ナルセスxアニー。イシス編後、ナルセスの決意。



「約束ひとつ」


 イシスでの休暇中、そう、ジャルディーノさんが眠っている間。
 時間を持て余した俺たちは、おいおい故郷に顔を出しに帰ったりしていた。

 俺の故郷はロマリア、でも、今となっては、帰る家もない。
 アリアハンで借りていた部屋も一人で借りているものだし、他のみんなが家に戻って行く中、帰りたい場所でもなかったんだ。
 ニーズさん達がアリアハンへ向かう中、俺は一人カザーブへルーラで送ってもらう。

「明日で、よろしいのですか?もう少しこちらにいられてもいいと思います」
 ルーラの係り、シーヴァスちゃんは気を使ってそう言い出してくれた。恋人と仲良くゆっくりすればいいのに、と。
「うん…。そりゃあ、長くいたいんだけど…。あんまり長くいるとさ、逆に帰り辛くなっちゃうじゃん?明日の夜にでも、迎えに来てよ♪」

 「わかりました」と彼女がルーラで飛んで行くと、俺は暫くカザーブの村の入り口でざっと、村を視線で追う。

 ロマリアの北の奥、カザーブは寒さのきつい地方と言えた。
 砂漠の国イシスから来ただけに、気候の違いに俺はマントを体に巻きつけて、一度ばかり身震いする。新調せざるをえなかったターバンを目印に、武器屋に行く前にアニーちゃんに会いはしないかと、少し緊張していた。

 …なんでこんなに緊張しているんだろう……。
 幼馴染みで、もう晴れて彼彼女になって、邂逅一番、抱擁し合ってもいいような仲なのに。

 しかし午前中、動き始めた村の生活の中、武器屋までアニーちゃんには見つけられることもなかった。店の中をそーっと覗くと、中にアニーちゃんが店番しているのが見えた。…それだけで、俺は嬉しくなって一人でにんまりと頬を上げる。

++


「………。今日はなんか、静かじゃない……?」
 唐突に、アニーちゃんは文句のように俺に言った。
 店番をしていたアニーちゃんを手伝い、その日はゆっくりと過ぎた。店はこんな小さな村では忙しくは無い。店の中で他愛ない話や、休憩を挟みながらの楽しい時間。
 午後も過ぎ、日も暮れ始めた頃、普段より口数少ない俺に彼女は不満を訴えてきた。

「おとなしくないよ」
 本心としては嘘じゃなく、でも、確かに憂いがちな俺は自分に苦笑しつつ返事した。
「イシスで何かあった?」
 心配そうに頬を膨らませて、アニーちゃんは可愛い顔で顔を覗き込んでくる。

「うん、あった、あった。いっぱいあったよ〜」
「なんで笑って言うのよ」

「ありすぎて、笑っちゃうくらい、あったよ」
「………。ナルセスが元気ないと、なんだかつまらないね。でもいいよ。ちゃんと話してよ。辛い思いしたの?」
 早い店じまいをしながらアニーちゃんは、本当に心から癒されるような優しい言葉をかけてくれた。思わず泣きそうになるような。

「夕飯ナルセスの食べたいもの作ってあげるよ。なにがいい?」
 入り口を閉め、カーテンを閉じ、エプロンを外して店のテーブルにかけ、彼女は小走りに俺の前に回って来た。すぐ目の前に届くアニーちゃんを見て、俺はやっと自分が何をしたかったのかが分かったのだった。
 俺はずっと、この子を抱きしめたかったんだよね。

「ナルセス……」
 俺は何も言わない。というより言えなくて、が正解。
 大好きな女の子を、力いっぱいに抱きしめた。

「…痛いよ。ナルセス」
 そのままにされていた女の子が呟くと、俺はぎゅっと瞑っていた目を開けて、でも決して離しはしなかった。
 小刻みに腕が震えていた。そう、俺の方が。

 …怖かったんだろうな。怖かった。
 そして、本当は傷ついてもいたんだろうな。だから今アニーちゃんの事を離せなくなっているんだ。

「俺さ…。もう、アニーちゃんに、会えないかと、思ったよ」
「……………」
 ピラミッドで思った瀬戸際の思い。死ぬんだと思った時、本当に涙が出た。あそこに居たのはシーヴァスちゃんだったけれど、俺にはアニーちゃんにも重なって見えた。
 死にそうになったことだけじゃない。
 アニーちゃんをきっと守れなかっただろう事。
 情けなさ過ぎる。悲しみが襲ってくるのが止められなかった。

「………。でも、会えてるじゃない。会えてるよ。…大丈夫」
 アニーちゃんも強く腕を回してくる。ぎゅっと唇を噛んで、せつなそうに胸に顔をうずめたまま、微かな確認を俺に取る。
「…でも、でも、ナルセスは、行くんでしょう……?」


++


 どうして、訊いたりしてしまったんだろう。言葉の後で言った私は後悔を残した。だって、ナルセスは行くに決まっているんだから。
 もう、会えないかも知れない。そう思ってこないだも私はナルセスを送り出した。
 …送り出したのに。送り出す私の気持ちも分かってよ。

 「行く」と答えたナルセスは、夕飯を作る私にぽつぽつとイシスでのことを話し始めた。

 イシスでのアンデット事件。ジャルディーノさんの家族、事情。
 そして彼の親友のドエールさん。彼を気に入り、でも、彼に刺されたこと。ピラミッド地下に閉じ込められたこと。そこでもう駄目かと思ったこと。

 私はスープを作りながら相槌をうっていた。

「そっかぁ…。でも、その、ジャルディーノさんって、そんなにすごいの……?」
「すごいなー…。魔王とかに、本気で挑める人だよね、あれはさ」
「………。あんなにぼけぼけしてるのにね」
 味見をしつつ、私は正直な感想を言う。使えない子だな、って、私は思ったって言うのに。どちらかと言うと、愚図でむかつくタイプの子。

「ドエールさんのことは、すぐ許して。ナルセスは優しいよね」
「…うー…ん……」
 料理を待ちながら、テーブルに頬杖つくナルセスは曖昧な返事でうなだれる。
「ショックだったよ。やっぱり……」
「そうだよねー…。偉いよ。いい友達になれたらいいね」

 盛り付けたサラダをテーブルに置いて、私はにっこり笑った。
「人ってさ、わからないなぁ…って、本当に思ったよ。本当はどう思ってるのか、ってさ。笑ってても、本当は悲しんでいたり、憎しみに捕らわれてたり。だから、もっと解らなきゃいけないって、思うよね」
「うん……」

「アニーちゃんも、話してね。俺、わからないことも多いだろうからさ。わかるように努力するけど」
「ナルセスも、ね」
 大事にしたいよ。お互いのこと。すれ違わないように、気をつけていたいの。


「よしっ!完成!残さず食べてね♪」
「おお〜!旨そう!」
 スープとハンバーグと、サラダが今日のメニュー。ナルセスは無邪気な子供みたいに、両手にナイフとフォークを持って歓声をあげた。
「なんか、二人だけだから、新婚さんみたい」
 調子のいいことを言って、へへっとナルセスは照れ笑い。私が赤くなって「馬鹿!」と言う前に、ナルセスは「いただきます!」と食べ始めていた。

「うまいっ!あ〜っ!俺って幸せものだね!美味しいよアニーちゃん!」
「そ…、そう?よかった」
 向かいに私も座って、にこにこしながら食べてる彼を思わずじっと眺めている。

 仕事でロマリアに行っている両親はまだ帰らないから、今日は二人だけの夕食。なんだか嬉しくて、少し恥ずかしくて、ほっぺたが上がりっぱなしになってしまうね。
 私もなるべく顔が緩まないように、気をつけながら夕食を口に運ぶ。

「アニーちゃんいいお嫁さんになるよね。俺嬉しいなぁ」
「なに言ってるの」
 どきどきしながら、でも、私は怒った風にしか返事をしない。恥ずかしいから。
「だって、俺、アニーちゃんお嫁さんにしたいって思ってるもん」
「!」
 ぐっと言葉を飲み込むと、カーっと熱くなってくる顔。
 食事に手を動かすこともできなくて、私は必死にごまかす言葉を探している。
「アニーちゃん顔真っ赤だ。あはははははは。か〜わい〜」
「からかわないでよっ!!」

ガタッ!バシン!
 椅子から身を起こして平手でぶつ。

「久しぶりに喰らったなぁ…」
「ふん!食事はおとなしく食べてよ!」
「あーい。ごめんなさい。おかわり」

 皿を受け取って、スープを手に私が戻ると、ナルセスは真面目な顔でひとつの決意を私に告げた。
「ねぇ、アニーちゃん。俺、ダーマ神殿に行こうと思ってるんだ」

 今までその口から出たことはない。遥か東の、転職の神殿の名前。
「ダーマ…?まさか、何か修行する気?」
「そう。俺、僧侶になろうと思うんだ」
 続けてスープをすくいながら、その目は真剣なのだと私は知る。

 ……そして、僧侶。それはどうして僧侶なのか。
 またあの赤毛の彼の姿があるからなのだと、聞かなくてもわかることだった。彼がナルセスの目指す『目標』らしいから。
 
 本当にあの人が大事なのね……。少しの寂しさも私は覚える。


「僧侶か……。太陽神ね」
「そうそう。太陽神ラー!」
 反対する気ももちろんない。でも少し複雑ではあった。

「もう、そっちの道に行くつもり?なんか、ナルセスが聖職者になるのも変な感じだけど…………」
「どうかな?ただ、もう少し強く、役に立つ力が欲しいと思っただけだよ。魔法は、才能あるかどうかわかんないし、多分ないと思うし。でも、僧侶は、信仰心は自信あるから」
「なるほどね…」
 向かいの幼馴染は、目をキラキラ輝かせて夢を語っていた。
「ホイミとか使えるだけでも、随分助けられると思うんだな。そうしたら、きっと最後までついていける」
 死ぬことや別れに怖さを覚えても、決して止まらない彼の旅。
 もちろん、そんなところも、好きと思ってしまうのだからしょうがないね。

「いつ行くの?もう、話してあるんだ?」
「まだ。…そうだな、善は急げと言うし、ジャルディーノさんが起きて、イシスの事が片付いたら、行く方針でいくよ」

「そう…。応援するよ。頑張ってね」
「ありがと!ごちそうさま」
 綺麗に食べて、ナルセスは両手を合わせた。


++


 今夜は、微かに小さな雪が窓に貼り付いていた。
 積もるほどの量でもないけど、ちらちらと白いものが風に混じって降っている。カザーブの冬は結構きつめで、雪が積もる時もあった。
 用意してもらった部屋で、俺は毛布にくるまり、静かな窓の外を睨むように見つめていた。
 心は決まった…。俺は僧侶になるんだ。
 あれから、一人ずっと考えていた。このままではいけないと思う自分の道。

 アリアハンから旅立つ時、俺はどう思っていたんだろうか。恩人であるジャルディーノさんの旅を助けたい、そして、その旅をこの目で見ていたかった。
 つまり受身で、同行人でしかなかったんだ自分は。

 変わりたいと思う。
 そう思った今がきっとチャンスなんだ。熱いうちに叩いて絶対にモノにしてやる。
 必ず……。

 バラモスを倒す時、俺もその場所にいたい!


「こんなこと言ったら、アイザック喜びそうだ」
 独り言を言って、俺は含んで笑う。アイツみたいに大きく宣言はしないけど、守りたいものがあるから、俺も強くなりたいな。

 イシスで見たような大きな災いの渦。
 立ち向かったジャルディーノさんや、仲間たち。
 俺だってそこにいたいんだよ。自分なりに力を手にしてこよう、そう思う。

 そして、大きな敵を討つんだ。
 脳裏に浮かんだ銀髪の死神。恐れより、今は闘志が燃えている。


 コンコン。小さく扉が叩かれた。
「まだ、起きていたの?」
 扉の隙間からちょこんと覗いたアニーちゃんは、ベットの上で毛布にくるまって、珍しくしんみりと一人ごちていた俺を心配そうに見つめてよこす。
「なに?アニーちゃん、夜這い!?」
 ふざけて女の子みたいに身をすくめると、傍に置いてあったクッションが勢い良く飛んできた。
「馬鹿!!」

「あはは。冗談、冗談。雪降ってきたよ」
「…え?あ、ほんと」
 カーテンは開けたまま、アニーちゃんはベットに身を乗り出して、窓の向こうの小さな粉雪に視線を奪われた。
 俺はといえば、そんな彼女の横顔にいい気分になる。
「明日積もってたら遊ぼうね」
「ええ?積もるかなぁ」

 パジャマ姿のアニーちゃんは、そのままベットに腰掛け、すぐに自室に戻って行かなかった。
「さて、そろそろ寝るかなー。起こしてねアニーちゃん」
「うん……」
 俺はくるまっていた毛布を広げ、寝る準備に入る。でも、そんな中で腰掛けたままのアニーちゃんの横顔は神妙だった。気づかない振りをして、数秒。
「「…………」」
 なんだか、妙な空気になる。

「眠くないの…?アニーちゃん」
「…………」
 俺はどぎまぎしてくるのを感じて、だんだん所在無くなっていった。

「あの、ね、ナルセス…。その……」
 決してそこから視線も動かさない、彼女が戸惑いがちに、消え入りそうな声で俺に頼みごとをするのが聞こえた。
「まだ、その…。一緒にいても、いいかな……」

 自分の中で何かが突き抜けて、俺はベットの上に座りなおした。
 好きな女の子が、そばにいるんだ。
「帰らないの?部屋、帰れば……。俺追いかけないよ?」
 その方がいい。と思うのは反面。帰られたら帰られたで、もう収まりがつかないのは自分でもわかっていた。
「一緒にいたいって、言ってるじゃない……」

 アニーちゃんのそういう、拗ねたような物言いは、本当に可愛いと思う。
 全身でぶつかるように、俺は彼女を抱き締めていた。そして勢いのままベットに倒れ込む。両腕の先に見下ろした恋人は、薄暗い部屋の中、芸術的に綺麗に見えた。

「ねぇ……」
 細い声は、なんだか無性にドキドキさせる。
「約束して欲しいの。僧侶になるのも、強くなるのもいい…。でもね。でも……」
 背中に回している腕の先、指先がぎゅっと俺の服を掴んで、素直な彼女の瞳は少し潤んでいた。
「必ず帰ってきてね。他に何もいらない」
「帰ってくるよ。もちろん。こんなに好きなアニーちゃん、置いていったりしないよ」

 好きでしょうがないこと、何度も何度も繰り返して伝えた。子供の頃じゃれ合って遊んだみたいに、二人で過ごした内緒の夜、誰も知らない。


++


 翌日の夕方、迎えにシーヴァスちゃんが村にやって来た。
「本当に…、もう、いいのですか?まだ……」
「大丈夫だーいじょうぶ!離れていても心は一つだからっ!ねっ」
「またね」
 アニーちゃんはくすっと笑って手を振った。

 俺は別れ際、シーヴァスちゃんが見てるのも構わずに、走っていって盗むようにお別れのキスをしてくる。戸惑って、すぐに流せないアニーちゃんはまた可愛い。
 そこで調子に乗って、思わず熱烈なラブシーンを繰り広げてしまった。

 気がつくとシーヴァスちゃんが後ろを向いて、帽子のつばをぎゅっと引っ張っていた。
「ごめんごめんー。ごめんね。思わず……」
「いえ……」

 ………あ。刺激が強かったのか、シーヴァスちゃんの頬も心もち赤くなっていた。
「仲が良くて、羨ましいです」
 俺は今度はアリアハンへ飛ぶ。先に帰っている仲間たちに続いて、世話になっていた人たちへの顔出しだ。

 魔法で飛んでいく俺を見送る恋人。
「必ずまた帰ってくるよー!」
 叫んだ声は届いたか。






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