声が聞こえる。
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仲間達は手を繋ぎ、輪になって【ギアガの大穴】へと飛び込んだ。 魔王バラモスがやって来た始まりの穴。下の世界との繋ぎ目。この穴から全ての災厄は訪れる。 大魔王の名乗りにより、爆発的に闇が溢れたが、夢神が封印を施し、今は鎮静化が為されていた。けれど薄気味悪い底なしの闇。飛び込むと言うよりも呑まれる、という方が感覚が近かった。 意を決して踏み出したなら、待っていたのは永遠と続く落下 ひたすら、俺達は暗闇の中を落ち続けた。 防寒対策はして来たが、それでも奪われ続ける体温に歯茎がガタガタと音を立てる。強風に耳が冷えて頭痛にも至った。 轟音に漆黒の闇。極寒の嵐の中、仲間の手の温もりだけが支えだった。 感じるのは、僅かに掴んだ温もりだけ。 溢れる闇の渦に揉まれ、隣に居るはずの仲間の顔すら見えはしない。 不意に、ただ闇ばかりであった世界の中に、 おぼろげな、淡い『何か』を察知した。 それは光か。誰かの息吹か。 自分を待っている何らかの存在が 誰かが叫び、輪が崩れた事に恐慌が襲った。 離された手。必死に呼ぶも届かない。 落ちたのか、飛んだのか。風にきりもみ、巻き込まれ。 或いは自ら向かったか。 |
「渇望」 |
気がつくと、俺達は小さな島に、倒木のように倒れていた。 歩いて数分で一周できそうな島に、真ん中に小さな民家がぽつり。小さな桟橋の数キロ先には大きな陸が広がって見えた。 見上げる空には星も月もなく、塗り潰したような暗黒だけが覆いかぶさる。海からの風も冷たく、身震いして立ち上がった。 すぐ傍に兄のニーズ。少し離れて賢者ワグナス。反対側にジャルディーノとアイザックが手を繋いだまま倒れていた。 ふらつく頭を押さえながら、周囲に他の仲間を探した。 見つからなかった。 「……いない。シーヴァス!サリサ!ナルセス!」 女二人の姿がない。そして女二人に(下心で)挟まれて手を繋いでいた元商人・現僧侶のナルセスの姿が何処にも見えずに声を上げた。 更に僧侶娘と手を繋いでいた竜の生き残りの姿も見えない。 桟橋、海辺、小さな島を一周してみたが、四人の姿は手がかりすらも残っていなかった。中腹の民家を訊ねてみるも、生憎今は誰も居ない。 「大変だ!シーヴァスとサリサが居ない!ナルセスとアドレスも居ないんだ!」 仲間達を揺さぶり起こし、現状を手短に説明する。 「……すみません。手を離されてしまって……」 薄暗い世界を見渡し、思い返したジャルディーノが肩をすぼめて頭を下げた。奴の隣は飛竜アドレス。責任を感じて小さくなるが、 「……多分、アドレスはサリサちゃんを追ったんだろうね」 長く行動を共にしていた白き勇者が補足した。 竜化すれば飛行可能、匂いを追って追跡もできる奴のことだ。しっかりサリサを守ってくれているに違いなかった。サリサにおいては不安はない。 問題は妹とナルセスだ。 エルフの魔法使い、シーヴァスの手を取っていたのは自分だった。フッと離れた細い指。今思えば、手が引き離されたと言うよりも、妹は進んで離れて行かなかっただろうか……? 「彼女達が離れたせいで、ナルセスさんも落ちた、って感じですねぇ……」 久しく降り立った故郷に哀しみの視線を注ぎ、忘れ去るように、いつもの調子で賢者が笑った。 「心配しなくても大丈夫ですよ。三人とも無事です」 「……なんでそんな事が分かるんだ」 「ここはルビス様の世界です。封印されてはいても、この地に降り立つ勇者達を優しく保護して下さいました。ルタ様の保護もありましたからね。少なくとも、危険な場所に落ちたり、落下で大ダメージを負ったりする事はありません。特に女の子たちは、それぞれ特別な感覚も持つ二人ですから……。闇の中で、何かを察知したのかも知れないですね」 「何かって……」 一呼吸置いて、賢者はゆっくりと含み笑った。 おそらく、大体の予想はできているのだろうな。誰が何処に居るのかを。 「サリサさんは聖邪の感覚が鋭いですし、シーヴァスさんは竜の娘ですしね♪」 「……なるほど」 話す俺の後方で、兄が息を潜めたのを感じた。『竜』と言えば、思い浮かぶ人物が一人。妹は闇の中で『その存在』を見つけ、会いに向かったと言うのだろうか。 「どっちにしろ、早く合流しないとな。これからどうするんだ?」 土埃を払い装備を整え、黒髪戦士が相変わらず建設的に行動を始めた。この島に魔物は居ない様だが、周囲への警戒は怠らない。 「そうですね。まずはラダトーム城へ行きましょうか。ここから近いですし、王に我々の報告をし、拠点としましょう。私の居ない間の情報も集めて、今後の事を決定します」 意識をラダトーム城下、東へと流した所で目前の冷たい海に膠着した。 体力馬鹿の野菜戦士ならいざ知らず、俺はそんなの冗談じゃない。 不意に暗い海に人の声が響き渡り、一同は振り返って身構えた。 「………!なんだ、あんた達は?一体そこで何をしてるんだ!」 この島の住人が漁から戻った。見かけぬ旅人達に明らかに警戒し、簡素な桟橋に小型の船を着け、ロープで繋ぐと訝しげに近づいてくる。 「上の世界から落ちて来た」なんて、普通ならば簡単には信じない話だろう。俺ならば、まずは信じない。しかし男は【その言葉】を聞いたのが初めてでは無かったのだ。 「上の世界から……?アンタらオルテガさんの知り合いか何かかい?」 「…………!!」 まさか、いきなりの【かの勇者】の名前 「し、知り合いも何も……!って何でオルテガさんを知ってるんだ!?」 この中で、事情を知らないのは戦士アイザックただ一人。 何も知らないアイザックは勇者の生存に素直に歓喜し、自分達はその勇者オルテガの後を継ぐ者、俺達が息子だと言う事までベラベラと一気に説明した。 火山に落ちて、亡くなったと伝えられていた勇者オルテガ。 なんとか一命を取りとめ、同じようにこの島に落下したが、全身大火傷を負って動ける状態ではなかったようだ。 この島で暫く療養し、しかし傷が癒えないままに、反対を圧し切って旅立ってしまったのだと男は語った。 鈍感な戦士の後方で、兄が冷静に聞いていたことに不気味さを感じていた。 ……妹がいたら、同じように歓喜して説明したんだろうな。 少しだけ、妹が不在なことに、良いと感じた自分が居る。 |
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「良かったな!オルテガさんも生きてるんだ!火傷も心配だし……。オルテガさんにも早く会えるといいな!!」 すっかり意気揚々とした戦士に、当の息子二人は、曖昧な返事を返しただけに終わった。本心を隠して、兄は穏やかにアイザックと談笑を続けている。 男の好意で、船で向こう岸まで送って貰い、東にまっすぐ突き進み、ラダトーム城へと行軍を続ける。 とにかく月も星もないため、空の変化によって時間の経過が判らないのが不便だった。賢者が言うには、上と下の世界の時間は共通。月日の流れにも差異はなし。上の世界の時計はそのまま使えると促し、真っ暗な朝を何度か迎え、起きた時の違和感は、なかなか消えるものでは無かった。 日が当たらないため、アレフガルドの気温はとても低く、森の木々たちは細く、骨のような裸の枝を晒して震える。 白い息を吐きながら、初めて遭遇する魔物に苦戦も余儀なくされ、荒廃した大地を一行はひた進んだ。かろうじて氷の世界に閉ざされずに済むのは、精霊神ルビスのかろうじての加護なのか。 「そしてこの世界に、【太陽の石】があるおかげでしょうね」 賢者の感謝の微笑みに、赤毛の僧侶は僅かに謙遜の笑みを浮かべて仄めかした。 短い数日の滞在でさえ、太陽が恋しくなるのを痛感するんだ。 あの温かい日差しを、渇望する世界の苦しみはいか程のものか。この国の人々が待っていたのは、勇者でもなく、賢者でもない。 ただひたすらの 固く閉ざされた門を前に、開門を求めた俺達は、世界の意思を知ることになる。 城下町全体を厚く高い壁が包囲する。その壁の上、見張り台に見える人影に開門を求め、暫し一行は待っていた。見慣れぬ風体の旅人達だ、賢者ワグナスが居ると訴えても、そのまま開門、とは行かないらしい。 やたらと待たされ、見張り台に人が戻り、何やら騒々しく、複数でこちらを双眼鏡で覗き回した。何だかにわかに門の向こうが騒がしくなる。人を鎮めるような強い制止の声も聞こえ、一行には戸惑いの色が浮かんでいた。 賢者や勇者の出現に、大騒ぎになりつつあるのか……。 重い鋼鉄の両扉が音を立てて開き、そこには一人の老人が、わなわなと涙を湛え立ちつくしていた。 「……おお、おお……!このお姿、間違いない……!」 白い髭をたたえた老人は、勇者も賢者も通り過ぎ、震える手で赤毛僧侶の両手を掴んだ。骨ばった手に、大粒の涙がポタポタと零れて落ちる。 老人は高位の司祭なのだろう。両脇に若い神官が付き添い、後方に王冠を座した国王が騎士を引き連れて進み出た。 俺達は仕方なく最後尾にいたジャルディーノへの道を開け、何事かと事態を窺う。王の後ろ、周囲には騎士たちに制止されても、なお飛び出しそうな民衆が押し寄せて揉み合っていた。人々の視線は赤毛の僧侶、ただ一点に集中している。 「正に夢で、私に【太陽の石】をお戻しになられた太陽神様そのままです。お待ちしておりました……!太陽の石は私がお預かりしております。おお、太陽神様……!この世界をお救い下さい……!」 老司祭の訴えに、幼いラーの化身は硬直した。 人々の期待の眼差しが一身に注がれている。 弾かれた様に止めようと、前に出た俺を、賢者の杖が押さえ込んだ。抗議の視線から戻り、ジャルを見れば、馬鹿の決意は固まっている。 老司祭に穏やかに微笑む、強い意志に満ちた瞳は、それこそ太陽神たる神々しさに包まれて見えただろう。 「……遅くなりました。お待たせしてしまって、申し訳ありません。太陽の石を守って下さり、ありがとうございました」 「おお!おお……っ!太陽神様……!太陽神様……!」 歓喜し泣きむせぶ老司祭を優しく受け止め、ラーの化身はラダトーム王の目前へとかしこまる。 「賢者と共に、ルビス様の導く勇者二人を補佐して参りました。不死鳥ラーミアの隼の剣士も同行しています。はぐれてしまいましたが、他にも四人の仲間がこの世界に降り立ちました。ルビス様を救い出し、必ずこの世界に光と平和を取り戻すとお約束いたします」 ラダトーム城下はシンと静まり返り、一瞬の沈黙をおいて、 「太陽神様!太陽神様……!!」 あっと言う間にジャルディーノの姿は見えなくなり、騎士の制止も間に合わず、、門の周囲は恐慌状態に陥った。泣き喚いて太陽神にすがりつく民衆。国王まで人波に揉まれ、からくも外に逃がれて保護された。 すかさず賢者は眠りの呪文を発動させた。バタバタと潰れて行く民衆の山。人の山からジャルディーノが、もぞもぞと顔を出す。 対応が早く、怪我人が出なかったのが幸いだった。 眠った者の保護を任せ、騒ぎの元は城へとすみやかに移動した。城内で【太陽の石】を受け取り、歓迎のもてなしや城の宿泊を断り、町の宿に落ち着くまで、太陽神コールは止むことが無かった。 「全く……。とんでもない事になったな」 ボロクソに文句を言いながら、ようやく宿のベッドに落ち着いた。馬鹿ジャルをこの国の人間から遠ざける事に、どんだけ苦労したことか。 「しかし、えらい人気だよな太陽神……。宿の外にもいっぱい残ってる」 部屋には通すなと断っているため、人々は宿の周囲で膝を折って祈りを捧げていた。迷惑すぎるだろ。 帰るように言って来ようかと、アイザックが窓を閉めたが、あろう事か本人が事の自体を全く理解していなかった。 。 「ニーズさん、明日、町を回ってもいいですか。皆さん不安だったのでしょう。話を聞いて回りたいです」 「…殺すぞ。そんなこと死んでもするな。命令だ」 どいつもコイツも『太陽神』ばかりで、誰も「ジャルディーノ」とは見ていない。そんな中に揉まれるのは望むところじゃないだろう。第一、見ている方が痛い。 「一日だけでいいんです。人々の求めるものが僕であるなら、僕が受け止めなければこの騒ぎは治まらないでしょう。皆さんには迷惑をかけてしまいますが……。一日だけでいいので、どうかお願いします」 「………………」 以前のように暗くなったりはしてないが……。 何も、そこまでしなくてもいいじゃないか。 「すみませんねジャルディーノさん。ルビス様は封印されてしまいましたから、人々の求心は太陽神様に移行してしまったようです」 頼りにならない創造神より、力の残った太陽神なワケね。ラダトーム城に太陽の石があったが故に増した期待、というのも有る。 太陽の石、手の平に納まるほどの紅い宝石は、太陽神ラーがこの地に降ろした自身の力。石の欠片は母の形見として、上の世界で所有されていた。 神の身ではアレフガルドに及ぼす影響に制限があるため、ラーは人として地上に降りた。地上で戦うための力のストック、それが『太陽の石』。 形見のペンダントを下げ、懐かしげに『石』を撫ぜる少年僧侶は、崇拝騒ぎにも随分吹っ切れて笑顔を見せる。 「大丈夫です。すぐに勇者を称える声に変わりますよ」 それもそれで面倒なんだけどな。 思ったより重荷になっていない様なので、俺はしぶしぶジャルの要望に折れて、付き合うことに決めた。 「……分かった。ただし俺も同行する。何かあったら即中止だ」 「ありがとうございます!ニーズさん」 「じゃあその間、僕達は町に聞き込みに行って来るよ。アイザック、ワグナスさん、一緒に行きましょう」 「おう!買い物とかもして来ないとな!」 「はいはい♪元ニーズさんのご指名嬉しいです♪」 兄のニーズはシーヴァス以外には友好的だった。自分からも声をかけるし、仲良くやろうという姿勢を感じる。 取り残される妹を一人案じる俺は、複雑な心境を隠せなかった。 翌日、俺はジャルの付き添いで町を回った。 自ら出向いてくれた太陽神に、それは町の人間は感謝し、すがり、崇め、一日中ジャルの回りは人だかりと歓喜の涙がこびり付いて離れなかった。 聞き込み&買出しの三人は仲間に関する情報を探したが、手がかりは全くなく、その代わりに『勇者オルテガ』の痕跡はちらほら入ったと教えてくれた。 今は何処に居るのか、誰も知らない。 |
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ラダトーム城下に滞在するのは落ち着かない。とにかく何処へ行ってもジャルディーノ君へと民衆が集まってしまうから。 仲間が訊ねて来たら宿で待つようにと伝言を残し、僕らは伝説の武具を求めて北の洞窟を探索していた。 過去の戦いで刻まれた大地の損傷。 ここは通称、『魔王の爪痕』と呼ばれている。 魔王の残した瘴気ゆえなのか、この洞窟内では、一切の魔法を行使することが不可能だった。魔法の灯りが点せず、たいまつを掲げ行進する。魔法による回復もできないので、大量に薬草や上薬草を買い込みやって来た。 魔法で地上に戻る事も不可能なため、帰り道の体力を温存しつつ、探索は少しずつ、回数を重ねて進めていく事に決めている。 同じく魔の痕跡である洞窟、【地球のへそ】を思わせる内部の空気。潜れば潜るほどに闇は濃くなり、息苦しさと不快感を増していった。 おそらくは、大魔王に近づいてゆくが故に……。 「だいぶ、地下まで来たようですね……。ゾーマの気配が強いです」 確認するように、【ゾーマ】に関して最も詳しい、賢者ワグナスが一人呟いた。 最低限の回復しか出来ず、数回に及ぶ探索と戦闘の果て、一行は疲弊し休息中も会話は全く弾まない。 洞窟内の比較的広い空間に夜営し、焚き火を見つめる僕の視界は、泥水を掻き混ぜるように混濁して重たかった。 比較的元気な賢者に見張りを任せ、弟は即座に就寝。一番働いている戦士のアイザック君も数秒後には就寝していた。優しいジャルディーノ君は賢者を気遣い、交替を約束して荷物を枕に横になる。 膝に頭を埋めるようにして、僕の意識も、もうじき落ちる。 大魔王の腹の中かと疑うような瘴気の中で、そんな聖気のカケラすらも感じないのに。 本当に、伝説の武具が遺されているのか……。 思考は眠りと共に、絶望の扉に閉ざされてゆくのを感じている。 かの神々と大魔王ゾーマとの戦いにおいて、選ばれし勇者が使用した神具。 王者の剣、光の鎧、勇者の盾。 剣は砕け、何処かへと吹き飛び、鎧は精霊神ルビスと共に封じられた。盾は魔王の爪痕へと遺されて眠る。 盾は弟に渡すつもりだった。……盾だけじゃない。 剣も鎧も弟に。その方が戦力として上がるだろうしね。 そう思うと、自分は本当に勇者らしく無いんだなと自覚していた。 ……でも、別にいい。 勇者らしい勇者になりたいわけじゃなかった。 父親のような、屈強な戦士になんてならなくていい。 下の世界に、このアレフガルドに突入した瞬間、僕にも聞こえた【声】があった。 おそらくは、アレフガルドを創造した精霊神ルビスの優しい安堵の声。自分を待ち望み、感謝し、受け入れ、信じて待つ、封じられた女神。 自分は見守られているのを感じていた。 そして、同様に、僕を渇望するもう一つの【声】がある。それは、この洞窟内で更に鮮明に僕を呼び立てる。 大魔王ゾーマの声だ。直感していた。 グルルルル………! うめき声に目蓋が跳ね上がった。気づけば、魔物の気配が複数切迫している。 すでに杖を手に、賢者は臨戦状態で敵の出方を伺っていた。戦士は隼の剣を抜き、反対側に注意を払う。 僕も吹雪の剣を抜き、体制を整え闇を見据えた。ジャルディーノ君も真・理力の杖を構え、死角の無いように円形に陣を広げてゆく。 だるそうに弟が、不服そうに身構えると戦闘が始まった。 蛇状の火トカゲ、サラマンダーが二匹飛び込み、火炎を口から放射する。闇の中でも素早く飛び回り、焚き火を掻き消して一行を揉み散らす。 火が消え視界が閉ざされるが、隼の剣は自ら発光し持ち主の助けとなって闇を裂いた。弟が愛用している、草薙の剣も蒼い発光を帯びている。二本の剣の後光を頼りに、後の三人は二人を補佐するように立ち回った。 「うおらあああああっ!」 二回攻撃でサラマンダーの首を落とし、便乗して鞭で攻撃してきた後方のサタンパピーを迎撃に向かった。一行の特攻隊長、戦士アイザックは魔法不可での戦力の要。 魔法が使えず、全ての攻撃が必然的に近距離で放たれる。懐に飛び込み、負傷を最小限に抑えながら、視界の悪い中、彼の奮闘はめざましかった。 ズシリ、ズシリ。洞窟の奥より新たな魔物の気配が近づく。巨体、怪力、治癒能力の揃ったトロル族の最上種、トロルキングが左右に二体。 痛恨の一撃などを発生し、攻撃を喰らうと致命傷になる恐れがあった。充分に距離を取り、そして攻撃は一挙に行う。回復する間を与えず、強力攻撃で一気に仕留めなければ勝ち目はない。 「行くぞ!」 手短に作戦を伝え、弟の合図で火蓋を切る。かけ声と共に、青服の勇者が斬り込んだ。辛うじて下ろされる棍棒を回避し、振り下ろした背中に、僧侶の理力の杖が突き刺さる。 憤激し、棍棒を再度攻撃しようとする腕を、叩き落としたのは吹雪の剣。治癒能力を退速させるべく、落とされた腕はピシピシと音を立てて凍りついた。 賢者はもう一体の牽制役。留めはやはり隼の戦士。 地響きを立てて巨体が倒れた。 同様に連携攻撃で二体目に挑む。留め役も変わらない。 隼の剣戟によって巨体の上に巨体が倒れた。戦闘の激しさと、トロルの体重に悲鳴を上げて地面が割れる。 頼もしい戦士の後姿が、叫び声と共に見えなくなって、愕然とした。 「うおわああああああっ!」 ガラガラガラ!ズシャアアアアアアッ! 「 慌てて弟が剣の光で先を照らすと、勢い余って砕けた地盤。その上に微かに隼の剣の光が覗けた。 「ちょっと待ってろ。今下りるから」 彼を除いたメンバーで手早く残党を片付け、襲撃が止まったのを確認して、ロープを使って後を追った。 いよいよ最下層に差し掛かったのか、照らした足場は所々が崩壊して深い闇が口を開けていた。 ……何か嫌な予感がする。 これまでとは比にならない程に、ゾーマの気配が濃厚で眉根を寄せた。これ以上潜ってはいけないと、全身が警告を発して足が竦む。 ズズズズズ………。ゴゴゴゴゴゴ………! 「なんだっ!?」 落盤に連動されたか、突如足元が大きく揺れた。 待ち望んでいたものが、遂にここに来たが為に動き出した闇の意識。 「これは、ゾーマの………!?うぐっ!」 何か巨大なものが、地面の底で蠢くような不気味な兆候。振動する地面は崩壊し、僕らはふるいにかけられる様に転落した。 オオオオオオオ………! グオオオオオオッ………! 頭が、痛い………!耳が割れる………! 土砂にまみれ、どこまで落下したのか分からなかった。 かろうじて足場に落ち、土砂に埋もれ落下の衝撃に歯を食いしばって耐え忍ぶ。 土を払って這い上がり、痛みと悪寒に抵抗しながら仲間を探した。剣の光も見つからない。誰の声も轟音に紛れて聞こえて来ない。 激しい地響きに遮られながらも、声を上げて仲間を呼んだ。 「ニーズ!アイザック君!ワグナスさん!ジャル君!」 誰かの手が、僕の足首を掴んで引きずった。 瞬間、総毛立つ。明らかに仲間の手じゃなかった。冷たいゼリーのような、感情の無い闇の触手。べたりと貼り付き、やけに密着して剥がせない。 途端に全ての音が消え、僕は恐怖だけに捕縛された。 もう一本、冷たい手が腰に巻きついた。悲鳴を上げて、這いつくばって土を削る。更にその腕に大勢の手が覆い被さり、全身じゅうを無数の手に掴み取られ引きずられた。 網にかかった獲物の如く、ズルズルと勇者は暗黒の巣穴に吸われてゆく。 蒼白となり、わけの分からない悲鳴を上げて暴れ回った。掴んだ土はボロボロと崩れ、一瞬たりとも足留めになりはしない。 心の中にまで闇の触手は侵食するのか、思考が昏く犯されてゆくのにゾッっとした。憎悪、恨み、怨念、殺意、勝手に感情が引きずり出され、悪の感情に染まることに、必死に抵抗して目眩が襲う。 イシスのアンデット事件、ナルセスバークの惨劇が頭に横切った。 邪教徒や死神よって為された恐ろしい呪い。 【ゾーマ】とは、その存在自体が悪意を増幅させるのか。 故の【増魔(ゾーマ)】。 父親への憎しみが、エルフ少女への嫉妬がくすぶる。 恨みが、激情が。勝手に引き出され、火をくべられグツグツと煮立てられるような悪寒。やめてくれ。 ずぶずぶと、自分が深みに嵌ってゆくのに恐怖する。 もう二度と、【人】に戻れなくなる、そんな絶対的な負の意識。堕ちたなら、僕は【魔物】に変わるのだろうか。 「助けて……!」 抗い、どうしようもなく、無意識の内に助けを求めた。 僕を守って逝った、亡国の王子の姿が浮かんだ。 月の弓の欠片だけを遺し、魔王に奪われた優しい友人。 ……もう僕は、誰も失いたくはない。 恋人を奪われ、弱りきった弟に、僕は約束したんじゃないか。 勇者は何にも屈しない。 犠牲になったものの為にも、こんな所で負けるわけには行かないんだ。 「助けてくれ」じゃない。 僕が『助ける』んだ………! 魔法が効かないと言ったって、僕の中から【光】が消えたわけじゃない。自身を覆う闇の触手を掴み、引き千切ろうと魔力を構成した。 「離れ、ろ……!消えろ!どこか行けぇええええっ!!」 【闇】を討ち払う唯一の光、聖なる雷光の力が溢れる。魔法には至らないが、魔力が弾け、触手が風船を割るように飛散した。 起き上がって、突いたその手に何かが触れた。 明らかに土ではない、金属製の冷たさ。一瞬にして[それ]が何かを理解した。 「あああああああああああっ!」 気合と共に金属=盾を引き上げる。逆三角形に近いオーソドックスな形状の盾は、蒼銀に輝き、両翼の文様が描かれた芸術品。触れているだけでみるみる聖気に満ち溢れ、不快も頭痛も全てが吹き飛び思考が晴れた。 「……我を拒むか。勇者よ……」 光の先、地の底から、全身を揺さぶるように、大魔王が語りかけて来たじゃないか。 バラモス戦後、昏倒していた自分はゾーマの声を直接聞くのは初めてだった。地中から滲み、体躯を痺れさせるような重低音に緊張が走る。 「……当たり前だ!僕はお前を必ず倒す!」 勇者の盾を眼前に構えると、呼応するかのように燦然と聖光が炸裂した。怯んだように闇の触手は後退し、けれど大魔王は心底愉快げに含み嗤う。 「…フハハハハ……!愚かな……」 「ニーズ!何処にいるの……!?」 光によってゾーマの意識が遠ざかり、仲間を探して神妙に周囲を照らし歩いた。弟の手が土砂より、はみ出しているのを発見し、即座に駆けつけ掘り起こす。 「大丈夫?しっかりして!」 土砂と闇から解放された弟は、しかし顔色も悪く、歩くのもままならない。 「盾を持って、楽になるから!」 弟が盾の縁を掴み、動けるようになると、そのまますぐ右手にアイザック君、ジャルディーノ君が見つかり救出し、盾を持たせた。 二人は隼の剣や、ラーの化身たるその身によって、闇に捕らわれる事は無かったが、瘴気にやられ、悪意の増幅に抵抗するので精一杯だったと、解放されて安堵を見せる。 盾の光によって周囲は明るく、闇も浄化され、地響きも治まってくると、上の方から賢者の声が僕らを呼んだ。 「皆さん大丈夫ですかー?盾は見つかったようですね。早く退散しましょう!」 賢者は運良く途中の土壁に杖を立て、落下を免れていたようだった。元居た階層まで、随分高さがあるように見える。魔法は使えないし、ロープも何処かへ紛失してしまった。 「……盾の力を使いましょう。闇との反発力を使うんです」 「どうやって?」 赤毛僧侶の案に乗り、僕は勇者の盾を構え、仲間達はその背中にしっかりと掴まり、準備は整った。地の底に向けて、盾の聖気を爆発させた。同乗して、ラーの化身も紅く染まり、太陽神の力をぶつけ、闇と反発して弾け飛ぶ。 「はいはい!大丈夫ですか皆さん!」 転落前の階層に戻り、再度落ちないように賢者が手を引いて安全圏へと案内した。 「目的の物は手に入りましたし、もうここは退散しましょう。帰り道もありますしね」 賛同して、一行は地上を目指し引き返してゆく。一秒でも早くこの場所から離れたかった。 そんな勇者を嘲笑うように、耳障りに残す伝言。 「…人の本質とは闇。お前も然り。 待っているぞ。お前が堕ちるその時を」 頑なに拒絶するように、盾を強く握り締めた。 帰り道にも何度か戦闘があり、地上に戻る頃には、全員が疲労困憊で倒れるように休息に墜ちていた。 勇者の盾は弟に。躊躇ったが、自分の方が前線に出ると理解しているのだろう、素直に盾を受け取った。 地上に出ても、世界の果てまで、見渡す限りに覆う「闇」。 光は、ここに在る。世界に光る力が無いなら、僕が輝き照らすんだ。 そう心に誓い、眠りの中に沈んでゆく。 |
僕は光。僕は勇者。 決して、闇に染まりはしない。 『鏡』に写った、黒一面の己の真相に目を伏せて。 |