「集束」



「おのれ、貴様っ……!
 我を跳ねのけるとはぁぁぁ!」



「行こう、ニーズ。……力を貸して!」





 【勇者】の肉体を失い、大魔王ゾーマは実体のない、闇(影)の集合体として蠢いていた。
 未練がましく勇者のシルエットを残したまま……。
 人外たらしく、その手やマントは、いかようにでも変容、伸縮する。巨大な「あやしいかげ」のようになり、勇者一行を追い立て始めた。

 周囲は度重なる氷呪文や吹雪により、極度に寒く、床も壁も凍っていた。勇ましく吐く息は白く、前髪も凍っている。

 震えては居られなかった。
 僕に、もう、迷いはない。
 隣に、信頼する弟勇者。反対側には、頼りになる賢者が僕を支えてくれる。


 砕け散った刀身に替わり、光る刃と変容した吹雪の剣、改名、光の剣を手に、体を再度乗っ取ろうと伸びてくる、闇の手を何度も斬り落とした。

 バスッ!……バシュ!ズシャアアアッ!


 斬り落とされた影は、そこからも意志を持ち、単独でもマドハンドのように動き始める。
 手だけで僕の足を掴み、腕を掴み、本体へ引きずり込もうと、強い力で引っ張ってくるんだ。


「…………っ!ぐああああああっ!」
「ニーズさん!」
 幾らか引きずられている。すかさず賢者は杖で叩き落とし、「ニフラム」の呪文で、周囲の影を焼き払った。両断された闇の腕は、ゆるりと新たな手を生やし、執拗に迫り来る。
 闇の狙いは、……【僕】一人に集中していた。

「コイツら、ニーズだけを狙いやがって」
 青い鎧のニーズが間に入り込み、王者の剣で無数の腕を斬り払う。
 増魔は、空間ごと、揺さぶるように低い声で提唱してきた。



「……逃げられると思うな。
 お前は、私のものだ……!」




「消え失せろっ!」
 そのまま、青き勇者が奔り込み、本体を頭から真っ二つに斬り落とす。
 割れた体は、数歩下がった弟の目の前で、ぐにゃぐにゃと震えたかと思うと、再びくっついて元の姿に形を整えた。
 ゾーマシャドウの口が、大きな穴を開け、吹雪の呪文が炸裂した。



「マヒャド…!」



 腕で身構えて、押されて、後退。
 加護のついた衣服でなければ、凍死していたに違いない……!燭台が、壁の装飾、紅い絨毯、全てが凍り付き、吹き飛んで、叩きつけられ、崩壊してゆく。

 ひたすらに、冷える。魂から底冷えする。
 朝の来ない世界の、光の無い世界の、更に地の底。濃い闇、深い深淵。
 賢者が、効果は薄いが、魔法の光で辺りを照らし、散った僕たちを探して回った。



「よこせ。戻れ。
 その身体を捧げろ……!」




「コイツ、しつこすぎるだろ!」
「元ニーズさん、下がりましょう」
 空間が、この階層自体が、形成が危うくなって来ていた。増魔の塊が、壁や床を破壊しながら進軍する。


 再度、呪文の気配に戦慄した。


「マヒャド…!」


「マホカンタ!」
 弟は勇者の盾、賢者は呪文で氷魔法を反射する。
 防いだものの、衝撃で後方へ。息を整え、回復呪文を受けて、前方を睨むと、言いようのない悪寒が地の底から振動してきた。



 ズアアアアアアアアツ……!



「…………!!」
「……なんだ、今のっ!」
 悪寒で全身を舐められたような、総毛立つ波長。今、何かが通過した?
 賢者ワグナスは、すぐに察した。全ての呪文の効果が消されている。

「いてつく波動……。呪文の効果が消されていますね」
 そんな事ができるなんて。聞けば、一度ユリウスも使った事があるらしい。

 戦慄する間もなく、相手は次の呪文を詠唱し始めている。弟は再度盾を上げ、賢者は決死の高速呪文。



「マヒャデドス!」



「マホカンタ!」
「ぐあああああああああっ!」

 聞いたことも無い、更なる強度な氷呪文。
 誰の悲鳴とも解らず、かろうじて反射したにも関わらず、氷と吹雪にまみれ、錐もみして吹き飛ばされた。数秒、意識は消えていた。冷たいより痛い。痛い。寒い。
 体が、動かない。



「元ニーズ!」
 誰かに、受け止められて、痛みに身をよじって呻いた。溌溂とした逞しい声、僧侶を呼んで回復を促す、相手はアリアハンの戦士。

「大丈夫ですか、元ニーズさん」
 温かい回復呪文に、視界を開いた。後方で戦っていたのだろう、戦士アイザック君と、僧侶ジャルディーノ君の二人が、心配そうに僕を抱え、覗きこんだ。


 ああ、来てくれたんだね……。

 弟だけじゃないんだ。助けに来てくれたのは。
 ただ、ひたすらに感謝する。



 僕はずっと、彼らに『壁』を作っていたのに。一人、勝手に闇に堕ちたのに。



「ありがとう。アイザック君。ジャル君。来てくれたんだね」
 差し出された手を取り、立ち上がった。
 
 僕を見つめる戦士の、所作が一瞬、硬直している。
「……。お、おう……!」
 僕の恰好や、雰囲気が変化していたせいだろうか、少し驚いた表情。
 彼は勇者の【変化】に、一瞬面食らった。
 
 
 赤毛の僧侶、ジャルディーノ君は、目が合うと、いつものように微笑む。まるで、「信じていました」と、告げるような眼差しで。

 こんなに、寒い、氷点下の世界なのに、
 太陽神の傍は、ほのかに温かい気さえ起こるんだ。



「皆、無事かっ!」
 横から、瓦礫をかきわけ弟が、賢者ワグナスを連れて駆け寄った。遅れて、後方に控えていたらしい、サリサちゃんが合流する。

 彼女は、象徴的だったポニーテールを下ろし、額冠と外套という、ミトラ賢者の姿と変貌を遂げていた。その美しさに、一瞬目を奪われた。
 ランシールで見た聖女とも見まごう、凛とした佇まい。
 聖なる神々しさに、金の少女は満ち溢れていた。

「サリサちゃん、………。賢者になったんだね」
「あ、はい……。あ、アドレス君を救うためです!」

「皆さん、下がりますよ!」
 仲間の合流に和みかけるが、会話は後退しながら。




 僕は、自分が一人、宿を抜け出してからの、経緯を手短にサリサちゃんに教えて貰った。

 僕を追って来たアドレスが、魔法使いシーヴァスを咥えて、飛竜の姿で飛んで来たこと。瀕死の彼を助けるために、賢者の力を求めたこと    

「アドレス君は無事です。貴方の帰りを待っています。……本当に、本当に、良かった」
 どれだけアドレスが、竜の生き残りの彼が、僕を大事に思っていてくれたか知っている。涙ぐむサリサちゃんを横目に。
 あの勇ましく、豪胆な双眸が浮かんで、心の中で泣き崩れた。

 ああ、アドレス、ごめん。ごめんね……。
 後悔と、謝罪しか思い浮かばない。



「あのカバは倒したんだな?」
「ああ、リューの仇は取った!」
 激しい戦闘の痕を横切りながら、弟と戦士の会話が耳をかすめた。


「……魔王バラモスが、居たの?」
 それらしき、魔物の血痕を踏み越える。

「はい。私たちが倒しました」
 大魔王ゾーマを守る壁として、復活した魔王バラモスが待ち構えていた。憎き、上の世界の魔王。ネクロゴンド崩壊の元凶。戦士アイザック、賢者サリサちゃん、僧侶ジャルディーノ君が撃破を果たした。

「……ありがとう」
 リュドラル、君の仇を、仲間が倒してくれたよ。




「皆さん、上へ!もう、ここは崩れます!」
 最後尾から、賢者の指示。地下に埋もれては戦えない。
 闇の手や激しい吹雪、氷魔法に追い立てられながら、階段を駆け上る。

 リレミト(脱出)の呪文もあるが……。まだこちらに向かって来ているであろう、二人の仲間が合流してから。シーヴァスとナルセス君、二人の姿を探しながら、フロアを戻る。
 

 何度も反射魔法、吹雪防御の呪文をかけても、何度も何度も、かき消された。繰り返す追撃に、補助なくして耐えられる攻撃ではない。


「ごめんなさい。再度、保護をお願いします」
 魔力も、無限ではないのに。
 例えルビス神の賢者であっても、ミトラ神の賢者であっても、太陽神ラーの化身であっても。

 気後れしていると、赤毛の僧侶は軽く応える。
「勿論です。そんな、気を使わないで下さい」
 フバーハ2回と、マホカンタの呪文。
「何度でも、貴方たちのために、道を作ります」
 
 ……ずっと。ずっと。
 アリアハンで出会った頃から。
 僕のために、見守ってくれていた。

「感謝します。太陽神ラー。ジャルディーノ君」



「あっ!ニーズさん達!戻って来たんですかっ!?」
 地響きに揺れる廊下を駆けながら、モンスターと戦闘中の仲間に遭う。

 商人→賢者となったナルセスくんと、エルフの魔法使いが大量の魔物に囲まれ、往生していた。大きな外傷等は見えず、ひとまずは、二人が無事で安堵する。

 だが、どうやら魔物たちの様子が普通ではなかった。
 明らかに凶暴化し、禍々しさが増している。迫り来る大魔王の膨張に、呼応しているのが明らかだ。


「元ニーズさんは取り戻しました!ゾーマが暴れてますので、一旦地上へ出ましょう。ここは崩れます!」
 例によって賢者ワグナスが、しんがりより状況説明。
 リレミトの呪文を唱えようと、皆を集合命令する。
 
 周囲の魔物たちも、構うだけ消耗するばかり。
 退避に気づいたか、地下からの、おぞましい雄叫び     



「!?……っくあああああっ!」
 身の毛がよだつ……!全員が跪き、身動きが出来なくなった。
 完全なる全身マヒ。

 骸骨の魔物や、ライオンのキメラの魔物が、仲間たちに襲いかかる。動けず、いいように攻撃されて、周囲の壁に滴る血飛沫。

 その、魔物たちが、不気味に伸びて来た、シャドウゾーマの手の中に吸収された。声も無く、魔力の糧として呑み込まれ、シャドウゾーマは一回り拡大し、勇者の胴をわしづかむ。


「このクソ野郎がああっ!」
 弟勇者の、ブチ切れ斬撃。マヒが解け、闇手を叩き落として、怒りに吼える。

 どんどん、膨らむ。闇だけの塊。周囲の魔物たちを吸収し尽くし、もう竜サイズを超えていた。回廊に収まらず、建物を崩壊させながら進行する。腹から下がどうなっているのか、目視もできない状況だった。
 まるで黒いマグマだった。

 飲み込まれたら、養分とされる。
 形を取るために必要な、『勇者』の肉体だけに固執する。





 ガラガラガラ……!

 
 ズドドドドドドド……!
 



 下の階層が、完全に崩れ落ちた。
 
 全員、リレミトで、玉座へと移動した。
 猛襲に満身創痍でも、冷静に賢者が呪文行使してくれた。


「…外じゃないのか」
 移動先を、弟は確認。

「ええ。ここで迎え討ちます。…と、その前に」
 忙しく賢者は動く。ナルセス君に、眠っていた竜たちのバシルーラを。他の周りのモンスター達も、全て飛ばすように指示。邪魔だし、ゾーマの魔力をなるべく増やしたくはない。

 ついでにバシルーラによって、あらかた玉座の天井も開いた。もうこの城は要らない。天井もろとも魔物を吹き飛ばす。
 暗黒の空を仰ぎ、来たる大魔王の襲撃を出迎える。

 
 バシルーラ隊以外は、急いで、傷の手当て、水分の補給、作戦の伝達。



「無事で良かったです。お兄様」
 準備をしつつ、エルフの魔法使いは兄の傍へ。
「ああ。こっちは問題ない。あの、竜はどうなった?」
 入り口にいた、魔竜の姿が見えなかった。

「……。すみません。こちらは、救うことができませんでした」

「そうか。仕方ない。俺たちが遅かった。辛いことさせたな」
「……いいえ。いいえ。大丈夫です」


 大魔王城、門前にいた魔竜は、死神の弟、魔法使いファラだった。
 人と和解するよう、説得を試みたが、彼は呪いの果てに潰えた。
 傷心の妹に、ニーズは気づかい、肩を抱く。

「…………」

 時間は、ない。


「勇者様、ケガは大丈夫っすか?」
 ナルセス君が戻って、様子を伺ってくれる。賢者となったサリサちゃんも、保護の呪文をかけてくれた。

「ありがとう、ナルセス君。サリサちゃん」
 それは、呪文だけではなく。

 作戦の数秒前、けれど、きちんと言っておかねばならなかった。


「ありがとう、みんな!…そして、ごめん!皆でゾーマを倒そう!」
 皆に迷惑をかけた。全員に向き直って頭を下げた。
 そして、協力を願う。

「おう!もちろんだ!」「はい!」様々な返事が返ってくる。


 大魔王が近づいてくる。
 戦闘配置に入りながら、僕は、エルフの魔法使いの横に並んだ。




「……ごめん」

 小さく。彼女だけに、聞こえるような、一言。
 今は、これだけ。後は、戦いの後で。



==



「いいですね、力を集めますよ!!」


 玉座裏の隠し階段から、シャドウゾーマが押し出されてくる。

 賢者ワグナスの号令により、ギガシュラッシュ作戦が決行される。
 サマンオサの市街戦しかり、光(雷)の力を剣に集め、打撃として打ち込む大技。


 僕の横で、魔法使いシーヴァスは、いかづちの杖を掲げ、天より稲妻を呼び起こす。
 続いて、自分も両手を掲げ、光を呼んだ。



「空を裂き、大地を貫け!竜と神との光の閃光よっ!

 闇を屠る嵐となれ!



     ギガデイン…!!!


 
 空にて、光の嵐が渦を巻く。
 何本も地を穿つ、稲妻の槍がほとばしる。

 
 神の剣、三振り。王者の剣、隼の剣、ゾンビキラー。
 携えた三人が受け止め、衝撃に足を踏みしめる。


 バイキルトも二段階つき。スクルトもピオリムも、フバーハも二段階。

 
「うおらああああああっ!!]
 玉座の床が押し破られ、ゾーマシャドウが姿を見せる。すでに巨大な闇のドロヌーバのように変貌していた。先陣切るのは隼の戦士。
 その高速二連撃で、玉座一帯が弾け飛ぶ。

「えええええええっ!?嘘でしょおーー!?」
 落ちながら、しかし、この力を無駄にする訳にはいかない、賢者サリサは意を決して、ゾンビキラーを振りかざした。
「……。もう、全て、浄化して下さい!消えてえええ!!」
 邪悪なマグマに、刻む聖なる力。焼き焦げ、浄化されるように、更に地下まで抉られた。


 波動で大魔王城が、ガラガラと崩壊を始める。
 アレフガルドは、すでに世界中が、地響きに激しく揺れていた。ラダトーム城下で、対岸の荒れ狂う空に民が指をさす。勇者が戦っているのだ、知った民は祈りを捧げる。




「…………」
 最後に落ちながら、剣を構える青い勇者は、雷を受けた時、重圧ではなく、剣の喜びに衝撃を受けた。王者の剣は、喜んでいた。

「…そうだな。これは、そのための剣だ」
 過去には、折れてしまった。
 もう、折れない。

 凄まじい光雷を受け、ためても、一切の重圧がない。むしろ、ずっと待っていたんだ。


 光=勇者をずっと待っていた。



「食らえええーーーーっ!!!」





 大地に、刻まれる、亀裂。
 おたけびとも、地響きとも、轟音とも感じる衝撃。反動。

 地の底の底まで、アレフガルドの底辺まで到達する。

 

 空は、裂けた。地も裂けた。

 世界の裂け目に、落下してゆく。





 落ちる。

 ルーラや、バシルーラの呪文で地上へ戻る。
 戻れない。

 いや、呪文は発動しても、負けるんだ。出ようとする力より、引きずり込む力が強い。




「グゥオオオオオオオオオ……!!!」







 巨大な、闇の穴。
 ギアガの大穴のようだった。

 いや、全てを飲み込もうとする、闇の【口】。呑み込まれる。

 落ちる!





「くっ!ああああああああっ!」
 ジャル君が、太陽神ラーとなりて、全員をバシルーラで飛ばそうと懸命に発光している。魔法使い陣は、誰もが呪文で抵抗していた。

 けれど、負ける。


「くそっ!どうする…!」
 最下層で、落下に耐えていた戦士は、隼の剣で、闇の波動を乱切りしながら、ふと、剣以外に、まばゆく輝く自分に気がついた。
 自分じゃない。


       シャルディナのお守りだった。





(アイザック!今行くね!)

 声が聞こえた。    かと思うと、光は戦士を乗せて、上昇する。






 お守りと、月の弓の欠片が輝いていた。この常闇の中で、あまりにも強く。
 神の鳥が、光に包まれ、戦士を乗せて上昇する。

「ラーミア!来てくれたのか!?」

(ユリウスを倒してくれたから、力が戻ってきたの)


 …そう、彼女は、死神に翼をもがれて、ランシールに待機していた。
 下の世界に勇者が旅立つのに、悔しい思いをしていたに違いない。ユリウスに奪われた力が戻るや否や、すぐに飛び立ち、駆けつけてくれた。


 上昇しながら、他の仲間たちも拾ってゆく。

 賢者サリサ、弟のニーズ、そして、僕を乗せて。



(それからね、お父様が)


 戦士アイザックにのみ、思念で会話をしていたラーミア。
 主神ミトラが、この決戦に助け舟を出してくれていた。



 言われた通りに、戦士は、月の弓の欠片をポケットから取り出した。
 月の弓の欠片が、再生してゆく。
 弓の形を成し、それを行使する戦士まで。

「……………っ!!」

 ラーミアの背で、驚きに言葉を失った。


「…ありがとう。欠片、持っててくれて。おかげで、戻ってこれたよ」
 バラモスを倒したことで、あの日、失った「王子」が還ってきた。わずかな光に包まれて、弓と共に神鳥の背に降臨する。

「…リュー!!」
 アイザック君が、しがみついて、喜びを噛みしめる。

 僕も、わなわなしながら、泣くしか、なくなって。


 僕には、リュドラルの方から、抱きついて来た。
「…すみません。離れてしまって。最後までお供します」

 そんなこと、どうでも良かった。

 良かった。もう、それだけで、良かった。







 下方から順に、仲間を拾ってゆくが、さすがに全員は定員オーバー過ぎた。
 背中の鞍、翼の上などに捕まりながら、上空へ逃げる。
 見下ろしながら、ラーミアの横に、光の魔法陣が浮かび上がった。

「ミトラ神の陣です。こちらを足場にして下さい」
 リュドラル王子は、ミトラ神より伝令を受けていた。

 賢者ワグナスが乗って、その後に仲間も続いた。
 下が透けて見える光の陣で、最初は怖いけれど、立てば安定している。揺れもない。

「ニーズさん達は残って下さい」
 言われて、僕たちはラーミアの背に残る。
「あと、できればアイザック、いい?」

「了解!」


「僕が避雷針を撃ちます。そこに、皆さん、ありったけの【光】を撃ち込んでください」


 ゾーマシャドウは、穴の中に巨大な影として形作る。角の兜と、襟の広いローブのシルエットのまま、竜のように肥大している。
 口から猛吹雪を吐き、ラーミアは滑空して回避。ミトラ神の足場も揺さぶられる。
 
 足場は、その場固定。移動はできない。
 故に、攻撃の要はラーミアの搭乗だった。



「ミトラ様、感謝致します。ミナデイン作戦ですね」

 全員で撃つギガデイン。命名ミナデイン(BYワグナス)作戦が始まった。





 戦士アイザックがリューを支えて、避雷針を撃つ。
 ゾーマの兜の、眼のあった部分に、月弓の矢が突き刺さった。

 ゾーマシャドウは苦しそうに叫ぶ。アレフガルドに振動が響く。


 
「私の全ての力、お兄様たちに、預けます!」
 魔法使いシーヴァスは、いかづちの杖を掲げ、雷を呼び、そして魔力の全てを注ぎ込む。

「もってっけーー!」
 雨雲の賢者ナルセスも、空にたまる雷に、全魔力をつぎ込んだ。

「ミトラ様、ありがとうございます。私も、全て出し切ります!」
 膝をつき、懸命に祈りをささげる、賢者サリサ。


「いきますよ!」
「はい!」
 ルビスの賢者と、太陽神ラーの膨大な魔力も加わる。



「俺の魔力は、たいしたこと、ないだろうけど」
 ニーズも、全ての魔力を僕に捧げた。


「……俺、魔力ないんだよな」
 悔しそうな戦士に対して、
「僕もだけど、大丈夫」
 魔法使えない組、相方は、意気揚々と微笑む。 

「アイザックは、その溢れる体力を魔力還元しよう」
 そんな事を、ミトラ神がしてくれるらしい。

「それなら!気合だああああっ!」
 みるみる、僕にも力が湧いてくる感覚がある。リュドラルの力も加わって。




「……ありがとう。みんな」

 ギガデインの呪文で、光を召ぶ。
 大きい。あまりに巨大な、光の嵐を制御できない。体中の皮膚が、血管が、細胞が破裂しそうだ。



 僕の両手に、青き勇者も両手を重ねた。
 雷の制御法など知らなくても、竜の力なんて無くても。

 それだけで、【力】になる。



 ……そうだね、ありがとう。
 僕らは、【二人で一人】だ。

 鞍に引っかけた足を、落ちないように、しっかり抑える、アリアハンの友人二人。
 ラーミアも、なるべく揺れないように、静かに旋回してくれている。

 伸びてくる闇の手も、吹雪も懸命に回避する。




 不意に、体が、軽くなる。
 もう一人、僕ら二人の、肩に手を添えてくれたような。



 激しく荒ぶる光の空を、マイラから見上げていたジパングの娘。
 大魔王の城から振動し、ラダトームを越え、海を越え、マイラにまで、地の底の蠢動は伝わり来る。激しく空が、火花を散らしている。
  
 その真下に、勇者たちは戦っている。

「二人のニーズ殿……。私が、二人を守ります」





「ミナデイン……!!!」





 ラーミアも、ぎりぎりまで近くへ寄ってくれた。
 放つ、全ての光。
 眩しい、光の束。空を何度も迸り、光の槍の大群が、何度も地の底を叩きつけた。



 闇が、全て消える。



 衝撃に吹き飛ばされる。意識を失う。





 光の嵐に、増魔は霧散し。
 神の鳥も、光の足場も見えなくなった。

 最終戦の外側から、全てを見守っていた精霊神ルビスは、勇者達の無事を確認後、そっと、その地に蓋をした。

 そして、アレフガルドに、全ての浄化をもたらす。




==




 遠く。遠く。

 残響のように、声は記憶に、くさびを残した。








「よくぞ、我をたおした……。

 だが、光あるかぎり、闇もまたある……。
 
 我は、闇は、必ず、……」








 ああ、消える。フラウスも……。

 闇は遠ざかる。もう、届かない。



 こんな僕を、許す微笑みに、僕は気がついた。

「…いいのですか?」
「いいと思います」


 …ああ、感謝します。

「僕は、闇も愛してしまったから。闇と共に、生きていけると思います」








 どこかの土の上に、横たわっていた。
 場所に、見覚えはあった。確か、勇者の盾のあった洞窟。
 
 隣に、細いエルフの娘が倒れている。


 軽く呼びかけると、彼女は瞳を開いた。
「おにい、さま……」
「……。そう。もう一人の、君の兄だ」

 手を取って、共に立ち上がった。


 一度は「兄」と呼ぶなと、拒絶した。もう、彼女を傷つけない。




 手を繋いだまま、歩く。後方で彼女が、泣いている。


 一番の罪人は、僕だ。
 オルテガを殺した、その事実は変えようがない。

 忘れるわけじゃない。
 この罪を。胸に抱えて、僕は生きる。

 母に謝ろう。父にも、謝ろう。
 彼女も一緒に、墓参りに行こう。






 仲間たちも、皆、全員無事だった。
 洞窟から出て、世界は、とても静かだった。

 やわらかい、風が吹く。まるで、歌っているようだった。


 うっすらと、世界が明るい。
 遠くの山並みから、朝日が差し込んだ。




 上の方で、何かが閉じた音がした。




 仲間たちは、皆くたくたで、座り込んでは、肩を抱き合って喜び合った。
 一人、朝日に立ち尽くす賢者ワグナスは、感動に、流す涙を隠している。

 朝日を受け、背中越しに、僕たち二人に敬服する。

「勇者ニーズ、心より感謝しています」
 


 眩しい。
 眩しすぎて。


 言葉もなく、僕は輝く世界を見つめていた。






 アレフガルドの全てが、人々が、草や、花や木が、
 世界中が息をひそめて、朝日の訪れを歓迎していた。





 アレフガルドに、朝が訪れた。







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