アイザックxシャルディナ(サリサ)の番外編です。

イシス日記と連携してます。



『彼の翼』

 アッサラームで興行していた私は、隣の王国イシスのアンデット事件終結の報告を聞き、心が躍った。
 次の芸団の目的地はイシスだったけれど、事件のためにずっとアッサラームで足止め。事件さえ解決すれば、すぐにもイシスに出発できる。
 そうしたら、早ければイシスを出る前の彼に会えるかも知れない。

 彼に会えることを期待して、イシス城下に着いた私は、時間が出来次第すぐに彼の居場所を探していた。
 勇者の噂は、彼の仲間の僧侶ジャルディーノさんを中心にすぐ聞くことができる。そして彼らは、太陽神の神殿にいるのだとすぐに知ることができた。

 事件解決の噂を聞いてから数週間、もう旅立った後かも知れない    そう思ったけれど、まだイシスに残っていてくれた事が本当に幸運で、嬉しくて、息を切らせて私は神殿へと飛び込んでいた。


 大きなラーの神殿の、訓練場で彼の姿が見つけられた。
 まだ二ヶ月も経っていないのに、この砂漠の国で日焼けした彼はすっかり見違えて、少し大人になったような気がした。
 直ぐには声をかけられなくて、建物の影からこっそりと、勇者と剣を交わす彼を見つめてみる。
 黒い髪が揺れて、閃く黒い瞳は、変わらずに私の好きな色にまだ包まれてくれていた。…それだけで、幸せな気持ちがいっぱいになって、動けなくなってしまう。

 やがて、訓練に彼が一息つくのがわかったので、私は名前を呼んで駆けてゆく。
「アイザック……!」
「……!シャルディナ!久しぶり!」
 私に気付いた彼は、私と同じ様に笑顔で挨拶してくれた。

「なんだ、イシスに来たんだ。今日着いた所?」
「うん…!もしかしたら会えるかなって、思ってたの。良かった!会えて!」

「あー、超・美少女シャルディナちゃん!シャルディナちゃんもイシスに来たんだ〜」
「あ、こんにちわ。ナルセスさん。お久しぶりです」
 彼の仲間の商人、ナルセスさんが同じ様に汗を拭きながら挨拶に来てくれました。
 話していると、初めて見る女の子が私に興味を示す。

「…その子がシャルディナさん…、なの?お守りの……」
 金髪をポニーテールにした、かわいらしくて、快活そうな女の子。
 その子の言葉にはっとして、アイザックが戸惑いながら質問してくる。
「あ…。そうだ。シャルディナ、ちょっといいか…?シャルディナって、聞いてなかったんだけど、ランシールから来たのか?実はさ……」
 唐突に、彼の口から衝撃の単語が転がり落ちた……。

 私は動揺を隠す余裕も無く、明らかにうろたえ胸を押えた。
 よく彼女を見れば、ランシールの僧侶の証とも言うべき、主神ミトラの印の刻まれた十字架が胸に光っている。心臓が高鳴りして、冷や汗に背筋が凍る。
「ううん。違うよ……」
 できるだけ平常心で答えたつもりが、少し声が震える。
 女の子が見抜いて、問い詰めてきて私は後退した。
「え……。……。でも、聖女様が、ラディナード様が、あなたを知っていたって」

 更に聖女の名前、そして……。
「隼の剣、知ってますよね?だってあなたのお守りが光ったんだもの。あなたは…」
「あ…。ごめんなさい。私、もう帰ります」
 慌てて一礼して、私は一目散に逃げ出した。
「えっ。あ。シャルディナ!」


 私は、神殿を駆け出し、一気に城下の賑やかな通りまで逃げて来た。
 立ち止まり、俯いて大きく息を吐いた。突然の質問による動揺と、走り抜けた鼓動を落ち着けるように、深呼吸する。

 すぐに私を呼ぶ声が聞こえて、腕を引かれて振り返った。
 腕を引いたのは黒髪の少年。でも私は顔を見ることができずに、サッと視線を反らしてしまう。
「その…、もう聞かないから。ごめん。困らせるつもりじゃなかったんだ。もう、聞かないから」
 気にして、追いかけて来てくれた。嬉しいけれど、私は唇を固く噛んで俯いたまま。
「ううん。ごめんね。逃げたりして……」
 首を振って、ひたすら逃げ出したい私は、また後悔を残すような台詞で彼を遠ざけてしまう。
「ごめんね。でも、今は…。ごめんなさい。何も、言いたくないの……」
「うん。もう、聞かないから。ごめんな……」

 彼の戸惑いや困った仕草が、心に痛くて、涙を抑える事に必死になる。
「あ…、でも、シャルディナ。これだけは言わせてな。多分、このお守りのおかげで助かったんだ。危ない所だった。ありがとう」
 人込みを避け、道の端で彼は微笑んだ。
 
 あなたに会いたくて、その笑顔に会いたくて、声を聞きたくてここまで来たのに、今はその全てが哀しく思えてしまうの。それは私のせい。
「無事で良かった。アイザック……」
 そこでまた、二人は沈黙に落ちてゆく。次の言葉が怖くて、私は作り笑いで場を取り繕う。

「…あのね、女王様の許しも出て、暫くイシスで興行できるの。良かったら見に来て」
「もちろん行くよ」
 答えも聞き終わらないうちに、私は小さく走り始めた。一度振り返って手を振って、そこからは振り向かずに馬車まで走る。


 今夜の演奏の準備や、食料の買出し等しているのでしょう、馬車には誰も残っていなかった。馬の方に何人か仲間の姿が見えただけ。私は隠れて馬車の中にうずくまり、膝に顔をうずめた。

 いつも、願いは叶わないね。いつもそう思い知らされるの。
 私は、「外」に出なかった方が良かったのだろうか……。
 自問して、私は、寒くはないのに、両腕を掴んで震えた。どうしても願ってしまうんだもの。もっと大きくならないうちに、このまま消えてしまおうか…。その方がいい…?
「帰りたくない……」
 膝が濡れて、私は一人、心の「叫び」がか細くこぼれたのを聞いた。

     考えを整理すれば、一つ解ることがある。
 私の渡したお守り、私が祈った事で、「お父様」が彼を助けてくれた。
「隼の剣」、「聖女ラディナード」、彼はきっとランシール神殿に行ったのだと思う。

 私の事を話したら、彼は、どう思うのか…?それが不安。同じ態度で接してくれない気がする。帰った方がいいって、きっと言うね。
 私が、恐れているのは、ただ一つの「さよなら」。
 早いか、遅いかの、違いだけなのに。

++

 砂漠の国の空は闇に染まり、私は竪琴を弾き、自分を慰めるように唄っていた。
 イシスの民は数ヶ月続いた事件の深い悲しみの中にある。それを美しい音楽や歌で、少しでも明るくできたなら、それが私たちの仕事。
 そして、歌はいつも私を慰めてくれた。
 誰も聴く者がいなくても、いつでも「自分」が何処かで「自分の歌」に癒される。

 拍手の中、アイザックと彼の仲間達が、聴衆をかき分けて挨拶に来てくれた。
「本当に綺麗な歌声でした、シャルディナさん。素晴らしいです」
「うん!すごいよ!すごい気にいったよー!!美少女なうえに歌も巧くて、最高だね!!俺ファンになるよ!」
 姿の見えない仲間もいたけれど、エルフのシーヴァスさん、商人のナルセス君の感想に私は深く何度も頭を下げた。アイザックの他にもう一人、あのポニーテールの女の子が顔を覗かせて一礼する。

「さっきは…、ごめんなさい。私サリサです。このイシスから…、皆の手伝いをさせて貰ってます」
「そうですか…。私は、シャルディナです。吟遊詩人として、旅をしているところです」
 笑顔を作ると、彼女も笑顔を返して両手を合わせた。
「でも、本当に歌上手ですね!感動しました!」
「いえ、そんな・・。ありがとうございます」

 その後に、アイザックが何か言おうとするのが感じられて、私は仕事と偽ってそれを避けた。
「ごめんなさい。まだ仕事があるの。また後で」
「…………」

 近くにいた仲間に声をかけ、彼に背中を向けて距離を生む。
 アイザックはまだ    黙ってそこに残っていたけれど、サリサさん彼を誘った。
「アイザック?ね、この曲、お城でも踊った曲だよね。また踊って欲しいな」
「えー……」
 せがむ彼女に、余り気乗りしない様子なアイザック。でも、お願いする彼女に負けて、さえない表情で踊りの輪の中に二人混ざって行った。


 演奏に混じろうと思ったけれど、とても絃が弾けず、私は裏に引き込む。
 本当は、こんな事位で、仕事ができないなんて情けなさすぎる。けれど今歌えば、必ず声が震え、竪琴の音は歪むと思った。自分のことは自分が一番良くわかる。

 仲間たちの演奏を、荷物の裏に隠れて聴きながら、私は砂漠の国の月を見上げた。今日は半月、私は癖のようにいつも空を見上げる。
 永遠に届かない夢のように。


「こんばんは」
 不意に声をかけられ、私はびくりと飛び上がった。その声には聞き覚えがあったから。
「…辛そうですね。シャルディナ様。こんな楽しい夜に」
 緑の髪の賢者は、優しい瞳で私を見下ろす。私は思い出したように悲しみに笑った。

「…辛いです。とても…。私の居場所なんて、何処にもありません」
「そんなことありませんよ。今は家族の様な仲間達と一緒なのでしょう?それにアイザックさんもいます。再会を喜んでいますよ」
 表では楽しい音楽がまだ続いている。今の私の暮らす場所。
「……。ワグナス様…、いいえ。私が望む場所には…、もう、別の人がいるんです」

「アイザックさん…。どう出会ったのかは存じませんが、あなたが「羽根」を手渡すような人だ。お好きなんでしょう。良いことだと思いますよ」
 賢者には、自分の正直な気持ちが語れる。彼には何も隠す必要が無く、皮肉にも一番素直に話のできる人かも知れなかった。

「せめて、私にも何かできればよかったのに…。そう思います。私は、何もできない。例えば、一緒に戦う事も、怪我を治してあげる事も…。一緒にいたくても、それさえできないなんて…。どうして私、「外」に出てしまったんでしょう。「外」の世界に憧れていただけなら、きっとそのまま耐えられた。でも、知ってしまったから…、またあそこに帰るのは…、心が裂けそうに、苦しいです」

「あなたは…、帰りたくないのでしょう。彼は、「隼の剣」を手にしました。彼は「地球のへそ」に挑みますよ。彼なら…、あなたを探す、そう思いますね。一緒にいたいのでしょう…?忘れられないだろう事をあなたはもう、予感しています。なら素直になればいい。あなたも踊ってきたらいかがですか?サリサさんと、あなたの位置に違いなど無いと思いますよ」
「ワグナス様……」

 ワグナス様の励ましはとても嬉しかったけれど、私にはそんな勇気もないこと、知っている。彼女との違いは大きすぎて越えられない……。

 私は断ろうとして首を振った。風に吹かれた髪で諦めの表情を隠すと、賢者はそれをきっと承知で通り過ぎて行く。
「アイザックさん探してきますね」
「や、やめて下さいっ!踊れませんっ!」
 慌てて賢者の腕を掴み、わめき散らす。
「無理です!私…、お、踊れません!顔も見れないのに…!話もできないのに…!それに、それに……!」
 踊りなんて、余りに近すぎる……。
 あんなに近くで体が触れて目が合ったりしたら、私は卒倒してしまうと思う。けれどワグナス様はなにか楽しそうに微笑む。

「大丈夫ですよ。アイザックさんも見様見真似ですから」
「そんなことじゃないんです…!あ、アイザックは…!無理です。私は……」

「俺……?」
 私は…、今度は本人の登場に恐れ身を翻して、口を開けたままよろめいて倒れそうになってしまった。その肩をぐっとワグナスさんが掴んで、私をアイザックの前に押し出すとにっこりする。

「ああ、アイザックさん、今探そうと思っていたところなんですよ。シャルディナさんがアイザックさんと踊りたいのに恥ずかしくて言えないって困っていましてね」
「ち、違います!ワグナスさん!そんなこと言ってませんっ!」
 顔から火を噴出すように私は慌てて、半分泣き出しそうに必死に否定繰り返す。賢者の両腕を掴んで、握り締める両手がブルブルと震えて。
「違うから!あの…、アイザック、気にしないでっ!」
 振り返ると、月明かりを背に、私の混乱とは対照的に、酷く冷静な淋しそうな黒い瞳が私を見つめていた。


「……俺、避けられてるんだと思った」
「……………」
「やっぱり、こんなままじゃ嫌だから、探して話しようと思ったんだ」
 自分が恥ずかしくなる位、真剣な彼に、私は全ての言葉を失ってしまった。小さな私の恐れも不安も、彼の前では無意味に思えてしまうの……。

「そうですか。シャルディナさんも、素直に。アイザックさんも、話聞いてあげて下さいね」
賢者は横をすり抜け、思いついたように悪戯に笑います。
「それでは、シャルディナさんの穴は私が飛び入りしてきましょうか。そうしたらゆっくり話ができますね」

「ワグナス、まさか、歌うのか……?」
 アイザックは眉をしかめて、思い切り不安そうに聞いた。
「歌はさすがにシャルディナさんの穴埋めにはなれませんが…。私笛も得意なんですよ。なにせルタ様直伝ですからね」
「誰だよルタって」
「ルタ様……」
 懐かしいお名前に私も繰り返す。
「シャルディナさんの師匠ですよ」
「師匠!?」
 考えもしなかったアイザックが驚いて私を見る。
「いいえ、私は、ルタ様の真似をしていたに過ぎません…。師匠なんて、怒られてしまいます」
「かわいい弟子と思っていますよ。間違いありません」
 私の苦笑に賢者は笑顔で、手を振って表の賑わいの方へ消えて行った。

「ワグナス、前から良くわからない奴だったけど…。シャルディナ知り合いなのか?」
「え……?」
「って、聞いていいのかわかんないけど……」
 昼間の事、私が避けた事、彼が気にして言葉に戸惑っているのが、なんだか少しおかしい気持ちになる。そんな小さなこと、彼が引きずることがとても不思議で。

「アイザック、ちょっと、こっち、いい……?」
 賢者の好意に甘えて、少し仕事をさぼってしまうことを、私は決意して彼を誘った。人の集まる王城前広場から離れ、中央のオアシスから引いた川、その小さな橋の上、水面に揺れる綺麗な月を覗き込む。


「ワグナスさんは…、知り合いなの。…お父様から……」
 同じ様にして横で橋の縁に腕を乗せる、アイザックに私はぽつりぽつりと話し始める。

++

「お父様と、ワグナスさんが、知り合いだったのね。それと…、ごめんねアイザック。私、ランシールから来たの。嘘ついて、ごめんなさい……」
 水面を見つめて話しかける。近くに人影は無く、遠くに仲間の奏でる演奏と、人々の賑わいの声が微かにこだましていた。

「無理して話さなくてもいいよ、シャルディナ。俺、あんなに困らせるなんて思わなかった。これからも詮索したりしないから」
「あ…、違うの。聞いて欲しいの」

 横顔を見上げ、黒い瞳と目が合って、私はパッとまた下を向いた。賢者ワグナスの言った言葉を思い出して、思いもかけずにほっぺたが熱くなってくる。
「…その…、ランシールで、生まれた、の、では…ないんだけどね。ランシールの、神殿で暮らしていたの。だから、本当は聖女の二人も、知り合いなの……」
「ワグナスとも知り合いで、聖女とも知り合いって。シャルディナってひょっとしたら偉いんじゃないか?何処かのお姫様とかさ。良くある話だけど」

「……………」
 すぐには…、返事を返さなかった。
「アイザックは…、そんな時、態度、変わっちゃうのかな……?」
 砂埃を混ぜた風が肌寒く吹き抜けて、衣装のままだった私は、両手で自分の腕を抱えた。
「無礼があったら詫びるけど、…、でも、シャルディナが嫌なら、そのままでいるよ」
アイザックは自分が簡単に羽織っていた、フード付きのマントをバサリと私に被せて笑う。
「ちょっとそれじゃ寒いよな」
「ありがとう……」


「ジャルディーノの奴も、あれもあれで実は『ド偉い奴』だったけど…、皆そんな扱いしてないしな。ワグナスも実はすごい奴なんだろうけど、全くそんな扱いしてないし…。シャルディナが実は姫様とかでも、今まで通り接して欲しければその通り、今までのままだよ」
「うん……」
 マントをぎゅっと掴んで、ようやく私は、彼に見せたかった顔ができたような気がした。
「えっと……」
 彼は急に照れた様に、自分の髪の毛に手をやり始めた。

「的外れな気もするんだけど…。命も助けてもらったし、お詫びも兼ねて、実はさ、…買ってきた物があるんだよ」
「えっ……」
 私に被せたマントの内ポケットをごそごそと探って、小さな包みを彼が出すのを私は人事のように見つめていた。嬉しすぎて、まばたきばかり繰り返してそれを受け取る。

「よくわからないから、ほんと適当なんだけど…。あっ、でも、一応サリサに見てもらったし…。変なものじゃないと思うんだけど」
「あ、開けて、いいのかな……」
 断って、どきどきしながら小さな袋を開いた私は、その中にイヤリングを見つけて手のひらに乗せて見つめる。羽根をイメージにしたイヤリング、小さく綺麗な赤い石が光を放っていた。
「ジャルディーノ効果で、その石を身に付けてると幸運を呼ぶとかって、今イシスではやってるんだって言ってた。ジャルの持ってる石と同じ石なんだ、それ」
「…嬉しい…。すごく嬉しい。いいの……?」
「こんなんでよければ……」

 お礼になるかな?と彼は心配するけれど、私はもう頬が下がらなくなっていた。デザインが「羽根」なことも、二人の約束の証のようで嬉しかった。
 その場で耳に付けて、飾りが揺れる音に心が躍る。
「ありがとう!すごく、すごく嬉しい。大切にするね」
 曖昧にアイザックは相槌を返した。暫く口ごもった後、私の満足そうな顔を見て安心したのか、橋の縁に寄りかかって、初めて会ったあの日のように気持ちのいい笑顔を見せた。

「それからどうなんだ?また苦労とかしてないか」
「してないよ。みんなすごく優しいの」
「そっか。服も買って貰ってるみたいだし。給料も貰ってるんだろ?良かったなぁ、いい所が見つかって」
 頷きながら私は、静かに、彼との時間に酔いしれていた。

 静かな夜の帳の中、私は思う。錯覚と知りながら、彼の紡ぎ出す何気ない言葉、会話、声に勝る音色は今この世界にはないのだと。

 遠くに聞こえる音楽が止まるまで、私は彼の旅の事、仲間達の事、家族の事、少年の横顔に言いようのない想いを抱きながら、ずっと彼の歌のように聞いていた。

++

 シャルディナの仲間達の奏でる音楽が止まり、そろそろそんな時間かと、俺は帰り道についた。シャルディナと二人戻ると、ワグナスの奴が人込みの中心でなにやら愛想を振り撒いている。囲んでいるのはシャルディナのいる芸団の団長とか、団員の踊り子とか、あとは知らない女達が数人。

「すみませんね。私は今日の飛び込みでして。シャルディナさんの唯の代理ですよ。せっかくなのですが、さすがに時間を潰している訳にはいかないのです」
「そうですか?素晴らしい笛の腕前でしたよ!是非仲間に欲しい程です!」
「あっはっはっ。そんな、お上手ですね」(嬉しそう)
「素敵でしたわ。ワグナスさん!もうお帰りなのですか?」
「ゆっくりしていかれたらどうですか」
 勧誘と、黄色い歓声に本人は断りつつも、非常に悦に入っている。

 …そんなに笛、上手かったんだろうか?
 疑問を感じつつも、無視して俺たちは横を通り過ぎようとしていた。
「あっ、お帰りですか」
 誘いの声も華麗に受け流して、ワグナスはにこにこと俺たちの前に流れてくる。
「…すごい人気だな」
「シャルディナさんには敵いませんよ。っと、可愛らしいイヤリングですね」
 めざとく見つけて、わざとらしくワグナスはシャルディナを褒めた。

「さて、私はおいとましますね。また会いましょう」
「…疑問なんだけど、お前っていつも何処から来るんだ?何処に帰ってるんだ?」
 逃げるように消えようとする正体不明の自称賢者に俺は尋ねた。
「嫌ですね。それは無粋と言うものですよ」
「無粋……?」
 まさか恋人でもいるとか???顔をしかめているうちに奴は素早く笑顔で退場していた。本当に持って、得体の知れない奴だ。

 シャルディナはワグナスについての質問を団長などにされていたが、奴を誘うことには丁重に断っていた。苦笑していた俺に仲間の一人が近づいて来るのが見えて、俺は振り返った。
 他に仲間の姿は無く、サリサ一人が不満げに呼びかける。

「随分遅かったね」
 待っていたようで、言った後で、ワグナスの説明をするシャルディナを見ては少し頬をふくらませている。
「イヤリング、喜んだでしょう……?」
「うん。喜んでた。…良かったよ。見てもらって。俺じゃわからないしな」
 買い物に行くと言った俺に、サリサがついて来て、後ろから助言してくれたのが良かったな。はっきり言って、さっぱりそーゆーモノはわからない自分だから。

 もう、夜も更けて、シャルディナに挨拶して俺はサリサと帰り道についた。
「また明日も来るよ。じゃあなシャルディナ」
「ありがとう。楽しかった。おやすみなさい」
 客にするように改まって礼をして、にこっとシャルディナは手を振って俺たちを見送った。


「なぁ、ワグナスの奴、そんなに笛?上手かったのか?」
 集まった人々が散って行く中に混ざりながら、どうしても納得しない疑問をサリサに訊いてみる。
「うん。上手だったよ。知らない曲だったけど…。綺麗な曲だったよ」
 なんとなく声に元気が無いのを感じながら、俺はサリサの顔を覗き込んだ。

「…何話してたの?」
 唐突に、シャルディナとの会話内容を聞いてくる。
「何って別に。普通に…。今までのこととか」
「アイザックあのね。私もね、アイザックに、渡したい物、あるんだ」
 なんでまた?と首を傾げると、サリサは立ち止まって、俺の前で腰の鞄から新品の手袋を取り出した。
「最初、助けてもらったお礼とか…。それからピラミッドとかも…。結構手袋も、使い古してるでしょ?使えるかな、と思って……」
「ええー!マジで!?…っと、別に、礼とか良かったのに。ああ、でも、くれるなら貰うよ。助かる」
 突然の貰い物に思わず声を上げて喜んだ俺は、受け取った手袋をはめてサイズを確認してみる。
「…ほんと?良かった。使ってね」
 また、サリサは良くわからない奴で、元気なかったはずなのに、もう明るい顔に変化していた。
「でも、もういいからな。礼とか。これからは一緒に行くんだし。仲間なんだからさ」

「…仲間?…そうだよね。これからは一緒だもんね」
 また夜道を歩き始め、何かを確かめるようにサリサは繰り返していた。

++

 それから、彼がイシスを旅立つまで、数日間。毎晩彼は私の歌を聴きに来てくれた。
 私の耳元でイヤリングは微かな音を立てて、群衆の中の彼の姿もいつもすぐに見つけられた。彼の横には彼女の姿があったけれど、それでも私はいいと思った。

 彼はピラミッドで鍵を手に入れ(貰い物らしいけれど)、砂漠南の封じられた祠を開け、更に西の国ポルトガへと行ってみるのだと言う。
 仲間の僧侶ジャルディーノさんも体力回復して、明日の朝早くに出発して行く。
 彼との二回目の別れ、手を振る彼の背中には翼が見えるようだった。

 私とは違って、彼は一人でも何処へでも行けてしまう人。
 私はこうしていつも見送る係。


 本当に空へ行く日が、彼にはきっと来る。憧れるほど、強い彼の翼。
 でもいつか……。
 あなたにも、その翼が折れて、動けなくなる時が、はたしてあるのだろうか。
 そんな時、私になにかできるかな……。
 彼のような、彼と飛べる、大きな翼が欲しい。

 彼の足跡を追いかけるように、これからも私は空を仰ぎ、歌声を便りにしていく。




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下の歌詞はシャルディナイメージぴったりの坂本真綾さんの歌です。
も、切なすぎて泣けます。(*´∇`)。o 彼女の歌はこんなイメージ♪


「光の中へ」 (坂本真綾)

握りしめた手をほどいたなら
たぶんこれですべてが今終わってしまう
知りたかったこと 傷つくことさえも
何ひとつ やり残したままで

あなたが出会う幸せを願いたいはずなのに
できない未熟な自分に 拭いても涙が出る

さよなら
愛している あなたを誰より 宙(そら)よりも深く
泣かないで また会おうね
でも会えないこと 私だけ知っているの


こんな運命をえらんだこと
いつかあなたにも本当の意味が分かるわ

二人作った記憶の宝
ずっと心の隠れ家で生きてくよ

きれい事だと思ってた希望という言葉を
苦しいくらい抱きしめてあなたを見上げている

ありがとう
愛している あなたを誰より 夢よりも強く
抱きしめて 離さないで
だけど一言も 伝えられないで……

泣かないで 愛している
遠く離れてても あなたと生きてゆける