砂膜のような金紗のヴェールを被ったモデルが、舞台中央にせり上がってくる。光沢のある白絹に金茶の生地を合わせたドレスは肌を隠しながらも細く絞ったウェストとその下に続く巧妙なスカートの膨らみとの組み合わせで、モデルの最も美しいボディラインを眼前に見せ付けるように際立たせる。
 3ターン、ヴェールを身体に沿わせるように蠱惑的に振り回した後、金砂の精は背後から近づいてきた水の精ウンディーネ風ドレスのモデルたちと絡み合い、共に引き上げていく。続いて登場したのは、砂漠に浮かぶ蜃気楼の宮殿にはべる美童や美姫たちのような、妖しくも艶やかにまぶしい色合いのドレスと宝飾を纏ったモデルたちだ。長く纏いつくスカートの裾から覗く足首で緑柱石エメラルドの飾りが揺れ、細い銀のサンダルの踵が軽やかに舞台を蹴って歩く。
 しかし、優雅な舞台表に対して、舞台裏バックステージは戦場だった。
 時間は一時間程遡る。
「酷い……」
 マネキンボディに着せられた衣装の中の一つを目の前に、連日の作業による疲労で目を充血させたスタッフが呆然と呟いた。
 精緻な刺繍と繊細なドレープのとられたマキシ丈のスカートが、腿の半ば丈から裾にかけて、ざっくりと無残にも切り裂かれている。豪奢な貴婦人の装いが、垂れ下がった布の切れ端の為に、まるで襤褸を綴った物乞いの衣服のようだ。
「一体誰がこんな! ちきしょうっ」
 別のスタッフが憤りに満ちた言葉を吐き出した。
 トレスやパレオと共に駆けつけたユーグが、変わり果てた無残なドレスの胸元にピンで留められていたメモを、注意深く抜き取る。
『受け取ったものを返還せよ。さもなくば、ショーの中で大きな事故が起きるだろう』
 乱雑な文字で書かれた内容は、陳腐な警告のメッセージだった。二度目の脅迫――文面を覗き込んだデザイナーの顔が、束の間強張る。
「パレオ……」と、まだ脅えた様子の若い女性スタッフ――リエラが彼に呼びかける。凶行が行われたのは、おそらく、スタッフ達が休憩に出ていたほんの十分程の間のことだ。最初に発見し悲鳴を上げたのは、戻ってきた途端、切り裂かれたドレスを見るはめになったリエラだった。
「ねえ、やっぱりアレを返しましょう、ショーの為にも」
「その話はしないでと言ったでしょう!」
 パレオはぴしゃりと言放った。堪え切れなくなった娘の目に、うっすらと涙がにじみかける。
「ムッシュー」見かねたユーグが割って入ろうと、声をかける。
 と、無骨な青年神父がいさめる間でもなく、頑ななデザイナーの頬が、ふわりと緩んだ。
「大丈夫よ、可愛い娘ミア フィッリア。事故は起こらない。その為に、神父様たちをはじめ、陰でたくさんの人たちが動いてくれてる。それに、このドレスだって――もっと素敵なデザインに変えてみせるわ。忘れていて? 私たちは魔法の指を持ってるのよ」
 リエラの肩が、打たれた様に震える。誰もが息を呑んだ、人を率いる者が持つカリスマを一見ただの傲慢なだけに見えた専制君主が発揮した瞬間だった。
「……マリエッティ、十三番に使ったレースは、まだ在庫が残っていたわね?」
「あ……、あ、はい。充分余裕がありますわ」
 我に返る女性スタッフ。
「ヴィッヴィ! イザベッラ!」
はいスィ、シニョーレ」
 縫製部隊の女性スタッフたちが、人垣の中から進み出る。
「デザインを修正するわ。切られた縁に沿ってレースが覗くように。縫製は何分でできる?」
「型さえ決めて頂ければ、一時間……いえ、三十分でやってみせます」
 頼もしく答える彼女達に、にこり、信頼の証し、とデザイナーは笑いかける。
頼んだわグラーツィエ・ミッレ。フリュイ! マリーニ!」
「俺たちはここです」
 手を挙げた男性スタッフたちに頷くパレオ。
「ショーの順番を変更することはできる?」
「開始を十五分遅らせてください。機材を再準備します」
「ショーの頭とケツを入れ替えますよ。大丈夫、流れとイメージは壊させやしません」
ありがとうグラーツィエ・ミッレ。頼もしいわ、我が戦友たちマッニーフィコ・アミーコ
 パレオは取り囲むスタッフ陣をぐるりと見回した。並んでいるのは、生半なことでネを上げたりなどしない、真実プロフェッショナル達の顔だ。
「四十五分できたわ。これがホントに最後の戦いよ。皆、踏ん張って!」
「ようっし、やるぜ!」
「このまま負けてられないわよ!」
 力強い同意の台詞が、口々に上がる。新たなエネルギーと草原を燃え進む火のような熱気が、彼らから放射され周囲を飲み込んでいく――。
 砂漠の美姫たちになり変って、緑萌える樹木の精ドライアードたちが舞台に登場してきた。乾いた風の似合う衣装は、膨らんだ袖と細く絞ったウェスト、何重もの布を重ね合わせたパニエで大きく広がるスカートの華やかな都の衣装に取って変わられる。どうやら、ショーは、南の砂漠から徐々に北の地へと移り変わるファッションを辿る構成らしい。
「素晴らしいショーよ、今夜のこれは」
 舞台袖からそれらを真剣な眼差しで眺めていたデザイナーは、背後で響いた衣擦れに話しかけた。
「誰もアタシたちの邪魔はできない。どんなおどしも、卑劣な妨害もね」
「ムッシュー……」薄暗く光を遮られた舞台袖の奥で、絹を織り込んだ雪白のドレスと、北の淡い光のような、ゆるく結い上げられた金の髪が煌く。舞台へ上がる準備を終えた護衛役の派遣執行官――ユーグだ。
「つまならい意地だと思ってる?」問いかけに、
いえノン……」と、形の良さを浮き立たせるように、薄く口紅まで塗られた唇が、否定の言葉を紡ぎだした。
可ありがとうグラーツィエ……」パレオの声に含まれていた、張り詰めた弓弦のような緊張が僅かに解けて和らぎをみせる。舞台を見つめる視線は、相変わらず厳しく鋭いものではあったが。
「皆には迷惑をかけたわ――貴方達にも、神父様、感謝してもしきれないくらい」
 舞台袖の薄い闇が、底に秘めた思いを柔らかく受け止めると知っているのか、坦々と彼は続ける。
「怖くないと言えば嘘よ。デザイナーとしてこの先の名声は確かに欲しいけれど、一緒にやってくれる仲間が傷つくのはそれらを失うより苦痛だもの。要求されたのもがお金や宝石なら、いくらでもくれてやるつもりだったわ。ショーの資金なんて、もう一度アタシがかけずりまわれば良いだけだもの。
 ……でもね、アレだけはダメ。彼らに渡すわけにはいかないわ。彼らなら平気でアレを売り飛ばす、高く買ってくれるところにね。でも、アレは人を殺すためのものよ。世に出しちゃいけないものなの。なのに、彼らはその意味を、何もわかっちゃいない。きっと考えようともしてないのね」
 パレオの僅か三歩先、輝くライトに照らされる舞台上でショーは更に進み、華やかでロマンティックな都の衣装は、北の深い緑に映える優美な麗しい衣装に移り変わっていくのが見える。
「アタシは綺麗なものが好きよ。ドレスも、宝石も、それを作る人たちも、身に着けてくれる人たちも、皆大好き。……だけど、そんな風に言えるのも、今アタシ達が生きてるこの国が、平和だからなんだわ」
 なるほど、とユーグは思う。
 近年、各国の間で高まりつつある『どこよりも富み栄える、どこよりも強大な力に守られた国を』という気運。そこに聞こえるのは、結局軍靴の響きだ。
 戦争は、暴力は何もかも壊す。美しいものもそうでないものも、人も、人以外のものも、根こそぎ全て奪って行く。
 パレオがショーの破壊をたてにした脅しにも屈さず暗号文の引渡しを拒否し続けたそこには、デザイナーとしての――プロとしての意地だけでなく、人としての意地が張られていたのだ。
「アタシの大好きなものたち、大好きな人たちをアタシはなくす気なんてないから、だから絶対に、何があってもアレを渡すわけにはいかない。戦争の片棒を担ぐような真似をするわけにはいかないのよ。――わかってくれるかしら、リアラ」
 雪白のドレスの傍ら、薄闇にもう一つの衣擦れが響き、パレオそっくりな藍色の髪を引きつめるように結わえた若い娘が、姿を現わす。
「それでも、恐怖は人を押しつぶすわ、パレオ……お父さん。私はとても耐えられない」
 悲しみの翳りを帯びた象牙色の頬が弱く差し込む光に浮かび上がる。
「彼らに何か言われたのね、可愛い娘ミア フィッリア? だからあんな――ドレスを切り裂いて、二度目の脅迫を装った。私を止めようとしたのね。あの文字は、……貴女でしょう?」
 父親としての優しい眼差しが蒼ざめた娘に注がれる。
 リエラは逃れるように両手で顔を覆った。
「大切な家族が傷つくんじゃないかって、考えるだけで息が苦しくなるの。誰かが傷つくのを目にしたら、きっと、一瞬で私の心臓は止まってしまう」
 指の隙間から、苦痛の呻きが漏れる。
「アレを返さない限り、ショーの間中……この先もずっと、そんな思いをしなくちゃならないのよ」
 先のことなど知らない。苦痛を越えた先にあるかもしれない、そんな不確かな未来のために、あいまいな希望より他に訪れるかどうかすらわからぬ未来のために、今この永遠とも思える苦痛をどうして耐えられるのか。
 国家や社会という広い視点から見れば、パレオの考えが正しいとなるのだろう。けれど、個人レベルの、一人の人間の世界、心情というレベルで見れば、おそらくはリエラの言葉も間違っているとはいえない。
 だが、とユーグは思った。彼女が忘れていることが一つ有る、と。
「マドモワゼル……」と、ユーグは言って片膝をつく。
「ご許可を頂けませんか。私と、彼に……」
 薄闇の中、三つ目の衣擦れと規則的な重い足音が響く。現れたのは、濃いブルーとモスグリーンのドレスを身に纏った短髪の、人形のように整った顔に化粧を施した、中性的なモデル――大きく広がった広い袖の奥に無骨な戦闘拳銃ディエス・イレを隠した。
「貴女と、貴女の愛するご家族、大切なご友人を護るご許可を」
 貴き女性ダアム騎士ナイトが誓うように、跪いたユーグは彼女を見上げる。
「主に誓って、誰も傷つけさせたりしない」
肯定ポジティヴ」と、トレスが畳み掛けるように続ける。
けいたちの保護は最優先事項として命令オーダーを受領している」
 ドレスを纏った輝ける騎士たちの言葉に、娘はようやく顔を顕す。
 出番だわ、と、栄光と喝采と高まる熱気に包まれたまぶしい舞台へと、パレオが騎士たちへ誘いかける。


 藍色に銀の刺繍を施したコートドレスのモデルとすれ違うように、雪白のドレスのモデルが現れ、舞台中央で留まる。
 舞台袖へと手を差し伸べた、その女性的な優美さを誇りながら凛々しい貴族の剣士のようなモデルの誘いに応えて、かっちりとしたスーツに身を包んだ、ショーの産みの親であるデザイナーが、ブルーとモスグリーンの姫袖のドレスに厳つい革のブーツというアンバランスさが魅力の、素朴な森の姫君を思わせるモデルを従えて登場してくる。
 ヒールのあるブーツで滑るように歩く優美な女剣士が、傍らへ並んだ小柄な森の姫君と連れ立って舞台を前へ進み、見せつけるように束の間その先端で留まりポーズをとると、彼女ら・・・の美貌と眼前で揺れるドレスのディティールの細かさに、客席から感歎のどよめきが起こった。
 女剣士の、雪の輝きを放つ上等な麻で形作られた、細いウェストの上着から続くくるぶしまであるスカートには、織り込んだ絹糸で白鳥の羽根の模様が打ち出されている。
 他方、小柄な森の姫君が纏うドレスは、モスグリーンの地に濃いブルーで一見薔薇の花模様に見えるプリントがなされている。ゆるくカールさせて流しただけの小鹿色の髪、姫袖と重ねたパニエで膨らませた大きなフレアスカートの愛らしさを、軍用の厳ついブーツが甘くなりすぎない程度にまで引き締めていた。
 ドレスの裾を優雅に翻し、踵を返した女剣士と森の姫君がデザイナーの許へと戻っていく。彼女ら・・・がデザイナーの両脇に揃うと同時にショーはフィナーレを迎えた。
 登場した全てのモデル達が舞台へ上がり、歓声と拍手と共に誇らしげに両手を差し伸べ挨拶するパレオの上に、祝福の花びらが盛大に舞う――。
 姫君の袖が跳ね上がった。
「〇・〇三秒遅い」
 姫君、もとい、トレスの両手に魔法のように現れた戦闘用大型拳銃が火を噴き、客席より立ち上がった男の手から不埒な自動小銃を弾き飛ばす。
「皆臥せるか物陰へ! リエラ!」
 他方、美貌の女剣士こと仮装(?)中のユーグは、飛来した弾丸を紙一重でかわし、舞台へ飛び上がろうとした別の男に長い脚を回して見事な踵を決めていた。
 舞台袖に立つ藍色の髪の娘に片手を差し伸べるや、俄か作りの相棒にしては上出来過ぎるほどに絶妙の呼吸で投げられた愛用の仕込み杖がその手に収まる。転瞬、鞘走った白刃が鮮やかな軌跡を描いて、護衛対象を襲う弾丸の軌道を明後日の方向へと強制的に捩じ曲げた。
 紳士に、淑女に、記者に化けて、一体何人が潜り込んでいたものか。少なくとも二十人余りの武器を持った人間が、混乱する会場の人波を掻き退け、舞台へと殺到する。一体ここの警備体制はどうなっているんだと、思い切り責任者を問い詰めてみたい状況だ。
「ちょっと、ドレスを汚さないで!」
 返り血の撥ね飛ぶ様を見て血相を変えるデザイナー約一名は、危機感の向かう方向がざっと一二〇度ばかりずれているらしい。
「〇・〇六秒遅い!」
「ほげあっ!?」
 吐き出された凶悪な弾丸が、デザイナー氏の肩すれすれを走りぬけ、襲いかかろうとした凶刃を腕ごと吹き飛ばした次の瞬間、
「って、アタシのドレスに何すんのよ!」
 機械化歩兵の腕が旋回するまでもなく、パレオが素晴らしい勢いでぶん投げた椅子が、トレスの背後に迫る襲撃者の顔面を強打する。
 鼻血と白目込みで気持ちよく床に沈没あそばした可哀想な襲撃者を一瞥、パレオ・ロッソ、
「あら、しまったわ。意外に美形の顔じゃない?」
否定ネガティヴ
 デザイナーと機械化歩兵が漫才もどきを繰り広げる数歩先では、金と白の優美な剣舞ダンスが不運な襲撃者たちを翻弄していた。
「何だこいつ!? 銃より早いだと!?」
加速ヘイストか?! まさか吸血鬼ヴァンパイアなのか!?」
「生憎と、俺は生身の人間だ」
 剣舞に解けた淡く波打つ金髪が柔らかに宙を踊るや、間合いに取り込まれた三人の男達が、得物を持つ腕を、脚の腱を切られ、瞬きする間もなく戦闘不能に陥る。
「お前達の動きには無駄が多すぎる」
 死神の舞踏ダンス・マカブル――死の女神の舞踊は、ありとあらゆる生き物を魅せる抗いがたい魔力をもつという。死神の剣技に魅せられた犠牲者の群れが、次々と床に沈み、やがて静寂に満たされた会場に、破壊された椅子やテーブルの合間に転がる襲撃者たちの呻き声だけが響き渡る。
「さて。聞かせてくれないか、君達の親玉が誰なのか」
 カツと乾いた音を立てて、白刃が床に伸びた男の首のすぐ傍に突き立てられた。踏みしだいた相手の蒼白な顔面を見下ろす翡翠色の憂いを湛えた瞳には、今は残酷な死神の眼光が宿っている。冷え冷えとした妖気漂うその眼差しに、背筋を駆け上がる悪寒を感じて、男の喉がぐびりと鳴った。
「カミッロ・ペルッツィ――亡くなったジャコモ・ペルッツィの甥に当たる、ロッソ氏とは姻戚になる人物。以前よりゲルマニスクとの関係が噂される…」
 答えたのは、足元の男ではなく、割って入った別の声だ。
 ユーグの髪が冬の淡い曙光ならば、こちらは盛夏の強い残照に似た黄金色の巻き髪が、人々の視線を浴びながら、エスコート役の中年紳士を引き連れ、大きく開け放たれた扉をくぐる。瓏とした美貌と片眼鏡モノクルの奥の怜悧な剃刀色の瞳が印象的な砂色のスーツの女性――今日は緋の法衣こそ纏っていないが、世界で最も美しい枢機卿と称されるミラノ公主、カテリーナ・スフォルツァだ。
「ミラノ公……と、師匠。まさか直々にいらっしゃるとは……」
 驚き、次いで困惑する青年神父――現在は女装中だが――に、黄金の枢機卿は、
「私は古い友人に会いにきたところです。貴方達の任務に関係するのはついで・・・です」
「はぁ……」
「やれやれ。相変わらず僕の不肖の弟子は鈍感だねえ。華をもたせてくれようとした上司の心遣いも少しはわかりたまえよ」
 カテリーナの半歩後ろに付き随った、ポーカーフェイスにひょうとした口調も気障な咥えパイプの中年紳士が、青年神父(女装中)相手にパチリとウィンクを飛ばしてよこす。好奇心と茶目っ気を感じさせる灰青色の瞳が、興味深げに束の間弟子である青年神父(でも女装中)と機械化歩兵(やっぱり女装中)の衣装を観察する。
「ふぅむ、……しかし、ユーグ、君、ついに嫁入りの決心でもしたかね?」
「師匠……そういう誤解を生む冗談は勘弁してください……」
 がっくりと肩を落とす不肖の弟子を眺めて、どことなく師匠が楽しそうなのは、決して気のせいではないはずだ。
「すばらしいショーでしたわ、シニョーレ・ロッソ」
 衛士たちに引き立てられていく襲撃者どもには一顧だにせず、お忍び中の女枢機卿は、今夜最も注目すべき人間――ショーの産みの親パレオ・ロッソに微笑みかける。
「ありがとう。……最後が少し派手過ぎたかしらね、シニョリーナ?」
 乱闘の中で乱れた髪を手櫛で直し、スーツの襟をさっと整えたデザイナー氏が茶目っ気を混じりの親しみを込めた台詞を投げ返す。
「そうね、少し騒がしかったかしら。後片付けが大変そうではあるけれど。……相変わらずですね、パレオ。七年ぶりくらいかしら?」
「あたしがラウラと駆け落ちして以来だから、八年ぶりじゃないかしら? あら、意外と長かったわね。大分老けたんじゃなくて?」
 なんて命知らずな台詞なんだ! と聞いていた金髪の青年神父(女装中)は内心震え上がる。
「それを言うなら成長したというのではなくて? 本当に、お隣のお兄様は口の悪いところまで相変わらずだこと」
 しかし、それに対してミラノ公の眉が跳ね上がることはなく、返されたのは、微笑を苦笑に変えた以外は至って穏やかな応えだった。
「シニョーレ・ロッソ、ご協力に感謝します。イクス神父・ヴァトー神父、ご苦労でした。貴方達の任務は終了です。これ以後、彼ら父娘おやこの身は国務聖省一般局が責任をもって保護します」
「は? いや、しかし、まだ肝心のものは受け取れていないのですが……」
「あら、とっくに渡したわよ」
否定ネガティヴ、既に受け取っている」
 デザイナー氏パレオ機械化歩兵トレスの二重奏を受けて、困惑を更に深めるユーグだ。
「やれやれ、やっぱり鈍感だねぇ」天井を仰いで再びぼやく中年紳士。
「イクス神父、貴方は教えてはダメよ」
 どうやら楽しんでいるらしい女枢機卿の命令に、忠実な機械化歩兵が「了解したポジティヴ」と頷き返す。
「ヒントくらいはあげるべきじゃないかしら?」と、これはたぬき親爺、もとい、暗号文例のものの持ち主であるパレオ・ロッソ。
 師匠たる中年紳士が、パイプを捻りつつヒントを投げた。
「ふむ。ユーグ君、木を隠すなら森というが、ここに森はないね? さて、では、考えてみたまえ。変わりにたくさん有るものは何かね?」
 見えていて見えないもの、たくさんありすぎて紛れるもの。木を隠すなら森というが、デザイナーなら暗号文をどこに隠す?
 およそ三つ数える間、ユーグは忙しく頭を回転させる。
 たくさんあるもの――人? アクセサリー? いや、布か?
 では受け取ったものは何だ? 自分とトレスの手に既に有るものは?
 翡翠の瞳が身につけた白いドレスを、次いで機械化歩兵の大胆なプリント柄のドレスを凝視する。
 モスグリーンの地に濃いブルーで一見薔薇の花模様に見えるプリントは、聖杯・日時計・石のアーチ他文字や数字を捩り組み合わせたもので――。

着せられてたのかVestiti!」



end