この岬で僕らはよく会っていた。
見晴らしの良い晴れた日には特に瑠璃のお気に入りの場所となる。


島に伝わる古(いにしえ)の唄を口ずさむ。
小さな頃は子守唄代わりだったあの唄。

それが僕達の逢瀬の合図。

瑠璃は修行の合間に、
僕は仕事を抜け出して。

ここには島の人間もあまり近づかない。
僕達はゆるりと語り合うことができた。
ここは僕達の出会う大切な場所だった。

その岬から赤い鳥居が見下ろせる。

これこそが誰も岬に近づかない理由。
海に向かって建っている明神鳥居。
神域を示す門。

いつから、誰が建てたのだろうか?
ここにある一つだけが赤く、微妙に傾いている所為で、
月を仰いでいるようにも見える。

左右対称なこの不気味な門をくぐって
何かが尾上島にやってくるというのだろうか?

それは尾上島を守る異形の月神なのか?
それとも・・・・・・

きっと人が見てはいけないもの。

でも僕達はあの赤い鳥居を見つめながら、
いつか二人であそこをくぐって島を出ようと話していた。

僕達の唯一の楽しみ。


想像で二人の未来を紡ぐこと。
僕達二人にかかれば不気味な鳥居も華やかな門出に変えられてしまう。

そして本土で二人で幸せに暮らすのだと。

はかない夢
美しい夢
あまりにも遠い夢

見ないほうがましだったのだろうか?

二人で語る夢物語はまるで甘い蜜のようだ。
いいや、これは

毒。

麻薬だ。

知らず知らずにゆっくりと精神(こころ)まで蝕まれる病。
その後で気付く残酷な現実との落差に何度震えた事だろう。。
そしてまたそれを忘れる為に空しい想像を繰り返し・・・・・

満ち欠けを繰り返す月のような苦しみ・・・・・・・
決して消えることはない現実。

夢見たまま起きなければ良い。
そのまま誰かが土をかけて埋めてくれるかもしれない。
ひっそりと朽ちてしまえば良い。

そうだ。
僕達が壊れるかこの世界を壊すか、二つに一つ。

とても残酷な現実。

それでも夢見る事はやめられなかった。

それほどまでに僕達は強く願っていた。
この呪われた島から逃げたいと、
強く,強く、激しく・・・・・・・

今なら逃げ出した母の気持ちが痛いほど分かる。

僕達は大人というにはまだ幼かったけれども、
子供というにはつらい現実を長く生きすぎていた。

父は殺された。
母も殺された。

幼い頃には分からなかった事も、
もう全て理解できる年になっていた。

月の花嫁に選ばれながらも父と恋に落ちた母。
二人で逃げようとしたけれど島の者に見つかり、
父は処刑され、連れ戻された母は僕を産み落として死んでしまった。
月のはしために堕とされ、島中の男達に慰み者にされながら・・・・・・・

尾上島。
月の神を崇める巫女達の島。
神の加護を受け、島に恩恵を分け与えるはずの巫女。

しかし月の花嫁以外は、
月のはしためとして男達の欲望の餌食となり、
災害時の人柱として池に沈む運命の、
巫女という名の生贄たち。

巫女は呪われている。

人々は病んでいる。

信仰は腐っている。

この島は狂ってる。

神なんていない。

◇手のひらの青勾玉(イベントCG使いまわし)

「にいさま、それなあに?綺麗ね・・・」

「これは・・・・・」

赤と青の宝玉。

二対の勾玉は、
悲しい恋人達の逢瀬だったであろう海の洞穴で見つけた。

僕にとっては両親の形見。
島長にも誰にも言っていない僕だけの秘密。

「はい、瑠璃」

青い勾玉を僕はそっと瑠璃に手渡す。

「僕と瑠璃で一つずつ、大切に持っていよう。
二人を守ってくれますように」

僕の思いつめた表情から瑠璃も何かを読み取ったのだろう。
こくりと頷いて、祈るようにそっと勾玉を受け取った。

僕達を守ってくれますように・・・・・・・・

たとえ離れ離れになってしまっても、
いつか必ず引き合わせてくれますように・・・・・

たとえ変わってしまっても、
お互い忘れてしまっても、
すぐに思い出せますように・・・・・・

太一は勾玉を握りしめて夜の岬を一人で彷徨っていた。

今夜の月はやけに大きい。
蒼く、美しく怪しい光。
太一の淡い希望をあざ笑うように。

二人だけのお守り・・・・・・・
これがあれば二人は結ばれているのだと・・・・・・・

これも儚い夢なのだろうか?
瑠璃が次の月の花嫁の候補だということは、
島中の人間誰もが知っていた。

月の婚礼がせまっていた。

もうすぐ別れがやってくるのだ。

月の花嫁ともなれば
おいそれと姿を拝む事もままならない。

もう肩を寄せあって古の唄を口ずさむ事も、
一緒に岬を歩く事も、夢を語ることも、
近付く事すらもできなくなる。

それにもしも・・・・・・・

万が一瑠璃が月のはしために堕ちてしまったら?
島の男達に辱められる瑠璃。
むしろそれを望んでいる男達のなんと多いことか。

恐ろしい妄想。
そしてもっと恐ろしいことに

男達の中に自分の姿を見た。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

嫌だ!

僕の瑠璃だ。僕の可愛い妹だ。
汚したくない。
失いたくない。
絶対に手放したくない。

でもどうすればいい?
僕はこの島しか知らない。

この島でしか生きていけないだろう。

こんな僕が
果たして瑠璃を幸せにできるのだろうか?

余計な事はしない方が良いのではないか?

でももうすぐ瑠璃が月の花嫁となって、
遠くへ行ってしまう。
もうあの微笑を見ることができなくなるなんて。

考えるだけで胸が苦しくなる。
これからの孤独を考えて胸が張り裂けそうだった。

なるべく明るい事を思い浮かべようと努力もしてみた。

別に瑠璃は監禁されるわけではない。
こっそり忍んで会いに行こうとすれば・・・・・

いや、おそらく無理だろう。
しばらくは見張りがつくかもしれない。
島長は二人を引き裂くことに全力を尽くすだろう。

勝手だ。
島長が幼かった瑠璃を僕に託したくせに!

あんなに親身になって世話をして、
可愛がって、
親のように、
兄のように愛したのに。

初潮のときだって僕が手当てをしたんだ。
今になってこんな・・・・・・・

ふと、残酷な恐ろしい考えが浮かぶ。

ではいっそのこと僕の手で・・・・・・・・・・・・・・

「にいさま!」(瑠璃の台詞)

「にいさま・・・太一にいさま!」

「瑠璃?どうしたんだ?その格好・・・・・・」

突然現れた瑠璃はいつもと様子が違っていた。
美しい髪は乱れ、袴もなく、
かろうじて着物を羽織っているだけの半裸の瑠璃。

よく見ると身体中がベタベタした汁で汚れている。
見え隠れする肌の白さにゾクリとした。

「大丈夫なのか?誰かに・・・乱暴されたのか?」

「いえ・・・違う。違うけど・・・・」

息を切らしながら、瑠璃は先程起こったことを、
どう太一に説明していいのか分からず口篭もった。

必死で逃げてきた。
太一を捜していた。
ただあの時思いついた、ただ一つの目的のために走ってきたのだ。

「にいさま!お願い・・・・瑠璃を抱いてください」

太一は耳を疑った。

瑠璃が、あの聡明な瑠璃が何を言った?

「お願い!わたし、このまま後悔するのはいやです。
太一にいさま・・・瑠璃は・・・・・・」

「瑠璃は太一にいさまが好き」

太一は動揺して思わず後退りした。
瑠璃の気持ちは知っていた。
でも決して口にすることはないと思っていた。

「月の花嫁なんてなりたくない・・・瑠璃は・・・・
瑠璃はにいさまだけのものになりたいの」

駄目だ。瑠璃。駄目だよ。
そんなこと言っちゃいけない。
どうして今さらそんなこと言うんだよ?

僕の苦しみも知らず・・・・・・・
汚らしい男の欲望も理解せずに・・・・・・・

だから僕は瑠璃の気持ちには何も答えられない。
いや、答えてはいけないのだ。

結局僕は何も出来ずに、
ただ瑠璃を見つめるだけだった・・・・・

例えば言葉だけでも瑠璃は喜んでくれたかもしれない。
でもぼくは・・・・・・・・

どうしても口にする事が出来なかった。

妹じゃなく・・・・・・
女性として・・・・・・

瑠璃を愛していると。

そしてこの沈黙こそがぼくの罪となることに、
このときは全く気付いてはいなかった。

「にいさま?」

瑠璃の声で我に返った。

瑠璃はまだ乱れた半裸姿のままで僕を覗きこんでいた。
不思議そうに僕を見ている。
まだ僕を信頼している目で。


まだ・・・・間に合う。

ちらりとよぎった汚い僕の欲望を瑠璃は知らない。
僕は大切な物を自虐的に壊すところだった。

小さく微笑む僕を見て瑠璃が悲しそうに続ける。

「にいさま!瑠璃は真剣にお願いしているの。
尾上島の歪んだ信仰から抜け出したいの。
儀式の前に・・・・・・瑠璃はにいさまと・・・・・ひとつに・・・」

太一は最後まで聞くつもりもなかった。

「ごめん・・・・瑠璃」

「ぼくにはできない」

「にいさま・・・・・瑠璃の事が・・・・・・嫌い?」
瑠璃はまるでぴしゃりと顔を叩かれたように、
傷ついた表情で凍りついた。

「そうじゃない。瑠璃のことが大切だから・・・・・
ほんの少しでも傷つけたくない」

「僕なんか忘れて。
もうすぐ月の花嫁となって大切にしてもらうんだ。
たとえ・・・花嫁交代のときが来ても・・・・・・
僕が守ってあげるから」

「わかってない!にいさま・・・・それ違う!」
突然瑠璃がわめきだす。

「瑠璃の気持ちが・・・・わかってない!!」
ぽろぽろと涙を流しながら訴える瑠璃。

「違うよ・・・・ただ瑠璃には生きていてほしいんだ。
たとえどんなひどい状況に陥っても・・・・・・
僕が守る。最期まで守るから」

「死ぬよりひどい目にあっていても?
それでも瑠璃に生きていてほしいの?
そんなのにいさまの我が儘よ!」

ついさっき、瑠璃は触手に弄ばれたことを思い出して
鳥肌が立つ。

恐ろしい尾上島の呪われた秘密。

「にいさまは面倒臭い事から逃げているだけよ!
瑠璃が本当に望んでいる事分かっていない!
都合の良い事言って、
途中で瑠璃の事を放り出すんだわ!」

やめてくれ。
無理なんだ。
何も僕に期待しないで。

今の僕には、
この醜い性欲からお前を守るのがやっとなんだ。
許して。

「ねえ、にいさま、聞いて。
瑠璃の目を見て」

ふいと、僕に近寄ろうとする瑠璃の髪が僕の頬に触れた。
一瞬包まれた瑠璃の香りに眩暈がして、
先程の凄まじい妄想が頭をよぎった。

太一は振り向く事もなく走り出していた。

「にいさま・・・・」

呆然と太一の小さくなる背中を見つめている瑠璃。

涙が溢れて止まらない。

なんて夜。

化け物に犯されそうになって、
命からがら逃げてきたのに、
愛する人は私に背を向けて見捨てていった・・・・・

生まれて初めて振り絞った勇気だった。
諦めていた人生だったけれど・・・
太一と一緒なら変えられると信じていたのに。

愛をこの身体で確かめ合って、
二人でこの島から逃げようと思っていたのに。

「にいさま・・・・・・どうして・・・・?」

一人残された瑠璃は、愛する人に拒絶され、
言葉にもならない悲しみに打ちひしがれて泣いていた。

もう何があっても逃れることは出来ないの?
ただもう呪われた尾上島の土に朽ちるしか・・・
巫女ヶ池の底に堕ちるよりほかはないの?

もがけばもがくほど絡みつき、
綿のようにゆっくりとしめあげる恐ろしい運命だと・・・
諦めるしかないというの?

そう、諦めてしまえばそれで終わる。

にいさまのことも、生きていく事も・・・・・・
そうだ、死んでしまえばいい。

でもにいさまは瑠璃に生きていてほしいと言った。
どんなひどい現実でも・・・・・・

どんな姿に変わっても?


例えばそれが人間ではないものになってしまっても?

「ひどい・・・・・・にいさま・・・・・」

静かな夜の闇の中、瑠璃の慟哭だけが響いていた。

それを見つめている一人の男がいることにすら気付かず・・・・・・
(青柳)

◆◆月のある背景

岬から太一はずっと走りつづけていた。
途中の坂道で転げ落ちそうになりながら。

このまま死んでしまえばいいのに。
確か現世と黄泉の境界線の坂道があるという。
黄泉比良坂(よもつひらさか)といったっけか。

いっそ誰か殺してくれ。

僕は逃げたんだ。

瑠璃から。

瑠璃の誘惑から。
いや、僕の汚い性欲から。

あの欲望は僕の願望なのか、
瑠璃のものなのか、
月の魔力なのかはわからない。

もしあのまま身を任せていたらきっと・・・・・

さっき見た悪夢のように
たまに見る夢のように
薄汚い島の男達のように

僕は瑠璃を汚い白濁の液体で穢し壊してしまう。

大切な瑠璃を犯す。

溢れる欲望を押し付け、
突き立て、
擦り付け、
叩き付け、
引き剥がし、
貪り、
抉り、
掻き回して、
吐き出す。

瑠璃の悲鳴でかき消される僕の荒い息使い・・・・・

僕は彼女を汚してはいけないんだ。
そう・・・母と同じ運命を瑠璃に味あわせたくはない。

でも・・・・・・
だけど・・・・・・

瑠璃が泣いていた。
悲しんでいた。

初めて彼女を泣かせてしまった。
瑠璃も僕を求めてくれていたのに。

本当にこれで良かったのだろうか?

月の花嫁であろうが、
巫女の最期はどうなるか僕は知っているというのに。

涙がこぼれそうになって僕は思わず顔を上げた。

眩しかった。

あの月だけが見ていた。

あの月だけが僕達の欲望を知っていた。
僕と瑠璃の悲しい愛欲の封印劇を・・・・・・・

涙で歪んだ月が、また僕をあざ笑ったような気がした。

身を捧げ、奉らんや

導かれし月の光を・・・・・・・・・

そう、その月は全て見ていた。

全ての欲望を知っていた。
普段、人が胸のうちに隠しておく、
どろどろした汚らしい感情という名の毒。

嫉妬、
憎悪、
憤怒、
狂気、
後悔、
淫猥、
嫌悪、
絶望、


(紅葉)「あの子には負けたくない・・・・」

(ゆり)「あの人を奪われたくない・・・・」

(千歳)「こんないやらしい自分が嫌・・・」

(香子)「慰み者にされるのはもういや・・・」

(青柳)「お前の大切な物を壊してやろう・・・・」

(若旦那)「恐ろしい巫女・・・なんとかしなければ・・・
     紅葉・・・・・・彼女の為にも」

・・・・・・・・・・・・・・瑠璃

瑠璃
愛しい瑠璃。

可愛い瑠璃。
大切な瑠璃。
僕の宝物。

人間は悲しい生き物だ。

他人と自分をいつも比較して、
自分だけの足元の安全を確認して、
心から安心する浅ましい動物。

でも瑠璃がいたから・・・
瑠璃が僕を僕のままでいさしてくれた。

守るものを得て・・・僕を強くもしてくれた。

僕は瑠璃の為に生きた。
この島の人間に染まる事を阻んでくれたのは瑠璃だ。

華のように美しく成長した瑠璃。
そうだ、もう妹なんかじゃない。
抱いてやればよかったんだ。
愛し合えば良かったんだ。

自分の凄まじい欲望と戦いながらも、
いっそ壊れんばかりに抱きしめてしまえばよかったんだ。
この気持ちこそ吐き出してしまえばよかったんだ!

愛しているよ、
瑠璃・・・・・・・・・・・・・・

もう遅い。
遅すぎた。

まさか・・・・・・・あんな事が起こってしまうなんて
その時は知らなかったんだ。

あの封印が実行されてしまうなんて・・・・・・・・・・

◆◆◇(事件のフラッシュバック。ゲーム中の序盤の悪夢シーン、巫女瑠璃レイプや炎の青柳など)

ごめんよ、瑠璃・・・・・・

約束守れなかった。
お前を守ってやれなかった・・・・・・・・

許しておくれ
瑠璃・・・・・・

きっと・・・・・
いつかまた生まれ変わったら

今度こそ守るから・・・・・・・・・

絶対にお前のことを思い出すから。
どんな姿に変わっていても。

瑠璃・・・・・・・

愛しい僕の花嫁・・・・・・・

「にいさま・・瑠璃の太一にいさま・・・・
瑠璃は神様じゃなくてにいさまの花嫁さまになりたいの・・・・・・・・」


◆太一の章
END