眼の前で崩折れた女の黒髪からは、生き物の焦げる臭いがした。
雷に身を灼かれるその一瞬前まで、女は眼を見開いたままだった。その優秀な頭脳は死が目前に迫っても、打開策を見つけ出そうと必死に何かを考えていた。
――ゾロ!
鞭打つような激しい声。
――ゾロ、お前!
その声に打たれるように、片手に刀、片手に海楼石を握りしめて眼前の敵へと飛び掛る。
心臓を引きちぎられるような激痛と、全身の衝撃は、既に一度、嫌というほど味わったものだった。
黒髪の女と同じく、生きながら灼かれ、痙攣する……そんな眼球が一瞬、あざやかなオレンジを捕まえた。
怯えきり、驚愕に声もなく、それでも咄嗟に、自分のほうに駆け寄ろうとしている、それもまた女。
――何やってんだよっ!
叩きつけられる声。
ああ本当に、と轟音の中で己を憎む。
俺は何をやっている。
倒れる女、怯える女、……ひとりで生きていく術を立派に身につけていたとて、あれらは戦士として船に乗っているわけじゃない。
一船の中で、料理を作れるわけでもない、船を操れるわけでもない、その頭脳で助言を与えるわけでもない、そんな剣士にできることはただ、その剣でクルーの命を護ることだけではないか。
オレンジ色の髪を震わせ、女が涙ぐんだ声で、必死に生き延びる術を探しているのに、焦げる己にはもはや立ち上がる力もない。
(そんなはずはない)
――お前がいて何で……!
驚愕に歪む少年の声、そう、
(おれがいてなぜ)
この女たちを護れない。
ヤハハハハ! と高らかに響く嘲笑に向けて、確かに刀を振るおうとしたその腕が、ぼろぼろと黒い炭屑になり、風に吹かれて千切れ飛ぶ。
生き延びたいわけではない。
ただ、自分は助けなければいけないのだ。
なのに、
(動け……動け!)
どれほど己を叱咤しても、崩れ行く身体は黒く炭化し続けてちりぢりに……




眼を灼く白光に呼吸も忘れ、ただ虚空を睨んで喘げば、視界に大きな影が侵入した。
「うぁッ」
驚きの為であっても、すんなりと声が出たことに、むしろほっとしてゾロは力を抜く。
直射日光から、見開かれた彼の眼を護るように影を作ってくれているのは、彼の肩から生えた二本の――だが、彼のものではない、白くすんなりと伸びた女の腕だった。
「うなされてたわ」
上甲板から、穏やかなアルトの女声が降ってくる。手すりの傍らに設えられた、女性陣愛用のテーブル、その瀟洒な木製の椅子にはきっと、長身の女が腰掛けているのだろう。咲かされた腕に視界の半ばは覆われていたが、ゾロの感覚は、甲板に出ているのが女ひとりであることを報せていた。
夏島の影響下にある海なのだろうか。照りつける太陽がぎらぎらとやけに暑い。大の字で寝ていたゾロを放置して、他の仲間は船室へ入っているらしい。
「どうぞ、剣士さん」
パッと花の香が濃くなると共に、上甲板から咲いた腕の花道が、ひょいひょいとグラスをリレー運搬してきた。
「……おう」
のっそりと起き上がり、手元にたどり着いたグラスを受け取る。眼の前の腕に「ありがとう」と礼を言うと、ひらひらと手は振られてかき消えた。
グラスの水がレモンの酸味を伴って、冷たく咽喉を潤していく。ゾロは自分が渇いていたことに気づいた。その渇きこそが、あの焦げつく夢をゾロに見せつけた原因だったのかもしれない。
一気に干してその場にグラスを置き、座り込んだままゾロは上甲板を見上げた。
「おれァ、何か寝言を言ってたか」
「よく聞こえなかったわ」
独特のカウボーイハットで陽を避ける女、その口元が静かに微笑している。いつも通りの表情だ。何かを隠しているようには見えない。なぜか、ゾロは微かに安堵した。
「そうか」
グラスがまた、ひょいひょいと腕の花道に運び去られる。階段を下りて本人が近づこう、とはしないようだった。
眩しく容赦ない陽射しを帽子に遮られ、影になった目元は判然としない。だが微笑したままの口元が、穏やかに開かれて言葉を紡いだ。
「お礼を言いそびれていたと、思って」
「あァ?」
思わず声をあげる。ゾロはこの女のことを、信用していないと明言している。礼を言われる筋合いは何一つとてない。
「私が雷に打たれた時」
空のグラスをテーブルに置き、自分のグラスに口をつけてから、カウボーイハットの下の微笑は言った。
「受け止めてくれたでしょう、剣士さん」
「そんなことで、いちいち礼を言い合ってちゃきりがねえ」
「私は嬉しかった」
さらりとロビンは、剣士の言葉を遮った。
「嬉しかったの。だから礼を言った。……おかしいかしら?」
ゾロは口元を気難しく歪ませる。おかしいことなど何一つない。だがゾロには、ロビンのその礼を受け入れられぬ理由があった。
仮面のように変わらぬ笑顔から、視線を外してつぶやく。
「……それしかできなかったってだけだ」
「え?」
「仕事を、きっちりこなしたってわけでもねえ」
命を救えたわけでもない。
落雷からかばえたわけでもない。
あの時ロビンが殺されずにすんだのは、ロビン本人の頑丈さと、そして雷神の気まぐれに過ぎないのだ。
まぶしすぎる太陽から目を隠すように、ゾロは片腕で己の眼を覆った。もう片方の腕を枕に、ごろりと寝返りを打つ。
「剣士さん?」
穏やかなアルトが彼女独特の呼び方でゾロの鼓膜をくすぐるが、ゾロはそれきり、再びの睡魔の訪れに身をゆだねた。


「まぁた寝てんのか、ゾロのやつ」
呆れたような声が振ってきて、ロビンは視線を上げた。操舵室の上、健康的にさわさわとそよぐみかん畑から、ぞうりを履いた脚をぶらぶらと揺れていた。
ロビンはパラソルの下から椅子ごと身体をずらし、脚の持ち主の全体像を見上げた。彼女の船長はみかん畑のへりに腰掛けて、彼女のことを見下ろしていた。
「一度は起きたのだけど」
また少し咽喉をうるおしてから、ロビンは微笑する。「ふぅん」とルフィは唇を尖らせた。自分が遊びたい時に限ってゾロが寝ている、ということにご不満の様子である。
クルーの中でもとりわけゾロに対してわがまま一杯なこの船長に、ロビンの笑みは深まった。
「船長さんは、剣士さんにはスパルタなのね」
「何だそれ? 食いもんか?」
「厳しい、ということよ」
大幅に簡略化してロビンは語義を説明した。「そうか?」と船長が、不思議に細いその首をかくんと曲げる。
「だってそうでしょう? 空島で、倒れている私や船医さん、そして剣士さんを見つけた時」
ロビンのその言葉に、麦わら帽子の下の頬は、少しこわばったようだった。エネルに倒されて黒焦げにされたクルーを、遠目に見つけたあの瞬間のことを、ルフィは思い出したに違いなかった。
ロビンはその表情の硬さには気づかない振りをして、言葉を継ぐ。
「あの時、船長さんは剣士さんを叱ったわ。何をやっているんだ、お前がいて何で、こんなことになっているんだ……って」
「聞いてたのか、お前」
「ええ、聞こえていたの」
船長の言葉を微妙に修正して、ロビンは己の帽子を取り、机の上に置いた。顔を光に晒して、もう一度ルフィを見上げる。
「私には、ゆっくりでいい、と言ったわ。航海士さんのことは、いないって心配していたわ。……叱られたのは、剣士さんだけ」
麦わら帽子の影のせいで、あの黒い眼がよく見えない。だが、その口元は意外そうに、先ほどとは少し違う尖り方をしていた。
「何だ、ロビンも世界一になりたいのか?」
「私?」
この船長の話題の飛躍っぷりにはいまだに慣れない。だが、ロビンはそうして振り回されることを好ましいと思うようになっていた。見上げたまま、おとなしく次の言葉を待っていると、ルフィは少し帽子のつばを上げ、吸い込まれるようなその両眼をロビンに見せた。
「おめえ知らねえのか? ゾロは世界一の大剣豪になるんだぞ」
「え? いえ、知っている……わ」
ロビンは返答しながら、ためらいに語尾が揺れることを隠せなかった。彼女が知っているのはゾロが世界一の大剣豪になる「ことを目指している」、という事実であって、必ず大剣豪になるという予言などではない。その反応をどう解釈したのか、ルフィは機嫌良く身体を揺らしながら、「しょうがねえなあ」とひとり笑った。まるでおぼこい小娘のように扱われた気がして、ロビンは17歳の少年相手に、わけもなく頬が熱くなった。
「いいか? おれは海賊王になって、ゾロは大剣豪になるんだ」
ルフィはみかん畑のへりにどっかりと胡坐をかき、言い聞かせるように、ロビンの顔を覗き込んだ。
「そうね」
ロビンは聞き分けの良い生徒の顔で頷いてみせる。満足げにニッと笑って、ルフィは続けた。
「ワンピースを手に入れるのも大変らしいけどよ。ミホークを倒すのも、すっげえ大変なことなんだぞ?」
「その通りね」
まさかそれをルフィに諭されるとは思わず、ロビンは笑みをこらえてやはり頷く。
「おれもゾロも、それを成し遂げるんだ。それってすっげえことだろ?」
「そう思うわ」
「だったら、お前らぐらい守れるよな?」


虚をつかれて、ロビンは言葉を失った。ルフィは今までと同じ、当たり前の肯定が返って来ると信じて疑わぬ眼差しでロビンを見返している。
「仲間が手の届く場所にいるのに、それを守れないで何が海賊王だ、大剣豪だ、そうだろ? ゾロだってそう思ってる」
王者の両眼がロビンを射抜いている。他愛なく吐かれたその言は、当たり前の肯定を返すにはあまりにも重い一言だった。
「船長さん、」
「わかるさ、ゾロはおれの剣士だからな。『おれの』」
「――『未来の海賊王』の」
「そうだ」
胡坐をかいた己の両膝をそれぞれの手でバシリと叩き、ルフィはゾロだけでなく己をも叱咤したようだった。
「できるんだ、ゾロなら。できないと死ぬだけだ。ゾロが死ぬか、仲間が死ぬか、そりゃあわかんねえよ。でも、死ぬんだ。守ったって死ぬかもしんねえのに、守れなきゃ死ぬに決まってる」
ロビンやナミを、弱い者だと見なしているわけではない。ただ、ロビンもナミも、戦闘員として船に乗っているわけではなかった。サンジは強いが、本職はコックであるべきだ。ウソップは狙撃手、チョッパーは船医。皆、己を賭ける戦場は、屍山血河の上ではない。
「……それが、」
思えば当たり前のことだった。それをロビンは囁くような声で口にした。
「剣士さんの仕事なのね」
血にまみれ、命を張って戦うことが、ゾロの仕事。ナミがその航海術で、サンジがその食糧管理で、ウソップがその狙撃術で、チョッパーがその医術で、そしてロビンがその知識で船を守るように、ゾロは身ひとつの剣術で、船とクルーを守っているのだ。
無邪気に飯を頬張り高いびきで眠る、どっしり構えて安定感抜群の、不器用なあの青年――その健やかさとあまりののどやかさが、厳しい事実をロビンにさえ忘れさせたのだろう。
「できるぞ、ゾロなら。おめえ、信じてねえだろ?」
駄目な奴だなぁ、と言いたげにルフィは笑う。獣の威嚇にも似た、歯を食いしばる一瞬前の、それは有無を言わさぬ笑顔だった。
ふと、ロビンはその笑顔に、何かを言ってしまいたくなった。それは恐らく、20年前から自分がかたくなに呑みつづけて来た一言に違いなかった。だが、それはあまりにも奥底に呑み込んでしまったために、ロビンは自分が何を言いたかったのかさえ、思い出すことができなかった。
だからロビンは笑みを消し、彼女の船長を見上げたまま、低い声でその両眼を刺し貫いた。
「信じさせて」
「ロビン、」
「信じさせて、船長さん」


王者の両眼は細められ、あやすように優しい声が「信じろよ」と彼女に命令を下した。


命を喪うことより、仲間に過去を暴かれることのほうが怖かった。怒りより恐怖に襲われて、ロビンは青キジに襲い掛かった。
返り討ちになる瞬間まで、反撃の方法を探して眼を見開き続けた。周りに誰がいるかなど、思いつくこともできなかった。銀の光が鞘走り、それが氷の刃を受け止めてはじめて、ロビンは自分がクルーに守られていることを思い出した。
凍らされて悲鳴をあげる仲間たち。
――信じさせて、
あの日の自分の声がこだまする。
――信じさせて、船長さん、
――信じろよ。
なんてひどいことを、自分は言ってしまったのだろう。野望をかなえるに不可欠の右腕、凍りついたそれを抱いて剣士は地に転がっている。それでも、這うようにして立とうとしている。……守ってくれる価値のある女などではないのに。
それが彼の仕事だから、
大剣豪になる身ならばと、自身が信じ、その王も信じた彼のやり遂げるべき仕事だからこそ。
「……ッ!」
息を呑む剣士の、ひきつったような呼吸。その眼をロビンは知っていた。
あの日、悪夢から目覚めた瞬間の。焦慮と絶望とそれでも尽きせぬ戦意に灼かれた、赤茶の両眼。
ルフィ、すまねえ、動け、動けっ! そう叫ぶようにうなされていた、剣士の悪夢の正体が何だったのか、いまわの際にロビンはようやく悟った。
――ごめんなさい……ごめんなさい、あなたたち……
声にならぬままロビンは喘ぐ。
己の弱さを彼女は憎んだ。
願わくば、この優しい男たちの手を煩わせるほどに、強い己でありたかったのに。
「ロビーーン!」
――信じろよ。
船長の声が幾重にもこだまして耳を叩く。あの日のように抱きかかえる腕を、その凍らされた身は感じ取ったような気がした。
信じたい。それだけは嘘じゃない。
あの業火と悪意を逃げ延びた身に、もはや信じる方法すら思い出すこともできないけれど、いつだって本当は信じたかったのだ。
――ごめんなさい……
もはや何に詫びているのかも思い出せぬままに、ロビンの意識は氷壁へ閉ざされ、その呼吸は途絶えた。




二人揃えば高波など、恐れる如何ほどのものでもなかった。歓声に応えて手を振ってから、ルフィは線路の果てに視線を投げた。
「落ちるぜ」
そう朴訥につぶやいてゾロが、客車に向けて踵を返す。線路の果てを睨んだまま、ルフィは彼の剣士を呼んだ。
「なぁ、ゾロ」
「あァ?」
既に降りかけていた剣士は船長の声に振り返り、そして、二歩ほど背後まで近寄ってきた。
「どうした、ルフィ」
「あの時」
この線路の果てにサンジがいる。この線路の果てにウソップがいる。この線路の果てにロビンがいる。
ルフィが頭に入れているのはそれだけだった。ルフィにはそれで充分だった。それ以外のことはクルーが知っていればいい。
「あの時っていつだよ」と、ゾロはルフィに聞いたりはしない。ただ、黙って次の言葉を待っている。
こういう時、なぜかどれほどの騒音に囲まれていようとも、互いの声はひどくはっきりと互いに届く。理由など考えたことはなかったが、ルフィもゾロも、それを当たり前のこととして受け止めていた。ルフィがゾロに聞かせたい言葉、ゾロがルフィに聞かせたい言葉。それがたかが高波や蒸気機関の音ふぜいに、さえぎられるとも思えなかった。
「あの時……おれが青キジに勝ってたら。そしたら、ウソップもロビンも、」
言いかけてルフィは黙り込んだ。ウソップもロビンも、「船を降りたりしなかった」か。「おれを信じてくれた」か。……どの言葉も、ルフィの心情をぴたりと言い表してくれてはいない。ただ、あの時のルフィは負けてはいけなかった。死なせたくない奴らを、死なせずにすんだのはひとえに青キジの気まぐれの結果にすぎなかった。
消えた言葉はもちろん聞き取らず、それでもゾロは、ルフィの心を読んだ。
「さぁな」
そう言った剣士が、がっしりとした首を傾げたであろうその仕草まで、ルフィにはたやすく想像できた。
「どの道、過ぎたことは変えられねえよ。……それに」
腹の据わった穏やかな声が途切れ、今度はルフィがゾロを振り返った。雨に打たれ、風にあおられ、それでもゾロの表情は静かだった。
雪にまみれて土下座をした時も、ビビと殴りあった時も、……ウソップと決闘をした時も。ゾロの表情は常に静かで、そして黙って彼の船長を見つめていた。それはただ指示を待つ眼ではなかった。ああいう眼をする時のゾロは、常に覚悟をしている。これから起こることのすべてに対して、ゾロは腹をくくるのだ。その腹をいつかっさばかれても良いように。
「それに、何だ?」
ルフィは待ったりなどしない。放胆にゾロに問い返す。ゾロはその一物呑んだ眼でさらりと言った。
「『お前が』じゃねえ。『お前や、おれが』だ」
青キジに勝てなかったのは、ゾロも同じ。
相手が剣士だ、剣士じゃない、などと、そんなものを言い訳に使うつもりはない。ゾロは一味の戦闘員で、つまりそれは一味の血塗られた剣で、そして、一味の血塗られた盾だった。
下手な慰めで傷を舐め合うのは、あまりに似合わない。だからルフィは唇を引き結んで「んんっ」と頷き、そして、拳を突き出してみせた。
「もう、負けねえ」
「……おれもだ、船長」
『船長』。ゾロが静かに舌に乗せるその呼称が、ルフィにひとつの言葉を思い起こさせる。
――それが、船長だろ。
腹をくくったあの眼差しで。腕を組んだ磐石の姿勢で。覚悟を呑んだ低い声で――吐かれた言葉は、叱咤だった。
ロビンはルフィがゾロに厳しいと言ったが、ルフィにはルフィで言い分がある。ルフィがゾロに厳しいというなら、ゾロもルフィには等分に厳しいではないか、とルフィは思うのだ。
そしてルフィは、ゾロがルフィに厳しいなどと思ったことは一度もなかった。
――お前がフラフラしてやがったら、おれ達は誰を信じりゃいいんだよ。
ルフィがゾロに、一船を支える剣士の覚悟を問うように。ゾロはルフィに、一船を負う船長の覚悟を問う。それはゾロという剣士を手に入れた、ルフィという船長ただ一人だけに与えられた権利だ。各々は、違う高みを目指している。だが、ルフィが横を見ればそこには常にゾロがいて、ゾロ自身の高みに炯々たる視線を向けていた。
「ゾロ」
拳を突き出した姿勢のまま、ルフィはゾロを正面から見つめ続ける。
「もう、誰もなくさねえ」
「ああ」
「ハト野郎は、おれが止める」
覚悟は、常に呑んでいる。呑んだ覚悟の灼熱も重圧も、互いに知っている。
風雨に打たれてもなお揺るがないゾロは、視線を落として自分の刀の白い柄を撫でる。そして穏やかに頷いて言った。
「なら、お前の不在は、おれが護るさ」
アーロンパークでも、リトルガーデンでも――アラバスタでも、空島でもそうだった。「たとえおれやお前が命を落とそうとも」などと、今更言う必要はなかった。覚悟を呑むとはそういうことだった。
二人はごく自然に互いの拳を触れ合わせ、無言の誓いを交わした視線を、再び線路の向こうへ投げた。


やがて線路のその果てに、剣士は傷だらけの身を立たせ、戦塵を遠く見守ることだろう。
己の倒すべき敵を倒し、己の果たすべき責務を果たし、己の護るべき仲間を護り、己の信ずるべき船長を信じ抜いて。