道を造るのです。
 ただ、あの人の為に。








「彩りの花 2」



「サイカを解放して貰おうか」
 光り輝く【王者の剣】の切先を向けた。逆手に構え突撃を始める。ジパング娘を抱えた左腕を叩き落とそうと振り上げた。銀の死神は億劫そうに、フッ…と軽く息を吹く。吐息は吹雪へと変貌し、狙いは届かず、俺は雪にまみれて吹き飛んだ。
 バキバキと木々を折り、吹雪に回転しながら、落ち葉にまみれて落下した。

 援護に入ろうと、サイカの父親が体を乗り出すのが窺えた。死神は視線で「邪魔するな」と訴える。
 翡翠は萎縮するでもなく、静かに見据えていたが、どうやら全てを勇者に託すと心に決めたようだ。攻撃の意思を見せず、全てを受容して、勇者を目で追う形に戻る。
「勇者を信じることにしよう」
 観戦モードを宣言。
「…………。【勇者】だなんて、図々しい」

 【勇者】とは、吹雪に飛ばされた【身代わり人形】のことを指すのか。心底嫌悪を見せて死神は吐き捨てた。


「そろそろ、お前を遊ばせておくのも終わりにしましょうか」
 ゆらりと、冷気が動くのを感じた。
 気付くと、頭上に見下ろしていた紅の瞳。蔑んだ昏い瞳に背筋が凍った。生き物を見る目では無い。
 この死神取っては、俺は勇者のまがいもの。

「お前も、連れて行きます」
      なに!?」
 予想外の言葉に耳を疑った。俺もあの日のサイカのように、連れて行くと悪魔は吐くのか?空中に氷柱が発生し、伸びたままだった俺の両足に落下した。
「ぐはっ……!」
 足にくさびを打たれ、地面を舐めた。足から凍結が始まり、身動きできずに歯噛みした。這いながらも、細い足に剣を振るって抵抗を見せる。

 冗談じゃなかった。兄の枷になど、死んでもなりたくない。


 フッと死神の足は消え、攻撃を回避。現れたと思うと、振り終えた右手首の上に移動していた。手首に全体重以上の負荷が突き刺さる。
「がああああっ!」
 手首から土に潜る。たまらず剣は手から離れた。
「お前は、どうやって殺してあげましょうか……」
 死神は、抑揚もなく独りごちた。

 今まで放っておいたのは、効果的に殺すため。



「ネクロゴンドの王子のように、目の前でバラモスの餌にするのが妥当でしょうか」
 ネクロゴンドの王子    、優しい金髪の少年が、脳裏に甦り儚く消えた。短い間だったが、アリアハンで共に過ごした日々は忘れない。
 アイザックの親友、もう一人の勇者の従者。

「……そうですわ。お前をあの人に食べさせてあげましょう」
      !?」
 壮絶な微笑みで、口調は単なる軽い悪戯。
 
       ニーズを苦しめる為なら、この女は何でもする。
 冗談ではなかった。



「うおおおおおお!!
 弾かれた様に、咆哮が夜空に轟いた。光の閃撃が二本。隼の如く闇夜を駆けた。「王子」の言葉に沸騰したのは俺だけではない。
 「王子」の親友が、怒りと共に飛び込んだ。瞬速の二回攻撃がV字に決まり、一秒遅れて死神の腕が宙に舞った。
 合わせて放り出されるジパング娘を、新生賢者ナルセスが両手を出して受け止めた。
「ナイスキャッーーーーッチ!」
 そのままナルセスは、サイカの保護。一目散に父親の元へ連れて行く。

 隼の剣士アイザックは、激怒中ではあったが、冷静に相手の反応を見、深追いはせずに死神との距離をはかった。死神の肩からは出血は無く、断面はただの黒い面。
 彼女らは     大魔王の身を守る闇の衣。


「ニーズさん、大丈夫ですか!」
 アイザックが死神ユリウスと睨み合う隙に、僧侶サリサが回復に駆け寄った。両足に刺さった氷柱を剣で叩き割り、回復呪文を連発する。
 ユリウスは鎌を出現させ、アイザックと応戦していた。片手を失ってもなお、隼の猛攻に揺るがない。剣技の音が激しく響き、火花が何度も弾けて舞った。

「メラゾーマどっかーーん!」
 ナルセスは魔法で援護を飛ばした。サイカは無事に、父親の元で瞼を開く。父親に状況を聞き、戦況に目を見張り、フラつくのかゆっくりと立ち上がった。

 回復され、動けるようになると、奮起して俺も剣戟に混ざった。騒ぎに村人が集まったが、サリサが巧く誘導してくれている。


「その剣、あの人の物なのですが」
 俺の振るう【剣】を鎌で受けながら、不本意だと死神は抗議した。低い声色が、逆に激しい憎悪を思わせる。
 わかっていた。コイツは俺を憎んでいる。
 邪魔な存在として。目障りな存在として。
 あってはならない不許可の存在。


「……分かってる。ニーズに渡す!」
 そんなことは解っていた。俺はただ預かっているだけだ。
「…………」
 ユリウスはまだ不満の色を消さなかった。
「周りはそうは、思っていないようですね」

 言われて、周囲を見渡した。
 翡翠が、サイカが……。俺に投げる熱い眼差し。
「お前ら……」
「別にどっちでもいいけど。……どっちかって言ったら、お前だろ」
 アイザックが意味不明に完結。サリサが、同意のように微笑む。ナルセスに至っては、自分と目が合う親指を出して「にかっ」と笑った。


「お前は、目障りです」
 勇者としての信頼が、死神の地雷。
 全力で俺を討つと、その身が冷気を噴き上げた。



「マヒャド……!!」

「ぐわああああああっ!!」
 受身を取ってなお、猛吹雪に半身が氷像と化す。周囲の建物、木々、地面が氷に包まれた。このままでは氷の村と化してしまう。
 死神は過去に石化の村を作ったが     

 王者の剣が光を増し、荒れ狂う吹雪をなぎ払う。
       しかし、吹雪は払われた先で、踵を返し襲って来た。
「フバーハあああああああ!!」
 ナルセスがバリアを張ってなんとか凍死を免れた。俺とアイザック、自らを守って、それですでに限界が近い。



 小屋の影に隠れていた親子が、勇者の危機に目を見張った。
 特に娘は、身を乗り出して顔色を変えていた。村が一部氷に覆われ、寒さに凍えて歯の打つ音が止まらない。

「あの勇者を、助けたいか」
 圧される勇者を横目に、不自然な程に父親の声は落ち着き払う。
「え、そ、それは……!はい、助けたいです……!」
「あの男を、想っているのだな」
「ええっ!?……お、おもおも、おもっ!?そ、そんなフシダラナことは……!」><
 真逆に全く落ち着かない娘。……本当に親子か?

 ほぼ初対面の男にうつつを抜かすなど……。
 普通、言語道断な筈なんだが、翡翠の価値観は別なとこにあるのだろう。



「サイカ、良く聞くのだ」
 もう慣れているのか、キョドる娘にも父親は全くシリアスを崩さなかった。
「勇者には、お前の力が必要であろう。選ぶのはお前だ」
 紅の瞳に娘を映し、細い肩を両手で掴む。決断からは、逃がさない姿勢。
 ジパング娘は、暫し俯き、数秒ばかり思案に暮れた。理由は解らなくても、答えは自らの中に在る。顔を上げると、娘の眼光は増していた。
「……分かりました、父上。私、行きます……!」
「いい返事だ」
 父親は満足そうに、頷いた。


「サイカ、お前は、勇者の道に彩りを添える花だ。
 お前は愛する者に力を与える


 いつからか、予感していた娘の宿命     。自らは物に力を与えた。娘は愛する男のために咲く。手を突き出し、そっと娘の背中を押した。
「二人の勇者に、力を与えよ!」




「ニーズ殿おおおおおお!」

 決意を胸に、絶叫がこだました。


==


 ルビスの塔は強力な結界の中にあった。
 闇に閉じたアレフガルドの大地の中、妖艶な霧に囲まれ、見上げても上部の形態がはっきりしない。地面近くは、ほぼ石化した状態だった。
 石化の呪い、死神ユリウスの力。精霊神ルビスもユリウスによって石化されてこの塔に封印されている。

 賢者ワグナス、そしてラーの化身ジャルディーノ君によって、結界の打破が為され、一瞬だけ入り口の結界を破り、僕達は塔への侵入を達成した。
 主君の復活に燃える(?)ワグナスさんは、いつもよりもニコニコしていて、ジャル君は女神との邂逅にいささか緊張している様子。
 アレフガルドの飛竜の生き残りアドレスは、大雑把な性格のため、いつもと変わらず飄々と先へ進んでいた。
 サイカちゃんから受け取った、【妖精の笛】を胸に、白服の勇者は最後尾を慎重に行軍してゆく。


 暗く鎮まった不気味な塔の内部を、賢者ワグナスの杖に点した、魔法の灯りだけが照らしてくれた。階を重ねてゆくと、度々床が思わぬ方向に回転し、意にそぐわぬ場所へ出た。落ちたくないのに開いた床に転落したり、床のトラップは混乱を招き、何度も同じ道を歩く羽目に陥った。

「嫌なトラップですね〜。進行意思に対してどの向きに床が回転したのか、覚えて、それを踏まえて進みましょう」
 引率の先生のように、指を立ててワグナスさんが提案した。
「そうですね。解りました」
 ジャルディーノ君は生徒その一。

 羽根の生えたライオンに何度も襲われ、床の罠もあり、塔の探索はそう早くは進まなかった。見張りを立てつつ、何度目かの休憩。
 物影に隠れ、二人ずつ仮眠を取った。
 僕とアドレスが組んで起きていたが、珍しく、アドレスも無言でいる。


 アレフガルドは彼の故郷。同族(飛竜)たちは全て滅んだ。
 その大地に刻まれた、「嘆き」が彼には聞こえるのかも知れなかった。同族への悼み。裏切った同胞への憤怒。
 封印されるに終わった女神に対しても、彼はもしかしたら恨んでいるのかも解らなかった。もしくは、彼は、肩代わりしている、僕の呪いを懸命に耐えているのか……。

 呪いを戻せと懸命に頼んだ。命令もした。
 けれどアドレスは【勇者】という、最優先事項を曲決してげない。



「…………!?」
 ふと、胸元が温かいことに気がついた。
 紐を結び、下げていた妖精の笛を取り出すと、青白い光がほんわりと四人を照らす。
 なんだろう………。
 何か笛が求めている気がして、講義を受けたサイカちゃんのメロディを吹き鳴らした。

「元ニ!」
 異変に気づいたアドレスが、声を上げて注意を促した。
「え……!」
 音が、音色が、流れる。光の粒子が僕らを誘うように流れ、少し先でくるくると踊った。
「サイカちゃんなのかな」
「…だな。道を教えてるんじゃないか?」

 なんて事だ。
 陽気な彼女が、「こっちですよ〜!」と手を振る幻。
 サイカちゃん、なんて不思議な娘だろう。


 商人の町での自分の行動に、死神フラウスとの決別に、落ち込み、見失っていた僕の世界に、強烈な存在感を持って色を添えた異国の花。
 アリアハンの生家で、僕は彼女に救われた。
 そして、記憶を封印された今も、僕を助けてくれるんだね。

「…ありがとう。サイカちゃん」
 今頃は、弟の事を思い出して、仲良くしているといいな。
 ずっとニーズの傍に居て欲しい。愛していて欲しい。




 ……僕の代わりに。


 睡眠時間の頃合を見て、仮眠していたワグナスさんとジャル君を起こし、光を頼りに僕らは進んだ。
 回転床でも、「こちらに進んでしまうよ」との光の指示があり、惑わされる事もなくなった。道は途絶え、目の前には闇の穴。光に促され、あえて落ちて道は開いた。


 最上階、長い橋の先、塔の中央に石化された女神像の姿が在った。
 以外にも、女神の表情は穏やかに、世界の行く末を見守っていたと思わせてくれた。

 石像の前に、従者ワグナスが膝を付いて、深く深く頭を下げた。その背中には、断罪と後悔と、尽きない敬愛が滲み見える。
「お待たせしました、ルビス様。…やっと、勇者を連れて来ることが出来ました。封印されてなお、勇者を、私を助けて下さり、本当に感謝しています」

 赤毛の僧侶が、その横に同様、膝を付いた。
「ルビス様、お久しぶりです。遅くなって申し訳ありません。ルタ様にも怒られました。アレフガルドを、必ずお救い致します」
 竜の生き残りは、賢者の後ろに跪いた。
「竜は、貴女を恨んでいません。美しい世界を、取り戻して下さい。元ニを、ニーズを助けて下さい。よろしくお願いします」
 アドレスの献身さに、思わず目頭が熱くなった。目蓋を伏せ、戦友に心中で感謝を告げる。


 いよいよ、僕の出番。鼓動が早撃ち、笛を持つ手が汗ばみ、震える。
 小さい頃から信仰していた。何故かは解らず信仰していた。最も身近で、共感できた、優しい教え。僕は安らぎと安定を求めていた。

「ルビス様、今、封印を解きます」

 ポウ〜♪ポロポッポッポッ〜♪



 サアアアアアア     !!

 光の風が、音も無く駆け抜けた。光の波紋が、フワッと円形に拡がってゆく。最上階のフロアが乳白色の光に包まれ、春のような聖気に目を疑った。
 懐かしい、久しく見ていない、白昼の温かい木漏れ日のような【 光 】   
 これは、夢神ルタ様の御力なのか…。

 笛から唇を離し、光の中の女神像を静かに見つめた。
 温かい光が、石像の頭上から、徐々に石化の解除を始める。胸元、足先まで色が戻り、髪に柔らかさが、頬に赤みが甦った。

「ルビス様……!」
 感極まった賢者が、顔を上げて呼びかける。応えるように、女神は目蓋をそっと開き、周囲を確認すると、たおやかに従者に微笑んだ。
「ワグナス……。ありがとう……」
「ルビス様……!どんなにこの日を待ったことでしょう……」
 女神は、涙する従者の傍に身を屈め、彼の手を取り、手厚く労った。
「ありがとう、ワグナス。苦労をかけました」

「僧侶ジャルディーノさん、アドレスさん、ありがとうございます。おかげで封印を解くことができました」
 賢者に続いて、二人を労い、小柄な精霊神は、身動きできずに立ちすくむ、勇者の前へと進み出る。



「勇者ニーズ」

 どきり、とする。
 美女、と言うよりは、かわいらしさを感じる女性。僕を見つめる蒼い眼差しは、どこか悲しみを隠していると胸が軋んだ。

「よくぞここまで、辿り着いて下さいました。賢者と、貴方の仲間達と、世界の全てに感謝致します」
 軽く頭を下げ、女神の両手は祈りの形から、勇者の前へと差し出された。
 白い綺麗な掌の上に、聖気あふれる金の守りが現れた。王者の剣のデザインにも使われている、翼ある紋章    聖なる守り。
「こちらをお持ち下さい。貴方を守ってくれるでしょう」
「ありがとうございます」
「それから、光の鎧もお持ち下さい」
 胸に同じ紋章の刻まれた、蒼銀の美しい鎧が、横に進み出た賢者の手に具現化していた。少し考えて、そちらは「弟に」と断わった。

「……そうですか。わかりました」
 言葉の前に、寂しげな【間】。

 賢者の耳元に指示を出し、緩やかに挨拶を残すと、女神はひとたび姿を消した。
「また、恩返しに参りますね。ワグナス、よろしくお願いします」
「はい。ルビス様」

 精霊神ルビスは、復活を果たした。
 僕らは、呪文で塔を後にし、ルーラの呪文でマイラの村へと帰路についた。


==


「ニーズ殿おおおおおお!」
 
 死神(最凶の敵)との戦闘中にも関わらず、いきなりジパング娘は俺を目指して突撃して来た。有無を言わさぬ飛び込みに、受け止めつつも、後退して仰向けに転倒する。
 したたかに後頭部を打って、文句を吐いた。
「……なんだよ。何か用かよ。今、戦闘中なんだよ」
 とにかく手短に終わらせい。無論、そう簡単に、都合よく動いてくれる相手ではないが。

「ニーズ殿の、力になりたいです」
 ぽつりと、黒髪の娘は囁き、青い胸に寄り添った。まるで周りが見えていない様子だ。


       俺の全身に、言いようのない衝撃が奔った。
 言葉と、声色と、行動と。……全てで【告白】だと感じとった。

「断わる」
 サイカを押しのけ、背中を向け、体勢を整えた。
 何も考えず、戦闘に戻る眼前に猛吹雪が襲いかかった。歯を食いしばり、両腕で遮るも、吹き飛ばされて俺はゴミ屑のように宙に舞った。
 嵐に切り揉まれて、視界はただの「白」に染まる。


 一面の、白。銀世界。ただの、「白」。
 白     。………。



 意識が妙に混濁していた。
 冷たい雪が、頬を刺した。どこかに倒れて、地面が酷く冷たい。体が急激に熱を失う。俺は死んだのかも知れない……。


 ………もう、いい。
 もう、俺を追いかけてくるな。
 どこかで視線を感じて、喚くように繰り返した。

 俺を選ぶな。俺の事なんか忘れればいい。
 そうすれば、きっと、あの女は幸せになるだろう。

 意識が途切れる前に、僅かに視界に潜り込んだ、異国の女は真摯に俺を見つめていた。珍しく、表情は険しかった気がした。
 俺にようやく、愛想が尽きたか……。
 これで、俺は、一人になれる。




 ふわふわとした物が、鼻を擦り、訝しげに目蓋を上げた。
 一面の「白」は、一面の白い花畑に変わっていた。
「………!サイ、カ………」

 【白い花束は、求婚の証なのです】
 鮮明に押し寄せる、彼女のイメージに全身が総毛立った。

 やみくもに花を斬りつけ、脇目も振らずに駆け抜けた。その花畑の美しさが、柔らかさが、心地よい空気も全てが忌々しい。そう思う息苦しさも、全否定して駆け抜けた。

 息を切らして、どうと倒れこみ、両手を着いて頭を垂れた。ポタポタと、汗が幾つも床を濡らした。花畑は消え、辺りは一面の闇に変わった。
 ようやく、呼吸は落ち着くかと思われた。


 暗闇に、ぼんやり輝く青い光に気がついた。
 腰に挿した草薙の剣。地球のへそで、こうして俺を導いてくれた。
「もう、いいんだってば」
 外套で剣をくるみ、光を遮断する。一切の光も必要がない。
「もう、俺を助けるな」

 【君のために、生きていいんだよ?】
 剣を抱え、突っ伏した俺の前に、あの日の勇者が優しく諭す。

 【もっと、たくさんの腕に触れておいで】

 【そうしたら、幸せになれるよ】



「いいんだ!本当に、要らない!!」


「本当に?」
 背後に感じる、娘の気配。俺は、沈黙で、肯定した。
「……分かりました。さようなら、ニーズ殿」
 この世界から、サイカが居なくなった。




 そう。俺は、一人で生きていける。
 お前が居なくても。

 剣は光を失った。白い花は枯れ落ちた。
 踊った手の温もり。クソ不味い料理。迷惑な行動の数々。清々する。
 出迎える両腕。はちきれる笑顔。
 優しい思い出。


「さようなら」



      大馬鹿者だ。

 どうしようもなく、俺は哭いていた。
 初めて言われた、「さようなら」などと。


【お前と、…『対等な者』に…、なりたい…】

 突っ伏して泣き崩れる耳に、自分の言葉が木霊した。
 兄に、素直に向かい合った、唯一の日。

 幸せになんか、ならなくていい。……本当に?

【じゃあ、どうしてあなたは居るの?】
 仲間のサリサが泣き叫んだ。

 俺が居るのは、『ニーズ』のため。
 それは、やめて。それは終わった。断絶された。

【君のために、生きていいんだよ?】
 再度、兄が呼びかける。俺はあの時、兄に『笑った』。
 精一杯の、気持ちを込めて。相手のために。俺のために。
 俺は、サイカに、同じ顔を見せた事があっただろうか………?



【お前は、俺に反論していいんだ】
 俺も、誰かに反論していい。世界に反論したっていい。


 まだ、言えてない事があった。
 それを口にできたなら、アイツと対等になれたなら。
 アイツが対等と思ってくれるなら。
 俺は、手を取ってもいいんだろうか………。

 いや、手を伸ばすのは、自分。



   もう、離すな」




 
「サイカ」
 名前を呼んだ。すぐに返事は返って来た。
「はい」
 世界から消えていたが、待っていたのだろう、すぐさま背後に戻って来た。

 俺は、優しくないと思う。幸せにできない確信がある。
 だから、跳ね除けた。
 泣いてることも知らないで。

 泣いてることも知らないで。


「俺に力を、貸してくれ」
 どうして、思い上がっていたんだろうか。こんな、どうしようもない自分のことを。
「………!はい………!」
 振り返り、手を差し出す。
「これから、ずっと」
 助けて欲しい。ずっと、傍で     




 感動に、ジパング娘はふるふると震えて泣いた。

 涙を拭くように、頬に口付けると、視線が重なり、唇を塞いだ。
      もう、逃げない。


 悩んでいた時間は一瞬。
 鮮明にマイラの景色が戻って来た。
 雪の中に埋もれ、サイカが必死に雪を掘る姿に跳ね起きた。
「待ってろ。すぐ終わる」
 王者の剣が青白く爆発する。体中から力が溢れて止まらなかった。

 猛吹雪をなぎ払い、返す剣先で死神を探した。風が紙のように切り落とせる。剣が軽い。体が軽い。雷撃のように死神の前に踊り出て、驚愕するユリウスの頭部から両断した。

「アアアアアアアア!」
 銀髪を逆立て、死神が絶叫した。右半身がズレ落ち、紙が焦げるように光に焼かれた。数秒、威力に呆けたが、ハッとして、ニ撃目を振りかざす。堪らず死神は身をかわし、上空へと逃亡した。

「逃がすか!」
 跳躍し、閃光伸びた刀身で止めを狙った。右手から、隼の剣士も踏み込み跳び上がる。
 空中で空振りし、俺はそのまま落下した。
「くっ……!」
「逃がしたか」

「す、スゲエエエエエ!ニーズさん!つえええええええ!!」
 逃がしはしたが、死神への完全勝利にナルセスが狂喜乱舞。

 残った雪が、ハラハラと闇夜に舞い落ちる。
 王者の剣を鞘に納め、俺の足はジパング娘の元へ進んだ。

「ニーズ殿……。会いたかったです、ニーズ殿……!」
 記憶を取り戻し、女は勇者の元に帰還した。


==















 道は、完成しようとしていました。

 ……記憶の道には、鍵は掛けなかった。
 
 花は、勇者を護るでしょう。剣は、彼を救うでしょう。
 信じています。

 私は、ただの、露となる。








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