「すみません、教授……」
ひょろりと上背のあるその痩身を縮め、今にも泣き出さんばかりの声を出すアベル。その足元ではユーグとトレスが黙々と、素手でガラス片を拾ってはちりとりに移している。アベルは手伝いを申し出たのだが、「俺たちの手のほうがいいんだよ」とユーグはやんわり断った。ユーグの手も、トレスの手も、ガラス片程度で傷つくようには造られていない。
「君のせいではないさ、アベル君」
いくら何でも、掃除の最中に地震が来るなどという不幸まで、アベルのせいにする気は教授にはなかった。たとえアベルやユーグが不幸の代名詞であったとしても、天変地異にまで責任を負う必要はない。
自分の受け持ちを中断してガラス拾いに専念しているユーグが、顔を上げてアベルを見上げる。その見事な淡金の髪を包んだ、ギンガムチェックの三角巾がアベルの目にはあまりにまぶしい。いくら何でも似合いすぎている。
「アベル、心配するな。定番品だからまた買える」
「その、……お高い……ですよねぇやっぱり」
アベルの優しい、だが今は怯えと後悔でいっぱいの眼差しが、床と教授を往復する。
「なに、別にすぐ入用というわけでもないからね」
「え? ……そういえば、」
カシャン、カシャン、と二人の義手からちりとりに落とされるガラス片。湖に張り初めた氷のように薄く危険な、そのガラス片をアベルは注視する。
「あれって、ワイングラスですよね? 教授」
「ああ、そうだよ。赤ワイン――正確にはボルドー用のグラスだね」
「そうですよねぇ……」
ランプのような大きさの、たっぷりと空気とワインを触れさせる独特のラインをアベルは思い出す。そんなグラスが、よりによって実験室の棚に綺麗に並んでいる光景は、どう考えても不自然だ。
「教授、ここでお酒なんか飲んでましたっけ?」
「余程の祝い事でもない限り、仕事場でワインを開けるなどという不謹慎なことはしないだろうね」
アベルの疑問には気づいているだろうに、教授は飄々とそう答えるのみで、その一歩先に踏み込もうとしない。アベルは片付けに専念するユーグの口元に、淡くはかない微笑を認めた。彼がそんな表情をする時は大抵、過去のとても大切な記憶、それを思い出させるような何かに触れた時だ。
「何だか気になるなぁ……ワインを飲むわけでもないのに、グラスをこんなに揃えてたんですよね?」
「確かに、そういうことになるかねぇ」
「師匠」
腰を伸ばしてガラス片を探していたユーグが、たしなめるように剣の師を呼ぶ。呼ばれた師は弟子の顔を見て、軽く肩をすくめてみせた。二人の間で役割分担が決まったらしく、ユーグは手の中のガラス片を掲げて眺めながら、物憂くアベルに言った。
「今でこそ、こんな繊細な作業もできるようになったが……初めてこの両手を授かった頃はそうでもなかった」
「……ええ」
卵を割ろうとして握りつぶすこともあれば、ドアノブをきっちり掴む力を出せずにドアを開けられぬこともあった。義手の拒絶反応に悩むユーグの荒れ方は、決して師匠や他の仲間たちに当たらないだけに内にこもってすさまじかった。理論上はなめらかに動くはずの両手をぎらぎらと睨みつけ、ただ肩を怒らせて立ち尽くすだけのユーグの姿を、アベルは知っていた。
「だが、当時から師匠は随分と自堕落にしておいでで」
もはやユーグが起こさないとまともな時間に起居すらしようとしないと評判の教授へ、ユーグはちらり、ととがめるような視線を向ける。だがその視線は「棘」というには甘すぎて、むしろアベルはあてられたような気分になった。トレスは我関せずとばかりに、きょろきょろと周辺を見渡してガラス片をサーチしている。この子ったらすっかりマイペースに育っちゃって……とアベルは物悲しい思いにとらわれた。
教授はそ知らぬ顔でパイプの掃除を始めている。トレスのマイペースっぷりは、間違いなくこの実験室の薫陶に違いない。
「その師匠に命じられて、俺はまず日常の家事をマスターすることから必死になった。繊細ないくつもの業務に何度も失敗した。……その最たるものがこれだ」
ユーグの手の中で、パキン、とガラス片が砕けた。
「なぜか実験室にはこんな繊細なワイングラスが並んでいて、俺はよくグラスを磨かされた。……洗いながら片っ端から握りつぶし、磨きながら片っ端から落として割ったよ。師匠はその度に新たなグラスを実験室に運び込ませた」
そこまで語ってから、ユーグはアベルを見てまた、淡く微笑んだ。アベルはユーグのその微笑を見、そして、デスクの教授に視線を移した。何食わぬ顔で――だがどこか決まり悪げに、視線をそむけてパイプの掃除を続けているアルビオン紳士。
「割ったグラスが1ダースを超えてようやく、戸棚から出したグラスを戸棚に無事戻せるようになった。実験室でワインを飲んだのはあの時と、」
淡い微笑は、掃除機をがたがたと引っ張り出している小柄な後姿に向けられた。
「……神父トレスの時だけだ」
アベルは青年ユーグがひとりシンクに立ち、思いつめた顔でグラスを扱うその様を想像した。きっと教授は文句も言わずにただ、グラスを買い足し続けたのだろう。その沈黙は何よりもユーグを打ちのめしたに違いない。
そして初めてグラスを洗い終えて戸棚にしまったその時に、師はそのグラスにワインを注いで飲んだのだ。
「……トレス君も、」
師弟の絆に今更なんの言葉を付け足す必要もないように思えて、アベルが言ったのはトレスのことだった。
「トレス君も、こんな薄いグラスをちゃんと磨けるんですねぇ」
子供にするように褒められて、掃除機のホースをつなぎながらトレスはしっかりとアベルを見返す。心なしか、胸まで張ったように見えて、アベルは笑いを隠すのに苦労した。
「肯定、その作業は既に習得している。俺は機械だ。習得済の作業なら完璧に再現することができる」
ユーグの口元がアベルと同じく、笑いをこらえるような微妙な形に一瞬ゆがんだ。そのゆがみを見てアベルは直感した。おそらくトレスは、ユーグとは比べ物にならない数のグラスを割り続けたのではないか、と。
そしてグラス割り――いやグラス磨きの先輩であるユーグはきっと、苦心惨憺、懸命に指導したに違いない。教授と違って、心を鬼にして放置しておけるような男ではないのだから。

「……すぐ入用というわけでもないが」
パイプから煙と香が漂って、アベルは教授が自分の領域の掃除を終えたことに気づいた。
「さほど高価なものでもないからね」
「そうですか、良かったです」
教授の言いたいことに気づいて、アベルはふんわり笑った。
きっと数日もたたないうちに、戸棚にはボルドー用の繊細なワイングラスがまた、ひっそりと並んでいることだろう。四つの義手が丁寧に洗い、ひびひとつなく磨き上げ終えたそのグラスが。



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枕元に置かれたままの、綺麗にラッピングされた包みをユーグは凝然と眺めやった。
出かける前にはこんなものはなかったはずである。合鍵を持っているのはトレスと教授だけだから、これはそのどちらかが置いたものだということになる。
包みの下にレポート用紙が覗いているが、これだけではどちらのものなのかはわからない。トレスにはこぎれいなカードを使うなどという選択肢はないし、教授はこんな改まった包みにつけるメッセージの場合、照れ隠しからかあえて走り書きのメモをつけてくることがある。
警戒しつつ、刀の鞘でとんとん、と包みをつついてみるが、何かお騒がせなギミックが発動する様子はない。ユーグはそのまま鞘で器用に、包みの下からレポート用紙を引っ張り出した。
手を伸ばしてそれを拾い、整いすぎた筆跡にすぐ、トレスのものと気づく。途端にユーグはうろたえて、意味もなく周囲を見渡した。これはいとしい人からのプレゼントだ、と理解したのだ。
狼狽のあまりキッチンに駆け込んでお湯を沸かしはじめたところで、はっと我に返る。アルビオン紳士の師匠のせいで、うろたえた時にはまずお茶の支度をして気を落ち着かせるようになってしまった。師匠がいるわけでもないので火を落とし、レポート用紙を持ったままうろうろと、どこで読むべきか迷った挙句、書き物机にしっかり姿勢を正して座ると読み始めた。


「ユーグ・ド・ヴァトー

 誕生日には贈答品が必要と聞いた。
 卿の通常使用しているものは店頭販売されていなかった為、
 『教授』の助言をうけ、形状の類似した別品を購入した。
 卿の気に入らない場合は返品する為、その旨入力すること。

  トレス・イクス」


「気に入らないなんてあるものか! 君が贈ってくれたものなのに……!」
ドラマチックに手紙にキスをしてひとしきりそう感激すると、ユーグはベッドサイドに駆け寄って包みを取り上げた。
それがまるで恋人の肌であるかのように、そっと表面に指先をすべらせる。ちょうど両掌で支える程度の箱と包装紙でラッピングされており、中身はわからない。
子供のようにときめいて、ユーグは丁寧にラッピングを解き、箱を開けた。


書き物に余念のない教授の、デスク周辺でユーグは静かに立ち働いている。ここまで気配の静かな秘書など、望んでもそうそう得られるものではない。そういえばお茶の時間だったか、と、教授はペンを置いて書類を脇にどけた。絶妙のタイミングで声がかかる。
「……師匠、少しお尋ねしたいのですが」
紅茶のカップとともに差し出された質問を、教授もまた、カップとともに悠然と受け取った。
「何かね」
「神父トレスに、俺の誕生日のことで何か相談を受けましたか?」
「ああ、受けたとも」
「日常品を贈ればいいと助言されましたか?」
「少し違うね」
「よろしければどう助言されたかご教授いただけませんか?」
「『彼が肌身離さず身につけるようなものにしてあげてはどうかね』と助言させてもらったよ」
正確にはその後に「たとえば下着とか」とさりげなく付け加えてやったのだが、そこまで開示する義務もあるまいと、教授は言葉を飲み込んだ。
「そうでしたか」
納得したように穏やかに頷いて、忠実なる弟子は自ら焼いたマフィンを「よろしければ」と遠慮がちに添えた。
「で、何をプレゼントされたのかね?」
灰色の脳細胞は簡単に結末を予測しえたが、教授は何食わぬ顔で尋ねる。
「下着です」
「ほう、トレス君もなかなか積極的だね」
「ええ、実に積極的でした」
しみじみと答えるユーグに、カップに触れた唇が震えないよう努力を要した教授は、カップを置いて「なるほど」と頷いてみせる。
「つまり積極的な下着だったというわけだ」
「俺の普段使いのものに、できるだけ形を似せたものを選んだそうですよ」
そこまで見越しておいでだったのでしょう? と、笑い混じりの視線で問われて教授は、「さて」と顎をなでる。
「ちなみに色は?」
「黒です」
「……それは実に積極的だねえ」
「僧衣の色が黒ですから、一番俺にふさわしい色だと思ったそうですよ」


教授は視線をやや上向かせ、「腰の部分は紐でくくるだけ」の「黒い下着」を身につけたユーグを想像し、「ふむ」と顎から手を離した。
「悪くない選択だ」
「ありがとうございます」
「君を褒めたわけではないよ、ユーグ」
「神父トレスが褒められると、俺も嬉しいので」
ぬけぬけと言ってユーグは「お茶のお代わりはいかがですか」と微笑んだ。


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(教授×ユーグあるいはユーグ×教授的です)


しゃっ、と小気味良い音を立ててカーテンが押し開かれ、仮眠室のベッドは容赦なく、朝の陽光に晒された。
「師匠、起きてください。もう朝ですよ」
「うーん……」
「今日は朝一に外せない講義があるから必ず起こすように――そうわざわざシスター・ケイト経由で通信してきたのは貴方でしょう。ほら、朝食ももうできています」
「そんなにがみがみ言うものじゃないよ、ユーグ……後もう少し……」
「マスター! スクランブルエッグが冷めてもいいんですか?」
普段にも増して未練がましく、シーツに潜り込んで出てこようとしないローマ最高の知性を、白いエプロンにかすかにバターの匂いを染みつかせたAx一の死神は、容赦なくシーツごと揺さぶった。
「そう言われても、起きられないものは起きられないからねぇ……」
その呑気な抗議に含まれた笑いの粒子と、シーツから覗いたぼさぼさの髪の下、うかがうようにこちらを眺める両の眼に、ユーグはようやく、自分がからかわれていることに思い至った。
「……じゃあどうしたら起きられるんです?」
遅刻でも何でも好きになさい、と突き放してしまうのは簡単なことだ。だが、悪戯っぽく細められたあの蒼の双瞳に、ユーグはどうにも弱かった。10歳近く年上の、知性も社会的地位もはるか上位にある師匠を、「可愛い人だな」などと思ってしまうのはこんな時だ。もちろん、その直後に「どうして俺は一瞬たりとて、この人を可愛いなんて思ったんだろう」と呻くこともしばしばなのだが。
「そうだねぇ……」
小さく、機嫌よさげに欠伸をしてみせて、いっそうその眼が細まった。
「がみがみ怒られるよりは多分、歌でも歌って起こしてくれる方が、スッキリと眼が覚めるかもしれないよ」
「……」
あきれたように、ユーグはひとつ溜息をついてみせる。プライドの高い英国紳士が、すぐに「冗談だよ」と何事もなかったかのように起き上がってしまう、その一瞬前にユーグは手を伸ばした。美しく整えられた手――その手を整えてくれた男の高い鼻を、シーツ越しに軽くつまんでみせる。
「本当に、歌ったら起きるんですね?」
「起きるとも」
「わかりました」
そして、ゆるやかに上下する長調の歌は、笑みの形の唇からこぼれ始めた。


「Du mein Gedanke, du mein Sein und Werden!」


国際都市たる四都市同盟に生まれた身にしては、そのゲルマニクス語は不自然なほどのフランク語訛りを含んでいた。明らかに、それは色気のないゲルマニクス語に甘い香りを――極言するなら色香を含ませるための、意図的な企みのように、お堅いはずのアルビオン紳士の耳には聞こえた。


「Du meines Herzens erste Seligkeit!」


愛を囁くその歌を、甘えるようなフランク語訛りでかすれがちに歌うテノール。生来の地位を考えれば、声楽の素養もあって当然だ。音感は、幼い頃の教育が培ったものだろう。
だが歌に込められる感情だけは。……それだけは、教育が与えるものではない。


「ich liebe dich, ich liebe dich, ich liebe dich in Zeit und Ewigkeit!」


愛している、貴方を愛している……繰り返されるフレーズに、最初の十数秒、柄にもなく息を詰めた師はしかし、やがて咽喉の奥で低く笑うと、身体の力を抜いてその優しい歌に耳を傾けた。愛されている、父のように。愛されている、師のように。……自惚れても良いものなら、愛されている、それ以上に。


「Ich liebe dich in Zeit und Ewigkeit!」


どうして信じられるだろう。
この歌声を、自分が――自分たちが、危うく喪うところだったなどと。
この歌声が、呪詛に裂け、憎悪に涸れ果て、彼らの前から永遠に、去ってしまうところだったなどと……


「……マスター」


作り置きの、どの愛の言葉よりも雄弁に、彼の眼を醒まさせる静かな呼称が、最後にひとつ付いた。
「だめですよ、眠ってしまっては」
「……うン」
わざとらしく寝返りを打ち、素直でない中年紳士は彼の若き弟子に背を向けた。
「マスター?」
「その歌には二番があったはずだが」
「全部聴かないと起きられないんですか?」
「どうもそうらしいよ」


「……いいですよ」
乱れた髪にそっと触れる、指先の感触。
そして甘く訛ったゲルマニクス語の愛の歌は、整った薄い唇から、再び流れ出した。


スクランブルエッグは恐らく、温め直すことになるのだろう。



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キャラクターなりきりバトン(教授&ユグトレ)


1・理想の恋人を教えて下さい。

師 「というわけで君たちに回答せよとの、ミラノ公の仰せだ」
剣 「と仰いましても師匠、私は理想を求めて恋人探しをしているわけではありません。
   むしろ私にとって、恋とは哀れな野の獣の脚を噛む、無慈悲な鋼鉄の罠のようなものです」
銃 「俺には質問の意図が不明だ。またヴァトー神父の直喩についても理解できない」
師 「彼は君を、『突如として噛みついてのち、逃れようとすればするほど深く食い込んで離れない』と表現したのだよ」
剣 「ち、違います師匠、俺は恋そのものについて――」
銃 「直喩については了解した」
剣 「君も君だ! なんでそう満更でもなさげなんだ」
師 「『猟犬』としては立派な褒め言葉だからねえ。特に、よく失踪するどこぞの馬鹿弟子が相手なら」


2・恋人選び、見た目と性格を重視する割合は?

剣 「いえ、ですから恋人を『選んで』いるわけではなくて――」
師 「では君は神父トレスが、僕とミラノ公を襲ったあの奇怪な吸血鬼の外見であっても恋をしたかね?」
剣 「ぐっ!」
師 「ほら見たまえ。君は結局、自分の外見につりあう外見の存在をうまく選択したのだよ」
剣 「……確かに、私が惹かれる人は皆驚くほど美しい人ばかりです。勿論、貴方を含めてね!」
師 「やれやれ、僕を照れさせるには少し陳腐に過ぎる台詞だ」
銃 「ヴァトー神父。俺とワーズワース博士には外見上の相似点が存在するのか? 卿は俺のことを『コイシイ人』と認識していると思ったが?」
師 「まったく、恋人の前で別の男に愛を囁いてどうするのかね、ユーグ。見損なったよ」
剣 「何でそんな話になっているんですか!? とにかく、一度惹かれてしまえば見た目も性格も、すべてが美しいと思えるんです。見た目や性格が先にあるわけではなく、恋をするという事実が先にあるんです! そういうものではありませんか?」
師 「アルビオン人にそんなフランク言語圏なことを聞かれても困るのだが」
銃 「つまり卿は俺とワーズワース博士に『フタマタかけてやがる』のか?」
剣 「ガルシア・デ・アストゥリアアアス! イクス神父に変なことを教えるなと言っただろうがーーー!」
師 「彼は愛情の過度に豊かな男なんだよ、神父トレス。抱く憎悪の深さからもわかる通りにね。フタマタ云々と、君が心配することじゃない」
銃 「否定、俺は心配などしていない」
師 「ユーグ、次の紅茶は砂糖抜きで頼むよ。少し血糖値が上がってきたようだ」
銃 「……?」


3・今日は好きな人と一緒。あなたのデートプランは?

銃 「『デートプラン』? 発言の意図が――」
師 「ユーグに『休日を一緒に過ごしてくれないと死んでやる!』と言われたら、一緒にどこに出かけるかね?」
剣 「師匠、私はそこまで過激では――」
銃 「肯定、ヴァトー神父は『休日を一緒に過ごしてくれないと、今日一日中泣き明かしてやる』と発言しただけだ」
剣 「……師匠、そんな眼で私を見ないで下さい」
師 「気を取り直して、と……それで君たちはどこで一日一緒に過ごしたのかね?」
銃 「0600よりヴァトー神父の私室にて朝食に同席後、衣服洗濯、室内清掃の補助。詩集の朗読。1000より訓練室にて訓練に同席。1200より食堂にて昼食に同席。1300より庭園の散策に同行。1400より訓練の再開。1700より自室にて歓談。夕食の作成補助。1800より私室にて夕食に同席後、食器の洗浄補助。『耳掻き』と『爪切り』の補助。紅茶の作成及び『食後のケーキ』摂取に同席。2100より入浴、身体の洗浄補助――」
師 「最後まで聞いたほうがいいかね、ユーグ?」
剣 「……申し訳ありませんでした」


4・好きな人と初めてカラオケに行く事になりました。

銃 「『カラオケ』とは曲目選択に応じて自動再生される伴奏にあわせ、歌唱する遊戯を言う」
師 「おや、乗り気だね」
銃 「ヴァトー神父、『カラオケ』をしろ。ミラノ公の命令だ」
剣 「いや、好きな人『と』だから……できれば君と一緒に……」
銃 「了解した。卿の依頼を受諾。俺も同席する。だから卿は歌唱するように」
剣 「……何だかよくわからんが、歌えばいいのか? 一緒に歌わないのか?」
銃 「俺にそのような機能はない。開始を推奨する」
師 「本当に『何だかよくわからん』のかね、ユーグ?」
剣 「は?」
師 「意訳しなくとも『君の歌声が好きなんだ』以外の何物でもないと思うのだが」


5・夜の遊園地、初めて二人で観覧車に乗りました。

師 「計280キロ。成人男子四人分だね」
剣 「あの、師匠」
師 「何だね?」
剣 「神父トレスが何を勘違いしたのか、夜間対物狙撃用の装備を山のように……」
師 「60キロ追加、と。神父トレス、実はこんなこともあろうかと、遺失技術の反重力システムを用意してみたのだよ」
銃 「その装置があれば、『観覧車』からの対物狙撃が可能になるのか?」
剣 「師匠、その前にまず、狙撃装備を止めていただけませんか?」
師 「どうしてそこまで君を甘やかさなければならんのかね」


6・楽しいデートの時間はあっという間。

銃 「ヴァトー神父、あの『観覧車』とは音響兵器の発生装置ではないのか?」
剣 「稀にそういうこともあるかもしれんが、ほぼ大多数の観覧車は、夜間においては恋人同士が頂点でキスをするためにあるものなんだ」
師 「で、君たちはその儀式に則って来たのかね?」
剣 「私が向かいの席に近づくと、傾きが決定的になって危険なんです。今回は諦めました」
師 「指摘するのも気恥ずかしいが、中心地点で抱き合ってキスをすれば良かったのではないかな?」
剣 「……はっ!」


7・相手をかなり気に入ったあなた。

銃 「『気に入る』? 否定、俺は機械だ。好悪の念は存在しない」
師 「だが共に時間を過ごす上で、相性の差が生じはしないかね」
銃 「『相性』……共同任務を行う上での達成率なら、ヴァトー神父は他の派遣執行官と比べても下位に含まれる」
師 「つまり君はユーグを気に入っていないと?」
銃 「否定、俺は機械だ。好悪の念は――」
師 「一緒にいて、演算機構が一番『安定』するのは誰かね?」
銃 「ワーズワース博士」
師 「一番『安定』しないのは?」
銃 「ヴァトー神父」
剣 「師匠、落ち込んできましたのでそろそろその辺りで……」
銃 「なぜ落ち込む? 卿も俺と同席すると、心拍数が不安定になるはずだが?」
師 「放っておきたまえ。過剰に鈍感な男を構ってやる必要はないよ」


8・ずばり、今好きな人、気になる人がいる?

剣 「それはもう、沢山」
銃 「『沢山』?」
剣 「おかしいかな? 世界は君と俺だけで構成されているわけじゃない。俺にも君にも、愛している人は沢山いる」
銃 「否定、俺は機械だ。好悪の念は存在しない。卿が俺以外の存在に愛好の念を抱いていることは理解した」
剣 「怒るなよ……愛は愛しい人の胸にのみ、矢のように刺さるものじゃない。愛しい人を生んでくれた世界そのものに向けて、泉のように溢れていくものだ。君は俺を愛で満たしてくれた。その愛が溢れて、俺は世界を愛せるようになったんだよ」
銃 「……? ……??? それは……卿にとって有益なことなのか?」
剣 「勿論さ。俺が敵味方すべてを恨むより、Axの皆のことを愛している方が、君にとってもずっと有益だろう?」
銃 「肯定」
剣 「でも俺のその愛を、受け止めて欲しいと切実に願う相手は、君だけなんだ……」
銃 「! ……肯定。理解した」
師 「(いつもながら、あの陰鬱な空気のどこからあんな愛情まみれの強引な口説きが生まれるのだろう……解剖して調べてみたいものだ)」


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