「mind sure」


「お前はいつまでたっても奴隷になりきれない奴だな・・・」
俺がぼやく友人は、他の奴らとは瞳の色が違っていた。

いつだか、自分の口から出ていた言葉。じゃあ、自分は・・・?
時々問いかけは自分にも及んでゆく。
俺は他の奴隷と同じだろうか・・・。


「働け!」
ビシッ!
「働け!!」
ビシッ・・・!
「死ぬまで働け!!」

ビシッ・・・!


鞭を打つ男達の声は今日も容赦なく響いていた。あれからもう、何年が経ったのだろう・・・。
誘拐された俺を助けにやって来たパパス。そして、その息子、アルム。
ラインハットの権力争いに巻き込まれ、俺達を庇って死んでいったパパス。
パパスは最期に、アイツの母親の事を告げた。何処かで生きているのだと。

「アルム!アルム!気が付いているか!」
「お前の母は何処かで生きているはず・・・!」

「ぬわああぁぁあああぁぁーーーー!!」

「お父さん!いやだぁあぁ!お父さーーん!!」


自分のために、父親は死んで逝った。
    アイツはそう思っている。
だから、母を捜したいだろうな。どうしても。父親の代わりに。

親の死は・・・・・
お互いの心に深く突き刺さり、今でも消えないでくすぶり続ける。



人は・・・・自分の子供以外愛せないものなんだろうか。
まだ見つからない答えを、今でも時々考えてしまう俺がいる。

それも違うかな・・・。
新しい母親になったあの人を、母親に思えなかった自分もあの人と同類。先になつかなかったのは俺の方だった。

弟、自分の子供のデールだけ可愛がってしまったのも今となっては責める気にもならない。
それでもデールは俺になついてくれたけれど・・・。

強がって威張り散らしていた俺に、子分呼ばわりされても付いてきたものだった。
弟が王になる事に文句は無かった。

でも、父親は俺に王になって欲しかったんだな・・・。
パパスに養育を頼んでまで。


乾いた土の上にただ引いただけの藁敷きの上、横になっていた俺は一人遠い日を思い出していた。馬鹿みたいに素直に言う事を聞いたパパスやアルム。

偉そうだった自分。

そんな俺でも牢に一人、閉じ込められた時は不安に震えた・・・。
そう、パパスに礼すら言えずに。

罪悪感は消える事は無い。


もう、奴隷になり果てた俺は威張り散らす事も当然出来なくなっていた。
余計な事をすれば、アルムまでが一緒に叩かれた。

それだけは嫌だったんだ。
もう、俺のためにアイツが何かの犠牲を払う事は二度とあって欲しくない。それくらいなら死んだ方がましだった。
アイツが何も言わない代わりに、尚更子供心にも俺は決意したものだった。

「ヘンリー・・・。まだ起きてるの」
横で寝ていたアルムが、俺に気付いて体を起こしてきた。
「あ・・・、悪い。気になったか」
「ううん。・・・寝ておかないと、明日に響くよ」
俺は横になったまま、もう10年来の友人の顔を見つめていた。

・・・・似て来たよな・・・・。お前を見てると辛いよ。

「お前・・・・早く母さんに会えるといいな・・・。また、逃走計画考えるか・・・」
小声で奴だけに零す。今までに何度も逃走計画は練ってきた。
しかし成功した事は無い。
その理由を俺は一つ知っていた。初めて、アルムに俺は口にする。

「なぁ、いつもさ、二人で逃げようとするから失敗するんだよ。俺が囮になるから、今度はお前だけ逃げろよ。・・・きっとその方がうまく行く」

アルムはもう一度横になって、明らかに怒った様子で声が低い。
「嫌だよ。そんな事をしたら、君が殺される」

「・・・お前には目的があるだろう。生きていく目的がさ。こんな所でこき使われてる時間なんかない筈だぜ。だいたい、どうせ死ぬまで働かせるつもりなんだ。ここの連中は。先に死んだ方が本当は楽なのさ」


「ラインハットに帰りたくないの・・・?」
「弟がいるんだ。帰らない方がいいのさ」
「帰りたいだろうに」
見透かしたような事を言う。帰ればまた争いは起こる。もうあんないざこざは御免だった。
「ヘンリー、僕は、・・・一人では行かない」
灯りも何も無い小屋の中、ただ月明かりだけが奴の横顔を照らしていた。
ここは一体何処なのか。それすらも解らない奴隷達。ただ闇雲に得体の知れない神殿を作るために働き続ける。

「いいかげんに諦めろよ。そんな都合のいい話は無いんだ。二人一緒なんて」
アルムはまた体を起こして俺を見下ろした。
痛い。俺にとっては痛い瞳で強く睨んでくる。
「僕はもう、大事な人を失くしたくはない。君もだよ」


・・・・まただ。
やっぱりお前は奴隷の目なんかしていない。

「諦めないよ。きっと皆、ラインハットの人も、サンタローズの人も、心配しているんだ。あれからどうなったのか、報告しに行かなければ」
「・・・お前はな」
「ヘンリー・・・」
そのまま、寝返りを打った俺は、寝たふりをしてやり過ごした。



「働け!!働け!!」
「遅いぞ!もたもたするな!」
ビシッ!
「す・・・、すみません・・・!」

数日後、見たことのない若い娘が一人、監視人に注意されていた。
新人なのかも知れない。
こんな力仕事には到底向きそうもない、細身の普通の娘が擦れ違う。

「大丈夫か」
こっそり近づいていって、岩を運ぶ手伝いをしてやる。
「・・・・あ、ありがとうございます・・・」
奴隷なんかさせるのも痛々しい程の綺麗な娘なのに。
かわいそうになったが、ここではどうにもできなかった。

彼女はマリアと言った。

年も近い俺達はすぐに親しくなった。
彼女は優しいいい娘で、非力だが仕事も真面目で、他の奴隷達にも優しかった。兄のために奴隷をしているらしいが・・・

そんなマリアが、激しく鞭で叩かれる事件に遭った。
変わらない毎日の仕事の中、奴隷達が壁を作って彼女を同情の視線で眺めていた。
「かわいそうに・・・あんなに鞭で打たれて・・・」

誰もがそう思っているのだろう。けれど、誰も止めはしない。
止めれば、自分までも更に激しく叩かれるからだ。誰もがそれを知っている。

「むごいのう・・・」
「誰か、何とかしてやれぬもんじゃろうか・・・」
誰か・・・。
そんな都合のいい「誰か」。
ここでは何年待っても来ることはない!


「オレ様の足の上に岩を落とすとは!!!」

「お・・!お許し下さい・・・!」
ビシッ!ビシッ!!
「こうしてくれる!!!」
バシッ!!ビシッ!ビシッッ!!
「ひっ・・・!!」


「マリア・・・!!」
オレは奴隷達の後ろで悔しさに唸った。地面に手をついて必死で謝るマリア。しかし男は気の済むまで、気が済まなければ彼女が死ぬまで鞭で叩くだろう。

どうしてこんなやるせない思いをしなければならない・・・!?

もう、鞭で叩かれた痕から血まで滲み出ている。
これも我慢しなければならないのか。それがここの掟か。
そんなことで、こんな所で俺は生き、死んでいくのだろうか。

本当に俺は今、無力なんだろうか。

この状況に、俺ができる事は何も無いのか?
鞭で叩かれる事がそんなに恐ろしいか。死ぬ事が怖いか。
それよりも怖い事が無いか・・・・!?


それは生きながらにして俺が『死んで』いく事だ。
他の奴隷達のように、死んだような目で、ただ言われるままに日々に怯えて生きていくこと。

自分を守る事に精一杯で、簡単に世を嘆いて、何もしない自分を世の中のせいにして、自分のできる事を放棄して行くこと。

もう・・・自分を押し殺して生きていくのは終わりにしたい。

母親がいなくなり、パパスが死に、奴隷に成り下がり、
それでも生きてきた俺は人の言いなりになるために生まれてきたんじゃない。

「・・・・・。なぁ、アルム・・・」
同じように横で悔しそうに打ち震えていた相棒に、遺言のように告げていた。
「俺はもう、我慢できないぜ。派手に暴れてやる」
「ヘンリー!」

制止の声も聞き終わらないままに、俺は男の背を掴み、振り向きざまに派手に殴り飛ばしていた。

「いいかげんにしやがれっ!!」

奴隷達からのざわめき。
マリアも蒼白になって顔を上げた。

「い、いけません!!あなたまで鞭で打たれてしまいます!」

「構うもんか。もううんざりだぜ」
「き・・・・キサマァアア〜〜〜!!!」
騒ぎに、監視員達は一斉に駆けつけてきて、多分ここに来て以来の大騒動になった。アルムも加わり男達との乱闘。
力の限りに殴り、蹴りつけ、罵った。

二人でここに連れてこられた当初、良くこうして反発したものだった。

あの頃から、お前はいつまでも奴隷らしくはならず、
今でもそうして、決して諦める事は無かったな・・・


俺がこうしてやって来れたのも、腐らずに来れたのも、お前が居たからに他ならない。
本心を言えば、ラインハットには帰りたいよ。
ただ一度でいい。親父に、デールに、自分の無事を伝えたいだけ。あの国を見たいだけ。
言えなかった後妻への気持ち。親父にも素直でなかった俺。
もう、逃げたくは無い・・・

いつしか抑えられ、鞭で打たれ牢にぶち込まれたが、心は清々としていた。


なぁ・・・。
いつでも自分を信じている。
誰にも負けないと、いつでも力を失わない。

お前の瞳のように、俺も輝けるだろうか。


マリアの兄の計らいがあって、俺たちとマリアはそこから逃げ出した。
港の静かな修道院。
マリアはそこで暮らす事になった。


「あなたたちはもう大人です」
修道院からの出発の際に、シスターが俺達に祝福をくれる。
「これから何処へ行き、何をするのか、全て自分達で決めなければなりません」

解っていた。もちろん、それこそが俺の望む事。
何が出来るのか、何が手に入るのか解らない。ただ一つ言える事は今は何も持っていないという事だった。

全てを失った今の俺にあるものは「自由」
しかない気がした。


「ラインハット行こうか」
「・・・いきなりか」
けれど俺は反対もしなかった。
行こうか。時間はかかり過ぎたが、またここから歩き出せる。
国に俺は必要ないだろうが、それでも俺には捨てられない大事な場所だ。
自分の中の確かなものを、自分で消すことはない。

アルムは変わる事は無かった。
でも、俺は変わっただろう。
感謝している。今でも忘れない、人のいいパパスの顔と、俺の悪戯に困っていた幼い頃のアルムの顔を。

「子分の印を取って来い!」

懐かしい思い出を便りに、俺は故郷に帰る。
同時に痛む傷跡も胸に。





以前同人誌で描いた漫画の小説版です。
意外とすんなり書けました・・・
匡司は本当にヘンリーが好きで、ヘンリー本みたいのまで出していましたが、未だにその思いは消えませんね・・・
多分DQで1番好きなんじゃないかと思います。
ヘンリーも、父が生きていて、ラインハットに何の問題も無ければ、きっと主人公と共に母親探してくれたとは思うんだけどね。弟心配だから、しょうがないところです。
偉いよ、うんうん。(でも寂しい・・・)
読んでくださってありがとうございました



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