「何すんだこの野郎!このド悪党!……おっと!」
蹴り落とされ、ばら撒かれた彼の荷物から転げ落ちた不気味な骨。
盗賊ルシヴァンはその人骨を見逃さず、エルフの盗賊とは口論を生んだ。
エルフ盗賊の出した案とは、『私との別れ』。
……信じたくはありませんでした。
これまで積み上げてきた関係が、
たった一つの不気味な骨によって脆くも壊れてゆくなんて……。
彼の去り行く後姿が、何日経っても瞼の裏から消えてはくれない。
「裏切り=決別」 |
左右から熱弁するデボネアさんの愛も耳に入らず、数時間ベンチの上で放心していた。涙は零れない。ただ、信じられなくて、嫌な夢を見ただけの気がして、明けるのを待つ私は誰にも別れを話していない。 口にしてしまうと、現実になってしまいそうで、怖かった……。 もしかするとテドンでのあの夜も、あの囁きも、サマンオサでの激励も長い長い夢の一幕だったのではないだろうかと。不安は鎌首をもたげ、襲ってくる。 やつれてゆく私に仲間のサリサも、兄も心配してくれていました。二人は何度も理由を聞くのですが、やはり言葉は出なかった。 後日デボネアさんに伺った所、何処かに沈んだ船の乗組員の骨なのだと聞かされた。人骨を一本紐で結んだだけの罰当たりな道具は、持ち主の身体を求めて独りでにカタカタと動き出す。 その船に財宝でも眠っているのか……。 初めてアッサラームで会った時、宝の話をしていたことを思い出した。彼は私より船と共に沈む財宝を選んだということになる。 「ルシヴァン……。何処に行ってしまったのですか……」 あの後、彼の姿を町に探した。 けれど私には見つけられず、避けられ続け、やがて完全にこの町から彼の姿が消えてしまった。彼は何やら盗賊として奔放していて、海賊達の話では船を調達し、海に出たとの噂。 今ごろは彼は船の上。嵐の夜、何処かに沈んだ「幽霊船」を探すために海を彷徨っているのでしょう……。 嵐の夜に沈んだ船が、幽霊船となって海を彷徨い続けていると……。 船乗りの骨は、その船に帰ろうとしているのだと。骨を追えば幽霊船に辿り着く。 全ては憶測の範疇内でしたが、骨がなければ幽霊船の場所も解らず、私に彼を追う手段はない。完全に彼の姿は煙に消える……。 * 私たち勇者一行はサマンオサの復興に協力し、毎日惜しみなく働いていました。一月後に復興祭を終え、その約二ヵ月後にはナルセスバークのお披露目セレモニーに出席。 数ヶ月の間復興作業に参加しながら、水面下ではオーブの情報を探していた。行方の解らないイエローオーブや、ネクロゴンドの祠(ほこら)に向かった騎士の行方。ネクロゴンド地方の山岳を越える手段などを模索して……。 賢者がいれば道を示してくれたに違いないのに、市街戦以降、一度も姿を現さない賢者ワグナス。心配で仕方がありませんでした。(企画部屋は別物と踏んで下さい) ナルセスバークから戻った数日後、ジャルディーノさんを神官マイスが迎えに訪れ、イシスの危機に空を飛んだ。 残った私たちは、彼の帰りを待ってサマンオサを発つ計画を進めていた。当てはないけれど、まだ行ったことのないサマンオサ大陸の北、スー地方にでも行ってみようかと相談して………。 激しい雨が夜半、宿の屋根を打ってきた。 事件が起きたのはそんな夜のことでした。 今思えば、彼らにとってラーの化身不在は好機だったのかも知れません。もしくは、だからこそその夜を狙った。 ザアアアアアア……。 サマンオサ滞在中ずっと借りていた宿は、ミトラの僧侶サリサとの同室。今夜も彼女の寝息を聞きながら浅い眠りに揺れていた。 窓を雨が叩きつけ、風の音に周囲の音が飲み込まれて聞こえない。当然部屋に近づく不穏な足音も耳に届くことはなく、すんなり部屋の鍵が外されてしまった。 僅かな物音を立てて開かれた扉にも、私とサリサは気づかない。 濡れた土足で侵入した三名の男は、一人がサリサの口に布を当て、一人が素早く縄を取り出し腕と胴とを縛り始めた。跳ね起きたサリサは抵抗したものの、何故か彼女の動きが凍りつく。 三人の内の一人、奥で指示をしていた銀髪の男と視線が合ったからだった。紫の瞳に凍りつき、信じられない状況に狼狽する。 「………!ふぐっ……っ!ううっ……っ!」 口に当てた布にはたっぷりと眠り薬が仕込まれていた。声を上げども声にならず、思うように力が入らずあっという間に縛られてしまう。さるぐつわを嵌めた彼女は「く」の形に折れ曲がって眠りに墜ちた。 リーダーらしき奥の男は顎で指示を出し、サリサを攫う二人の男を見送った。 ダガーを口に咥え、私の毛布を剥がしに手を伸ばす。身体に手が触れ、寝返りすると、暗色の世界に夢と同じ男性が立っていた。 「ル………!」 ……多分、私は嬉しかったのだと思います。 にこりとされて、ますます喜びに拍車がかかった。その手を取られ、背中に回し縛られるとしても、信じられずに彼の瞳を凝視する。 腕を縛り余分な縄をダガーで切ると、彼の自由になった唇は一言だけ私のために開いてくれた。 「悪いな、シーヴァス。向こうがお前をご指名なんだ。大人しくしててくれよ?」 思いがけず背筋がぞっとし、雨に濡れる窓を背景に凄んだ彼に凍りついた。滝のように流れる雨の音。初めて彼に悪意を見た。 抗議も疑問もぶつけられないまま、攫われた私は嵐の中、大きな布を巻かれて移動した。荷物として馬の背に積まれ、暴風雨の夜を駆ける。 数時間、ショックの中で気を失うようにして眠りに落ち、気づいた時には見知らぬ船室にサリサと並んで転がっていた。雨が止み、明けかかった東の空が明り取りの窓から覗く。 どうして、彼に攫われたのか、解らなかった。 * 船に揺られ、数日が何も解らないまま過ぎてゆきました。 食事は知らぬ盗賊たちが届けましたが、食欲が湧かずに口をつけることもない。サリサが心配して話しかけてくれるのですが、それすらも徐々に疎ましくなっていった。 日に日に喋ることを忘れ、私の心は死んでゆく。 脱出するにも、魔法は妙な薬を定時的に飲まされる事によって封じられていた。目的地も分からず、今どこに居るのかも判別つかない。 情報はただ一つ、船室の小さな窓から見える空。朝と夜と、天候を教えてくれるがそれ以上は霧の向こう。 昼と夜を何度数えたことでしょう……。 数日後、二人だけだった船室に新たな人物が訪れるまで。 ドカッ!ドサッ……! ドアが乱暴に蹴り開けられ、寝静まっていた私たちは身を起こした。 星ふる夜に荷物を投げ込んだのは事件の首謀者、銀髪の盗賊。床に毛布で寝ていた私たちは軋む体に顔をしかめ、荷物が「何か」を知ると仰け反った。 丸窓から照らす月明かりに浮かぶ獣の影。凍りかけ、鎖でグルグル巻きにされた小動物は床で苦しそうな悲鳴をあげた。 「ふ……、にゅう……っ!」 「……全く!手間かけるぜ……。さすがは竜、ってとこだな」 氷系の呪文を浴び、弱りきった小型の飛竜。夕焼け色の体は争ったのか傷だらけでまだ出血していた。 「……!あ、アドレス君っ……!」 両腕、両足を縛られたサリサが慌てて床を這い擦り、飛竜に駆けつける。見上げた私の視線は怒りの炎に揺れていた。 「どうしてこのような事をするのですか。ルシヴァン……!」 すでに怒りは心頭。「信じられない」などと世迷言を言ってる場合ではなかった。目の前の『この人』のしている事に体が熱くなる。 首謀者である、銀髪の盗賊は両手を上げておどけてみせた。 「言っただろ?ご指名がかかったってさ。竜二匹をお求めなんだよ。気の毒なことにサリサちゃんはオマケさ」 「なっ………!オマケなんて……!では彼女だけでも逃がして下さい!」 ふざけた物言いは普段と変わらないのに、今回だけはカンに障る。 「お前はともかく、こっちの竜は捕まえるのに策が要る。このお嬢さんは人質だ。それでもヒャドの詰まった魔法の玉数個。案外金がかかったね」 飛竜と争ったのか彼の体にも無数の傷。 しかしそれでも余りある怒りが抑えられずに牙を剥く。 「許しません……!すぐに私達を帰して下さい!たとえ貴方でも許せるものではありません!一体何のためにこんなことを………!」 彼は『誰か』と取引をしている。 一体誰がこのような要求を出すと言うのか。思い当たる人物などそういない。 なんてことでしょう………。 「私達を、何処へ連れてゆくつもりですか。いいえ、誰の元に………!」 生唾を飲み込み、問い質した。 彼はまるで「解るだろう?」とでも言いたげに、ゆっくりとその口元が弓なりに笑いを作ってゆく。 サリサの視線の先で、消えぬ冷気に小さな飛竜は凍えていた。 取引の相手は誰?最悪の想像は死神へと及ぶ……。 寄せる波が船を揺らし、小さな捕虜三人の身柄も容赦なく揺さぶっていた。それは見えない未来に寄せる不安にも重なる。 彼を敵と見なし唇を噛みしめる。私の思考を読み取ったかのように彼が釘を刺した。 「そうそう。竜変化とか、馬鹿なことは考えるなよ?魔法を封じちゃあいるが、お前のことだ考えかねない。こんな船の上で竜化してみろ、たちまち船は崩壊。全員お陀仏だ。馬鹿なことは考えないことだな」 「…………!」 言葉を飲み込んだ私を遮って、金の髪が私の眼前で踊った。 「お願いルシヴァンさん!アドレスくんの氷を消して!怪我の手当てをさせて下さい!アドレスくんは、………!このままじゃ、彼が………!」 重傷の友を気遣って前に出た僧侶娘。見下ろす盗賊はふざけて茶化す。 「それは出来ない相談だなぁサリサちゃん。コイツは危険なんでね、体の中に氷河魔人の欠片を入れてあるのさ。おい、欠片を切らすなよ」 強力な竜の動きを封じるために、凍土に棲まう魔物の体を飲み込ませ続ける。仲間の盗賊に命令すると首謀者は冷酷に背中を向けた。 「そんなっ!お願い!アドレスくんは……!」 小さな竜はガクガクと絶えず震え、このままでは凍え死ぬと思わせるほどに身体が冷たい。頑丈な彼でも耐えがたい苦痛、寒さ。生気のない顔色にサリサまで唇を蒼く染めて泣いている。床に這いつくばりながら、案じて僧侶は悔しさに唇を噛んだ。 「……彼は呪いを宿しているのに……。酷いよ、このままじゃ弱りきって死んじゃうよ……!しっかりしてアドレスくん……!」 「呪い……?」 彼は密かに『呪い』を抱えている。 故にこのままダメージを受け続ければ、本気で生命が危ないと彼女は呟いた。 「サリサ……。……。ごめんなさい……」 私が謝ることではない。けれど謝らずにはいられませんでした。 小さな竜をせめて少しでも温めようとすり寄るサリサ。私も同様、飛竜に寄り添っては寒さに歯を鳴らした。 骨の髄から、心の底から吹雪が荒れ狂う。 |
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「………。ふぅ……。ジャルディーノは来れないらしい。向こうも向こうでえらい事になってるな」 使いの者に渡された手紙。急ぎ走り書いたと思われる僧侶の文字は震えていた。 「えらい事って何だよ。こっちだってドえらい事だぞ」 傍に控える黒髪の戦士は理由も知らずに眉を上げた。酒場のテーブルに身を乗り出し、不服そうに手紙を奪うと走り読む。 「まぁ、そう言うなよ。お前もお国の一大事なら駆けつけるだろ?」 連れの戦士は正義感から足が生えたような男だった。同じ状況に置かれたなら何が何でも飛んで行き、鬼神と化して悪を討ってくれるだろう。 戦士アイザックは手紙を読み終わると、破りかねない勢いでわなわなと震えた。 「なんだってーーーー!! 大変じゃないかっ!!! ……ああっ!くっそう……!こんな状況じゃなかったら駆けつけるのに……!」 「……。そうだな……。つくづく災難だな、イシスは」 手紙を荷袋にしまい、一人指を組んでは息を吐いた。 世界の謳う勇者ニーズ一行。 今、勇者の傍にいるのは寂しいことにたった一人。 血気盛んな戦士アイザックのみだった。 宿屋一階の酒場で待ち合わせ中。芳しい情報も掴めずにため息も零れると言うものだ。閉店まぎわ客は俺たちしか見えず、店内の寂しさも手伝って、珈琲をすすりながら思わず愚痴る。 「ったく、ワグナスの野郎。何処でほっつき歩いてんだ……」 自分の周りにこんなに人がいないのは珍しかった。 旅立って以降、なんだかんだで俺の周囲はうるさかったし。こんなに嫌な離れ方をされるのも、正直面食らう。 思い出したくもないイシス事件を彷彿させるが……。 賢者は何処へ行った? サマンオサの市街戦で魔力を使い果たし、姿を消した賢者ワグナス。『悟りの書』に還ったのだとは思うが、それにしても帰りが遅すぎた。 いつもは呼ばなくても現れるのに、こう人手の無い時に限って現れない。 奴に限って……、とは思うのだが、こう凶事ばかり起こると不安が渦を巻く。 僧侶ジャルディーノは、イシスの一大事に戻って、帰って来れなくなってしまった。こと国の存亡に関わるのだから呼び戻すのは酷だろう。国と勇者と天秤にかけたら、どちらを取るのか聞いてみたい気もするが(意地悪)。 妹のシーヴァスと僧侶サリサ。 二人が盗賊に攫われてから七日ほどが経過していた。 早朝アイザックが気づいてからと言うもの、ランシールでのサリサ失踪事件再び、俺たちが探し回ったのは言うまでもない。 嵐に便乗して娘二人を奪って行った盗賊たち。 あろうことか。それ見たことかと言うべきなのか。 首謀者がアイツだったとは………。 早急に別れさせておくべきだった。世間知らずな妹が騙され、挙句の果てには誘拐だと?日が経つほどに後悔と憤激とが爆発する。 二人に何かあったらタダじゃおかない……。 日に日に沸きたつ怒りを持て余しながら、俺たちは海賊たちに協力を求め、手分けして行方を捜していた。 にわかに外が騒がしくなり、俺たちだけの店内に新たに二人の客が訪れる。 すでにサマンオサでは知らぬ者のない海賊姉弟。大地と炎の神ガイアの一族、ミュラーとスヴァルがカウンターの主人に挨拶しながらテーブルに割り込んできた。 毎度おなじみ、露出の高い服で姉は俺の隣に足を組み、黒服の弟はアイザックの隣で静かに帽子をテーブルに置いた。 「お二人さん。何よ何よ、相変わらずジュースなの?男ならカァーッ!といきなさいよね、カァーーーッ!と」 「俺は未成年なんだ。酒は飲まん」 復興際で痛い目みた、アイザックは以前にも増して強固に断った。海賊頭と言い合いを始めたが、横のやり取りに無関心で弟は冷静に話し始める。 「船の行き先が分かった。ランシールだ。すでにもう発った後だとは思うが……、行ってみるか?」 「………。幽霊船の目撃情報はまとまらないのか?相変わらず」 挨拶がてら、注文していた酒とつまみがテーブルに運ばれる。水のように酒を飲み干し、俺の質問に答えるのは海賊頭。 「そおねえ…。西の海なのは間違いないけれど、さすがにそれだけで海を彷徨えないでしょ?新しい情報によるとね、あのゲス、氷河魔人の欠片を大量入手していたらしいのよ。それから、竜のことを調べていたとかで……」 「竜……?シーヴァスのことか?」 男の姿が脳によぎるだけで眉根が寄った。思い出すのも腹が立つ。 「そっちに限らずよ。滅びた竜の伝承もろもろ。あとはあの飛竜のクソガキ(アドレス)のこともね。で、思ったことなんだけど……」 もったいぶって、海賊頭はつまみの豆をかじる。 「アイツ、冷気が弱点なのよ。あと思い当たる弱点は一つ」 「まさか……。サリサ、とでも言うのか?」 先日アドレスはサリサとデートしていたばかりだ。ちょっと調べればアイツの気持ちがサリサにある事なんて知れるだろう。 手ごわい相手に人質を取って脅したのか………。 確かに、アイツを黙らせるなら俺もサリサを使うだろうが。(卑怯者) 「ランシールならルーラで行ける。すぐに行こう」 躊躇してる時間も惜しかった。すぐに身支度して移動呪文で聖国へ飛ぶ。深夜のランシール神殿にアポもなく押しかけるのは俺たちぐらいのものかも知れない。 * 下の世界の飛竜の生き残り、アドレス。最近サリサの周りをウロチョロしていたが、奴の本来の居場所はランシール。真の勇者たるニーズの傍にいるはずだった。 俺とアイザックは神殿へ向かい、海賊姉弟は別れて夜の町へと情報収集に消えて行く。盗賊たちには独自の情報網というのがある。情報探しは専門家に任せ、俺達はアドレスの元へと駆けた。 「おおい!誰かいないか!急ぎの用なんだ!開けてくれー!」 時間外で閉められた神殿入り口で大騒ぎして、現れた使いに聖女か、もしくは知人の誰かを呼んでくれと頼みわめいた。深夜の迷惑な来訪者に使いも慎重に対応する。 ことの他確認などに時間がかかりそうで閉口していたが、助け舟は意外なことに外からやって来たようだった。 俺達の後ろから人影が現れ、戦士の肩を掴むと顔を傾けて訊ねた。 「………!やっぱり、アイザックの声だった。聞き覚えのある声がするなと思って……。どうしたの?」 すかさず門番が敬礼し、彼に任せるべく門の脇にすっと控えた。それもそのはず、現れたのは気品の見える金髪の少年。内情に詳しい者なら知っている、故ネクロゴンドの生き残りの王子。俺ともアイザックとも親しい、アリアハンでの友人、弓使いリュドラルだったのだから。 こちらも浮き足立っていたが、それはリュドラルも同様で、長距離走でもしたかのように息が切れていた。愛用の月の弓もしっかり背中に武装されている。まるで戦いにでも赴くような出で立ちだ。 「お前こそ……。いや、聞いてくれよ。実は 娘二人の誘拐を説明し、アドレスの行方を訊ねた。亡国の王子は衝撃に撃たれた顔をして、静かにその表情は苦虫を噛んでいく。 「……。アドレスくんは、居ないよ。数日前から帰って来なくて……。だから僕探していたんだ……」 神殿の門から場所を変えて、門と町とを繋ぐ長い階段の始めにまで戻って来た。そこからは夜の町が一望でき、眼下に港を収めるリュドラルの瞳は苦渋に細い。 友人の横顔に、嫌な胸騒ぎを覚えていた。 こんな胸騒ぎは、普通じゃない。あの竜以外にも何かあるのか。まさか……。 リュドラルの傍にいる人物を思い、嫌な唾を飲み込んだ。 「岩場に争った跡があってね……。アドレスくんは弱点の冷気で集中攻撃されたんだろうな。でも、それでもおかしいって思ってたけど……。きっと彼女たちを盾にされたんだろうね」 「なんて奴らだ!許さんっ!」 俺の気持ちそのまま、戦士がいきり立って代弁してくれた。 すでに事件は過ぎた後。リュドラルや周囲の知人に情報を求めたが……。 幽霊船はサマンオサ大陸から西の海。ポルトガ、イシス、ネクロゴンドの東海域に目撃情報が集中していること。 アドレスは岩場で数人の男に襲われ、攫われたこと。 最近アドレスについて調べていた盗賊がいたこと。などが分かる。 神殿内部に一室借り、共に呪文で飛んできた海賊姉弟も合流して海図を広げた。テーブルを囲むのは俺たち二人と海賊姉弟の他、リュドラルとシャンテの姉弟二人。特に盗賊であるシャンテの情報には助けられた。 「ポルトガの灯台付近に行ってみたらどうかしら。昔聞いたことがあったわ。この付近で昔、奴隷船が沈んだのよ」 「奴隷船……。嫌な船だな」 顔をしかめるアイザックに美女は悪戯に微笑んで、地図に丸を書き込んだ。 「全く……。共同戦線張ってたのにアイツ、勝手に行動しやがって……。とっ捕まえたら、一体どうしてくれようかしら……」 作戦会議の腰を折って、ミュラーはひとり言を呟いていた。彼女らの海賊団に身を置いていた盗賊ルシヴァン。奴には別に目的があったという。 「ルシヴァンの目的は一体何なんだ?誘拐事件は関係あるのか」 聞きたくもないが、聞くしかない。奴の身の上話などに興味はないが。 「ん〜…、あんのかしらねぇ……。まさかオリビア岬に鎮魂の生贄でも捧ぐとか……」 「 海図に手をつき、話していいものか数秒口ごもっていたが、ミュラーは知っていることを教えてくれた。 「アイツ、呪いの歌で岬行く船を沈める、オリビアに拾われたのよ。つまり二人は親子みたいなモンだったのね。奴は岬の呪いを解く方法を探していたの。…まぁ、同時に幽霊船の行方もね。……幽霊船に何があって、どう呪いと関係してるのかは知らないわ」 初めて知る盗賊ルシヴァンの境遇。 奴は母親同然であるオリビアの魂を救うため、事件を起こしたと言うのか……。 「……。多分その船に恋人が乗っていたのじゃないかしら。歌姫オリビアは帰らぬ恋人を嘆いて身を投げたのでしょう?」 シャンテが色恋に目を付け、海賊弟は冷静に事実を検証する。 「……可能性は高い。オリビアの恋人は罪人だったんだ。だからこそ盗賊であった当事子供のルシヴァンを保護したのだろう」 「なるほどな……。待っている恋人……。幽霊船にそいつがいるんなら、会わせればオリビアの呪いは解けると……?」 アイザックは結論を急いだが、到底そんな都合のいい奇跡など、信じる気にもならなかった。 「全く竜の誘拐と結びつかないんだが……」 誰を責めるつもりもないんだが、俺の口調は尖っている。 真実は当人をふん捕まえて訊くしかない。 とにかくポルトガ海域に向かうことに決め、慌しくもサマンオサへと戻る準備に取り付いた。ポルトガで貰った船がサマンオサに停泊している。急ぎ戻り出航の準備をしなければならない。海賊団も同行するため、そちらにも準備が要る。 終始心配そうなリュドラルが気にかかり、別れ際呼び止めて二人きりになった。 移動の途中、廊下で向かいあった亡国の王子。心底悲しげにその睫毛は伏せられている。 「………。ニーズさんには、話しておきますね。実は、ニーズさんも戻らないんです……。行き先も告げないで……」 やはり リュドラルの翳りには理由があった。最悪中の最悪な展開。 ドクドクと全身が激しく脈打つ。悪い予感は的中するものだった。 妹がいない。サリサもいない。ジャルもいなければ賢者も出てこない。こんな時にアイツも消えた。足元がマーブル模様のようにグラグラ揺れて、危うく卒倒しそうになる。 「……。『別れ』、が見えます」 「勇者様は、…今のままですと、大事な人を失う…でしょう」 占い師の言葉が耳元でこだまする。 不気味に、静かに………。 「ニーズさん、何かを悩んでいるみたいでした。聞いても教えてくれなくて……。彼が不安定だと、アドレスくんも不安定になるんです。だからきっとこんな事になってしまった……。僕も、どうしていいのか、何処へ行けばいいのか分からなくて……。すみません。お役に立てなくて……」 「…………」 くそう………! 思わず歯噛みして、唾を吐いた。この身がいくつもあったなら……。 絡み合った状況に憮然となる。気は急くが、一つ一つ解決してゆくより他はない。 「大丈夫だ。お前はここに残っててくれ。ランシールに何か起きないとも分からない。すぐに片付けてまた来る」 願わくば、もうこれ以上の事件など起こらぬように 随分情けない祈りを抱いて飛び立った。 全員無事でいて欲しい……。 |
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「………。と、言う訳だから、仕方ねーな。縁がなかったんだ」 エルフの盗賊、デボネアから『骨』を奪い、軽く手を振って背中を向けた。 「悪いなシーヴァス。これでサヨナラだ」 我ながら、強烈に冷酷な行動だったと自負している。 あっさりと決めた別れに、エルフ娘は呆然としていた。 ……それもそうだろうな。 長年捜し求めていた『骨』を手に入れ、俺は即座に行動を開始した。 仲間を雇い、船を入手。「暁の牙」と行動する約束を蹴ったが、どちらかと言えばヤツらのためだった。 激しい市街戦にて崩壊したサマンオサを前にして、奴らが国を出るとも思えない。別の仲間を集め、海に出た。少なからず俺の中では親切だった。 自分は時間を急いでいた。幽霊船の居場所が分かるなら、そこらの船乗りでも事が足りる。思い悩むこともない。船は走った。 船乗りの骨の動きに添い、ポルトガ付近の海で彷徨う。 数時間、近海を波に揺られ、いつの間にか風が止まり、波が音を消していった。 月のない夜だった。北方でもないのに急速に大気が冷えてゆく。 毛布にくるまりながら双眼鏡で視界を探すと、阻むかのように霧がうねうねと押し寄せ海域を白く染めてしまった。 冷気漂う霧の向こうに、うっすらと一隻のボロ船の影がある。 それなのにボロ船だけがゆらゆらと不気味に揺れている。 まるで存在自体が揺れている?とでも思わせて。 無風なためにこちらの船も止まり、小船を出し、漕いで近づき乗り上げた。何が出るか分からぬ幽霊船だ。念のため武装し、数人の仲間と共に用心して進んでゆく。 嵐の夜に沈んだ奴隷船。帆は破れ、マストは折れ曲がり、甲板にも大きな穴が無数に口を開けていた。底冷えする霧の中、うっすらと白い影が甲板や船内をウロウロしている。命ある者ではない。すでに 「ぎゃあああああっ!で、出たぁっ!」 誰かが叫んで、腰を抜かした。浮かばれない魂たちが嘆き声を繰り返しながら、進みもしない船のオールを漕いでいる。 腐った床の上には白骨がいくつも転がっていた。 白い炎のような船員たちがボウ…、ボウ…、と行き来して、「帰りたい〜」、「帰りたい〜」とすすり泣く。 「本当に幽霊船なんだな。……。でなきゃ困るか……」 生者を憎み、襲ってくる骸骨もいる。何度か戦闘に陥ったが、聖水をかけ、巧くかわしながら俺は目的の人物を探していた。 名前はエリック。オリビアが待ち続けた恋人。 どうにかしてそいつを見つけて、遺骨でも遺品でも何でもいい、その魂をオリビアの元に連れて行く 足はくまなく幽霊船を荒らした。 奴隷たちは最深部で寝る間もなくオールを漕ぎ続けていたのだろう。哀れな彼らは亡霊となってもまだオールを漕ぎ続ける。 「待っていて、オリビア……。もうすぐ帰るから……」 「お前か……」 真面目そうな青年が帰郷を夢見てオールを漕いでいた。話では無実の罪で流されたらしいが、つくづく運のない男だ。 探す遺体を見つけて、めぼしいアイテムはないかと足元の骨を物色した。エリックとして間違いない物品が欲しい。 古ぼけたロケットペンダントを見つけて中を開いてみた。懐かしいオリビアがそこで微笑む。 ………一瞬、切ない望郷の念にかられ、自虐的に鼻で笑った。 「よし。これはいいな。これなら、もしくは……」 ペンダントを握りしめ、決意も新たに振り返った。もうじき俺の悲願が叶う。歌姫オリビアは魔女なんかじゃない……。 「 俺の背後に亡霊よりも恐ろしい男が立っていた。 黒いローブに妖しく光る紅い瞳。およそ人間とは思えない魔性の光を余すことなく燃やして俺を見据えている。 よほど船上の亡霊たちよりゾッとする。 理解する先に全身が強張り、畏怖に冷たい汗をかいた。 「そんなんでオリビア岬の呪いは解けないよ。呪った本人が言うんだから、絶対だね」 「………。魔法使い、ファラ………!」 何故ここに奴がいる?サマンオサを魔物巣窟に変貌させた魔族の頂点が。 こめかみに何度も汗が伝い、死を覚悟した緊張に心臓が爆発する。 「………、じゃあ、聞くが、どうやったら呪いが解ける。オリビアの魂を解放してくれ」 サマンオサを陥れた張本人。相手は魔物だ。勇者たちがあれだけ結束して戦ったのに仕留めることができなかった闇の魔物………! 背中合わせの死に怯え、足が不本意にも震動を始める。 「…そうだなぁ…。もう、あそこも用済みだからな…。じゃあ、こんなのはどうだ」 死神の弟とも言われている魔法使いファラ。 奴の出した条件とは………。 意地悪く、恍惚ささえ浮かべた少年のうすら笑い。何故そんな条件を出したのかは知らないが、応じなければ殺されていた。 「……分かった。必ず連れて来てやる……」 |
「竜を連れて来なよ。お前の身近に二匹いる」
「そうしたらオリビアは生き返る」
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