書いちゃいました。神竜奇跡。
「最邂(さいかい)」 |
アレフガルドに光が戻り、上の世界も平和になって、数か月も経ったころ。 女王を失い、ひっそりと息をひそめていた竜の城に、ある変化が起こった。 「…と、いう事なのですが、皆さん、久しぶりに集まって、力試しといきませんか?」 面白そうに笑顔で、仲間たちを誘ったのは、言わずと知れた賢者ワグナスだった。 竜の女王の城、すでに女王は亡く、卵が孵ったこともあり、改名「竜の城」。城の回廊に不思議な鏡が現れ、中には屈強な魔物が待ち構えていると言う。 例の如く気乗りしない勇者と、正義感に燃える面々、+興味本位の面々との多数決で、勇者一行は再集結し、挑む事となり、謎めいたダンジョンを越え、塔の最上階にて【竜】に遭遇する。 神と名乗る、竜。神竜。 試練を提示し、それを果たせば、選んだ願いを叶えてくれると啓示するが……。 「ええ、ええええ、エッチな本……って言ったら、ぶん殴られますよねw」 「そうだな」 ナルセス君の提案に、今にも殴りそうな声色で勇者が返事を返した。 項目は複数。 1、オルテガを生き返らせる 2、新しいすごろくで遊びたい 3、エッチな本が読みたい 「新しいすごろくと言うのも…惹かれますよね」 解っていて、冗談を言うのだから、賢者ワグナスは殴られたいのだと思う。 言いようのない緊張感は、自分を中心に広がっていた。 ま、さか……。本当に? 思いがけない事柄に、僕の思考も、全身も硬直している。 「…お兄様、私は、お父様を、生き返らせたいです」 二人のニーズの間に静かに入り、初めに口をきいたのはエルフの魔法使いシーヴァスだった。当然、彼女はそう言うだろう。なんの抵抗もなく。 弟のニーズは、どれもそんなに関心がない。アイザックやサリサちゃん、ジャル君も、人命優先で1を選ぶ。ふざけた提案をするのは、ナルセス君と賢者ぐらいしかいない。 問題は、僕、だ。 心臓が高鳴る。生き返らせたくない、わけじゃない。 ただ、迷う。…怖い。 そう、怖い。どうしようもなく、怖いんだ。 だって、僕は、父を恨み、憎み、刺した。後悔はした。 母に会わせてあげたかった。約束を守れず、謝った。 …僕を、許さないかもしれない。 …どうしよう。どうしよう。 まさか、こんな選択肢があるなんて……。 「…生き返らせよう。大丈夫だ、きっと」 鏡のような弟は、顔を寄せ、小さく耳元に、安堵させるように呟いた。心配し、寄りそう妹は、僕の袖を小さく掴む。 ありがとう。心中で感謝するよ。 誰かが言ったからではなく、自分で決めなければならなかった。 勇気を出して、父にもう一度再会すると。 決断は僕に委ねられていた。 僕は、会いたいの? 会いたかったよね。何処かに希望を抱いて、亡骸を探したりもしたよね。 何か残っていれば、神の奇跡もあるかも知れないと……。 「お願い、します」 震える声を、極力抑えた。息を整え、神竜に願う。 「父を、生き返らせて下さい」 |
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光が集まり、神竜の前でそれは、人型に形成されてゆく。黒髪の精悍たる戦士が、徐々に姿を現してくる。待ちきれずに、両腕を広げながら、妹シーヴァスが父の復活に抱きついた。 「お父様、ああっ、お父様…!」 父親にしがみつき、エルフの少女の感情はたかぶる。 あの日、大魔王城の前で力尽きた、勇者オルテガが瞳を開ける。姿はそのまま、見た限り、外傷はなく、火山に落ちた際の火傷もない。 「お父様、本当に、良かったです…」 「シーヴァス、…皆、無事か…?……、ここは……?」 再会を喜ぶが、状況に戸惑う父。涙を拭いて、シーヴァスが説明を始めた。 「あの後、皆で協力して、ゾーマを倒したんです。それから…」 「こちらの神竜様が、お父様を、生き返らせて下さいました」 偉大なる奇跡に震え、勇者オルテガは深く神竜へ感謝を示した。 願いを叶えた神竜は、音もなく姿を消し、仲間たちも、気を使って先に戻ると踵を返した。 僕は……。 動けない。動くことができなかった。 ただ、涙が滲んで、零れ落ちる。それだけで。 「……。お兄様、私も、先に戻っていますね。お父様、ニーズお兄様です」 あらかた説明と、ひとまずの再会を果たした妹は、僕と父を促し、少し離れて、リレミトの呪文で戻って行った。 「……ニーズ……」 「父さん……」 父が、意を決し、動けない自分に、近づく。 大魔王城の前で、言い争って、そのまま、死別した。あの日の光景が、再びよみがえる。父は、最期に僕を抱きしめて、母と僕に謝って、沈んでいった。 息子の前に、辿り着き、暫し、思案に暮れる。 「すまなかった。お前たちを置いて、不徳だった。寂しい思いを、させた…」 オルテガは、深く、頭を下げた。 「大魔王を倒したんだな。本当に、ありがとう。…お前は、お前たちは、私の誇りだ。ふがいない父だった。申し訳ない」 首を振る。 僕だって、仲間に助けてもらって、弟がいて、ぎりぎり成せたことだから。自分もふがいない勇者だった。 「許してくれるか、私を」 「許すなんて、……。僕の方が…」 「私が悪かったのだ。お前は、何も悪くない」 「ごめん、なさい。僕は、あなたを…」 「いいんだ。私こそ、辛い思いをさせて、すまなかった…」 立ち尽くす僕は、ただ泣いて。 でも、いつしか、お互い何も言えなくなって。 父は、僕を見つめ、その頬にも涙が伝っていた。 「大きくなった。本当に。立派になった…」 おそるおそる、ぎこちなく、成長した息子を腕に抱える。細い。勇者にしては、繊細すぎる印象に、母が重なり、苦労も感じた。 「すまなかった。本当に。会いたかった。会いたかった、ニーズ…!」 もう、何処にも行かないように、震える手で、僕も、父の背中に腕を回した。 父の方が背が高い。体格もいい。息子の頭を肩に抱き込んで、確かめるように、強く、強く抱きしめてくれる。 父の身体が、温かった。力強い。それだけで、涙が止まらない。 ボロボロと、あまりにも、多くのものが崩れて落ちた。 |
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アリアハンの実家へ、父と共に魔法で飛んだ。 母親は庭で洗濯物を干していたが、かごを取り落とすほど驚いて、暫く呆然として立ち上がることができなかった。泣き合って、再会を喜んで。 母は少し休んで、その間に、アリアハンの王に報告したり、仲間たちと挨拶したり。 シーヴァスと二人で、ノアニールの森へ行ったり。 アリアハンの町は、それは大騒ぎになって、後日、帰還祝いのパーティをしようと盛り上がっていた。 夕方、母とサイカちゃんが夕食の支度中、弟のニーズと父が少し二人で会話をしていた。テーブルで料理を待ちながら、向かい合うもほぼ初対面だし、弟ニーズも緊張している。 「君の話も聞いたよ。ニーズを助けてくれてありがとう」 「いえ…。たいした事は、してないです」 生まれのことも、僕が居ない間、母を助けて暮らしていた事も聞いている。 僕の代わりに勇者として旅立ったことも。勇者としての旅の話も。 ニーズに【父親】という概念はなかった。オルテガを父と思ったことはないのだろう。興味深く話を聞くオルテガを、自分も「父親」と思っていいのか、弟は戸惑っている様子だった。 「本当に、君は、すごいな。感謝しても、しきれない」 「いえ…。周りのおかげです」 弟ニーズはひたすら謙遜している。 「もう一人の息子として、よろしく頼む。生まれてきてくれて、ありがとう」 オルテガに手を差し出され、弟は固く握手。小さく頭も下げた。 「その、ニーズ殿の妻のサイカです。父上殿、今後は嫁としても、よろしくお願いいたしますね!」 弟の影から、ひょこっと顔を出すジパング娘。彼女の父親、翡翠は、オルテガの旅の仲間だった。旧友の娘であり、息子の妻として、存在を強くアピールしてくる。 「翡翠は、アレフガルドに居るのだな。彼にも近いうちに会いに行こう」 「はいい!父上も喜びます♪」 自分も配膳などを手伝い、妹シーヴァスも加わった、賑やかな夕食会が始まった。 「本当に、信じられないわ。こんな事が起こるなんて…」 人数の増えた食卓に、頬を抑えて、母が改めた感想を述べた。父母と、ニーズ二人と、サイカちゃんと、エルフ娘のシーヴァス。テーブルとイスも追加して、だいぶせまいが、その分賑やかさが増している。 ジャンルも定まらない、各種ごちそうが所せましとテーブルに並んでいる。 「ジパング名物、納豆ですよ〜。父上殿、たんまりどうぞ!」 「おお、懐かしいな。翡翠が良く出してくれたものだ」 「この煮物、好きだったわよね?覚えているかしら?」 「…覚えているとも。嬉しいな、ありがとうエマーダ」 「お父様、こちらの果物、森で取ってきました。良く一緒に食べましたね」 「そうだな。…うん。美味い。あの頃のままだ」 女性陣が嬉しそうに、父のために、あれこれと、もてなす。 「お酒は、いかれますか?じゃーん!ジパング酒もございますよ!」 「…あんまり、無理さすなよ?」 大きな酒瓶に、弟の顔に不安がよぎる。 「またまた〜。今宵はお祝いですよ?良いではないか良いではないか」 「良くねーよ」 「みんな、たくさん食べてね。おかわりもあるから」 「ありがとう、母さん。でも、母さんは座ってて」 自分でおかわりに立ちながら、ふと振り返る光景に、なんとも不思議で仕方がなかった。父がいて、みんな、楽しそうだった。 みんな笑っていた。 僕も、笑っていた。 |
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てんやわんやの夕食が終わって、片づけた後、シーヴァスは自宅に帰って行った。 父さんは元の部屋へ。 弟とサイカちゃんに後は任せて、僕はアリアハンの宿へ泊まると手を振った。 アリアハンの町は、勇者オルテガ復活の報せに浮足立っていたが、さすがに夜更けには人気もない。 ゆっくり、静かに、回り道しながら、宿屋へと向かう。 懐かしい、アリアハンの町並み。月明りを受けて、さまざまな過去の記憶がよみがえっては、立ち止まり、目を伏せた。正直、いい思い出ばかりではない。 足は、どうしても向かう。 いつも訪れた、町はずれの杉の木の下へ。 でも、待つのをやめてしまった。悲しみは憎しみに、感情は次第に姿を変えた。 「ここに居たのか、ニーズ」 酔い覚ましに、父も散歩に出ていたようだった。 正直、予想外で面を食らった。 「………」 父は、心地よい夜風に当たりながら、「ふう」と木に寄りかかって景色を眺めている。僕は、黙り込んで、考えて。 隣に寄りかかって、俯いて顔を隠すけれど。 「…あのね、父さん」 僕も、少しお酒を飲んだ。だから、言ってしまうんだ。 「僕は、ずっと、ここで、父さんの帰りを待っていたんだ」 「でも、帰って来なくて」 「いつしか、待つのをやめて」 「…でも、ずっと、待っていたのだと思う」 憎しみながら、隠した、心の裏側で。 この木の根元に、地中深くに、埋め込まれた幼い願い。 「ただいま。ニーズ。ようやく、帰ることができた」 さわさわと、風に揺れる葉音に、消されそうな程にささやかに、静かに、勇者オルテガは帰還を告げる。 父の帰りを待つ、いつまでも消えなかった残像が、ようやく、笑顔で駆けて消えた。 「…おかえりなさい。ずっと待ってたよ。父さん」 十数年かけて、ようやく、辿り着いた。この瞬間に。 最も、求めた邂逅だった。 |
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アレフガルドに、父は翡翠氏に会いに訪れ、それは昔話にお酒がすすんだという。僕と一緒に暮らすフラウス、アドレスにも挨拶をして、ラダトーム城などにも報告に向かった。 上の世界、各地にも報告等に回って。 アリアハンで両親は静かに暮らしてゆく事にする。 父が戻ったことで、弟ニーズ達は二人で何処かに家を探そうかと相談していた。 本を求めてナルセス君が再戦の誘いにきたり、 すごろくで遊びたいと賢者がお願いに来たり? したかどうかは、定かではない。 |