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「女神と泣き虫」 賢者エルトートは、 勇者の訪れを古びた塔の最上階でずっと待っていた。 彼が「悟りの書」に辿り着いた時、彼女は姿を現し、待ち焦がれた勇者にそっと腕を伸ばした。 「愛しい、勇者。ずっと待っていました・・・!」 「わぁっ・・・!」 賢者は美しく、いきなり抱きつかれた勇者は驚いて赤面していた。 長く艶やかなくせのある髪が、ふわりと揺れて降りる。 「え、えっと・・・!あ、あの、あなたは・・・?」 「勇者オルガ、私はエルトート。あなたを守る賢者です」 そっと離れて、微笑む彼女は、精霊神ルビスにも重なって見える。 青いマントに白い衣装、覗く素肌も透き通るように白くて美しい娘。 突然現れた賢者エルトートは、愛おしそうにいつまでも微笑んでいた。 |
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「エルトートさんは、ルビス様の使いなんですね。だから僕を守る賢者さんで・・・」 新しく仲間に加わった女賢者と共に、勇者オルガは地図を広げて今後の進路を相談していた。 黒い髪に黒い瞳の、勇者はまだ幼い少年だった。賢者には緊張しているのか、どこか会話はぎこちないままに。 「はい。でも・・・、私はただの使いですから、そんなに緊張しないで下さいね」 「あ・・・。すいません。どうもなんか・・・」(汗) 品のある、落ち着いた賢者に勇者は戸惑い気味だった。 優しく笑いかけた彼女に、勇者オルガは頭をかいてちょっと照れる。 「オルガさんは・・・、思っていた通りの人で・・・。嬉しいです。こうして会えることを、ずっと楽しみにしていたのですよ・・・」 エルトートは、広げた地図から目を外し、頭上の青い空をそっと仰いだ。 気持ちよい風が吹いていて、二人のいる木陰にもやんわりと通り過ぎていく。神秘的な賢者の、横顔を更に美しく清廉されたものに見せてくれる。 「・・・。エルトートさんは・・・。その、・・・」 「はい」 「ずっと、・・・知っていたんですか?僕のことを???なんだかそんな感じで」 彼女の言い回しがずっと不思議で、オルガはきょとんとして訊ねていた。 「ええ・・・。あそこで、私はオルガさんを待っていたのですよ。だいたいのこれまでの事も知っています。・・・なんて、気持ち悪いでしょうか?」 「ううん、そんなんじゃないけど・・・。ちょっと気になったから」 ふるふると首を振ってオルガは否定していた。 そこへ、遠巻きに仲間たちの話し声が届いてくる。 「この辺、近くに町とかは何にもないみたいぜ〜」 「・・・それじゃ、今日はここで休むしかないよねー」 「オルガ達とも相談して・・・」 仲間の僧侶リックと、武闘家の兄妹が話しながら戻って来るのが見えて、オルガは手を振って三人を迎えていた。 「オルガ、近くには何も無いみたい。今日はここで野宿でもいいかな」 「うん。仕方ないよね。もう日も暮れるし・・・」 リックがそっと勇者の傍に寄り添い、彼が嬉しそうな顔でそれに応えるのを見た時、賢者エルトートの瞳は密かに翳っていた。 誰もが認めている二人の関係に、人知れずため息をこぼしたのは風にかき消される。 |
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「ねぇ、エルトートさんってさ、オルガの事好きだと思うんだけど・・・。リック、二人にしておいていいの?」 「え・・・」 「暫く黙って見てたけど、リックってば出遅れてるじゃん!買い物にしても、オルガの怪我治すにしても。ご飯のおかわりとか受け取るのもその他もろもろ。全部あの人に奪われちゃってるじゃん。さすがにまずいんじゃない・・・?」 翌日、街道を歩きながら、小声で仲間のラピがリックに耳打ちをしてきていた。 「・・・・・・」 リックは、返答もできずに、俯いて今にも泣きそうな顔をする。 「あーっ!泣かないでよっ!!だって、見てて心配なんだもんー。いくらあの馬鹿がリック一筋だったにしても、エルトートさんも美人だし、なんか、かいがいしくお世話とかしてるし、さすがのオルガでもクラッときちゃうんじゃないかと・・・」 「・・・・・・」 ラピの言葉に、リックの瞳に涙がじわっと滲んでくる。 「あああっ!だから〜!えっとぉー!」 慌て困ったラピは、おたおたとリックを宥めようとするけれど、視線の先には当の二人が並んでいる。先行している二人は、傍から見れば確かにカップルにも見えるのだから仕方が無い。 「リック、ちゃんと言っておこうよ。どっちにでもいいからさ。泣く前に、ねっ!」 「・・・・。うん・・・」 その二人の様を、先に歩いていたエルトートは横目にちらりと伺っていた。 「ねえ、オルガさん・・・。一つ、訊いても良いですか・・・?」 「うん。なーに?」 先頭を歩く勇者に、エルトートは神妙な顔つきで問いかけようとする。 「リックさん、オルガさんの恋人ですか・・・」 「えっ!」 わかりやすい彼は、すぐにも肯定するように顔を真っ赤に変えていく。 「え、え、えっと・・・。・・・・。う、うん・・・・」 「・・・。羨ましいですね、リックさん・・・」 「エルトートさん?」 「ずっと、変わりませんか?この先誰に会っても・・・」 そっと、勇者の腕を抱きよせ、微かに彼女が囁いたのは。 「・・・私も、・・・・」 彼は耳を疑った。 けれど、彼女の告白はぬくもりと共に、余韻すらを持って全身に響きわたる。 「諦めたくは・・・。ないです。オルガさん・・・」 |
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突然の告白に、すぐには返事ができずに、そのままオルガは夜を迎えてしまっていた。 男女で別れて取った宿に荷物を置いて、オルガは暫く一人考え込んでいた。 「なになにー?もしかして、リックとケンカした?もしかして俺チャンス?」 パーティの雰囲気がどこかぎこちないのを知って、武闘家のゼアは不謹慎にもこの状況を喜んで浮かれる。 ゼアはリックが好きだから、いつも何かないかとチャンスを狙っているのだ。 「・・・・ゼアはぁー・・・」 オルガはふくれて、うるさいゼアを放って女部屋を訪ねに行った。 きちんとエルトートに返事をしなくてはと、彼なりに思い扉を叩いて。 彼女への返事は、もちろん謝罪。 分かり切っていたのかエルトートはただ苦笑するばかりだった。 「はい・・・。リックさんがいるのですから、当然ですね・・・。わかっていて、口にしたのです。気にしないで下さい・・・」 「ごめんね。本当にごめん・・・」 宿の庭に出て、夜の闇に隠れながら二人は頭を下げ合った。 「けれど・・・。オルガさん。あなたは・・・」 エルトートは、ひっそりと彼に寄り添って瞳を伏せる。 「確かにリックさんは素敵な人です。でも、私の事も、少しは、想ってはくれませんか・・・」 「エ、エルトートさんっ!あの・・・!だ、だからっ」 慌てたオルガに、エルトートは人差し指を立て、「静かに」と悪戯に合図を配った。 「お願いです。私にも、あなたが欲しいです。あなたを分けて下さい。短い時間で構わないですから。どうぞこのままで・・・」 ゆっくりと、彼女は彼の背中に腕を回してくる。 しっかりと強く抱き締めて、オルガの胸に顔を埋めて離さない。 オルガは全身が震えて、どうしたらいいのかわからずに硬直していた。鼓動が早くなって、全身が熱くなって来る・・・。 「大好きです。オルガさん。出会う前から」 「・・・・・!!って、えー・・・」 潤んだ瞳で見つめ上げられ、オルガはうろたえて少し大きな声を出した。何度も告白されて、随分面食らって動揺していた。 「そんな・・・。なんで?だって、そんなにかっこいいわけでもないのに・・・」 「オルガさんは、素敵ですよ」 エルトートはクスリと微笑み、自信がないという彼に、丁寧にも説明を始める。 「オルガさんは、純粋で優しいですわ・・・。そして強さも持っています。会ってからはその温かさに、私魅せられてしまって・・・」 エルトートは、我侭と知りながらも、勇者からは決して離れようとはしなかった。 自分でも自分の想いが止められずに、思わずそのまま爪先立つ。 自分だって、こんなにも彼の事が好きなのにと・・・。 「 彼女と唇が重なって、驚いてすぐにもオルガは口を押さえて離れた。 「 息を飲む声は、宿の壁の向こうからも小さく聞こえていた。 「あ・・・ちゃー!!」 やばいものを見てしまった、そう言いたそうなラピの嘆きが聞こえてハッとする。 そう、離れた場所から見ていた人影が二つあったのだ。 「あ、リックってば!待ってよー!!」 仲間のラピが叫んだ名前に、オルガは蒼白になって慌ててそちらに走って行く。 「ラピ!?・・・今、見てたの!?」 「あ、ご、ごめんー。リックが・・・。早く!早く追いかけて!!」 「うん・・・!」 「・・・・・」 走り去った勇者の背中を寂しそうに、見送るエルトートはそのまま無言で立ち尽くしていた。 逃げ出したリックは、捕まえた時には彼の予想通りにすでに泣き濡れていた。 「リック!待ってよ!その・・・っ!ごめん!ごめんねっ!ごめんってば!聞いてよ!」 半分泣きが入ったような表情で、腕を掴むと彼はリックの顔を覗き込んで懇願していた。 「・・・馬鹿ぁっ!離してっ!!」 過去に見せたこともない程に取り乱して、リックは乱暴に腕を振り払おうとする。 「リック・・・。あのね、聞いてよ。その、誤解だよ。だから落ち着いて・・・」 「でも、キスしてたもの・・・!」 「えっと・・・・。う、ごめ、ん・・・。されてしまいました・・・」 「馬鹿ぁっっ!大嫌い!馬鹿!!」 オルガの頬を思い切り叩いて、そのままワアワア泣いて再び走り出す。 「・・・・・・嫌い・・・?」 初めてそんな言葉と、平手打ちをもらったオルガはショックを隠せず、死んだように目の前を真っ暗にしていた。 「ちょっと!オイこら!リックはどうしたのよ!」 「嫌いって・・・」 「落ち込んでる場合かー!!ちょっと、探しなさいよ!帰って来なかったらどうするのよ!」 「帰って来ない・・・?そ、そんなの嫌だよ!」 「何泣いとんじゃあワレー!」 仲間たちで何処かへ行ってしまったリックを探すのだけれど、その晩とうとう彼女は見つからず、宿にも帰って来なかった。 ルイーダの酒場にもいないし、アリアハンにもいない。 リックの故郷などを知らない彼らにはもう探す手がかりが残っていなかった。 旅の足取りもそこで止まり、息を潜めることになってしまう・・・。 |
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「なんだその話は!そんな女蹴散らして来い!この愚か者がっ!」 「そ、そんな・・。でも・・・。うっ。ひっく」 「でもじゃない!俺は暇じゃないんだこの馬鹿もんが!全く!」 ダーマ神殿の脇で、説教される僧侶娘の姿が見えた。 長髪の男に散々叱り付けられて、ますますシクシクと涙を落とす。 「えーい!泣くな泣くな、迷惑だ!」 「しくしくしく・・・」 「バシルーラで送り飛ばすぞ!」 「そんな、帰れないよ・・・。だって、二人が一緒にいるところ、見るの嫌なんだもの・・・」 「じゃあ、俺がこれからオルガの阿呆に喝入れて・・・」 「ああっ!やめて!オルガ叩かないで!」 「どうするんだよ。このままコソコソ隠れてても仕方ないだろう。さっさと行って仲直りしてこい。1回キスされたら100回し直して来いや!」 「・・・ううう・・・。そんなこと・・・」 「するんだ!よし、作戦を伝授してやろう!いいか!」 「えー・・・。・・・うん・・・。は、はい・・・」 僧侶娘は、迫力に押されて、彼の言うとおり仲間の元に帰る事にする。ルーラで送ってもらって、こっそりと、泊まった宿の部屋を覗き込んでいた。 「どうしよう・・・。ああ、リック・・・。何処行っちゃったんだろう。もう会えないのかな。そんなの嫌だ・・・」 他の仲間は探しに出ているのか留守で、宿にはオルガだけがぶつぶつ何か言いながらベットに泣き伏しているのが見えた。 説教された事も踏まえて、勇気を出して、リックは部屋の扉を開ける。 「オルガ・・・。泣いてるの・・・?」 か細い声、でもすぐに声の主が分かって、勇者はガバッとすぐに身を起こした。 「リック!帰って来てくれたの!?ごめんね!!もう何処にも行かないでっ!!」 「・・・・」 捨てられた子犬みたいに抱きついてきたオルガは、すっかり泣き腫らした顔に変わっていた。 もちろん自分も大泣きした後だけれど。 「リックに会えないなんて耐えられないよ。ごめん!本当に謝るから!嫌いなんて言わないで」 「・・・・。じゃあ・・・。もう、エルトートさんと、お話しないでくれる・・・?」 「えええ・・・?」 珍しく口にする我侭な言葉に思わずオルガは瞬きして、じっとリックの瞳を見つめた。 「私・・・。ごめんなさい。二人が一緒にいるところ見るの、すごく嫌なの・・・。だって・・・、エルトートさん、すごく綺麗だもの・・・」 「そ、そんな、リックだってすっごく綺麗だよ!」 「胸が、締め付けられそうになるんだもの・・・」 「・・・・・」 「ごめんなさい。こんな、嫉妬深いようなこと言って・・・。困るよね、ごめんなさい・・・」 また、シクシク泣いてしまう彼女に、それこそオルガは胸を締め付けられて、切なさに強く抱き締めていた。 「ほっぺた叩いちゃって、ごめんね。大嫌いなんて、ごめんなさい。大好きなのに、ごめんね・・・」 微かに肩を震わせながら、謝る彼女は本当に可愛らしかった。 「・・・エルトートさんを、仲間から外すのはできないけど・・・。話をしないのも無理なんだけど・・・。ごめんね。でも、分かって。好きなのはリックだけだよ。リックがいなきゃやってられないよ」 「本当・・・?」 涙を拭いて、顔を上げたリックは、初めて自分から唇をオルガに重ねた。 「え・・・」 微かに触れたそんな衝撃に、オルガはどきりとして固まる。 「私だって・・・。本当は、本当は・・・」 恥ずかしさに視線をそらして、ぽつりとリックは恋人に呟く。 「誰にも、渡したくないんだから・・・」 泣き虫な彼女の、目からまたうるっと涙がこぼれる。 「〜〜〜〜〜!!」 たまらなくなって、またオルガはぎゅうっと抱き締めて愛しさに震えていた。何度も何度も謝っては繰り返す。 「リックー・・・!ごめんね。大好きだよ。大好きだよ〜!」 |
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「・・・あの、エルトートさん。私・・・、負けませんから!」 「・・・まぁ。リックさんたら・・・。私こそ、同じ心境ですわ・・・」 戻ってきたリックは緊張気味に、女賢者にそう宣言したものだった。 エルトートの方は少し寂しそうに、でも、諦めた様子もなく穏やかに微笑みを返す。 一度衝突した二人の、今後の戦いはますます火花を見るのかも知れないけれど・・・。 女賢者エルトートは、パーティに新たな波を引き起こす麗しの女神様だった。迎え撃つ(?)ところのリックは、口悪い兄貴分に説教されながらも、なんとか逃げずに立ち向かっていくらしい。 勇者をめぐって、今日もまた・・・? |
◆後書き◆ 30000HIT キリ番リクエスト 三枝様でした。 勇x僧に賢者が入ってくるのも慣れてきましたね。SSは絵より実は難しいです(*´Д`*) お話作るのって大変なんだ〜。絵は無心でも塗れるからいいですね。(え?) オルガとリックにこんな修羅場が来るとは思ってなかったので、すごく新鮮でした(笑) 要望を汲み込んで、リックにも少し攻め(?)させました。男エルトートに叱咤して貰ってですけど。 しかし、小説の場合は漫画じゃとても描けないような展開に自然となっちゃいますね。(汗) リクエストありがとうでした〜。 |