ランシールに到着前、まだ海賊船が傍に居た時のお話です。(スヴァルxサリサ)

「盟主誕生」後の方がいいかな。



「彼という、灯」



「しっかしー…。結構いい雰囲気なんじゃない?あの二人。さっさとうまく行く方法はないかしらね〜」
「…そうですねー…。スヴァルさんが告白すれば、随分状況も変わるような気もしますが…」
「そーねぇ…。無理ね。自白剤とかないかしらね〜。もしくは即効性でもいいから、惚れ薬、媚薬とかね」
「…ほう。…いいですね…」(にやり)

 テドンを発った海賊船の上、そんな密談があったとか…。





「大丈夫ですかスヴァルさん…?顔色が悪いですよ…?」
 いつものように、シーヴァスと二人で私は海賊船にお邪魔して働いていた。
 シーヴァスは恋人に会うことが目的で、私はその付き合い。海賊船では私はいつも副頭領のスヴァルさんと一緒だった。

 それは突然起こった事件。
 普段のように、調べものをしていたスヴァルさんにお茶とお菓子を差し入れした時の事。お茶かお菓子だったのか、口にした時から彼の様子はおかしくなった。

 いつもと違い、美味しくなかったのか、口に手を当てて怪訝な顔で押し黙った。
 今まで見た事のない光景で、私は思わず、砂糖と塩でも間違ってしまったのかと思って慌てて謝った。

「あっ、あの…。何かおかしかったですか…?あ、味見はしていますけど…。不味かったら食べなくていいですから!あの、持って帰ります!」
 お皿とカップをトレイに慌てて乗せて、私は一目散に逃げ帰ろうと思った。
「ガハッ…!ガフッ…!」
 苦しそうに咳き込む声に振り向くと、有り得ないことに、真っ青になってしまった彼がガタリと椅子から倒れて落ちた。

 今まで涼しい顔しか見たことがなかったスヴァルさんが、青ざめて昏倒してしまい、私は取り乱して悲鳴を上げた。





「あちゃあ〜…。あの野郎、おかしなモノ入れたんじゃないでしょうねー…」
 部屋に寝かせたスヴァルさんの横で、私はミュラーさんに謝り続けていた。どう考えても、私の作ったものが原因としか思えなかったから…。

「全然効果出てないじゃないのよ…。(ブツブツ)ぶっ倒れさせやがって、後で覚えてなさいよ…(ブツブツ)」
「ごめんなさいミュラーさん。何か間違ってしまったみたいで…。スヴァルさんもごめんなさい…」
「ああ…。まぁ、いいから。この位でへこたれやしないわよ。ね、スヴァル」

「……。サリサ、…お前のせいじゃないから、もう帰れ……」
 ひどい高熱に、息も絶え絶えな彼は、私を気遣って帰りを促す。でも、こんな状態でのうのうと帰る気になんて勿論なれなかった。
「私、看病してます。ごめんなさいスヴァルさん。ごめんなさい…」
 額のタオルを氷水で絞り、汗を拭きながら、私は一人彼の容態を見守っていた…。



 コンコン。
「失礼しますよ。こんばんわ。スヴァルさんの容態はいかがですか…?」
 暫くして、何故か顔を貼らした賢者ワグナスさんが、替えの氷水を桶に入れて訊ねてきた。
「熱が下がらなくて…。どうしよう…。毒消しも効かないし…。どうして顔が腫れてるんですか?またニーズさんに殴られたんですか?」
「いえいえ、彼のお姉様に…って、お気になさらず」

 彼の船室で、苦しそうに寝返りをうつ、彼の横顔を見ると罪悪感に胸が傷んだ。
「あの、ですね…。サリサさんのせいではないですから。…しかし、おかしいですね。一体何処で配合を間違えたんでしょう…?(ブツブツ)とにかく、お疲れでしょう。代わりますよ」
「いえ…。大丈夫です。私、看病してます」

 疲れよりも、心配で仕方がなかったと思う。
 …本当は、きっと彼がとても強く見えていたせいで、こんな風に倒れてしまう姿なんて想像もしていなかった。
 いつも優しくして貰っているのだもの。こんな時ぐらいはしっかり看病していたい。

「………。そうですか。後で毛布持って来ますね。本当に辛い時はミュラーと代わって下さいね」
「はい。でも、私、見てますから」





 ギシ…。ギシ…。
 船は静かに揺られて、木の軋む音を微かに鳴らしていた。
 私はベットにもたれて、いつの間にかうたた寝していた。

 私を起こしたのは、初めて訊くことになった、彼の苦痛の声。

「う…。待て…。やめろ…!それ、を、壊すな……」
「スヴァルさん…?大丈夫ですか」
 まだ熱い体を揺すり、うなされる彼の頬を軽く叩いてみる。汗で貼り付いた前髪をかき上げて、ちょっとどきりとした私は一度手を引っ込めていた。

「貴様ら…。許さ、ない…。全て、焼き尽くして、や…」
「スヴァルさん…」
 冷たいタオルで顔を拭き始めると、その手首を強い力で握り取られて、その握力に私は眉をしかめていた。
「痛っ……!」

「サマン、オサ…。許さない…。許さない…!母さん…!母さ……!」
「あっ、い、痛いですっ!」
 このままだと折られてしまいそうで、悲鳴を上げたのに反応して、悪夢から醒めたように彼の体が飛び上がって私に気がつく。
 息を整えるために肩が上下に揺れ、汗がこめかみを伝って毛布に落ちた。熱に視界が眩むのか、目を細めてスヴァルさんはようやく呟いてくれた。

「サリサ…か?」
 視界も定まらないのか、何処か焦点の定まらない目でうわ言のように呟く。
 握りしめていた手首に気がついて、力が抜けた大きな手はするりと毛布の上に帰って行った。
「………。悪い…。大丈夫か……」
 手首をさすっているのに気がついて、彼は謝り、悪夢から目覚めて安心したのか、ゆっくりと彼の呼吸は落ち着いてゆく。

「はい…。スヴァルさん、うなされてましたよ。…お母さんの夢ですか?」
 訊く事に本当は躊躇いながら、私は汗びっしょりの額を冷やしタオルで拭いてゆく。返事はすぐには返ってこなくて、伏し目がちな紫の瞳には苦い悲しみが見えてしまった。

 訊いちゃいけなかったかな……。
 こうしてこの人の倒れる姿を見るのも初めてなら、こんなあからさまな暗い表情を見つけてしまうことも初めてだった。
 私は何か勘違いをしていたような気がして……。
 大人でいつも冷静なこの人の、当然あるような弱さも悩みも、私は全く考えもしていなかったことにようやく気がつく。

 いつも話を訊いてもらって、優しさに甘えるばかりで、何もこの人の事を知らない私。
 どうして海賊をしているのかも知らないし、家族のことも知らない。

 整った顔立ちの男性は、私の不安に気づいたのか、たいした事ではないように、気遣って軽く言い放った。
「…これから、国に帰ったら、墓参りに行くんだ。だから昔の夢を見たんだろう……」
「亡くなられてるんですね…」
 ただ亡くなっただけなら、あんなうわ言は叫ばないと思った。

    「貴様ら、許さない」おそらく誰かに彼の母親は……。


「喉渇いてませんか?お水飲んで下さいね」
 水差しから汲んだ水を飲み干した後で、彼はベットから足を出して、立ち上がろうとした。
「何処へ行くんですか?」
「着替えを、な……」
 汗に貼り付いたシャツを着替えようと、タンスへと立ち上がり、向かった彼は立ちくらみを起こしたのかグラリと傾く。
「あ、危ない…!きゃっ…!」
 慌てて支えようと腕を伸ばして、長身の彼を受け止めた。けれど重みに負けて、私の背中は床にまで落っこちる。
 スヴァルさんの下敷きになって、私は痛みに体をよじった。

「いった…。大丈夫ですか?スヴァルさん……」
 波に揺られる船室の床の上で、一緒に倒れた人は腕を伸ばし、上体を離そうと身動きしていた。見上げたら、息を飲む至近距離で彼と私の目が合った。
 暗闇の中、とても正視できるような美貌じゃない。

 そのまま起き上がるのかと思ったのに、彼の金の髪が私に降って来る。
 体が密着して、そのまま熱が移されてくるのに、ひどく私は動揺していた。

「あの…。あの…っ!重いです!起きれないんですか……?」
 半分泣きそうになって、両手を突き出して彼を突き飛ばし、床を転がって逃げると、彼は暫くそのまま床にうつ伏せて微動だにしなかった。
 不安になって近付くと、「悪い」とひと言謝って、覚束ない動作で枕元に置いてあった桶の水で顔を洗う。

 新しいタオルを水を滴らせたまま取りに行き、頭に被り、彼はどこか打ちのめされたように私に背中を向ける。

「もう、いいから。帰った方がいい。後は自分一人で居られる」
 気まずい空気に、私は後悔を覚えていた。
 汗を吸ったシャツを脱ぎ捨てる、その背中を見上げても、また私は胸をドキドキさせてしまう。だから嫌だったんだ。

 男の人に偶然とは言え乗りかかられて、過剰反応して突き飛ばしてしまって、彼を傷つけてしまったかも知れない。そんな気なかったと思うのに……。
 嫌だな。そんな風に意識してしまうことも。

 着替えてベットに戻った彼を追って、私も横の椅子に座り直して、彼の手を取った。
「ごめんなさい…。あの…。びっくりしてしまって……」
 部屋は暗いから分からないかも知れないけれど、きっと私の顔は赤い。
 バクバクと胸も波打っていて、本当に恥ずかしいぐらい。
 どうか気づかないようにと願いながら、私は精一杯の謝罪を込めて、帰れという彼の言葉に反論する。

「スヴァルさんが元気になるまで私看病しますから。それに、…もう嫌な夢を見ないように、ここで祈ってます」
「サリサ……」
 再び彼が眠りに落ちるまで、大きな掌を両手で握りしめていた。
「……。ありがとう…」

 静かに寝息が聞こえ始めても、私はずっと熱いその掌を離さないで寝顔を見つめていた。
 男の人の、しかも他人の、寝顔をこんなにも眺めていたことなんて、初めてのこと。





 翌朝、すっかりスヴァルさんの顔色は良くなって、朝食のスープを持って来て私はにこにこと座っていた。
「良かった…。良くなって。嫌な夢も見なかったですよね?あれからぐっすりだったから。あははっ。寝顔ずっと見ちゃいました」

「サリサの夢を見たよ。いい夢だった」
「え?どんなですか?」
「内容は忘れたな」
 返事ははぐらかされて、空の皿を下げた彼は手ぐしで頭を直しながら、ベットから出ると髪をとかすために引き出しからブラシを取り出す。

 ブラシを取り出した際に何かが床に落ちて、拾った私は唖然として固まった。

「……………」
 見覚えのある自分の写真。
 それは信じられないことに、ナルセス君の街などで売られている、私のブロマイドだったから……。
 持つ手がわなわなと震えて、どうしてこんなものが出てくるのかに戸惑って、見つめたスヴァルさんにもどう聞いていいのか言葉が見つからなかった。

「ああ、それか。………。ワグナスの奴が全種類よこしたんだ」
「ぜぜぜ、全種類!?持ってるんですか?!」
「ああ、そこに全部入ってる」
 引き出しの中を確かめて、嬉しいやら、恥ずかしいやら。私の体温は涼しげな彼に反して急上昇して頭から煙が出る。

 ブロマイド群を手にしてフルフル震えるばかりの私に、いつの間にか彼は横に立ち、耳元で冷静に言うけれど……。
「嫌なら、持って帰ってくれていい。悪かったな」
「い、いえ。嫌とかじゃなくて…、あの…。こんなの持ってて、嬉しいんですか…?私の、なんて、その…。シ、シーヴァスとかの方が……」(汗)
「彼女のはルシヴァンに渡そうとしたらしいな。断られたらしいが」
「え?断ったんですか……?」
「アイツは『モノホン志向だから』と断ったと言っていたな」
「なるほど…。そうですよね、彼女だし……」

 一人で恥ずかしがっているのが更に恥ずかしくて、私は引き出しを閉じて深呼吸を隠れて繰り返す。
「もう、ワグナスさんってば…。悪戯好きなんだから」
 最近仲良くしてるからって、きっと冷やかしてるんだ。頬を膨らませて、私はそう納得している。

「行き過ぎの写真は撮らないように言ってあるからな。ハメを外す事はないと思うが…。度が過ぎていたら言ってくれ。すぐに止めさせる」
「あ、はい…。ありがとうございます」
 様々な意味を込めて、私は頭を下げた。

 恥ずかしいけれど、売れなかったらどうしようという、不安要素も抱えていた物だけに、持っていてくれる人がいることは嬉しかった。


 容態の回復したスヴァルさんに見送られて、甲板に上がると潮風の向こうに自分たちの船が待っていた。
 今朝はその先に懐かしい大陸の造形が覗けて、「わっ!」と歓声を上げて船縁にまで駆け寄って行く。

 自分の故郷ランシール王国の山並みがついに見えた。
 到着が近い。
 いよいよ着いたのだと、帰郷よりも、胸には試練への決意が横切る。

「サリサ、俺たちはサマンオサへこのまま向かうが、…あまり無理はしないようにな」
「はい。大丈夫です」
 あえて満面の笑顔で応えて、自分でも気づかないような、不安をきっと吹き飛ばしていた。彼はまるで見抜いているみたいに、頭に手を乗せると、励ます強い言葉を持たせてくれる。

「信じているよ。お前はミトラ神の僧侶だが、ガイアの紋章を預けた者として、一つ炎と大地の神の教えを聞いてくれ」

 常に胸元で温かい、預かったペンダントを握りしめると、ガイアの一族の言葉に私は耳を傾けた。それは温かく、力強く、広大な優しさに満ちた神の言葉。

「全ては大地の上に生まれ、大地に育まれている。広大なる海さえも、大地の上の水たまり。大地は父であり母であり、運命を運ぶ敷園。廻す源は炎の胎動。どんなに道に迷っても、どんなに落下しようとも、辿り着く場所は大地のみ。冷たいと思えた大地の底には、熱い炎が脈動している。大地に耳を傾ける時、人は気づくだろう。人の中にも炎が同じように波打っていることを。炎ある限り、誰もが大地と共に進んでいる。同じ波長の、流れとともに」

 また、真剣な瞳も、私は新鮮に捉えていた。
 短い間で、不思議なくらいに私はこの人に心を許していた。
 
 とても不思議……。

「自らの灯を決して消すな。それだけが闇の中、道を照らす灯りになりえる」
 大地の紋章を握りしめていた、小さな手に片手を添えて、彼は私の成功を祈った。

 温かい掌。一晩握りしめていたその熱を、思い返すと勇気が溢れてくる気がする。大人の男性だけど、病気もすれば悲しい夢も見る、自分とそんなに違いのない人。
 体が重なった時、伝染する熱に必要以上に胸が鳴った。

「スヴァルさんにも…、あるんですね。炎の灯りが……」
「ああ。在るな」
「分けて貰っても、いいですか……?」
 子供みたいに、私は自分からこの人の胸に飛び込んで行った。
 いつからか、自分の家族でさえもこんな仕草はできなくなっていたのに。
「私、ちゃんと帰って来て、ペンダント返しに行きますね」
「ああ。心配するな。見た夢は、お前が笑って返しに来る夢だった」

 それは嘘か本当だったのか。
 でも、私は灯が消えないように、この人の熱を忘れないように、暫くの時間を抱き合って願い合った。




「おやおや?もしかして上手く行きましたか……?」
「とりあえず結果オーライだけど……」
「おそらくですね、抵抗力が高いので、彼の場合は拒絶反応になってしまったんですよ、きっと」
「今度やったらぶちのめすわよ」
「いえ、すでにもうタコ殴りにされたんですが……」

「そうか。今度その薬の調合を教えてくれないか。お前に飲ませたいんだ」
 甲板の物影から覗いていた二人は、いつの間にか背後に立っていた人物の怒り顔におののいた。
 姉と賢者との企てに弟が不愉快な思いをする、最近は日常茶飯事にもなりつつあった。



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唐突に書きたくなってしまったスヴァルxサリサでした。
倒れたスヴァルさんをサリサが看病するというネタ、やってみたかったんですよね…。
着実に二人の距離は縮まっていますけど、サリサの方は恋心ではないです。
逆にそう思ってないから、抱きついたりできるわけなんですね。

えー…、スヴァルさんの神の教え、これはガイア神に限った思考です。彼らにとっては、海も大地と等しいです。器があってこその海。

本当はおまけ扱いにしようかなとも考えたんですが、いい場面もあるし、サリサの意識の変化を表すものとして、番外編として置いておきますね。