「19年目」に連動した、アドレスxサリサのお話です。




「未来申告」



「なんで、見覚えがあるんだろうな。コイツ…」
 アリアハンで行われる、勇者ニーズの誕生日パレードを屋根の上から見下ろしながら、俺は数時間前に買った僧侶の写真を眺めていた。

 特に容姿が珍しいわけでもないし…。
 まぁ、可愛いと形容される部類に入るんだろうが…。
 金色の髪を頭の後ろ、高い位置に縛り、ミトラ神に仕える僧侶衣装に身を包んで笑っていた   写真の中の少女の名前はサリサ。
 どうしても胸にひっかかってしまう、そのツカエの意味が分からないまま、時間はするすると通り過ぎてゆこうとする。

 見下ろす街頭、彼女は僧侶衣装ではなくドレスでイメージが違っていたが、それでもやはり自分の中では、何かが彼女は「特別」だった。


 彼女と面識のあるリュドラルが「紹介しようか」と言ってくれたが、それは丁重に断り、一人別行動して彼女の行く先を追っている。
 紹介を断ったのには一つ理由があった。
 それはそのサリサと良く一緒にいる、エルフ娘との接触を拒んだせい。

 明らかに元ニがエルフ娘を良く思っていないことが分かると、俺一人先走って顔を出すのを止めようと思った。
 俺とエルフ娘が親しくなれば、元ニが嫌な思いをするかも知れない。
 そう思えば足も止まる。


 一人になってくれるのを待っていたんだが、その機会はなかなか訪れてはくれなかった。パレードも終わって、夜になり、城でパーティが始まる。
 俺は飛竜の姿で木陰からじっと建物の中の様子を伺っていた。

 と、その中で見知った顔を見つけて、俺は思わず「しめた」とほくそ笑んだ。
 丁度腹も減っていたしだ……。


 立食式のパーティの中には世界各国から呼ばれた客人たちの姿もあった。
 知り合いの姿を見つけ、その最も近いテラスに降り立ち、人垣の中の美女に注目を寄せる。
 大勢の中でも一際目立つ金髪の美女、ランシール王国の頂点、聖女ラディナードの姿にここでも人が集まっていた。
 ドレスではなく通常の神官衣ではあったが、それでも男性陣はこぞって彼女を取り囲んでダンスや会話に誘う。

 まぁ、俺が目に付けた人物は姉の方ではない。
 その姉の「おまけ」に付いて来たのか、姿の見えた弟の方。一応聖女親衛騎士団のカス要員、クロード…フィルスは彼女の傍で豪華料理に舌鼓を打っていた。

 奴は肉が好きで、特に好物はステーキ。
 今夜も分厚い特厚ステーキにナイフを入れようとしていたその時    

バサササササササッッ。

「うわっ。なんだこの鳥っ!?うわっ!違う!イテッ!何だコイツ!ああっ!僕のステーキがあ〜〜〜〜!!」
「キャーーー!魔物よーーー!」
 飛竜の姿で窓を押し開け飛び込み、滑空してステーキをひと噛みして外にブーメランのように引き返す。
 騒いだ女たちに兵士が駆けつけたが、捕まるような俺ではない。


 他の人間ならいざ知らず、アイツならいいや。
 いつもいい肉喰っているし、それにまだ俺の『竜の姿』は知らないのでちょっとしたいじめも加わっていた。(竜族なのは知っているが変身した姿は見たことがない)

「うわああああああんっ!特注ステーキだったのに〜〜〜!」(泣)
 子供みたいにわめいている馬鹿弟を、外の木にぶら下がりながら「ざまあみろ」としたり笑う。
 泣くだけあって、確かにその肉は美味だった。ソースを零しながら口をもごもごさせて飲み込んでいく。

「何処だ魔物は……!」
「確かこっちへ……!」
「ふにっ」
 兵士が集まって来たので舌打ちして、俺は場所を変えるために羽根を広げた。
「いたっ!あそこだ!」

 なんて事だよ。魔物と聞いて駆けつけてしまったのか、雑魚兵士なら問題はないのだが、その中に勇者の仲間の戦士を見つけて戦慄をする。
    貸せっ!仕留める!」
「ふに   っ!!」
 兵士の槍を分捕って投げてくるからたまらない。羽根に掠めたが一目散に逃げ出した。

バサササササササッッ。
ガサガサガサッッ。


「キャアアッ!」
 地面近くにまで落ちると、葉ずれの音と合わせて若い女の悲鳴があがる。
 草の上に倒れたが身を起こし、視界に広がったのは少女の姿。

 俺は一瞬時間を忘れた。

 金の髪はアップにし、花飾りで留め、白と青のドレスに身を包む僧侶娘。
 初めてこんな近距離で見つめれば、やはり美しい。
 突然降って落ちてきた小さな飛竜に戸惑いながらも、負傷に気がついて、身を屈めて覗き込む。

「怪我、してるの?」

「そこに居るの、サリサじゃないか?おーい!」
 上の階のバルコニーから戦士が彼女に声をかける。地上には灯りは乏しく、俺の姿は影になって見えないだろうが。
「今魔物が落ちなかったか?飛行タイプなんだけどなー!」
「う、ううん。あっちの方へ飛んで行ったみたいー!」

 背中に小さな竜を隠して、僧侶娘は嘘をついた。
「逃げちゃったみたい。もう大丈夫だよー!」
「わかった!」


 兵士たちも持ち場に戻って行くようだが、戦士は庭に出ていた僧侶娘に上の窓から訪ねていた。
「そんな所で何やってるんだ?サリサ。暫く見ないと思ったら」
「………。ちょっと、酔い覚ましなの。気にしないで」

 戦士が窓辺から消えた後で、僧侶娘は慌てて回復呪文を唱え始める。

**

 室内からの灯りだけを頼りに、僧侶娘は手当てを終えた俺の姿を再度、改めてまじまじと見つめていた。
 夜の風が涼しくて、葉ずれの音が微かに心地好く歌う。
 室内からは絶えず音楽や人の声が聞こえていたが、城の外はひっそりと夜の静寂に包まれていた。

「……。大人しいね。人は襲わないみたい……。もう、大丈夫だからね?」
 槍を受けた羽根にホイミの呪文と、念のために巻いた白いハンカチ。頭を撫でて安心させようとする、少女に対して俺は礼を呟く。
「ふに……。ふにゅう」
「………!」
 彼女は口を手で押さえて、吹き出して笑ったようだ。
「え〜?今の鳴き声?可愛い〜〜!」
「ふ、ふに……!」(汗)

「え?え?何処から着たの?あ……。お口にソース着いてるね。あ!もしかしてお腹が空いてるの?そうでしょう?!」
「…………」(こく)
 可愛いとか言われるのは照れくさいし、にこにこと嬉しそうに話しかけてくるので思わず俺は頷いてしまった。

「待ってて。何か持って来てあげる。お肉がいいのかな?果物は好き?お水は?あ、ここの茂みに隠れていてね」
「ふにゅう」


 ドレスの裾を掴むと、僧侶娘はパタパタと城内に食べ物を取りに走って行った。
 静かに茂みに隠れ、言われた通りに待つとトレイにたくさん食べ物を並べて彼女が戻ってくる。

「はい。たくさん食べてね。美味しいよ」
「ふに」(がぶがぶ)
「かわいい〜」
「ふっ。ふ、にぃ……」(困)

 両手を頬に当てて満面の笑みで眺めてくれる、非常に食べにくい。

「かわいいな〜。見たことないね。何処の子だろう…?もしかして、誰かのペットなのかな……?」
 人を襲わない事から、僧侶娘は考えて、俺の顎辺りを指でくすぐりながら問いかける。
「ふにゅうちゃんは誰かのペットなの?あ、ふにゅうって鳴くからふにゅうちゃんね」
「ふにゅう……」
 さすがにペットには頷きたくなかったので、唸って渋い顔になる。
「?ご主人様がいるとか……」

「ふに!ふにゅう!」
 それだ!と言わんばかりに小さな竜は頷く。主と言うのに相応しいと思った。

「あははっ♪そうなんだ。…いいね。ふにゅうちゃんみたいな可愛い従者さまが居てくれると」
「ふにゅ!ふにゅ!」
 伝わらないだろうが、決意の程を込めてガッツポーズを決める。
 主のために戦う事は、俺の今の生きる意味にも当たるから。


「………。そうだ、首輪、いらない?」
 両手をぱんと合わせて、首を傾け、僧侶娘は可愛く微笑む。
 名案を思いついたらしく、ポケットから赤い三角形の飾りのついたチョーカーを取り出し、俺の前に広げて見せた。

「首輪したら、誰かの連れてる子ですよって分かるから、襲われないで済むと思うよ。赤い瞳とぴったり♪」
「…………」
「実は貰い物なんだけど…。ごめんね?私まで町の人から応援にプレゼント貰ったりしてしまって…。私よりもふにゅうちゃんの方が似合いそうだから、どうか貰って?」
 白い指で竜の首に黒い紐をかけ、首の後ろで金具を留める。

 なんだろう。おかしいな。
 俺の心は彼女の一挙一動にドギマギしてしまっていた。
「わ〜!似合う!可愛いっ!ぴったりだよふにゅうちゃん!」
 最高と思えた僧侶娘の笑顔に、紅い瞳の奥で何かが弾けた瞬間だった。


    何処かで見た。確かに焼きついている、最高の笑顔。
 俺が「最高の」と冠するのは、もう他には存在しないと思う。

 ランシールの僧侶サリサ、俺が姿を見たのは
 「地球のへそ」

**

 たくさんの、亡者たちの「残存思念」を幻のように、自分の夢のように見つめてこれまで生きてきた。
 けれど、地球のへそで視る幻の中に、人の姿が現れるのは稀だった。

 僧侶娘を見つけたのは、地球のへその幻の中。


 俺は、傷だらけで、涙を零しながら、血を汗で落としながら、それでも前を求める少女の後ろ姿を見守っていた。

 仲間たちの亡骸の山に、彼女もやがて倒れ、声も涸れるほどに嗚咽を繰り返し、泣きむせぶ。
 金の髪もほどけて、乱れて背中に絡み貼りつき、素足も泥に汚れていた。
 けれどどうしてだろう、俺は感動的に彼女の命の光に心奪われていた。
 人って、こんなにがむしゃらで、綺麗なものだったんだろうか。

 何を、そんなに泣くんだ?
 何が、そんなに悲しいんだ?

 彼女は傷だらけの細い両腕で、頑なに一振りの剣を握りしめて泣いていた。
 これがそんなに「欲しいもの」だったのか……?
 俺は彼女を抱き上げ、そっと静かに連れて帰る。


 場面は移り変わり   
 いつの間にか、気がつくと抱かれていたのは自分の方に変わっていた。
 俺の瞳の中で、どうしてかまたお前は泣いていたんだ。

「…めんね。何も、返せない……。私、もう、何も返せないよ。そんなこと言われても……!どうしたら、いい……?」
 俺は横たわって、彼女に抱きかかえられていた。
 自分は何事かを彼女に願って、そしてサリサは    笑った。
 果てしなく、尊いと思える最高の笑顔で。

 他には何もいらなかった。
 俺は何一つの未練もなく、想いのたけの全てを叫んで瞼を伏せた。



「…ふにゅうちゃん?」
 新しくかけられた首輪に、無反応な小さな竜の子にサリサは不安げに名前を呼ぶ。
「…ごめんね。気に入らなかったかなぁ……」

「ふに……」
 まさか。首を振ってそう伝えたかった。
 今更ながらに気がついて、俺は呪文を唱えて姿を人に変えていた。

「ドラゴラム」

 飛竜の姿は魔力を帯びて光り、驚いた僧侶娘が手の平を翳す。
 現れた男は紅い瞳をゆっくりと開き、往年の友人と間違うかのような人なつこさで彼女に躊躇いもなく抱きついた。

「ありがとう!一生大事にする」
   え!一生!?……えっ!?えっ!?ええっ!?」

 突然のことに彼女は何が起こったのか解らないらしく、とにかく顔を赤くして「え」を連呼する。
 俺はと言えば、それはもう……、
 初めて抱き寄せた、人間の女の温かさ、柔らかさ、細さに感動していた。

 これだよ。
 ずっとコイツを待っていたんだ。
 人の女の中でも何が違うと言えば、輝こうとする魂の光が違いすぎる。努力の匂いと、渇望の涙と、隠した儚さと……。


 俺が視たのは、未来    
 「地球のへそ」で、サリサは「剣」を抱きしめて泣くのだろうか。そんな彼女を連れ帰るのは自分か……?

 俺はサリサを抱きしめながら、未来の自分の行動に納得していた。
 魂の眩しさに、惹かれる想いは確かに燃えていたために。


 俺はそのまま抱き心地を楽しみながら、腕に力を込めて、香りを覚える。
「あ、ああ、あの…。ふにゅうちゃん…?ふにゅうちゃんは……?」
 質問されて顔を見合わせると、上目使いの顔が可愛くて、俺はそのまま口を寄せる。
「きゃーーーーー!!!」

 彼女の肩がビクリと揺れたかと思うと、悲鳴と物凄い勢いで俺は突き飛ばれ、血相変えてサリサは逃げて行く。

「サリサ!待てって!」
 ドレスにハイヒールの僧侶の腕はすぐに掴み取られ、それでも逃げようとするために草に足を取られて転んでしまう。
「大丈夫か?逃げるなよ」

「に、逃げるよ!!あなた誰っ!私知らない。いきなり出てきて…なんなの!?き、キスしようとしたでしょ今っ!最低!」
「最低…?なんで最低なんだよ。好きな女にする事だろう?」
 当たり前の言葉を、彼女は唖然として、言葉も出ないのか口をパクパクさせる。

   な!何言ってるの……?今会ったばかりなのに!」
 思い出したかのように、サリサは草をはたいて立ち上がる、その白い背中にありのままの感情を呟いた。
「惚れたんだよ。お前が好きだ」
 返事を返したのは、ザアッとなびいた木々のざわめき。
 何秒の沈黙だっただろう。無言の背中に俺は一歩を踏み出そうとする。

「え、えっと…。ナンパなんてお断りなの。ごめんなさい!」
「ナンパ……?」
 振り返らずに一目散にサリサは逃げて行く。
「おい、違うサリサ!話を聞けよ!」
 追いかけたが、一番会いたくない人物の登場にさすがの俺もブレーキがかかる。


「遅いから心配していたのです。…どうかしたんですか?サリサ」
「あのね!あの…!しつこいナンパなの!」
 庭にストールをかけて現れたのは、彼女の仲間のエルフの魔法使い。思わず目が合った俺は舌打ちをかます。

「………。そうなのですか……?」
 紫の髪のエルフ娘には、俺は本能的に畏怖を覚えて後じ去った。
 こいつ、ただのエルフ娘じゃない   

「ちっ!しょうがないか。でもサリサ、俺は本気だからな。また会いに来る」
 名残惜しかったが俺は踵を返し、茂みの中で竜に戻り、夜の空へと消えて行く。

「………。はぁ…。びっくりした…。一体何だったんだろう……」
「何があったんですか?あの人は……?」
「………。良く、分からないよ。あのね、小さな竜…?の子がいてね…。何処行っちゃったんだろう?」

「竜……?」
 王城の庭に残された二人はそのまま城内に帰って行くが、エルフ娘は俯いて何かを考え込んでいた。

「サリサ、もしかして、ですが……」

**

「ただいま」
 エルフ娘に邪魔されて、多少不満を残しながらも俺はランシール神殿の仲間の元へと帰還していた。
 元ニが帰って来ていたので部屋を訪ねたのだが、真っ暗な部屋の中で塞ぎこんでいる勇者の姿に思わず閉口してしまう。
 背筋をベットに預け、床に座り込み、沈んでいるとしか形容のしようのない奴の姿。

「………。灯りもつけないで、何かあったか?元ニ」
「おかえりアドレス。…そっちは?サリサちゃんの事は何か分かったの?」

 質問に答えない、元ニの姿勢にはいつも残念に思う。

「良く分からなかったんだが……。ナンパってどういう意味だ?もしかして俺は嫌われたのか?」
 追求はしないで、そのまま俺は隣にあぐらをかいた。

 事情を話すと、元ニは呆れて苦笑するが、何処か羨ましそうでもある。
「それは…、きっとびっくりしたんだよ。誰でもびっくりするからね?ちゃんとある程度の段階を踏まないと……。うまくいくといいね。応援するよ」

「元ニは好きな女とかいないのか」
「……………」
 微かな呼吸の後、元ニは微笑みながら確かに口にした。
「いないよ」
「そうか……」

   嫌だな。
 段々と、日増しにコイツの嘘が分かるようになってくることが。


 俺はアリアハンで買った僧侶娘の写真を取り出し、込み上げる感情を再度確認する。そうしたなら、元ニに対して黙っていることができなくなる。
「なぁ、元ニ……。俺はお前のために戦うし、その気持ちも変わっていない。でもな、俺は……」
 俺の中では、それは「予言」と言うよりも、「確信」に近いものがあった。
「お前のためじゃなく、サリサのために、俺は死ぬのかも知れない」


 決意を決めたあの日から、当然、俺の中では最後まで勇者のために戦う志は固まっていた。しかし、オーブを守っていた魔竜の最後のあがき、あれは死を予告する呪いの映像だったのか。
 俺の命が尽きる瞬間    
 傍にいたのは、恋して止まない僧侶娘。


「………。死ぬな、って、言ってもいいのかな。僕は……」
 長い、長い時間を重い空気が支配し続けていた。青い瞳の勇者は哀しみの色を見せて、頼むように問いかけてくる。
「誰のためにでも、誰にも、もう、………。一つ君に命令できるなら、僕は言いたいよ。死ぬ時の事なんて考えないで。お願いだよ」

 思った以上に勇者が哀しみに陥るのに焦り、俺はすぐさま前言撤回に元ニの肩を叩く。
「おいおい。冗談だよ。分かった。もう考えない。絶対に死なない。だからそう暗くなるなよ。お前の誕生日だろ?」
「…そうだったね」
 なんとも悲しい言葉を口にして、勇者はその場をお開きに導いた。

**

 その晩、残り香に眠れなくて、ずっと心は一人を求めて暴れていた。
 写真なんかじゃ物足りない。
 首にしたチョーカーの飾りを指でいじっては想いが募る。
 未来からの申告は、俺にとっては悲しいものではなかった。そこに居てくれるのが彼女なら、尚更。
 いつか身体が崩れ堕ちるなら、その瞬間まで、ただひたすらと願い続けよう。

 「もしも願いが叶うなら」
 その時が訪れるまで、繰り返し、繰り返し、ずっと走り続ける。



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