アレフがルドに到着以降、はぐれていた元商人、その後僧侶、現在【ラーの賢者】となったナルセス君が、城塞都市メルキドにて無事合流を果たすことができた。
 僕らはその後、進路を東に取り、リムルダールの町へと向かった。
 いまだ行方の知れない、魔法使いシーヴァスを探すことが1つの目的。同じく行方の知れない、オルテガの情報収集も兼ねていた。(あくまで僕は水面下だけど)

 折れた神剣を直せる可能性のある技師は、北の海を越えた先、マイラの村に住んでいると聞いている。賢者ワグナスはラダトーム城に戻り、船の手配にかけ合っていた。
 勇者一行は未踏のリムルダールで仲間や情報を探し、賢者の帰還を待つこと数日。



 ……なぜ。なぜだろう。


 僕は指輪を拾っていた。
 火傷を負ったまま旅立ったオルテガも、その娘のエルフも、別に死亡情報だけで満足したのに。
 全身火傷の旅人と、エルフ娘の二人組はそれはそれは町人の興味を引いたことだろう。

 二人はこの町の宿で数日休み、幾日か前に先の岬へ向けて旅立った。小さな飛竜の姿に戻ったアドレスが、単身飛んで追いかけたが、岬には誰の姿も見つからなかったと文句をこぼした。

 そんな僕を慕う、竜族の生き残りが不在だった時に見つけた。それは幸運だったのかも解らない。町の隅、川辺に流され集まった草屑の中に、光る痕跡を見つける僕に誰も気づく事はない    

 ……なぜ、【これ】がここにある?


 見覚えのある指輪。
 同じものが、過去に母の薬指に収まっていた。


 風がざわざわと渦巻いていた。





「彩りの花」



 リムルダールは川に囲まれた辺境の町だ。
 そこへ全身火傷の重傷を負った歴戦の勇者と、エルフの魔法使いが休息に訪れた。それはどよめきを呼んだようだが、二人は仲間の情報を少し聞くだけで、町人を避けがちでは有ったという。
 ……気持ちは解るがな。好奇の目にも、畏怖の目にも晒されたくは無かったんだろう。
 自分達、勇者一行の情報は、辺境の地まではあまり届いてなかったらしく、めぼしい情報もなく、二人の旅人は数日休んで旅立った。残念ながらすれ違い。

 近辺を捜し、、向かったという先の岬まで追いかけたが、二人の足取りは見つからなかった。
 怪我人オルテガの足取りは遅いはず。道に迷い、どこか違う場所へ行ってしまったのか……。


 宿屋の主人が、オルテガは指輪を失くしたのだと教えてくれた。
 見つからないまま、二人は出発。ひどく急ぐ様子にも見えた。


 賢者が船を手配して現れ、二人の行方を思案したが……。

「おそらく、ゾーマの島に渡ったのでしょう。そうとしか考えられません」
「なんだって!?」
 賢者の物言いに、仲間の大半は青くなって飛び上がった。
 現状、荒れ狂う海を越え、渡る手段がない海峡を、一体どうやって越えたのか?

「何か、手段を持っていたのでしょうね。二人は、おぼろげながら、大魔王の島に存在を感じます」
 賢者ワグナスは、この世界を創造した精霊神ルビスの従者。勇者一行のだいたいの位置が感じられると以前に説いた。コイツが言うのだから、きっと二人の先行は間違いない。
「今のところ、追いかける手段がありません。こちらはこちらの出来ることをしましょうか。お二方もまさか、二人きりでゾーマに挑んだりしないでしょうし」
 一行は賢者の指示を受け入れた。



 昏く、冷たい海を越え、古い樹木が静かにひしめき合う、霧の中にマイラは在った。中央に大きな樹木、その周囲にできた村。
 ……温泉の湯気と、森の湿気とが混ざり合い、木造りの家屋が並ぶ、一言で言えば田舎だった。静かすぎて寂しさも覚えた。年配の温泉客が、ちらほら視界を通り過ぎる。

 寄り道はせず、真っ先に道具屋の戸を叩いた。上の世界から来たという、勇者オルテガと同じ境遇(俺らも同じ)の噂の技師を訪ねるために。
「これは、たくさんのお客さまなのですね。ようこそ、いらっしゃいましたなのです!」
 ドサリと、手荷物の全てが床に落ちた。

 上の世界で言うところの和装。黒髪をわずかに耳元で束ね、赤いリボンで結っている、快活な女が軽いステップで客を出迎えた。
 魔王バラモスを倒した祝賀会の途中で、死神に攫われたジパング娘が店員として笑顔を振りまく。

「「サイカちゃん!!?」」 

 俺以外の、複数の声が女を呼んだ。
 動揺しまくったナルセスやサリサが、ワッと駆け寄って安否を問い詰める。ジパング娘に外傷の類は見られなかった。全くもってピンピンしていた。
「はい?え…?なぜゆえ、私の名前を知っているのですか??…皆さまは一体……???」
 ようやく手荷物に意識が向いた所で、耳に飛び込んだ台詞は、     仲間たちを凍らせる最悪の呪文。

 ……なるほど。そういうパターンか。
 
 死神が、連れ去って何もしないワケがない。
 同じだった。再会した時の俺の兄と。記憶が封印されている。


==


「…覚えてないんですか?…あの、ニーズさんの事も………?」
 遠慮がちにサリサが訪ねた。当人は首を傾げて、全く覚えがないと困惑中。
「すみません。実は、ここへ来る前の事は、良く思い出せないのです……」

 衝撃を受け、俺の行動を待った仲間たちの間を抜け、俺は何事もなかったように道具屋の奥へと進んだ。和製道具の数々が並ぶ。身の回り品から、衣類、武器まで。どれも個性的で、素人目にも良品だと、うかがえた。
 こじんまりした店の奥で、黒髪の男は売り物の剣の手入れに入念だった。

 訪ねた旅人を、ジパングの男は値踏みするように一瞥くれた。
 刀身を拭く手が仕事を止めて、全身で俺を出迎える。
「この剣を直して貰いたい。できるか」
 サリサが見つけた古の勇者の神剣、【王者の剣】の包みを台の上に開いて見せた。無残に叩き折られた刀身に、男は眉一つ動かさない。まるで今日来ることが解っていたかのように冷静なまま。
「引き受けよう。置いてゆきなさい」

 数日後、代金と引き換えと交渉は成立した。


 サイカの父親、名前は翡翠(ヒスイ)。サイカの兄サナリに良く似た、痩せた長髪長身の男。黒髪は無造作に伸びていたが、言い知れない品格に身が引き締まる感覚がした。
 巫女一族の最たる力の持ち主。卑弥呼の父親。
 オルテガに剣を打ち、ヤマタノオロチを封印させた……。
 その草薙の剣は、成り行きでいまだ俺の腰に下がっている。



 一行によって小さな宿は一気に埋まった。小部屋に一人〜三人で、計四室を手配する。
 俺はアイザックと同室で、野菜戦士はジャルナルに誘われ温泉へ。入れ違いで兄ニーズが部屋を訪ねた。

「記憶は、きっと戻るよ。…必ず戻る。また会いに行こう」
 俺の隣に座り、激励に肩を叩く。
「忘れてるなら、それでいいんだ。俺は何もしない」
 俺は見事に動く気がなかった。…申し訳ないけど。

「またまた。誰も信じないよ。諦めないでね」
 俺の鏡は、言い分など何処吹く風で、再縁を望まないと言っても完全にスルー。終始笑顔は消えなかった。
「塔の下見に行ってくるね。君たちは笛をよろしく。サイカちゃんにも聞くんだよ?いいね?君が聞くんだよ」
「………」
 念を押して、兄は北西の塔へと向かった。


 精霊神ルビスは、北西の塔に石化した状態で幽閉されていた。
 彼女が居るために、通称【ルビスの塔】と呼ばれる。小島であるため、船で半日程度の時間がかかるが、マイラからでもその展望は垣間見ることが可能だった。

 よく解らないが、石化解除には、《妖精の笛》と呼ばれる神具を使うのだとワグナスが説明してくれた。ルビス神の兄でもある夢神が、妹神のために力を蓄え、用意した神秘の笛。
 あろうことか、吟遊詩人としてアレフガルドに俺ら同様、飛来した夢神が、笛を落として探していると言うからやめて欲しい。
 真の勇者たるニーズが、ニーズこそが、ルビスの封印を解くにふさわしい。暗黙の了解で、笛を吹いて封印を解くのは兄の役目と認識されていた。
 賢者ワグナスの悲願が、ようやく叶うのは目前。


 おそらくマイラに落ちたという事で、塔へ向かわない面々は笛を探すと決まっていた。宿に最後まで居残り、暫くぼんやりサボっていたが、しぶしぶ重い腰を上げて外へ出た。
 温泉で汗を流した後、アイザック達も笛を探すと話していたしな……。
 気乗りしないが、仕方ない。


 なるべく人が居ない外れを選び、ブラブラとポケットに手を入れながら歩き回った。少し歩けば、もう夕暮れ。アレフガルドは朝から晩まで闇の中だが、時間を理由に手短に宿に戻ろう。
 生い茂った草を踏み分け、木々の隙間を縫い。気づけば草まみれ、落ち葉まみれに変貌していた。
 
 ぽう〜♪ぽろぽっぽっぽっ〜♪

       なにか、気の抜けるような音に眉根を寄せた。木製の笛のような?
 音はわずかに拾えただけの、か細いもの。腰まで伸びた草を両手で掻き分け、音の元へ進撃する。
 …予感は、あった。
 その気の抜けた素朴な音から、演奏者の姿はすでに。

「お前、その笛……」
 案の定、コケ岩に腰かけ、オカリナをいじっていたのは黒髪リボンのジパング娘。
     はっ!貴方は確か……。私の恋人だったという……!?」
「誤情報だ」

「…で、でも、貴方と私は、それはそれはお似合いの【かっぷる】だったのだと……。貴方のお連れが話して下さいました」
 ナルセスあたりが話したんだろう。帰ったらボコる。

「信じるな。それより、その笛。ちょっと見せろ。何処で手に入れた」
 詰め寄ると、サイカ得意の暴走が始まった。
「はうあっ!!ま、まままままさか、間接きっすですか!?破廉恥な……!」

 ポカ。
        しまった。条件反射で殴ってしまった。(汗)

「ひ、ひどいです!女に手を上げるなど……!妻に将来手を上げるタイプですね!?最低ですっ!家庭崩壊なのですっ!」
「……オイ。お前本当に記憶喪失か?」
 反応変わってねーし。訝しがって顔を覗き込んだ。

「!!!!!!!」
 想像以上に、相手は視線に撃たれて、真っ赤になって遠ざかる。
「な!な!なー!なんでしょう?この気持ち!このときめき!い、いけません!私には決まったお方が…!謎の恋人(?)に心ときめくなんてっ!ふしだらな女子なのです!><」

       これは、もしやドッキリなのではと疑い始めた。

「とにかく、笛貸せよ」
 木を背に硬直する相手に、手を突き出し笛をぶんどる。
「まさかの壁ドン!?きゃああああ><」
 赤面で、もう何を言っているのか解らない。

「お前、気になる事言ったな?決まった奴ってなんだ」
 真顔で更に押し迫った、サイカはすっかりのぼせ上って止まらない。
「やはり、そうなのですね。私の婚約者殿が気になって、嫉妬しまくってしまうのですね…。ああ、私は罪な女子なのです…」

 ベシ。脳天チョップ。
 叩いたら正気に戻るかも知れない。

「い、痛いです〜!やめて下さい!ううっ。いいむ〜どがあ〜」
「いいから。決まった相手ってなんだ?」

「父上が話してくれたのです。私には決まった相手がいると……。まだ会った事はないのですが」
「…………」
 嫉妬とかではなく、嫌な予感に胸がざわついた。大方、悪い予感は当たるものだ。

「笛は?」
「こちらは、少し前に、温泉の辺りで拾いました。とても綺麗な笛で、音も不思議で……。すみませぬ、本来なら持ち主を探さねばならない所なのですが……、あと一日、あと一日と手放せなくて……」
「へぇ。…別に責めてるワケじゃない」
 そんなに神の笛が気に入ったんだ。手に取ると、ふわっと木の温かさを感じた。
 おそらく、ただの木ではないが。


「この笛を探していたんだ、知り合いが落としてな。返して貰うぞ」
「分かりました。……あ、でも、もう一度だけ、吹いても良いですか?」

 別れを惜しんで、サイカは一吹き。
 同じメロディを一回だけ夜風に乗せた。


 ぽう〜♪ぽろぽっぽっぽっ〜♪

「それ、自作か?」
「はい。そうなのです♪良いめろでぃでしょう?」
「いや、全く思わない」
 しかし、耳に残ったのは事実だった。

「その曲、俺の仲間にも聴かせて貰っていいか?」
 なんとなく、笛自体も喜んでいる気がしたんだ。


 塔の下見から兄が戻ると、サイカに会いに行き、自作のメロディを兄の前でも演奏させた。
「…なるほど、確かに、笛が僅かに光ってる気がするね」
「いいですね。覚えていきましょう、元ニーズさん」
 同行したワグナスも気に入り、兄が覚えるまで幾らかの練習。

「ありがとうサイカちゃん!行ってくるね!」
 ルビスの塔へは、兄と、三人の仲間が準備を整え出発した。塔は強力な結界の中に在り、普通の人間では入る事もできない。入れても、到底耐えられないだろうと判断された。少数精鋭、強力な耐性を持つメンバーが選別された。
 兄と、賢者ワグナス、僧侶ジャルディーノ、竜の生き残りアドレス。
 この三人なら、結界の中を進むにも、そんなに苦労はしないはず。

 俺と残った仲間たちは剣待ち係。
 アイザックと、サリサ、ナルセスは手を振って見送った。

「どうぞ、ご無事でー!」
 ジパング娘も盛大に手を振って見送っている


==


 翌日夜、サイカから連絡を受け、俺は翡翠の作業場に会いに向かった。
 道具屋ではなく、外の窯小屋の前。促されて、高温の室内に入り戸を閉めた。

 剣を打つ窯では、石炭が煌々と赤く燃えている。汗を拭き、疲労の濃い翡翠は、たったいま仕事が終わったかのように、息も荒く俺の前に歩み出た。
 目の下にクマができているな。あれから、徹夜で打っていたのだろうか。
 ざっと周囲を見渡してみたが、王者の剣の姿は見えない。


 人避けをされていると感じた。サイカも付いて来ていない。
 初めから翡翠の態度はそうだったが……。紅い瞳は、俺を試す光に閃いて、俺も目を反らさなかった。

「彩花は、お主を相当気に入っているようだ」
「……。婚約者というのは、何処の誰ですか?」
 二人の口調には力がある。お互いが、お互いの真意を探っていた。

「彩花は、大魔王ゾーマに捧げられる」
「そんな事だろうと思いました」
 衝撃の発言は、俺の中では想定通り。本当に、心底、そういう星の元に生まれているんだな。

「死神は、他者の力を強める、彩花の力を呑み込もうとしておるのだ」
 確かに、サイカには力があった。
 俺も何度も助けられた。ジパングで、【地球のへそ】で。力が欲しいのは道理。


「彩花を、救ってくれるか」
 父親は、初めから、それだけが言いたかった。俺をずっと、きっと待っていた。
 待たせた事を心中で詫びながら、臆する事無く言い放つ。
「その剣を、渡してくれるなら」

 アイツが幸せになれる相手なら、いくらでも俺は身を引こう。しかし、供物になど死んでもさせない。改めて、銀の死神への怒りに燃えた。


 翡翠の前に、ある日、娘を連れて死神が現れた。
「暫しの間、愛する娘をお返ししますわ。近いうちに、貴方の元に勇者が折れた剣を持ってやってくるでしょう。貴方はその剣を打ち直すのです」
 銀髪の死神は、背筋も凍る微笑を浮かべた。
「うまくいけば、愛する娘は生き残るかも知れません。クスクス…」


 絶対に生き残らないパターンだ。



「もとより私も、みすみす死神に従う気などなかった。お主に渡すために魂を込めた」
「ありがとうございます」
 決意と、敬意を込めて深く頭を下げた。

 翡翠が両手を広げた。手のひらに仕込まれていた「神剣」が黄金に光り輝き伸びてくる。
 …そんな隠し方もできるとは。凄まじい霊力に味方と知っても舌をまいた。自らの中に隠し、非常時には自分ごと消したのだろう。


「受け取るがいい。神の剣を ! !」


 すかさず、一気に鞘を掴み取った。
 迫り来る魔力をすでに感じている。抜き放ち、出口に向かって振り下ろした。


 ピシャアアアアアア        !!


 巨大な氷の槍が両断された。強烈な冷気が吹き抜け、作業場が一瞬にして凍り付く。視線の先には、壊された扉の向こうに不敵に佇む銀髪の魔女。
「いけない人。……愛する娘が死にますよ」
 死神が邪魔しに来る事は承知の上だ。左手には、ぐったりしたジパング娘がぶら下がる。

「サイカを解放して貰おうか」
 何度目かになる、死神ユリウスとの対峙。俺に迷いも恐れもなかった。





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