■僧侶サリサ■

『試練を求める、ランシールの僧侶
自分を認める、「力」を常に探している』



 私の生まれ育ったランシールの島国は、世界最大の神殿が誇り。
 神殿は政治省と協力し、共にランシールを治世していた。

 実際に政治を行うのは政治省であったけれど、多くの権限は神殿のトップ、聖女の判断なくしては執行されない。聖女は国の女神であり、女王であり、ランシールの誇りの全てでした。

 私の父は政治省の役人で、母は元神官戦士で現お役人。弟と四人で、特に不幸もなく普通に暮らしていました。
 でも、どうしてなのか、私は自分の家庭が嫌いでした。

++

「お姉ちゃん。また聖女様に迷惑かけたんだって……?どうして、そんなに突っ走るのかなぁ……」
 神殿での訓練から負傷して戻った私に、弟はいつもの調子で小言を言う。
「うるさい。迷惑なんかかけてないわよ」
「聖女様には国の誰もが叶わないんだよ?次元が違うのに、挑んで行くなんてお姉ちゃんしかいないじゃん。恥ずかしいよ」
 三つ下の弟は、私とは違って、とても大人しくて聞き分けが良くて、優等生だった。
 子供二人とも、お父さん譲りの鮮やかな金の髪。けれどいつも、私は両親に性格は似てないなと悲しく思っている。

 お父さんは滅多に怒らない真面目な人。
 お母さんも優しい、怒らずに冷静に諭す人。
 弟は目立った事はしないけれど、間違いもしない大人しい真面目な子。

「恥ずかしい……?もう、いい。何処かへ行って」
・・・・・・・。心配して言ってるのに……。周りの人、なんて言ってるか知ってるの?皆お姉ちゃんの事馬鹿にしてるんだよ。挑むことしか知らない愚か者だって。聖女様の手を煩わせるなって。僕だって嫌だから………」
「やめてよ。もう……!」

 心配される事にもイライラして、弟を振り払って私は部屋に閉じこもった。民家の先に、自分の部屋からでも神殿の姿は隠れずにそびえ立つ。
 窓にカーテンを閉め、私は視界から神殿の姿を掻き消した。

 目を閉じても、決して消える事もない、私の憧れの場所。



 夜、私は両親に呼び出されて、居間にてお説教されていた。
「サリサ、お前は……。ラディナード様に、地球のへそに挑みたいと頼んだそうだね」
 お父さんはテーブルの上で両手を組み、お茶を差し出すお母さんに礼を言う。
「はい。言いました。本気です」
「でも、断られただろう?どうしてか分かるかい」
・・・・・・・。お父さんも反対なんですか」
「当たり前よ。地球のへそをなんだと思っているの」
 遅れて、母も父の横に腰をかけ、同じように反対意見。
「聖女ですら、地球のへそに棲まう、邪気には近寄れないと言う。やめて欲しい。お前はまだ幼いんだよ」

「ラディナード様も、聖女としての神託を授かる前は、私と同じようなただの娘でした。挑んでどうして悪いんですか。聖女を目標にして、何が悪いんですか!」
 素直でない私は声を張り上げ、精一杯の虚勢を示す。

 母親は小さく悲しげな、ため息を交えて娘に囁いた。
「聖女の宿命は、苛酷なものよ。ラディナード様も、苦しんでおられる。聖女はミトラ神の声を聞く代わりに、その身に神からの制約を宿されるの。ジード様も、聖女となりてもう数百年。老いる事はなく、永劫に地球のへそを監視していると言います」
「構いません。私だって、この国の力になりたいんです」


 昔から、両親は私が剣を持つ事に反対していた。母などは、昔は自分だって、神官戦士として国のために戦っていたと言うのにも関わらず。

「今は、世界は剣の力を必要としています。私は強くなりたいんです!」
「お前は女の子なんだよサリサ……。剣など持たなくていい。何故そんなに、何と戦いたいんだい?頼むからもう、危険な事はしないで欲しい」

「ラディナード様だって、ジード様だって女です!お父さんの馬鹿……!!」
 
 テーブルを叩いて立ち上がり、自分の部屋へと駆け消える。


 いつもいつも、子供扱い。女の子だからと……そればかりで言い争いは不毛。
 大嫌いよ!大嫌い!私は自分の家族が嫌いだった。

++

「私、イシスに行ってきます」
 唐突に、私は両親に旅立ちを申告した。
 両親の狼狽は激しく、もちろん大反対に会うけれど、でも、それでも私の気持ちは曲がらない。
「ラーの化身に会ってみたいんです。私より年下の男の子なのに、その力は聖女様以上とも言われています。是非会ってみたいんです」

「もう、お前の頑固さには、参るよ……」
 しぶしぶ折れたお父さん。でも、その後で余計な行動を始めたの。
「船の手配はしてあげよう。私も一緒に行くよ、いいね?」
「………え?お父さんも?……お仕事は?」
「休みを取るよ。まさか娘一人でなんて出せるわけがないだろう」
・・・・・・・

「アッサラーム経由でイシス行きだ。その、ラーの少年に会ったら、すぐにも帰るよ。それでいいね」
・・・・・・・
「旅費と、向こうでの宿泊先と……。それから……」

 何にも、私の望んでいる事なんて分かってはくれない。父親の過保護さに苦虫を噛んで膨れていた。どうして甘やかそうとするの。
 そんなままじゃ、いつまで経っても私は大人になれないのに。


 部屋に戻った私は、貯金を搾り出し、その晩のうちに家を飛び出し港へ駆けた。
 自分が貯めてきた小遣いの全部と、愛用の鉄の槍と、僧侶の装いと。奔り出した好奇心だけを握り締めて。

「ねえっ!あの、キャンセル券ありませんか!?イシスへ行きたいんです!」
「嬢ちゃん一人かい?」
「はい!私一人!」
「一人位ならいいぜ。乗ってきな」
「ありがとうおじさま!あの、できたら少しまけて貰えると嬉しいのですけど……」
「がっはっはっ。しっかりしてる嬢ちゃんだ!」



 何も分かってくれないお父さん。
 私は走り書き一枚だけを置いて、イシスへ旅立つ船に飛び乗る。

『一人でイシスへ行きます。絶対追って来ないで下さい。
 お父さんなんて大嫌いです』



 私一人でだって、どうにでもなれる。バイトしたりして、ご飯だって食べて行ける。初めて国を飛び出した、到着したのは灼熱の砂漠の王国。

「……え?アリアハンに行ってるんですか?」
「ええ。ジャルディーノ様は、勇者の助けとなるために、島国アリアハンへ旅立っております」
「そんな……」
 ラーの神殿で、私は彼の不在にショックを受けた。神殿の門番に尋ねて、ショックで途方にくれる私に、声をかけてくれた少年が一人。
「ジャルディーノに会いに来たの?」

 上質の衣服を着た、貴族の少年。
「今は居ないけど……。多分、もうじきイシスに帰って来ると思うよ……」


 その時はまだ、この後イシスに起こる、騒動の影も何処にも落ちてはいなかった。
 貴族の少年の微笑みは、優しいものだと安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。

「丁度、明日かな。ジャルディーノから手紙が着たんだ。勇者と一緒にアリアハンを旅立つと。イシスにも寄りたいとは言っていたから、待っていれば会えると思うよ」
「そうですか。ありがとうございます。あの、ジャルディーノ君とお友達なのですか?私はランシールから着ました、サリサです。彼に会いに来たんです」
「へぇ………」
 砂漠から、砂を交えた生暖かい風が通り過ぎて行った。

「僕は、ドエール・ティシーエル。ジャルディーノの友達だよ」
 私より一つか二つ年上の彼、優しく綺麗な顔立ちを笑顔に染めて挨拶してくれる。太陽神の神殿を背景に、私は頼りになる知り合いができたと喜んでいた。

 砂漠の国で待つのは、
 私を変える「事件」か、それとも「出会い」なのか……。


 それとも、「恐怖」




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