後の最後で頼りにできるのは賢者だけなんだ。

「ほんとにもう会えないの?会いたい……!」

 スヴァルのことは大事だよ。幸せになって欲しいよ。弟ならきっとあの娘と上手くいくから。だから死んでも未練はない。
 でも駄目だ。アイツだけは駄目なんだ。誰にも譲りたくない。私がいい……!


 落下する身体に、『何か』がガツンとぶつかって来て、
 それは呪文を唱えて勢い良く上昇する。
「バシルーラ!」

==

 ぶつかって来たのはバシルーラの呪文で自分を吹き飛ばし、加速して追いかけて来てくれた神の使い。私にぶつかり捉まえると、今度は反対方向に魔法で跳んで行く。

「ワ………!」
 声は震えて形を成さなくて、でも放棄して私はしっかとしがみつく。

「………。すみません。少し遅すぎましたかね。でも、もう安心して下さい」
 火口から脱出し、放物線を描いて火口の脇に着地する。
「誰一人、死なせはしませんから」

 片手で私を抱きしめ、片手には賢者の杖。視線は上空の魔法使いと睨み合う。
 見上げた賢者の横顔に、いつもの笑顔は見えなかった。


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