「19年目 2」
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長いこと船旅は続いていたが、目的地ランシールはすでに目前にその大陸を望ませていた。円を囲む山脈の中央に、砂漠を抱える神聖王国。
ランシールで待っているもの、起こること、それよりも俺の心は別の不安に捕われていたんだ。
珍しく一人で自然に目が覚めて、乱れた髪を直しながら俺は毛布を剥いでベットから起き上がる。船外、窓の外を眺めて今日の天気を確認していた。
天気は快晴 しかし、特別な「今日」に、俺の瞳は翳ってゆく。
船内の寝室はアイザックとジャルディーノとの同室になっていた。
いつも通り、その二人は先に起きて何処かへ行っているらしい。アイザックは大抵剣の素振りなどをしていて、ジャルディーノは甲板で神に祈っていたり、女二人の朝食の支度の手伝いを無謀にもしていたりする。
朝起きた時に一人になっているのは日常茶飯事だった。
「ふあ〜ぁ……」
あくび涙を拭いて、着替えて寝室から出ると、視界の端に忙しそうに厨房に入って行く妹の姿が通り過ぎて消えた。
「………。まさか…」
ハッとして厨房に乗り込むと、案の定サリサと二人でケーキを始めとしたたくさんの料理を作っている光景に躍り出る。
妹のシーヴァスは生クリームを絞り、サリサは果物のかごを片手にイチゴを盛り付けようとしているところで、突然乱入した俺と目が重なる。
「まぁ。お兄様お早いですね。驚かせようと思っていたのですけれど…」
「ニーズさん!きゃーーっ!きゃーーっ!まだ途中なのにっ!」
隠れて作って驚かすつもりだったんだろう、特にサリサは慌てて隠そうとしたが、隠れるわけがない。テーブルの上の多少小振りのケーキはもう俺の視界にばっちり納まってしまっていた。
「誰から聞いた…?ああ、アイザックとかなら知ってるか…。別にいらないのに、誕生日なんて……」
何故俺の表情が冴えないかと言えば、この日は正式には『俺の誕生日』じゃない からだった。祝わなければならないのは『俺』ではない……。
消えない不安は、もう一人のニーズのこと。
誕生日を祝ってくれる周りの人間はいるんだろうか?
自分から淋しくても言い出すような奴ではないし。誰からも何も言われないなんて、そんな誕生日は迎えて欲しくはない。
俺よりもずっと、繊細で寂しがり屋なアイツのために 。
本当は自分が祝いに行ってやりたい。
でもそれができそうになくて気が沈む。
「お祝いさせて下さい、お兄様。今日はたくさんの人がお兄様の誕生日をお祝いして下さるのですよ」
料理器具をテーブルに残し、傍に寄ったシーヴァスはにこりと微笑む。
「お誕生日おめでとうございます。お兄様」
「ニーズさん!お誕生日おめでとうございます!」
軽く駆け寄ってサリサも同様に続いた。
その俺の背後に、「おやおや」と緑の髪の賢者が現れる。
「これは珍しいですね。やはりお誕生日ともなると気持ちが違うのでしょうか。いつも寝坊なニーズさんが一人で起きてくるなんて」
「…………」(ジト目)
「今日はですね。この船内でプチパーティ。アリアハンでパレード。夜にはお城で世界の著名人を招いての祝賀パーティになりますよ〜」
賢者の言葉が理解できるなり、俺は右手拳をワグナスの鼻に叩き込んでいた。
「がふっ。い、痛いじゃないですか。手配したのは私じゃないですよ〜」
ボタボタと鼻血が床に落ちて、ワグナスは悲しそうにふらふらと足をよろめかせる。
「嘘を言うな。お前意外に何処のどいつがやるんだよ。行かないからな俺は」
「お母さんが恥をかきますよ?」
「……………」
無視して背中を向けるつもりだったのに、俺はぐっと黙り込む。
「あなたが旅立って一年。アリアハンの国民たちから自然とお祝いのムードは盛り上がりました。それもそうでしょう。イシスを救った勇者、世界に勇者ニーズの名前は急速に広まっています。国をあげてあなたを応援したいと皆さん思っているのですよ」
「サイカさんも待っていますよ。お兄様」
…そんな奴はどうでもいいんだが……。
「そうです。サイカさんもエマーダさんと一緒にお祝いの準備をして待っていますよ。パーティにはお二方も召ばれています。あなたが行かないとお二人に迷惑がかかりますよ」
「お前が俺にモシャスして出ればいいだろ」
「ほおぉ〜…。いいならいいですけどね。ふふふふ……」
賢者のいやらしい微笑に俺はぞっとし、ムカツクので厨房から叩き出し、激しく扉を閉める。
「畜生……!」
音が鳴りそうな程に、俺は歯ぐきを見せて悔しがる。
そんな「浮かれたこと」をしなければならない、自分の立場に腹が立ってしょうがなかった。どうしていつもいつも、こんな面倒な事ばかりしなくちゃならないのか、吐き気が襲ってくる。
心配そうに見つめる二人の女に気がついて、火が消えるように俺の怒りは諦めに変わっていった。
「そんなに嫌でしたか?お兄様……」
「いや、…そういうわけじゃ…。………」
「あの。私たちもフォローしますから…」
気持ちは嬉しかった。
でも、俺は祝われたいんじゃなく、祝いに飛んで行きたかったんだ。
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** |
アリアハンの城下町は俺が旅立った日のように、町のあちらこちらに花を飾り、リボンを張り、垂れ幕や看板で俺の誕生日を祝う文句がこれでもかと言うくらいに並べられていた。
勇者一行が催す、パレードの宣伝も抜かりはない。
ルーラの呪文で降り立って、町の様子に俺は明らかに眉をひそめて人目を避けるように物影に隠れた。
「サイカさん達との約束の時間までまだ少しありますから、先にお城の方へ行きましょうか?何隠れてるんですかニーズさん」
「…いいから。こんな町堂々と歩けるか。そうだ、ワグナス、あれやれよ。姿が消える魔法。俺だけでいいから」
「えええ〜っ。どうしてですか?隠れる必要ないのに……」
とにかく人目に晒されたくないので、隠れようとする俺に対して仲間たちの非難の目が飛んでくる。まずは赤毛の僧侶から。
「………。ニーズさん、とっても恥ずかしいんですか?」
「ああ、そうだよ。恥ずかしくてこんな町歩けるか」
「ああ、でも、主役はまだ出ない方がいいのかもな。だってそうだろ?パレードの時にバーン!と登場したらかっこよくないか?」
多少いい意味合いに取って、アイザックはぽんと手を叩く。
「なるほど、確かにそうですね。ではニーズさんだけ姿を消して行きましょうか」
……ほっ。
ワグナスのレムオルの呪文で姿を消し、俺は黙って王城への道を仲間のあとについて行く。そのまま顔を出して歩いてみろ。あっという間に身動きが取れなくなるじゃないか。冗談じゃなかった。
王城に辿り着くと、もう一人の仲間と再会することができる。
ターバン姿の商人ナルセス(現在町作りと、僧侶の修行を並行中)の奴は先に着いて準備していたようで、すでにパレードについて城の者と打ち合わせ中の所を手を振って歓迎する。
「こっちこっち♪ニーズさん誕生日おめでとーでっす!!」
王城の客間で一人偉そうにもてなされていたナルセスの傍にアイザックが近付いて耳打ちする。
「ナルセス、あれ?用意できたか?」
「もちろん♪抜かりなし」
ちょこちょこと慌ててジャルディーノもナルセスに寄って行って、またこそこそと密談を交わす。
「ナルセスさん〜。すみません。一人で用意させてしまって……」
「なぁ〜に、お安い御用ですよ」
姿消しの魔法はすでに解いて、俺も豪華なソファーに腰掛けて飲物を貰う。
内緒話には興味を示さないでいると向こうから三人揃ってやって来た。
「ニーズさん。これ、三人で用意したプレゼントなんです。受け取って下さい」
「……なんだコレ?」
「じゃーーーーん!世界各地のラブラブスポットめぐりのチケット(俺たち特製)ですよ。サイカさんと二人で是非行って下さいよ!」
「………。いらない」
ストローでジュースを吸い上げながら、一呼吸置いて俺は断った。
「またそういう事言う。ちゃんとコース考えたんだからな!行けよっ!」
「お前も考えたのか?」
腰に手を当てて文句がましい戦士が、意外だったので思わず真顔で聞いていた。
「………。うるさいな!だって、ほら…。お前、彼女のこと好きだろ?本当はもっと一緒に居たいのかと思ってだな……」
言ってる間に慣れてないアイザックは顔が赤くなってくる。それはちょっとふき出した。
「ロマリアの美味しいお店と、アッサラームの観劇。…それからナルセスバークの温泉とか…。あの、ちゃんと考えましたよ…。駄目でしょうか…」
あっさりと断られてアイザックは文句を言うが、ジャルディーノの方は肩を落としてしょんぼりと俯く。
「ニーズさん、照れずに行って下さいよ。お代はこっちが先払いしてますし。サイカちゃん誘っていちゃいちゃしてきて下さいよ〜」
「はぁ……」
無理やりチケット二枚を渡されて、俺は大げさにため息をつく。
「そうそう、じゃあ、私からはこちらをプレゼントしますね」
ソファーの後ろからそう言って賢者が差し出したのは瓶詰めの薬のようなもの。
「ニーズさんはどうにもカルシウム不足のようなので。これでイライラするのも減りますよ〜」(にこにこ)
「メラ」
「きゃーっ。今日のパレードのためにばっちりセットした前髪が〜〜!」
「シーヴァスちゃん達は何あげたの?」
「私とサリサでマントを新調してあげました。ナルセスさん」
「あ、そう言えば新品だ」
数日振りのナルセスとの再会に妹たちが談笑していると、扉が叩かれ数名の兵士、プラス召使いたちがわらわらと入ってくる。
「失礼致します。勇者様方到着とのことで、衣装などの打ち合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか」
今日の夕方からのパレードの道筋、手の振り方、その後のパーティの打ち合わせなどに数時間。
女たちはドレスを選び、俺もそれなりの貴族衣装を着なければならず、サイズ合わせ等に時間を取られる。
やっと解放されて、俺たちは時間までの間自由行動に別れた。
アイザックは実家へ。ジャルディーノは世話になっていた教会へ。
ナルセスはアリアハンの商業の下見(偵察とも言える)。
シーヴァスとサリサは城に残ってダンスの練習をすると言っていた。
あまり気乗りはしなかったが、俺は一人で自分の家に顔を出しに行く。
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** |
「お誕生日おめでとうございます!ニーズ殿〜〜〜!!!」
パーン!スパパーン!!
「きゃああっ!今日も良い男〜〜〜〜!!!」
パーーン!パンパーーン!!
「愛しております!ニーズ殿〜〜〜!!!」
パンパン!パパーーん!!
わざわざ立ち位置を三方向に変えながら、黒髪のジパング娘はクラッカーを鳴らし、頭に積もった紙の山をどけると俺に抱きついて来た。
「おかえりなさいませvお待ちしておりました!」
「……ただいま」
毎度のことにもう半ば呆れつつ、家に上がって母親の姿を探す。
視界には筆文字で書かれた「誕生日おめでとう御座います」の垂れ幕などが目に入るが、見なかったことにして。
「おかえりなさい。ニーズ。………」
「ただいま。………。何?」
マントを椅子の背にかけながら、母親のもの言いたげな視線に振り返る。
いつもより着飾った母親は(これからパーティやらあるからだろうけど)唐突に至近距離で俺の頬にふれる。驚く間もなくそのまま俺を腕に包み、じっとしていた。
「あなた、今ここに着たばかり……?」
「今って言うか、昼前には着てたけど、城に打ち合わせに行ってたよ」
「ニーズ殿っ♪ご馳走作って待っていたんですよ。お昼ご飯はまだですよねっ。いっぱい食べて行って下さい〜〜〜!」
母親の様子はおかしかったのだが、うるさい女が俺の腕を掴んで引っ張って指定席に連れて行く。母親はサイカに習ってお茶の用意を始めた。
「見て下さいこちら。お母上と作りました特大二段ケーキですよv」
「………(確認)。今回はまともそうだな」
ケーキはすでに食って来たんだが、ここは切り分けられたチョコレートケーキを口にほお張る。外から見た限りではおかしな部分は無く、母親と二人で作ったと言うからには安心だろうとタカをくくっていた。
が、甘かった。
噛みしめると、異様な汁が口の中に広がっていく。俺は口を開いて固まった。これ以上「噛む」ことを拒絶して小皿に吐き出す。
「ぶへぇっ」
「きゃああっ!何吐いているのですかニーズ殿!」
気持ち悪さに青ざめて、吐いたものを見ると、明らかにケーキにそぐわない物体がチラホラ見える。お茶を飲み込んでもまだ俺は呻いていた。
「…何だよ、これ。この赤いの」
「えへへ〜…。綺麗でしょう。イクラですv赤い宝石みたいですよね♪」
「気持ち悪い……」
「えええ〜。そおんなぁ〜……!」
「サイカさんったら、いつの間にイクラなんて入れたの?」
「うふふ。隠し味です。チョコクリームに魚介エキスも混ぜてます」
「母さんが作ったのだけ食うから、俺」
「そんなぁあああああーーー!!酷いです!旦那様は妻の作った料理はなんでも美味しい美味しい言って残さず食べるものですよ!えいっ!」
「がふあぁっ!無理やり喰わすなっ!がふっ!おえっ」
「サイカさん、あの、プレゼント持って来たらどうかしら?用意していたのよね?」
「あ、そうですね!取ってきます!」(ダダダッ)
居ない間に俺は無理やり口に放り込まれた異物を吐き出して、げっそりしながら席に戻って来る。
「はーい。こちらプレゼントです。開けてみて下さいね。是非是非毎日使って下さいね!」
満面の笑顔に不安は覚えたが、紙袋をガサガサと開けて、中味を知ると俺は袋ごとジパングの馬鹿女に投げ返す。
「いやあああんっ。何するんですかっ!」
「何じゃねえ!貴様どーゆー趣味しとるんだっ!このアホがっ!馬鹿っ!ざる!ざる馬鹿っ!(←救いようのない馬鹿の意味)」
床にぶちまけられた物に、手を取って母親も絶句してしまう。
紙袋の中には数枚の男用パンツが入っていた。それはまだ許してもいいとして、その柄のどれもが相当悪趣味だったんだ。
ジパングに伝わる……?天狗柄。派手な薔薇模様。蛍光ピンク地に白のハート模様。富士山とか。
「うわーーん。彼女が彼氏にパンツをあげるのは流行なんですよ。とれーどでお洒落な彼女のすてーたすですよ〜」
「絶対着ないから!返品して来い」
「うわーーん」
大泣きして、馬鹿娘は二階の自分の部屋へと階段を駆け上がって行く。
全く。どうしてこう、アイツのセンスはずれているんだ……?
しかし、サイカが泣いてしまったことで、食卓には嫌な重い空気が立ち込めてしまっていた。参ったなと頭を掻くと、玄関の扉がコンコンと叩かれる。
「こんにちわ。お久しぶりです。ニーズさん」
来客は、金の髪の少年。テドンで亡国ネクロゴンドの王子だと発覚したところのリュドラルがプレゼントを抱えて微笑んでいた。
「あ、ああ。久し振りだな」
返事を返して、その微笑みを見つめ直して俺は 一つの回答に目が覚めたような気持ちになる。
世間話がいくつかリュドラルの口から零れたはずが、殆どが右から左へとすり抜けて消える。
おそらくはもう一人の「ニーズ」と共にいるはずの彼が、いつものように人当たりのいい笑顔で居てくれた。それがすなわち俺の不安を不必要なものだと教えてくれている。
「………。リュー、ちょっといいか」
世間話を遮って、俺は玄関から彼を連れて庭へと移動する。理由は、母親の目を避けるため。
庭は広くはないが数本の木と、最近始めたのか花が何種類か育てられていた。
天気がいいので洗濯物も風に揺れている。
「その…。アイツもちゃんと祝って貰えてるのかなと、思ってさ」
「もちろんです。さすがに国を挙げて…なんてことにはなってないですけれど、周りの皆と集まってお祝いしています。これ、プレゼントですよ。変装グッズですけど」
「……ふっ!」
渡された変装グッズに俺は思わず吹き出していた。
さすがに心境は解ってくれるみたいで、万年仏頂面の俺でも嬉しくて表情が柔らかくなる。
「僕の他にも、仲間ができました。彼の事は僕たちがしっかり助けて行きますから。どうか心配しないで下さいね」
「ありがとう」
悔しいけれど、俺は素直に頭を下げる。
俺よりも数段人付き合いが上手くて、人に優しくできて、笑顔が優しくて。
少なくても俺は、きっとそんな風に心救われるような笑顔をアイツの横で繰り返すことができないだろう。
俺よりもアイツの周りにいい空気を作り出せる、弓の戦士に俺は敬服して頭を下げていた。
「………。やめて下さい、ニーズさん」
俺に頭を上げさせて、彼はもう一つプレゼントをよこしてきた。
「あの、それから、こっちは僕からのプレゼントなのですけれど…。ちょっと特殊な道具なのですが…」
「変わったランプだな?」
「闇のランプと言います」
ランプの先から闇、黒い煙のようなものが少しはみ出して揺れ、中にもそれは凝縮されて詰まっているように感じた。
「この中には夜の闇が詰まっていて、振りまいた分だけ周囲が夜になるんです。時間が経つと消えていきますが、良ければ貰って下さい」
「お前が持っていた方がいいんじゃないか?そうしたらいつでもシャンテに会えるだろう?」
夜と言えば思い出す、リュドラルの姉は夜にしか姿を見せない亡霊。姉にしてもいつでも弟と一緒に居たいと願うだろうに。
「ニーズさんに持っていて欲しいんです。お願いします」
そこまで言われて受け取らないはずはないが、一瞬見てしまった悲しい瞳は胸に残った。
リュドラルが帰った後で俺は二階に上がり、いじけていた馬鹿をパレードに誘い、(元々コイツも出るんだが)母も合わせてアリアハン城へと向かう。
ご機嫌取りのために、そのまま勝手に決まっていたタイムテーブルの通りに俺はサイカと腕を組んで城下をパレードし、手を仕方なく振り、多くの歓声を浴びて城に戻って行く。もう、この国では奴は『勇者の婚約者』と誰もが認めているらしかった。
パーティには世界各地からの来客もあり、質問に答えて旅の話をしたり、ダンスに誘われてそれは断ったり、サイカがやたらと嫉妬したりと休む暇も無かったけれど、努力のおかげか問題もなく終了しようとしていた。
夜も更けて、パーティは大成功のままにしめやかに終了し、俺も窮屈な衣装を着替えて実家に退散していた。
仲間たちはそれぞれ自分の家や宿に帰り、明日の朝合流して船に戻る。
「頭が痛いですぅ〜。ニーズ殿〜〜」
「飲みすぎなんだよお前は。大人しく寝てろ馬鹿!」
「馬鹿馬鹿って、今日は馬鹿馬鹿いい過ぎです。馬鹿馬鹿…。うう」
酔っ払いをベットに寝かせて、何度目かのため息をついて自分の部屋の扉をくぐる。
長い一日がようやく終わったよ…。
マントも上着も乱暴に床に脱ぎ捨てて俺は自分のベットに潜り込んだ。
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** |
「う〜〜ん……」
酒には俺だって弱い。重い頭に唸って、ベットの中で暑さに寝返りを打つ。
と、横に誰かが寝ていて、俺の鼻先が誰かの皮膚に触れた。
「こんばんわ。おかえりなさい」
毛布の中で見るには、余りに衝撃的な人物。
俺の首に白い腕を絡めてくるので、慌てて起き上がって離れる、が手を着く場所を間違ってベットから音を立てて転げ落ちた。
ドッスーーーン……。
「まぁ、大丈夫かしら?クスクス………」
「お前…!シャンテ!何やってるんだよ!」
「あなたの誕生日をお祝いに来たのよ」
「だからって人のベットに潜り込んでる奴がいるか」
ドンドン!
「ニーズ殿〜…?なんですか〜今の音〜…」
「なんでもない!なんでもないからお前は寝てろ!」
扉の先にサイカが寝ぼけた声で現れ、鍵は開けずに俺は追い返す。何も悪いことはしちゃあいないが、こんな場面を見られたらどんな事になるか考えるのも恐ろしい。
「可愛くて、…元気な娘さんね。あの子が好きなのね」
扉に張り付いて追い払う俺の傍に、シャンテがいつの間にか寄り添い、吐息のように呟く。
「シャ…!馬鹿、くっつくなよ!」
俺は小声、しかし、わざと事を荒げようとしているのか、美女の亡霊ははっきりと言葉にしてしまった。
「私は、あなたが好きみたいなの。今日はたくさん嫉妬してしまったわ」
そんなはっきりとした告白は初めてされてしまい、俺は反応できずに悲しい美女を見つめて凍りつく。
ダダダダダダッ。
ガチャガチャ。バンッッ!!
合鍵を持って来てサイカは扉を叩き開ける。扉を開けば視界に入ったのは見知らぬ女に抱きつかれている想い人。
狂気奔った目で暫くサイカはわなわなと震えていた。
「んな、…!★◎×▽…!!▲〓〇$Щ√!!」
もはや叫んだ言葉は読解不可能にまで達している。
両腕で慌ててシャンテを引き剥がして、口をパクパクさせているサイカの肩をがくがくと揺すった。
「おいっ!こらっ!目を覚ませ!…違うから!サイカ!」
「………。ニーズ殿が別の女子と、夜の自室で、密会…。抱き合って…」
ボロボロと大粒の涙が零れて、泣いたかと思えばキッと鋭い瞳で睨みつけてくる。
また自分の部屋に駆け戻って、愛用の尖槍を握りしめて帰ってくると、殺意を込めて槍の先を俺に対して揺らした。
「浮気…。誕生日だからって、浮気なんて許しませんよニーズ殿…」
「怖いよ。…っと、浮気じゃない。浮気じゃないからとにかく落ち着け。ただ、誕生日を祝いに来ただけだから。な、シャンテ」
「こんばんわサイカさん。愛人志願のシャンテよ。よろしくね」
「シャンテ……!」
悪ぶれる様子もなく、飄々と言ってのけたシャンテに対して、鬼のようなサイカの怒りが向けられる。二人の間に火花が散っていた。
「ニーズ殿、こっちに来て下さい!」
俺の腕を引っ張って片手に抱えて、サイカは泥棒猫を追い払おうと槍を向ける。
「おのれ悪女め……!人の夫をたぶらかそうとは笑止千万!消え去れ!泥棒猫!消えなさい〜〜!!」
「私、泥棒に失敗したことないの」
言葉ではジパング娘が一生かかっても勝てないような、妖艶な美女は含んで笑った。
「ラリホー!」
強硬手段に出て、俺はサイカを眠らせる。酔いもあってころっとジパング娘は眠りに堕ちた。
再度サイカを寝かしつけてから、多少責める視線でシャンテの前に戻っていく。
「怒ったの?ごめんなさい」
「怒ったよ。冗談の通じない奴なんだから、やめてくれ」
「………、そうね。もうしないわ」
やけに素直に謝るのに戸惑ったが、彼女は本来の用事であった贈り物を窓辺から持ってくる。
「誕生日おめでとうニーズ。お役に立てば嬉しいわ」
「これは?」
「命の石と呼ばれているわ。あなたを守ってくれるそうよ」
渡された手の平サイズの青い石は、夜の闇の中でもほのかに青く神聖な光に包まれていた。
「ありがとう」
「いいえ、どう致しまして。じゃあ、またいつか」
部屋の窓を開けて、月夜に彼女は消えてゆく。
「もういいの?姉さん」
「ええ、お待たせ」
勇者の家の前で、弟が姉のことを待っていた。
「……。僕ね、ニーズさんに闇のランプを渡したんだよ」
弟は不意に、姉を驚かせ、言葉もなく姉弟は見つめ合う。
「それは願いだけど…。ニーズさんが、姉さんと会ってくれたらいいなって…」
「使わないと思うわよ?いやね、変な気を使って。どうしたの?」
「僕は姉さんは、彼の事を好きだと思ったから。違う?」
「私そんな素振り見せたかしら…。本気じゃないわよ。ただ、困らせてるのが楽しいの」
姉は弟の思い違いだとクスクス笑って、戻るべき場所へと足を動かそうとする。
そんな姉の腕をそっと弟は掴んで呟いた。
「おせっかいだったかな。…でも、姉さんは元ニーズさんにたいして絶対に名前で呼ばないよね。だから僕は不思議に思っていたんだ。姉さんにはその名前が特別なようで、姉さんにとっては、彼の方が「ニーズ」なようで……」
「…随分と、察しが良くなったのね……」
「じゃあ、やっぱり、そうなんだ」
姉はため息で返事して、弟には本当の顔見せた。
「でも、困らせるのも終わりね。辛くなったの。きっと、もう何もできないわ。今日はますます空しくなってしまったから……」
「姉さん……」
「いいのよ。その分あなたが幸せになって頂戴。お願いね」
悲しくも強い姉は、微笑んで勇者の家から離れてゆく。
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祝い事の夜、まだ騒いでいる町人もいたかも知れないが、夜の町を出歩く人影は彼女きりとなっていた。
毛皮のケープを羽織り、彼女は数年ぶりに城下町の果て、教会裏の墓地に訪れると目的の墓の前に鎮座する。
「………。久し振り、ね」
女性は複雑な想いに視線を細め、墓標に対して話しかける。
「とは、言っても…。ここにあなたは居ないけれど」
墓には、墓標が立っているのみ、それは不在の墓ではあった。
還らなかった者の墓の前、女性は遠い日の勇者を思い出していた。
「どうしてかしら…。今日、あの子に抱きしめられた時に、あなたを思い出したのよ。悔しいわ…。今まで思い出さなかったのに」
気がつくと女性の頬は涙で光り、冷たい地面に落ちてゆく。
「あの子は、やはりあなたの子なのね。私の子だと思っていた。私一人の子だと思い込んでいた。でも……」
嗚咽する女性の手には、指輪が一つ強く握りしめられていた。
普段指にはしていないが、捨てられずにいる誓いの指輪。
「ニーズは……。もう十九歳になりました。あの日から、十九年……」
共に我が子の誕生を喜んで、共に抱き上げた愛した人は何処へ。
「この身が朽ちたら……。あなたに会えるのかしら。オルテガ……」
「よく頑張ったな。ありがとうエマーダ」
「考えていたんだが……。ニーズというのはどうだろう」
あの幸せな日から、十九年。
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