「……神父トレス、ウィリアムは貴方の身体を知り尽くしているからこそ――」


廊下を行き交う職員たちが、いっせいにある一点を凝視した。彼らと同じように廊下を歩む金髪の美丈夫が、突如、何もない場所で前方へと勢い良くつんのめったためであった。
胡乱げな眼差しには何一つ気づかない様子で、美丈夫は物憂げに姿勢を正す。そんな表情でため息などつかれると、今の見事なよろめきっぷりにも、何か深刻な理由があったような気がしてくるから不思議だ。
思わず通行人も見とれるその美貌の持ち主は、先ほど声の漏れ聞こえてきた部屋の扉へと、正確に向き直る。機械人形の同僚ほどではなくとも、彼の耳も十分に敏い。
コンコン、と礼儀正しくノックすると、「どうぞ、神父ユーグ」とおだやかな声が返ってきた。
美貌の神父――ユーグは、一礼して入室し、想像していた通りの二人をそこに見出した。あるいは、それは一人と一体、と数えるべきなのかもしれない。
そこは、東欧への出張が多いためにあまり使われることのない、“ノーフェイス”ヴァーツラフ・ハヴェルの自室だった。


「神父トレスを捜していたのですか? 神父ユーグ」
どこまでも深沈とした声で生真面目に尋ねられ、ユーグは返答に窮して曖昧に首を傾げる。まさか、ドアの向こうから漏れ聞こえてきた会話に、やましい連想をしてしまってついつい真相が気になった――などと、この気高い神父に告白できるはずもない。
結局ユーグは、
「……言い争っているように……感じたもので」
と、ためらいがちに答えただけだった。
「否定。言い争ってなどいない」
機械化歩兵用の頑丈な椅子に座らされた――明らかに「説教食らってます」体勢のトレスが、必要以上に冷たい声で返答してくる。それに気を悪くすることなく、
「そうですか……大切な存在のことを気にかけるのは、人として自然な感情です。
 実はウィリアムが、神父トレスのことで手を焼いているそうでしてね……よろしければ、そちらにお掛けなさい」
と、ヴァーツラフは底の読めない微笑をたたえ、ユーグに寝台を指し示した。修道士の如く質素な生活を好むヴァーツラフは、椅子を一脚しか持っていなかったのだ。
「大切な存在」という含みのあるようなないような言い方が、いったい何を意味しているのか悩みながら、それでもユーグは寝台の方に歩みかける。それを遮ったのはトレスの言葉だ。
「俺はもう退室する。卿がこちらに着席しろ、ヴァトー神父」
「神父トレス。待ちなさい」
ものやわらかだが、有無を言わせぬヴァーツラフの声だった。
何とはない空恐ろしさに、ユーグが視線を泳がせる。師匠の親友であるこの先輩に、ユーグは頭が上がらない。本気で殺しあえば、第六感で敵の「気」を感じ取る自分にも、勝機はあるかもしれないと思う。だが、その前に位負けしてしまうのだ。
「イクス神父、大事な話なんだろう? 俺はベッドで構わない」
「…………肯定」
どうも逃げ出したかったらしい機械化歩兵が、無愛想に頷いたのを確認して、ユーグは寝台に腰掛けた。
「さて、神父トレス……私の主張は何か間違っているでしょうか?」
至極優しく、だが、機械にとっては逃げ場のない尋ね方をして、ヴァーツラフはトレスの両眼を覗き込む。同じ機械の、だが、片方は極力人間に似せられ、片方は演算がチラチラと浮かぶ、そんな対照的な二対の瞳が互いを見つめあっていた。
「……否定」
反論を探すような沈黙の後、それでもトレスは大人しく答える。
「ウィリアムが貴方を心配し、それゆえにメンテナンスの回数を増やそうとしている。……間違ったことではありませんね?」
今度の反応は早かった。
「不要だ。現状の周期で問題はない」
「トレス、貴方はミラノ公の背中を護らなければならないボディガードです。それが自己診断を怠るのですか?」
「メンテナンスに過剰な時間を割くことは推奨できない」
「……ハヴェル神父、あの……」
平行線を辿る一途の会話に、ユーグは遠慮がちに口を挟んだ。
「何でしょう、神父ユーグ?」
トレスの眼から視線を離し、ヴァーツラフはゆるやかにユーグを振り返る。佇む彼を、ベッドに腰掛けて見上げ、ユーグはややためらってから助け舟を出した。
「俺には事情はよくわかりませんが……イクス神父が師匠のメンテナンスを避けるのは、師匠にも原因があると思います」
「ウィリアムに?」
常におだやかに凪いだヴァーツラフの眉が、かすかに上がった。
「はい。師匠はその……あまり実用的ではなさそうな追加兵装や実験を、よく提案しますから」
敬愛する師匠のために、せいいっぱい遠まわしな表現を使ったユーグは、Ax最高の人材にじっと――じぃっ、と見つめられ、居心地悪げに身じろいだ。
「たとえばどのような追加兵装や実験ですか?」
ユーグから一瞬も目を離すことなく、ノーフェイスはおだやかに、実におだやかにユーグを問い詰める。
「それは……様々で……」
「ですから、たとえばどのような?」
ユーグは助けを求め、トレスに視線を流した。憎らしいことに、トレスはユーグに見向きもしない。
「神父ユーグ?」
優しい声でヴァーツラフが促す。ユーグは諦めてため息をついた。
「たとえば、その……体長17メートルの合体変形思考二足戦車に改造しようとしたり……」
「それから?」
「…………俺やイクス神父の両手に、切り離し型の噴進爆弾をとりつけようとしたり……」
「それから?」
「……………………ですから、様々です」
トレスとユーグの仲を、本人曰く「君たちの親愛と友情を応援しようと」して仕出かす、思い出すだに恥ずかしいいくつもの悪戯を思い出して、ユーグは思わず赤面した。教授の研究室は、相手が同性に限りセクハラも野放しだ。だが、教授には一種の天真爛漫な悪気のなさがあり……それがユーグにとっては抗いがたい魅力なのであった。
ユーグの赤面をどうとったのか、「わかりました」と、変わらぬおだやかさでヴァーツラフは頷いた。
「確かに、ウィリアムは少々悪戯の過ぎる一面がありますね。そこが彼の可愛らしさでもあるのですが」
後半にさらりと吐かれた台詞の意味が、ユーグをこの上なく混乱させているその間に、ヴァーツラフはトレスに向き直って敬虔に語りかけていた。
「いいですか、トレス。ウィリアムは貴方にとって命の恩人でもあります。その恩人を騙したり、不義を働くことを、主はお喜びにならないでしょう」
他でもないトレスに、神の道を説くなど、ヴァーツラフ以外にはありえぬ所業である。だが、カテリーナに拾われて再起動して以来、何度も痛い目に遭っているトレスはとりあえず、ヴァーツラフの話が終わるまで行儀良く耳を傾けていた。
「ですが、ウィリアム本人の為となると話は別です。彼の悪戯も、過ぎると彼自身を損ないます。友人の道を正す為に力を尽くすことは、主の御心にかなう行いだと私は思っています」
「――速やかな回答の入力を、ハヴェル神父。何が言いたいのだ?」
「要するに、『追加兵装や実験』の話をウィリアムが無闇に切り出さなくなれば良いのでしょう?
 そうすれば貴方は、常時ウィリアムの提案を警戒してかからずとも良くなります」


そんなことができるものなのかと、無表情のトレスではなく、むしろユーグの方が切実に身を乗り出す。
そんな、対照的な二人を見比べ、ヴァーツラフはやはり、聖人の再来かと見まがうような静かな笑みを、浮かべてみせたのだった。






その日の教授の研究室には、実に珍しいことに、三人の派遣執行官が揃っていた。
その中のひとり、“ソードダンサー”ユーグ・ド・ヴァトーは、顎の位置まで積み上げた本を抱いて書庫へと移動しながら、残りの二人の会話を、聞くとはなしに聞いていた。
先日の“ノーフェイス”の自室で繰り広げた会話と、どこか似通った平行線の議論を、“ガンスリンガー”と“プロフェッサー”が交わしている。
「別に四六時中僕の研究室にいろって言っているわけじゃないんだよ、神父トレス。ただ、最近の君は破損の頻度が高すぎて、全体的なバランス調整が追いつかないんだ。一度、ゆっくり時間をとって――」
「不要だ。過度のメンテナンスは余剰経費と判断される」
「しかしだね――」
――二人ともよく飽きないな。
当然である。トレスには「飽きる」という思考がないし――彼はカテリーナが命じさえすれば、一日中「1+1=2」だけを演算していても飽きはしないのだ――、教授にいたっては、頑固なトレスとの会話を楽しんでいる素振りすらある。
普段なら、飽き飽きしているのは俺だけか、と溜息をつくところだが、今日は少々事情が違う。いまだに記憶しきれない書棚に、わかるものだけでも本を戻していきながら、ユーグはちらちらと――ドキドキと二人の様子を盗み見た。
そんなユーグの緊張にも気づかず、
「いいかね、そもそも君の機体は5年前に……――」
いかにも「これから長々と講釈をはじめます」といった様子で語りだした教授の声が、不意に途切れる。
彼は、デスクを回ってすぐ傍らに立ったトレスを、片眉上げて眺めやっていた。
「……何のつもりかね、神父トレス? 今更僕に禁煙を推奨するつもりかな?」
トレスの手には、教授の唇から取り上げたパイプが携えられていた。それをコトン、とデスクの上に置き、トレスは何となく威圧感を覚えさせる眼差しで、椅子に寄り添うようにして立ったまま教授を睥睨している。
「神父トレス? いいかね、そもそも――――――――」
その威圧感もどこ吹く風で、再び講釈をはじめようとした教授の声は、だが、再び凍りついた。
ハッとして、本棚の隙間から食い入るように覗き込んだユーグの視線の先で、トレスは身をかがめ、片手でついと顎をとらえ……
もう片手で有無を言わさず肩を押さえつけて、教授の唇を奪っていた。


二人の顔が重なっているため、ユーグの方から教授の表情を見ることはできない。だが、トレスの顔が覆い被さった途端、あの教授の肩が明らかに「ぎくん」と強張ったのが、ユーグからは見て取れた。
殺戮人形にしては信じがたいほどのなめらかさで、後姿のトレスは首を傾げ、生意気に顔の角度を変えてまで深く唇を合わせ直す。
いたたまれないほどの、十秒間の沈黙が過ぎた後、何事もなかったかのようにトレスは唇を離し、義務は果たしたと言わんばかりに背を向けて歩き出そうとした。
だが、尖った咳払いと「待ちたまえ」という断固たる命令が、トレスの脚を止めさせる。
「……ユーグ、君も。此方に来るんだ」
なぜ俺が!? と動揺に数冊本を取り落としてから、ユーグは慌ててその本を拾い上げるとそこらに積み上げ、師匠の傍らに急ぎ足で歩み寄った。
「何でしょうか、師匠」
笑って良いものだか焦って良いものだか判断がつかず、曖昧に髪をかきあげて表情を隠すと、まさにそのかきあげた髪が、力任せにぐいと引っ張られた。
「う!」
痛みにうめいて、引っ張るその手をとっさに掴みながら頭を下げれば、さらに手が伸びて後頭部を固定される。
自分が先ほどのトレスと同じ姿勢をとっている、とユーグが気づいた時にはすでに、敬愛する師匠はニヤリと笑ってユーグにキスを仕掛けていた。
混乱の極致に突き落とされたユーグがとっさに悲鳴をあげかければ、その開いた唇の間から巧妙に、ニコチンの苦さの染みついた舌がするりと滑り込んで、ユーグの舌の表面を撫でる。
「――――!?」
もはや驚きと、悪戯を仕掛けてくる舌に応戦することに手一杯で、ユーグはうめき声すら出ない。その拙さを嘲笑うように、やんわり背まで抱いてやって教授は丹念に、Ax最高の美形の唇で遊び尽した。
唾液の糸を引いて唇が離れ、敗北感と羞恥がないまぜになったユーグが、立っていられずずるずるとその場にへたりこむ。その一部始終を見守っていたトレスの冷たい視線が、背中に容赦なく突き刺さった。
いくらその視線に刺突されようが、息を整えるのがやっとのユーグが立ち直るはずもなく、小気味よさげにそれを見下ろして、アルビオン紳士は再びパイプを手に取る。
「フランドル地方ご自慢の恋の伊達はどうしたのかね、ユーグ? 教えるならきちんと教えてあげないと、神父トレスも気の毒だよ」
「……な、……なぜ……」
「やっぱり君の仕込みか。いやはや最近の若者は師匠を敬うということを知らないのかね――」
「ち、違います! 計画したのは俺じゃありません!」
「勿論、仕組んだのはヴァーツラフだろう」
なぜかあっさりと看破して、何でもお見通しの教授は引出しから、小瓶に入った洗浄液を取り出した。「使いたまえ」とトレスに手渡す。
他人の唾液は、トレスにとって不純物である。トレスが洗浄液を黙って口に含む様を確認してから、教授はそこからユーグへと視線を流した。
「だが、先ほどの神父トレスの熱烈なくちづけは、どうもヴァーツラフの仕込には思えなかったのでねぇ……」
「……まさかそれで俺のキスを試してみたんですか?」
「然り。まぁ、『先生』の腕もなかなか悪くはなかったよ、ユーグ」
ぐったり座り込んだままのユーグの頭を、咽喉の奥で笑い声をたてながら教授は、慰めるように軽く撫でてやった。






「……本当に、あれで効果があったんだろうか?」
口の中をすすいでいるトレスの傍らに、椅子を持ち込んで座り込み、ユーグはぶつぶつと呟いている。洗浄液と水を洗面台に吐き出して、トレスは冷然とユーグに答えた。
「少なくとも、ワーズワース博士はあれ以上、追加兵装の話を持ち出そうとはしなかった。一定の効果はあがったものと推定される」
「それはそうだが……何と言うか、その、俺が損をしているような気がしないか?」
「理解不能だ。詳細の入力を」
「……いや、いい」
何となくたそがれつつ、ユーグは溜息をついた。機材置き場に戻ってきたトレスにわざわざついて歩いて回っているのは、今の微妙な心境を愚痴りたかったからに他ならない。だが、考えてみれば、人形にそんな繊細な感情がわかるはずもなかった。
あの日、ヴァーツラフは二人に向かってこともなげに「あまり話が長くなるようでしたら、不意打ちでキスをしてしまえば良いのです。そうすれば、物理的にも口を塞ぐことができますし、精神的にも不意をつくことができます」と言ってのけたのだ。度肝を抜かれたユーグに構わず、「了解した」と生真面目に頷いたトレスに優しく微笑みかけ、更にヴァーツラフはユーグに向けて、「神父トレスにそのような技能はありません。指導をよろしくお願いします、神父ユーグ」と優しく言い渡したのである。
もしかして、自分のキスはそんなに下手だったのだろうか。何か指導方法が悪かったのだろうか。そんな反省まではじめたユーグをしばし、トレスは何か物言いたげに眺めやる。気づいたユーグが顔を上げれば、
「……卿がワーズワース博士との『くちづけ』を行った際、」
と平板な声が話しはじめた。
殺人人形と『くちづけ』という単語のミスマッチに、ユーグが何ともしみじみした想いにかられる間にも、トレスは淡々と言葉を継ぐ。
「卿は明らかに体調に異常をきたしていたが、あれはワーズワース博士の行為の影響か? 回答の入力を」
「それは……」
しばらく悩んだのち、ユーグは正直に答えた。
「そうだ。その……つまり師匠のキスが上手かったからああなったんだ」
すると今度はトレスが黙り込む。
「……神父トレス?」
どうも何事か悩んでいるらしいトレスのことが心配になって、ユーグはその顔を覗き込んだ。
どこか渋々といった様子で、トレスはユーグを見返して問う。
「卿は、俺に指導している際にあのような身体状況になったことがないが、」


「それは……俺の技能が未熟なためなのか?」


「…………」
何か非常にくすぐったいものに、胸のど真ん中を射抜かれてユーグはよろめいた。おそらくトレスは純粋に、己の技能の低さを懸念しているのだろう。だが、「俺のキスは気持ちよくないのか?」と不安げに問われたに等しいユーグにとっては、それはときめきにのた打ち回ってもおかしくないほどの衝撃だった。何せ相手は、そんな問いなどありえないあのHCシリーズである。
「ヴァトー神父? 回答の入力を」
「そ、それは……」
「愛情表現としての接触行為の結果には、技能の成熟だけではなく、精神的な要因も影響する。卿が俺とワーズワース博士を比較して、ワーズワース博士の方により好意を抱いているのであれば、最前の結果も理解でき――」
「ちょ、っと、…ちょっと待て頼むから!」
あまりのときめきにその場に倒れたくなってきたユーグは、息も絶え絶えにトレスの言葉を遮った。トレスの言葉をストレートに訳せばそれは、「教授のキスがそんなに気持ち良かったのか? 俺より彼のことが好きだからなのか?」になってしまう。のた打ち回るどころか、このまま衝撃に呼吸も止まりそうだ。
「……ヴァトー神父?」
呼吸を整えているユーグを、じっとトレスは見守っている。その生真面目な眼差しに気づいて、ユーグは己を落ち着かせた。
「その……師匠は成人してからもう20年たった立派な大人であって……君はまだ、稼動してから5年だし、その5年間にだってキスなんてする機会はなかっただろう?」
何を自分は大真面目に説明しているのだろう、と思いつつもユーグは、機械なりにしょげているらしいトレスを、必死に慰める。
「肯定。俺に経験が不足していることは理解している。それに俺の口内の諸器官はあのような行為を想定して作られてはいない」
唾液も出ないしな、と言いそうになってユーグは口をつぐんだ。相手の身体的特徴を無闇に指摘するのは良くないことだろう。たとえ相手が機械化歩兵でも。
代わりにユーグは、何とかトレスの気分を持ち上げたくてこう言った。
「心配は無用だ、神父トレス。何事も練習を重ねれば必ず上達するから」
言ってから、そんなに練習する必要のあることだろうか、と思わないでもなかったのだが、言われた機械人形は、何事にも実に真剣だった。
「否定。その案は卿に過剰な負担がかかる」
「そんな、負担なんてとんでもない。むしろ役得――……」
言いかけてユーグは恐ろしい可能性に気づき、急いで言葉を付け足した。
「だから他の誰かに指導を頼もう、とかは考えるなよ?」


理由をトレスが問う前に、ユーグは先ほどトレスが教授にしたように、己の唇をもって相手の言葉を封じ込めた。
これは「指導」されているのだろうか、とトレスが迷っている間に、ほんのわずか、唇を離して甘い声で、可愛い生徒に問い掛ける。
「俺じゃ不満か? 神父トレス……」


否定、とのみ呟いておとなしく唇を触れ合わせてきたトレスの、なめらかな顎をかすか引き寄せ、まんまと舌を滑り込ませながら、ユーグは自分が、損どころかとんでもなく得をしているのだということにやっと気づいたのだった。




……もっとも、「なぜ師匠は神父トレスとキスをした瞬間、ハヴェル神父の仕込じゃないとわかったのだろう」という疑問に気づくには、まだまだ時間がかかりそうである。