翻訳者のことば

川島 慶子 名古屋工業大学教授(「これはあなたのもの」制作委員会代表 )

『これはあなたのもの』は、1981年度のノーベル化学賞受賞者(福井謙一との共同受賞)であり、詩人・劇作家でもあるロアルド・ホフマン氏の自伝的戯曲です。

ホフマン氏は現在のウクライナ地方(生誕時の1937年にはポーランド領)にユダヤ系ポーランド人として生まれ、第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人迫害の間、ウクライナ人の家庭にかくまわれていました。『これはあなたのもの』は、そのとき5歳の子供だった氏の経験を戯曲化したフィクションです。

主人公のエミールは、この、死と隣り合わせの日々の中で、父の惨殺をはじめとした多くの喪失を経験します。生き残った少年と母は、戦後アメリカに移住し、平凡な市民としての生活を獲得しました。しかし戦争中の記憶は、決して消えることはありませんでした。特に、夫を失い、両親や兄弟姉妹のほとんどが殺された母フリーダ-もう一人の主人公-は、自分たちをかくまってくれた人が存在してもなお、密告や差別を行い、自分たちユダヤ人を「直接」迫害した者としてのウクライナ人を許すことができません。同胞を救うために、自分を残して死んでしまった夫の行為もまた、フリーダにとっては憎悪の対象でした。いえ、それを止められなかった自分自身をも、彼女は許せないのです。戦争の中、ぎりぎりの状況で選択した結果を、個人の責任として引き受けさせられる理不尽さが、彼女の心を引き裂きます…

10年来の知己だったホフマン氏が、2013年の秋に見せてくれたこの戯曲を読んだとき、私は心が震えるような感動を覚えました。なぜならこの戯曲には、時代や国を超えて人々に訴えかける「文学としての価値」があると感じたからです。

私ども制作委員会は、これをできるだけ多くの人に知ってもらいたい、なによりも舞台化して日本の人々に見てもらいたいと願い、これを翻訳しました。もしも私どもの活動に賛同していただければ、ぜひ、お力添えいただきたいと願っております。下記アドレスあてにご連絡いただけると幸いです。どうぞ宜しくご検討ください。

kawashima.keiko@nitech.ac.jp

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